竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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皆さん、長らくお待たせしました!
本当に長い間お待たせしてしまい申し訳ございません。リアルがマジで忙しかったのですがどうにか時間を見つけてはコツコツと書いてようやく仕上がりました。

今回は幕間的な話で少し短めです。早速どうぞ!


49話 狂気と苦悩

 

 

 

陽和達が次なる目的地【グリューエン大火山】を目指し、ホルアドを去った日の深夜。

 

「くそっ!くそっ!なんなんだよ!ふざけやがって!」

 

【宿場町ホルアド】の町外れにある公園、その一面に植えられている無数の木々の一本に拳を叩きつけながら、怨嗟の声で悪態をつく男が一人。檜山大介だ。

彼の瞳は、憎しみと動揺と焦燥で激しく揺れており、狂気的と言っても過言ではない醜く濁った瞳だった。

怨嗟を吐き続ける檜山に声をかける者が一人。

 

「やれやれ、案の定、随分と荒れているね……。まぁ、無理もないけど。愛しい愛しい香織姫が目の前で他の男に掻っ攫われたのだものね?」

 

その者はたっぷりの嘲りと僅かな同情を含んだ声をかけた。檜山はバッと音がしそうな勢いで振り返り、その声の主がかねてよりの協力関係の者だとわかると一瞬安堵するも、次いで拳を握りしめながら、まるで獣が唸り声を上げるような声音で言葉を返した。

 

「黙れ!くそっ!こんな……こんなはずじゃなかったんだ!なんで、あの野郎が生きてんだよ!なんのためにあんなことしたと思って……」

「一人で錯乱してないで、会話して欲しいのだけど?密会中のところを見られたら言い訳が大変だからね」

「……もう、お前に従う理由なんてないぞ……。俺の香織はもう……」

 

月明かりが木々の合間に陰影を作り、その影にまるでシルエットのように潜む人物に向かって、檜山は傍らの木に拳を打ち付けながら苦々しく言った。

 

実は檜山はこの人物のとある計画に協力していた。

ハジメへの殺人未遂を暴露すると脅されたが、香織を自分だけのものに出来ると聞いて、仄暗い欲望に突き動かされこの人物に協力していたのだ。しかし、目的のその香織が去ってしまった以上、もう協力する理由はないし、ハジメへの殺人未遂の暴露を脅しの理由にされても、被害者本人から暴露される危険がある以上、今更だった。

しかし、そんな檜山に対して、暗闇で口元を三日月のように裂いて笑う人物は、再び悪魔の如き誘惑をする。

 

「奪われたのなら奪い返せばいいんだよ。幸いにも、彼女達のことはよく知ってるからね。誘き寄せるのは難しくないはずさ」

「誘き寄せる?」

 

謎の人物の言っている意味がわからずに、訝しむ檜山に、口元をニヤつかせながら頷く。

 

「簡単なことだよ。たとえ、自分達の気持ちを優先して仲間から離れたとしても……果たして、彼女達は友人達をそのまま放っておくことはできるかなぁ?例えば、命の危機に直面した場合とかね」

「お前……」

「だから何も悲観することはない。まぁ、流石に今回のは肝を冷やしたけど……辛うじて結果オーライかな。王都に帰ったら、仕上げに入ろう。君の望みを叶えるためにもね」

「………」

 

檜山は、共犯者を睨みつける。

無駄だと分かっていても共犯者の残虐さには自分でもゾッとするほどだ。現に、共犯者は檜山に睨まれつつも、相変わらず口元をさいて嗤うだけだ。

彼は計画の全てを知っているわけではないが、今の言葉でクラスメイト達を害することは分かった。自分の目的のために苦楽を共にした仲間をいともあっさりと裏切ろうとしていた。

しかも、そのことに罪悪感を微塵も抱かず愉悦に浸っている姿に、檜山の背筋に悪寒が走った。

 

(相変わらず気持ち悪い奴だ。……だが、俺ももう後戻りはできない。()()香織を取り戻すためには、やるしかないんだ……。そうだ、もう迷う必要はない。これは、香織の為なんだ。俺は何も間違っていない。俺は、正しいんだ)

 

檜山は自分自身の思考がすでにまともでないことに気がついていない。共犯者として指示されるまま働き、それらから目を逸らし常に自分の行いを香織の為だと正当化していた。

陰の人物にはそんな彼の心情が手に取るようにわかり、口元に笑みを浮かべたままわかりきった返答を待った。

 

「………分かった。今まで通り、協力する。でも……」

「うんうん、分かってるよ?僕は僕の、君は君の欲しいものを手に入れる。ギブアンドテイク、いい言葉だよね?これからが正念場なんだ。王都でも、よろしく頼むよ?」

 

表情を歪める檜山を特に気にする風でもなく、その人物はくるりと踵を返して、木々の合間の闇へと溶け込むように消えていった。

 

「ヒ、ヒヒッ、そうだ、俺は何も間違ってない。……ああ、もうすぐだ。もうすぐ、俺のものになるんだ。……待ってろ、香織ぃ」

 

後には、汚泥のように濁った暗い瞳を爛々と輝かせながら、不気味な笑みを浮かべる堕ちた少年が一人残された。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

檜山が暗い欲望にほくそ笑む中、檜山と別れ木々の合間を歩く共犯者もまた愉悦に浸っていた。

 

(ふふふ、今日は色々あったなぁ。でも、厄介だった問題が二つも一気に片付いたんだ。損もあったけど収穫の方が大きかったね)

 

共犯者が企んでいる計画。その計画を達成させるのに厄介な存在が三人いたのだが、今日奇しくもそのうちの二人が自分達勇者パーティーを離れ、陽和達について行ったのだ。

二つの障害が纏めてなくなったのだから、共犯者としては今日の出来事は嬉しい誤算だった。

 

(まぁ向こうから勝手に離れてくれたんだ。計画を始める時までは手出ししないでおこうかな。勝手によろしくやっておけばいいよ)

 

計画を遂行するまで彼女達は放置することを決めた。態々ちょっかいをかけたところで彼女達の側にいる化け物達の手痛い反撃を受ける可能性が大きく、そうなれば計画は確実に失敗してしまうなら。

 

(しっかし、あれが『赤竜帝』の力かぁ。何あの馬鹿げた力、あんなの敵いっこないよ。教皇達は大袈裟だと思ったけど、アレは本当にやばいね)

 

あの場で教会が神敵と定めた赤竜帝の力を目の当たりにできたのは大きかった。

教会が神敵と定めたといえ抽象的な話でしか力を予想することしかできなかったが、目の当たりにしたことでアレは確かにヤバいと確信できた。

 

(こちらから手を出さなくても、万が一あっちが介入してくる可能性がある。いや、香織を狙う時点で介入は確実と見るべきか。なら、直前まで悟らせないように水面下で準備を整えることが要だね)

 

香織の存在が計画の目的の一つである以上、彼らの介入は避けられない。それならば、彼らに悟らせないように密かに準備を整えるべきだ。

 

(幸いにもまだ時間はある。戦力を想定よりも多めに用意しておかないと)

 

共犯者は計画を練り直す。今考えている計画では失敗のリスクが大きい。ならば、その失敗すら飲みこめるほどの戦力の補充をすることを決めた。

 

「ああ、楽しみだなぁ。もうすぐ、もうすぐ君を手に入れることができるよ」

 

狂気に口を歪めて共犯者は妖しく嗤う。

狂気に満ちた嗤いは、聞くだけで吐き気を催しかけないほど悍ましく醜悪だった。共犯者は夜空に浮かぶ月を見上げながら瞳孔を収縮させる。

 

 

「………もうすぐ、君を僕だけのものにしてあげるから待っててね。———光輝くん」

 

 

共犯者は自分が望んだ未来の為に、欲しいものを手に入れる為に、月光の下で狂気に顔を歪めて嗤った。

 

 

▼△▼△▼

 

 

同時刻、町外れの公園で檜山と陰の人物の不穏な会合が行われていた頃、別の場所では月明かりに照らされながら一人の少年がトボトボと彷徨っていた。

 

「…………………」

 

悲壮感すら漂うような意気消沈とした様子であてもなく彷徨っているのは、『勇者』の天之河光輝だ。

つい先程宿で目を覚まし、看病をしていた龍太郎と鈴に陽和に気絶させられてからの事の顛末を聞いた彼は、『散歩したい』と言って一人宿を出て、目的もなく彷徨っているのだ。

 

「………雫………香織………」

 

考えているのは去ってしまった二人の幼馴染の事。

二人とは10年来の付き合いがある。長い付き合いだったからこそ、これからもずっと一緒だと信じて疑わなかった。

だが現実は全く違い、香織は不真面目だと見下していたハジメに告白をし、雫は自分が最も忌み嫌う陽和と恋人だと暴露し、共に彼らについて行ってしまった。自分が叩き潰され穴に埋められたと言う酷い仕打ちを受けたのに、彼女達は自分に見向きもせずに行ってしまった。それがどうしようもなく理解できなかった。

 

『陽和は私の恋人よ。心の底から彼のことを愛しているの』

『あなたが好きです』

 

陽和と見つめ合う雫の慈愛に満ちた優しく美しい、見惚れてしまいそうな表情はまさしく『女』の顔をしていて、ハジメに告白した香織の、可憐で力強く、それでいて見ているこちらが切なくなるような表情は見たことがなかった。

 

「………っっ‼︎‼︎」

 

()()()()()()()()()()()()言葉をあの二人に言ったという事実を思い返して、光輝は己の胸中に暗く重い、酷くドロドロとした何かが湧き上がり、無意識に歯をギリッと噛み締める。

何の根拠もなく、無条件に、そうあるべきだと当たり前のように信じていた未来。二人は自分のそばにいて、これからもずっとそばにいると言う想い。

それは言って仕舞えば、嫉妬によるもの。

もっとも、それが恋慕からか、はたまた独占欲から来てるのかは光輝自身よくわかっていない。なにより、彼がどう言う思いでそんな醜い嫉妬心を抱いていたかなど、『空っぽな正義』を盲信している彼自身にも分かるはずもあるまい。

 

それからしばらくして、町の裏路地や商店街の合間を縫うように設けられた小さなアーチを描く橋の上で足を止めた光輝は天を仰ぎ、空に浮かぶ月を見上げながら悔しげに呟く。

 

「どう、して……どうしてなんだっ……二人ともっ……なんで、あんな奴らなんかを……」

 

懇願するように問いかけるが、肝心の二人はこの場にはいないので、一人虚しい呟きが夜闇に消えるだけだった。さらに、見上げていた月が流れる雲に呑まれ消えて一層周囲が暗くなったことで、光輝の中では奪われたと言う気持ちが強くなり、俯きながら拳を悔しさに力強く握った。

 

「………光輝」

 

その時だ。不意に彼の名を呼ぶ者が現れる。

顔を上げてそちらへと振り向いて見れば、そこにはメルドがいた。メルドは彼と視線を合わせると気遣うような表情を浮かべる。

 

「………眠れないのか?」

「え?……は、はい」

「そうか……」

 

意気消沈した様子で頷いた光輝にメルドはそう短く返すと、橋の欄干に背を預けてそのまま黙り込んでしまう。それからほんの少し二人の間には沈黙がおりたが、やがてメルドが口を開き話を切り出した。

 

「考えているのは、雫と香織のことか?」

「っっ、は、はい」

「あの二人が彼らを選んだことに納得がいかない様子だな」

 

光輝の内心を見透かしたかのようなメルドの言葉に、光輝は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら呻くように答える。

 

「……だって、おかしいじゃないですか。南雲はいつもヘラヘラ笑って適当にやってるだけのいい加減なやつで……紅咲は無抵抗の女性を躊躇いなく殺した上に罪を償おうとしない悪党です。あいつらはどうかしてます。そんな奴らをあの二人が好きになるなんておかしいんです。何かされたに違いなっ『それは違うな』っっど、どうしてそう言い切れるんですかっ?」

 

話しているうちに悪口どころか事実を捏造しようとまだする光輝に、メルドは静かに否定の言葉を口にする。どうしてと睨むような眼差しを向ける光輝にメルドは呆れた表情を見せる。

 

「どうしてだと?そんなもの彼らを見ていれば分かるからだ。光輝、この際はっきりと言うがお前のソレは筋違いだぞ」

「筋違い?」

「そうだ。雫も香織も自らの意思で彼らを好きになり、彼らと共にあることを選んだんだ。陽和やハジメが何かしたわけではない。彼女達が彼らの何かに惚れて、共にありたいと自らの意思で決めたんだ。そこにお前の意思も、ましてや好かれている陽和やハジメの意思も関係ない。それに、雫も言っていただろう?誰を好きになるかは自分自身が決めると。彼女達は自分の意思で彼らを選んだだけだ。お前が相応しくないと叫ぼうとも、彼女達からすれば外野の戯言だ。知ったことではないだろう」

 

光輝の醜い嫉妬を擁護せずにバッサリと外野の戯言だと断言したメルドは、腕を組むと空に浮かぶ月を見上げる。

 

「光輝、雫や香織はお前の所有物ではないぞ。彼女達は心がある人間だ。お前の思い通りに動く人形ではない」

「に、人形だなんて、俺はそんなこと思って」

「思ってるだろ?重吾から話を聞いたが、お前は二人に一緒にいるのが当然だと言ったそうだな。それは醜い押し付けだぞ。彼女達の意思を尊重したいのなら、この現実を受け入れろ。二人は陽和とハジメを選んで、お前を選ばなかった。それだけの話だ」

「……っっ」

 

兄のように慕っていたメルドの発言は光輝にとっては裏切りにも等しく、否定されたようにも聞こえてしまった。光輝は否定されたことにギリッと歯を噛み締め、悔しそうな表情を浮かべる、

納得できずに不満を隠そうともしない光輝の様子にメルドは一つ尋ねた。

 

「………なぁ、光輝、お前はどうしてそこまで陽和のことを嫌うのだ?」

「え?」

 

突然の問いかけに光輝は顔を上げてメルドを見る。メルドはあまりにも真剣な表情を浮かべていた。

その表情をどうしてか直視できずに視線を逸らして橋の下の水面に落とすと、少しの思考の後、込み上げる怒りを隠さずに答える。

 

「………あいつが、間違ってるからです」

「では、あいつのどこを間違ってると思った?」

「それは……あいつは、戦えなくなった人を、無抵抗な人を殺したから……親友を傷つけるくせに、平然と親友面してるのが……罪を認めず償おうとしないのが……あいつには正しさなんてものはない……あいつは、危険な悪です。……裁かれるべき、悪なんです」

「……………」

「……だから、俺はアイツのことが嫌いです……いや、憎いです」

 

自分が嫌う理由を並べていき、光輝は最後はっきりと彼を嫌うどころか憎んでいると言い切った。

それを黙って聞いていたメルドは、少し悲しげな表情を浮かべて小さく「そうか」と呟き、瞳を閉じて何かを決意すると、ぐっと何かを噛み殺したような表情を浮かべながら口を開く。

 

 

 

「………随分と、身勝手な理由だな」

「……え?」

 

 

 

メルドの口から告げられた予想外な言葉に光輝は目を丸くする。メルドは光輝に体ごと向けて向き直ると言葉を続けた。

 

「……光輝、お前が陽和を嫌うその理由は……こじつけがすぎる身勝手なものだ」

「こ、こじつけ?」

「そうだ。無抵抗の人間と言ったが彼女は魔人族。つまり、我ら人間族の敵だ。彼は人間族の敵を排除したに過ぎない。次に、親友を傷つけると言ったが、全くの出鱈目だ。彼らは真に親友としての絆がある。最後に罪を認めず償おうとしないと言ったな?だがな、そもそも、彼に罪などないんだよ。お前の言う罪は何一つない。彼に罪があるとするならば、俺にもある。光輝、いろいろと理由をつけているが……お前が彼を嫌う理由は結局のところ、()()()()()()()()()()()()からじゃないのか?」

「そ、それは………」

 

光輝は同様に瞳を揺らしてしまう。どうしてか分からない。だが、メルドのその指摘は何か自分の深いところを的確に刺したかのように感じてしまったから。

だが、そう思った理由がわからない。分からないからこそ答えを返せずに戸惑う光輝に、メルドは諭すような声音で続ける。

 

「……別に気に入らないならそれでいい。人間なんだ。好き嫌いはあるのは当然のことだ。だが、だからといってご都合解釈で全てを否定していい理由にはならない」

「ご、ご都合解釈なんて……」

「いいや、お前は無意識のうちにしている。光輝、お前は陽和の何を知っている?あいつが自身が邪竜の力を持ってしまっていると分かった時、どんな思いでいたかわかるか?親友を目の前で助けられずに一人助かってしまった気持ちがわかるか?彼のこれまでを知りもしないで悪と決めつけて責め立てるのは、ご都合解釈以外に何がある?」

 

今回の事件を経てメルドは一つ確信してしまったことがある。

光輝の悪癖である『ご都合解釈と思い込みによる暴走』。それを放置してしまったら、いずれ取り返しのつかないことになると。光輝自身はもちろんのこと、周囲にもよくないことが起きると確信してしまった。

無論、雫の話で家族が何度も注意していたのは知っている。だが、自分にとって不都合な現実に直面していなかったからこそ、聞き流してここまで来てしまった。そして、今回の大迷宮の一件は光輝にとっての初めての不都合な現実。初めて直面したからこそ、キツイ言い方にはなるが、彼には今一度認識してもらわなければいけない。

 

———己の弱さを。

 

たとえ、それで光輝から恨まれたとしても。

彼はこれまで果たせなかった教育者としての役割を今こそ果たそうと決意したのだ。

 

「光輝、お前が陽和を憎んでいるのはよくわかったが、私からすればそれは一方的なこじつけにしか見えない。彼は誰かの為に怒り、戦うことができる心優しい男だ。そして、彼が仲間達と信頼関係を築いているのは、共にいた彼女達の表情を見ればよく分かる。お前はそれを無視して陽和を悪だと決めつけたな。だが、私達の命を救ってくれたのは彼だ。彼がいたからこそ私や雫、香織、龍太郎も全員生きて帰ることができた。その礼を言わずに責め立てるのは、あまりにも身勝手な話だぞ」

「で、でも、あいつが人を殺したのは事実です!それも無抵抗の女性を平然と殺した!それは間違ってることでしょう!」

 

メルドの指摘に、光輝は自分でどうにかする力がなかったから、他人にその選択を任せてしまった。その結果に文句を言うのはお門違いだと言外にそう言われたことに気づいたが、それでも納得がいかずに陽和に対する不満を叫ぶ。

正論を叩きつけられても認めたくないが故に否定し、自分に都合のいいことだけを叫んで意地を通そうとする光輝の頑固さに、メルドは小さくため息をつくと、咎めるような口調で語り始めた。

 

「…………一つ、たとえ話をしよう」

「たとえ話?」

「ああ。仮にだが陽和ではなくお前の親友の龍太郎が邪竜の、赤竜帝の力を持ってしまったとする。そして、陛下や教皇が龍太郎を神敵として勇者であるお前に討伐を命じた時、お前は同じように邪竜討伐を引き受けられたか?」

「え……?」

 

あまりにも突飛すぎる例え話に光輝は目を丸くする。理解が追いつかないと言った様子の彼に、メルドは容赦無くその例え話を続けた。

 

「龍太郎は何一つとして悪いことなどしていない。それなのに、存在が危険だからと、悪だからと処分、抹殺されようとしている。それも他ならぬ親友であるお前に討伐を命じた。その時、お前は陽和の時と同じように迷わずに邪竜を討伐することを決意することができたか?」

「そ、そんなことできるわけが……」

「何故できない?龍太郎は世界を滅ぼす可能性のある邪竜の後継者だ。世界が滅ぼされる前に討伐しなければと勇者ならば思わないのか?」

「できるわけありませんよ!龍太郎は俺の親友です!親友を殺すなんて、いくら勇者と言ってもできるわけが……」

 

当然光輝はそのたとえ話で突きつけられた選択に否と答える。親友を殺すなどできるわけがないから。

しかし、彼がそう答えるなどメルドとて分かりきっている。だからこそ、更なるたとえ話を突きつける。

 

「だろうな。お前ならばできないだろう。お前は龍太郎を庇うはずだ。違うか?」

「も、勿論です!俺は龍太郎の親友なんですから!」

 

当然のことのように胸を張って答えた光輝にメルドは次の仮定を語る。

 

「では、次のたとえ話だ。陽和ではなく龍太郎が邪竜と仮定しお前が勇者の責務を果たし龍太郎を討伐した後「そ、そんなことするわけがっ」あくまで仮定の話だ。現実の話ではない。……話を戻すが、その褒美として元の世界に、家族の下へ帰れたとする。では、まず家族の下に帰れたとして、異世界に召喚された経緯を話すのが筋だということはわかっているな?」

「は、はい、それはわかっています……」

「ならばいい。では、こここらが本題だ。雫にも問われていたが改めて聞こうか。他のクラスメイトが全員無事に帰還したのに、龍太郎だけ帰還していない。当然だ、邪竜としてお前に討伐されたのだからな。それを龍太郎の家族に説明しなければならない。その時、お前はありのままのことを話せるか?『あなた方の息子は異世界で邪竜の後継者になったので俺が勇者として殺しました。だから、帰ってこられませんでした』とな」

「っっ⁉︎⁉︎」

 

メルドのたとえ話にその光景を想像でもしたのか目を丸くして顔を青ざめさせた光輝は動揺を隠さずに数は後ずさると頭を横にふる。

 

「で、できるわけないじゃないですか!親友を殺すなんて、そんなことできるわけがない!さっきからなんなんですかっ⁉︎メルドさんは、何を理由にそんな馬鹿げたことを聞くんですかっ⁉︎」

 

訳もわからずたとえ話が始まったかと思えば内容は親友である龍太郎が邪竜の力を持っていたらなんて言うあり得ない空想話。それだけに足りず、自分と彼の絆を踏み躙るような仮定の選択話をされたことに光輝は我慢の限界を迎えたのか、怒りが滲む眼差しをメルドに向ける。

その責めるような眼差しにメルドは眉一つ表情を変えないまま、呆れるように嘆息した。

 

「はぁ、馬鹿げたことか。流石のお前でもこの話が馬鹿げた内容であると言うことは分かるのだな」

「だから何を理由にそんなことをっ…」

「それが今の陽和が置かれている状況だ」

「そ、それがなんなんですか?」

 

他の者ならば分かったであろう説明でも光輝は気づかない。その事実にメルドは悲しげに目を伏せると小さく息をつくと、話を続ける。

 

「今私が話したたとえ話は実際に陽和が直面している状況であり、辿るかもしれない結末でもある。陽和だって望んで邪竜の力を持っていたわけがないんだ。それなのに、危険だから、悪だからと馬鹿げた理由で理不尽に命を狙われている。そんなふざけた話が現実で陽和の身に起きているんだ。それが何故わからないんだ?」

「わ、分かるわけがないじゃないですか。あんな奴のことなんて」

「…………お前はそう思わなくても、雫や重吾達は違ったぞ。彼の境遇に本気で悲しみ怒った。彼の為に何かできないかと行動していた。龍太郎も香織もだ。戸惑いはすれど、陽和の無事を心の底から安心していた。彼らの様子を見れば陽和が世界を滅ぼすわけがないと分かるはずなのに、どうしてお前はそう頑なに陽和を『悪』だと決めつける?」

「そ、それは……」

 

メルドの指摘通り客観的に見れば、陽和は何も悪くない。むしろ被害者だ。対象を龍太郎に置き換えて同じ状況を想像させた場合、あんなにも怒り間違っていると断じたのならば、陽和に対象に戻したとしても間違ってると分かるはずだ。

なのに、彼は陽和の立場を理解しようとしなかった。生来の悪癖がその理解を阻んだのだ。

 

「た、たとえそうだとしても……あいつは…この世界に来る前からずっと悪党だった。だから……あいつは、『悪』なんです」

 

頭では陽和は悪くないと分かっていても、心が間違っていると何度も訴えていた。地球にいた頃から悪党だったと、その性根は異世界に来る前から腐っているから、彼は悪党であり、間違っていると内心で結論を出したのだ。

どうにか理解させようと親友である龍太郎に置き換えて話をしたのにそれでも届かなかったことにメルドは悔しそうにする。

 

(………予想以上に厄介だな。光輝の悪癖は)

 

ここまで話しても彼の心には届かないのかと。雫や香織から聞かされていて覚悟はしていたが、光輝の悪癖のタチの悪さに内心でため息をついてしまう。

その時、光輝が口を開きメルドに尋ねる。

 

「メルドさんはどうして、あいつの味方をするんですか?あいつはあなたを殺そうとした悪党なのに」

「………」

 

光輝はここまで話してもなお、陽和はメルドを殺そうとした悪党だと言う認識を変えていないらしい。今もなお陽和が憎い彼ならば、事情を説明しても変わらないと予想できてしまっていた。

 

「…………悪党などではない。彼もまたお前と同様に守るべき教え子だからだ。守りたいと思ったから、私はあいつの味方をするのだ」

「…………」

「光輝、さっきも話したが私は陽和を逃す為に一芝居を打った。どちらかが倒れるまで戦わなければいけないからこそ、私達は本気で戦い、彼の方が強かったからこそ、私が負けた。それだけの話だ。殺す殺さないの話じゃない。真剣に戦って私が負けただけなんだ。だから、陽和が私を殺そうとしたわけではない。あれは私だけでなく彼自身の身を守る為に必要なことだった」

「………分かりませんよ。あいつがメルドさんを傷つけたのには変わりないじゃないですか」

 

意地を張ってるのか、考慮すべき背景があったとしても、メルドを傷つけたという事実のみを見て陽和を認めようとしなかった。

 

「………そこまで嫌うお前だ。今、何を言っても陽和が『悪』だという結論は変わらんのだろう。だがな、光輝、世界はお前一人の認識で回るほど簡単なものではないんだぞ」

「それは、どういう……」

「正義は一つではない。そして、世界は正しいか間違ってるかで分けられるほど綺麗にはできていない。立場によって、考え方によって、善悪なんてものは何度でも裏返るんだ。お前が思った通りに世界が回るなど、それはひどく傲慢な話だ」

 

メルドは話題を変えた。

陽和の現状を理解させて邪竜討伐をやめさせることは今は不可能と判断した彼は、せめてこれだけは理解してほしいと願って。

 

「世界には沢山の人がいるだろう。その人の数だけ考え方は違う。お前が思う正しさも他者から見れば間違ってることもあるんだ。お前が思う正しさは絶対ではない、数ある考え方の一つに過ぎないんだ」

「メルドさんは、俺が間違っていて紅咲が正しいと思っているんですか?」

「それは違う。正しいか間違っているかが重要ではない。肝心なのは、行動に想いが伴っているかだ」

「想い、ですか?」

 

反芻する光輝にメルドは頷いてほんの少しだけ表情を崩し頷く。

 

「そうだ。何事も成し遂げる為には想いが必要だ。強い想いがあるからこそ、何かを成し遂げる為の原動力が生まれ、原動力があるからこそ行動に意味ができる。正しいか間違ってるかはその後に生まれるモノだ。最初から正しいか間違ってるかなど誰にもわからないんだ。だからこそ、自分が正しいと思うことを他者に押し付けようとするな」

「…………」

「光輝、私はお前の真っ直ぐなところや正義感の強いところは長所だと思っている。だが、その反面、お前には足りないものがある」

「足りない、もの?」

 

疑問をこぼす光輝にメルドはその問いかけには答えずに首を横に振る。

 

「それを教えるのは簡単だ。しかし、こればかりはお前が自分で見つけなければ意味がない。とはいえ、何も分からないのは酷な話だ。だから、一つだけ教えよう」

「それは、一体……」

「それはな、自分の正しさを疑うことだ」

「正しさを疑う?」

「そうだ。これからお前は何度も選択を迫られるだろう。だが、人生の選択において何が正解で何が間違いなんてのはわからない。実際に選んだ結果間違えることもあるだろう。だが、そこで立ち止まるな。自分が関わったモノ全てを受け止めて、その上で自分の行動を疑いその選択を取るのか取らないのかを考え続けろ。間違えることは悪ではない。間違えた後、どうすればと考えることで間違いは教訓となりそれを糧に人は成長できる」

「…………」

 

光輝はメルドの話に水面の月に視線を下ろし黙り込む。その様子は何かを深く考え込んでいるように見えた。とりあえずは、暴走するようなことはないだろうと密かに胸を撫で下ろした。

全てではないが伝えたいことは伝えれた。少しは一人で考える時間も必要だろうとメルドは欄干から体を起こしながら光輝の頭に手を置くと、優しく叩く。

 

「光輝、答えを教えることはできないが相談ならいつでものろう。今日はもう休め」

「………はい………」

 

労わる言葉に光輝は水面の月に視線を落としながら短く返す。メルドはソレを聞くと光輝に背を向けて宿への道を歩き始める。

 

(光輝、お前は陽和と比べてまだまだ未熟だ。陽和とお前では大きな差がある。陽和が何度も壁を乗り越えたのに対して、今回のことがお前にとっての初めての壁なんだろう。未経験が故にどうすればいいかと戸惑っているな)

 

今回のことは光輝にとって人生初の挫折。

誰もが子供のうちから経験してきた現実の壁を、彼はこの歳になって、この非現実的な日常を経てようやく直面した。最初はどうすればいいか悩むだろう。これまで通用した方法では全く敵わず、新しい方法を模索していかなければならない。

しかも、その新しい方法を模索するのにも多大なる労力が必要になり、苦労することは確実。

 

陽和は既にソレを何度も繰り返して乗り越えてきた。数多の壁を乗り越えてきたが故に彼は心身共に強いのだ。

光輝にはその経験値がない。困難を乗り越えたという実績からなる自信が彼にはない。だからこそ、初めての困難に対してどうすればいいのかわからずに悩んでいるのだ。

 

だが、ソレでいい。

 

悩んで、苦しんで、その壁を乗り越える方法を、現実を受け入れる方法を模索し試行錯誤していくのが人間だ。そうすることで、『子供』は『大人』へと成長するのだ。

だからこそ、メルドは光輝にその悩みは間違ってはいないのだと、『大人』になる為に必要な成長の機会なのだと伝えたかったのだ。

 

(……光輝、私はお前を否定も肯定もしない。だが、どうか折れないでくれ。お前にも陽和と同じようにまだまだ可能性があるんだ。お前はまだ成長できる。だから、悩み続けろ。悩むことは悪いことではないのだから)

 

これまで教育係として接してきたが、半端な結果しか残せなかった。これまで半端だったからこそ、これからは不器用ながらもしっかりと教育係の役目を果たそうとメルドは心に誓った。

 

 

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