竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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44話 決死の強行

 

 

時は遠藤が冒険者ギルドに駆け込む前に戻る。

 

魔人族の女の子カトレアが率いる魔物達の襲撃を受けた雫達はどうにか撤退して、今は八十九階層の最奥付近の部屋に隠れていた。

正八角形の大きな部屋には四つの出入り口があるのだが、その内の二つの入り口の間にもう一つ通路を作り、その奥に十畳ほどの大きさの隠し部屋を作ってそこに潜んでいるのだ。勿論、入り口はうまくカモフラージュされて閉じられている。

そこでは雫達が思い思いに身を投げ出して休息を取っていた。もっとも、その表情は一様に暗く、深く沈んだ表情で顔を俯かせるものばかりだ。

満身創痍であるが故に、苦痛に表情を歪めている者も多い。怪我をしていない者は殆どいない。

そして、重傷が約三名だ。カトレアの土属性魔法によって完全に石化し物言わぬ彫像となった斎藤と近藤、魔物によって体を複数箇所貫かれた上に下半身を石化された鈴だ。

 

膝から先が未だ石化した鈴は香織がつきっきりで治療している。しかし、大量に血を失った為か未だ目覚めず、血の気の引いた青白い顔で、苦痛に眉根を寄せながら荒い呼吸と共に眠ったままだった。

そして、香織が鈴の回復にかかりっきりになっている為、他の者達はまだ治療を受けられず、完全に石化した斎藤と近藤もそのままだ。

鈴の治療が終われば、次は石化した二人である為、自分達の治療はまだまだ先であると分かっているメンバーは、ごく一部を除いて特に不満を持っている様子はない。単に、その気力もないだけかもしれないが。

薄暗い即席の空間に漂う重苦しい空気に、雫がなんとか仲間を鼓舞しなければと思うものの、“赤竜帝の恩恵”の副作用で魔力と体力を大量消耗しかなりの疲労感がある為、思うように動けない。だが、それを差し引いたとしても雫は他のメンバーに比べても痛々しい姿だった。

 

強化されたステータスを駆使して誰よりも仲間達のカバーをしながら魔物達と戦い続けた雫は、その滑らかな肌のあちこちに赤い切り傷を作ってしまっている。恩恵により自然治癒力が高まっていたとしても、回復に時間がかかるのは確実だった。

肉体的にも精神的にもほぼ限界に近い状態だったのだ。

それに加えて、光輝も“限界突破”を使ってしまった為、二大トップ共に極度の疲労状態に陥ってしまっているのである。

そんな時だ。即席通路の奥から野村と辻が話をしながら現れた。

 

「ふぅ。なんとか上手くカモフラージュ出来たと思う。流石に、あんな繊細な魔法行使なんてしたことないから疲れたよ。……もう限界」

「壁を違和感なく変形させるなんて領分違いだものね。……一から魔法陣を構築してやったんだから無理もないよ。お疲れ様」

「そっちこそ、石化を完全に解くのは骨が折れたろ?お疲れ」

 

二人の会話からもわかるように、この空間を作製し、入り口を周囲の壁と比べて違和感がないようにカモフラージュしたのは、土系統の魔法に対して高い適性を持つ“土術師”の野村だった。

土属性の魔法は錬成魔法のように加工や造形のような繊細な作業はできない。なので、手持ちの魔法陣で大雑把に穴を開けたあとは、周囲と比べて違和感のない壁を造形する為に、一から魔法陣を構築したのだ。

なお、治療師である辻が野村について行ったのは、カトレアの魔法で石化された腕を治療する為だ。野村だけは石化されても“土術師”の天職による土属性魔法の高い耐性により、他よりも早く回復できたのだ。

 

「お疲れ様、野村君。これで少しは時間が稼げそうね」

「……だといいんだけど。もう、ここまできたら回復するまで見つからない事を祈るしかないな。浩介の方は……あっちも祈るしかないか」

「……浩介なら大丈夫だ。影の薄さでは誰にも負けない」

「いや、重吾。それ、聞いてるだけで悲しくなるから口にしてやるなよ……」

 

隠れ家の安全性が増したという話に、沈んだ空気が僅かに和らぐ。雫は頬を綻ばせながら野村を労う。

野村は苦笑いしながら、今はここにはいない親友の健闘を祈って遠い目をする。

 

今この場所に遠藤はいない。

たった一人、仲間の許を離れて、メルドたちに事の次第を伝えに行ったのだ。本来ならば、いくら異世界から召喚されたチートの一人でも、八十階層台を単独で走破するのは陽和を除きほぼ不可能。光輝達が余裕を持って攻略できたのは、十五人という人数で連携してきたからだ。

しかし、遠藤だけは、ただ一人彼だけが有する特異性により踏破できる可能性があった。

 

端的にいえば彼は致命的なまでに影が薄いのである。特に口下手なわけでも、暗いわけでもなく、誰とでも気さくに話せるごく普通の男子高校生なのに、いつの間にか誰もがその姿を見失い「あれ?あいつどこいった?」と周囲を意識して見渡すと実は直ぐ横にいて驚かせるという、本人が全く意図しない神出鬼没スキルを、地球にいた頃から有していたのな。

“影の薄さでは世界一ィッッ!”を地でいく遠藤ならば“暗殺者”の技能の一つである“隠形”をフル活用して、メルド達がいる七十階層に辿り着ける可能性があったのだ!!

しかも、この世界で技能や魔法に目覚めてからはその特異性は更に磨きがかかっており、人間どころか大迷宮の魔物であっても存在を見逃すほどだ。

光輝達はその特異性に賭けて、遠藤に情報を託して送り出したのだ。

別れるとき、遠藤は少し涙目だったが……。

きっと、仲間を置いて一人撤退することに感じるものがあったに違いない。例え説得として「お前の影の薄さなら鋭敏な感覚をもつ魔物だって気づかない!影の薄さでは誰にも負けないお前だけが、魔物にすら気づかれずに突破できるんだ!」と皆から口々に言われたからではないはずだ。

 

本当なら、雫達も直ぐにもっと浅い階層まで撤退したかったのだが、悲しいことにそれをなすだけの余力がなかった。満身創痍のメンバーに、戦闘不能が三人、弱体化中の光輝、疲労困憊の雫、とても八十層台を突破できるとは思えなかったのだ。

 

もちろん、メルド達が救援に来られるとも思っていない。メルド団長を含め七十層で拠点を築ける実力を持つのは六人。彼等を中心にして、次ぐ実力をもつ騎士団員やギルドの高ランク冒険者達の助力を得て、安全マージンを考えなければ七十層台の後半くらいまでは行けるだろうが、それ以上は実力的に不可能だ。

 

仮にそこまで来てくれたとしても、八十層台は雫達が自力で突破しなければならない。つまり、遠藤を一人行かせたのは救援を呼ぶためではなく、自分達の現状と魔人族が率いる魔物の情報を伝えるためなのだ。

雫達は確かに、イシュタル達から魔人族が魔物を多数、それも洗脳など既存の方法ではなく明確な意志を持たせて使役するという話を聞いていたが、あれほど強力な魔物とは聞いていなかった。驚異なのは個体の強さではなく〝数〟だったはず。

 

にもかかわらず、実際、魔人族が率いていたのは前人未到の【オルクス大迷宮】九十層レベルの魔物を苦もなく一掃し、光輝達チート持ちを圧倒出来る魔物達だった。

赤竜帝の恩恵がある雫だけが唯一魔物達と渡り合えていた。

 

そして、そもそも勇者達を圧倒することが可能なら、もっと早く人間族は滅ぼされていてもおかしくない。

つまり、イシュタルの情報は、あの時点では間違っていなかった。ただ、以前より強力になってしまっただけなのだ。

『数』だけでなく『強さ』も脅威となった。この情報は、何が何でも確実に伝えなければならないと雫達は判断したのである。

 

「白崎さん。近藤君と斉藤君の石化解除は任せるね。私じゃ時間がかかりすぎるから。代わりに他の皆の治癒は私がするからさ」

「うん、わかった。無理しないでね、辻さん」

「平気平気。というかそれはこっちのセリフだって……ごめんね。私がもっと出来れば、白崎さんの負担も減らせるのに……」

 

野村達が話している傍らで、魔力回復薬をゴクゴクと喉を鳴らしながら服用する綾子が鈴の治療を続ける香織にそんな事をいった。同じ〝治癒師〟でありながら、香織と比べると大きく技量の劣る綾子は、表面上は何でもないように装っているが、内心では自分への情けなさと香織にばかり負担をかけることへの申し訳なさでいっぱいだった。

「そんな事はない」と言う香織に苦笑いを返しながら、仲間の治療に向かう綾子。彼女の治療により癒されていく仲間達の顔からは少しだけ暗さが消えた。そんな綾子を、何とも言えない表情で見つめている野村だったが、治療の邪魔になるかと思い声はかけなかった。

 

「……こんな状況だ。伝えたい事があるなら伝えておけ」

「……うっせぇよ」

 

重吾がどこか面白がるような表情で野村にそんな事をいうが、本人は不貞腐れたように顔を背けるだけだった。そんな彼に小さく微笑むと疲労困憊の雫の方へと視線を向ける。

誰よりも傷が酷いはずなのに他の者達の回復を優先させた雫は、自分達と少し離れた場所で一人座り込んでおり、目をきつく閉じて胸元に下げた炎のネックレスを両手で強く握っていた。

その様は縋るような、あるいは祈るような、そんな風に見えてしまった。

だから重吾は彼女に近づくと隣に座り込みながら声をかけた。

 

「……八重樫、大丈夫か?」

「……ええ、今の所はね」

「……無理はするなよ?正直な所、お前が要なんだからな」

「……ええ」

 

重吾の言葉に力無く頷いた雫は、手の中にある炎のネックレスに視線を向けると優しく撫でた。

自身の胸中に渦巻く不安を少しでも和らげる為か、彼の存在を少しでも感じ取る為か、目の端に微かな涙を滲ませた彼女の肩は小刻みに震えていた。

薄暗い洞窟の中ではよく見なければ分からないような変化。それに目敏く気づいてしまった重吾は、他の皆に聞こえない程度の声量で話し始めた。

 

「……八重樫、一瞬でも隙が生まれたなら、お前は一目散に地上に向かって走るんだ」

「……え……?」

 

バッと顔を上げた雫は困惑に目を丸くする。

重吾は確かな決意が宿る真剣な表情を彼女に向け話を続ける。

 

「……お前の敏捷ならば魔物達の追撃を振り切れるだろう。だから、俺が道を作る。お前は地上へと逃げろ」

「ま、待って、永山君。私に、皆を見捨てて逃げろって言うのっ?」

「そうだ」

 

動揺する雫の問いかけを重吾はあっさりと肯定する。

重吾は悟っていた。もう、自分達は全員で生きて帰ることはできないと。あわよくば、遠藤が救援を呼んできたとしても、到着する前に半数は死んでしまうだろう。いや、もしかしたら、全滅しているかもしれない。

だからこそ、雫には何がなんでも生きて欲しかった。

それは彼との約束があるからだ。

 

「…‥俺は陽和にお前を守って欲しいと頼まれている。だから、友の頼みを無駄にしたくはない。あいつの恋人であるお前だけは何が何でも地上に逃したいんだ」

「無理よ。私に、皆を見捨てることなんて、できないっ」

 

嫌々と首を横に振り重吾の頼みを拒む雫の反応に、重吾はあらかじめわかっていたのか言い聞かせるように続ける。

 

「このままだと俺達は全滅する。それならば、僅かでも残っている可能性に賭けるべきだ。たとえ、この場で俺達が死んだとしても、お前が生きているのならば希望はある。だから、八重樫、逃げれると判断したら迷わず逃げて生き延びてあいつと合流するんだ」

「できないっ。そんなこと、出来ないわよっ」

 

そう言われても尚雫は頷くことができなかった。仲間や親友、幼馴染達を見捨てて一人逃げるなど、責任感が強く、優しい彼女には到底無理な話だった。

だが、それでもと重吾は彼女の肩を強く掴み強く頼み込んだ。

 

「頼むっ。辛いのは分かっているが、それでもお前は生きるんだっ。生きて、あいつに会いに行け。あいつの所ならお前は安全なんだ。それはお前もよく分かってるはずだろっ」

「でもっ、私はっ…」

「あいつなら戦争を終わらせることもできるだろうし、地球に帰る方法だって必ず見つけ出す。それなら、俺達の犠牲は無駄にはならない。だから逃げてくれ。最期に俺は友の恋人を守り抜いたのだと花を持たせてくれ」

「〜〜〜〜っっ」

 

重吾の懇願に雫は一筋の涙を流し、唇の端から血が滲むほどに強く噛み締めると、自分の両膝を抱えて縮こまってしまう。そして、頭を膝に埋めた雫は掠れるような小声で小さく呟いた。

 

「………私だって陽和に会いたいっ。でも、皆のことを見捨てるなんて、できないわよっ」

「……八重樫」

 

それっきり雫は黙り込んでしまい、重吾ももうこれ以上は酷だと判断し、彼女の隣で静かに休息に専念する。

 

それから、数十時間。雫達は、交代で仮眠を取りながら少しずつ体と心を癒していった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

その一方で魔人族の情報伝達を託された遠藤は、ただの一度も戦闘をせず、全ての魔物をやり過ごしながらメルド達のいる七十階層にたどり着いた。

時には天井に張り付いたり、時には岩の影に隠れて、細心の注意を払いながら魔物達をやり過ごしながら突き進む。

途中、全く気づかずに通り過ぎた魔物に若干虚しさを覚えながらも、とにかく必死に走ってメルド達が拠点を構える転移陣のある部屋に向かう。

しばらくすると、気配感知に六人分の気配が引っ掛かる。遠藤は、姿を隠す隠形を解きつつ最後の角を曲がり、転移部屋に入る。しかし、メルド達は目の前にいるのに全く気づいてくれない。

だから、遠藤は死んだ魚みたいな目をしながら、必死に声を張り上げた。仲間の危機に焦る気持ちと「自分に気づいてプリーズ」と言う思いを込めて。

 

「団長!俺です!気づいてください!大変なんです!」

「うおっ!?何だ!?敵襲かっ!?」

 

遠藤が声を張り上げた瞬間、メルド団長がそんな事を言いながら剣を抜いて飛び退り、警戒心たっぷりに周囲を見渡す。他の騎士達も、メルドの声に一様にビクッと体を震わせて、戦闘態勢に入っていた。

 

「だから、俺ですって!マジそういうの勘弁して下さい!」

「えっ?って、浩介じゃないか。驚かせるなよ。ていうか他の連中はどうした?それに、何かお前ボロボロじゃないか?」

「ですから、大変なんです!」

 

メルド団長達は相手が遠藤だとわかると、彼の影の薄さは知っていたのでフッと肩の力を抜く。

だが、戻ってくるには少々予定より早いことと、遠藤が一人であること、その遠藤が満身創痍といってもいいくらいボロボロであることから、直ぐさま何か異常事態があったと察して険しい表情になった。

 

「何があったんだ。浩介」

「実は……」

 

遠藤は、王国最精鋭の騎士達にすら、声をかけないとやっぱり気づかれないという事実に地味に傷つきながら、そんな場合ではないと思い直し、事の次第を早口で語り始めた。

最初は、訝しげな表情をしていたメルド達だったが、遠藤の話が進むにつれて表情が険しさを増していった。

そして、たった一人逃がされたことに、話しながら次第に心を締め付けられたのか、涙をこぼす嗚咽を漏らし始める遠藤の頭をグシャグシャと撫で回した。

 

「泣くな、浩介。お前は、お前にしか出来ないことをやり遂げんたんだ。他の誰が、そんな短時間で一度も戦わずに二十層も走破できる?お前はよくやった。よく伝えてくれた」

「団長……俺、俺はこのまま戻ります。あいつらは自力で戻るっていってたけど……今度は負けないっていってたけど……天之河が〝限界突破〟を使っても倒しきれなかったし、八重樫さんももう限界が近くて、逃げるので精一杯だったんだ。みんな、かなり消耗してるし、傷が治っても……今度、襲われたら……あのクソったれな魔物だってあれで全部かはわからないし……だから、先に地上に戻って、このことを伝えて下さい」

 

泣いたことを恥じるように、袖で目元をぐしぐしとこすると、遠藤は決然とした表情でメルドに告げた。

遠藤は送り出してくれた親友達の「そのまま戻らずに生き延びろ」という想いを理解しつつも、親友達を見捨ててのうのうと生きていることなんてできなかった。

メルドは遠藤の強い意志に悔しそうに唇を噛むと、自分のもつ最高級の回復薬全てを、それの入った道具袋ごと遠藤に手渡した。他の団員達もメルドと同じく、悔しそうに表情を歪めて自らの道具袋を遠藤に託す。

 

「すまないな、浩介。一緒に、助けに行きたいのは山々だが……私達じゃあ、足でまといにしかならない……」

「あ、いや、気にしないで下さいよ。大分、薬系も少なくなってるだろうし、これだけでも助かります」

 

そう言って苦笑いする遠藤。しかし、メルドの表情はむしろ険しさを増す。それは、助けにいかない悔しさだけでなく、苦渋の滲む表情だった。

 

「………浩介、私は今から最低なことを言う。軽蔑してくれて構わないし、それが当然だ。だが、どうか聞いて欲しい」

「?いきなりなにを……」

「……なにがあっても、『光輝』と『雫』の二人だけは連れ帰ってくれ」

「え?」

 

メルドの言葉に、遠藤がキョトンとした表情をする。

 

「浩介。今のお前達ですら窮地に追い込まれるほど、魔物が強力になっているのなら……光輝を失った人間族に未来はない。それに、雫を失った場合も同様だ。もちろん、お前達全員が切り抜けて再会できると信じているし、そうあって欲しい。だが、それでも私は、ハイリヒ王国騎士団団長として言わねばならない。万が一の時は、二人を生かしてくれ」

「…………」

 

ようやく、メルドの意図を察した遠藤が唖然とした表情をする。

それは、より重要な誰かを生かすための犠牲の発想。上に立つものがやらなければならない『選択』だ。遠藤にできる考えではない。メルドの言葉に絶望する中、一つ疑問が生じる。

それを尋ねようとするよりも先に、何か葛藤していたメルドが意を決して口を開いた。

 

「そして………もしも、光輝と雫が地上に帰れたのなら………あいつを、陽和を探すよう伝えるんだ」

「え?」

 

予想外の言葉に目を丸くする。

何故今、陽和の名前が出た?なんの意図があって、彼を探すという考えが出たのだ?と、困惑を隠せない遠藤にメルドは懺悔するように答える。

 

「………詳しくは話せない。だが、雫が生きているのなら、あいつは応えてくれるはずだ。勇者の光輝と覚醒したあいつがいればまだ希望はある。無論、私とて、全員に生き残って欲しいと思っているのは本当だ。いや、こんな言葉に力はないな……。浩介、せめて今の言葉を、香織と重吾には伝えて欲しい」

「……………」

 

遠藤は、メルドの言葉に暗く澱んだ気持ちになった。

自分達がメルドと共に過ごした時間は濃密だ。右も左も分からない頃から常にそばにいて、ずっと共に戦ってきた。自分達にとっては兄貴的な存在で、この世界の者では誰よりも信頼している人物だった。

だからこそ、自分を切り捨てるような発言をしたことに、裏切られたような気持ちになってしまった。それでも、それが必要なことだと頭の片隅では理解しており、溢れる衝動のまま罵る事はできず、ただ暗い表情のまま頷き踵を返すことしかできなかった。

が、その瞬間……

 

「浩介ッ!」

「えっ!?」

 

メルドが突然遠藤を弾き飛ばすと、ギャリィイイ!と金属音が擦れ合うような音を響かせながら、手に持つ剣を円を描くように振るった。そのまま、くるりと一回転すると、遠心力をたっぷり乗せた見事な回し蹴りをゆらめく空間に放ったのだ。

肉を打つような音が響き、ゆらめく空間は五メートルほど吹き飛ばされると、地面に無数の爪痕を刻んだ。

それを見て、地面に尻餅をついていた遠藤は顔を青ざめさせて呟く。

 

「そ、そんな。もう追いついて……」

「チッ。一人だけか……逃げるなら転移陣のあるこの部屋まで来るかと思ったんだけど……その様子から見て、どこかに隠れたようだね」

 

何故こんな早く追いつかれた?と困惑する遠藤を見たカトレアは、髪を苛立たしげに掻き上げながら、舌打ちしそう呟いた。

どうやら、光輝達は一目散に転移陣へと逃げ込むと考えて四ツ目狼の背に乗って一目散にここに向かってきたらしい。しかし予想が外れて、来た道を戻って光輝達を探さねばならないことに苛立っていた。

それは同時に、まだ光輝達が無事であると言う事だ。遠藤達は僅かではあるが安堵し頬を緩める。

四ツ目狼と並走でもしたのか、カトレアの横に立つ大男はそれに目ざとく気づくとカトレアに耳打ちする。

 

「先に戻って捜しましょうか?」

「ああ、そうしてくれ。ここはあたしがやっとくよ」

「ハッ」

 

カトレアの許可を得て、小さく頭を下げた大男はメルド達に背を向けると駆け出した。その速度は体格に似合わず途轍もなく素早く、まさしく一陣の疾風となって一気に来た道を引き返したのだ。

 

「なっ、まずいっ」

「おっと行かせないよ。あんたらはここで始末させてもらう。時間はかけたくないからね、さっさと終わらせるよ」

 

メルドや遠藤が大男のあまりの速度にあわてて追いかけようとするも、カトレアの合図に合わせて一斉に魔物が飛び出して自分達の道を阻んだのだ。

瞬く間に周囲を囲まれたメルドは、すぐさま叫ぶ。

 

「円陣を組め!転移陣を死守する!浩介っ!いつまで無様を晒している気だ!さっさと立ち上がって……逃げろ!地上へ!」

「えっ!?」

 

メルドは見事な剣捌きで魔物の攻撃を徹底的に防御と受け流しで凌いでいた。

遠藤はメルドの言葉に思わず疑問の声を上げた。逃げるなら一緒に逃げればいいし、どうせ離脱するなら地上ではなく、光輝達の元へ戻って団長の言葉を伝える役目があると思ったからだ。

しかし、それは違う。たった今、方針が変わったのだ。

 

「ぼさっとするな!魔人族のことを地上に伝えろ!」

「で、でも、団長達は……」

「我らは……ここを死地とする!浩介!向こう側で転移陣を壊せ!なるべく時間は稼いでやる!」

「そ、そんな……」

 

メルドは浩介を生かす方針へと切り替えた。

地上へ逃げるにしても、誰かが時間稼ぎをしなければすぐに魔物達は転移してしまう。そうなれば、追いつかれて殺されてしまうかもしれない。

故に、一人を生かして残り全員で時間稼ぎをするのがこの場での最善だ。時間稼ぎをしている間に、転移陣の一部でも壊して仕舞えば、追っ手は撒ける。

転移陣は、直接地面に彫り込んであるタイプであり、破壊しても錬成ですぐに修復できるので、逃げ切って、地上の駐屯部隊にことの顛末を伝えた後、再び、光輝達が使えるように修復すればいいのだ。

 

そして、その伝令の役目は遠藤に託された。

 

しかし、遠藤は、先程自分達を切り捨てる発言したメルドが、今度は自分を犠牲にして自分一人を流そうとしていることに戸惑い、動けなかった。

そんな彼に、激しい戦闘を繰り広げながら、メルドは己の心根と願いを雄叫びとして届ける。

 

「無力ですまない!助けてやれなくてすまない!選ぶことしかできなくてすまない!浩介!不甲斐ない私だが、最期の願いだ!聞いてくれ!」

 

戸惑う遠藤に、兄貴のように慕った男の最後の願いが送られる。

 

「生きろォォッッ!!」

 

その言葉で、遠藤も漸く理解した。

メルドとて、自分達の誰にも死んでほしくないと思っていることを。誰かを犠牲にして生かすぐらいなら、自分達が犠牲となり生徒達全員を生かしたい。

だが、それはもう叶わない。

だから、選択するしかなかった。

どれだけ苦渋に満ちようとも、誰か一人でも生きていて欲しかったから。

遠藤は、グッと唇を噛むと踵を返し全速力で転移陣へと駆ける。ここで、メルドの想いと覚悟に応えられなければ、男ではないから。

 

「チッ、させないよ!」

 

カトレアが、黒猫の魔物を差し向けつつ自らも魔法を放った。

黒猫が背中の触手を弾丸のように射出し、石の槍が殺意の風に乗って空を疾駆する。

 

「くそっ!」

 

遠藤はどうにか触手は凌げたが、続く石の槍までは躱しきれそうになく歯を食いしばって衝撃に備えた。たとえ攻撃を喰らっても、その勢いで転移陣に飛び込んでやると言う気概を以て。

しかし、予想した衝撃はやって来ず、見れば騎士団員の一人が円陣から飛び出して、その身を盾にして遠藤を庇う姿があった。

 

「ア、アランさん!」

「ぐふっ……いいから気にせず行け!」

 

腹部に石の槍を突き刺したまま、アランと呼ばれた騎士は、剣を振るって遅いから魔物の攻撃を逸らしていく。そして、ニッと実に男臭い笑みを浮かべて遠藤にそう言った。

 

「チッ!雑魚のくせに粘るね!お前達、あの少年を集中して狙え!」

「ハッ、私達の勝ちだ!ハイリヒ王国の騎士を舐めるな!」

 

少し焦るカトレアにメルドは不敵な笑みを浮かべながら勝ち誇る。と同時に、遠藤が転移陣を起動して、その姿を消した。

しかし、カトレアはそれでもなお魔物を突っ込ませる。直接魔力を操作できる魔物ならば、詠唱なしで転移陣を起動させることができるので、今ならまだ間に合うと判断したのだ。

しかし、

 

「舐めるなと言っている!」

 

メルドがそれを許さない。

巧みな技と連携、経験からくる洗練された動きで追いかける魔物達を妨害する。

圧倒的不利でありながら、その防衛能力と粘り強さは称賛に値するものだった。

しかし、それもそう長く保つわけもなく、まずアランが力尽きて、バランスを崩し膝をついてしまう。

その綻びをついて、キメラの一体が防衛戦を突破して転移陣に到達してしまった。

キメラが消えるのと、魔法陣が輝きを失うのは同時だった。

 

「くっ、一体送られてしまったか……。浩介……死ぬなよ」

 

メルドの呟きは魔物達の咆哮に掻き消される。

遠藤を逃したことの腹いせに、カトレアが全ての魔物を一斉にけしかけたのだ。

 

「ふっ、ここを死地と定めたのなら、あとは最期まで暴れるだけだ。お前達、ハイリヒ王国騎士団の意地を見せてやれ!」

「「「「「おう!」」」」」

 

メルドの号令に、部下の騎士たちが威勢の良い雄叫びで応える。その雄叫びは、一瞬とはいえ魔物達を怯ませた。

 

………そして、十分後。

 

転移陣のある七十階層の部屋は、再び静寂に包まれた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

【オルクス大迷宮】三十階層の転移陣から飛び出した遠藤は、悲鳴とも雄叫びともつかない叫び声を上げながら、ダガーを振りかぶり、足元の魔法陣の破壊を試みた。

 

「な、なんだ!?ってお前!何をする気だ!」

「やめろ!」

「取り押さえろ!」

 

周囲で転移陣を保護する役目を負ったメルドの部下の騎士達が遠藤の破壊活動を妨害する。

そして、あと一撃で魔法陣破壊が叶いそうなところで、騎士達は遠藤をどうにか魔法陣から引き離すことに成功してしまった。

 

「は、放せっ。早く、早く壊さないと!奴らが!放せっ」

「なっ、君は勇者一行の!?なぜ、君が……」

 

狂乱とも言える行為を行なった人物が、よく見れば勇者の仲間の一人と分かり、騎士達は驚愕してしまう。拘束の手が緩んだ隙に、遠藤が再度魔法陣破壊を試みたが、一歩遅かった。

魔法陣が、再び輝きを放って起動して、次の瞬間には揺らめく空間が飛び出して来た。

 

「くそっ!あんた達、下がれ!」

「何が!?ぐぅあああ!!」

 

遠藤は警告を飛ばしながら、咄嗟に飛び退くことでキメラの一撃を間一髪で回避した。しかし、事態をすぐに飲み込めなかった騎士の一人は、キメラの凶爪によって鎧ごと胴体を切り裂かれてしまった。

いきなり血飛沫を上げて絶命した仲間に、動揺する騎士達に、遠藤は必死さと焦燥の滲む声音で叫ぶ。

 

「敵だっ。揺らぐ空間に気をつけろ!魔法陣を破壊しないと、どんどん出てくるぞ!」

「くそっ、なんなんだこの魔物はっ!?」

 

あっという間に仲間を二人殺されてしまった騎士が訳がわからずそう叫ぶも、遠藤の指示に今やらねばならないことを察して遠藤に襲い掛かろうとしていたキメラに飛びかかった。

しかし、彼らにはゆらめく空間しか認識できていない。

キメラの全体像を把握することすらできない為、攻撃手段も予測することができずに、背後から取り掛かったものは、蛇の尾に首を噛み切られ、真横から挑んだものは翼によって強かに打ち据えられて地面に叩きつけられた。

しかし、その行動は無駄ではなく、キメラが若干バランスを崩したことで、遠藤は直撃を回避し肩と脇腹を抉られるだけにとどめ、蛇尾を切り落とすことに成功した。

そして、キメラが少し離れた場所に着地したのと同時に、遠藤はダガーを振り上げ渾身の力を持って魔法陣に振り下ろす。

 

パァン!とそんな柏手のような澄んだ音が響き渡る。それは、魔法陣が破壊された証拠だった。

 

「これでっ……。がっ、あぁあああ!!」

 

魔法陣の破壊に成功し安堵の吐息を漏らす遠藤だったが、次の瞬間には右腕にキメラの牙が食い込んでその激痛に絶叫する。

 

「させるかっ」

「彼から引き離せ!」

 

駆けつけた騎士達の4突進力を乗せた渾身の一撃で、4どうにかキメラを引き剥がすことに成功した。

遠藤はキメラの顎の力が緩んだ瞬間に、左の袖に隠してあった投擲用ナイフを取り出して、返り血で姿を現したキメラの目に突き刺す。

目を突き刺された激痛に暴れるキメラは、接近した騎士達二人を、切り裂く。目を刺されても尚暴れるキメラに遠藤は投擲用ナイフを叩きつけるが、キメラは野生の勘で回避してしまう。

 

「ぐぁああああ!!」

 

その直後、いきなり騎士の一人が悲鳴を上げた。

何事かとそちらに顔を向ければ、なんと地面に叩き落とされた騎士の首に、切り落としたはずの蛇尾が噛み付いている光景があった。

噛まれた部分の皮膚を紫に変色させると苦しそうに身悶えて、瞬く間に絶命してしまう。

どうやら、蛇尾は切り離されても、自律行動が可能らしい。

 

「ちくしょう!」

 

それを見た最後の騎士が、蛇を殺そうと駆け出すが、それはこの状況においては決定的なミスだった。

キメラは背を向けた敵に気がつくと、背後から素早く襲いかかった。遠藤はその隙をついて最後の力を振り絞り、キメラの首目掛けて必殺の一撃を放った。

 

「死ねぇえええ!!」

 

仲間と引き離されたこと。メルド達を置き去りにしたこと。知り合いの騎士達を殺されたこと。そのほかにも様々な怨嗟を込めた雄叫びと共に放たれた致命の一撃は、十全にその力を発揮して、キメラの首を頸から切り裂き一瞬で絶命させた。

遠藤はキメラの死体を確認するも、その表情は喜びどころかむしろ泣きそうなほど弱々しく、口からは「ちくしょう!」とやりきれない思いが何度も漏れ出した。

その視線の先には、飛び出していった最後の騎士の姿が映っている。

しかし、彼はうつ伏せに倒れており、右手に剣を握ったまま顔を紫色に染めて、絶命していた。

傍に真横に裂かれた蛇尾の姿があり、切り裂いた時に体内の毒素を顔に浴びた結果、死んでしまったのだろう。

 

結局、三十階層の整備をしていた騎士達は全滅してしまい、一人も助けられなかったことに遠藤は、何度も「ちくしょう!」と叫び涙を流す。

 

しばらくそうしていたが、このままでは、出血多量で死んでしまうと、メルド達から貰った道具袋から最高級の傷薬と回復薬を取り出し服用する。

そして、応急セットで傷の手当をすると、無言のまま騎士達の骸を運び転移陣のある部屋の片隅に並べた。

 

少しの間、遠藤は彼等の姿を見つめると、おもむろに踵を返し、地上に向けて歩を進めた。その顔は幽鬼のように青白く、目は虚ろで覇気がない、痛々しすぎるものだった。

 

———また自分だけ生かされた。

 

その思いが、遠藤の心を重く冷たい鎖でキツく締め付ける。今はただ、託された役割だけを支えに機械的に体を動かして、ひたすら地上を目指すのだった。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

「……それからとにかく必死に走って、冒険者ギルドに駆け込んだんだ」

「……なるほどな」

 

冒険者ギルドホルアド支部の応接室で遠藤から事の次第を聞き終わったハジメが第一声を呟く。

対面のソファーにはロア支部長と遠藤が座っており、遠藤の正面にはハジメが、その右隣には陽和が座っており、セレリア達はソファーの横にあるテーブルの周りに置かれた椅子に座っている。ちなみに、ミュウはユエの膝の上だ。

 

魔人族の襲撃に遭い、勇者パーティが窮地にあるというその話に遠藤もロアも深刻な表情をしており、室内は、まるで空気が質量を持って重圧となってのしかかってくる様な重苦しい雰囲気で満たされている。

もっとも、重苦しい雰囲気なのは、なにも話の内容が深刻だったからだけではない。

 

「…………」

 

ハジメはチラリと隣に座る陽和を見る。

膝の上で両指を組んでいる陽和は、ギチギチと籠手が軋むほどの力で握り拳を作っており、仮面の奥から見える翡翠の瞳は憤怒に燃え狂っていたのだ。更に、彼から無作為に放たれる殺気や怒気が空気をなお重苦しく張り詰めたものへと変えていた。

大噴火寸前の火山。今の陽和の状態を例えるならばまさしくそれだ。

 

(……まぁ、仕方ねぇわな)

 

だが、ハジメはそれを責める気にはならない。

とうぜんだ。なぜなら、彼にとって今の話はつまるところ雫が危機に陥っているという話だ。恋人の危機に怒りを感じない方がおかしい。

………のだが、そんな張り詰めた空気の中でも一部は弛緩している。

それは、ユエの膝の上に座る幼女ミュウがモシャモシャと頬をリスのように膨らませながらお菓子を頬張っていたからだ。

ハジメ達の話はミュウにはまだ難しかったが、不穏な空気は感じ取っていたらしく、最初こそハジメの膝の上に座っていたのだが、陽和の殺気に当てられ怯えてしまったので、ユエの方へと避難させて恐怖を紛らわせる為にお菓子を与えておいたのだ。

 

「つぅか!なんなんだよ、その子!なんで、菓子食わしてんの!?状況理解してんの!?みんな、死ぬかもしれないんだぞ!」

「ひぅ!?ユエお姉ちゃん!」

 

場の雰囲気をぶち壊すミュウの存在に、ついに耐えきれなくなった遠藤がビシッと指を差しながら怒声を上げる。それに驚いたミュウが小さく悲鳴を上げてユエに抱きついた。

ユエがよしよしとミュウの頭を撫でる。そして、当然パパからは人外レベルの殺気が放たれる。

 

「てめぇ……なにミュウに八つ当たりしてんだ、ア゛ァ゛?殺すぞ」

「ひぅ!?」

 

親バカの人外殺気を向けられた遠藤は、浮かしていた腰を下ろすとソファーに倒れ込んでガクブルと震える。

それを尻目にミュウを宥めようとハジメがユエの方へと向かおうとした時、ロアが呆れたような表情をしつつ話に割り込んできた。

 

「さて、ヴァーミリオン、ナグモ。イルワからの手紙でお前達の事は大体分かっている。随分と大暴れしたようだな?」

「まぁ、全部成り行きだったがな」

 

成り行き程度の言葉で片付けていい事態では断じてなかったのだが、ミュウを宥めつつ事も無げな様子で肩をすくめるハジメに、ロアは面白そうに唇の端を釣り上げた。

 

「手紙には、お前達の『金』ランクへの昇格に対する賛同要請と、できる限り便宜を図ってやって欲しいという内容が書かれていた。一応、事の概要くらいは俺も掴んではいるんだがな……たった数人で十万超えの魔物の殲滅、半日でフューレンに巣食う裏組織の壊滅……にわかには信じられんことばかりだが、イルワの奴が適当なことをわざわざ手紙まで寄越して伝えるとは思えん……もう、お前達が実は魔王や伝説の邪竜だと言われても俺は不思議に思わんぞ」

 

ロアの言葉に、遠藤が大きく目を見開いて驚愕をあらわにする。自力で【オルクス大迷宮】の深層から脱出したハジメの事を、それなりに強くなったのだろうとは思っていたが、それでも自分よりは弱いと考えていたのだ。

何せハジメは非戦系職業であり、元は『無能』と呼ばれていた上、『金』ランクと言っても、それは異世界の冒険者の基準であるから自分達召喚された者とは比較対象にならない。陽和のことも異世界の冒険者だからそれほど強くはないと思っていた。

なので、精々、破壊した転移陣の修復と、戦闘のサポートくらいなら出来るだろう程度の認識だったのだ。

 

元々、遠藤が冒険者ギルドにいたのは、高ランク冒険者に光輝達の救援を手伝ってもらうためだった。

もちろん、深層まで連れて行くことは出来ないが、せめて転移陣の守護くらいは任せようと考えていた。駐屯している騎士団員もいるにはいるが、彼等は王国への報告などやらなければならないことがあるし、何より、レベルが低すぎて精々三十層の転移陣を守護するのが精一杯だった。七十層の転移陣を守護するには、最低でも『銀』ランク以上の冒険者の力が必要だった。

 

そう考えて冒険者ギルドに飛び込んだ挙句、二階のフロアで自分達の現状を大暴露し、冒険者達に協力を要請したのだが、人間族の希望たる勇者が窮地である上に騎士団の精鋭は全滅、おまけに依頼内容は七十層で転移陣の警備というとんでもないもので、誰もが目を逸らし、同時に人間族はどうなるんだと不安が蔓延し空気が殺気立っていたのだ。

その騒動に気がついたロアが、遠藤の首根っこを掴んで奥の部屋に引きずり込み事情聴取をしているところで、陽和のステータスプレートをもった受付嬢が駆け込んできて、居ても立っても居られず協力を得る為に飛び出したのだ。

 

そんなわけで、遠藤は、自分がハジメ達の実力を過小評価していたことに気がつき、もしかすると自分以上の実力を持っているのかもしれないと、過去のハジメと比べて驚愕しているのである。

 

「バカ言わないでくれ。一国の王如きと一緒にされたくはないな」

 

ハジメは隣に伝説の邪竜を宿したご本人がいる為、魔王だけを見下す反応をする。

 

「ふっ、魔王を雑魚扱いか?随分な大言を吐くやつだ……だが、それが本当なら俺からの、冒険者ギルドホルアド支部長からの指名依頼を受けて欲しい」

「……勇者達の救出だな?」

 

遠藤が、救出という言葉を聞いてハッと我を取り戻す。そして、身を乗り出しながら、ハジメに捲し立てた。

 

「そ、そうだ!南雲!一緒に助けに行こう!お前がそんなに強いなら、きっとみんな助けられる!」

「……」

 

見えてきた希望に瞳を輝かせる遠藤だったが、ハジメの反応は芳しくなかった。遠くを見て何かを考えているようだ。

遠藤は、当然、ハジメが一緒に救出に向かうものだと考えていたので、即答しないことに困惑する。

その時、これまで無言で話を聞いていた陽和が静かに口を開いた。

 

『……おい、遠藤。一つ聞かせろ』

「は、はいっ」

『…‥お前が別れる時点で雫は、八重樫雫は無事だったか?』

 

陽和に尋ねられ震え上がっていた遠藤が、「えっ?」と一瞬疑問の声を漏らすものの、彼の眼光に早く答えないとやばいと感じて慌てて話し出す。

 

「は、はいっ、八重樫さんは無事ですっ。ていうか、彼女が大量の魔物を引きつけて戦ってくれてたから俺達は無事だったんだ。…でも、多分魔人族は勇者の天之河よりも八重樫さんを危険視してると思うから、もし次に襲われた時には……」

『………そうか』

 

遠藤から伝えられた雫の現状に陽和はただ一言、そう返した。しかし、仮面の下ではギリッと歯を噛み締め、拳が震えるほど強く握り込まれ震える。

雫の命が危ない。そう伝えられ、一人で突っ走りこの状況を招いた光輝に際限なく怒りが湧き上がったのだ。

陽和はスッと立ち上がると、ハジメ達の方へと視線を向け唸るような声音で言う。

 

『………ハジメ、俺は先に行く。止めるなよ?』

「流石に止めねぇよ。恋人の危機だ。ここで止めたらお前に一生恨まれちまうよ。先行ってろ、後から追いつく」

 

陽和が何をしようとしているのか聞かずとも分かっていたハジメは止める気は元々なかった。

むしろ、ついに我慢の限界が来たかと納得していたほどだ。セレリア達も止める気はなく、早く行った方がいいと言いたげだった。

陽和は仲間達の反応を見て一つ頷くと、セレリアへと視線を向ける。その眼差しは怒りに燃えながらもどこか気遣うような優しさを宿している。

 

『………他の奴は好きにしていいが、セレリア、お前はミュウと一緒に残れ』

「貴様の言いたいことは分かっている。だが、却下だ」

『………だが』

「もとより覚悟の上だ。これは私自身が向き合うべき問題でもあるからな。だから、私は貴様がなんと言おうと行かせてもらうぞ」

 

セレリアは陽和の言わんことを理解していた。

怒り狂っている陽和は雫を傷つけた魔人族を殺すつもりだ。同胞を救おうとしている彼女に同胞を殺す様を見せたくないが為残るよう言ったのだが、どうやら、セレリアの決意は固かったようだ。

 

『………分かった』

 

セレリアの覚悟をよく知る陽和は止めても無駄かとすぐに理解し、視線を外すと天井を見上げる。

 

『時間が惜しい。最短で行かせてもらう』

 

そう呟くと、腕を翳して雷で天井に穴を開けて、両足に力を込めて勢いよく跳躍する。跳躍と同時に重力魔法も発動する。

赤光纏う陽和の身体は弾丸の如く跳ね上がり、天井の大穴を潜るとそのまま【オルクス大迷宮】があると思われる方向へと猛スピードで飛んで行ってしまった。

まさか、天井をぶち抜いて飛んでいくとは思わずポカンと壁の大穴を見上げるロアと遠藤にハジメが苦笑いする。

 

「あーー、ロア支部長。空いた穴はちゃんと弁償するから、あんまあいつを責めないでくれ。恋人の危機なんだ」

「………納得はいかんが、まぁ弁償するのならいいだろう。さて、話を戻すが、お前達は勇者パーティの救出に向かってくれると思っていいのか?」

 

なんとも言えない表情を浮かべるロアの問いにハジメは渋々といった感じで頷く。

 

「……まぁな。うちのリーダーが飛び出しちまったしな。それに、俺個人としても義理を果たしておきたい相手はいる。ついでに生きてたら助けてやるよ」

 

義理を果たしたい相手とは香織のことだ。

ハジメのことを気に病んで無茶をしているであろう香織には、顔見せくらいはしてやりたかった。それに、陽和からも生存を信じて日々努力していたと聞かされていたので、何か恩返しをしたかったのだ。

それが、顔を見せて無事だと教えることであった。

 

危険度に関してははなから気にしていない。というか、確実に自分達は戦うことにはならないだろう。

恋人の危機に一足早く飛び出した陽和が全て一人で片付けるだろうから。

いくら強いとは言え所詮は奈落表層クラス程度の魔物。陽和一人で簡単に鏖殺できる。

 

「南雲「ただし、先に言っておくことがある」……えっ?」

 

礼を言おうとした遠藤の言葉に被せるように言ったハジメに遠藤が疑問の声を漏らす。ハジメは冷たい眼差しを浮かべながらそれを言った。

 

「もしもだ。仮に八重樫の身に何かあった場合、恐らくソルは天之河を殺す可能性もあるぞ」

「は?」

 

突然の言葉に遠藤はすぐに理解はできなかった。

やがて、ようやくその意味を理解した遠藤は狼狽する。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!なんでそうなるんだよ!?あの人が天之河を殺す!?大体、あの人と八重樫さんになんの関係があるんだよっ!」

 

遠藤はヴァーミリオンが陽和だという事を知らないし、雫と恋人関係だということも知らないので当然困惑する。

しかし、陽和が光輝を殺す可能性は十分にあり得てしまうのだ。ただでさえ、光輝が一人で突っ走った結果、雫達が危ないという事態に陽和が怒りを抑えきれないほどになっているのに、そこに雫の死という事実が加わって仕舞えば、もう敵の鏖殺だけに留まらない。元凶たる光輝にも怒りの矛先は確実に向くだろう。そうなれば光輝に抗う術はない。なすすべもなく惨殺されるはずだ。

 

「あいつと八重樫は恋人関係だ。恋人が天之河の身勝手な行動の結果殺されたとあっちゃ、あいつは怒りのままに暴走するだろうな。だから、天之河の命が大事ならとにかく必死に逃がすことをお勧めする。まぁ別に俺としちゃ天之河がどうなろうが知ったことじゃねぇから、死のうがどうでもいいがな」

「ど、どうでもいいって、何言ってんだよ!同じクラスの仲間じゃないのかよ!?」

「仲間?何勘違いしてんだ。はっきり言うが、俺がお前らに持ってる認識はただの『同郷の人間』程度だ。それ以上でもそれ以下でもない。他人となんら変わらない」

「なっ!?そんな……何を言って……」

 

ハジメの予想外に冷たい言葉に遠藤は動揺する。

 

「勇者の救出依頼を受けたのだって、あいつが八重樫を助ける事と、白崎に俺の無事を伝える事のついでにできる事だったから受けただけだ。必死に助けに行こうとも思わない」

 

ハジメにとってクラスメイトはすでに顔見知り程度の他人だ。今更過去のあれこれを持ち出して復讐する気もないし、力になるつもりもない。

光輝達の救出依頼を受けはしたが、肝心の光輝が死んだところで気にはしない。ハジメにとっては依頼が失敗したと言うだけなのだから。

ただ、雫と香織が無事であればいいのだ。

 

「とにかく、八重樫が無事なら天之河も殺されることはねぇだろ。死なねぇだけで、ボコられはされるかもしんねぇけどな」

 

ハジメはそう呟くと遠藤からロアへと視線を向けた。

 

「あと、ロア支部長、今回の件だが対外的には依頼ということにしてくれないか?」

「分かってる。上の連中に無条件で助けてくれると思われたくないからだろ?」

「そうだ。それともう一つ。帰ってくるまでミュウの為に部屋を貸しといてくれ」

「ああ、それくらいなら構わねぇ」

 

流石にミュウを迷宮の深層まで連れて行くことはできない為、ギルドに預けていくことにする。その際、ミュウは置いていかれることに猛抗議するもなんとか全員で宥めて、ついでに子守役兼護衛役にティオを残し、迷宮に向かうことが決定する。

 

「おら、ぼさっとしてねぇでさっさと案内しろ」

「えっ、うわっ、ちょケツを蹴るなよ!」

「うるせぇ。キリキリと動けや」

 

ハジメは肩を落とす遠藤のケツを蹴り案内を急かす。遠藤はつんのめりながらも悪態をつく。どうやら、強力な助っ人がいると言う状況に少し心の余裕を取り戻したようだ。

そして、ハジメに続いてセレリア、ユエ、シアも立ち上がり遠藤の後をついていき共に大迷宮へと潜り深層に向かって疾走した。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

ホルアド支部の応接室の天井をぶち抜いて空へと飛び上がった陽和は、重力加速で【オルクス大迷宮】前の広場にすぐに到着する。

 

広場へと着地した陽和は石床を踏み砕いて弾丸の如き勢いで飛び出すと【オルクス大迷宮】の入口に飛び込む。

 

周囲にいる冒険者や受付嬢、商人達の驚倒や困惑の声を無視して、【オルクス大迷宮】に突入した陽和は叫んだ。

 

 

『———“竜帝化(バランスブレイク)”』

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

 

怒号が如き雄叫びと共にソレは発動され、光炎に身を包んだ陽和は次の瞬間には、紅蓮色の竜鎧を纏い翡翠の眼光と宝玉を輝かせていた。

周囲の騒めきなどどうでもいい。どうせ一瞬の事だ。はっきりと認識できる者など殆どいないだろう。今は何よりも彼女の元へと一瞬でも早く駆けつけるだけだ。

 

 

『———“臨界突破(オーバーリミット)”』

 

 

陽和は更に、一瞬でステータスを5倍に上昇させる技能“臨界突破”を発動し、紅白の輝きを纏う。

だが、まだだ。まだこれでは最速には足りない。

 

 

『———“クリムゾン・アルマ”』

 

 

最後に、四肢に紅炎と緋雷を纏った。

発動したのは炎と雷のニ属性の付加魔法。

炎を纏い爆炎の破壊を齎す“スカーレット・アルマ”。

雷を纏い迅雷の加速を齎す“カーディナル・ボルト”。

それら二つの付加魔法を融合し昇華させた炎雷の付加魔法“クリムゾン・アルマ”。

二重の付加魔法により、攻撃に特化していた爆炎の鎧は攻撃と速度両方に特化した炎雷の鎧へと昇華した。

 

“竜帝化”、“臨界突破”、“クリムゾン・アルマ”。

 

二種の技能と一つの魔法を一瞬の間に発動した陽和は、通路の奥の闇を睨む。

憤怒に呼応するかのように炎雷と輝きが荒ぶる中、彼は小さく呟いた。

 

 

 

『雫、今行く』

 

 

 

持てる力の全てを用いて陽和は一歩目から最高速へと至り、地を蹴る。

 

石畳が猛る炎雷に容易く砕かれ、次の瞬間、爆砕の華を咲かせながら、陽和は紅蓮の流星となった。

 

紅緋の炎雷が箒のように尾を引き、紅白の光粒が大迷宮の通路に軌跡を残しながら、怒りに燃え狂う赤き竜帝は通路を驀進する。

 

 

 

 

一刻も早く恋人の下へ辿り着く為に。

 

 

 

 

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