竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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はい、今回から第5巻、砂漠と火山編です。

雫と香織がようやく合流し、雫に至っては竜人へと転生しましたからね。漸く陽和も満足に旅を楽しめるってものですよ。

さてさて、こちらではどんな旅が繰り広げられるのか、楽しみにしててください。



51話 赤銅の砂漠

 

 

 

【グリューエン大砂漠】はまさに赤銅色の世界と称する以外にない場所だ。

砂の色が赤銅色なのもそうだが、砂自体が微細というのもある。常に一定方向から吹く風により易々と舞い上げられた砂が大気の色をも赤銅色に染め上げ、三百六十度、見渡す限り赤銅色一色となっているのだ。故に、赤銅色の世界と称したわけである。

 

また、大小様々な砂丘が無数に存在しており、その表面は風に煽られて常に波立っている。

刻一刻と表面の模様や砂丘の形を変えていく様は、砂丘全体が〝生きている〟と表現したくなる程だ。それは地球の砂漠地帯でもなかなかにお目にかかれない絶景である。

照りつける太陽と、その太陽からの熱を余さず溜め込む砂の大地が強烈な熱気を放っており、四十度は軽く超えているだろう。舞う砂と合わせて、旅の道としては最悪の環境だ。

 

もっとも、それは()()の旅人の場合に限る。

 

彼らにはそんな常識は通用しない。

現在、そんな過酷な環境を、知ったことではないと突き進む黒い箱型の乗り物、魔力駆動四輪“ブリーゼ”が砂埃を後方に巻き上げながら爆走していた。道なき道だが、それは車内に設置した方位磁石が解決してくれている。

 

「……外、すごいですね……普通の馬車とかじゃなくて本当に良かったです」

「全くじゃ。この環境でどうこうなるわけではないが……流石に、積極的に進みたい場所ではないのぉ」

「だなぁ。私は暑さが特に苦手だから尚更勘弁したいな。途中で力尽きそうだ」

 

車内の後部座席で窓にビシバシ当たる砂と赤銅色の外世界を眺めながらシアとティオ、セレリアがしみじみした様子でそんなことを呟いた。

セレリアは氷魔狼の性質を持ってるから炎熱に滅法弱い。故に、この環境は他の者達よりもさらにキツいのだ。車でよかったと彼女は心底安堵している。

 

「前に来たときとぜんぜん違うの!とっても涼しいし、目も痛くないの!パパはすごいの!」

「そうだね~。ハジメパパはすごいね~。ミュウちゃん、冷たいお水飲む?」

「飲むぅ~。香織お姉ちゃん、ありがとうなの~」

 

前部の窓際の席で、香織の膝の上に抱えられるようにして座るミュウが、以前誘拐されて通った時との違いに興奮したようにバンザイしつつ、こんな快適空間を作ったハジメにキラキラとした眼差しを送る。

だが、それも当然の反応だ。

海人族であるミュウにとって砂漠の横断はどれほど過酷だったか。4歳と言う幼さを考えれば、衰弱死してもおかしくはなかった。

そんな地獄を生き抜いたミュウからすれば驚きも人一倍だろう。なにせ、このブリーゼには完璧な冷暖房が完備されているという地球の車の性能をも凌駕する機能が搭載されているのだから。

ハジメを讃えるように賛同しながら砂漠では滅多にありつけないはずの冷たい水を普通に差し出したのは、今回の旅から合流した、というか仲間に強引になった白崎香織だ。

ちなみに、冷たい水は、やはり車内備え付けの冷蔵庫から取り出したものである。ただの車ではなく、キャンピングカーの内装もあるのだ。

陽和は窓の外の景色を見ながらドライグへと語りかける。

 

「ドライグ、久々の砂漠だ。懐かしいだろ?』

『ああ、本当に懐かしいな。『赤の大砂漠』…いや、今は『グリューエン大砂漠』か。くく、ナイズの故郷の砂漠がいつしかナイズの姓の名を冠することになるとは、誰かは知らんが中々粋なことをするな』

『というよりも、この大陸での有名どころの場所には大体彼らの名前が入っていたよね?』

『ああ。相棒から聞いた限りはそうだな。まぁ、なんとなく理由はわかるがな』

 

『オルクス大迷宮』『ライセン大峡谷』『ハルツィナ樹海』。陽和が以前訪れたことのある彼らの場所の名前は解放者であるオスカー、ミレディ、リューティリスのそれぞれの姓でもあった。

他にも有名どころの名称は解放者達の姓がある場所もあり、これがただの偶然とは陽和とドライグ、ヘスティアにはどうしても思えなかったのだ。いや、その理由はなんとなく分かっていて、その理由を察した陽和は小さく笑みを浮かべる。

 

「だろうな。俺も同じことを考えていた」

『ああ。本当に彼らは粋なことをしてくれた』

 

彼らが誰を指すかは当人達にしか分からない。陽和達はその誰かに密かに感心していた。

その時、前部の座席で談笑していた香織とミュウにハジメが微妙な表情を浮かべながら会話に割り込んだ。

 

「なぁ、しらさ……香織。ハジメパパっていうのはやめてくれよ。なんか、物凄くむず痒いんだ」

「?でも、ミュウちゃんには普通に呼ばれてるよね?」

「いや、ミュウはもういいんだ。ただ、同級生からパパと呼ばれるのは流石に抵抗が……」

 

生来の面倒見の良さから、何かと積極的にミュウの世話を焼く香織は、ミュウがそばにいる時は大抵ハジメのことをハジメパパと呼ぶようになった。

だが、ハジメとしてはミュウに関しては諦めたからいいとして、流石に同級生の女の子にパパと呼ばれるのは抵抗があり、とても微妙な表情になっていた。

ちなみに、ハジメが香織を名前呼びしているのは、香織に懇願された結果だ。曰く、「みんな名前なのに、私だけ苗字とかズルい!」とのこと。呼び方に関しては陽和にも同じ対応を求めており、「一人だけ苗字呼びなのも嫌だ」と言うことで彼も名前呼びをすることにしている。となると、雫とハジメはお互い苗字呼びでそれを名前呼びに変えるか?と言う話も上がり、自分達だけ苗字呼びなのもと言うことで、パーティーメンバーは全員がお互いを名前かあだ名で呼び合うことになった。

そして、微妙な表情になるハジメに後部座席に座る陽和がくつくつと笑いながら揶揄う。

 

「くくっ、生意気を地でいくハジメも流石に同級生にパパと呼ばれるのは慣れないか?なぁ、ハジメパパ」

「うるせぇ!お前にはもっと呼ばれたくねぇんだよ!鳥肌出るわ!」

 

揶揄う陽和にハジメが露骨に嫌そうな顔をしながら反射的に叫ぶ。実際彼の腕にはちょっと鳥肌が立っていたりする。大親友で兄同然の存在である彼に呼ばれるのは、香織に呼ばれる以上に嫌らしい。

その時、陽和の真横から声が割り込んでくる。

 

「あら、あなたもいずれパパになるのよ?ハジメのこと揶揄う前にあなたも今から慣れておいた方がいいんじゃない?」

 

会話に参加してきたのは香織同様今回の旅から同行することになった雫だ。

陽和の恋人でもある彼女は揶揄う陽和に笑いながらそう言ったのだ。

 

ちなみに、彼女の格好は今までのジーンズタイプの長ズボンと袖無しで胸元が空いたシャツではなく、陽和と同じ和装へと変わっていた。

カラーリングは白と青色を基調とし、青の袴には白い胡蝶の意匠が施され、陽和とは違い金色の紐が各部には巻かれている。袴は前面が少し短く、側面、後部が通常の袴の長さだ。上着は袖が無く、代わりに両肩に濃紺色の肩当てを装着している。両足には太ももまである白いニーソの上から膝まである藍色の脚甲を履いている。腕にも同色の籠手を嵌めている。この籠手も脚甲と同じく陽和由来の素材でできており、青白色に染めている。腰には紫色の帯を巻いていて、そこには陽和とハジメ合作の『龍刀・薄明』が差してある。そして、顔の横には白面に青と紫の意匠が施された陽和とは色違いの狐面が斜めにかぶる形で装着されていた。更には彼女の右耳には陽和とお揃いの翡翠色の勾玉のイヤリングが付けられている。首からは以前陽和からもらった炎のネックレスがしっかりと下げられている。

和装に狐面、アクセサリー、細部こそ異なれどカラーリング以外は似たような格好に、当初それを見たハジメ達は『おしどり夫婦ここに極まってるな』と考えがシンクロしてしまったほどだった。

そして、横入りしてきた雫の発言に陽和は一瞬ポカンとするものの、すぐにニッと笑みを浮かべる。

 

「いや、俺は別に抵抗ないぞ?むしろ、早く呼ばれたいな。俺とお前の子供なら可愛いに決まってる」

 

そんな風に鋭い切り返しをしたのだ。

その鋭い切り返しに雫はポッと頬を赤く染めると、少し恥ずかしそうにしながら慌てる。

 

「も、もう気が早いわよっ。まだ私達学生よ?」

「別にそれ気にするか?やることやってるし今更だと思うが」

「〜〜っっ、それをここで言わないでっ」

 

悪戯っぽい笑みを浮かべる陽和の口を雫が慌てて両手で塞ぐものの時すでに遅し。周囲に視線を向ければ、ニヤニヤしているセレリア達が。

 

「あぅ…うぅ」

 

その視線に耐えられず、雫は羞恥心がオーバーフローして小さな呻き声を上げると狐面を被って表情を隠した。だが、狐面で隠れていない耳が真っ赤なことから彼女の心情は容易に推し量れた。

そんな彼女を隣に座る陽和は自分が元凶なのに可愛いものを見るような眼差しを向けながら、雫の頭を優しく撫でていた。繰り返すが、自分が元凶なのにだ。

それをバックミラー越しに見たハジメは何とも言えないような表情を浮かべながら呟く。

 

「………お前ら熟年夫婦なのか初々しいのか分からねぇな」

「「「「「確かに」」」」」

 

ハジメの呟きに満場一致で頷くユエ達。

普段はお互い生来の気質から面倒見のいい兄貴とお姉様として頼りにされる存在であり、幼少の頃からの付き合いのためか通じ合った仕草をすることもしばしばでともすれば夫婦と呼んでも差し支えないほどなのだが、時折付き合いたての中学生のような初々しい反応を見せることもある。ちょうど今の雫のようにだ。陽和も陽和で雫の行動にいちいち反応してデレたりするので初々しさが時折のぞいていたのだ。

そんな相反する様子にハジメは思わずそう呟いてしまったのだ。なお、その呟きに対する解答は『時と場合による』が正解だろう。

 

何はともあれ、夫婦にしても、恋人にしても仲がいいことに越したことはないだろう。

 

まぁあの二人の様子を見れば別れるなんて世界が滅んでもありえねぇだろうなと思ったハジメは、もう一度バックミラー越しに仲睦まじそうにしている陽和と雫を見ると笑みを浮かべ肩を竦めた。

 

(二人の間に子供が出来る日もそう遠くないのかもしれねぇな)

 

ハジメがそんな呑気なことを考える一方で、香織は香織で二人のことを少し羨ましそうに見ていた。香織にとって陽和と雫の姿はまさに理想の姿そのものでもあったが故に、いつか自分もと想像したのだろう。

 

「………わ、私もいつか子供ができたら、その時は……」

 

頬を真っ赤に染めた香織は、チラチラとハジメを見ながらそんなことを呟く。ニヤニヤした空気から一転して妙な雰囲気が車内に漂った。

陽和が楽しそうにし、ハジメが聞こえないふりをする中、香織に答えたのはユエだった。

 

「……残念。先約は私。約束済み」

「!?……ハジメくん、どういうこと?」

「……別におかしな話でもないだろう。まだまだ遠い将来の話だし」

「……ふふ、ご両親への紹介も約束済み」

「!?」

「……明るい家族計画は万全」

「!?」

「……ハジメと故郷デートも」

「!?」

 

ユエの猛攻が止まらない!

香織の胸に、怒涛の勢いで言葉の杭が打たれていく。だが、香織とて、このままやられっぱなしの女ではない。絶望的な状況でもハジメの生存を信じぬき、明らかに特別な絆をもつユエに向かって正面から挑んだ胆力を持っているのだ。ユエの言葉が途切れた一瞬の隙をついて反撃に転じた。

 

「わ、私は、ユエの知らないハジメくんを沢山知ってるよ!例えば、ハジメくんの将来の夢とか趣味とか、その中でも特に好きなジャンルとか!ユエは、ハジメくんが好きなアニメとか漫画とか知ってる?」

「むっ……それは……でも、今は、関係ない。ここには、そういうのはない。日本に行ってから教えてもらえば……」

「甘いよ。今のハジメくんを見て。どう見てもアニメキャラでしょ?」

「グフッ!?」

「「ブフッ‼︎」」

 

香織とユエの戦いのはずが、何故かハジメにダメージが入る。予想外の一撃に陽和と雫が思わず吹き出して笑ってしまった。

 

「白髪に眼帯、しかも魔眼……確か、ハジメくんが好きなキャラにもいたはず……前に見せてもらった武器だって、あのクロスビット?はファ○ネルがモデルだろうし……あっ、でもハジメくんはダブ○オーも好きだったから、GNビッ○かな?どっちにしろ、今のハジメくんも十分にオタクなんだよ」

「ガハッ!?か、香織……」

「む、むぅ……ハジメの武器がそこから来ていたなんて」

「確かにハジメの武器には元ネタがあるよなぁ。きっちり中身も再現してるのもあるし、オタクの極みだな」

「そうね。知ってる人からすればとても分かりやすいわ。香織に付き合って色々と調べてたから大体わかっちゃったし。オタクの業って深いわよね」

「ゴハッ⁉︎お、お前ら……」

 

香織の攻撃からの親友とその彼女による追撃にハジメは片手で胸を抑えて悶えてしまう。明らかに確信犯で面白がっている二人をよそに、香織はユエにふふんとドヤ顔をする。

 

「なんかドヤ顔してるけど、好きな人の好きなものを知らないで勝ち誇れる?」

「……香織……いい度胸……なら私も教えて上げる。ハジメの好きなこと……ベッドの上での」

「!?……な、な、なっ、ベッドの上って、うぅ~、やっぱりもう……」

「ふふふ……私との差を痛感するがいい」

 

道中、ことあるごとに火花を散らすユエと香織に、他のメンバーは既にスルー気味だ。陽和、ティオ、セレリアはすでに最初から楽しそうにその様子を見ており、雫は最初こそ宥めてはいたものの、次第に慣れてしまったのか困った顔をしながらも優しい眼差しで見守っている。シアも最初はハラハラと見守っていたのだが、結局、深刻な問題にはならないので、今では巻き込まれないようにしている。

 

ある意味、一番割を食っているのはハジメだ。

二人が言い争う要因は、大抵がハジメのことなので、争いの内容を聞いていて身悶えするような気持ちになるのだ。今なんかは、普段から気にしていることを指摘され精神的なダメージを負ってしまった。

そして、ユエが、赤裸々に語ろうとする〝夜〟の話に、香織は聞きたくないと耳を押さえてイヤイヤをしており、ハジメ自身、そんな事を暴露されたくない上にミュウもいるので、止めに入ろうとする。

しかし、ハジメより先に二人の言い争いを止めに入ったのは、雫や陽和ではなく意外なことにミュウだった。

 

「……う~、ユエお姉ちゃんも香織お姉ちゃんもケンカばっかり!なかよしじゃないお姉ちゃん達なんてきらい!」

 

そう言って、ミュウは香織の膝から移動すると、後部座席に座るシアの膝に座り込んでプイッと顔を背けてしまった。途端に、オロオロしだすユエと香織。流石に、四歳の幼女から面と向かって嫌いと言われるのは堪えたようだ。

シアがミュウの頭を撫でながら二人を叱る。

 

「もうっ、お二人共、ミュウちゃんの前でみっともないですよ。というか、教育に悪いです。ハジメさんの事で熱が入るのは私も分かりますけど、もう少し自重して下さい」

「!……不覚。シアに注意されるなんて……」

「ご、ごめんなさい。ミュウちゃん、シア」

 

シアから注意されるというまさかの事態に、肩を落とす二人。

ユエにとって、シアは友人兼妹分みたいな存在で、同じくハジメに好意を寄せる者ではあるが、同時にユエ自身の事も求められているので、明確に恋敵という認識が既にない。なので、真正面から宣戦布告した香織こそが、まさに初めて現れた恋敵なのだ。

陽和は言わずもがな兄同然の存在であり、雫は陽和の伴侶であり陽和と同気質なタイプで既に頭が上がらない。セレリアも奈落時代からの付き合いだから、姉のような存在だ。ティオは憧れの竜人族ということもあり、いつも頼りにしている。

 

ユエは、陽和がそうであるようにハジメとの間に絶対の絆があると確信している。自分がハジメの〝特別〟であるということに揺るぎない自信を持っている。だから、香織が告白し宣戦布告した時も、挑戦者を正面から倒してやるくらいの余裕ある気持ちだった。

ただ、余裕と自信があるのは変わらないのだが、香織が同行してから時折、ハジメと香織は、陽和や雫も交えてユエ達には分からない日本での思い出話に花を咲かせることがあり、自分の知らない以前のハジメをよく知る香織に、ついつい対抗心が芽生えてしまうのだ。

 

その結果、まるで自分のコレクションを自慢する子供同士のような、深刻にならない程度の言い争いが絶えないという状況になり、本日、ついにミュウやシアに怒られてしまったということなのである。

 

「…………………」

 

本来なら、ハジメがユエ贔屓で事態を終息させるか陽和と雫が宥めるのがセオリーなのだが、二人の言い争いでダメージを喰らうのは大抵ハジメなので、今日も今日とて心の傷を癒すべく遠い目をして我関せずを貫くのだった。陽和達は全くノーダメージなので、最近は漫才を見るように楽しんでいたりする。そして、ある程度楽しんだらようやく止めるのだ。

そんな和やかな雰囲気が満ちる車内だったが、陽和とティオが何かに気づく。

 

「ん?あれは……」

「ハジメ、三時方向で何やら騒ぎじゃ」

 

ハジメ達が言われるがままにそちらを見ると、どうやら右手にある大きな砂丘の向こう側にサンドワームと呼ばれるミミズ型の魔物が相当数集まっていた。砂丘の頂上から無数の頭が見えるほどだ。

このサンドワームは、平均二十メートル、大きいものでは百メートルにもなる大型の魔物だ。この【グリューエン大砂漠】にのみ生息し、普段は地中を潜行していて、獲物が近くを通ると真下から三重構造のずらりと牙が並んだ大口を開けて襲いかかる。察知が難しく奇襲に優れているので、大砂漠を横断する者には死神のごとく恐れられている。

 

幸いにもサンドワーム自身も察知能力は低く、偶然近くを通るなど不運に見舞われない限り、遠くから発見され狙われるということはない。なので、砂丘の向こう側には運のなかった者がいるという事なのだが……

 

「………サンドワームの群れか。だが、おかしいな。なぜ、ずっとあそこでたむろしている?」

「じゃな。奴らは悪食じゃ。獲物を喰らえばすぐに地中に潜るはずなのじゃが………」

 

サンドワームは悪食であり、襲いかかり獲物を確保したら即座に地面に引き摺り込むはずだ。なのに、何かを前にして襲い掛からずに様子を伺うようにして周囲を旋回しているのは異常だった。

明らかに異常事態だ。考えられる可能性があるとすれば……

 

「………見た目は食い物だが、明らかに食い物じゃない何かだから迷ってるとかか?」

「あるいは、餌の取り合いか?いや、だとしたら、殺し合ってるか」

 

陽和の推測はともかく、セレリアの推測はおそらくはあり得ない。だって、殺し合ってる様子などなくただ旋回しているだけなのだ。陽和の推測が現実味があるだろう。

と、その時だ。

 

「っ⁉︎ハジメっ‼︎」

「ああっ‼︎」

 

陽和の呼び声に応え、ハジメは一気にブリーゼを加速させた。直後、四輪の後部にかすりつつ、僅かに車体を浮き上がらせながら大口を開けたサンドワームが後方より飛び出してきた。

 

「まだ来るぞっ‼︎」

「チィっ‼︎」

 

陽和の言葉に舌打ちを返しながらハジメはハンドルを左右に勢いよくきり、砂地を高速で駆け抜けていく。そのSの字を描くように走るブリーゼの真下より、二体目、三体目とサンドワームが次々と飛び出してきた。

 

「きゃぁあ!」

「ひぅ!」

「わわわ!」

「きゃっ!」

 

香織、ミュウ、シア、雫の順に悲鳴が上がる。強烈な遠心力に振り回され、後部座席のミュウを気にして座席に膝立ちとなり後ろを向いていた香織は、バランスを崩して倒れ込んだ。そして、ユエの膝の上にお尻を置いた状態で仰向けにハジメの膝上へと着地した。

パチクリと目を瞬かせた香織は、そのまま頬を薄らと染めると、上体を捻りギュウとハジメの腰にしがみついた。位置的に非常に宜しくない。

ハジメの頬が当然引き攣る。ちなみに、香織の下半身は未だユエを下敷きにしている。

最後に悲鳴をあげた雫はというと隣の陽和に思いっきり倒れ込んだのだが、当然陽和が雫の肩を抱いて受け止めたので全く問題はない。

 

「おい、しら……香織!こんな時に何してやがる!」

「危ないから!危険が危ないから!しがみついてるの!」

「……おのれ、香織。私を下敷きにして、奇襲とは……やってくれる」

「…‥香織、あなたこんな時に何やってるのよ…」

 

サンドワームの奇襲を受けながら、チャンスとばかりにハジメにしがみつく香織のお尻を、ユエが忌々しいとばかりにペシペシと平手打ちするが、香織は頬を染めたまま、ハジメの腹部に顔を押し付けて微動だにしない。何が何でも離れたくないらしい。雫はそんなむっつり全開な親友の有様に思わず呆れてしまう。

 

「ハジメ、上から来るぞ」

 

そうこうしているうちに現れた三体のサンドワームが、地中より上体を出した状態で全ての奇襲をかわしたブリーゼを睥睨し、今度はその巨体に物を言わせて頭上から襲いかかろうとした。

これが唯の馬車であったなら、その攻撃で終わっていたかもしれない。しかし、これは、ハジメのオタク魂の片鱗が作り出したアーティファクトだ。ただ食らいつかれたくらいでは、ビクともしない。

そもそも陽和がいる時点で触れることすら叶わないだろう。陽和はバックミラー越しに「俺がやろうか?」という視線をハジメに向けてくるが、当のハジメは、

 

「そう言えば、何げに使うの初めてだなっと!」

 

そんな事を言いながら、ブリーゼをドリフトさせて車体の向きを変えると、バック走行へと切り替えると同時にブリーゼの特定部位に魔力を流し込み、内蔵された機能を稼働させた。

 

ガコンッ!カシャ!カシャ!

 

機械音が響き渡るのと同時に、ブリーゼのボンネットの一部がスライドして開くと、中から四発のロケット弾がセットされたアームがせり出してきた。

そのアームは、獲物を探すようにカクカクと動き、迫り来るサンドワームの群れへ砲身を向けると、バシュ!という音をさせて、火花散らす死の弾頭を吐き出した。

 

オレンジの輝く尾を引きながら、大口を開けるサンドワームの、まさにその口内に飛び込んだロケット弾は、一瞬の間の後、盛大に爆発し内部からサンドワームを盛大に破壊した。

サンドワームの真っ赤な血肉がシャワーのように降り注ぎ、バックで走る四輪のブリーゼにもベチャベチャとへばりついた。グロテスクな光景に陽和達は揃って顔を顰める。

 

「うへぇ……シア、ミュウが見ないようにしてやっててくれ」

「もう、してますよ~。あんっ! ミュウちゃん、苦しかったですか? でも、先っぽを摘むのは勘弁して下さい」

 

シアの巨乳に顔を包まれて苦しかったのか、ミュウが抜け出そうとしたようで、その際、シアの何処かに触ってしまったようだ。思わず、シアが喘ぐような場所を。

ハジメは、聞こえなかったことにする。陽和も聞かなかったことにして雫へと振り向く。

 

「雫、あれ洗い流してやってくれないか?フロントガラスとボンネットの所だけでいいから」

「ええ、任せて。流石にあれはミュウちゃんには見せられないからね」

 

陽和の要請に応え雫はブリーゼのボンネットの真上に水の塊を生み出すとそれを操作してフロントガラスとボンネットにこびりついた血肉をさっと洗い流した。

水属性魔法に高い適正がある雫は魔力操作の一環でブリーゼの洗浄をすることで水属性魔法の鍛錬をしているだ。提案したのは陽和である。陽和も炎を色々と操作して様々な形に変えたりと操作の特訓をしていたからだ。

 

そして、未だハジメの腰元に、顔をうつ伏せにして抱きついていた香織はユエによって遂に引っぺがされ座席にシートベルトで固定されてしまった。流石に、衝動に負けて相当はしたない事をしてしまったという自覚があるようで、耳まで真っ赤に染めて俯いている。

 

「あ、あの、ハジメくん。ごめんさない。その、つい衝動的に……決してエッチな目的があったわけじゃないの。ただ、ちょっと、抱きついてみたかったというか……」

「……そして、あわよくば、そのままハジメを堪能しようと?」

「うん、そうなんだ……って違うよ!ユエ、変なこと言わないで。私は、ユエみたいにエッチじゃないよ」

「……私をエッチと申したか……確かに、ハジメと二人っきりだと否定は出来ない」

「……お前ら、もう黙ってくれよ。それとユエ、恥ずいから夜の話は余りしないでくれ」

「もうあなた達そんなことで張り合うのはやめなさい。ミュウちゃんもいるんだから」

 

三体のサンドワームをブリーぜ内蔵のロケット弾で粉砕したハジメは、その爆音と衝撃を感知したのか砂丘の向こう側のサンドワーム達が動き出したのを見てもう一戦かと視線を鋭くする。

だが、その横合いで、普段通りの掛け合いをする香織とユエに、微妙に気勢を削がれてしまった。思わず、うんざり気味に注意する。雫も子供の前で猥談をかまそうとする二人に苦言を呈する。その様子はまさに困った娘と娘友達の張り合いを見ているオカンである。

 

もっとも、内心、確かに二人っきりというか〝夜〟のユエはエッチを通り越して、物凄くエロいなとか思ってしまい、それを見透かしたらしい香織が涙目になってしまった。

 

「ふふふ……」

「うぅ〜〜」

 

ユエの方は妖艶な笑みを零しながら舌舐りをしてハジメを見つめており、それを見た香織は更に可愛らしい唸り声を上げている。どうやら無意識に更なる火種を撒いてしまったようだ。

 

後部座席からシアが、「気持ちは分かりますよ、香織さん。お仲間ですね」と同情を含んだ眼差しを向けながら香織の肩をポンポンと撫でていた。

陽和、セレリア、ティオは「いつものことだなぁ」と我関せずな様子でいて、雫はどうしようかと困った様子を見せるものの陽和達に倣って静観していた。

ハジメは、それらをスルーして砂丘の上へとブリーゼを走らせる。下方に地中の浅い部分を移動してくるサンドワームの群れが見えた。奇襲よりも速度を重視しているのか、微妙に砂が盛り上がっており隠密性がない。

陽和が窓に視線を向けながら後部座席から若干身を乗り出してくる。

 

「ハジメ、さっき奴らがたむろしてたところに向かってくれ。少し気になることがある」

「気になること?」

「ああ、アイツらが獲物を食わないなんておかしいからな。異常があるなら確認しておきたい」

「あいよ、任せろ」

 

陽和の表情が少しだけ険しかったことから、何かしらあるのだろうと理解したハジメは自分も気になっていたので快く頷くとハンドルを操作して向きを変えるとサンドワームの群れにあえて突っ込む。

そして、突っ込みながらロケットランチャーをしまうと、ボンネットの中央が縦に割れて、そこから長方形型の機械がせり出てきた。更に長方形型の箱は、カシュン!と音を立てながら銃身を伸ばしていき、最終的にシュラーゲンに酷似したライフル銃へと変形を遂げる。

直後、ブリーゼ内蔵型シュラーゲンから紅いスパークが迸って、アームが角度を調整すると同時にドウゥ!!と射撃音を轟かせながら一条の閃光が赤銅色の世界を切り裂いた。

解き放たれた超速の弾丸は、もこもこと盛り上がって進んで来る砂地に着弾し、衝撃と共に砂埃を盛大に巻き上げる。その噴火の如き砂柱には当然、砂色の肉片と真っ赤な血が多分に含まれている。

巻き上がった砂色の肉片と鮮血が再びブリーゼに降り注ごうとするものの、

 

「流石に汚いからな。処分しとこう」

 

車内から肉片に向けて手を翳した陽和がそう呟くと同時に、宙に赤黒い魔力の球体が幾つか出現する。

それらは赤い光を放つと瞬く間に肉片と鮮血を飲み込んだ。重力魔法の“禍天”だ。それで肉片と鮮血を重力場で飲み込んで圧縮したのだ。

ブリーゼ内蔵型シュラーゲンは、その後も次々と紅の閃光を吐き出し続け、獲物を狩らんと迫っていたサンドワームの尽くを地中にいながら爆ぜさせ、陽和がそれを重力場で圧縮して脇の地面に捨てて行った。

 

「………あれは、誰か倒れてるな」

 

サンドワームを駆逐した陽和の視線の先には白い衣服に身を包んだ人が倒れていた。おそらく、サンドワームはあの人を食べようとして迷っていたのだろう。

そうして倒れている人の近くまでやってきた陽和はすぐさま降りて駆け寄る。治癒師である香織も追従し、他の面々も次々と降りてくる。

倒れていた人物はエジプト民族衣装のガラベーヤにも酷似した衣装と、大きなフードのついた外套を羽織っていた。うつ伏せだったため仰向けにすると、顕になった人物はまだ二十代半ばくらいの青年だった。

 

「………」

「!これって……」

 

だが、その顔を見た瞬間、陽和は表情を険しくさせて香織が驚きの声をあげる。

青年の状態は二人が驚くほどひどかったのだ。

苦しそうに歪められた顔には大量の汗が浮かび、呼吸は荒く、脈も早い。服越しでもわかるほど全身から高熱を発している。

しかも、まるで内部から強烈な圧力でもかかっているかのように血管が浮き出ており、目や鼻といった粘膜から出血もしている。明らかに尋常な様子ではない。

ただの日射病や風邪というわけではなく、明らかに命の危険がある状態だ。

 

「これは……まさか………」

 

ウイルス感染者のような状態に陽和は見覚えがあったのか、青年に負担がかからないように寝かせながら香織に指示を出す。

 

「香織、浸透看破を使え。俺の予想が正しいならかなりまずい状態だ」

「う、うん!」

 

陽和の指示に従い香織は魔力を相手に浸透させることで相手の状態を診察し、その結果を自らのステータスプレートに表示する技能“浸透看破”を使い青年を診察する。

その結果は……

 

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状態:魔力の過剰活性 体外への排出不可

症状:発熱 意識混濁 全身の疼痛 毛細血管の破裂とそれに伴う出血

原因:体内の水分に異常あり 

 

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香織のステータスプレートに表示されていた診察結果を見た陽和は予想通りかと呟く。

 

「……やっぱりか」

「ね、ねえ、陽和君。やっぱりって、この症状が何か知ってるの?」

 

香織の問いかけに陽和は険しい表情のまま頷きながら、青年の身体に起きている異常のことを説明する。

 

「彼の身に起きているのは言ってしまえば魔力の暴走だ。とある毒素を摂取したことで、体内の魔力が過剰活性しているんだ。魔力操作ができる魔物や俺達ならともかく、並の人間では魔力の排出ができないから、内側に溜まる一方で圧迫され続ける。最終的には、魔力の暴走によって内側から肉体が破壊され死に至るだろうな。しかも、あくまで魔力の暴走だから、回復魔法では進行を遅らせることはできても毒や石化の状態異常系ではないから完治はできない」

「そんなっ……じゃあ、どうやって治したら……」

 

明確な治療法がないことに香織は歯噛みしてしまう。青年は、体内から圧迫されているせいか、苦しそうにうめき声を上げており、粘膜からの出血も止まらない。

だが、話はここでは終わりはない。

 

「いや、治療法はある」

「え?」

「静因石という鉱石を粉末状にして服用すれば治る。あの鉱石には魔力を鎮める効果があるからな。実際に解放者の時代ではナイズがその石を使って度々魔力暴走で苦しむ人達を救っていたからな」

『ああ、その通りだ。この病は静因石を飲ませれば治せる病だ。ただ、静因石は砂漠北方の岩石地帯か、大火山でしか採取できないから数が少なく貴重なものだ。だが、ナイズが拠点にしていた場所では静因石が取り放題だったからな。大量に採取しては薬を作って人々を救っていた』

「成程。静因石にはそういう使い方があるのじゃな。妾も初めて聞いた」

「俺もだ。名前自体は知ってはいたが、実物を見たことはなかったからどんな効果を持っているのかは知らなかったな」

『まぁ土地柄固有の病だからな。暴走を促す毒素を使う魔物も砂漠地帯にしか生息していない。そうそう経験することはないだろう』

 

陽和の説明にドライグがそう捕捉した後、ティオが感心混じりに呟く。500年生きてきた博識のティオですら知り得なかった情報に、彼女自身新たな知識の獲得に喜んでいた。錬成師であるハジメも知らない鉱物の詳細を知ることができて嬉しそうだった。

そんな彼らの様子を横目に、陽和は応急処置を始める。

 

「今この場に静因石はないから完治はできない。だが、体内の魔力を少しずつ抜いていって症状を緩和させることはできる。———“廻聖”」

 

陽和は青年の胸の上に宝玉を顕にした左手を翳して光系の上級魔法“廻聖”を発動する。この魔法は、一定範囲内における人々の魔力を他者に譲渡する魔法だ。基本的には自分の魔力を仲間に譲渡することで、魔力枯渇の一時的な回復、魔法発動のサポートなどを目的としている。また、譲渡する魔力は術者の魔力に限らず、領域内の者ならば誰でも対象だ。そのため、強制的な魔力ドレインとしても使える。

もっとも、時間もかかる上に一気に大量にとはいかないため実戦向きではない。

そんな魔法を、陽和は青年の魔力を抜くことに使用したのだ。圧迫する魔力を抜くことで圧迫を弱めることを目的としている。

 

紅蓮色の光が青年を中心に広がり、胸から溢れた蛍火のような淡い光の粒子が陽和の左手の宝玉へと吸収されていく。

青年の傍で片膝をつき、左手を翳しながら青年から抽出した魔力の光粒を宝玉に吸収していく陽和の姿はどこか幻想的だ。

 

「魔力の抽出量を上げると同時に肉体の修復の方も済ませよう。“ヒール・ブレス”」

 

魔力を抽出速度を上げながら陽和は単体用の回復魔法を使って青年の全身の損傷も治していく。この魔法は傷の治癒と魔力の回復を同時に行えるこの魔法を使うことで陽和は体内の魔力の抽出量を多めにし、回復を少なめにすることで一気に抜いて衰弱させないように緩やかに抜くことを可能としていた。

 

陽和が二つの回復魔法を同時使用している姿に、魔法に精通しているユエやティオは「ほう……」感嘆の声を漏らし、香織が治癒師である自身を凌駕する回復魔法の行使に「うそ……」と衝撃を受けている。ミュウは、シアに抱っこされながら「きれい……」とうっとりした表情で陽和を見つめている。セレリアは「流石だな」と感心しており、雫は雫で恋人のかっこいい姿に密かに見惚れていた。

 

周囲で仲間達が各々の反応を見せる中、青年の呼吸は徐々に安定してきた。体の赤みは薄まり、出血もなくなった。体内の傷ついた血管、血管が開いたことで破れた皮膚などの全身の損傷も次々も癒やされていく。

 

「これに関しては空気感染はしない類のものだから、安心していい。だが、念には念をだ。香織、全員を診察してくれ。特に自分自身を念入りに見ろ。ミュウと香織以外は魔力の操作ができるから、余程のことがない限りは魔力の過剰活性は起きない。魔力操作ができない香織が一番危険だ」

「えっ……あ、うん」

 

陽和の指示に呆然としていた香織はハッとすると慌てて全員を調べていき、最後に自分も調べる。結果、特に異常は見られず、空気感染するタイプではないとハジメ達はほっと胸を撫で下ろした。

そうこうしているうちに、青年が呻き声を上げて目を覚ました。ゆっくりと目を開けて周囲を見渡す青年は、「大丈夫ですか?」と心配そうに声をかけてきた香織を見るとぽーと見惚れてしまったのか。

 

「女神?そうか、私は召し上げられて……」

 

などと、変なことをほざき始めた。

さっきまでとは違う理由で体を熱くし始めた彼は、治療した自分を無視して香織に手を伸ばそうとしている青年の肩をガッと掴む。

 

『目を覚ましたようで何よりです。早速ですが、何があったのか説明してもらってもよろしいですか?』

 

仮面を被っており素顔は見えないが、仮面から覗く翡翠の瞳は明らかに笑っておらず、青年はその眼光に一瞬にして体が冷えたのだろう。ぷるぷると体を震わせながら「あ、はい」と頷いた。

 

『ありがとうございます。では、まずあなたはアンカジ公国の方でよろしいですか?』

 

陽和は青年の衣服や外套から彼が【グリューエン大砂漠】最大のオアシスである【アンカジ公国】の民ではないのかと推測する。

彼が本当に公国の民だった場合、道中で魔物に襲われたか、アンカジで毒素を飲んでしまったのかによって目的地である公国が危険地帯になるかもしれないと危惧したのだ。

最初こそ、自分を取り囲む陽和達と背後の見たこともない黒い物体に目を白黒させていたが、陽和の問いかけに慌てて頷き、自身の素性を話す。

 

「そ、そうだ。私の名は、ビィズ・フォウワード・ゼンゲン。アンカジ公国の領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲン公の息子だ。この度は助けてくれたことに感謝する。あのまま死んでいたらと思うと……アンカジまで終わってしまうところだった」

『……まさか、ゼンゲン公のご子息だったとは。これはとんだご無礼を』

 

驚いたことに、ビィズと名乗った青年はとんだ大物だった。

【アンカジ公国】は【海上の町エリセン】より運送される海産物の鮮度を極力落とさないまま運ぶための要所で、その海産物の産出量は北大陸の八割にも及ぶほどだ。

つまり、北大陸における一分野の食料供給に置いて、ほぼ独占的な権限を持っているに等しいという事だ。単なる名目だけの貴族ではなく、ハイリヒ王国の中で信頼の厚い屈指の大貴族である。

素性を知り言葉遣いを改める陽和にビィズは首を横に振る。

 

「貴殿らは私の恩人だ。そんな恩人に態度を改めよなどと、それは愚物のすることだ。好きに話してほしい」

『……分かりました。では、早速話を聞きたいのですが、長くなりそうなので取り敢えず中で話をしましょう。脱水症状の危険もありますしね』

 

そうして陽和の提案でブリーゼ内に移動することが決まると、満足に動けない為陽和によって担がれ後部座席に座らされたビィズは車内の快適さに思わず「やはり神の領域か⁉︎」と叫んだ。意外と元気なようだ。

さらに雫と香織の素性、陽和達の冒険者ランクを聞き、目を剥いて驚愕を顕にして「これは神の采配か!我らの為に女神を遣わしてくださったのか!」とある意味神の信者らしい態度で天に祈り始めた。

なお、この場合女神とは香織のことなのだが、当の本人は訳が分からず首を傾げている。

 

天に祈り始めた彼を陽和が少し威圧して無理やり落ち着かせると、冷たい水を飲ませてから事情説明を促した。

ビィズは先ほどの様子とは一転して、道半ばで倒れ使命を果たせそうになかったことを思い出し、表情を引き締めながら、語り出した。

 

ビィズ曰く、話はこうだ。

 

四日前、アンカジにおいて原因不明の高熱を発し倒れる人が続出した。それは本当に突然のことで、初日だけで人口二十七万人のうち三千人近くが意識不明に陥り、症状を訴える人が二万人に上ったそうだ。

直ぐに医療院は飽和状態となり、公共施設を全開放して医療関係者も総出で治療と原因究明に当たったが、進行を遅らせることは何とか出来ても完治させる事は出来なかった。

 

そうこうしているうちにも、次々と患者は増えていく。にもかかわらず、医療関係者の中にも倒れるものが現れ始めた。進行を遅らせるための魔法の使い手も圧倒的に数が足りず、なんの手立ても打てずに混乱する中で、遂に、処置を受けられなかった人々の中から死者が出始めた。発症してから僅か二日で死亡するという事実に絶望が立ち込め始めた。

 

そんな中、一人の薬師が、ひょんなことから飲み水に〝液体鑑定〟をかけた結果、その水には陽和が言った通り、魔力の暴走を促す毒素が含まれていることがわかったのだ。

直ちに調査チームが組まれ、最悪の事態を想定しながらアンカジのオアシスが調べられたのだが、案の定、オアシスそのものが汚染されていた。

 

オアシスは砂漠に住む者達にとって生命線そのものだ。その警備、維持、管理は厳重に厳重を重ねおり、普通に考えれば、アンカジの警備を抜いて、オアシスに毒素を流し込むなど不可能に近いはずだ。

 

一体どこから、どうやって、誰が……首を捻る調査チームだったが、それより重要なのは、二日以上前からストックしてある分以外、使える水がなくなってしまったということだ。そして、結局、既に汚染された水を飲んで感染してしまった患者を救う手立ては静因石以外ないということである。

 

しかし、北方の岩石地帯は遠すぎて往復に少なくとも一ヶ月以上はかかってしまう上、【グリューエン大火山】の迷宮に入って〝静因石〟を採取するのは並の人間では不可能な話だ。

採取できる程の実力を有する冒険者達も既に病に倒れてしまっている。採取ないから人員がいない上、安全な水のストックが圧倒的に足りない以上、王国への救援要請は必要だった。

 

しかし、その救援要請にしても、総人口二十七万人を抱えるアンカジ公国を一時的にでも潤すだけの水の運搬や【グリューエン大火山】という大迷宮に行って、戻ってこられる実力者の手配などと容易く出来る内容ではない。

公国から要請と言われれば無視することは出来ずとも、内容が内容だけに一度アンカジの現状を調査しようとするのが普通だ。しかし、そんな悠長な手続きを経てからでは遅いのだ。2日で死ぬという驚異的な速度を考えれば、持ち堪えられたとしても手続きを終え調査隊が来る頃には国民の大半が死ぬ方が圧倒的に早いだろう。

なので、少しでも早くする為に強権を発動出来るゼンゲン公か、その代理たるビィズが直接救援要請をする必要があった。

 

「父上や母上、妹も既に感染していて、アンカジにストックしてあった静因石を服用することで何とか持ち直したが、衰弱も激しく、とても王国や近隣の町まで赴くことなど出来そうもなかった。だから、私が救援を呼ぶため、一日前に護衛隊と共にアンカジを出発したのだ。その時、症状は出ていなかったが……感染していたのだろうな。おそらく、発症までには個人差があるのだろう。家族が倒れ、国が混乱し、救援は一刻を争うという状況に……動揺していたようだ。万全を期して静因石を服用しておくべきだった。今、こうしている間にも、アンカジの民は命を落としていっているというのに……情けない!」

 

力の入らない体に、それでもあらん限りの力を込めて拳を己の膝に叩きつけるビィズ。どうやら、アンカジ公国の次期領主は、責任感の強い民思いな人物らしい。護衛をしていた者達も、サンドワームに襲われ全滅したというから、そのことも相まって悔しくてたまらないのだろう。それは表情からもありありと窺えた。

 

不幸中の幸いだったのは、サンドワーム達が、おそらくこの病を察知して捕食を躊躇ったことだ。病にかかったがゆえに力尽きたが、それゆえにサンドワームに襲われず、結果、陽和達と出会うことが出来た。人生、何が起きるかわからないものである。

 

「……君達に、いや、貴殿達にアンカジ公国領主代理として正式に依頼したい。どうか、私に力を貸して欲しい」

 

そう言って、ビィズは深く頭を下げた。車内にしばし静寂が降りる。窓に当たる風に煽られた砂の当たる音がやけに大きく響いた。

領主代理が、そう簡単に頭を下げるべきでないことはビィズ自身が一番分かっているのだろうが、降って湧いたような僥倖を逃してなるものかと必死なのだろう。

そんな彼に一行のリーダーである陽和は一瞬の沈黙の後、ただ一言。

 

『いいですよ』

 

あっさりと了承の意を伝えた。

全員の視線が陽和に向くが、誰もが咎めるような視線ではない。ハジメは「仕方ねぇな」と言わんばかりに肩を竦め、セレリア、ティオ、香織、ユエ、シアは揃って笑みを溢しており、ミュウは「お兄ちゃん!」と表情を輝かせていた。

陽和の傍に座る雫は心底嬉しそうに表情を綻ばせた。陽和がどんな選択を選んでも文句をいうつもりはないが、それでも人助けを迷わず選んでくれた恋人の優しさが嬉しかったのだろう。

 

『元々、私達は【グリューエン大火山】に向かう予定でしたので、静因石の採取は任せてください。治療に関しても進行を大幅に遅らせることも可能ですし、水に関してもどうにかできますので、このままアンカジに向かいましょうか』

「っっ、そ、それは願ってもないことだが、そんなことが可能なのか?」

 

数十万人分の水を確保できるという言葉に、訝しむビィズ。当然の疑問だ。しかし、水は何も運搬しなくとも手に入る方法がある。それは、水系魔法で大気中の水分を集めて作り出すという方法だ。

 

普通の術師ではおよそ不可能だろうが、ここには魔法に関して稀代の天才がいるし、水属性魔法に高い適性を持つ者達もいる。そう、ユエ、セレリア、雫の三名だ。

しかも、魔力をすぐさま回復する手段も多数持ち合わせている。ビィズなりランジィなりがアンカジに残っている静因石をしっかり服用し体調を万全に整えて、改めて王国に救援要請をしに行くくらいの時間は十分に稼げると断言できる。

 

その辺りのことを掻い摘んで説明すれば、最初は信じられないといった風のビィズだったが、自身の今の状態と『神の使徒』たる香織と雫の説得も相まってアンカジに引き返すことを了承した。

砂漠地帯を滑るように高速で走り出すブリーゼに再び驚きながらもビィズは、なぜ〝神の使徒〟たる二人がが単独で勇者パーティーから離脱して冒険者達と一緒にいるのか、なぜ海人族の幼子が人間族のハジメをパパと呼ぶのか、狼人族と兎人族の奴隷達と和気あいあいとしているのかなどと、なぜ亜人族が魔法を扱えるのだろうかと疑問に思いつつも、見えてきた希望に胸の内を熱くするのだった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

赤銅色の砂が舞う中、たどり着いたアンカジは、フューレンを超える外壁に囲まれた乳白色の都だった。

外壁も建築物も軒並みミルク色で、外界の赤銅色とのコントラストが美しかった。

 

ただ、フューレンと異なるのは、不規則な形で都を囲む外壁の各所から光の柱が天へと登っており、上空で他の柱と合流してアンカジ全体を覆う強大なドームを形成していることだ。時折、何かがぶつかったのか波紋のようなものが広がり、まるで水中から揺れる水面を眺めているような、不思議で美しい光景が広がっていた。

 

どうやら、このドームが砂の侵入を防いでいるようだ。月に何度か大規模な砂嵐に見舞われるそうだが、このドームのおかげで曇天のような様相になるだけでアンカジ内に砂が侵入することはないらしい。

 

陽和達はそれらを眺めながら、これまた光り輝く巨大な門からアンカジへと入都した。砂の侵入を防ぐ目的から門まで魔法によるバリア式になっているようだ。

門番は、ブリーゼを見ても、驚きはしたがアンカジの現状が影響しているのか暗い雰囲気で覇気もなく、どこか投げやり気味であった。

もっとも、ブリーゼの後部座席に次期領主が座っていることに気がついた途端、直立不動となり、兵士らしい覇気を取り戻したが。

 

アンカジの入場門は高台にあった。ここに訪れた者が、アンカジの美しさを最初に一望出来るようにという粋な心遣いらしい。

 

確かに、美しい都だと陽和達は感嘆した。太陽の光を反射してキラキラときらめくオアシスが東側にあり、その周辺には多くの木々が生えていてい非常に緑豊かだった。オアシスの水は、幾筋もの川となって町中に流れ込み、砂漠のど真ん中だというのに小船があちこちに停泊している。町のいたるところに緑豊かな広場が設置されていて、広大な土地を広々と利用していることがよくわかる。

 

北側は農業地帯のようだ。アンカジは果物の産出量が豊富という話を証明するように、陽和が遠目に見た限り多種多様な果物が育てられているのがわかる。

西側には、一際大きな宮殿らしき建造物があり、他の乳白色の建物と異なって純白と言っていい白さだった。他とは一線を画す荘厳さと規模なので、あれが領主の住む宮殿なのだろう。

その宮殿の周辺に無骨な建物が区画に沿って規則正しく並んでいるので、行政区にでもなっているのかもしれない。

 

 砂漠の国でありながら、まるで水の都……アンカジ公国はそう評するに相応しいところだった。

 

『見事な綺麗さだな。だが…』

「ええ…皆、元気がないわね」

 

陽和が思わず感想を漏らすものの周囲を見渡して暗い声音になり、雫が同調して頷くとポツリと呟く。

 

彼女の言う通り、その壮観さに反して、都は暗く陰気な雰囲気に満ちていた。

普段ならば、中継地や観光地の観点から活気と喧騒に満ちているはずなのだが、今は、通りに出ている者は極めて少なく、ほとんどの店も営業していない。

誰もが戸口をしっかり締め切って、まるで嵐が過ぎ去るのをジッと蹲って待っているかのような、そんな悲壮な静けさが都を支配していた。

 

「……使徒様やソルレウス殿にも、活気に満ちた我が国をお見せしたかった。すまないが、今は、時間がない。都の案内は全てが解決した後にでも私自らさせていただこう。一先ずは、父上のもとへ。あの宮殿だ」

 

陽和達は、ビィズの言葉に頷き、原因のオアシスを背にして進みだした。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「父上!」

「ビィズ! お前、どうしっ……いや、待て、そやつらは誰だ⁉︎」

 

ビィズの顔パスで宮殿内に入った陽和達は、そのまま領主ランズィの執務室へと通されたのだが開幕の言葉がそれであった。衰弱が激しいと聞いていたのだが、どうやら治癒魔法と回復薬を多用して根性で執務に乗り出していたらしい。

そんなランズィは、一日前に救援要請を出しに王都へ向かったはずの息子が帰ってきたことと仮面を被った男に担がれながら運ばれていることに二重で驚きの声をあげたのだ。

 

陽和のおかげである程度回復したもののまだ歩ける程には至らず、陽和が彼を背負って運んだのだ。

 

メイドが用意した椅子に下ろされたビィズは事情説明を手早く済ませた。話はトントン拍子に進み、執事らしき人が持ってきた静因石の粉末を服用して完治させたビィズに陽和が再度回復魔法を掛けると、全快とまでは行かずとも行動を起こすに支障がない程度には治ったようだ。

 

しかし、完治といっても、体内の水分に溶け込んだ毒素がなくなったわけではなく、単に、静因石により効果を発揮できなくなったというだけである。体内の水分に溶け込んでいる以上、時間と共に排出される可能性はあるので、今のところ様子見をするしかない。

 

『それじゃあ動くか。香織はシアを連れて医療院と患者が収容されている施設へ。魔晶石を持っていけよ。ハジメ、ユエ、セレリアは水の確保に向かってくれ。セレリアは溜まったら魔晶石の運搬も頼む。雫とティオは俺と一緒にオアシスを調査する。領主、最低でも二百メートル四方の開けた場所はありますか?』

「む?うむ、農業地帯に行けばあるが……」

『なら、ハジメ達はまずそこに向かってくれ。さあ、行動開始だ。てきぱきと動くぞ!』

 

香織は陽和がやったように魔力の抽出と傷の回復を行いシアが患者の運搬などでフォロー。抽出した魔力を魔晶石にストックし、溜まったそれらをシアに渡してハジメ達の元へと運搬させる。

ハジメとユエ、セレリアは貯水地を作らせる作業に向かわせる。ユエはハジメの血で回復手段を確保して水魔法をメインで行使し、足の速いセレリアがシアから魔晶石を受け取り運ぶ役割を担いつつユエのサポートをする。

陽和、雫、ティオがオアシスに向かい毒素がどこからでているのかなどの原因究明と可能であれば解決を担う。

 

作戦を瞬く間に組み上げた陽和は矢継ぎ早に指示を出して最後に手をパンと鳴らして行動を促す。彼の号令にハジメ達は元気よく頷くとすぐさま行動を開始して各々移動を始めた。

香織達が治療院へ、ハジメ達が農地に向かう中、ランズィと部下数名の案内を受けて陽和達は件のオアシスへと移動した。

オアシスは一切の濁りがなく、綺麗に透き通っておりキラキラと陽光を反射して輝く様は非常に美しく、とてもではないが猛毒が混入してるとは思えない。

 

『………むっ』

「ソル?どうしたの?」

 

ピクリと眉を顰め微動だにせずにオアシスの一点を凝視する陽和の様子に雫が首を傾げる。

 

『オアシスの中から魔力の反応があった。……領主、調査チームはどこまで調べましたか?』

「……確か、資料ではオアシスとそこから流れる川、各所井戸の水質調査と地下水脈の調査を行ったようだ。水質は息子から聞いての通り、地下水脈は特に異常は見つからなかった。もっとも、調べられたのは、このオアシスから数十メートルが限度だが。オアシスの底まではまだ手が回っていない」

『オアシスの底には水質管理や浄化目的でのアーティファクトは沈めてますか?』

「?いや。オアシスの警備と管理に、とあるアーティファクトが使われているが、それは地上に設置してある……結界系のアーティファクトでな、オアシス全体を汚染されるなどありえん事だ。事実、今までオアシスが汚染されたことなど一度もなかったのだ」

 

ランズィのいうアーティファクトとは〝真意の裁断〟といい、実は、このアンカジを守っている光のドームのことだ。

砂の侵入を阻み、空気や水分など必要なものは通す作用がある便利な障壁なのだが、何を通すかは設定者の側で決めることが出来る。そして、単純な障壁機能だけでなく探知機能もあり、何を探知するかの設定も出来る。その探知の設定は汎用性があり、闇系魔法が組み込まれているのか精神作用も探知可能という、かなり便利な機能を有するアーティファクトがある。

 

つまり、『オアシスに対して悪意のあるもの』と設定すれば、“真意の裁断”が反応し、設定権者であるランズィに伝わるのである。もちろん、実際の設定がどんな内容かは秘匿されており領主にしかわからない。

ちなみに、現在は調査などで人の出入りが多い上、既に汚染されてしまっていることもあり警備は最低限を残して解除されている。

 

『なるほど……』

 

ランズィの説明を聞き、更に訝しむ陽和にティオも何か気付いたのか袖で口元を隠しながら陽和に声をかける。

 

「主殿、これはまさか……」

『ああビンゴだ。やっぱりいやがった』

「どういうこと?何かいたの?」

 

陽和やティオと違って雫はまだ竜人の感覚に慣れておらず、何かあったのかと疑問を口にする。そんな彼女に振り向きながら陽和は簡潔に答えた。

 

『オアシスの底に魔物がいる。恐らくは、そいつが毒素を出してる元凶だ』

「なっ、それは本当なのかっ⁉︎」

 

陽和の言葉に真っ先に反応したのはランズィだ。

まさか公国自慢のオアシスを汚染した元凶が魔物で、よりによって今もオアシスの底にいると聞かされれば憤慨するのも仕方ない。

憤慨し拳を握りしめるランズィに陽和は落ち着いた様子で答える。

 

『はい、魔力感知ではっきりと確認しました。まだ調査の手が回っていない場所に隠れていましたね』

「くっ、ずっと底にいたというのかっ。だが、どうやって引き摺り出せばっ…」

 

不倶戴天の仇とも呼ぶべき魔物が今もなおオアシスの底に居座っている事実に、悔しそうに歯軋りする。部下達も同じような表情を浮かべていた。

陽和はそんな彼らを見て仮面の下で小さく笑うと、オアシスのすぐ近くまで移動する。

 

『少々手荒に行きます。くれぐれも近づかないように』

「?ソルレウス殿、一体何を———ッ⁉︎」

 

言葉は最後まで続かなかった。

なぜなら、自分たちの目の前で陽和が右腕を掲げて頭上に雷炎の星々と槍を無数に出現させたのだから。

明らかに対軍規模の魔法の出現にランズィ達は揃って目を剥く。

 

『さぁて、何発目で出てくるかな?』

 

彼らが驚愕する中、陽和は躊躇なく腕を振り下ろした。

陽和の合図に従い、雷炎の星々と槍はまさに流星群の如くオアシスへと降り注いだ。ドガガガガガガガガガ‼︎‼︎‼︎‼︎と爆音を鳴らしながら次々と水柱を噴きあげて炸裂する魔法の乱射にランズィ達は開いた口が塞がらない。ティオは面白そうにその様子を見ており、雫はやりすぎじゃないかしら?と少しハラハラしている。

 

「そ、ソルレウス殿ぉ!何をやってるのだ!いくら魔物を引き摺り出すとはいえオアシスを破壊する気かぁっ⁉︎」

 

オアシスが爆撃され、魚達が巻き込まれ死体が水面に浮かび上がる様子を見て、ランズィが部下達よりもいち早く正気へと戻ると、悲鳴を上げながら陽和を止めようと飛びつこうとするが、その瞬間、ソレは現れた。

 

「ッ⁉︎」

 

シュバ!と風を切り裂く勢いで無数の水が触手となって陽和達に襲いかかった。だが、それらはティオの炎の障壁と雫の龍刀・薄明による水の斬撃によって相殺されて霧散した残骸がオアシスの水面に落ちる。

何事かと、オアシスの方を見たランズィ達の目に、今日何度目かわからない驚愕の光景が飛び込んできた。陽和の爆撃に怒りをあらわにするように水面が突如盛り上がったかと思うと、重力に逆らってそのまませり上がり、十メートル近い高さの小山になったのである。

 

 

「なんだ……これは……」

 

 

陽和、雫、ティオが臨戦体制をとる中、ランズィの呆然としたつぶやきが、やけに明瞭に響き渡った。

 

 

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