竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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モンハンライズ …今から楽しみでしょうがないですね!


5話 オルクス大迷宮

【オルクス大迷宮】

それは、全百階層からなると言われている大迷宮である。七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。

にもかかわらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。それは、階層により魔物の強さを測りやすいからということと、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだ。

魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核をいう。強力な魔物ほど良質で大きな魔石を備えており、この魔石は魔法陣を作成するための原料となる。魔法陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を粉末にし刻み込むなり、染料として使うなりした場合と比較すると、その効果は三分の一程度にまで減退する。

要するに魔石を使う方が魔力の通りが良く効率的ということだ。その他にも、日常生活用の魔法具などには魔石が原動力として使われる。魔石は軍関係だけでなく、日常生活にも必要な大変需要の高い品なのである。

 

因みに、良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔法を使う。固有魔法とは、魔力はあっても詠唱や魔法陣を使えないため多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法である。

一種類しか使えない代わりに詠唱も魔法陣も無しに放つことができる。魔物が油断ならない最大の理由だ。

 

陽和達は、メルド団長率いる騎士団員複数名とともに【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者達のための宿場町【ホルアド】に到着した。新兵訓練によく利用するようで王国直営の宿があり、そこに泊まる。

 

久しぶりに普通の部屋を見たハジメはベッドにダイブし「ふぅ〜」と気を緩めた。部屋割りは最低でも二人部屋で、ハジメは親友の陽和と一緒で、余計な気を使わなくて良いと安堵していた。

 

明日から迷宮に挑戦だが、今回は行っても二十階層までらしく、陽和とパーティーを組むことになっているがハジメのような最弱キャラがいても十分カバーできるとメルド団長にこっそりと言われたハジメはひたすら申し訳ないという他ない。

 

「陽和君はまだ寝ないの?」

「……ああ、もう少しだけな」

 

しばらく、借りて来た迷宮低層の魔物の図鑑を読んでいたハジメは寝る準備をしながら、未だ起きて窓際のテーブルで外を見ながらずっと考え事をしている陽和に声をかける。

昨日、邪竜の存在を知った陽和は、これからどのように動くべきかをずっと考えていた。かなりショックを受けた絶望的な内容だったが、それでもまだ希望はあるはずだと必死に思考を巡らせ続けていたのだ。しかも、その不安や恐怖を悟らさないように周囲には上手く隠してだ。ハジメにも、雫にも今のところ気付かれてはいない。

 

そして、ハジメがウトウトと微睡み始めた時、それを邪魔するように扉をノックする音が響いた。少し早いと言っても、それは十分深夜にあたる時間帯。二人は一瞬、訝しんだもののそれは続く声で杞憂に終わった。

 

『南雲君、起きてる?白崎です。ちょっと、いいかな?』

 

予想外の人物に、一瞬硬直したハジメは慌てて扉に向かう。鍵を外して扉を開ければそこには純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけの香織が立っていた。

 

「……なんでやねん」

「えっ?」

 

ある意味衝撃的な光景に思わず関西弁でツッコミを入れてしまうハジメ。よく聞こえなかったのか香織はキョトンとしている。

ハジメは、慌てて気を取り直すと、なるべく香織を見ないように用件を聞く。いくらリアルに興味が薄いとはいえ、彼もまた立派な思春期男子。今の香織の格好は少々刺激が強すぎる。

 

「あ〜いや、何でもないよ。えっと、どうしたのかな?何か連絡事項でも?」

「ううん。その、少し南雲くんと話したくて……やっぱり迷惑だったかな?」

「………どうぞ」

 

もっともあり得なさそうな用件を予想して尋ねるが、香織はそれを否定して思いっきり弾丸をうちこんできた。しかも上目遣いという名の炸薬付きだ。もちろんハジメには効果抜群。気がつけば扉を開け部屋の中に招き入れていた。

 

「うん!」

 

そして何の警戒心もなく嬉しそうに香織は部屋に入り剣を手に持ってどこかに出かけようとしている陽和の姿を視界に入れた。

 

「あ、紅咲くん」

「よ、白崎。ハジメに用があんのか?」

「うん」

「そうか。ハジメ、俺は気晴らしついでに少し散歩してくる。三時間ぐらい時間潰しとけばいいか?それとも……戻らないほうがいいか?」

「ちょっ、何言ってんの⁉︎」

「?」

 

突然の爆弾発言にハジメは顔を真っ赤にし動揺する。香織は陽和の言葉の意味がわかっておらず純粋にお礼を言ったあと、ハジメの様子に可愛らしく首を傾げている。

陽和は面白い玩具を見つけたようにニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべ、揶揄う。

 

「そりゃあナニの話だろ?若いから一回戦じゃ終わらなくて何回戦も…」

「しないから!急に何言ってんのさ‼︎」

「え、九回戦もやるって?さすがっす。南雲さんまじパネェっす」

「違うよ!分かってて言ってるよね⁉︎」

「ハハハ当たり前だろ?ただ揶揄ってるだけだ」

「…もっとタチが悪いよ」

「それじゃ、あとは若いお二人さんで励めよ。あ、俺のベッドは使うなよ?」

「ちょっとぉ⁉︎」

「ハハハ‼︎ごゆっくり〜」

 

悲鳴を上げるハジメに陽和は楽しそうに大笑いしながら、香織の側を通り過ぎて部屋を出て親切に扉を閉めてあげる。

廊下に出た陽和はこのあとどうしたもんかと考え、言った通り散歩でもするか、と陽和は宿の外へと出た。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

宿の外を適当に散歩していた陽和は月明かりに照らされた広場に出る。

青白い月光に照らされたその円形の広場には先客がいた。

 

「………」

 

広場の端のベンチに座り月を見上げているよく見知った少女ー八重樫 雫がいた。

月光に照らされた彼女の姿はまるで一枚の美しい絵画のようで、陽和はつい見惚れてしまう。

しばらく見惚れた後、陽和は彼女へと近づき声をかけた。

 

「よ、雫」

 

名前を呼ばれた彼女はバッと陽和の方へ視線を向ける。顔には純粋な驚きの中に恐怖と不安が混ざり合った表情もあった。

それも一瞬、雫はすぐに表情を取り繕いいつもの表情へと変えた。

 

「陽和?どうしてここに…って、ああ南雲君と同じ部屋だったわね」

「そういうことだ。話が終わるまで外で適当に、な」

「適当って、あなたねぇ、年頃の男女を2人っきりにするなんて…」

 

雫は呆れ笑いをするが、陽和はそれに笑って返す。

 

「大丈夫だろ。ハジメはヘタレだし、白崎も突撃天然娘とは言えそこまではしないだろ」

「まぁそうかもしれないけど……」

「それはいいとして、女の子が夜遅くに1人でいるのは感心しないな」

「ふふ、心配ありがとう。ちょっと眠れなくてね。香織があなた達の部屋に行ったからちょうどいいと思って散歩してたの」

「なるほどね。隣座ってもいいか?」

「ええ、どうぞ」

 

雫の許可を貰った陽和は隣へと腰を下ろし、彼女と同じように月を見上げる。

世界は違えど星々や月、太陽の輝きは共通していて相も変わらず美しい。むしろ、地球よりも大気が綺麗な分、よりはっきりと見える。

陽和は思い出したかのように笑いながら口を開いた。

 

「でも、あの時は驚いたな。まさかお前の親友が気になる男子ってのが、俺の親友だったんだからな」

「私もよ。聞いた時はびっくりしたわ」

 

二人は香織がハジメに好意を寄せるきっかけになった出来事を知っている。雫は香織から聞いて、陽和はその場にいた。

 

あれは中学二年の頃だった。

ハジメと陽和は学校帰り、街中で歩いている時にソレは起きた。

不意に喧騒が二人の耳に届いたのだ。

 

見れば不良連中にペコペコと何度も頭を下げるお婆さんとその後ろで怯えて泣く小さな男の子の姿があった。

不良の足元にはタコ焼きが落ちていて、どうやら、男の子が連中にぶつかった時にタコ焼きをジーンズにべっとりとつけてしまったらしい。それで、不良連中がキレてお婆さんに弁償させようと恫喝しているらしい。

そこに偶然通りかかった二人は、ハジメはスルーしようとし、陽和はそれを止めようと携帯を取り出し警察に連絡しようとする。

しかし、陽和が電話している間に、お婆さんが財布からお札を数枚取り出してクリーニング代として払ったが、不良連中は更に恫喝しながら最終的には財布まで取り上げた時点で、ハジメが咄嗟に動いて、ドン引きするぐらいの芸術的な土下座をかましたのだ。

 

これには、不良連中だけでなく陽和や、庇われたお婆さんや周囲の人まで驚いた。

しかも謝罪の言葉がエスカレートして、あるはずもない事を誇張して叫んだせいで、周囲の視線の全てがハジメに集まり、そばにいたおばあさんや不良連中は羞恥心が限界に達しかけていた。

不良達が何とかして全力全開絶叫謝罪土下座をやめさせようと暴力を含めたあの手この手をしようとしたが、その前に一早く立ち直った陽和が彼らの間に携帯を片手に割って入って、ハジメの謝罪を中断させた。

そして、既に警察を呼んだこと、恐喝、暴行の罪に問われる可能性が十二分にあること、証人もたくさんいる事を伝え、暴力ではなく理論で彼らを追い詰めて追い払った。

 

その後、通報を受けて駆けつけた警察の人に陽和が事情説明をして事なきを得た。なぜハジメがしなかったかと言うと、単純に恥ずかしすぎて、不良連中が去った後すぐに顔を真っ赤にしながらその場から走り去ったからだ。

陽和も事情説明をした後、おばあさんと男の子と一言二言話した後、ハジメに電話しながらその場から立ち去った。

 

その光景の一部始終を香織は見ていたらしく。それがきっかけでハジメが気になったらしい。

しかも、その日のうちにハジメの学校を突き止め、雫がハジメと同じ学校に通う陽和に翌日電話して聞いたところ、ハジメだということが発覚した。

 

しかし、なぜその日のうちに学校が分かったのかを陽和が聞けば、何でもあの時間に徒歩で行き来できる範囲の中学校をリストアップして、各学校の制服を調べたらしい。

彼女曰く『そんなこと簡単だよ』とのこと。

それを聞いた時、陽和はそれ以上は何も聞かなかった。

まさか、幼馴染みの親友がヤンデレの一面を持っているなんて知りたくなかったからだ。

ヤンデレを知る前は、陽和と雫で偶然を装って二人を会わせるのもいいかと考えたが、ヤンデレの事実を知って仕舞えば、果たして二人を会わせていいのかと雫と一緒に悩み、結局『自分達は何もしない。二人の成り行きに任せる』と言う結論に収まった。

 

その結果、二人は普通に親友とそれぞれ中学生活を終え、その一年の間にハジメと香織が知り合うこともなかった。

しかし、偶然にも四人は同じ高校、しかも同じクラスになり、そこから香織の猛アタックが始まり今に至るのだ。

 

「ま、成るように成れだ。くっついたんならそれでよし。まだなら静観だな。外野の俺達はたまに世話焼くぐらいがちょうどいい」

「ふふっ、それもそうね」

 

二人は笑い合うとそれからしばらく二人揃って星を見上げて無言の時間が過ぎた。

少し経った頃、雫がふと口を開いた。

 

「ねぇ、陽和」

「ん?」

「貴方は……怖くないの?」

 

何がとは尋ねない。雫が尋ねていることが何なのかは尋ねるまでもないし、不安と恐怖に揺れる瞳が彼女の心情を物語っていたから。

先程はごまかしたが、陽和相手にはごまかせないと悟ったからだろう。

だから、陽和は雫を一度横目で見ると少しの間を置いて応えた。

 

「……いいや、怖いさ、怖いに決まってる。だって、この世界は地球よりも比べ物にならないぐらいに死が近くて、命が軽い。ちょっとしたことで簡単に死ぬ。俺達の世界より遥かに残酷で理不尽な世界だ。俺たちはそんな世界に召喚されて、剰え戦争で戦えなんて言われた。怖いと感じない方がおかしいな」

「……なら、どうしてそんなに強く在れるの?」

 

陽和は雫の言葉に少し思考する素振りを見せると応える。

 

「強く、か…。自分では分からないが、お前から俺が強く見えたんなら、それはお前がいるからだよ」

「え?」

「俺の後ろに雫やハジメがいる。お前等は俺にとっては守るべき大切な奴等で、傷つくのは見たくない。だから守りたいんだよ。そのためには強くならなくちゃいけないだろ?それこそ誰だって守れるぐらいにな。それに俺は前に言ったはずだぞ。お前を守るって」

「ぁっ」

 

雫は陽和の言葉に思わず赤面する。

陽和は見る者を安心させるような笑みを浮かべ優しく言った。

 

「目の前に怖がってる女の子がいるのにそれを守れないようじゃ男が廃るってもんだ。それに、もしもお前の身に何かあったら俺は虎一さん達に顔向けできない。それぐらい俺にとってはお前が大切なんだよ」

「……っ」

 

雫は目尻に涙を浮かべると、陽和に抱きついて、彼の胸に顔を埋めると消え入るような小さな声で呟く。

 

「……陽和。ありがとう」

「……」

「いつもあなたは私を助けてくれたわ。幼い頃からずっと…貴方が私の不安や恐怖を受け止めてくれた。今だってそう、貴方だって怖いはずなのに、それでも私を怖がらせないように笑ってくれてる。だから、ありがとう」

「…気にすんな。思う存分甘えろって言ったのは俺なんだからな。遠慮なく甘えればいいんだよ」

「…うん。でも、貴方も無茶はしないで。いつも貴方は1人で無茶をするから」

「ああ」

 

雫の懇願にも近い呟きに陽和は頷くと、柔らかく抱きしめて腕で包んだ。

あの日、雫が初めて陽和に泣きついた日から雫は何度も陽和の部屋を訪れては何度も泣き言や不安を打ち明けてきた。

その度に泣きついてきていたので、今ではもはや何も言わなくても2人きりの時は子供のように抱きついてくるようになった。陽和も嫌がることはなく、むしろ雫が誰かに甘えられるようになったことに喜び、彼女の甘えを遠慮なく受け止め続けていた。

それから暫く2人は無言になり広場は静寂に包まれる。

不意に、陽和が雫を抱きしめたまま口を開いた。

 

「そういえば、地球に戻ったらさ色々やりたいことがあるんだよな」

「え?」

 

雫は思わず体を離してそんな声を漏らした。陽和は雫を至近距離で見下ろしながら続ける。

 

「お前と色んな服を見に行ったり、スイーツ巡りもしたいな。…ああ、ぬいぐるみとかアクセサリーも見るか。この前テレビでお前が好きそうなものを見たんだ。きっと気にいると思う。それを見に行こう」

「べ、別にそれはいいけど、どうしていきなり帰った後の話をするの?」

 

突然の話題に困惑を隠せない雫は戸惑い混じりの声を上げた。そんな雫に陽和は言った。

 

「少しでも楽しい話をして不安を紛らわそうと思ってな」

「楽しい話?」

「そう。死ぬまでにやりたい100のことみたいに、地球に帰ったらやりたい事を言ってみたんだ。明日への希望を持てるようにな」

 

それは見方によれば現実逃避に見えるだろう。だが、これは現実逃避ではない。これは生き抜くための目的であり希望だ。

明日も戦えるように、明日も生き残れるように、そして無事に家族の元へ帰れるようにと祈りを込めたものだ。

目的が、希望があるからこそ人は前へと進めるのだから。

 

「雫は何かあるか?俺はまだまだあるぞ。家族のことだけでも30は軽く超えるな」

 

そう言って陽和は楽しそうに語り始めた。やれこんな遊びをしたいなど、あそこに行ってみたいなど、年相応の子供のように楽しげに笑いながら。

その笑顔に釣られて雫もいつのまにか笑顔を浮かべて地球に帰ったらやりたい事を次々と思いついては陽和と楽しそうに語った。

 

もう彼女の顔からは陽和が来た時にあった恐怖や不安が殆ど消えていた。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

翌朝、まだ日が登って間もないころ、陽和達は【オルクス大迷宮】の正面入口がある広場に集まっていた。

誰もが少しばかりの緊張と道への好奇心を表情に浮かべているが、陽和は警戒心を露わにしたまま険しい表情で入口を見ている。

 

入口は、まるで博物館の入場ゲートのようなしっかりした作りであり、どこぞの役所のような受付窓口では制服を着た女性が笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。

ここでステータスプレートをチェックし出入りを記録することで死亡者数を正確に把握するのだとか。戦争を控えた現状、多大な死者を出さないための措置なのだろう。

入口付近の広場には露店なども所狭しと並び立っており、それぞれの店主がしのぎを削っている。まるで、お祭り騒ぎだ。

浅い階層の迷宮はいい稼ぎ場所として人気があるようで人も自然と集まる。

馬鹿騒ぎした者が勢いで迷宮に挑み命を散らしたり、裏路地よろしく迷宮を犯罪の拠点とする人間も多くいたようで、戦争を控えながら国内に問題を抱えたくないと冒険者ギルドと協力して王国が設立したらしい。ゲート脇の窓口でも素材の売買はしてくれるので、迷宮に潜るものは重宝しているようだ。

 

そんな中、陽和達はかなり目立ったようで周囲から視線を集めている。王国騎士団団長の後ろに、周囲をキョロキョロする子供達が大勢いるのだから当然と言えば当然か。

 

陽和達はメルドの後をカルガモの子供のように追いかけ迷宮へと足を踏み入れる。

迷宮の中は、外の賑やかさとはうってかわって静かだった。縦横五メートル以上ある通路は明かりがないにもかかわらず薄ぼんやりの発光しており、松明や明かりの魔法具が無くてもある程度視認が可能だ。緑光石という特殊な鉱物が多数埋まっているらしく、この迷宮は巨大な緑光石の鉱脈を掘ってできているらしい。

一行は隊列を組みながらゾロゾロと進み、しばらく何事もなく進んでいると広間に出た。

ドーム状の大きな場所で天井の高さは7、8メートルくらいはあるだろう。

その時、物珍しげに辺りを見渡していた一行の前にその壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が多数湧き出した。

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ!交代で前に出てもらうからな、準備しておけ!あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、大した敵じゃない。冷静に行け!」

 

ラットマンと呼ばれた魔物が、割と早い速度で飛びかかってきた。

灰色の体毛に赤黒い目が不気味に光り、外見は名称どおりネズミみたいだが、なぜか二足歩行でムキムキだった。まるで見せびらかすかのように八つに割れた腹筋と膨れ上がった胸筋の部分だけ毛がない。

魔物版のボディービルダーみたいだ。はっきり言って気持ち悪い。

 

正面に立つ光輝達、特に雫の頬が引き攣っている。可愛い物好きでなくてもかなり堪える光景だ。

間合いに入ったラットマンを光輝、雫、龍太郎の三人が迎撃する。その間に、香織と特に親しい女子二人、眼鏡っ娘の中村恵理とロリ元気っ子の谷口鈴が詠唱を開始。魔法を発動する準備に入った。

 

光輝は純白に輝くバスターソードを視認も難しい程の速度で振るって数体。まとめて葬っている。

その剣は、例に漏れず聖剣という名称だ。

ハイリヒ王国が管理するアーティファクトの一つで、光属性の性質が付与されており、光源に入る敵を弱体化させて、一方で自身の身体能力を自動で強化してくれるという“聖”の字が入っているにしてはなかなかにいやらしい性能だ。

 

龍太郎は空手部らしく天職が“拳士”であることから籠手と脛当てをつけている。これもアーティファクトの一つで衝撃波を出すことができ、また決して壊れないらしい。

龍太郎はどっしりと構え、見事な拳撃と脚撃で敵を後ろに逃がさない。無手でありながら、その姿は盾役の重戦士を彷彿とさせる。

 

“剣士”の天職を持つ雫は陽和と同じ形状のアーティファクトの剣を抜刀術の要領で抜き放ち、一瞬で敵を切り裂いていく。その動きは洗練されていて、騎士団員をして感嘆させるほど。

陽和はいつでも雫の危機に駆けつけられるよう自然体で構えていた時、詠唱が響き渡った。

 

「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ、“螺炎”」」」

 

三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げるように巻き込み燃やし尽くしていく。

ラットマン達は小さな断末魔の悲鳴を上げ、パラパラと降り注ぐ灰へと変わり、絶命した。

しかし、それでラットマンは全滅してしまったので、一階層での他の生徒の出番は消えた。

チートスペックを持つ召喚組が相手では一階層の敵は弱すぎたようだ。

 

「ああ〜、うん、よくやったぞ!次はお前らにもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

メルドは生徒達の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないように注意したが、初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がり頰が緩んでいる生徒達に「しょうがねぇな」と肩を竦めた。

 

「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

メルドの指摘に香織達魔法支援組は、自覚して思わず頬を赤らめた。

そこからは特に問題もなく交代しながら戦闘を繰り返し、順調に階層を下げて行った。

そして、一行は一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層に辿り着いた。

現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしいが、それは百年以上前の冒険者が成した偉業であり、今では超一流で四十階層越え、二十階層を越えれば十分に一流扱いだという。

陽和や光輝を筆頭に生徒達は戦闘経験こそ少ないものの、全員がチート持ちなので割とあっさり降りることができた。

もっとも、迷宮で一番恐いのはトラップであり、場合によっては致死性のトラップも数多くある。

そのトラップ対策として、フェアスコープというものがある。彼は魔力の流れを感知してトラップを発見することができるという優れものだ。迷宮のトラップはほとんどが魔法を用いたものであるから八割以上はフェアスコープで発見できる。ただし、索敵範囲はかなり狭いのでスムーズに進もうと思えば使用者の経験による索敵範囲の選別が必要だ。

したがって、陽和達がここまでスムーズに降りられたのは、ひとえに騎士団員達の誘導があったからだと言える。メルドからも、トラップの確認をしていない場所へは絶対に勝手に言ってはいけないと強く言われている。

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だからと言ってくれぐれも油断するなよ!今日はこの二十階層で訓練して終了だ!気合を入れろ!」

 

メルドの掛け声がよく響く。

ここまで、陽和は全ての訓練でハジメと二人でパーティーを組んでいる。

はじめこそ騎士団の人達にカバーしてもらったりしていたが、今となってはほとんどの魔物を陽和が瞬殺しており、陽和が対応して弱らせた魔物を相手に訓練したり、地面を錬成して落とし穴にはめ串刺しにしたりして、一匹だけ犬のような魔物を倒しただけだ。

基本的には、陽和とパーティーを組み、陽和に守られながら後方で待機しているだけである。

完全に寄生型プレイヤーだ。最も、本人了承型の寄生だが。

そして陽和パーティーの順番になった。

 

「次は…陽和とハジメだが、大丈夫か?」

 

メルドは若干心配そうに二人を見る。

それに対し、陽和は笑いハジメは苦笑いを浮かべた。

 

「まぁ大丈夫ですよ。ハジメ、いつも通りな」

「うん。大丈夫だとは思うけど陽和君も気をつけてね」

「おう」

 

ハジメにそう答えて陽和は一人前に進み出る。今回の陽和の相手は紫紺色の毛皮の豹型の魔物“バルドス”だ。それが四体群れをなしていた。

“バルドス”睡眠毒が流れる牙や爪を持ち傷口から睡眠毒を流し込んで敵を眠らせる特性を持つ豹型の魔物だ。

 

後ろで生徒達がたった一人で魔物の前に立った陽和をハラハラしながら見ている。雫も緊張と心配の混ざった様子で彼を見ている。全く心配していないのはハジメぐらいだ。

しかし、陽和は大半の生徒達の予想に反し冷静だった。まるでどこかに散歩にでもいくような自然体で歩いている。

何もしてこない陽和にバルドスは低い声を上げて豹らしく俊敏な動きでそれぞれ別の方向から襲いかかる。

バルドス達が動き出したのを見て陽和は流れるような動作で抜刀術の構えを取ると静かに剣に付与した魔法の詠唱を始める。

 

「燃え滾る焔よ。刃に灯り敵を焼き斬れ。“炎刃”」

 

刹那、鞘から剣が抜き放たれ、彼の右腕が消えたかと思うほどの速度で動き、赤い炎を纏った炎剣が宙に炎の軌跡を一瞬で無数に描く。

その軌跡が振るわれた後、バルドス達は三体がバラバラに焼き斬られ、残る一体も右前脚を根本から断たれた。

断面は炎によって焼かれており、流血の量が思ったよりも遥かに少ない。

 

「ガァっ⁉︎」

 

首を切られたバルドスは何が起こったのかわからないような表情で事切れて地面に転がり、まだ生きているバルドスもなんとか立ち上がろうとしていたが、激痛なのか、それとも右前脚がなくなったからなのか、なかなか立ち上がれないでいる。

 

あまりの一瞬の出来事に生徒達のほとんどが目を見開き唖然としており、騎士団員達ですら彼の動きに驚愕している。団長であるメルドも「見事なもんだ」と瞠目している。

ハジメは「まぁ大丈夫だよね」と当然のように頷き、雫は安堵したと同時に純粋に彼の洗練された剣技に見惚れていた。そして、勇者である光輝は悔しそうな表情を浮かべ、彼を睨んでいる。

三者三様の感想を向けられている陽和はバルドスに近づくと、

 

「ハジメ」

「ギャゥッ⁉︎」

 

ハジメの方に勢いよく蹴り飛ばした。

 

「了解」

 

ハジメはそれに驚くこともなく、バルドスが起きる前に接近して手を突いて地面を錬成し万一にも動かないようにして拘束すると、“バルドス”の腹部目掛けて剣を突き出し串刺しにした。

 

「グギャッ」

 

バルドスは小さな悲鳴を上げてそのまま力尽きた。

魔力回復薬を口に含みながら、額の汗を拭うハジメに陽和は倒したバルドスから取り出した魔石を持って近づく。

 

「お疲れさん」

「陽和君こそお疲れ。でもまだこんな戦い方しか出来ないよ」

「でも、錬成速度は上がってるだろ?強くなってる証拠なんだからそんなに気を落とさなくてもいいじゃねぇか」

「そ、そうかな?」

「ああ。それに、戦いに関しちゃ俺がカバーすんだから遠慮なく練習すればいいんだよ」

「…うん、ありがとう」

 

陽和の嘘偽りない言葉にハジメは笑みを浮かべた。

そんなハジメを騎士団員達は感心したように見ていた。彼らは、正直な話ハジメには全く期待していなかった。

彼らとしては、ハジメが碌に使えもしない剣で戦うと思っていたが、実際は、錬成を利用して確実に動きを封じてから止めを刺すという彼らも見たことがない戦法で確実に倒して行ったのだ。

錬成師は鍛治職とイコールに考えられているが故に、錬成師が実戦で錬成を利用することなどあり得なかった。

ハジメとしては、何もない自分の唯一の武器が錬成しかないと考え、陽和に相談して鍛錬して編み出した結果なのだが周りが、特に陽和が派手に強いので一匹相手にするので精一杯な自分はやはり無能だと思い込んでいた。

しかし、陽和の言葉に気持ちが軽くなったのも事実。彼は、彼だけは自分を無能とは見ないでできることを一緒に模索してくれるし、いざという時に手助けしてくれる。

誰よりも頼り甲斐があって、誰よりも優しい。

本当に、自分にはもったいない最高の親友だ。

 

そして、しばらく進み小休止に入った時、水筒の水で喉を潤した陽和は前方の、迷宮の奥へと視線を向ける。そこには先が見えない暗闇があるだけ。

だが、陽和はそれだけだとは思えなかった。

 

(さっきから感じるこの引き寄せられてるような感覚は何だ?)

 

オルクス大迷宮に潜り始めてから感じる違和感。何かに引き寄せられてるような、そんな得体の知れない異質な感覚がずっと陽和には感じられていた。

 

(……俺を呼んでいる、のか?)

 

周囲を見渡しても何もない。周りの者達も誰1人気にした様子はない。

恐らくは自分にしか感じられない何かだ。

周りと自分で違う点。それは一つだけある。

 

(……まさか、()()()()?ここに)

 

陽和は一つの可能性に思い当たる。だが、それはあまりにも荒唐無稽で限りなくゼロに近い可能性だ。しかし、その可能性が的中しているのであれば、この先には、確実に“ソレ”がいることになる。

だとしたら、自分は…………

 

「陽和君、どうしたの?」

「ッ‼︎」

 

突然かけられた声に思考の海に沈んでいた陽和はハッとして振り返る。その先にはハジメが心配そうに自分を見上げる姿があった。

 

「…ぁ、ハジメどうした?」

「いや僕は魔力を消費したぐらいで別になんともないよ。ただ、陽和君がずっと険しい顔を浮かべていたから気になったんだけど…」

「いや俺なら大丈夫だ。心配かけたな」

「大丈夫ならいいけど……」

 

陽和の言葉に一応の納得は見せるハジメだが、その様子はまだ心配そうだった。

 

「ほら、そろそろ休憩は終わりだ。行くぞ」

「う、うん」

 

ハジメは渋々頷いて陽和の後を追いかける。

嫌な予感と一抹の不安を感じながら。

 

▼△▼△▼△

 

 

休憩を終えた一行は二十階層を探索する。

迷宮の各階層は数キロ四方に及び、未知の階層では全てを探索しマッピングするのに数十人規模で半月から一ヶ月はかかるというのが普通だが、現在では四十七階層までは確実にマッピングがなされているので迷うことはないし、トラップに引っかかる心配もない。

最奥の部屋は鍾乳洞のようなつらら状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしている。この先を進めば二十一階層への階段がある。

 

そこまで行けば今日の実戦訓練は終了だ。

神代の魔法の一つである転移魔法のような便利なものは現代にないので、また地道に帰らなければいけない。

一行は若干弛緩した空気の中、迫り出した壁のせいで横列を組めず、仕方なく縦列を歩いていく。すると、先頭を歩く光輝達やメルドが立ち止まる。どうやら魔物を見つけたようだ。

陽和もすかさず戦闘態勢をとる。

 

「擬態しているぞ!周りをよ〜く注意しておけ!」

 

メルドの忠告が飛んだ直後、前方で迫り出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となっていて、二本足で立ち上がると胸を叩きドラミングを始める。

カメレオンのような擬態能力を持ったゴリラ型の魔物のようだ。

 

「ロックマウントだ!二本の腕に注意しろ!豪腕だぞ!」

 

メルドの声が再び響く。

最初は雫達が相手をするようだ。まず飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返し、雫と光輝が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。

対するロックマウントもまた、龍太郎の人壁を抜けられないと感じたのか、後ろに下がりのけぞりながら大きく息を吸う。

その直後、

 

「グゥガガガァァァアアア————‼︎」

 

部屋全体を振動させるような強烈な方向が発せられた。

 

「ぐっ⁉︎」

「うわっ⁉︎」

「きゃあ⁉︎」

 

体に衝撃が走り、ダメージ自体はないが思わず硬直してしまう。これがロックマウントの固有魔法“威圧の咆哮”だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させることができる。

それをまんまとくらってしまった前衛組はものの見事に一瞬硬直してしまった。

ロックマウントはその先に突撃はせずにサイドステップをし、傍にあった岩を持ち上げると、それはたいそう見事な砲丸投げのフォームで、香織達後衛組に向かって投げつけた。

岩はとっさに動かなかった雫達の頭上を超えて、香織達へと迫る。

咆哮の影響を受けなかった香織達が、準備していた魔法で迎撃戦と魔法陣が施されな杖を向ける。

しかし、魔法を発動しようとした瞬間、後衛組達は衝撃的な光景に思わず硬直してしまう。

なんと、投げられた岩も擬態していたロックマウントだったのだ。空中で見事な一回転を決めると、両腕をいっぱいに広げて迫る。

その姿は、さながら某怪盗のダイブだ。例の声も聞こえてきそうなほどに、それはそっくりだ。しかも、目は妙に血走っており鼻息も荒い。後衛組の香織、恵里、鈴達は「ヒィ!」と思わず悲鳴を上げて魔法の発動を中断してしまう。

そして、ロックマウントが迫ろうとした時、後衛組の後方から一つの影が躍り出る。

 

「しっかりしろ。戦闘中だぞ」

 

最後尾から人の隙間を縫うように駆け抜けてきた陽和が後衛組の前に飛び出し、炎纏う剣でロックマウントを真っ二つに切り裂いた。

香織達は陽和にお礼を言ったものの、相当気持ち悪かったらしくまだ、顔が青い。そしてそんな様子を見て、正義感と思い込みの塊、勇者光輝がキレた。

 

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 

どうやら気持ち悪さで青ざめているのに、それを死の恐怖のせいだと勘違いしたらしい。

彼女達を怯えさせるなんて許さない!となんとも微妙にズレた点で怒りを露わにした光輝。彼から純白の魔力が噴き上がり、それに呼応する様に聖剣が輝きだす。

 

「万象羽ばたき、天へと至れ、“天翔閃”!」

「おい馬鹿、よせっ!」

「あっ、こら、馬鹿者!」

 

陽和とメルドの、二人の声を無視して、光輝は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。

次の瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。

狭い洞窟のため逃げ道などなく、曲線を描く極太の輝く斬撃がわずかな抵抗も許さずロックマウントを縦に両断し、更に奥の壁を破壊し尽くしてようやく止まった。

 

光輝は一仕事したというふうに「ふぅ〜」と息を吐きイケメンスマイルを浮かべて香織達へ振り返った。

 

「みんな、もう大丈へぶぅ⁉︎」

「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが!崩落でもしたらどうするんだ!」

 

香織達に声をかけようとした光輝は、青筋の浮かんだ笑顔で迫っていたメルドの拳骨を喰らい、お叱りも喰らい「うっ」と声を詰まらせて、罰が悪そうに謝罪する光輝。香織達がやってきて苦笑いしながら慰める。

陽和は呆れたふうに息をついて、光輝達に背を向けて最後尾に戻ろうとする。

しかし、次に香織の放った言葉に思わず足を止めた。

 

「……あれ、何かな?キラキラしてる……」

 

その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。

まるでインディゴライトが内包された水晶のようで美しい。女子達は夢見るように、その好物に目を奪われうっとりとした表情を浮かべている。

 

「ほぉ〜、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

メルドも感嘆の声を上げる。

グランツ鉱石とは、いわば宝石の原石みたいなもの。特に何か効能があるわけでもないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大変人気らしく、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして送ると大変喜ばれるそうだ。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップスリーに入るとか。

 

「素敵……」

 

香織が、メルドの簡単な説明を聞いて頰を染めながら更にうっとりして、誰にも気づかれない程度にハジメへと視線を向ける。

もっとも、雫と陽和、そしてもう一人は気づいていた……。

 

「だっなら俺らで回収しようぜ!」

 

そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。

メルドはそれに慌てて止めようと声を張り上げる。

 

「こら!勝手なことをするな!安全確認もまだなんだぞ!」

「ちっ、馬鹿がっ!」

 

しかし、檜山は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所にたどり着いてしまった。メルドは、檜山を引き摺り下ろそうと追いかける。陽和も舌打ちをし、悪態をつきながら“縮地”で一気に檜山を追いかける。

それと同時に、騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石のあたりを確認する。そして、一気に青褪めた。

 

「団長!トラップです!」

「「っ⁉︎」」

 

陽和も、メルドも、騎士団員の警告も一歩遅かった。

メルドよりも早く追いついた陽和が檜山の襟を掴み、問答無用で引き摺り下ろそうとしたと同時に、檜山はグランツ鉱石に触れてしまっていた。その瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。

鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れたものへのトラップらしい。

美味い話には裏があるのは、世の常だ。

魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり輝きを増していく。それはまるで、召喚された日の再現だ。そう、浮かび上がったのは転移の魔法陣だった。

 

「転移だ!全員早く逃げろ!!」

「くっ、撤退だ!早くこの部屋から出ろ!」

 

陽和とメルドの言葉に生徒達が我先へと急いだ部屋の外に向かうが、それは間に合わなかった。

部屋の中に光が満ちて、全員の視界を白一色に染める。と同時に、一瞬の浮遊感が彼等を襲う。

 

陽和達は空気が変わったのを感じ、ついで、どこかへと降り立った。

殆どの生徒たちが尻から落ちて打ったらしく、痛みに呻き声を上げながら、周囲を見渡している。陽和やメルド団長、騎士団員達、雫達など一部の前衛組の生徒は既に周囲の警戒を行っている。

陽和といつでも剣を抜けるように柄を握って構えている。

 

先の魔法陣は、陽和の言葉通り転移させるものだ。現代では不可能なことを平然とやってのけるのだから神代の魔法は規格外だ。

陽和達が転移したのは場所は、巨大な石造りの橋の上だった。長さはざっと百メートルはあり、天井も高く二十メートルはある。橋の下は川などはなく、全く見えない深淵の如き闇が広がっている。奈落の底という言葉が最も似合うだろう。

 

橋の横幅は十メートルくらいかりそうだが、手すりどころか縁石もなく、足を滑らせたら最後、掴むものもなく真っ逆さまだ。陽和達はそんな巨大な橋の中ほどにいた。両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

それを見たメルドが険しい表情を浮かべながら、勢いよく指示を飛ばす。

 

「お前達、すぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

今までにないほどの、雷の如く轟いた号令に、慌てて動きだす生徒達。

だが、迷宮のトラップがこの程度で済ませるはずがなかった。

 

「っ、やっぱまだあるかっ」

 

陽和が思わず眼前の光景に呻くように漏らす。

彼等の眼前、橋の両サイドに突如、赤黒い魔力の奔流と共に魔法陣が現れた。通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣は一メートルぐらいの大きさが、夥しい数ある。

血の色に見える不気味な魔法陣は、一度ドクンっの脈打つと、一拍の後、大量の魔物を吐き出した。

 

階段側から現れたのはスケルトンというべき魔物。骨格だけの体に剣を携えた魔物の名はトラウムソルジャー。それが無数に出現する。

空洞の眼窩からは赤黒い光が煌々と輝き、目玉のようにぎょろぎょろの辺りを見回している。

その数は、ほんの数秒の間に百体近くになり、今もなお増えている。

 

しかし、そのスケルトンよりも、反対の通路側の方が明らかに危険だった。

そちらからは明らかに他とは一線を画している体長十メートル級の四足歩行で頭部に兜のようなものを取り付けた魔物が出現した。

一番近い生物でいうならトリケラトプスが該当するだろう。但し、赤黒い光を放つ瞳と、打ち鳴らしている鋭い牙と爪、兜から生える角が炎を放っているが……

 

誰もが足を止め茫然とする中、メルドの呻くような呟きがやけに明瞭に響いた。

 

 

 

「まさか………ベヒモス………なのか……」

 

 




さぁ次回ベヒモス戦です。

突然ですがアンケートを実施します。期限は未定です。皆さん気軽にどうぞ。
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