竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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記念すべき50話目です。
前回が不穏だった分、今回はタイトルからもお察しできる通り甘いです。
読む前にブラックコーヒーを飲むことを推奨しておきます。

あと、最近地獄楽を見ていたのですが佐切さん、雫と共通点が多すぎません?声優同じ、ポニテ、身長同じ172cm、剣士、剣の腕も高い、真面目だけど可愛いところもある。………こんなん推すしかないでしょ。



50話 比翼の絆

 

 

 

陽和達はホルアドを出てからしばらく進んだ頃、夜になってしまったので近くにあった町の宿屋で一泊することにした。

町に立ち寄り宿屋で部屋を取った後、彼らはレストランで雫と香織の歓迎パーティーを行った。

終始、ユエと香織がバチバチとスタンドを出現しながら火花を散らしていて、その一方で陽和と雫がイチャついたりしながら楽しく、騒がしく夕食を終え風呂を終えた後、各自それぞれ割り当てた部屋へと移動した。

ちなみに、部屋は奮発して最上階の最も豪華な部屋となった。どれもがテラス付きで各部屋にはシャワールームまであると言う贅沢だ。

なお、部屋割りはというとハジメとユエとミュウが二人部屋、香織とシアとセレリアとティオが四人部屋となり、そして陽和と雫の二人部屋となった。

この部屋割りはもちろんハジメ達から陽和達への配慮だった。その意図を言葉にせずとも把握してしまった雫は露骨に顔を赤らめていたりした。

そうして4ヶ月ぶりに二人っきりになった二人は、一つのベッドに並んで腰掛けて窓の外の夜空を眺めていた。

 

「………そう、色んなことがあったのね」

「ああ。本当に色々あったよ」

 

陽和は雫に全てを打ち明けた。

この世界の真実を。解放者と狂神エヒトとの戦いを。赤竜帝との関係性を。自分が何のために力を受け継ぎ、何を成そうとしているのかを。これまで何があったかを。自分が知るすべての情報と歩んできた軌跡を陽和は雫に打ち明けた。

話を聞いていた雫は時折驚愕に目を大きく見開いたりしていたものの、疑う様子はなく陽和の話を全面的に信じていた。

やがて、長い話を聞き終えた後雫はぽつりと呟く。

 

「………それじゃあ、貴方は世界を救う為に力を受け継いだのね」

「そうだ。俺の目的はエヒトを倒すこと。そして、この世界と俺達の世界の平和を守ることだ。その為に俺はドライグの力を受け継いだんだ」

「そう……」

 

雫は小さく呟くと少し目を伏せ黙ってしまう。だが、彼女の右手が陽和の左手に添えられ優しく握られたことから、彼女の心情は陽和には手に取るようにわかってしまった。

だから陽和は少し申し訳なさそうな表情を浮かべながら左手を動かして彼女の右手に優しく指を絡める。

 

「………危険なことだとは分かってる。でも、これは俺がやらなくちゃいけないことなんだ。後継者として、この世界に呼ばれたその時から、いずれはこうなってた」

『八重樫雫。どうか相棒を責めないでくれ。彼は俺達の為を思って行動してくれた。咎があるのは相棒に決断させた俺だ。責めるのならどうか俺だけにして欲しい』

 

陽和の弁明に合わせドライグがそう言う。

彼の選択を責めないで欲しいと。責めるなら、あの時戦いに敗れ、この方法しか残せなかった自分を責めろと。ドライグは相棒の恋人である雫にそう告げたのだ。

しかし、雫はドライグの言葉に首を横に振る。

 

「……ううん、陽和もドライグさんも責める気はないわ。力を受け継ぐって聞いた時から、覚悟してたことだから。それに、もしも今仮に私が止めても貴方は止まれる?」

「…………無理、だな」

「でしょうね。でも、それでこそ貴方らしいと思うわ。誰かを想える貴方なら、その選択を選ばないはずがないもの」

 

雫は世界の真実や解放者の存在を知った今、陽和ならばどんな道を辿ってもきっと神と戦うことを決意すると確信すらしていた。

確かに、辛い気持ちはある。神を倒すなんて危険な戦いに身を投じてほしくないと恋人として思っていた。だが、自分がやめてと言っても彼は止まらないと分かっているからこそ、引き止めることはしなかった。だって、ここで引き止めて仕舞えば彼はきっと後悔するに違いないから。

雫は陽和の左手の宝玉と、ベッド脇に立てかけられている竜聖剣に視線を向けながら、感謝を口にする。

 

「ドライグさん、ヘスティアさん、陽和のことを支えてくれてありがとう。貴方達の助けがあったから、私と陽和はこうして再会できた。貴方達のおかげよ。本当にありがとう」

 

そう言って雫は深々と宝玉と竜聖剣に向けて頭を下げる。貴方達のお陰で恋人と再会できたのだと感謝を込めて。

 

『気にすることはない。むしろ、俺達の方が感謝してるぐらいだ。相棒が来てくれたからこそ、俺達は外に出ることができた』

『そうだね。マスターのお陰でようやくボクは自分の役目を果たせる。こんなにも嬉しいことはないよ』

 

相棒二人の信頼と感謝の言葉に雫は表情を綻ばせると陽和へと視線を戻す。

 

「陽和、私は貴方のやろうとしていることを止めないわ。だから、その代わりに約束して」

 

彼の歩みを引き止める気はない。だが、それでも、どうしても雫は彼に約束して欲しいことがあったのだ。その約束は、

 

「どんなことがあっても必ず帰ってきて。相打ちなんて駄目。必ず生きて私の元に戻ってくること」

 

生きて自分の元に帰ることだった。

相打ちなんて許さない。私を置いていくなんて許さない。戦うことを止めないから、その代わり絶対に生きて帰ってくること。それを守って欲しい。

実にシンプルだが、一番難しい約束に陽和は少しの沈黙の後、頷いた。

 

「………ああ、約束する。元より死ぬつもりなんてない。狂神に勝って世界を救ったら、生きてお前の元に戻る。そして一緒に地球に帰ろう」

「ええ」

 

二人は微笑んで互いに肩を寄せ合う。ほんの少し寄せ合っていたが、陽和が唐突に肩を離すと真剣な眼差しで雫を見ながら口を開く。

 

「雫、俺からも一つ約束をして欲しい」

「なに?」

 

あまりにも真剣で険しい表情に雫が少し戸惑う中、陽和は彼女を抱きしめながらその約束を口にする。

 

「頼むから、自分を犠牲にすることだけはやめてほしい。どうしようもない状況であったとしても、俺を置いて一人で死のうとしないでくれ」

「……っっ」

 

雫は微かに目を見開く。

抱きしめる陽和の身体は小刻みに震えていた。それが悲しみや恐怖を押し殺しているものだと雫はすぐに気付いた。

陽和にはあの時の光景がよほど堪えていたのだ。間一髪間に合いはしたものの、あたりどころ次第では自分が来る前に死んでいてもおかしくない傷を負っていた。とてもではないが間に合ったとは言えず、恋人が死ぬかもしれなかったと言うことが、陽和を本気で恐怖させたのだ。

その事実に気づいた雫は彼の背中に優しく手を回すと、赤い髪を撫でる。

 

「……約束する。もうあんな無茶はしないわ」

「……本当に、やめてくれよ。あの時は正直……お前を失うんじゃないかって……怖かったんだ」

「……うん、分かってるわ。私も貴方の立場ならきっと同じことを思うはずだから」

「……どうしようもないなら俺を頼ってくれ。何があっても俺がお前を、守るから」

 

抱擁を解き雫の両肩を掴みながら懇願するように言った陽和に、雫は頷くと己の誓いを伝える。

 

「うん、これからはちゃんとあなたを頼るわ。でも、貴方も一人で戦わないで。私はこれからは貴方の隣で戦って貴方を支えるって決めてるの。だから、お互いを助け合いましょ?」

 

もう自分は一人で背負い込まなくても、支え受け入れてくれる恋人がいる。だからこそ、自分も支えてくれる恋人である彼を支え共にあることをここで誓った。その上で、お互いを助け合うことを陽和に求めたのだ。

 

「………そうだな。お前ならそう言うと思ったよ」

 

戦える力があるのに恋人に一方的に守られるだけなのは彼女の性格的に許し難いだろう。自分を守って傷つくぐらいなら、共に戦って支えたい。そんな雫の想いを陽和は受け入れた。

陽和は雫の頬に手を添えると、優しく言葉を投げかける。

 

「雫、この先の戦いでは辛いことも苦しいことも沢山あると思う。だけど、それでも、俺と一緒に戦ってくれないか?最後まで戦い抜いて、目的を果たしたら、俺と一緒にその先の未来を生きて欲しい」

「———っ、ふふっ、ええ、勿論よ」

 

その言葉に雫は一瞬驚くも、すぐにクスリと笑うと頬に添えられた手に自分の手を添えて、頬を擦り寄せながら頷いた。そして、二人はどちらからともなく顔を近づけると、唇を重ねる。

軽く触れる程度のキスをして、少し離れた雫は先ほどの言葉を思い出してくすくすと笑う。

 

「ふふっ、さっきのまるでプロポーズみたいね」

「うっ、俺も後から思ったんだから、あえて言うなよ」

「ごめんなさい。ついね」

 

悪戯っぽく笑いながら謝る雫に陽和は苦笑いを浮かべて全くと嘆息する。そんな時、くすくすと笑っていた雫が疑問を口にした。

 

「そういえば、ずっと気になってたんだけど……」

「ん?どうした?」

「実はね先生や優花からも話を聞いていると思うんだけど、私いつのまにか貴方の眷属になってたかもしれないのよ」

 

ほら、と言って雫は“赤竜帝の恩恵”を発動して瞳を瑠璃色の竜眼に変化させ、右手の甲にも紋様を浮かべながら見せる。

 

「ああ、それは園部から聞いている。どうやら、ドライグ曰く、竜人化が進んでいるみたいなんだ」

「やっぱりそうなのね。でも、私そんな眷属になる儀式みたいなことしてないわよ?貴方が覚醒した後ではあるけれど、何の前触れもなくなったし……何か心当たりはない?」

「………………」

 

雫の言葉に陽和はビクッと肩を震わせるとなんとも言えない表情を浮かべる。そうして露骨に視線を逸らしダラダラと冷や汗まで流し始める陽和の反応に何か知ってると確信した雫はいきなり問い詰める。

 

「陽和、どういうことなのか知ってるのよね?」

「あ、ああ、その、し、知ってはいるんだが……その、な……えぇと」

「知ってるなら教えてちょうだい。というか、なんでそんなに焦ってるのよ」

「い、いや、実はな、俺も、不本意、と言うか……偶然の、産物、というかだな…」

『………相棒、話しにくいようなら、俺が代わりに話すが…』

 

口ごもった声でぶつぶつと呟く陽和に、気持ちはわかるが流石に見かねたドライグが陽和にそう言うものの、陽和は首を横にふる。

 

「いや、これは俺が話すべきことだ。俺が話す」

『そうか、分かった。だが、話しにくくなったらいつでも言え。その時は代わろう』

『ボクでも構わないよ〜』

「分かった分かった」

 

相棒達の言葉を適当に返しつつ陽和はため息をつくと雫へと視線を戻す。雫は訳がわからず戸惑っていた。

 

「えぇと、結局、何が原因なのかしら?」

「今から話す。とにかく、赤竜帝の眷属になるには二つの条件があるんだ」

「二つ?」

「そうだ。一つ目が両者の合意があることだ。赤竜帝、この場合は俺が望み、お前が眷属化を受け入れることで成立する。そして、合意に関しては無意識下でも問題ないらしくてな。無意識下で抱いていた願いが結びついたと考えている」

「む、無意識下って、陽和も私と同じようなこと思ってたってことなの?」

 

若干頬を赤らめて嬉しそうにしながら尋ねる雫に、陽和も頬をわずかに赤くさせて頷いた。

 

「ま、まぁな。お前と同じ時を生きたいと、思ってたのは確かだ」

「そ、そう……そ、それじゃあ、二つ目はどんな条件なのかしら?」

 

嬉しさを隠しきれずに微笑む雫は、微笑みながらも二つ目の条件とやらを尋ねた。陽和はそれにげんなりとした様子を浮かべながら答える。

 

「二つ目は、俺の血を体内に取り込むことだ。ドライグは血を分け与えることで、肉体と魂に恩恵と加護を刻んで眷属を創っていたみたいなんだ」

「いかにもな話ね。でも、私、貴方の血なんて飲んだことないわよ?吸血鬼じゃあるまいし」

 

雫は陽和の血なんて飲んだ覚えはない。あの夜も何度もキスをしたものの、血の味なんてしなかった。

雫の問いに陽和は頷き、その疑問に応える。

 

「ああ。実はな、眷属を創る時ドライグは血を使っていたが、実際は体の一部であればなんでもいいらしいんだ。それでな、その……あの日、俺とお前はその…シただろ?」

「え、ええ、そうね。でも、それがなんの関係が………えっ、待って、ちょっと待って。ま、まさか、あ、アレが体の一部にカウントされたってことなの?」

 

頭の回転が速い雫は陽和の言わんとしていることをすぐに察して理解したようだ。信じられないと目を丸くする雫に陽和は静かに頷いて彼女の言葉を肯定する。

 

「……そういうことになる」

「〜〜〜ッ」

 

陽和に肯定されてしまった雫は暗い部屋の中でもはっきりと分かるほどに顔を真っ赤にさせると、ぷしゅーと頭から湯気を噴き出しながら顔を俯かせてしまう。耳まで真っ赤になっており、それに気づいた陽和も顔を赤くしてなんとも言えない表情を浮かべてしまう。

まぁ誰もが予想していない方法での偶発的な眷属化だ。そういう反応になってしまうのも仕方ないことだ。しばらくそうしていた時、ドライグが話を進める。

 

『………とはいえ、まだ完全ではないだろうな。その証拠に、竜化を、ましてや部分竜化もまだ出来ていないだろう?』

「え、ええ、まだ魔力操作とステータスの向上ぐらいね」

 

どうにか落ち着いた雫が平静を装いながら何とか答える。

 

『だろうな。しかも、恩恵発動時のみだ。それでは完全に眷属化はまだ出来ていない。どうやら、偶発的なものだったから、中途半端に眷属化してしまったようだな』

「それじゃあ、ちゃんとした手順を踏めば、正真正銘陽和の眷属になれるってことなのかしら?」

『恐らくはな』

「そう」

 

ドライグの言葉に頷いた雫はすぐさま陽和へと振り向くと、間をおかずに言った。

 

「それじゃあ陽和、正式に私を貴方の眷属にしてくれないかしら」

 

雫の頼みに僅かに目を丸くして驚くような仕草をした陽和は、しばしの思考ののちにゆっくりと口を開いて彼女に尋ねる。

 

「…………俺としては嬉しいんだが、本当にいいのか?」

「ええ、構わないわ」

 

雫は陽和の確認に迷うことなく頷く。

眷属になるということは人間ではなくなるということ。まともな神経ならば躊躇うだろうし、家族のことを思えば思いとどまるはずなのだ。

だが、それを分かっていながらも雫は躊躇なく眷属になることを選んだ。それは、

 

「私は貴方と共に生きることをもう決めてるの。同じ竜人として貴方と同じ時を生きたいわ。確かに思うところがあるのは確かよ。でもね、お母さん達ならきっと私のこの選択を許してくれると思うの」

 

自分が愛している両親や祖父ならこの選択を許してくれると確信できていたからだ。

雫の言葉に「そっか」と穏やかな笑みを浮かべた陽和は、転生の契約をいつやるかを相談する。

 

「それじゃあ、眷属化は明日やるか?俺も初めてのことだから、しっかりと準備をしておきたい」

「ええ、それでいいわ。今からやると、もしかしたら、周りの迷惑になるかもしれないしね。それにね、その……」

 

雫はそこまで言うと頬だけでなく、首や耳までも鮮やかな紅葉色に染めながら俯いてしまう。てれてれとした様子で雫は陽和の服の裾をキュッと掴んで何かを無言で催促する。

 

「……ああ、そうだな」

 

そんな彼女の恥じらう姿があまりにも可愛らしくて、陽和はくすりと笑いながら彼女の意図を察して微かに震える雫の可憐な唇に、自分の唇を重ねるとそのまま舌を絡めた。

 

「んむっ……んっ……ふ……」

 

夜の静寂が部屋を包む中、生々しい水音がやけに明瞭に響く。これまで会えなかった反動からかまるで飢えた獣のように貪る陽和の口付けに雫は最初こそ驚いたものの、すぐに瞳をとろんと蕩けさせながらそれを受け入れた。

やがて満足したのか、陽和が銀色の糸を引きながら唇を離すと、目を細めて情欲に燃える眼差しを向けながら彼女の手をギュッと握り、

 

「遅くなったが、ただいま、雫」

 

とても愛おしそうに優しく微笑みながらそう言った陽和に雫も蕩けた表情のまま花のように明るく、見惚れてしまうような笑みを浮かべ応えた。

 

「おかえりなさい、陽和」

 

そう返して今度は雫の方から唇を重ねた。

唇を再度重ね舌を絡め先程よりも激しく絡み合うと、そのまま二人はゆっくりとベッドに倒れ込んで、これまで会えなかった寂しさを埋めるかのように深く、深く睦み合う。

 

そこからは声に意味などなく、ただただ際限なく湧き上がる愛情に突き動かされるままに二人は互いの最愛の温もりを求めた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

その日の深夜。

月が頂点に差し掛かり、誰もが寝静まり静寂に満ちた頃、陽和達が宿泊している宿の最上階のテラスではそろりそろりと抜き足差し足で動く五つの人影があった。暗殺者のような黒装束に身を包んだ五名は、気配を殺しながらとある部屋の窓辺に近寄ると、こっそりと中の様子を伺った。

その部屋には誰がいるかと言うと……

 

「………んぅっ、す、すごい」

「ふわっ!見てくださいよ皆さん!あんなに激しく……雫さんとっても蕩けちゃってますよぉ」

「う、うむ、主殿激しいのぅ。それに雫のあの表情、アレはやばいのじゃ。同じ女である妾でも、変な気分になってしまいそうじゃ………」

「お、おお、陽和も凄い顔だな。あんな顔をするとは、見てるだけでも体が疼いてしまう……」

「ひゃぁぁ、し、雫ちゃん、あんな顔して……あ、あれが……本物の……」

 

部屋を覗いているのは、ユエ、シア、ティオ、セレリア、香織の五名だ。

彼女らは現在陽和と雫の部屋を覗き、二人の情事をこっそりと見ているのだ。数ヶ月ぶりの再会。ハジメとユエ、セレリアのせいで溜まりに溜まった性欲。恋人と再会し二人きりの部屋になった今夜、まず間違いなく二人はおっ始めると確信していたユエ達はこうして覗きを決行したのだ。

セレリアとティオはいずれ来る日に備えての予習を。他三名は単純に見てみたいと言う好奇心からの出歯亀だ。

ユエ達が覗きにいくのをハジメは「バレても知らんぞ」と呆れた表情をしながら止めたのだが、ユエ達はそれでも止まらずに覗きに行ってしまったので、さっさとミュウと共に就寝した。

 

「こ、声もすごいですねぇ。あんな激しく……」

「むぅ、色気に溢れておるな。……よもや、あそこまで熱烈なものとは……」

「……陽和の必死な顔、いいなぁ。女としてはたまらないだろう」

「そうじゃなぁ。妾達も早くああして愛してもらいたいのぉ」

「うっわぁ、雫ちゃん体もつのかなぁ。あんなに激しくされて……」

「……ん、壊されそう」

 

異世界チート、あるいは高いステータスのおかげで中の音も聞き取れている彼女達は、雫の口から溢れる女の声に一様に頬を赤く染めてしまう。

艶やかな声もそうだが、彼女の蕩けた顔が、女としての幸せを十二分に感じている証拠だと理解させられた。

そうしてより中の様子を見ようと、彼女らが一歩前に踏み出した時だ。

 

『———っ?』

 

突如彼女らの全身を赤い光が包み込んだのだ。

一瞬の疑問のあと、部屋の中から暗闇でも輝いている翡翠の眼光がこちらをバッチリと捉えているのに気づき、セレリア達は揃いも揃ってサーっと顔を青ざめる。

いざ反転して逃げようとしたのだが、それよりも一瞬早く彼女達の身体は後方に弾かれるように吹っ飛ばされ、陽和達の部屋の隣のテラスの床に後頭部を強く打った。

 

「「「「「へぎゅっ!?」」」」」

 

ガンッと割と洒落にならない音と変な声が5つずつ夜の闇の中静かに響く。頭を打った五人はテラスの床に寝転がったまま後頭部から響く鈍痛にしばらく身悶えていた。

そして、それを成した当人はと言うと………

 

 

「んぅ?今、なんか……」

「風が強くてテラスの椅子がズレたんだろう。気にしなくていいよ」

「そう?……んぁっ…はっ」

 

 

自分の腕の中にいる蕩けた表情をしている恋人にそう言うと再び愛でていた。

 

(ドライグ、ヘスティア、結界任せる)

『了解した』

『ごゆっくり〜』

 

更には相棒二人に頼み、遮断結界を展開して外から音も光も遮断してもらい今度こそ陽和は恋人とのまぐわいに没頭した。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

翌日。

窓の外から聞こえる小鳥の囀る音で陽和は目が覚めた。開いた瞼から差し込むのは陽の光だ。

 

「んんっ……あ゛ぁ〜〜……」

 

呻くような声を上げながら窓に視線を向ければ太陽は既に高い位置に登っており、空は気持ちいいほどに澄み渡っていた。

 

(………体……だっるいなぁ)

 

いい朝だ。……だというのに、身体が重かった。

特に腰のあたりが重く、動きたくないなと思うほどに怠かった。その怠さに若干うんざりした時、自身の右腕にのしかかる重みと、花のような香りが鼻腔をくすぐるのに気づき、視線を下に向ける。

そこにはそうあるのが当たり前かのように彼女がいた。自身の右腕に頭を乗せ、胸元に身を寄せながら小さな寝息を立てる雫がそこにはいた。

一糸纏わぬ生まれたままの姿で、白い肌を惜しみなく晒している彼女が陽和の腕の中で眠っていた。かくいう陽和も何も着ていない。

 

(………これが、朝チュンってやつか)

 

ハジメから話には聞いていたソレを実際に体験した今となっては少し恥ずかしくもあった。

だが、それ以上に愛しい恋人が自分の腕の中にいて共に朝を迎えられたことが何より嬉しかったのだ。

 

「雫……」

 

陽和は左手を動かすと彼女の顔に垂れ落ちている前髪を掬って後ろに流し、愛おしそうに目を細めながら恋人の名を小さく呟いた。

 

「んっ、んんぅ……」

 

雫は艶かしい声を上げながらもぞもぞと体を動かしたものの、目を覚ますことはなく陽和により体を寄せながら静かな寝息を再び立て始める。

そんな様子に陽和が微笑みながら、雫の頭に手を置いて優しく撫でていると相棒達が声をかけてくる。

 

『おはよう、相棒。目を覚ましたみたいだな』

『マスター、おはよう。いや、おそようかな?』

「……おはよう、お前ら。どれくらい寝てた?」

『もう昼だぞ。まぁあれだけ激しく愛し合えばこうなるのも仕方ないがな』

『ふふっ、こっちが恥ずかしくなるぐらいに激しかったからねぇ』

「……やめろ、タチ悪いな」

 

魂で繋がっている以上、二人には自分の行動は隠しようがない。自発的に遮断することもできるが、生憎昨夜はそんな余裕などなかったし、遮断結界の維持を任せていたため、自分達の情事は最初から最後まで二人には筒抜けだったのだ。

その為、揶揄ってくる二人に陽和はげんなりした様子でそう返す他なかった。

その時、ちょうど腕の中で寝ていた雫が目を覚ました。

 

「んっ……むぅ……もう、朝ぁ?」

 

寝ぼけ目で陽和を見上げる雫に陽和は優しく声をかける。

 

「おはよう、雫。もう昼らしいぞ」

「……おはよう……はると…ふふっ」

 

意識を覚醒しつつある雫はそう返すと陽和を見上げると赤紫の瞳を嬉しそうに細めながら小さく笑った。

 

「どうした?」

「ううん、ただ嬉しくって」

「嬉しい?」

「ええ、恋人と一緒に朝を迎えられるってこんなにも幸福なんだなぁって思ったの」

「………っ」

 

心底幸せそうにしながら微笑ましい雫の表情は、嵐の後の空のように澄み渡っていて、誰もを魅了しそうな可憐で可愛らしいものだった。

まさしく彼女の名前の通り、陽光を浴びる朝露の雫のように、あるいは瑞々しい果実から溢れ出す雫のように、キラキラと輝き甘く香るような笑顔だった。

その笑顔に陽和は胸が幸福に締め付けられ、自然と頬が緩んでしまった。溢れる幸福に任せ陽和は雫の頬に手を添えると顔を寄せながら自身も笑みを浮かべる。

 

「ああ、俺も同じだ。俺もスッゲェ幸せだよ」

「そう、ふふっ」

 

雫は表情を綻ばせると自らも陽和に顔を寄せて自然と口づけを交わした。

そして、顔を離して陽和と目があった雫は気恥ずかしそうにし、頬を紅葉色に染めながら、ぽつりと呟いた。

 

「…そ、その……あ、あなた」

「……………」

 

彼女の口にした特別な情愛の込められた形容に陽和は心臓がどくんと跳ね、顔に熱が籠るのが自分でもはっきりとわかった。

 

「い、一度言ってみたかったけど……まだ、恥ずかしいわね……」

 

『言っちゃった』とテレテレする雫は顔を真っ赤にしており、陽和はそんな彼女の顔を見た瞬間、愛おしさに任せて気づけば力強く抱きしめていた。

そしてすぐに抱擁を解くと雫の顔を覗き込むように見ながら懇願する。

 

「雫、もう一回言ってくれ」

「えっ、そ、それは……」

「もう一回」

「ぁ…うぅ……もう、一回、だけよ?」

 

顔をさらに真っ赤にする雫に陽和は強い口調で頼み込む。あまりにも真剣な彼の瞳に観念したのか、雫は一回だけとしっかりと言うと、

 

「…………あ、あなた」

「っっ」

 

二回目の言葉に陽和はこれでもかと表情を明るくして再度雫を強く抱きしめる。雫はちょっと困ったような笑みを浮かべるも、抵抗などするわけがなく、陽和の背中に腕を回して自分も抱きしめた。

抱きしめる陽和の表情は実に嬉しそうであり、愛してやまない雫に『あなた』と言われ、テンションが上がっているらしい。心なしか陽和からハートが無数に放たれて二人の周辺の空気が甘ったるい。

 

「……あぁ、まだしばらく布団から出たくないなぁ。二度寝しないか?」

 

まだまだ恋人の温もりを堪能したい陽和は雫を抱きしめながら、そんなことを名残惜しそうに提案する。雫はその提案に困ったような嬉しいような笑みを浮かべ、首を横に振る。

 

「駄目よ。そろそろ起きないと」

「………え〜〜、やだ。二度寝したい」

「もぅ、陽和ったら」

 

数ヶ月間会えなかった反動で全く離れようとしない陽和に雫は困ったようにしながらも嬉しそうにくすりと微笑んだ。

 

「これからはずっと一緒なんだから、今日はもう起きましょ?お腹空いちゃったし、シャワーも浴びたいわ」

「…………まぁ、腹がへったのは同じだな」

 

昨夜は朝日が出るまでお互いを求め合っていたし、何より朝食をとっていない。空腹になるのは必然であり、汗もかいたので雫はシャワーを浴びたかったのだ。

陽和も腹はへっている。しかし、食欲よりも彼はもっと雫と寝たいという欲望を醸し出しており無言で雫を見つめる。雫はその様子にくすりと笑ってしまう。

 

(普段はかっこいいのに……こういう可愛いところもたまに見せるのよね)

 

母親からも聞いたが男はかっこよさの中に可愛さもあるらしい。陽和も例外ではなく、普段はかっこよくて仕方ないのだが、この無言の甘えは雫の母性を十二分にくすぐった。

陽和が聞けば心外だなと確実にいうであろう評価だが、実際無言で甘える陽和は雫的には可愛いらしい。

無言で甘える陽和をよそに雫は布団で身体の前を隠しながら身体を起こすと陽和に微笑む。

 

「今日はここまで。シャワー浴びてくるわね」

 

そう言った雫はベッドから降りると床に脱ぎ捨てていた服で身体の前部を隠しながらシャワールームへと向かってしまう。

しかし、隠せているのはあくまで前だけ。後ろは、流れる黒髪の隙間から覗く滑らかな背中や魅惑的な尻は隠せておらず、更には白い肌には無数の赤い斑点ー所謂キスマークが浮かんでいるのを頬杖をついている陽和は無言でガン見している。

 

「……………」

 

そして、雫がシャワールームに入った瞬間、身体を起こしベッドから降りると無言のままズカズカと歩き出し、雫が入っているはずのシャワールームへと向かった。

 

 

「あら、陽和どうしたの?」

「すまん、我慢できない」

「えっ…ちょ……んぁっ」

 

 

それから少ししてシャワールームからはシャワーの音に混じり激しい息遣いと艶やかな喘ぎ声が聞こえ始めた。

 

 

第二ラウンド突入。inシャワールーム。

 

 

結局、二人が部屋から出てきたのはそれから1時間後だった。

朝食どころか昼食の時間すらも過ぎてようやく部屋から出てきた二人を一階のレストラン前のロビーでくつろいでいたハジメ達が生温かい眼差しで出迎えたのは言うまでもない。

 

そんな反応をされてしまった雫はと言うと、湯気を幻視するほどに顔を紅葉色に染め上げて俯いてしまっており、髪も普段のポニーテールではなくストレートに下ろされていた様子も首元の赤いマークを隠すためだと直ぐに看破されてさらに赤くなってしまった。

恋人が極限まで赤くしている一方で彼氏はというと何ら悪びれた様子もなくそれどころか妙に満足げな様子で首についていた赤いマークを隠そうともしなかった。ちなみに、彼の両頬が赤く腫れていたのだが、それは彼の恋人たる雫によるものだ。

 

彼女曰く『流石にヤリ過ぎよ』と怒られ頬をつねられたのだが、陽和は全く反省する気もない。むしろ、そんな反応を喜んでいたようにすら見えた。

そして、自分も止めずにそのまま受け入れておっ始めてしまったことに雫が内心で『私ってもしかして、性欲強いのかしら?』とちょっと恥ずかしそうにしてたことは余談である。

 

尚、深夜に覗きを決行した5名は真っ赤になっている雫があまりにも可愛くて根掘り葉掘りとイジり倒そうとしたのだが、後ろに立つ陽和の『次やったら分かってるよな?』という無言の圧に揃いも揃って怯えてイジリをやめると首がもげるほどの勢いで頷いた。

恋人には一切気取られずにピンポイントで圧を向けてきて、雫が彼に振り向けば一瞬にして普段通りに平然と接するという雫にだけバレないようにしている陽和に五名はガクブルと震え、ソレを見ていたハジメは『だから言っただろ』と呆れた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

時は過ぎて夜。一行は宿を出て再びブリーゼで移動ししばらく進んだ頃、森の奥にある湖のほとりで野宿をすることにした。

地図を見た限り、次の町まではそう時間もかからないため、そちらに移動して宿に泊まるというのもあったのだが、なぜ野宿にしたかと言うとただ一つ。

 

「それじゃあ雫、準備はいいか?」

「ええ、問題ないわ。いつでも始めてちょうだい」

「分かった。これから眷属転生を始める。何か異変があったらすぐに言えよ?何が起きるか分からないからな」

 

雫を正式に紅咲陽和の、二代目赤竜帝の眷属にする儀式を行うためだ。

何が起きるか分からない以上、人のいる町で行うことはできない。その為、人目につかないように森の中の湖のほとりで儀式を行うことにしたのだ。

そして、雫と陽和が向かい合って最後の確認をする中、離れた場所ではハジメ達がその様子を見守っていた。

 

「随分と慎重にやるんだな」

 

ハジメが腕を組み木の幹に凭れながら呑気にそう呟く。その呟きには隣に立つユエが応える。

 

「……ん。種族を変えるんだから、慎重になるのは当然だと思う」

「それもそうか。何にせよ、人が別の種族に変わる、ましてや赤竜帝の眷属になるのはなかなか見れないレアな光景なんだろうなぁ」

「ですねぇ。私も伝説でしか知らなかったことですし、雫さん大好きな陽和さんなら慎重になりますよぉ」

「ミュウ楽しみなの!」

 

ユエとは反対側で地面に座り込むシアがそう呟き、彼女の足の間に座るミュウがどう言うことが起きるのか分からずとも、今か今かと楽しみに待っている。

 

「ふふ、よもや始祖様の眷属転生の儀式をこうして目の当たりにできる日が来るとは。長生きはするものじゃなぁ」

 

自分達竜人族の起源でもある赤竜帝の眷属への転生。全ての竜人は赤竜帝が転生させた眷属の血を受け継ぐ存在であり、神話や伝承でしか語られなかった伝説の儀式を今こうして生きて目の当たりにできるのは、ティオを始める竜人族としては相当貴重なものなのだ。

叶わないと思っていた儀式を間近で見れるのだ。また一つ、あの迫害を生き延びてよかったと思える理由が増えたと嬉しそうに呟くティオにセレリアが笑いながら揶揄う。

 

「子供のように喜んでるじゃないか。ティオ」

「しょうがないじゃろう。年齢はともかく、竜人族ならばあの儀式を見たいと思うのは当然なのじゃ。何せ、我らが始祖様の御業じゃ。始祖様の眷属の末裔たる我らならその伝説が再現されると聞けば皆幼子のように喜ぶに決まっておる」

 

セレリアの揶揄いにさも当然かのように返すティオにセレリアはそうかと肩をすくめると視線を陽和と雫に戻す。

陽和は未だに最終確認をしており、雫の事を大層案じていた。

 

「しかし、恋人が心配なのはわかるが、些か過保護すぎないか?とっとと儀式を始めればいいのに」

「仕方なかろう。始祖様にとっては慣れたことでも、主殿にとっては初めての試みじゃ。ましてや、転生するのは伴侶たる雫。最愛の種族を自らの手で変えるのじゃから、過保護になるのは当然じゃ。むしろ、年相応の姿を見れて妾は得をした気分じゃ」

「ふふ、そうか、確かに恋人を心配する様子は初々しくて見てて面白いな」

「じゃろう?」

 

自分達が惚れた男の新たな一面にセレリアとティオは面白いものを見たと笑う。

彼女達の視線の先では何度も確認された雫が口に手を当てて笑っていた。

 

「もう心配しすぎよ。ドライグさん曰く、命の危機はないんでしょう?なら、大丈夫よ。そろそろ始めましょ?」

 

心配そうに気遣う陽和の様子に雫は思わずくすりと笑ってしまう。

 

「……分かった。それなら、始めるぞ」

「ええ」

 

そしていよいよ儀式が始まる。

陽和は雫から少し距離を取ると真剣な表情で威厳に満ちた声音で言葉を紡いだ。

 

「今ここに我、赤竜帝紅咲陽和は問おう。

汝、八重樫雫よ。我が血の契約に従い、我が眷属として生きることをここに誓うか?」

「ええ、貴方の眷属としてこれからを生きることをここに誓うわ」

「了承を確認した。汝、我が眷属となることを歓迎しよう。これより、儀式を始める」

 

そう告げた瞬間、雫と陽和を中心に竜を模った紅蓮の魔法陣が浮かび上がる。

燦然と輝く鮮やかな紅蓮の魔法陣は離れた場所で見ていたハジメ達が思わずほうと息を漏らしてしまうほどに美しく、荘厳であった。

紅蓮の魔法陣の上で陽和は左腕を竜化させると竜聖剣に左手の指先を当て切れ込みを入れる。血が滲み出るのを確認し、左手の宝玉を輝かせながら左手を雫に向けて突き出す。

 

「雫、右手を出してくれ」

「ええ」

 

そう言って前に出した右手を陽和は手に取ると手の甲に血を一滴垂らす。すると、血はスッと右手に溶けて消えて赤い竜の紋様が浮かび上がった。

ソレを確認した陽和は雫の手を離して少し距離を取ると左手を彼女に翳しながら詠唱を始める。

 

「赤竜帝の名において命ずる。契約はここに成った。

汝、八重樫雫よ。竜の契りを受け入れた貴殿に新たなる恩恵と加護を与えよう」

 

静かな声音で紡がれていく契約の口上。それは大声ではないはずなのに遠くまで響き、口上を紡ぐ陽和からは自然と傅きたるような帝王の威厳のようなものが感じられ、この儀式が神聖なものなのだと否応なく理解させられる。

 

「汝、我が眷属として転生を果たし、竜人と成れ」

 

最後の一節が紡がれ詠唱が完了した陽和は最後にその技能の名を唱える。

 

 

「———《赤竜帝の祝福(ドラゴン・ピース)》」

 

 

最後にその技能名が紡がれた瞬間、魔法陣から赤い光の粒子が噴き出し雫の全身を包む。

やがて雫の全身を包むと紅蓮の輝きとは彼女自身の魔力色である瑠璃の輝きへと変わり、彼女の肉体に浸透した。右手の紋様も赤から青へと色を変える。

次の瞬間、ドクンという脈動と共に雫の身体に激痛が走る急激に熱を持つ。

 

「うっ⁉︎…ぐっ、ぅぁっ⁉︎」

「雫っ」

 

雫は目を見開き苦悶に顔を歪めながら両膝を突いてしまう。蹲る雫に陽和がすかさず駆け寄る中、雫は冷や汗を流しながら想定外の激痛と高熱に表情が歪む。

 

(い、痛いっ⁉︎それに、身体がっ、熱いっ⁉︎)

 

自分の腕で自らの体を抱くように震える雫は自身の体を見下ろす。

彼女の体はビキビキと硬質な音を立てて、皮膚が瑠璃色の鱗へと変わり始め、指先からは水色の鉤爪が伸びて、足も予め靴を脱いでいて裸足が顕になっており手と同様に鉤爪が生え始めていた。

背中と腰からは服を突き破って一対の翼と尻尾が伸びており、側頭部からは水色の竜の角が伸びる。口は裂けて、歯が牙へと変わり耳も鋭く尖る。

 

それはかつての陽和が力を継承した時と同じで、雫の身体は人間から竜のソレへと変化しつつあるのだ。

 

他生物を己の眷属に変成させる魔法。

 

それは、本来ならば変成魔法、魂魄魔法、昇華魔法の三つを十全に使いこなせる者達が力を合わせて完成する最高難易度の複合魔法だ。

それらの神代魔法を有していない陽和ではまだ使えないはずの魔法なのだが、雫の覚醒を機に発現していた派生技能がソレを可能にしていた。

 

 

———“赤竜帝の魂”派生技能“赤竜帝の祝福(ドラゴン・ピース)”。

 

 

赤竜帝の血を媒介にして、血を取り込んだものを自身の眷属竜人へと転生させる技能。

この技能があるからこそ必要な神代魔法が使えずとも他生物の眷属化が可能になっているのだ。ドライグもその技能を用いて眷属を創っていた。

そして、この技能によって眷属になった者には“赤竜帝の恩恵”という技能が発現し、竜化などの様々な技能が与えられることになる。

一応眷属化は順調に行えてはいるが、強制的な肉体変質に伴う体の痛みは陽和にはどうしようもなく、雫も全身に響く激痛に、駆け寄ってきた陽和に縋るように抱きつきながら歯を食いしばって耐えていた。

 

「ぎっ…うぅぅ……ぐぅぁっ…はる、とっ…」

「雫、あと少しだ。あと少しで終わるから、耐えてくれ」

「〜〜っ、え、えぇっ…、がんばる、わ…」

 

雫はあまりの激痛に涙を流しながらも陽和の気遣いの言葉に確かに応えて必死に耐え続ける。

あまりの激痛に意識が飛びそうだが、恋人の言葉は何よりの力となりこうして雫の意識を繋ぎ止めていた。

 

「雫ちゃん……」

 

遠くで見守る香織は今すぐに雫の元に駆け出したい衝動に駆られながらも、陽和から儀式中は何があっても近づくなとキツく言われていて近づくことができないために、遠くから早く終わってほしいと祈っていた。

 

ハジメ達も転生中は激痛を伴うと聞いていたが、それでも人が苦しむ様を見るのはいい気分ではなく固唾を飲んで真剣な表情で見守る。親友の香織なんかは今にも駆け出したい衝動に駆られていたが、どうにかこらえている状態だった。

 

やがて、皮膚が全て竜鱗に変わったあと、髪と瞳が海を思わせるような鮮やかな瑠璃色へと変色し、瞳孔が縦に割れた。

 

「うああああぁぁぁぁぁぁぁぁ——————ッッ‼︎‼︎」

 

最後に絶叫じみた悲鳴を上げた直後、彼女の全身を包んでいた瑠璃色の輝きが弾けて、見守っていた者達の視界を青で塗り潰した。

光が収まりハジメ達が閉じていた瞼を恐る恐ると開き、雫達がいる場所を見れば、そこには新たな竜人の姿があった。

 

「あれが、八重樫の……」

「竜人の、姿……」

 

ハジメと香織が恐る恐ると口を開く。

彼らの視線の先、陽和の腕の中にいる雫の姿は以前と大きく変わっていた。

四肢と服から露出している肩や腹部、背中が瑠璃色の鱗に覆われて、指先からは水色の鉤爪が伸びている。

髪は鮮やかな瑠璃色に染まっており、側頭部と額からは髪をかき分けて水色に輝く竜角が左右二本ずつ生えている。上段の角は片刃の剣を思わせる形状であり斜め上に伸び、下段の角は上段よりかは2回りほど小さい。

背中からはその身を隠せるほどの大きさの鱗と同色の翼が生えている。しかし、その翼の形状は陽和やティオのように翼膜があるものではなく、どちらかといえば鷹の翼を連想させる形状であり、外側につれて翼の色は瑠璃から水色、白色へと変化している。

その色合いはまるで波を連想させる。

腰からは細くしなやかな尻尾が生えており、先端にはフサフサの白い毛が生えており、尾の先端から背中の中程にかけては薄い水色の鰭のようなものが生えている。

全体的に細く流麗なシルエットであり、陽和の重厚かつ頑強なシルエットとはだいぶ異なる見た目だ。

両膝を突いて荒い呼吸を繰り返す雫は陽和に寄りかかりながら呼吸を整えると、ゆっくりと目を開けて自分の身体を見渡す。

 

「これが……私の……」

『無事に完了だな。これで八重樫雫は相棒の眷属となった』

「雫、よく頑張ったな」

『うん、よく耐えたね。雫くん』

 

自身の変化に驚く雫に三者三様の言葉を投げかける。雫は冷や汗を流しながらも穏やかな表情を浮かべた。

 

「……あり、がとう……あなたの、おかげよ」

「疲れただろう。今日はもうゆっくり休め」

「……そう、ね。……そう、させて、もらうわ」

 

限界を迎えつつあった雫は陽和の言葉に甘えて彼に寄りかかったままゆっくりと目を閉じて、すぐに小さな寝息を立てて眠ってしまう。そして、雫が気絶するように眠った直後、彼女の身体は淡い青に輝き

竜人化して変化した部位が魔力の粒子となって溶けるように消えて下から人間の肉体が姿を現す。

 

「ああ、おやすみ」

 

雫の頭を優しく撫でながらそう言った陽和は彼女の額にそっとキスを落とすと背中と膝裏に腕を回してお姫様抱っこをしテントに運ぶために移動する。

すると、香織が陽和達の元にすかさず駆け寄ってきた。その表情は当然のように心配そうだ。

 

「紅咲くんっ!雫ちゃんは大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だ。命に別状はない」

「で、でも、すごい苦しんでたけど……」

「転生は激痛を伴うからな。俺の時もそうだった。だから、気絶するのは想定内だ」

 

心配そうにする香織にそう返しながら陽和はハジメ達の元へと歩いていって視線を向ける。

 

「ハジメ、俺は雫を休ませてくる。万が一の為に備えてそばにいたいから、夕飯はセレリアとシアに任せていいか?」

「勿論だ。無事とはいえ心配なのは仕方ねぇからな。そばにいてやれ」

「悪いな」

 

ハジメの気遣いに感謝を示す陽和にハジメは苦笑いをしながら早く行けと手をひらひらとさせる。陽和は小さく笑うとそのまま雫を抱えながら自分達用に設置していたテントの中へと入っていった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「んっ……ぅん……」

 

 

雫がうっすらと目を開くと自分達が使っているテントの天井が映る。

 

(……ここ、は、テント、の中?)

 

目を覚ました雫は首を動かして周囲を見渡そうとした時、愛しい人の声が聞こえてくる。

 

「起きたか、雫」

「……陽和」

 

声のした方向に振り向けば、そこにはベッドの横で椅子を置いて座っている陽和の姿があった。

ラフな格好の彼は本でも読んでいたのか足の上には広げられた本が置いてある。どうやら、本を読みながら自分のことを看病してくれていたらしい。

雫がゆっくりと身を起こすと陽和は本をパタンと閉じて労わるような声音で尋ねる。

 

「儀式は無事終わったんだが、どこか痛むところはないか?」

「ええ、さっきの激痛が嘘だと思うぐらいなんともないわ。むしろ、力が湧いてきてしょうがないわね」

「それは何よりだ」

 

先程は気絶するほどの激痛と高熱が嘘のようになくなり、それどころか体の奥底から力が湧き上がっているのだ。

転生したことで明らかに自分の肉体が昇華されたことを感じる雫に陽和は安堵の息を吐く。

 

「儀式は、無事成功したのよね?」

「ああ。これでお前は俺の最初の眷属になった」

「……そう、やっとなれたのね」

 

陽和の口からはっきりと言われ雫は嬉しそうに呟く。いつかと願っていた彼の眷属。それがようやく叶って彼と同じ竜人へと転生できたことが彼女には何よりの喜びであったから。

感慨深く呟く雫に陽和は嬉しさが伝わってきて若干恥ずかしそうにしつつ、手鏡を差し出しながら話を切り出す。

 

「そ、それで、ステータスプレートは出せるか?それを踏まえて、お前の体の変化も説明しておきたい。髪と目の色も変わってるからこれで確認してくれ」

「ええ、ちょっと待ってて」

 

雫はベッド脇に置かれていた鞄を漁って中からステータスプレートを取り出して起動する。

そして、転生の儀式を経て強化されたであろう雫のステータスはと言うと、

 

=========================

 

八重樫雫 17歳 女 レベル:1

天職:剣士

筋力:5860

体力:4870

耐性:4630

敏捷:7340 [竜人形態+3000]

魔力:4800

魔耐:4790

技能:剣術[+斬撃速度上昇][+抜刀速度上昇][+刺突速度上昇][+流水剣舞]・縮地[+重縮地][+震脚][+無拍子][+瞬動]・先読・気配感知[+感知範囲拡大]・魔力感知[+感知範囲拡大]・隠業[+幻撃]・言語理解・赤竜帝の恩恵[+部分竜化]・水属性適正[+効果上昇][+耐性上昇][+消費魔力量減少][+持続時間上昇]・魔力操作・想像構成・竜水

 

※竜水 水属性魔法に常時威力向上の効果を付与。

 

=========================

 

「す、すごい……」

 

雫は強化されたステータスに純粋に驚いてしまう。

竜人、しかも始祖たる赤竜帝の血によって転生した雫のステータスはかなり高いものになっていた。

レベル1の段階で竜人族のティオの竜形態でのステータスとほぼ同等のステータスに赤竜帝の血の強さが窺えるというものだ。

そして、受け取った手鏡で自分の顔を見た雫は自分の変化にも気づく。

 

「髪と目の色が変わって……それに耳も少し尖ってるのね」

 

濡羽色のような艶やかな黒髪は海の色のような鮮やかな瑠璃色に変わっていて、赤紫の瞳も髪と同色の瑠璃色へと変化していたのだ。ストレートに下ろされた髪の間からは先端が尖った耳も見えていて、自分が明確に別の存在になったのだと如実に伝えていた。

 

「ああ、お前は髪と瞳が瑠璃色なんだな。魔力の色と同じでとても綺麗だよ。俺が炎なら、お前はまるで水とか海の色だな。うん、お前らしい色だと思う」

 

素直な褒め言葉に雫は表情を綻ばせる。

 

「ありがとう。貴方の髪色はまさに炎とか太陽のようで、瞳は若葉のような翡翠色ね。その二色も貴方らしくてとてもかっこいいわ」

「お、おう。そうか」

 

鋭い切り返しの褒め言葉に陽和は不意打ちを受けたようにドキッと顔を赤くして照れ臭そうに頬を掻いてしまう。恋人に面と向かってかっこいいと言われるのは、今でも刺激が強いらしい。

 

「し、しっかし、なるほどなぁ。始祖の血だからかなり強化はされると思っていたが、これは中々…」

 

強引に自分を立て直した陽和は話題を変えて雫のステータスを見て予想よりも強化されていることに若干感心の声を上げる。

 

『ああ、初期の相棒よりかは低いがそれでもステータスは高い方だ。元々の素質があったのか、あるいは相棒との相性が魂レベルで良かったのか。何にせよ、成長が楽しみだ』

『両方なんじゃないかな?神の使徒としてのステータスの下地もあるだろうけど、何より魂レベルで相性がいいとか二人は理想のカップルなんだね〜』

「うぅっ、そ、そうなのかしら?」

 

神の使徒としての元々の高いステータスによる補正だけならばまだしも、遺伝子レベルを飛び越えて魂レベルでの相性が良かったから更に能力値に補正がかかったなど、雫としては嬉し恥ずかしいことでしかない。

そして、ドライグとヘスティアに言われ雫は頬を赤らめて何かを期待するようにチラチラと陽和を見てしまう。その意図を察してしまった陽和は照れ臭そうに笑った。

 

「まぁ相性がいいのは確かだろうな。しかも、それが魂レベルってなると、これ以上嬉しいことはな

い。俺もそう言われると嬉しいよ」

「っっ‼︎」

 

雫の手に自分の手を添えながら笑って答える陽和に雫は一気にボボッと火がついたように赤面する。

そして、少しの沈黙の後雫はテレテレしながら答える。

 

「わ、私も、そう言われて、う、嬉しいわ」

「………ふふっ、ああ、そうか。それは何よりだ」

 

陽和は小さく微笑むと雫の頭を優しく撫でる。

雫は擽ったそうに目を細めるとされるがままになる。しばらく、二人の間にはポワポワした甘い空気が広がった。

他人がこの場にいればまず間違いなく砂糖の塊を頬張ったような顔になるのは間違いなしの空気の中で、ドライグが呆れた様子で口を開く。

 

『…………お前達の仲の良さはよく分かったが、そろそろ話をしないか?』

「っっ、あ、あぁ、そ、そうだな」

「あ、ええ、そうねっ」

 

なんとも言えないドライグの声に二人は現実に戻ったのかビクッと体を震わせると、頬を赤くしてワタワタする。

昨夜あんなに激しく愛し合っているのを見られていたのに、今更恥ずかしがる必要があるのかとドライグは呆れつつ話を進める。

 

『相棒だけだと話に時間がかかるから俺が話そう。といっても、そもそも話すことはあまりないのだがな』

「す、すまん」

『謝ることではない。番と仲がいいのは良いことだ。とにかく、八重樫雫、お前は水竜の性質があるようだ。竜水はその適性の発露、そこに書いてある通り、水属性魔法の効果を向上させる技能だ。相棒の竜炎や竜光と同質のものだな』

「なるほど、水属性魔法は私も転生前から使えてたから納得したわ」

 

自分が水属性魔法に適性があることは、転生前から分かっていたことなので特に驚きはしない。

陽和やティオが火竜として火属性魔法に高い適性を持つように、雫は水竜として水属性魔法に高い適性を持ったようだ。

 

『ああ。次に魔力操作と想像構成は魔法陣と詠唱が不要になる技能だ。魔力操作は白崎香織以外全員持っているし、想像構成は相棒に教わればいい。そして、部分竜化についてだが文字通り体を部分的に竜化させることだ。先程のあの竜人の姿はまさしくその派生技能の効果だな』

「そうなのね。でも、竜化は書かれてないのだけど、竜人になれたらできるものじゃないの?」

 

雫はステータスを見ながらそんな疑問を溢す。

確かに竜人族として転生したのならば種族特有の技能である竜化が表示されているのは当然なはずだ。しかし、自分のステータスにはそれがない。部分竜化の派生技能があるだけだ。

その疑問には陽和が答えた。

 

「今はできなくても、おいおいできるようになるはずだ。俺も転生した当初は竜化できなかったしな。多分だが、他種族から竜人族になった場合はある程度体を慣らしてからじゃないと竜化できないんじゃないか?」

『相棒の推測通りだ。昔の俺の眷属も竜人に転生したものの、血に馴染むのに少し時間を要した。竜化はその後にできるようになったから、相棒の指摘通りで間違いないだろう』

 

陽和は自分が経験したからこそ、ドライグは昔の眷属がそうだったからこそ、経験則にそってそう判断したのだ。

 

『だから、竜化については相棒とティオ・クラルスに教わればいい。そうすれば自然とコツも身につくだろう』

「ええ、そうさせてもらうわ」

『ああ。とにかく、強くなれ。強くなれば自ずとできることも増える』

「勿論よ。もっと強くなって彼を支えたいもの。その為なら何でもするわ」

 

さも当然であるかのように言い切る雫。

その顔には強制されたという様子はなく、彼女自身が心の底から彼の為に尽くしたいと願う愛ゆえの宣言だということがドライグだけでなく、陽和やヘスティアにもはっきりと伝わった。

 

『………そうか、では、最後に相棒と八重樫雫、お前達に先代の赤竜帝として伝えておくことがある』

 

彼女の表情を見て意思が強いのだと理解したドライグは声音を真剣なものへと変えてそう言う。

ドライグの様子から、それが並々ならないものだと察して雫だけでなく陽和の表情も自然と引き締まる。

 

『まず八重樫雫、お前は紅咲陽和の眷属として生まれ変わった。眷属は確かに主従関係ではある。俺に忠義を示す者も多かったからな。まぁ当時はほとんどが敬意や忠義を抱いていた。だが、眷属は主従関係ではあるが同時に家族にも似た関係でもあると俺は考えている。俺も昔は眷属の者達を仲間としてだけでなく、子供のように慈しみ愛したこともあるからな。だから、眷属だからと王の為に犠牲になろうとするのは駄目だ。王を想うのならば死を以て王を守ると言う考えは捨てろ。これから彼の眷属として生きるのならば、何が何でも彼と共に生きろ』

「…………ええ、勿論です。ドライグさんのご忠告、肝に銘じておきます。貴重なお言葉、ありがとうございます」

 

帝王としてのドライグの忠告を雫は素直に聞き入れ、感謝を示し頭を下げる。今のドライグの話は眷属としてこれからを生きる自分にとって重要な話だったからだ。

雫に忠告したドライグは次に陽和にも忠告をする。

 

『そして、相棒、お前は俺の力を受け継いだ二代目赤竜帝として最初の眷属を創った。愛故に恋人と長き時を生きる為と彼女を眷属にした理由は何らおかしいものではない。そこに異論を挟む気はない。俺が眷属を己が子供のように慈しみ愛したように、眷属のことをどう想うかは自由だ。だが、眷属が大切だからと守ることに固執はするな。力ある強者が弱き者を守るのは一理あるが、眷属達もまた王に尽くしたいという気持ちを抱いていることもある。だから、眷属の気持ちを尊重することを忘れないでくれ。相棒はまだ王としては未熟だ。未熟だからこそ、悩むこともある。そんな時こそ、眷属を、仲間を頼れ。それは何ら悪いことではない。そうして相棒が成長していつか見つけるであろう王の在り方。それをいつか俺に見せてくれ』

「………ドライグ……」

 

陽和はドライグの忠告に瞠目する。

彼の言葉は帝王としての心構えそのものであり、先達としての教訓を交えたものなのだろう。確かな実感がこもった切実な忠告は自分の深いところに刺さった。

そして、ドライグの言葉に心当たりもあった。それはまさに雫の存在だ。

 

(……そういえば、昨日も雫にお互いに助け合おうって言われてたな)

 

昨夜、雫に言われたことを思い出した陽和は小さく笑ってしまう。

 

(………本当に、俺は恵まれてるな)

 

困難は多々あれど自分は本当に人の縁に恵まれた。こんなにも気づきを与えてくれる恋人や相棒がいる。自身の心の拠り所になる友や家族がいる。

それならば、彼らの想いに応えられなければ、彼らに胸を張れる英雄に、帝王にはなれない。

彼女達の為にも、何より自分自身の為にも。

だから、陽和も雫と同じように素直にドライグの言葉を聞き入れる。

 

「………ああ、先輩としての言葉、確かに聞いた。本当にありがとうな、お前と出会えて良かった」

『フッ、分かってくれたのならいいさ。相棒のこれからを俺は期待している。相棒の生き様は俺を楽しませてくれるんだ。だから、これからも俺を楽しませてくれよ。相棒』

「ああ、絶対に飽きさせねぇよ。特等席で俺の生き様を見せてやる」

「ふふ、陽和とドライグさんはとても仲が良いのね」

 

相棒同士の確かな信頼の宿るやり取りに雫が嬉しそうに笑う。自分の大好きな恋人とその相棒のやり取りは見ていて微笑ましいものだったのだ。

しかし、ここで一人意義ありと割り込む者がいた。

 

『ちょっとちょっと〜?君ら、ボクのことを忘れてないかい?ボクもマスターの頼もしい相棒なんだよ?一人仲間外れは嫌だなぁ』

 

ヘスティアだ。剣柄の宝玉を点滅させながら彼女は仲間外れは嫌だと抗議の声を上げたのだ。

その抗議に陽和とドライグは笑いながら答える。

 

「当然忘れるわけがないだろ。お前も俺の頼もしい相棒だよ、ヘスティア」

『ああ、ヘスティアの存在も相棒を支えるのに必要なかけがえのない存在だ。おざなりにするはずがない』

『にしては、途中からボク空気だったんだけど?いくらボクが雫くんの変化を説明できないからって、それはあんまりなんじゃないかなー?』

 

ヘスティアは自分だけ会話に参加できておらず空気になっていたことにむくれてしまう。しかし、実際はただ構って欲しいだけの冗談であり、それを察した陽和は笑いながら宝玉を撫でる。

 

「はは、悪かったな。雫と好きに話して良いから許してくれないか?」

『後で存分に文句は聞いてやるから許せ』

『……ふふん、それなら雫くんと存分に話させてもらおっかな。昨日は君達がイチャイチャしてたから話ができなかったんだ。それじゃあ、雫くん、あとでボクと女の子同士親睦を深めようじゃないか』

「ええ、勿論よ。私もヘスティアさんとは話がしたかったの」

 

所謂ガールズトークがしたいとねだるヘスティアに雫も話がしたいと声を上げる。和気藹々とする二人の様子に陽和はまぁいいかと笑いつつ椅子から立ち上がった。

 

「ヘスティアと話す分には構わないが、先に夕食を済まそう。他の奴らは済ませているが、俺もまだだったからな。雫も腹減ってきたろ?」

「そうね。でも、あなたもまだなの?もしかして、私が目覚めるまでずっと看病してたのかしら?」

「ああ、万が一の時にすぐに治療できるようにな」

「そう、ありがとう。それなら、一緒に食べましょう」

「そうだな」

 

そう応えて陽和は椅子から立ち上がると雫に自然な動作で片手を差し出す。その意図を察した雫はクスリと笑うと彼の手を取りベッドから降りて靴を履き手を繋ぎながら共にテントの外に出る。

そして、外に出た自分達に声がかかる。

 

「お、もう起きたのか。思ったより早かったな」

「あ、雫ちゃん、もう体動かしても大丈夫なの⁉︎」

「あれ、もう起きたんですね。もっと長いこと眠ると思ってましたよぉ」

「……ん、早い目覚め」

「雫おねーちゃん、おはようなの!」

「これなら、態々分ける必要もなかったかもな」

「どうかのぅ。どうなるか分からんかったし、二人の分は確保しておくに越したことはなかったと思うぞ?」

 

声をかけてきたのはハジメ達だ。

ちょうど夕食を摂り終えたばかりなのか、テーブルの上に並ぶ使用済みの食器を重ねて、ハジメ作成のシンクに運んで各々後片付けをしている最中だったのだ。

 

「お前ら、夕飯は後でいいと言ってたんだが……もしかして、待ってたのか?」

「いんや?まだ八重樫が眠ってから2時間も経ってねぇぞ。八重樫の目覚めが思ったよりも早かったんだ」

「というか、主殿は時間を把握してなかったのかえ?」

「……そう、みたいだな。本は読んでたが、雫にずっと意識を向けてたからなぁ、時間を見るのを忘れてた」

 

実を言うと雫が気絶してからまだ1時間半ほどしか時間は経過していないのだ。

雫はともかく、陽和がそれに気遣ったのは本を読み気を紛らわしつつも、それでも雫のことが心配だったからでもあった。恋人のことが心配だったと素直には苦情しつつも、照れくさそうに顔を背ける陽和に雫も移ったのか湯気が出るような表情で俯いてしまう。しかし、がっちりと手は繋いだままであり周囲の視線は自然と生暖かくなる。

 

「相変わらず、八重樫にゾッコンなようで。はぁ、見てて甘ったるいな」

「普段のお前とユエもあんな感じだぞ?いや、陽和達は初々しい分まだマシか」

「そうですよぉ。お二人とも、イチャイチャする時は際限なくイチャつくんですから」

「じゃなぁ。主殿とシズクのやり取りは可愛らしいものじゃ。二人はもう少し自重せよ」

「そうだよ!雫ちゃんのデレは可愛いんだから!初々しさのレベルが違うよ!」

「雫お姉ちゃん可愛いの!」

「そんなにか?」

「そんなに?」

「「「自覚しろ(なのじゃ、ですぅ、だね)このバカップル」」」

「なの!」

「「……えぇ」」

 

イチャイチャぶりを見せつける陽和と雫にハジメが面白おかしく揶揄ったのだが、こちらのセリフだと言わんばかりの外野の思わぬ返しに純粋に驚いてしまう。(若干一名指摘するところがちょっとずれてはいるが)

 

「まぁ、ハジメには言われたくねぇな」

 

そんな彼らのやり取りち苦笑いを浮かべながら呟く陽和に雫が小声でそっと話しかける。

 

「……ねぇ、陽和」

「ん?」

 

どうした?と視線を向ける陽和に雫は頬を赤く染めながら、その瞳に確かな愛情を宿しながら彼と視線を交わして想いを伝える。

 

「私ね、今幸せよ。貴方と出会ってから色々あったけどこうして今貴方の隣にいることができて、しかも貴方と同じ存在になれた。貴方が手を取ってくれたから、助けてくれたから、今の私があるの」

「………雫」

「だからね、ありがとう。こんな不器用な私を受け入れて愛してくれて。貴方のお陰で私は前を向いていけるの。本当に、感謝してるわ」

「……大袈裟だ。そこまで感謝されるようなことはしてないだろ。切欠は確かに俺かもしれないが、今の結果はお前自身が動いたからじゃないのか?」

 

陽和としてはなんら特別なことをしたとは思っていない。ただ、好きな女の子のために何かできないかと行動していただけだ。多少の下心はあれど、救けてやったなどと傲慢なことは考えていなかった。

そんな謙遜に、彼としては本音に雫は面白そうにくすくすと笑う。

 

「ええ、分かってるわ。貴方の謙遜なんて今に始まったことじゃないもの。でもね、貴方の行動で確かに私は救われたの。それを覚えていて欲しかっただけよ」

「……そうか」

 

穏やかな笑みを浮かべる陽和に雫は彼に身を寄せて胸を彼の腕に押し当てるほどに密着しながら彼の肩に頬を当てると眩しい笑顔を陽和に向ける。

 

 

「これからも迷惑かけちゃうかもしれないけど、改めてよろしくね?私の騎士様(陽和)

「幾らでも迷惑かけていいよ。こちらこそよろしくな。俺のお姫様()

 

 

陽和は雫のそんな言葉にそう返すと握った手を動かし指を絡めると強く握る。そうすれば、雫もまた強く握り返す。互いの存在を強く意識しようとする行為に顔を合わせて笑い合うと、自分達を呼ぶハジメ達の元へと歩き出した。

 

 

仲間達の元へと手を繋ぎながら歩く二人の姿はとても仲睦まじく、お互いがお互いを必要とし求め寄り添い合うその姿はまさに『比翼』と言う言葉が似合うものだった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

陽和の精神世界で体を丸めて寝転がるドライグは、空中に浮かぶ映画のモニターのような画面から外の世界の様子を見ていた。

そして、そんな彼の翡翠の瞳に映るのは仲睦まじく食事をとるかけがえのない相棒とその番の少女だ。

 

(……相棒、八重樫雫。お前達の関係は、()()()()()()()()()。かつての俺も、何より()()もそうだった)

 

目を細め嬉しそうに見守るドライグの脳裏によぎるのは記憶の奥底に封印していた懐かしき記憶。

陽和にもまだ話したことがない自分にとって最も大切な記憶だ。その記憶の中にある自分と彼女の姿は、今の陽和や雫の関係とよく似ていた。

そう、二人の関係がドライグにはとても懐かしく映っていたのだ。

 

(だからどうか……お前達には俺達と()()()()を歩んでほしくない。どうか、俺達が得ることができなかった未来を……俺に見せてくれ)

 

懐かしむが故にドライグは悲壮に表情を歪めてしまう。自分達と似ている関係だが、末路まで似たものになってしまいたくはないと思い、どうか自分達が得られなかった未来を得てほしいと彼は切に願っていた。

 

 

(きっとこの光景を見ていたらお前も俺と同じことを考えていたかもしれんな)

 

 

ドライグは記憶の奥底に残る()()()()()を思い出しながら、儚く笑う。

この世の誰よりも大切だったかけがえのない存在。そんな彼女がもしこの光景を見ていたら、微笑んで自分と同じことを思うと確信すらしていた。

 

だって、彼女は人が、誰かが築き上げる幸福を見るのが何よりも大切で大好きだったのだから。

それが、彼女が愛してくれた自分が大切に思う者達ならば尚更のことだ。

 

 

 

 

(そうだろう?———◾️◾️◾️◾️◾️)

 

 

 

 

ドライグは心の内で小さく呟くと、最後に彼女の名を呼んだ。

 

 

今はもうこの世にはいない。守れなかった、己の番の名を。

 

 

 





いかがでしたか?
前書きで言った通りにただひたすらに甘かったでしょう?前回がダークだった分、そのダークをかき消して余りあるほどの甘さをこの話には注ぎ込みました。
陽和と雫のイチャイチャが最初から最後まであったし、途中ではようやく雫が陽和の眷属へと竜人に転生するシーンも入れることができました。
さて、ここから雫の魔改造もいよいよ本格的になります。帝王の眷属として竜人へと転生した雫は原作よりも遥かに強化されることは確実です。
まぁ陽和の存在がある時点で出てくるキャラは多かれ少なかれ強化入っていますので。

そして、4巻の幕間展開がようやく終わったので、次からは5巻展開へと突入します。次回からグリューエン大火山編スタートです!
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