竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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今回の話の内容は、タイトルの通り、陽和がブチギレて光輝をボコります。前回はカトレアを殺す直前に意味不明なことを言って、彼を再びブチギレさせましたからね。今回はそれをぶつける回です。

ぶっちゃけ、どんな展開にするかマジで悩みました。どのように光輝をボコるかを色んなパターン考えて今回の話を選ぶことにした。賛否両論分かれると思いますが、これまでの状況的にこれが一番妥当だなぁと思いました。
見る人によってはスカッと展開かドン引き展開別れるでしょう。まぁ多分、大多数がスカッとすると思います。
皆さんはぜひブラックコーヒーを用意してからお読みください。スカッとして甘ったるくなるんで。






47話 赫怒爆ぜる

 

 

 

カトレアの首を刎ねた陽和は血を噴き出しながら後ろに倒れた彼女の遺体を見下ろすと、近くに転がった彼女の頭を手に取り、彼女の首の上に置いて、開いていた瞳を撫でるように閉じる。

そうして、彼女を優しく寝かせた陽和は片膝をつき静かに瞳を閉じて黙祷を捧げた。

 

「ッ……〜〜〜〜〜ッッ!!」

 

黙祷を捧げる彼は、雫達に見られないように背を向けたまま千切れ血が滲んでいる唇を更に強く噛み締める。

人を殺した。それは今までも何度もあったことだ。この世界では既に多くの人間を手にかけた。

だけど、その全てが悪党だった。シア達を奴隷目的で狙っていた帝国兵。ミュウ達幼い子供達を苦しめた犯罪組織。救いようの無い外道だったから、殺しても心が痛まなかった。

 

だが、今回は違う。

カトレアは魔人族の為に戦っていた。雫を傷つけたのだとしても、彼女は魔人族の繁栄の為に邪魔になる脅威を排除する為に指示したに過ぎない。

国の為に、同胞の為に……そして、恋人の為に彼女は命を賭けて戦った人だった。

そんな彼女を陽和は殺した。

状況がそうさせたのもある。だが、今回陽和は初めて大切な人がいる人間を殺してしまったのだ。

そして、もう一人ももうすぐ死のうとしていた。彼は自分が信頼を預ける仲間の既知の間柄の者。陽和はたった今、少なくとも二人の人間から大切な人を奪ったのだ。

 

これが、人を殺すということ。

これが、戦争をするということ。

 

覚悟はしていた。いつかその時は必ず来ると理解はしていた。だが、いざ実際にその場面にでくわしてしまった今となっては、その覚悟が揺らぎ今もなお必死に堪えている悲しみが決壊しそうだった。

きっと、周りに誰もいなければ、苦悶に呻いていたことだろう。だが、周りには仲間が、恋人がいる。情けない姿など見せられるわけがない。

 

『相棒……』

『マスター……』

 

己に宿る相棒達が心配そうに声をかけてくる。

彼らとは魂で繋がっている。だからこそ、己が今感じている衝動も共有してしまうのだ。陽和の悲しみが伝わってきた彼らは、気遣うように声をかけてくる。

 

「……大丈夫だ。すぐに落ち着かせる」

 

そんな彼らにそう返した陽和は一度深く深呼吸すると、荒れる心を無理やり落ち着かせて噛みちぎった唇を治癒して立ち上がった。彼女の遺体に背を向けて歩き出しバートの方へと向かう。膝をつき俯くバートの前にはセレリアが膝をついて座っていた。瞳から涙を流すセレリアは泣きながらバートに尋ねる。

 

「……バートさん、貴方はどうして、獣魔兵に……まさか、私が逃げたから、ですか?」

 

自分が逃げたから、その後徴兵され適合が発覚してしまったが為に獣魔兵に改造されてしまったのではないかと彼女は考えてしまい、我が身可愛さで自分は同胞を差し出してしまったのだと自分を追い詰めてしまう。

だが、そんな彼女にバートはゆっくりと首を横に振って彼女の考えを否定した。

 

「違う。……お前は、何も悪くない。……俺は、自ら志願したんだ」

「どうして、そんなことを……」

「………」

 

バートは少し沈黙すると、何かを思い出して懐かしそうな笑みを浮かべると腕を動かしてセレリアの頭を撫でながら言った。

 

「……俺は…お前だけに……背負わせたく、なかったんだ……」

「え……?」

 

バートの言葉にセレリアは目を丸くする。彼が獣魔兵に志願した理由に戸惑いを隠さなかった。そんな彼女にバートは力無く笑うと、己の真意を告げた。

 

「だって…そうだろ?……お前と、ディーさんは家族なんだ。……なのに、あんなことになって……お前だけが獣になって……戦わされるなんて……あまりにも可哀想、じゃないか」

「バート、さん……」

「兄妹は…仲良くしなくちゃ、な。……だから、俺が、お前の代わりに……獣として、人間族と、戦って……戦争を終わらせる、ことが、できたら……お前達はまた、昔のように……笑い合えるん、じゃないかって……思ったんだよ」

 

真意を聞いたセレリアの瞳からとめどなく涙が溢れ出す。バートはセレリアとディレイドのことを昔から知っていた。冒険者としてディレイドとは同業であり、何回かパーティーを組んだことだってある。

度々彼と共に町を歩く彼女の姿だって知っていて、両親が死んでもお互いを支えて生きている仲睦まじい兄妹で地元では有名だったのだ。

だが、それはディレイドがフリード共に氷雪洞窟の攻略を終えて帰還してから一変した。英雄と称えられ、魔王に将軍の地位を授かった二人は、次第に魔人族の為ではなく、異教徒の殲滅の為にと言うようになり、軍備増強に力を注いだ。

それからしばらくして、二人は来る戦争の為に新たな生物兵器を生み出したと魔王城で大々的に発表したのだ。

それこそが『獣魔兵』。魔物の力をその身に移植した、新たな強化兵だった。

 

そして、獣魔兵の存在を大々的に宣言するディレイドの隣には成功体らしき人物がおり、頭からは狼耳が生えていた。

そこまでならまだ良かった。だが、バートは見てしまったのだ。その人物が他ならぬ彼の妹のセレリアで、彼女の瞳からは元来あったはずの明るい輝きが消えているのを。

それを見た瞬間、バートはディレイドの所業を理解した。

 

彼は自分の妹を化け物へと変えたのだと。

 

理解ができなかった。あんなにも仲睦まじかった兄妹だったはずなのに、お互いを家族として愛していたはずなのに、二人に何があったんだと。ディレイドはなぜ大事な妹にあんなことをしたのだと。そう怒りを覚えずにはいられなかった。

問い詰めようとしても、一冒険者である自分では将軍となった彼には簡単に会うことができなかった。セレリアもどこかにいるのか分からず、軍の施設を探っても見つからなかった。

 

だからこそ、バートは一つ決意した。

 

自分も『獣魔兵』になろうと。

『獣魔兵』の存在が発表されてからは、軍がその志願者を募るようになったのだ。適合検査をして適合が発覚すれば、新たな『獣魔兵』になれると。バートはそれを見て、自身にも適合があれば、彼女の代わりに戦えるんじゃないかと。

兄に裏切られた彼女には今頼れる人はもういない。だからこそ、自分が彼女と同じ『獣魔兵』になれば、彼女を守ることができ、彼女の代わりに自分が死に物狂いでこんなクソッタレな戦争を終わらせれば、二人は元の仲睦まじい兄妹に戻れるのではないかと思ったのだ。

 

そうして獣魔兵に志願して適合が見つかり、熊の魔物の魔石を移植され、岩石を操る魔熊の能力を獲得し、『紅熊」となった。

そうして軍へと歓迎された彼に待ち受けていたのは、セレリアが脱走したという事実だった。それに驚きはしたものの怒りを覚えるわけがなかった。むしろ、安堵すらしていた。戦争が本格化する前に脱走したことで、彼女が戦わされることにならなくてよかったと。

どうやって脱走したかは分からない。でも、この環境から抜け出したのはいいことだ。

どこにいるかはわからない。でも、こんなところにいるよりはマシだろう。

願わくば、彼女を受け入れてくれる良き仲間に巡り合うことを。そして、自分がお前の代わりに戦争を終わらせて、ディーを元に戻すから、全てが終わってから戻ってくればいい、と。彼は密かに願ったのだ。

そして、その願いは道半ばだが確かに叶ったのだ。

 

「俺が……お前を、守らなくちゃ、と思ったが……どう、やら……お前は……お前を、守ってくれる……英雄を、見つけた……らしいな」

 

バートの視線が自分の隣に立つ陽和へと向けられる。神話に記されている神とも戦える伝説の邪竜。魔人族人間族に共通している明確な脅威である彼が、セレリアのことを仲間だと受け入れ、守っている。

彼の側ほどこの世界で安全な場所はないだろう。彼ならば、彼女のことをしっかりと守ってくれる。彼のような気高い英雄ならば、任せられる。そう確信できた。バートの言葉に、セレリアは泣きながらも笑みを浮かべる。

 

「……ああっ、陽和ならば、この戦争を終わらせることができると私は確信している。だって、彼は英雄なんだからな」

「そう、か。……そこまで、言うとは……随分と、彼を、信頼しているんだな……」

「…そうだ。陽和のことは誰よりも信頼している」

 

涙を流しながらも信頼に満ちた笑顔でそう言い切ったセレリアの言葉に雫が「む?」と反応してじっと彼女を観察する。

バートはセレリアの言葉を聞くと、一瞬目を見開くも直後には噴き出すように笑った。

 

「は、ははっ……ディーさんの、後ろに隠れてた…チビッ子が…立派に、育ったんだな」

 

彼の脳裏には幼い頃のセレリアの姿が過ぎった。

自分は他よりも大柄な体格で、まだ幼かったセレリアをびっくりさせてしまったことがある。彼女は慌ててディレイドの後ろに隠れて、ちょこんと顔を出してバートの様子を伺っていたのだ。

あの可愛らしかった小さな少女が、今や立派に育ってくれたことにバートは嬉しさが込み上げていた。

笑ったバートは陽和へと視線を向ける。いつの間にか、自分達の隣で片膝をついていて二人の会話を無言で見守っていたのだ。

 

「なぁ、陽和……頼まれて、くれないか?」

「俺にできることなら」

「魔人族を……我らの同胞を…救ってほしい」

「勿論だ。俺は全てを救うためにこの力を受け継いだんだからな」

 

バートの願いに陽和は迷いなく頷く。元よりそのつもりだ。神の手から世界を救い出すことを陽和は既に誓っているのだから。

 

「そう、か……」

「他にはあるか?」

「ああ……」

 

バートはちらりとセレリアへと視線を向けて、もう一度陽和へと視線を戻し、二つ目の頼みを口にする。

 

「どうか、セレリアを……守って、やってくれないか?」

「………そんなことで、いいのか?」

「ああ。……兄貴に、裏切られたこの子には……支える人が、守る人が、必要なんだ。……どうか、この子の仲間として、この子を、守って…やって、ほしい……この子は、意外と、寂しがり屋、なんだ……お前になら……任せられる」

「バート、さん……」

 

バートは腕にどうにか力を入れてセレリアの頭にもう一度手を置いて優しく撫でると力無く笑いながら、言った。

 

「セレリア……俺には、出来なかったが……お前なら、必ず…出来る。だから……頑張れよ……」

「バート、さん。私はっ、私はっ……」

 

セレリアはバートの手を両手で弱々しく握りながら大粒の涙をボロボロとこぼして嗚咽を漏らす。

 

「泣くな。……せっかくの…美人が、台無し、だぞ。…笑顔が、お前には…似合う」

 

嗚咽を漏らすセレリアにそう言ったバートは、最後に己の願いを託した英雄へと視線を向ける。

彼は悲しみに表情を歪めていて、泣きそうなのを必死に堪えている様子だった。膝につけられている拳は膝を握り潰さんとするほどに強く握られ、震えている。しかし、こちらに向けられている瞳には、何が何でもお前の願いを叶えようという強い意志が窺えた。

バートは、力無く下ろしているもう片腕を持ち上げて握り拳を作ると、陽和へと向ける。

 

「はる、と……頼まれて、くれるな?」

「……ああっ。俺に任せろ」

 

そう言って陽和は悲しげな表情にどうにか力を入れて、友へと向けるような笑みを浮かべると、バートの拳に自分の拳をぶつけた。

バートはその拳から伝わる熱に、なんて優しい温もりなんだろうと。この温もりなら大丈夫だと心の底から安心できた。

バートは、肺に残った最後の空気を吐き出すと一緒に、最期の言葉を紡いだ。

 

「……あり、がとう……」

「バートさんっ!」

「っ、バート!」

 

最期にその言葉を吐き出したバートの巨体が揺らぎ前に倒れる。セレリアと陽和が咄嗟に受け止めたものの、もうバートの身体からは温もりが消えていて、瞳も閉じられていた

だが、彼の最後の表情はとても穏やかだった。

 

「バート、さんっ……バートさんっ、バートさんっ……」

 

バートの体を抱き締めるセレリアは胸から込み上げてくる悲しみに体を震わせながら、嗚咽を漏らす。

 

「セレリア……」

 

嗚咽を漏らすセレリアに、陽和が彼女の背を優しくさすった。昔からの知り合いを目の前でたった今失ったばかりの彼女に、殺した自分が何て言葉をかければいいか分からなくて、ただ摩ることしかできなかった。

しばらく泣いていたセレリアはバートの遺体を優しく横たわらせると、彼の手を優しく握り穏やかな表情を見ながら、陽和に言う。

 

「……陽和、ありがとう。バートさんの最後を、悔いのないものにしてくれて。彼らを戦士として終わらせてくれて、感謝する」

「……礼なんて言わないでくれ。礼を言われる資格なんて、俺にはない…」

「いいや、彼らの覚悟を受け止めてくれた。それだけで十分さ。……それだけで、本当に、十分なんだよ」

 

キュッとセレリアはバートの手を掴む手に小さく力を込めながらそう言った。そして、様々な感情が詰め込まれた震える言葉で、それでもはっきりと口にする。

 

「だから……これで良かったんだ」

「………そうか」

 

セレリアの顔を直視できなかった陽和は、唇を真一文字に結び、悲しみを堪えるように頷いた。

 

「………私は大丈夫だ。お前は恋人の元に行け」

「……分かった」

 

それ以上はもう何も言えなかった。

陽和は小さく頷くと、彼女に背を向ける。そして、歩き出す瞬間に、ぐすっと啜り泣く音が聞こえても陽和は振り返らずに恋人の元へと歩いた。

だが、彼女の元へと近づこうとして陽和は唐突に足を止めると、表情を急激に冷酷なものへと変えるととある方向へと振り向きながら口を開いた。

 

「………一応聞く。何の真似だ天之河」

 

その視線の先には光輝がいて、憎悪を宿す鋭い眼光で陽和を睨み、聖剣を抜いて陽和に構えていたのだ。目的を問われた光輝は、宿る憎悪のままにはっきりと宣言する。

 

「お前を止める。もうこれ以上、お前の、邪竜の好きにはさせないっ!!」

 

そう宣言し、聖剣を淡く輝かせ交戦の意志を示す。

ハジメ達が「はぁ!?」と言わんばかりに目を剥いてギョッとする中、龍太郎が青ざめて慌てて止めに入る。

 

「ちょ、おい、光輝っ!何考えてんだっ!正気かっ!?」

「俺は至って正気だよ龍太郎。俺はあの邪竜を止めて勇者の使命を果たすだけだ」

「正気じゃねぇだろっ!紅咲は俺達を助けてくれたんだぞっ!?命の恩人なんだぞっ!?」

 

龍太郎が必死に光輝を止めようとする。

いくら状況判断能力が乏しい脳筋馬鹿であっても、この状況では自分達は陽和に命を救われたと言うことぐらいは認識できているようだ。

だが、こんな脳筋馬鹿よりももっと救いようのないド阿呆な愚図野郎がここにいた。

 

「違う。こいつが命の恩人なわけがないっ。こいつは、自分の手で俺達を殺す為に、彼女達を殺したんだ」

「………なに?」

 

あまりにふざけた言い分に陽和は眉を顰めると、怒りをどうにか堪えながら、呆れや怒りを隠し切れない声音で返す。

 

「……何で俺がお前らを殺すことになってるんだ。俺がお前らを殺したいからそれを邪魔した彼らを殺したって?そんな馬鹿な話があるかよ」

「あくまでしらを切るつもりか?お前が皆を殺そうとしていることは分かっているんだぞ。最期くらい罪を認めたらどうだ?」

「認めるも何もお前の言う罪とやらに何一つとして心当たりがないな」

 

淡々とそう返した陽和に光輝は更に表情を怒りに歪めると目を吊り上げながら自分が思う彼の罪を声高に並べる。

 

「っっ、ふざけるなっ!!メルドさんを殺そうとし、警備兵の人達も傷つけただろっ!?しかも、お前はたった今無抵抗の人間を殺したじゃないかっ!それが罪じゃなかったら何なんだ!!」

「敵を殺した。それだけの話だろうが」

「だが、彼女はもう戦えなかったんだぞっ!戦意を喪失していたっ!それなら捕虜にすればよかったんだっ!!きっと分かり合えたはずなんだっ!!」

 

殺すぐらいなら捕虜にするべき。それは敵が持っている情報を引き出す為ならば一理あるだろう。だが、彼がそんなまともなことを考えているはずがない。ましてやその後のことなど尚更だ。

だから、陽和は容赦なくそれを問い詰める。

 

「じゃあ、聞くが、お前敵を捕虜にした場合、その捕虜がどんな扱いを受けるのかを分かっているのか?」

「そ、それは……牢屋に、入れて……話し合いを……」

「話し合い?お前、まさか牢屋に入れた後根気よく話をしていけばいいと思ってるのか?」

 

陽和は心底呆れてしまう。戦争の歴史を少しでも知っているのならば、絶対に出てこないであろう言葉に、陽和は本当に知ろうとしていないのだと呆れる。同時に、とてつもない怒りが込み上げて仕方ない。だから、陽和は容赦無く現実を叩きつける。

 

「馬鹿が。その程度で済むはずがないだろう。情報を吐かせる為に拷問するに決まっている。爪を剥がし、指を潰し、骨を折り、皮膚を斬る。自白剤などの薬物の投与もあり得るだろう。身体的だけじゃなく、精神的苦痛まで与える。女であれば、そこに兵士達の慰み者という可能性も加わるな。そうやって身体と心を極限まで痛めつけて、自分達に有益な情報を何が何でも吐き出させる。それが捕虜の扱いだ。捕虜にするということはその地獄の苦しみを強いるということだ」

「そ、そんな酷いことをできるわけないだろっ!」

「お前がそう思っても、周りはそうは思わない。戦争に勝つ為に、少しでも多くの情報を絞り出そうとするだろう。どんな手を使っててでもだ」

「そんなことはやらせないっ!勇者である俺がそんなこと許さないっ!!」

 

そんな非人道的な行いを勇者である自分は許さない。断固としてそんなことをさせてたまるかと、叫ぶ光輝に陽和は苛立ちに眉を吊り上げながら切り捨てる。

 

「お前が許さないからなんだ?そもそも魔人族は人間族の怨敵だろうが。お前は怨敵を庇うのか?教会の屑どもがそれを許すと思うのか?」

「そ、そう言うわけじゃないが、人殺しは悪いことだろっ!!」

「それなら、あの二人もお前の言う悪だろうが。騎士団員達を殺し、お前達のことも殺そうとした。それなのに、なぜ庇う。なぜ人殺しをお前は庇う」

「そ、それはっ……」

 

そもそも、陽和が彼女達を殺す以前にカトレア達は元々自分達を殺す為に襲いかかってきて、メルドの部下の騎士団員達を殺害し、バートは雫を殺しかけた。にもかかわらず、光輝は抵抗をやめたからと言って彼女を殺すなど庇った。

それを指摘された光輝はたじろぎ、反論することができない。そんな彼に陽和は容赦なく畳み掛ける。

 

「話になんねぇな。まともな反論ができないなら黙ってろ。今回、お前の独断専行で仲間が危険に晒され、雫は殺されかけた。お前の考えなしの行動が今回の結果を招いたんだ。どうあれ守られるだけで何もできなかった腰抜けが無駄な正義感で口出ししてくるな」

 

そう容赦なく切り捨てたのだが、当然納得できない光輝は言葉の端々にあった侮辱の言葉に目を血走らせて苦し紛れの反論をする。

 

「う、うるさいっ!平気で人を殺すような外道に何がわかっ———っ!?」

 

しかし、光輝の反論は最後まで続かなかった。

バチィンッッ!!と甲高い音を立てて、誰かが光輝の頬を叩いたのだ。いきなりのことに光輝は勿論、陽和でさえ目を丸くし呆然とする。

光輝は断続的な痛みを訴えてくる右頬を押さえながら、平手打ちをした者へと視線を送る。

それは、

 

「し、しず、く?」

 

雫だった。

彼女は振り抜いた手をそのままに目尻に涙を滲ませながら怒りに声を振るわせた。

 

「…………さっきから、何様なのよあんたはっ!!」

 

キッと光輝を睨みつけ、激情のままに叫んだ彼女は、そのまま捲し立てる。

 

「陽和が平気で人を殺せるですって!?平気なわけないでしょっ!陽和だって、好きで人を殺してるわけじゃないっ!ずっと悩んで、苦しんで、それでも私を守る為に決断したのよっ!それをあんたはっ、彼の覚悟を知ろうともしないで、平気で人を殺すような外道って、どの口が言ってるのよっ!肝心なところで手を止めた臆病者の腰抜けの分際でっ、彼を責める資格なんてないわよっ!どうせ自分にできないことをやってのけた陽和に嫉妬して、正しいことを言ってる風を装って八つ当たりしてるだけじゃないっ!!」

 

陽和もそろそろ堪えていた怒りが爆発しそうだったが、それよりも先に雫が限界を迎えていた。

王宮では陽和を悪く言う光輝の言葉を聞かないようになるべく距離をとってきた。だが、それでも光輝の言葉は嫌でも耳に入ってきて、何度も彼を殴り倒して陽和の悪評を覆したかった。

だが、それをして仕舞えば自分は疑われ、連鎖的にメルドと陽和の決死の作戦までもが明るみに出て彼の努力を無駄にしてしまうのではないかと言う危惧があったから、口にはしなかった。彼に迷惑はかけられなかったから。

 

それだけではない。雫が使っている剣術ー八重樫流の教えの中には一つ特徴的なものがある。

それは、家族は、決して家族を見捨てない。見捨てないからこそ家族なのだ、と。

八重樫流は誰にでも門を開いているではなく、門下生になる者は限られていて、逆に、一度入門すれば、八重樫家は彼らを身内とみなす。と言う教えがあるのだ。

幼い頃からその教えを受け、実際に祖父や両親、門下生達の絆は深かったことから、彼女もその教えを胸に刻み込んでいた。今思えば難儀なことに、光輝も門下生の一人なのだ。故に、家族であり、見捨てることはできなかった。といっても、光輝は母親が昔、雫の祖父に世話になった縁でのコネ入門なのだが。

そう言った意味で、雫は元来の面倒見の良さもあって見捨てることはできなかったのだ。

 

だが、それもそろそろ限界を迎えていた。そんな時に、今回の一件だ。

自分を初めて受け入れて愛してくれた恋人が自分を迎えにきてくれた。それならば、もういいだろうと思ったのだ。そもそも、助けられた分際で命の恩人を侮辱し責め立てようとする愚者など家族といえど配慮する必要はない。

そして、雫はこれまで抑え込んできた怒りを今この場で爆発させたのだ。

 

「大体、何が邪竜を討伐するよっ!何であんたはあったばかりの人間の言葉をあっさりと信じて、言われるがままに陽和を殺すことに平然と意気込めるのよっ!さっき陽和を責めたけど、あんただって人殺しをしようとしてたのよっ!あんたにとっては陽和は憎くてしょうがないかもしれないけど、陽和にだってあんたと同じように家族がいるのよっ!仮にあんたが陽和を殺して、地球に帰れたとして、陽和の家族にどう説明するつもりなのっ?息子さんは失踪先で邪竜になったので殺すしかありませんでしたって言うつもりっ?それを聞かされてはいそうですかって納得できるわけがないでしょっ!!」

 

雫の言う通りだ。邪竜云々はこちらの世界の都合であり、地球とは一切関係のない話だ。なのに、大事な息子が異世界で邪竜の後継者になったから、勇者である自分が討伐しました。なので、地球には帰ってこられませんでした。そんなことを言われて納得できる親などいるわけがない。愛している息子のそんな末路を受け入れられるわけがないのだ。

 

「魔人族との戦争のこともそうよ!あんたは疑いもせずにただ助けを求められたからって何も考えずに安請け合いして、戦争が何なのかを考えたことはあったのっ!?ないわよねっ!あったらあの場で殺しを躊躇って話し合いをしようなんて馬鹿げた発言は出てこないはずだものっ!人と戦う覚悟がないなら、初めから戦争に参加するなんて言わないでっ!あんたの馬鹿げた夢物語に私達を巻き込まないでよっ!!」

 

涙を流し感情のままに怒鳴り散らす雫の姿に、殆どのものが驚愕を隠せない。香織でさえ驚きに目を見張っており、ハジメは「まじか」と言う感じで見ている。

一気に言葉を吐き出したことで息を切らした彼女は、目の端から流れる涙を乱暴に拭うと光輝を鋭い眼光で睨む。その眼光に思わず怯んで一歩下がってしまった彼は、何とか平静を取り戻すと慌てて言葉を投げかける。

 

「し、雫、少し落ち着くんだ。……君は、さっき殺されかけてたから、不安で一杯なだけなんだ。……紅咲が救いようのない外道だってのは地球にいた時から知っていただろう?南雲を親友といいながら虐めるような奴なんだぞ?……そいつが悪いのは明はっ———っ!?」

 

今度は平手打ちではなく拳が飛んでくる。

バキッ!と左頬を殴られ、光輝が数歩蹌踉めく。殴られた際に口の中を切ったのか、口の中にジワリと鉄の味が広がりながらも、それが気にならないほどに唖然とする光輝は再び雫を見る。

拭ってもなお溢れる涙を流しながら、雫はキッと光輝を睨むと決定的なことを口にした。

 

「あんたの言葉に正しさなんてないわ。あんたは何一つとして正しくない。ずっと間違え続けてきた。それなのに、自分を顧みて反省できないようなあんたが、陽和を…私の恋人を侮辱しないでっ!!」

 

彼女の口から放たれた恋人という単語に話を聞いていた鈴達が「え?」と目を丸くして、ハジメや香織、重吾は「え、ここで言っちゃうの!?」とそんな状況ではないのに素直にびっくりする。

 

「雫……」

 

そして、たった今愛しの恋人に『私の恋人』と言われた陽和はさっきの冷酷な表情は消え、こんな状況にもかかわらず、こんな堂々と言ってくれるとはなぁとじーんと込み上げてくる嬉しさを必死にこらえていた。

 

『………今、感動するところだったか?』

『………駄目だね。聞こえてないや』

 

相棒達が内心で呆れてしまう。

この男も大概筋金入りだった。

様々な反応を見せる中、陽和を己の恋人だと言い切った雫に光輝は別の意味で唖然とした。

 

「こい、人?……紅咲、が?嘘だろ?雫が、あいつの、恋人なわけないじゃないか…‥悪い冗談は、やめてくれよ……」

「冗談じゃないわ。陽和は私の恋人よ。心の底から彼のことを愛しているの」

「そ、そんなはずない……そんなこと、認められるわけがない。あんな、悪党を…好きになるはずが、ないんだ…」

 

雫の言葉に納得できない光輝が現実を否定するように首を横に振りながら戯言のようにそう呟く。そして、縋るように雫に手を伸ばす。

だが、その手が雫に届く前に雫はスッと自ら距離を取り陽和の横へと移動すると、自らの意志で彼の手を掴み指を絡ませたのだ。そして、陽和へと今まで自分は見たことがないような見惚れるような微笑みを向けお互い笑い合うと、再び表情を冷たいものへと変えながら、はっきりと自らの意志を告げた。

 

「あなたが認めなくても関係ないわ。私の心は私だけのもの。私が誰を好きになるかは私自身が決める。そこにあなたが介入する余地なんてないわ。上から目線で指図しないでちょうだい」

「——————」

 

雫にはっきりと言われた光輝は目を見開いて硬直してしまう。その瞳は仲睦まじそうに手を繋ぐ二人を映しており、明らかに危険な光を宿していた。そして、光輝の中の何かが弾けようとした瞬間、深みのある声が割って入った。

 

「よせ、光輝」

「っ、メルド、さん?」

 

声の主はメルドだ。彼が光輝の肩に手を置いて止めたのだ。メルドは光輝を止めた後、陽和達の方へと歩み寄る。雫が陽和から少し離れ、二人が向き合う中、メルドはフッと表情を崩すと彼をガシッと抱きしめたのだ。

光輝達がメルドの行動に目を丸くし唖然とする中、メルドは瞳から涙をこぼしながら嬉しそうに言う。

 

「陽和。本当にっ、本当に無事でいてくれてよかったっ。ずっと、お前のことが心配だったんだっ。結果的にとはいえ俺達を助けてくれて感謝する。本当に、お前は強くなったな」

「ありがとうございます、メルド団長。あなたもご無事でよかった」

 

陽和もまたメルドの背に手を回して優しく叩きながらそう言った。

お互いに確かな信頼を寄せるその姿に、光輝達は困惑する。だって、陽和が邪竜認定された時、陽和はメルドに襲いかかったと聞いている。メルド自身の口からも陽和が突然襲いかかったと知らされている。なのに、今の二人の姿は、それを否定しているようなものだった。

 

「め、メルドさん……どうして?紅咲に、感謝を…?そいつは、あなたを…襲った、のに……」

「光輝……」

 

呆然としながらそう尋ねる光輝に、陽和から手を離したメルドが悲しげな表情を浮かべる。彼らは真実を知らない。知らないからこそ戸惑うのも仕方ないのだ。

メルドは少し考え込むと陽和に許可を求めた。

 

「陽和……あの事を話してもいいか?」

「……いいですよ。元々俺の方から話すつもりでしたし」

「感謝する」

 

少しの思考のあと、承諾した陽和にメルドは一言礼を言うと光輝の前に立つ。困惑する光輝を見下ろすメルドは決心した表情を浮かべると、口を開いた。

 

「光輝、お前達には陽和のことについて話をしておかなければならない」

「話?それは、一体……」

「あの時の事件の真相についてだ。あれは俺と陽和が仕組んだ茶番なんだ」

 

そうしてメルドはあの時の事件の真相を話した。唯一、光輝の正義感を利用したことについては伏せられ、そのほかの全てが事細やかにメルドの口から語られた。更に途中からは事情を知っていた重吾、香織、雫までもが会話に参加してメルドの言葉に嘘偽りがないことを保証した。

最初こそ龍太郎達はあまりのことに衝撃を隠さずに動揺していたものの、陽和の行動原理が自分達を殺す為ではなく、自分達の心を守る為だと知り、更には重吾達が保証したことで次第に信じるようになり、陽和が裏切っていなかったんだと心の底から安心できていた。龍太郎なんかは重吾と同じく武道仲間だったからこそ、大袈裟に喜んでいた。

だが、その中で、ただ一人、本来なら喜ばしいはずなのに、その説明を聞いても納得できないものがいた。

 

「う、嘘だっ!!」

 

当然光輝だ。

現実を否定するように叫んだ彼は信じられないと言った様子でメルドの言葉を必死に否定する。

 

「そんなはずがないっ!!紅咲が、皆を守るために、あんなことをしたなんて、そんなはずがないじゃないかっ!!嘘に決まってるっ!」

 

何度も首を横に振りながら叫ぶ彼の両肩に手を置いて彼の瞳をまっすぐに見ながらメルドは言い聞かせるように言う。

 

「光輝、嘘じゃないんだ。陽和も私の大事な教え子だからこそ、彼を逃すために一芝居打った。どうか信じてくれ。そして、こんなことになってしまって本当にすまなかった」

「ど、どうしてメルドさんが、謝って……」

「当然だろ。俺はお前等の教育係なんだ……なのに、戦う者として大事な事を教えなかった。人を殺す覚悟のことだ。時期がくれば、偶然を装って、賊をけしかけるなりして人殺しを経験させようと思っていた……魔人族との戦争に参加するなら絶対に必要なことだからな……だが、お前達と多くの時間を過ごし、多くの話しをしていく内に、本当にお前達にそんな経験をさせていいのか……迷うようになった。騎士団団長としての立場を考えれば、早めに教えるべきだったのだろうがな……陽和にも前もってキツく言われていたのに……もう少し、あと少し、これをクリアしたら、そんな風に先延ばしにしている間に、今回の出来事だ……私が半端だった。教育者として誤ったのだ。そのせいで、お前達を死なせるところだった……申し訳ない」

 

そう言って頭を下げるメルドに光輝は呆然とする。

遠くないうちに人を殺さなければならなかったと言われ、カトレアを殺しかけた時の恐怖を思い出し、同時に裏切られたという気持ちになった。

兄貴のように慕っていた人が、自分が忌み嫌う殺人をやらせようとしていたのだ。それは信頼していたが故に、ショックが大きかったのだ。

 

雫が忌み嫌う陽和を恋人と言ってあんなにも親しげにしていた事。あの時の事件が実は茶番で彼に何の罪もなく、教会が彼を悪者に仕立て上げた事。慕っていた兄貴分のメルドが自分達に殺人をやらせようとしていた事。数々の衝撃的な事実に、光輝は内心で訳がわからなくなった。

 

(……それじゃあ……俺の今までは……)

 

それらの事実は、この世界に来てからのこれまでを否定されているようで、暗に『お前は何もかも間違っている』と言われているようだった。

そんな考えが自分の中でぐるぐると渦巻き、やがて肥大化した時、

 

 

「俺と戦え!邪竜紅咲陽和!!」

 

 

気づけば、光輝はそんなことを叫んでいた。

いつの間にかメルドを横に押し退けており、陽和へと再び聖剣を向けていたのだ。

感情の整理がつかなくなってしまった光輝はぐちゃぐちゃな感情のまま憎悪に瞳を見開きながら叫ぶ。

 

「お前が何かしたんだろうっ!?じゃなきゃメルドさんも雫もあんなこと言うはずがないっ!どこまでも卑怯な邪竜め!お前は勇者の俺が倒す!覚悟しろ!!」

 

聖剣を構え再び宣戦布告する光輝。これにはメルドや龍太郎、香織が慌てて必死に止めようとする。野村達は光輝の奇行に唖然としてしまう。

 

「光輝やめるんだっ!止まってくれ!!」

「光輝やめてくれっ!マジで殺されちまうっ!」

「光輝くん止まって!」

 

必死に三人が止めるものの、すでに彼らの声は彼には届かず、凄まじい憎悪を宿した瞳はただただ真っ直ぐに陽和に向けられていた。

睨まれる陽和は冷徹な表情を向けており、その瞳には侮蔑や呆れ、憤怒が宿っていた。それを感じ取ったのだろうか、ギリッと歯を噛み締めながら吼える。

 

「どうした!怖気付いたか!」

 

自分を鼓舞する為か。あるいは本気でそう思ってるのか。そう挑発する光輝だったが、それに応えたのは陽和ではなく、

 

 

『黙れ小僧』

 

 

ドライグだった。陽和よりも更に威厳のある低い声音が突如洞窟内に響き、光輝達がビクッと体を震わせる。

 

「な、なんだこの声は!?どこから聞こえてるんだ!?」

 

突然どこからともなく響いたドライグの声に光輝が焦ってでもいるのかしきりに周りを見回しながら声を張り上げるも、ドライグの声は止まらない。

 

『随分と我が相棒を侮辱してくれたな。肉体があれば俺が真っ先に貴様を焼き滅ぼしていたところだったぞ。肉体がないことを悔やんだのは久しいな』

『君が今代の勇者とはね。資質はあるのかもしれないけど、心は全く出来上がってない。歴代の勇者やマスターと比べるのも烏滸がましいほどに未熟で半端だ』

 

ドライグに続いてヘスティアまでもが会話に参加してくる。二人の声音は尋ねるまでもなく怒っていると分かった。左手の宝玉と竜聖剣の宝玉を点滅させながら声を発する二人だったが、光輝が気づくはずもなく叫ぶ。

 

「い、一体誰なんだ!?姿を現せ!!」

『偽りの歴史に踊らされ、現実を見ようとしない小僧如きが、我らが英雄を、彼らの想いを受け継いだ優しい赤竜帝を、あろうことか外道だと、卑怯だと言ったな?そんなわけがあるものか。相棒ほど優しい英雄はいない。そして、貴様ほど愚かな勇者はいなかったな』

『その通りだよ。彼ほど気高い英雄はいない。誰かを想い誰かを守る為に命をかけることができる彼を、何の覚悟も持とうともしない君如きが蔑まないでくれるかな。一体何をどうすればこんな風に育つんだい?』

 

光輝の混乱をよそに二人は好き放題に言う。陽和は相棒達が自分の為にここまで怒ってくれたことについ嬉しくなってしまい、怒りを抱えながらも表情を綻ばせる。そして、再び冷徹な表情を浮かべると、光輝に言った。

 

「お前のご都合解釈にはある意味感心するよ。赤竜帝と女神まで怒らせたんだからな」

「何を…言って……」

「別にお前が知る必要のないことだ。御託はもういいだろ。とっととかかってこい。初撃は譲ってやるよ。ほら、どうした。まさか怖気付いたか?勇者ともあろう者が情けないな」

「っっっ!!」

 

陽和の露骨な挑発に怒りに目を見開いた光輝は先程の疑問などもう頭にはなく、怒り一色の思考に突き動かされる。歯をギリッと噛み締め、聖剣をつかむ手に必要以上の力が入った。

 

「一撃で終わらせてやるっ!!」

 

そう叫ぶと光輝は陽和の猛然と駆け出す。

 

「雫、下がってろ」

「ええ」

 

陽和はそれに対して何も構えない。雫にそういうだけで自分は自然体で冷ややかな眼差しで光輝を見ているだけだった。それを見て、なんのつもりだと訝しむものの、それよりも今更どうしたところで防御は間に合わないと勝利を確信し、斜めに切り裂こうと剣を振り下ろした。

首を狙わなかったのは明確に人の形をしているものならば、憎き陽和であってもまだ抵抗があるようだ。そして、剣が肩に叩きつけられた瞬間、

 

「え?」

 

光輝が呆然とし困惑の声をあげた。

聖剣は陽和を切り裂けなかった。左肩に振り下ろされた聖剣は、竜の鎧に歯を立てることすら叶わず火花を虚しく散らすだけだったのだ。

目を丸くする光輝に陽和は聖剣へと視線を下ろすと小さく呟く。

 

「………この程度か。まさか傷もつけられないとはな」

「そ、そんなっ……」

 

呆然とする光輝に陽和は兜を被ると瞳を鋭くして拳を構える。

 

『初撃は譲った。あとは、叩き潰す』

「っっ!?」

 

鋭い翡翠の竜眼に睨まれ、光輝は背筋に悪寒が駆け抜け、警鐘を鳴らす反応に従って下がろうとする。

だが、それよりも早く陽和は動いた。

 

「ごぉはっ!?」

 

ドゴォンと腹部に拳が叩き込まれ、光輝の体が宙に浮かび上がる。肺の中の空気を全て吐き出し、意識が飛びかけてしまうほどの重い一撃。

それに光輝は目の前に宿敵がいるというのに膝をつき腹を抑えて悶絶してしまう。しかし、その一撃を放った彼は特に力んだ様子もなかった。

 

『どうした?軽く小突いただけだぞ。この程度で膝をつくのか。貧弱だな』

「ぐっ、このっ……がっ!?」

 

陽和の侮辱になんとか立ちあがろうとした光輝に尻尾の叩きつけを見舞う。左腕が間にあったものの肉体が骨が軋む音と共に光輝の身体は真横に吹っ飛び、壁に叩きつけられズルズルと地面に崩れ落ちた。幸い意識を失うことはなかったが、肉体に響く激痛に光輝の顔は歪み、口からは何度も血が吐き出される。今の一撃で左腕は折れたのか、力無く垂れ下がっている。

“限界突破”を使うわけでもなく、武器すら使っていないのに、国宝級のアーティファクトの鎧を貫通して自身の肉体にダメージを与えたと言え事実に、歯噛みし顔を上げる。しかし、その時にはすでに陽和が自分の目の前にいて、拳を振りかぶっていた。

 

『——————』

 

そこから容赦のない蹂躙が始まった。

拳を顔面に叩きつけられ、光輝の身体は更に壁にめり込む。めり込んだ光輝を無理やり引き摺り出して地面に叩きつけた陽和は脚を持ち上げて、光輝の胸部を踏みつけた。光輝の肉体に重すぎる負荷がかかり、地面が蜘蛛の巣状にひび割れる。

それでもなお陽和は止まらず光輝の体を踏みつけたまま顔面に何度も拳を叩きつける。

拳を叩き込みながら、陽和は怒声を上げた。

 

『おらどうしたぁ!俺を殺すんだろうっ!とっとと反撃してみろよっ!いつまで無様に殴られてるつもりだっ!あぁっ!?』

「ぐっ、がっ、がふっ」

『お前は今まで何をしていたっ⁉︎自らこの世界のあり方について疑問を覚え調べたことはあったか⁉︎自分が戦う敵がなんなのかを考えたことはあるか⁉︎戦争がどんなものかを考えたことはあるかっ⁉︎どうせ思考停止して訓練ばっかりで何一つしたことねぇんだろっ!あったらこんな様にはなってねぇからなっ!!』

 

地面にめり込む光輝が引き摺り出されて、腹部に蹴りを喰らい水平に吹っ飛び地面を転がる。転がる先には一瞬で移動した陽和がいて転がってくる彼を蹴り飛ばして天井へと叩きつける。

そして、天井から落ちる光輝の背中に踵落としを見舞い地面に叩き落とし、再び連打を見舞う。

 

『話し合いで解決するだとっ⁉︎きっと分かり合えるはずだとっ⁉︎ふざけたことほざいてんじゃねぇっ!それが出来てねぇから戦争が起きてんだろうがっ!お前はこれまで何を学んできたっ⁉︎戦争を少しでも知ってるのなら、戦争に参加するなんざ口が裂けても言えねぇはずだっ!少し考えればわかるものをお前はっ、お前はぁぁっっ!!』

 

激情に満ちた竜の怒号が、轟音と共に響く。

限界を超えた怒りのままに陽和は光輝を殴り続ける。光輝は意識はかろうじて残ってはいるのだがが、それは勇者の肉体スペックではなく陽和が意識を飛ばさないように加減しているからだ。仮に意識がとんでもすぐに引き戻させる。その上で、言葉を発することも、反撃に体を動かすことも許さず徹底的に蹂躙を続けた。

しかも、光輝の身体は紅白の輝きに包まれていた。それは陽和の完全回復魔法“ディア・エイル”の輝き。素のステータスで20倍以上の差がある光輝にとっては、倍加なしの陽和の一撃でも重傷になりかねないほどに破壊力のあるものだ。殺そうと思えば瞬殺できる。だが、それでは意味がない。徹底的に叩き潰さなければ陽和の気がすまない。故に、死なせないように、長く苦しめるための回復だ。

一瞬で回復させては、また一瞬で致命傷を負わせてまた治す。そしてまた殴る。その最悪なエンドレスは、見ていたハジメ達であってもゾッと青ざめ、哀れだと思うほどだった。

もはや何度目か分からないほど地面にめり込んだ光輝の足を陽和が尻尾を巻きつけ持ち上げると、宙を飛びながら壁に、地面に、天井へと激しく叩きつける。

 

『現実を見ようともせず自分が世界の中心にいるのだと勘違いしっ、下らねぇ正義感で後先考えず動いて、誰も彼をも巻き込んで自分の好きなように周りを歪めたっ!お前のせいでどれだけの人間が影で苦しめられたと思ってやがるっ!お前のせいで、どれだけ雫が苦しんだとっ、悲しんだと思ってやがるっ!!』

 

ドンっ!ガンっ!ドゴンっ!バキっ!洞窟のあちこちに叩きつけられ、小さなクレーターがが次々と刻まれていく。あまりにも圧倒的で一方的な蹂躙に龍太郎達は絶句しもはや声を出すこともできなかった。

そんな中、凄まじい勢いで陽和は一回転し、遠心力をたっぷりと乗せて光輝を地面に叩きつけた。

 

『何も知らねぇくせに、何も分かってねぇくせに、何の価値もねぇゴミみてぇな正義感で半端に介入して滅茶苦茶に状況を引っ掻き回すっ!それなのにっ、お前はそれを救ったと、正しいことをしたと思ってるっ!!ふざけんなっ!ふざけんじゃねぇっ!!自分勝手に判断して救った気になりやがってっ!お前は何一つ救えてねぇんだよっ!この大馬鹿野郎がっ!!』

 

叩きつけた光輝に再び拳のラッシュをする陽和は胸ぐらを掴み、顔面を殴り飛ばす。光輝の身体が横に弾かれたように吹っ飛び転がった。

 

『あの時だってそうだ!何がハジメを俺が虐めていただっ!檜山達がハジメを助けようとしていただっ!何もかも大間違いだこのクソ野郎がっ!俺が親友を虐めるわけがねぇだろっ!檜山達がハジメを助けるわけがねぇだろっ!どこをどう見てあの判断をしやがったっ!!』

 

転がる光輝の胸部を踏みつける。踏みつけられた衝撃で地面は砕かれ、光輝は血の塊を吐き出す。陽和はその後光輝の頭を何度も踏みつける。

 

『お前の言葉を信じた教師どものせいで俺は不良のレッテルを貼られたっ!家族にも迷惑をかけたっ!お前のせいで雫と距離を取らざるを得なかったっ!!雫に迷惑をかけたくないから離れた俺の気持ちが分かるかっ⁉︎親父達に頭を下げさせた俺の気持ちが分かるかっ⁉︎あの時はお前を憎みすぎて頭がおかしくなりそうだったっ!!』

 

陽和はそう叫ぶと光輝の顎を蹴り上げて強制的に打ち上げて首を掴み壁に叩きつけて何度も顔面を殴る。

 

『ご都合解釈するお前のことだ。自分は何も悪くないと、俺の自業自得だと思ってんだろうなっ!ああ、勝手にそう思ってればいいっ!俺もお前に反省なんざ求めてねぇっ!求めるだけ無駄だからなっ。ただ俺がこれまでのお前への鬱憤を晴らす為に八つ当たりをしているだけだっ!!』

 

引き摺り出した光輝の横っ腹に回し蹴りを叩き込んで体をくの字に折り曲げながら勢いよく吹っ飛びゴロゴロと地面をバウンドしながら転がる。

 

『自分でなにも考えねぇくせにっ!!』

 

転がる光輝を重力魔法で強引に引き戻して陽和は彼を蹴り飛ばす。光輝はゴムボールのように跳ねて、壁に叩きつけられる。

 

『人に迷惑しかかけねぇくせにっ!!』

 

叩きつけられた光輝を殴り、壁にめり込ませる。

 

『人と戦う覚悟も持てねぇくせにっ!!』

 

壁に埋まった光輝を引き摺り出しながら、アッパーカットを見舞い天井へと打ち上げる。

 

『戦争を終わらせるっ⁉︎世界を救うっ⁉︎馬鹿言ってんじゃねぇよっ!できもしねぇ理想をほざいてんじゃねぇっ!!周りにチヤホヤされて良いようにおだてられてるだけの奴ができるわけねぇだろうがっ!!少しは現実を見てものを言いやがれっ!!』

 

天井へと打ち上がった光輝に追撃し、天井をぶち抜いた陽和は光輝の首を掴むと地面に叩きつける。地面はあっさりと崩壊して下層へと落ちて、光輝の身体は地面へと叩きつけられ、何度目か分からない殴打の雨が降り注ぐ。

 

『何が勇者だっ!お前がシャルムやラインハイトと同じ勇者なものかっ!お前みたいな馬鹿が、彼らと同じなはずがねぇんだよっ!お前如き三下が勇者を名乗るなっ!!これまでも、これからも、テメェはずっと愚者のままだぁっ!!』

 

最後に勢いよく拳を叩きつける。ドゴォォン!と轟音を立てて地面が大きく陥没し、光輝の体がビクンと大きく跳ねる。

陽和は声すら出すことができずに痙攣することしかできない光輝の胸ぐらを掴むと、声を荒げながら左拳を構える。

 

 

『何より、俺が一番文句を言いたいのはなぁっ!!』

 

 

左拳に紅蓮の魔力を纏わせ炎のように荒々しく噴き出しながら力強く握り締め、

 

 

 

 

『よくも雫を泣かせやがったなっ!!このクソ野郎がぁっっ!!!!』

 

 

 

 

爆発した怒りを乗せて、光輝の顔面を殴り飛ばした。限界を超えた感情の昂りによって無意識に強化された拳が光輝の顔面に突き刺さった瞬間、光輝の意識は一瞬で吹っ飛び顔面から嫌な音を連続で響かせながら、弾丸のように吹っ飛び、壁にぶつかる。それだけにとどまらず、壁をぶち抜き、その後も四枚ほど壁をぶち抜いた先の壁に叩きつけられ、漸く止まった。

 

「ぅ……ぁ………」

 

壁に磔のようにめり込んだ光輝は小さな呻き声をあげてドサっと地面に崩れ落ちる。その後、めり込んでいた壁が崩れ、瓦礫が光輝の身体を埋めて辛うじて肩から上が出ている状態だった。

 

「光輝!」

 

真っ先に光輝の元へと駆け出し、その後を追うように恵理や鈴達が彼の元へと向かうのを横目で見た陽和は彼らに背を向けながら鎧を解除する。

鎧が赤光を帯び、赤光の粒子を散らし消える。そして、完全に背を向けて息をついた陽和にドライグが声をかける。

 

『……相棒よ、スッキリできたか?』

 

ドライグの言葉に陽和は目をぱちくりさせると、すぐに少年のような無邪気な笑みを浮かべて、

 

「おう。めっちゃスッキリしたわ」

 

今までずっと溜め込んでいた鬱憤を晴らせたからだろう。陽和の表情は実に清々しかった。

光輝を思う存分にぶちのめした陽和は腕をぐぐっ〜と伸ばしながら、疲れ切った声を上げる。

 

「あ〜〜、早く雫に癒されたい」

『もう少しの辛抱だ。我慢しろ』

『地上に戻ったら存分に甘えたら良いんじゃない?』

「そうする」

 

相棒達にそう返した陽和は今度こそ雫の元へと向かった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「お疲れ様、陽和。随分暴れたわね」

 

雫の元へと歩み寄った陽和を雫は優しく労う。労ってくれる優しい恋人に表情を綻ばせた陽和はそのまま雫を抱き締めた。雫もそれを平然と受け入れて彼の背中に手を回す。しばらく無言の抱擁を続けていた二人だったが、陽和がぽつりと安心し切った声をあげる。

 

「は〜〜、本物の雫だぁ。癒される」

「ふふっ、本物ってなによ。さっきのは仕方ないけど、そんなに疲れてたの?」

「お前が殺されそうになってたんだ。回復するまで気が気じゃなかったんだぞ」

「そうだったわね。それは本当にごめんなさい」

 

恋人が殺されかけていたという光景を見た陽和の心情は手に取るように分かった。だからこそ、雫は素直に謝罪する。陽和は抱擁を解き、雫をその視界に映すと穏やかな笑みを浮かべ、

 

「もう離さない。ずっと一緒だ」

「私も、あなたとずっと一緒にいたいわ」

「ははっ、気が合うな」

「あら、私達は恋人よ?」

「そうだな」

 

そう言葉を交わして、お互い笑みを浮かべるともう一度熱い抱擁を交わす。そしてまたしばらく無言の時間が過ぎた後、

 

「…………あー、なぁ、もういいか?」

「っっ!?」

 

何とも微妙な表情をしていたハジメが恐る恐ると尋ねてきたのだ。それにより現実に引き戻され、雫はビクンッと猫のように跳ねる。

 

「えっ、あ、あぅ、そのっ」

「おい、ハジメ邪魔すんなよ。もう少し余韻に浸らせろ。血も涙もねぇのかお前」

 

雫は少し顔を赤くして抱擁を解こうとするものの、陽和が抱擁をやめず逃さないと言わんばかりに抱きしめてハジメをジト目で睨む。怨みがましいジト目にハジメは嘆息する。

 

「あのなぁ、気持ちは分かるが、ずっとこんなとこでイチャついてても仕方ないだろ?とっとと地上に戻ろうぜ」

「………む、それはそうだったな。それならとっとと戻るか……っと、その前に、ハジメ」

「あ?」

 

眉を顰めるハジメに陽和が後ろを見ろとちょいちょいと彼の後方を指差す。何だと思いつつそちらに振り向けば、ホロホロと涙をこぼし始めている香織がいた。

 

「ちゃあんと義理果たせよ」

「わーってる」

 

生暖かい目を向けながらハジメの肩を叩いて雫を連れて重吾達の方へと向かう陽和に若干呆れつつ頷いたハジメは香織へとしっかりと向き直った。

後ろで言葉を交わして、香織がわっと泣き出してハジメの胸に飛び込むのを尻目に陽和は重吾達の元へと向かった。その間、雫がハジメをまじまじと見ながら半信半疑といった様子で陽和に尋ねる。

 

「……えっと、彼、南雲君で合ってるのよね?」

「ああ。見た目はあれだが、正真正銘ハジメだぞ」

「……イメチェンっていうには、大分様変わりしたわね」

「色々合ったからなぁ。詳しい話はまた後でな」

 

そう話しながら陽和は重吾達の元まで歩いた。

重吾は陽和と雫の仲睦まじい様子に心の底からの安堵の表情を浮かべながら、口を開く。

 

「久しぶりだな、陽和」

「ああ。久しぶりだな、重吾」

 

そう言って二人は拳をこつんとぶつけて笑みを浮かべた。

 

「お前が来てくれたのは有り難がったが、正直驚いたぞ」

「まぁな。そっちこそ俺が来るまで生きててくれて良かったよ」

 

陽和にそう言われた重吾は直後、申し訳なさそうな表情を浮かべると頭を下げて謝罪する。

 

「すまない、陽和。俺達のせいで八重樫が殺されかけたんだ。俺達が弱かったから、彼女に一人で戦わせるという決断をさせてしまった。本当に申し訳ない」

「………ある程度状況は察してはいたが、なるほど、そういうことだったのか。お前らが牢に囚われ、雫だけ離れた場所にいたのは。大方、雫に逃がされはしたがどっかで捕まったってところか?」

「その通りだ。本当にすまない。お前が怒っているのなら、殴ってくれて構わない」

「…………」

 

そう言った罰を受けることを辞さないという重吾と僅かに殺気立つ陽和を見て雫が慌てて仲裁に入る。

 

「ま、まって陽和。永山君を責めないであげて、彼だけが悪いわけじゃないのっ。彼を怒るのなら私も罰を受けるわっ!だからっ「待て雫、別に俺は殴るつもりはねぇぞ?」え?」

 

自分を責任を背負おうとする雫に陽和はあっさりとそう返す。雫と重吾はどいうことだと目を丸くして陽和に視線で問いかけると、陽和はあっけらかんと答えた。

 

「あの女、カトレアだったか?彼女と魔物達だけならともかく、バートが相手だったんならお前らが窮地に晒されても仕方ねぇよ。あれは俺じゃなきゃ倒せないほどに強いからな。殺される順番の違いの話なだけだ」

 

陽和的には重吾を責めるつもりはない。そもそも、相手が悪過ぎたのだ。カトレアや魔物達だけならば雫と重吾の二人がいれば対処可能だったろう。だが、獣魔兵というあちら側のジョーカー的存在がいたのだ。敗北して命の危機に晒されたのは仕方のないことだったといえよう。

正直に言えば、重吾が守れなかったと思っても、自分が来なければ全員死んでいたに違いないのだから。

 

「だから、お前らを責めるつもりはねぇよ。それに、そう言った諸々に関しては全部あの馬鹿にぶつけたから。それで終わりだ」

 

そう言うと同時に、光輝が吹っ飛んだ穴から龍太郎達が戻ってきた。彼の背には光輝が背負われていた。血だらけで四肢が歪んでいるという見るも無惨な姿だが、龍太郎の様子からして命に別状はないようだ。

 

「……流石に、殺しはしなかったんだな」

「殺す価値もないってのが一番の本音だが、あいつの両親はまともだったからな。地球に戻ったら、あの人達に再教育をしっかりと頼むつもりだ」

 

殺したい気持ちはあるが殺しても殺さなくても支障のない程度の相手である為、わざわざ殺す必要もないってのが一番の理由だが、その次に彼の両親に再教育を頼む為でもあった。地球に戻れた時、自分達は異世界で起こったことを家族には必ず話すだろう。その際に、光輝がやらかしたことを懇切丁寧に説明してあげれば、光輝の両親はしっかりと顧みて叱ってくれると判断したのだ。

実際、学校で陽和が不良認定された時の事件では、愛子が土下座しにきただけでなく、なんと光輝の両親まで土下座しにきてたりするのだ。それで親同士の会話に自分も参加し色々と話を聞いたところ、両親はマジでまともで良心的な人だと陽和は判断したのだ。母親がなんか癖がありそうだったが、まぁ大丈夫だろう。というか、なぜこの二人からあんな馬鹿が生まれたのか疑問に思ったほどだ。その為、光輝の両親に関しては憎しみとかはなく、むしろ大変だなぁと憐れんですらいた。

そう言った事情も踏まえてしっかりと事の成り行きを説明すれば、光輝の教育をしっかりとやり直してくれるだろうと考えたのだ。

 

「陽和……そんなことまで考えていたの?」

「まぁな。あんな愚図にも家族はいる。なるべくその家族には配慮しないとな。さっきお前も似たようなこと言ってたろ?それと同じだ」

 

さっきとは雫が光輝に溜め込んでいた不満を爆発させていた時のことだ。あの時、陽和を殺したとして、それを両親にどう説明するのだと自分は言った。話を聞いていた陽和もその言葉に考えさせられ、いくら光輝憎しと言えど憎いから殺しましたなんて彼の両親に説明なんてできない。それならば、更生させる方向に話を進めていけばいいんじゃないかと思ったのだ。

それにだ。

 

「たとえ、あいつに不満しかなかったとしても、同門の奴が死ぬのはいくら何でも嫌だろ?迷惑しかかけてこなかったとは言え、あいつも同じ八重樫流の門下生だしな」

「……え………?」

 

雫は目を大きく見開く。

光輝よりも前から八重樫家と交流のあった陽和は八重樫流の教訓も知っている。その為、八重樫流の門下生は皆家族として扱うことも知っており、雫にとって光輝は手のかかる困った弟分だということも把握している。

だからこそ、散々迷惑しかかけてこなくても、いくら見放したとしても、流石に殺してしまっては雫の性格上思い詰める可能性があったのだ。陽和はそんな彼女の心情を慮って殺さなかった。

その意図を理解した雫は目の端に涙を浮かべると、重吾達が目の前にいるというのにも関わらず、陽和の胸元に飛び込み、

 

「……陽和…私のことを考えてくれて……本当に、ありがとう」

 

そう感謝した。陽和は苦笑するとやれやれと彼女の頭を優しく撫でる。そんな時、彼の後方から彼を呼ぶ者がいた。

 

「陽和、少しいいか?」

 

セレリアだった。彼女は明らかに泣き腫らした目をしていたが、それを問うのは愚策だ。だから、陽和はその目を問わずに彼女の呼びかけに応じた。

 

「どうした?セレリア」

「一つ頼みがある」

「ああ。何だ?」

「彼らを、バートさんとカトレアさんを弔ってくれないか?」

 

セレリアはそう言うと、離れた場所で寝かされている二人の遺体に目を向けながら静かに語る。

 

「彼らの遺体をどうか焼いてほしい。地面に埋めてもきっと魔物達に食い荒らされてしまう。それならば、焼いて灰にしてくれたほうが彼らを辱めることにはならないだろうから」

「………わかった。そうしよう」

 

戦士として誇りある死を迎えさせてはくれたが、野晒しで死体を放置すると魔物に食い荒らされてしまい、結局彼らを辱める結果になってしまう。だから、遺体を跡形もなく焼いて弔ってほしいとのことだったのだ。陽和も彼女の考えに同意を示し承諾する。陽和はバートの元へと向かうと彼の身体を担いでカトレアの横へと寝かせる。

そうして、彼らを寝かせて準備を終えた陽和は最後にセレリアへと視線を向けて無言で問いかける。陽和の後ろに立つセレリアはその視線に小さく笑うと、こくりと一つ頷いた。

陽和はそれを確認すると炎で彼らの遺体を焼いていく。二人の遺体を焼きながら陽和は弔いの言葉を紡ぐ。

 

「バート・ガルディア。カトレア。同胞を愛し、同胞を守らんが為に戦った気高き二人の戦士達よ。汝らの覚悟に敬意を表そう。貴殿らの覚悟に報いることを我は、赤竜帝は誓おう。どうか安らかであれ」

 

弔いの言葉を送った陽和は二人の遺体に手を合わせると静かに目を閉じる。燃え上がる炎に雫達は何も言わずじっと見つめており、炎に表情を照らされているセレリアは涙を流しながらも静かに微笑んでいた。

 

(ありがとう……陽和)

 

彼らの遺体が野晒しにならなくて済むと。彼らの死を誇りあるものにしてくれたことを。自分の意を汲んでくれた陽和に感謝していた。

それからしばらく炎は燃え続けて、彼らの遺体を完全に灰に変えてようやく炎は収まった。

彼らが寝かされていた場所には灰の山ができていて、問題なく彼らの遺体が焼かれたことを示していた。だが、バートの遺灰の中に陽和は煌めく何かがあったのを見つけた。

 

「これは……」

 

陽和がバートの遺灰の中からそれを取り出す。それは、黄土色に輝く鮮やかな結晶だった。その正体は、

 

「バートの魔石か……」

 

セレリアは前に獣魔兵は体内に魔石を埋め込められていると話していた。だとしたら、バートもそうであり、これはバートの体内にあった魔石なのだろう。

陽和は予期せずしてバートの生きた証を見つけたことに、笑みを浮かべると次の工程に移る。

 

「“錬成”」

 

そう呟き、バートとカトレアの間の地面に手をつけば、二人が寝かされていた場所の地面が盛り上がり、灰の山を飲み込んだのだ。

遺灰を飲み込んだ地面は少しすると形を変えて少し大きめの二つの箱ー壷へと形を変えた。片方が一回り大きい大小二つの壺。それの蓋を開けて中身を確認した陽和は蓋を閉じるとセレリアの元へと戻りその二つの壺を渡した。

その壺の正体が分からないセレリアは困惑を隠さずに尋ねる。

 

「陽和、これは……?」

「骨壷だ。中に二人の遺灰が入っている」

「えっ……?」

 

そう、その壺とはいわゆる骨壷だ。火葬した二人の遺灰を骨壷に納めたというわけなのだ。その文化がないセレリアは陽和のやった行動に純粋に驚き手元の骨壷に視線を下す。陽和は彼女の頭に優しく手を置くと、自分が先程拾ったものも見せた。

 

「これも一緒に。バートの魔石とカトレアのペンダントだ。全てが終わったら、故郷の地に埋めてやれ」

「………ぁ」

 

陽和はカトレアの遺体を焼く前に胸に下げられているロケットペンダントの存在に気づき、中に恋人らしき男性の肖像画が入っていたのを確認して遺品としてあらかじめ回収しておいたのだ。

自分の意を汲んで彼らを弔ってくれただけでなく、二人の生きた証までも回収してくれたことにセレリアは感動のあまり大粒の涙を流しながら骨壷と遺品二つを抱きしめる。

 

「陽和……ありがとうっ。本当に、ありがとうっ」

「ああ」

 

涙ぐむセレリアにそう返した陽和は雫や仲間達に視線を巡らせると笑みを浮かべ、

 

 

「そろそろ帰るか」

 

 

そう言った。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

その後、陽和達は重吾達を連れて地上へと向かうことにした。しかし、その前に雫にセレリアの服を貸して着替えさせてからだが。

いくらケープを羽織っているとはいえ、バートに切り裂かれ服の役目を成していない布切れがその下にあると思えば、彼女の柔肌を他の野郎どもに見せてたまるかと陽和は当然思い、移動する前に雫に着替えるように言ったのだ。

雫はセレリアの許可をもらい陽和から渡された服を受け取ると、彼がちゃっかり用意した土壁の更衣室でさっさと着替えた。その間、陽和は「覗いたら殺す」と言わんばかりの凄まじい眼光を重吾達に向けており、男性陣を震え上がらせたりする。

そうして雫もしっかりと着替えた後、ようやく彼らは地上への移動を始めた。「着いてきたければ、勝手について来い」という陽和の言葉に重吾達が慌てて追随し始めた。ちなみに、陽和にフルボッコにされ気絶したままの光輝はというと、龍太郎が抱えながら、左右から辻と香織が治療している。

 

地上へ向かう道中では、陽和が「ハジメ任せた」と言ってハジメやユエ、シアの三人に魔物たちの露払いを任せ、もとい押し付けたことで、ハジメ達が先頭を歩くことになった。

嫌々であったが、まぁ何もしてないしなぁとあっさりと引き受けたハジメ達は邪魔くさそうに魔物の悉くを軽く瞬殺していく。彼らの異常な強さを実感して、重吾達はかつて“無能”と呼ばれた以前との違いに様々な表情を浮かべていた。

 

檜山は、青褪めた表情のままハジメを睨み、近藤達は妬みの視線を送り、遠藤達は感嘆の視線を向けながらも、先程メルドと共に助けられなかったことを謝罪した時に、仲間ではないとはっきりと言われてしまい複雑な表情を浮かべている。

近藤達は、ハジメの実力を間近で見て萎縮はしているものの、以前のハジメに対する意識が抜けきっていないのだろう。遠藤達は、ハジメが檜山達にどういう扱いを受けているか知っていながら見て見ぬ振りをしていたことから、後ろめたさがあるようだ。仲間と思われなくても仕方ないと……。

 

背後から様々な視線を向けてくる遠藤達をさくっと無視してハジメは魔物達を駆逐していく。

 

その一方で、誤解が解けた陽和は雫と共に重吾、メルドと仲良く談笑している。改めて再会を喜び合いながら色々と話していた。陽和は重吾やメルドにはこっそりとドライグとヘスティアを紹介したりもした。秘密を知る優花と愛子に明かした以上、彼らにも教えておくべきだと判断したのだ。

最初は伝説の赤竜帝と女神が陽和の中と剣に宿っていると知らされ、目を丸くしていたものの、話していくうちに次第に打ち解けていった。メルドに関しては、聖教教会の信者であるがゆえに、教会で聞いたことのあるドライグの評判との違いの差に戸惑いを隠せてはいなかったが。

 

それから、鈴の中のおっさんが騒ぎ出してユエにあれこれと話しかけたり、ハジメに何があったのか質問責めしたり、二人があまり相手にしてくれないと悟るシアの巨乳とウサミミを狙いだしたりして雫に物理的に止められたり、鈴含めた女子達が陽和と雫の馴れ初めを聞き出そうとしたり、それで雫が赤面してこれまでにないギャップに女子達が黄色い声をあげ、陽和がノックアウトしかけたり、セレリアがそれに便乗して陽和と雫の二人を揶揄ったり、今度はセレリアの巨乳と狼尻尾を狙った鈴を陽和が物理的に止めたり、近藤達がユエやシアに下心満載で話しかけて完全に無視されたり、それでもしつこく付き纏った挙げ句、無断でシアのウサミミに触ろうとしてハジメからゴム弾をしこたま撃ち込まれたり………色々と、本当に色々とあり、遂に一行は地上へと辿り着いた。

 

しかし、そんな風に色々とカオスな様相を呈していた中でも、香織だけは終始会話には参加していなかった。光輝の治療を続けながら、顔を俯かせて思い悩んでいるようだったのだ。先ほど、ハジメに抱きついていたが、その後ユエと見つめあったことで何かあったのだろうか。香織は何かを真剣に悩んでいた。そんな香織を時折、雫が心配そうに寄り添いながら見つめている。

 

だが、そんな香織の悩みなど吹き飛ぶような衝撃の事態が発生することになる。ハジメに心を寄せていた一人の女としては、絶対に看過できない事態だ。

そんな事態は、【オルクス大迷宮】の入場ゲートを出た瞬間に向こうからやってきた。

 

「あっ!パパぁー!!おかえりなのー!!」

「むっ!ミュウか」

 

そう。陽和の強固な理性の壁を僅かにでも打ち破るという、陽和パーティーの中ではある種の偉業を成し遂げた無自覚天然幼女ーミュウがハジメのことをパパと呼んで登場したのだ。

 





と言うわけで、陽和との口論から雫がブチギレて、恋人暴露、メルドからの真相説明に、雫達まで保証し、その後陽和が暴走して攻撃してきた光輝をボッコボコにフルボッコにしてぶちのめすという詰めに詰めたという展開になりました。
光輝は肉体的にも精神的にも原作とは比にならないほどにボッコボコにされています。ともすれば、氷雪洞窟の時よりもひどいかもしれん。これは、氷雪洞窟ではもっと苛烈に、盛大に、やるしかないですねっ!

ぶっちゃけると、書いててめっちゃ楽しかった!!

そして、バートに関しては、あの流れが一番お互いに心残りがないと思いました。バートは死に際にセレリアを守ることができる英雄に出会えたて、自分がその願いを果たせずとも彼が引き継いでくれると安心して死ぬことができました。陽和も誇り高き武人との戦いを経て、またもう一段精神的に成長できたと思います。バートの存在は陽和にとっては、一種の試練的な存在だったんでしょうね。



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