竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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いよいよ、明日はモンハンNOWの配信だ〜。
スマホを持ち歩いて辺りを散策して早速狩りに行ってきます!
明日、狩りに繰り出す方々は熱中症に気をつけて行きましょう!!


56話 青の大海原

 

 

 

「はぁ“ぁ“〜〜〜、づっがれ゛だぁぁ」

 

ハジメ作成の潜水艇の操縦室では、操縦席に座り足を組み後頭部で腕を組みながら、くたびれたサラリーマンの如く疲れ切った声を上げる陽和の姿があった。

精魂尽き果てたかのような、肉体的疲労と精神的疲労がダブルで襲いかかっているような疲れ切っている陽和は、せめてもと外に広がる光景を見ながら小さく呟く。

 

「………清々しい青だなぁ」

 

潜水艇のフロントガラスならぬフロント水晶(透明な鉱石で頗る頑丈)から見える景色は一面の青。

空は地平の彼方まで晴れ渡り、太陽の光は燦然と降り注いでいる。潜水艇内にいる為温度や風はわからないが、なんとなく過ごしやすいだろうと察することができる。

しかし、見える景色はそれだけで周りには何もない。だが、それも仕方のないことだ。

何せ、現在陽和達がいるのは大海原のど真ん中だからだ。

 

大海原のど真ん中で潜水艇がぷかぷか、ゆらゆらと波間に漂っているのだ。

 

なお、ハジメの潜水艇だが、この世界の人々にとっては“船”ではなく、新種の魔物といわれた方が納得するような見た目だ。

黒く光沢のある流線形のボディをしており、通常の船のように外側に乗り込む場所がない。本来ならば、更に、そのボディの左右に小さな翼のようなものがVの字型についており、後部はスクリューのようなものと尾に見せかけた舵がついているのだが……今は見るも無残な感じで残骸が引っかかっているだけだった。それさえきちんとついていれば、少し平べったいシャチに見えなくもない、そんな形だ。

【グリューエン大火山】のマグマの中を逞しく流されて、搭乗者に九死に一生を得させたハジメのアーティファクトである。その栄光の代償に、ほとんど大破といってもいいレベルで壊れていたが。

 

『……お疲れのようだな。相棒よ』

『仕方ないよ。怒涛の連続だったんだから…』

「……ああ、もう二度と経験したくない」

 

ドライグとヘスティアの言葉に、陽和は露骨にうんざりしたような表情を浮かべながら、【グリューエン大火山】でマグマに流されてから現在までの経緯を思い出す。

陽和達はマグマ溜りから何処かの地下に流されていったあと、ほぼ丸一日激流にさらされ続けた。いつまでもユエと陽和の重力魔法で体を固定しているわけにもいかず、荒れる船内で試行錯誤した末、ハジメは、何とか生成魔法で重力石を生成し浮遊する座席を作成したおかげで、潜水艇が壁にぶつかりながらも、ある程度シェイクされるのは防ぐことができた。

 

とはいえ、音までは消せず騒音によって眠れぬ夜を過ごしていた時、漸く変化が訪れる。

 

これまでで最大の衝撃が陽和達を襲ったのだ。

その衝撃は凄まじく潜水艇を覆っていた“金剛”の防御を貫いて直接潜水艇にダメージを与えるほどだった。そして、その衝撃と共に、潜水艇は猛烈な勢いで吹き飛ばされた。

急いで外部を確認したハジメの目に飛び込んできたのは、マグマで満たされた赤の世界ではなく、蛇のようにのたうつマグマと猛烈な勢いで湧き上がる気泡で荒れ狂った“海”だった。

 

どうやら何処かの海底火山の噴出口から、いわゆるマグマ水蒸気爆発に巻き込まれて盛大に吹き飛ばされたらしかった。

その衝撃で、船体が著しく傷ついたわけだが、何とか浸水を免れたのは不幸中の幸いというべきか、それとも流石ハジメのアーティファクトと称えるべきか微妙なところだ。

九死に一生を得て、何とか地上に戻れたことに安堵したのだが、その後も、受難は続いた。

スクリューや舵などが壊れて大破状態の潜水艇を、魔力の噴射で強引に航行させた陽和達に、海の魔物がこぞって襲いかかってきたのだ。

 

まず襲いかかってきたのは、巨大なイカっぽい何か。

体長三十メートルはあり、三十本以上の触手をうねうねさせている姿は、海の怪物クラーケンを彷彿とさせた。

そんな怪物が、潜水艇に容赦なく襲い掛かった。触手に絡め取られ、あわや円形に並んだ鋭い牙に噛み砕かれるかという所で、潜水艇搭載の武装(魚雷など)とユエ、陽和、雫、セレリアの魔法で撃退した。

 

次は、水の竜巻を纏うサメもどきの群れ。

 

更にその次は、回転する角と超高速航行が可能なエセカジキマグロ。

 

更に更に、機雷みたいな糞を撒き散らすドヤ顔のカメ。

 

などなど、そんな感じで多種多様かつうざくてしょうがない魔物達のオンパレードであり、それを撃退し続けていると、やがて潜水艇に搭載していた武装も尽きて、陽和達の魔法頼りとなり、ユエ、雫、セレリアの順に魔力が尽き、魔晶石にストックしていた分の魔力すらも使い切り、最後には陽和がほぼ一人で撃退していた。

途中、ハジメはそれなりに出血していた為、シア達から吸血して魔力を補充したユエも参加したものの、彼女の“血力変換”の派生技能“血盟契約”の効果により、ハジメからの吸血では通常の変換効率の数倍の効果を見込める分、ハジメ以外の対象からの吸血行為では魔力の変換効率が逆に悪くなってしまい、あまり回復ができず、ほぼ陽和に任せっきりだった。

 

陽和は大火山内部ではマグマの熱を魔力に変換し続けていたので余裕があったが、数が数なだけに“女神の契り”も使いつつ迎撃を続けていた。

しかし、魔物の数の多さとタチの悪い能力のオンパレードにいよいよストレスが限界を迎え『いい加減にしやがれ!このクソ共がぁぁぁ!!』とブチギレてしまい、怒りのままに大規模魔法を連発しつつ魔物達を爆砕し、更には魔力をありったけ流し込み、凄まじい噴射により爆進して強引に魔物達から逃げ切ったのである。

その時の速度は、ハジメと雫曰く『新幹線より確実に速かった』らしい。

 

蛇口を開くどころか水槽をひっくり返すような魔力の過剰消費の結果、魔力の回復が追いつかず、ほぼ枯渇状態になり、勢い余って海上に飛び出たところでダウン。

最大の功労者である陽和を休ませたハジメは方角的に大陸がある方向へと半日ほど進んだところで、気候も波も極めて穏やかだったことから休憩を兼ねて停泊しているのである。

最初は潜水艇内にあるいくつもの部屋の一つ、自分に割り当てられた個室で休んでいたのだが、外の景色を見たくて操縦室に移動しのんびりとくつろいでいるのだ。

 

『………イレギュラーにイレギュラーを重ねた事態だったからな。まず生き残れるとは誰も思うまい』

『ねぇ。マスター達だから生き残れたようなものだよ。普通ならマグマに呑まれて終わりだ』

「………そうだなぁ」

 

疲れ切っているため二人の言葉にも簡単にしか相槌を打たずのんびりしている陽和。その時、唐突に操縦室の部屋の扉がスライドして開く。

操縦室に入ってきたのは、浴衣にも似た格好をした雫だった。ストレートの髪が湿っていて頬が上気しているのは、シャワーを浴びてきたからだろう。濡れた髪が頬や首筋に張り付く様は実に艶かしい。

 

「陽和、体の調子はどう?」

 

雫は操縦席でくつろぐ陽和の姿を見ると声をかけてくる。

 

「んー、まだ回復中だが問題はないぞ」

「そう、よかったわ。あなたが一番頑張ってたもの。ちゃんと休んでもらわないとね」

「……まぁあの量にムカついたとはいえ、少し張り切りすぎたかな」

「ふふ、お疲れ様」

 

陽和の言葉に嬉しそうに返事をしながら陽和の隣の席に座ると、陽和と同じように海を眺め始める。

しばらく無言で海を眺めていた二人だったが、陽和が唐突に雫の方に身を寄せるとそのまま彼女の太腿に頭を乗せたのだ。いわゆる、膝枕という奴である。

 

「あら、どうしたの?」

「なんとなくこうしたくなった…」

「ふふ、そう」

 

突然、甘えてくるような仕草に驚きつつも特に離れようとはせずに、雫は陽和と言葉を交わして嬉しそうに笑うと彼の赤い髪を優しく撫でる。

 

「他の奴らはどうしてる?」

 

しばらく心地よさそうに目を細めていた陽和が、未だ頭を撫でる雫に尋ねた。

 

「ハジメとユエは甲板にいるわ。それで、シアは、部屋で拗ねてるわね」

「はぁ?なんで拗ねてんだ?」

 

なぜかわからなずにそう問いかける陽和に、雫は困ったような呆れたようなそんな曖昧な表情を浮かべながら、少し気恥ずかしそうに答えた。

 

「……その、ね、ハジメとユエが甲板で、その、始めちゃって…、ハッチも空いてるから音が聞こえてきちゃったのよ。それをシアが聞いちゃって……」

「…………あいつらは、何やってんだ」

 

ハジメとユエの所業に陽和は頭痛を堪えるように額に手を当てて露骨に呆れる。まさか、二人が開放感が凄まじい外でおっ始めるとは予想外だった。

生物は危機的状況の時に、あるいは脱した時に子孫を残したい生存本能が高まることがあると聞くが、だからと言って青姦をするとは誰が思うだろうか。

陽和は二人の奔放さに呆れのため息をつきながら、すかさず頭痛薬と胃薬を飲む。錠剤だけを宝玉から出して口の中に放り込むと、そのまま水も飲まずにゴクンと。すっかり薬を飲むのに慣れてしまったようだ。

薬を飲み精神的に気分を落ち着かせた陽和は、うんざりした顔で恨み言のように呟く。

 

「……状況が状況とはいえ、もう少し自重できないかね。あのバカ二人は」

「………本当に、以前の彼からは想像もつかないわよね。ご家族もびっくりしそう」

「それは同感だ。どんな反応をするのやら」

 

以前のハジメを知る自分たちでも今のハジメの色んな意味で変わった姿には今でも驚くのだ。実の両親が話を聞いたら目を丸くすることは間違いないだろう。

 

「……というか、いつも薬飲んでるの?」

「これでも雫が合流してからは飲む頻度は減ったがな」

「……日常的に飲んじゃってるのね。原因は……大方想像がつくわ。本当に、予想外ね」

「全くだ」

 

ハジメとユエの所業とそれによる恋人への被害に雫が頬をひくつかせる。すると、徐に陽和が真剣な表情を浮かべると、恐る恐ると尋ねる。

 

「………それはともかく、セレリアは、どうしてる?」

「今は部屋で寝てるはずよ。シャワー誘ったんだけど、反応なかったから。寝てなくても、今は一人にしたほうがいいかなって…」

「………そうか」

 

彼女の気遣いに短く答えた陽和は暗い表情を浮かべる。

 

「……今のセレリアには、落ち着く時間が必要だ。あんなことがあったからな」

「ええ、そうね」

 

あの時はどうにか落ち着かせることはできたものの、ふとした時に兄に拒絶された悲しみが湧き上がってくる可能性は高い。だからこそ、様子見をして彼女の精神が崩壊しないようにケアをする必要があった。

 

「……しばらくは様子見だが、取り返しがつかなくなる前にどうにかしてやんねぇと」

「私も気にかけとくわ。流石にアレを見過ごせことはできないもの」

「ああ

 

雫の協力に短く応えると陽和は膝枕でくつろぎながら外を眺める。だが、少しの沈黙の後、雫が心配そうに彼の顔を覗き込んで問うた。

 

「……ねぇ、やっぱり、悔しい?」

「………顔に、出てたか?」

「いいえ。でも、なんとなくそうじゃないかなって思ってたわ」

「……本当、察しがいいな」

 

言葉にしていないのに陽和の現在の心情をドンピシャで言い当てた雫に、相変わらず鋭いなと感心の声を上げると、ゆっくりと身を起こしながらポツポツと語り始める。

 

「………少し天狗になってたのかもな。ドライグの力、ヘスティアの力、俺の魔法、これまで培ってきた武術。それらを合わせれば、エヒトならともかく、この世界の人間には遅れを取らないと本気で思っていた。だが…」

「……ディレイドは、貴方が本気で相手しても勝てないほどに強かったわね」

「ああ、驚いたよ。この世界の人間で、獣魔兵の強化があるが、それでも俺が本気になっても勝てるか分からない手練れはいないと思ってたからな。なんとか引き分けには持ち込めたが、俺は負けたと思ってる」

 

陽和とて油断していたわけではない。

魔法、武術の鍛錬を怠らず愚直に己を鍛え続けていた。元の世界に帰る為に陽和は己にできる全てを鍛え上げていた。赤竜帝の後継者として更なる力を得た後もそれは変わらず、来る神の戦いの為に必死に鍛え続けていた。

だが、それでもディレイドは強かった。武術の腕は格上で、魔法の腕はどうにか上回っている。身体能力も本気を出せばほぼ互角。現状では陽和よりもディレイドの方が総合的に強い。そして、最後の最後で一撃見舞い引き分けに持ち込めものの、陽和としては負けたと思っている。

それが、陽和にはとても悔しかったのだ。恐らく、この世界に来て初めて勝てないかもと思った格上との邂逅に、変えようがない敗北の事実に、陽和は少し慢心していたのかと思ってしまったのだ。

 

「……悔しいな。ああ、本当に悔しい。俺はあの時に確実に倒すつもりで戦っていた。だが、あいつは俺より格上で最後どうにか“透過”の力で一矢報いたが、次通用するかはわからない。確実に対策してくるだろう」

「……ええ、正直、あそこで倒せなかったのは痛いわね。あれほどの相手だもの。次は必ず対策してくるし、さらに強くなってるに違いないわね」

「ああ、それは断言できるな」

 

二人とも武術の道を進むもの同士だからこそ分かってしまう。ああいう手合いは、次戦う時には自分達の対策をし確実に強くなっているだろう。

己にできる全てを極め尽くしてもっと強くなる。

強者に出会い戦い決着がつかなければ、その強者を超える為にさらに己を鍛え上げる。

武人とはそういう気質の者達なのだ。

 

「……もっと強くならねぇと。今のままじゃまだ足りない。こんなものじゃ、ディレイドは勿論のこと、エヒトとも戦えるわけがない」

「私も付き合うわ。私も、あの戦いでもっと強くならなきゃって思ったから」

 

悔しい気持ちは雫も同じだ。

最初に陽和が極光に呑まれたことや、エレボス達を引き受けたがティオの助けがなかったら死にかけていたこと、その後も最後の最後までフリード達に先手を打たれていた。

彼の隣で戦うと決めたのに、恋人を何度も危ない目に合わせてしまった。だから、次は同じ失敗を繰り返さない。そう決意を顕にして雫はそう言った。

 

「ああ、そうだな。もっと強くなろう。誰にも負けないぐらいに強く」

「ええ、そうね」

 

あの戦いは陽和だけでなく雫にとっても反省点が多く、強くならなければと気を引き締めるに足る戦いだった。

そうして二人で強くなることを約束しあったが、雫の勘の鋭さは、更に陽和が内に秘めた想いを言い当てる。

 

「でも、考えてることはそれだけじゃないわよね?セレリアのことも考えてるでしょ?」

「……まぁ、な。正確にはディレイドとセレリアの二人のことだがな」

 

本当に勘が鋭いなと苦笑いし、少し暗い表情を浮かべるとこれまで考えていたことを雫に話す。

 

「……分かってはいた、分かってはいたんだがな。……いざ目の当たりにすると、辛かったんだ」

「……二人の、関係性のことよね?」

「ああ。俺も兄だからさ、妹を大事にする気持ちはわかる。実際、セレリアからは変わる前のディレイドの話を聞いたことがあるけど、俺と同じように妹を大事にしてるんだってよくわかった。なのに……」

「……ええ、当の本人は、妹への情を後回しにしてたわね。神の意志を優先して、セレリアを傷つけてた」

「ああ。あれだけ家族を愛していた人の心すら捻じ曲げてしまうんだ。果たして、正気に戻せるのかも分からない」

 

セレリアから変心する前のディレイドの話を何度も聞いた。話の中のディレイドは陽和と同じように妹を愛していた。祝い事は兄らしく盛大に祝い、日常では妹の為にあれやこれやと手を尽くしていた。セレリアもその愛情に愛情を返し、兄妹仲睦まじく支え合って暮らしていた。 

だが、昨日出会ったディレイドは全くの別人で、あれだけ愛していた妹を平然と傷つける発言をしていた。そのあまりの変わり様に実際に彼と対面した陽和は、もし自分が彼と同じように神によって心変わりし、妹達を傷つけていたらと思うとゾッとした。

 

神によって心を利用され狂わされた者の姿。

 

ドライグの記憶で何度も見ていたはずなのに、実際に対面し、言葉を交わしたことでそれの悪辣さを実感した。

だからこそ、あの時、ディレイドとの会話で湧き上がったのは怒りや憎しみで、兄が妹を傷つけるなど許せるわけがないと。同じ兄として、ディレイドの存在を認めるわけにはいかなかった。

 

だが、こうして少し落ち着き改めて思い返してみれば、怒りや憎しみは以前変わらないが、同時に悲しみや恐れも湧き上がってしまっていた。

 

親しい者、愛する者を利用され、傷つけ合う。

声が、想いが届かず、戦いたくないのに、戦わざるを得ない。

 

それは、ひどく恐ろしくて辛い光景だ。そして、かつての解放者達もそう言った者達と戦わざるを得ず、ある者は己の命を賭けて止めて、ある者は彼らを命懸けで説得して正気に引き戻した。

 

でも、その結末は大半が悲惨なものであり、助けたかった人諸共殺されてしまったり、やっと正気に戻せたのにそんな彼らに守られてしまったり、愛しい家族が、仲間が、友人が、神に利用され狂わされ、涙の結末を迎えてしまう。

説得して正気に戻せるのならそれでいい。だが、それでも無理ならば最悪殺すことでしか止めることができない。

止められる側は殺してくれて感謝するかもしれない。だが、殺す側は………一生罪の意識に苛まれることだろう。

 

「……無論、ディレイドを殺すつもりはない。どうにか戦闘不能にして根気良く説得して正気に戻そうと思ってる。……だが、あれだけの強さだと手加減して勝てる相手じゃない。殺さないと止められない。でも、それは俺がセレリアから兄を奪うのと同じで、それをしたら俺はあの子達の前に立てなくなる」

 

ディレイドは格上の強者。殺さずに戦闘不能にすることは正直厳しく、最悪殺すしかない。

だが、もしも万が一殺してしまった時、その時蘇生手段がなければ、セレリアに兄との別れを強いてしまうことになる。

救いたい気持ちを知っておきながら、大事な仲間であるセレリアの愛する兄を殺すことは、妹弟がいる陽和にとってはただ殺した以上の意味を持っており、仲間から兄を奪った自分が、牡丹、優樹、桔梗の前に兄として胸を張って立つことができなくなる。そう確信できてしまったのだ。

 

『………相棒の言う通り、最悪の事態になればその手段を選ばずを得ない。それを回避する為にも再生魔法か魂魄魔法の習得は必須だ。仮にそうなったとしても、どちらかを習得していれば救える手段はある。……だから、とにかく次戦うまでにどちらかの魔法を習得するのは絶対だ』

 

ドライグの言う通り、再生魔法と魂魄魔法があればある程度の問題は無視できる。

魂魄魔法は期限付きだが死者を蘇生させることができ、再生魔法ならば死んでいなければどんな重傷でも復元できる。

だからこそ、死亡、あるいは死亡に限りなく近い瀕死の状態でもどちらかの魔法を習得していれば、救える可能性は十二分にあるのだ。

 

「……ああ、確かにドライグの言う通り、どっちかの魔法があればある程度はどうにかなる。……だが、やっぱ目の当たりにしちまうと、ゾッとしたよ」

「…‥陽和、無理にその選択を選ぼうとしないで。私は、出来ることならあなたにその選択は選んで欲しくない。殺さない方法があるのなら、それを選ぶ方があなた自身の為になる」

「雫……」

 

少し弱気になっている陽和の姿に、表情を少しだけ悲しげなものに変えた雫は、膝の上で握られている彼の拳に手を添えながら気遣うようにそう言うと、でもと呟き、言葉を続けた。

 

「……どうしてもその選択を強いられてしまったら、私も一緒に背負うわ。もう二度と、あなた一人に背負わせたくない。いいえ、背負わせないわ」

 

彼一人に殺人の苦しみを背負わせたくはない。

後悔はあの時十分にした。これからは彼の苦しみを共に支える。それが自分の役目なのだから。

決意を顕にそう言う雫に、陽和は僅かに目を見開くと小さく微笑む。

 

「…………ああ、そうだな。ありがとう」

「ええ」

 

陽和は雫に感謝を告げながら、彼女の手を掴むと再び身を寄せる。

 

『相棒、俺達もいる。辛かったら、抱え込まずに言ってくれ。いつでも相談に乗る』

『ボクもだ。マスターが苦しむ姿は見たくない。悩みとか不安は遠慮なく話してくれ』

「…‥お前らも、ありがとうな」

 

気遣ってくれる頼もしい相棒達にも陽和は礼を言う。

それからしばらく、二人は仲良く寄り添いながら静かに外の景色を眺めていた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「随分とお楽しみでしたね……」

 

甲板で色々とリフレッシュして船内の通路に降りてきたハジメとユエを、ジト目のシアがそんな言葉を投げかけて出迎えた。彼女の隣には苦笑いしたセレリアもいてシアの頭をポンポンと撫でている。

 

「ん?起きてたのか。具合はどうだ?」

「何事もなかったかのような、ごく自然な気遣いありがとうございます。激しい揺れと、とても艶やかな声と、生々しい音のおかげで眠気は吹っ飛びました。体調も、虚しさと寂しさが転じて力となり、すこぶる快調です。ええ、このまま、襲ってやろうかと思えるくらい」

「そうか、そりゃよかった」

「……やるなとは言わんが、もう少し場所ぐらいは自重しろ」

「以後気をつける」

 

悪びれた様子もなくあっさりというハジメに、シアが「うぅ〜」と涙目で唸り声をあげ、セレリアが呆れのジト目を向けてくる。ハジメはそれらを無視し、周囲をキョロキョロとしてここにいない二人を探す。

 

「陽和と雫は?まだ部屋で休んでるのか?」

「ああ、二人なら操縦室で寝てる」

「操縦室?部屋じゃなくてか?」

 

ハジメの当然な疑問にセレリアとシアは目を見合わせてくすりと笑うと肩を竦めて操縦室の方へと視線を向ける。

 

「見れば分かる」

「見ればわかりますよぉ」

「「?」」

 

ハジメとユエは二人の意味深な言葉に首を傾げつつも、やっぱり気にはなるので操縦室の扉を開けて中を覗き込む。すると、操縦席とその隣の席で座り寄り添い合う二人の後ろ姿が見えた。

こちらに振り向く様子もなく、明らかに寝ていると気づいた二人はそーっと前に回り込む。そして、彼らの顔を見た途端に、二人の表情は尊いものを見たかのように緩んだ。

 

「ほぉ、これはこれは」

「……ん、微笑ましい」

 

ニマニマとした表情を浮かべる二人の視線の先には、お互いに身を寄せながら小さな寝息を立てて寝ている陽和と雫の姿がある。しかも、二人の間では手が繋がれており、指もしっかりと絡めている。

 

「……これはなんとも、仲睦まじいことで」

「……尊い光景」

 

雫スキーである親友の香織がいたら親友の可愛尊い姿に、幸せの飛沫を鼻から噴射しかねない光景にハジメ達の頬も自然と緩む。

その時、ドライグが宝玉を点滅させながら小声でハジメ達に声をかけてくる。

 

『……お前達、戻ってきたか。早々悪いが、二人はさっき寝たばかりなんだ。もう少しだけ休ませてやってくれ』

「ああ、別に急ぐものでもないしな。起きるまで俺らは適当に過ごしとくよ」

『助かる』

 

ハジメ達も小声で応えてしばらくはゆっくり寝かせてあげようということで、抜き足差し足でそーっと操縦室を後にする。そして、ハジメ、ユエ、シアは部屋へと移動しシアの両隣に座ってウサミミを撫でて慰める。

セレリアは先程まで外に出れなかったので、ハッチを出て一人で海の景色を眺めに行った。

それからしばらく、陽和達が起きてくるまで各々のびのびとした時間を過ごし、2時間ほどが経って漸く陽和達が起きてきた。

その際、もはや安定となっている生暖かい眼差しを向けられた二人は、ハジメから「仲良く手を繋いで寝てたぞ」と言われ揃って赤面していたりする。

 

その後、再び潜水艇に魔力を流し込み一行は東へと発進。

時折、魔物に襲われつつも陽和達が魔法で撃退し、進むこと丸一日。

満天の星の下を走り抜け、朝日が世界を照らす頃、遂に陸地を捉えた。

昨夜見た星の位置から推測するに、現在地はエリセンの北側。なので、陸地を左手側に南下すれば、何かしらの港が見つかるはずだと判断し、南は2日進み、2日目の太陽が中天を超えた頃、陽和達は昼休憩の為に潜水艇を停めた。

 

メニューは、当然海でとった魚である。

狩り方法は実にシンプルで陽和とハジメが雷で魚を失神させ浮いてきたのを雫とユエが水流を操作して回収するという方法だ。

ちなみに、調理方法は陽和の炎で丸焼きして食べるのだが、ここで陽和が一つ提案して長い棒に魚を数体串刺しにして台座に挟んで串を回転しながら焼くという方法をとった。

ハンターがモンスターをハントする某狩りゲーが大好きな陽和(ちなみに使用武器は大剣である)は、どうしてもこのタイプの魚焼きをやりたかったらしく、ハジメが用意した棒、台座を使用して魚のよろず焼きを堪能。

見事に焼き上がり、こんがり肉ならぬこんがり魚が完成し、例のポーズをとってから、抜群な焼き加減のこんがり魚を全員で実食。塩や醤油もどきなどの調味料各種は陽和の宝玉内にもあるため、それをお好みでトッピングして、6人仲良く並んで水平線を眺めながら食べる魚は、場所、雰囲気の補正などもあり中々に美味だった。

 

「ん?」

「むっ?」

 

と、そのとき、こんがり魚に舌鼓を打っていた陽和の耳とシアのウサミミが、突如何かに反応する。

次いで、ハジメと雫も何かに反応し周囲を見回す。

直後、潜水艇を囲むようにして複数の人影が現れた、ザバッ!と音を立てて海の中から飛び出した人影は、先端が三叉の槍を突き出して陽和達を威嚇する。その数は20人。誰もがエメラルドグリーンの髪と扇状のヒレのような耳を持っている。誰がどう見ても、海人族の集団だが、彼らの目はいずれも警戒心に溢れ剣呑に細められている。

そのうちの一人、ハジメの正面に位置する海人族の男が三叉槍を突き出しながら、ハジメに問い掛けた。

 

「お前達は何者だ?なぜ、ここにいる?その乗っているものは何だ?」

 

ハジメは、頬を膨らませながら目一杯詰め込んだ魚肉を咀嚼し飲み込むので忙しい。敵対するつもりはないので、早く返答しようと思うのだが、如何せん、今食べている魚は弾力があってずっしりとボリュームのある強敵。今しばらく飲み込むのに時間がかかっていた。

本人としては、当たって真面目だが、周りからすれば舐めくさってるとしか思えない態度に当然、尋問した男の額に青筋が浮かぶ。

どうにも、ただ海にいる人間を見つけたにしては殺気立ち過ぎているようで、そのことに疑問を抱きつつも、一触即発の状況を打開しようと、ハジメの代わりにシアが答えようとした。

 

「あ、あの、落ち着いて下さい。私達はですね———」

「黙れ!兎人族如きが勝手に口を開くな!」

 

やはり兎人族の地位は、樹海の外の亜人族の中でも低いようだ。妙に殺気立っていることもあり、舐めた態度をとるハジメ(海人族にはそう見える)に答えさせたいという意地のようなものもあるのだろう。槍の矛先がシアの方を向き、勢いよく突き出された。

 

『———“幻牢”』

 

だが、それは突然止められる。

陽和が空間を固定する空間魔法“幻牢”を刹那のうちに発動した男を空間ごと固定して動きを止めたのだ。

突如、見えない圧力に動きを止められ困惑を顕にする男に、仮面を被った陽和が冷静に声をかける。

 

『何故殺気立ってるのかはある程度察しているが、とにかく落ち着け。その態度をとるなら、こちらもそれ相応の手段に出るしかない。だから、どうか一度落ち着いてくれ。こちらにお前達を害する気はない』

 

陽和が片手を前に出しながら冷静になるように男達に交渉する。

陽和もそうだが、ハジメもミュウの存在がある以上海人族とは事を荒立てたくない。故に、どうにか落ち着いてもらうよう、こちらの意思を示したのだが、どうやら海人族達は提案を飲むつもりが無いようだ。

海の上という彼らに有利なフィールドで、仲間の一人がいいように動きを止められているという事実が海の民のプライドをひどく傷つけたらしい。その上、人間族に対する警戒が異常に高いらしく、陽和の言葉を全く信用する気がないようだ。

男達は一様に憤怒の表情を浮かべながら怒鳴る。

 

「そうやって、あの子も攫ったのか?また、我らの子を攫いに来たのか!」

「もう魔法を使う隙など与えんぞ!海は我らの領域。無事に帰れると思うな!」

「手足を切り落としてでも、あの子の居場所を吐かせてやる!」

「安心しろ。王国に引き渡すまで生かしてやる。状態は保障しないがな」

 

警戒心というよりは、明確すぎるほどの怨嗟を宿した言葉に、陽和はやはりかと確信する。

彼らが露骨に警戒心をむき出しにしているのは、陽和達がミュウを誘拐した犯人だと疑っているからだろう。

見たことのない乗り物に乗り、兎人族と狼人族の奴隷を連れ、海人族の警戒範囲を彷徨く人間達。しかも、そのうちの一人は見慣れぬ格好の上仮面だ。疑うには十分すぎるほどの要素が揃ってはいた。

種族における結束や情が強いのは、亜人族特有であり、同種族であれば更に顕著だ。これまで出会った亜人族しかり、過去の獣人族しかり、他人の子であろうとも自分のこと変わらないくらい大切なのだろう。

だからこそだ。

 

『———落ち着けと言っている』

「「「「「なっ⁉︎」」」」」

 

陽和の静かな一言が響くと同時に、海人族の男達が全員、その場に固定化され、足が離れるほどの高さまで持ち上げられる。

完全に身動きが取れなくなり、驚愕の声を上げる彼らに、陽和が冷静さを保ちながら口を開く。

 

『お前達がそこまで怒る理由はわかる。ミュウのことがあるからだろう?』

「なっ、何故あの子の名前を知っている!?やはり、お前達がっ」

『そうじゃない。確かに俺達はミュウのことを知ってるが、俺達はあの子を保護している。フューレンのギルド支部長、イルワ・チャング氏から彼女をエリセンまで連れて行く依頼を請け負っている。今は別行動をとっているが、他の仲間達が別ルートでエリセンに向かっているはずだ』

「う、嘘をつくなっ!もう騙されないぞっ!そう言ってまた、我らの子を攫う気だろっ!」

 

やはりというか、ここにミュウがいない以上、言葉を並べても素直に聞き入れてはくれないようだ。こちらとしては話を聞き入れてもらってすぐにエリセンに向かうのが最善なのだが、根気強く説得して行くと時間がかかりすぎる。

 

『一度落ち着けと言っているだろうが』

 

だから、手っ取り早く彼らを黙らせて無理やり話を聴かせるしかない。

突如叩きつけられる凄絶な威圧に男達は声すら出せなくなり、一斉に顔を青ざめる。空間魔法で体を固定されているにも関わらず、あまりの恐怖に体が震えている。

陽和は彼らを威圧で黙らせると、頬杖をつきながら話す。

 

『まず第一に、俺達が仮に人攫いの者達だったとする。そうなった場合、俺はお前達が出てきた時点で殺している。今もこうしてお前達の命を握っているが、殺す理由はこちらにはないから、拘束にとどめている。拘束させてもらったのは、そうしなければ話が進まないからだ。それはまず理解したか?』

 

陽和の問いかけに首から上だけ拘束を解除された男達は一斉に頷く。それを理解したと受け取ると、淡々と続けた。

 

『理解できているようだな。だが、理解はしたところで、納得できないのは分かっている。だから、これからお前達を連れてエリセンへ向かう。そこで別ルートからミュウを連れてアンカジから移動している仲間達と合流する予定だから、彼女達が合流するまでエリセンで共に待機だ。依頼書もあるし、ステータスプレートで身分も明かそう。それで今は手打ちにして欲しい。いいか?』

「あ、ああ…わ、分かった」

 

少し威圧を緩めながらそう問う陽和に、すっかり恐怖を刻み込まれてしまった男は、必死に頷く。経緯はともかく、一応は話を聞き入れてくれたようで、一つ頷くと陽和はハジメに振り向く。

 

『というわけだ、ハジメ、早速エリセンに向かうぞ。少し面倒なことになったがな』

「……まぁ、ミュウのことだしな、多少の面倒事は割り切るさ」

「これは、エリセンに行っても色々ありそうですねぇ。なんか、これまでの町で平穏に過ごせたことがありましたか?」

「いや、皆無だな。まぁ主な原因はお前達なんだがな?それを自覚してくれ」

「……ん、私達は悪くない。絡んできたあっちが悪い」

「ユエ、それを開き直りっていうの知ってるかしら?」

 

ハジメ達も異論はない……というか、雑談していたがとりあえず男達と共にエリセンへと向かうことが決定したので、とりあえず潜水艇を操作して移動を始めた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

とにかく海人族の男達を鎮圧した陽和達は、彼らが潜水艇を囲む形でエリセンへと移動することにした。

道中、もう少し詳しくミュウとの経緯を話し、かつ依頼者とステータスプレートを見せてどうにか納得してもらった。(貴重な書類や依頼書に関しては主に陽和が宝玉に収納して持ち歩いている)

その後、男達から話を聞けば、彼らは全員がミュウのことを知っている者達だったらしい。また、ミュウ誘拐の際、母親が負傷させられたらしく、それもあって余計に殺気立っていたようだ。

そうして海の上を走ること数時間、

 

「あっ、ハジメさん!見えてきましたよ!町ですぅ!やっと人のいる場所ですよぉ!」

「ん?おぉ、本当に海のど真ん中にあるんだなぁ」

 

シアが瞳を輝かせながら指を指し【エリセン】の存在を伝えた。視線を向けたハジメ達の眼にも、確かに海上に浮かぶ大きな町が見え始めた。

一行は、桟橋が数多く突き出た場所へ向かう。そして、見たこともない乗り物に乗ってやって来たハジメ達に目を丸くしている海人族達や観光やら商売でやって来たであろう人間達を尻目に、空いている場所に停泊した。

 

『事情説明は頼んだぞ。あまり面倒ごとは起こしたくないんだ。一度で分かるように懇切丁寧に説明してやってくれ』

「は、はい!」

 

陽和の念押しに、先程の恐怖を思い出したのか、青年は震えながら頷く。そして、野次馬の向こうからやってくる完全武装した人間族の兵士と海人族を確認して、彼らの元へと向かっていった。青年が兵士の隊長と思しき人物と話している様子を見守った。

どうにか穏便に言ってくれと思っていたが、やはりそう簡単にはいかず、何やら慌てている青年を押し除けて、兵士達が押し寄せてきた。

桟橋の上は狭いため、逃げ場などなく、陽和達はあっという間に包囲されてしまった。

 

「大人しくしろ。事の真偽がはっきりするまで、お前達を拘束させてもらう」

『……一応確認ですが、話は聞いたんですよね?』

「もちろんだ。攫われた子が本当にここに来るまで、お前達を野放しにしておく事はできない」

 

にべもない態度と言葉に陽和はやはりかと内心で思ってしまう。しかも、ハジメがイライラしてるのが気配で丸わかりだ。一応ミュウの故郷ということで自制はきかせているが、いつ爆発するかわからない。

 

『……本当にここに来るまで、ですか。我々の言葉は信用できませんか?』

「誰が信用できるのだ?今の段階でお前達はエリセンの管轄内で正体不明の船に乗ってうろついていた不審者ということになる。所属も依頼も偽装してるかもしれん。そんな不審者を野放しにしておくことなどできない」

『……まぁそれは否定しません。ですので、ここに依頼書と私のステータスプレートがあります。これで我々のことを信用してもらえませんか?』

 

陽和は宝玉からイルワからの依頼書と事の経緯が書かれた手紙、ステータスプレートを取り出しながら、目の前の男に提示する。

彼の胸元のワッペンには【ハイリヒ王国】の紋章が入っており、国が保護の名目で送り込んでいる駐在部隊の隊長格だろうと推測できた。だから、依頼者とステータスプレートの他に、エリセンの町長と目の前の駐在兵のトップにあてられた手紙も渡したのだ。

 

「…‥確認させてもらう。……っ、“金”ランクっ⁉︎それに、これはフューレン支部長のサインかっ⁉︎」

 

食い入るように読み進めた隊長は、陽和のランクと手紙に書かれているサインに、先程の青年の言葉が本当だったのかと理解する。

やがて隊長は盛大にため息をつくと、少しの逡巡の後に、やがて諦めたように肩を落として敬礼をする。

 

「……確かに確認した。先程は失礼した。ヴァーミリオン殿」

『疑いが晴れて何よりです。いろいろと話をしたいのですが、場所を移しませんか?流石にこの中で話すのはあれですので』

「あ、ああ、案内しよう。ついてきてくれ」

 

誤解も無事に解け、詳しい話を別の場所でしたいと提案する陽和に隊長も理解を示す。そうしてハジメ達に伝えようとした時、

 

『……?今、何か声が…』

 

何かの音を拾った陽和が空を見上げる。雫が「どうしたの?」と尋ねる傍で、シアがウサミミをピコピコと動かしながら反応し、次いでハジメにもうっすらと変えと気配が感じられた。

 

「———パッ」

『は?…えっ?ちょっ、嘘だろっ⁉︎』

 

かろうじて聞こえた『パ』という単語と、真上の空から急速に近づいてくる覚えのありすぎる小さな気配に、陽和が空の一点を見ながら驚愕の声をあげ、ついでハジメへと振り向き叫ぶ。

 

『ハジメ‼︎上を見ろ‼︎』

「は?…っ、おい、まさか⁉︎」

 

陽和の言葉にハジメも何が落ちてきてるのか理解し、目を見開く。全員が慌てて空を見上げれば、なんと、遙か上空から小さな人影が落ちてきているところだった!

両手を広げて、自由落下しているというのに満面の笑みを浮かべるその人影は……

 

「「「『ミュウッ!?』」」」

 

そう、ミュウだ。

ミュウが、満面の笑みでパラシュートなしのスカイダイビングをしているのだ。後ろを見れば、慌てたように落下している黒竜姿のティオとその背に乗った、やはり焦り顔の香織がいた。

 

「おいおいおい!何やってるんだあの子は!」

「なんであの子満面の笑みでスカイダイビングできてるのよっ!?」

『知らんっ!とにかく、ハジメ飛べ!』

「分かってるっ!」

 

目を丸くして焦燥を顕に叫ぶセレリアと雫にそう返した陽和は、ハジメに叫ぶように指示する。すかさず、ハジメが“空力”と“縮地”でその場から一気に跳躍する。その際に生じた衝撃を空間魔法で相殺しつつ陽和が風を操作してハジメの上昇をサポート。

凄まじい速度で一気に二百メートルの高さを跳躍したハジメは、確実にミュウを受け止めて衝撃の一切も完璧に殺す。

ミュウを無事受け止めたハジメは内心で冷や汗を滝のように流しながら“空力”でゆっくりと地上へ戻る。

 

「パパ!」

 

そんなパパの内心など露ほどにも知らず、満面の笑みでハジメの胸元に顔をすりすりと擦り付けてくるミュウ。大方、上空で真下にハジメがいるとティオあたりにでも教えられたのだろう。そして、パパに会いたさのあまりにハジメ目掛けて落下した。

落下中の笑顔を見れば、ハジメパパの胆力に既に影響を受けたのか、パパが受け止めてくれると信じていたのか、どちらかというよりかは両方だろう。なんにせよ、ハジメはともかく、陽和からすればその成長はいただけない。

 

『………四歳児が満面の笑みでフリーフォールするって、そんなことある?』

「ない、わね。普通は……」

 

ゆっくりと降りてくるハジメ達を見上げながら、頭痛を堪えながら呟く陽和に、乾いた笑みを浮かべる雫がそう返す。

陽和は頭がズキズキと痛むだけでなく、胃までキリキリと痛み始めてきてしまい、片手でお腹をさすりながら若干の焦りが宿る声音で呟く。

 

『……なんかさ、今のうちにミュウに常識叩き込まないと、後々とんでもないことになりそうな気がするんだが』

「確かにその可能性は大いにあるわね。今の内に私達がまともな常識をあの子に教えないと」

『ちょっと、計画案とか練ってみるか。今後のことを考えて。でないと、ミュウのお母さんに申し訳ない』

「賛成よ。ティオとセレリアも交えて会議しましょう」

 

二人は揃って表情を引き攣らせてしまう。

明らかにハジメパパの影響を受けてしまっているミュウの将来が心配になってきて、自分達があの子にまともな常識を教え込まなければ、後々ヤバいことになると確信し、密かにティオとセレリアも誘い四人でミュウのしっかりとした情操教育を心掛けることを計画し始めた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「ひっぐ、ぐすっ、ひぅ」

 

ミュウがフリーフォールをしてから数分後、桟橋の近くで、幼い少女のすすり泣く音が響いていた。

野次馬やら兵士達やらで人がごった返しているのだが、今はその人の多さに反して喧騒など微塵もなく、妙に静まり返っていた。

それは、攫われたはずの海人族の女の子が天から降ってきた事や、人間であるはずの少年が空を跳びはねキャッチした事、更にその上空から少女を背に乗せた黒竜が降りてきた事も原因ではあるのだが、一番の理由は、その少年が盛大に海人族の少女を叱り付けたことだろう。いや、正確には、叱りつけた少年に対する先程から何度か聞こえる幼女の呼び名が原因かもしれない。

 

「ぐすっ、パパ、ごめんなしゃい……」

「もうあんな危ない事しないって約束できるか?」

「うん、しゅる」

「よし、ならいい。ほら、来な」

「パパぁー!」

 

片膝立ちで幼子にしっかり言い聞かせるハジメの姿と、叱られて泣きながらも素直に反省し、許されてハジメの胸元に飛び込むミュウの姿は……普通に親子だった。ミュウが連呼する〝パパ〟の呼び名の通りに。

攫われたはずの海人族の幼子が、単なる〝慕う〟を通り越して人間の少年を父親扱いしている事態に、そしてそれを受け入れてミュウを娘扱いしているハジメに、皆、意味が分からず唖然としている。内心は皆一緒だろう。

 

すなわち、「これ、どうなってんの?」と。

 

ミュウを抱き上げて、よしよしと背中をポンポンしているハジメに香織が泣きながら肩口に額を当てている光景を尻目に、陽和が気まずそうに髪をかきながら周囲と同じように唖然としている隊長へと振り向き説明する。

 

『あー、実を言うとあの子が例の子なんですよ。待つ暇もなく、合流しましたね』

「あ、ああ、そのようだな。周囲の反応からしても、あの子が攫われた子なのは間違いないのだろう。……と、とにかく、依頼の完了を承認する」

『え、ええ、ありがとうございます。それと、なんかすみません。お騒がせしてしまって』

「い、いや、それは構わないんだ。子供も無事戻ってきたことだしな」

 

陽和としてもまさかこのような形で依頼完了が受理されるとは思われず、若干戸惑いを隠せない様子で軽く頭を下げる。お互い何故か畏まってしまい、なんとも言えない気まずさが漂っている。

と、その時、ティオが小走りで陽和に駆け寄ってきた。

着地と同時に竜化を解除したティオは陽和の側によると、その頭を抱き抱えて自らの胸の谷間に押しつけた。

 

『うおっ⁉︎お、おい、ティオ』

「すまぬ、今は少しこのままにしておくれ。信じておったのじゃが……やはり、こうして再会すると……主殿、本当に無事で良かったのじゃ」

 

陽和が胸の谷間に顔を埋められながらも、どうにか顔を覗かせティオに抗議の声を上げれば、彼女はまるで大切なものが腕の中にあることを噛み締めるような表情をして、目の端に涙を溜めていたのだ。

彼女の様子に、今回ばかりは心配かけすぎたかと抵抗はやめ、彼女のやりたいようにやらせることにした。

それからしばらく経ち陽和を離したティオは、次いで雫、セレリアに順にハグをして無事を喜んでいた。

少し離れた場所ではハジメに香織だけでなく、ミュウ、ユエ、シアまで抱きついていた。

 

衆人環視の中、美幼女・美少女・美女にハグされている陽和達に、周囲の視線が次第に困惑から生暖かなものへと変わっていく。一度は落ち着いた兵士達は毒気を抜かれたかのように武器を下げていたが、一部が嫉妬に殺気立ち武器を構えなおしていた。

それらの光景を前に仮面の下で苦笑いを浮かべた陽和は、若干いたたまれなくなっている隊長へと振り向いた。

 

『えーと、その、申し訳ないのですが、先に子供を母親の所へ連れて行ってもいいでしょうか?もちろん、事情説明はしますが、それは後にしてもらえるとありがたいです。どのみちエリセンには数日滞在する予定ですので』

「あ、ああ、それは仕方あるまい。だが、先程の竜や仲間の跳躍、あの船らしきもの……ちゃんと話してもらうぞ?」

『無論です。あとでしっかりと話しましょう』

「ああ、それならいい。その子を母親の元へ……ちなみに、その子は母親の状態を?」

『いえ、まだ知らないです。ですが、こちらには薬も治癒師もいますので治療は問題ありませんよ』

「そうか、分かった。では、落ち着いたらまた、尋ねるとしよう」

 

隊長の男、最後にサルゼと名乗った彼は、そう言うと野次馬を散らして騒ぎの収拾に入ってくれた。周囲ではミュウを知るもの達が、声をかけてそうにしていたが、そうすればいつまでたっても母親のところへ辿り着けそうになさそうなので、陽和が視線で静止しながらハジメ達へと声をかける。

 

『ハジメ、話はつけた。ミュウ、そろそろ母親のところへ行こう』

「パパ、パパ。お家に帰るの。ママが待ってるの!ママに会いたいの!」

「そうだな。早く会いに行こう」

 

陽和に言われたミュウは、ハジメの手を取ると懸命に引っ張って「早く!早く!」と急かす。

彼女にとっては、約2ヶ月ぶりの我が家と母親なのだ。急かすのも無理はない。道中、ハジメ達が構うので普段は笑顔なのだが、やはり夜寝る時には母親が恋しくなるようで、そう言う時は特に甘えん坊になっていた。

ミュウの案内に従って彼女の家に向かう道すがら、陽和が香織に小声で声をかける。

 

『香織、母親の治療はお前に任せていいか?』

「え?う、うんいいけど、ソル君はやらないの?」

『俺のはどちらかと言うとより長く戦うための治癒で瞬間的にやるものだ。今回のように時間が経っている場合の治療はお前の方が得意なはずだ。精神が不安定だそうだが、それはミュウが戻れば問題ないはず。だから、怪我をじっくり見てやってくれ』

「うん、分かった。それなら任せて」

 

そんな会話をしていると、通りの先から騒ぎが聞こえ出した。若い女の声と、数人の男女の声だ。

 

「レミア、落ち着くんだ!その足じゃ無理だ!」

「そうだよ、レミアちゃん。ミュウちゃんならちゃんと連れてくるから!」

「いやよ!ミュウが帰ってきたのでしょう!?なら、私が行かないと!迎えに行ってあげないと!」

 

どうやら、家を飛び出そうとしている女性を、数人の男女が抑えているようだ。おそらく、知り合いがミュウの帰還を母親に伝えたのだろう。母親が怪我してるにも関わらず、娘を迎えに行こうと躍起になっているらしい。

そのレミアと呼ばれた女性の必死な声が響くと、ミュウが顔をパァア!と輝かせた。

そして、玄関口で倒れ込んでいる二十代半ば程の女性に向かって、精一杯大きな声で呼びかけながら駆け出した。

 

「ママーー!!」

「ッ!?ミュウ!?ミュウ!」

 

ミュウは、ステテテテー!と勢いよく走り、玄関先で両足を揃えて投げ出し崩れ落ちている女性――母親であるレミアの胸元へ満面の笑顔で飛び込んだ。

もう二度と離れないというように固く抱きしめ合う母娘の姿に、周囲の人々が温かな眼差しを向けている。

レミアは、何度も何度もミュウに「ごめんなさい」と繰り返していた。それは、目を離してしまったことか、それとも迎えに行ってあげられなかったことか、あるいはその両方か。

娘が無事だった事に対する安堵と守れなかった事に対する不甲斐なさにポロポロと涙をこぼすレミアに、ミュウは心配そうな眼差しを向けながら、その頭を優しく撫でた。

 

「大丈夫なの。ママ、ミュウはここにいるの。だから、大丈夫なの」

「ミュウ……」

 

まさか、4歳の娘に慰められるとは思わず、レミアは涙で滲む瞳を見開いてミュウを見つめた。ミュウは、真っ直ぐにレミアを見つめており、その瞳には確かに、レミアを気遣う気持ちが宿っていた。

攫われる前は、人一倍甘えん坊で寂しがり屋だったのに、再会してすぐに自分のことよりも母親に心を砕いてくる。

娘の思わぬ成長に驚いてマジマジとミュウを見つめるレミアに、ミュウはにっこりと笑うと、今度は自分からレミアを抱きしめた。

娘を心配するあまりに心を病みかけた自分とは対照的に、成長して帰ってきたように見える娘に、レミアはつい苦笑いを浮かべ、肩の力が抜けてしまう。

瞳から涙が溢れるのが止まり、ただただ娘への愛おしさが宿っていた。

母と娘の涙ぐましい再会に、陽和達の表情は自然と優しいものへと変わる。だが、そんな微笑ましい抱擁をする中、ミュウが悲鳴じみた声をあげた。

 

「ママ!あし!どうしたの!けがしたの!?いたいの!?」

 

どうやら、肩越しにレミアの足を見たらしい。

ロングスカートから除いている両足は、包帯でぐるぐる巻きにれており、痛々しい有様だ。

これが彼女の怪我だ。ミュウが拐われたことだけでなく、彼女が歩けないほどの重傷を負わされたことも、海人族達があれほど殺気立っていた理由の一つであった。

 

ミュウは母親と逸れたと言っていたが、男達は誘拐だと確信していたのは、他ならぬレミアが犯人達と遭遇していたからなのだ。

レミアははぐれたミュウを探している時に、海岸の近くで砂浜の足跡を消している怪しげな男達を発見したそうだ。嫌な予感がしたものの、取り敢えず娘を知らないか尋ねようと近付いたところ……男は「しまった」という表情をして、いきなり詠唱を始めたらしい。

レミアは、ミュウがいなくなったことに彼等が関与していると確信し、何とかミュウを取り返そうと、足跡の続いている方向へ走り出そうとしたのだが、もう一人の男に殴りつけられ転倒し、そこへ追い打ちを掛けるように炎弾が放たれたのだ。

幸い、何とか上半身への直撃は避けたものの足に被弾し、そのまま衝撃で吹き飛ばされ海へと落ちた。レミアは、痛みと衝撃で気を失い、気が付けば帰りの遅いレミア達を捜索しに来た自警団の人達に助けられていたのだ。

 

なんとか一命は取り留めたものの、時間が経っていたこともあり、レミアの足は神経をやられていて、もう歩くことも今までのように泳ぐことも出来ない状態になってしまった。

当然、娘を探しに行こうとしたレミアだが、そんな足では捜索など出来るはずもなく、結局、自警団と王国に任せるしかなかった。

そんな事情があり、レミアは現在、立っていることもままならない状態なのだ。

レミアは、これ以上娘に心配ばかりかけられないと笑顔を見せて、安心させようとしたのだが、それよりも早く、ミュウにとっては当たり前で、レミアにとっては初耳なパパに助けを求めた。

 

「パパぁ!ママを助けて!ママの足が痛いの!」

「えっ!?ミ、ミュウ?いま、なんて・・・」

「パパ!はやくぅ!」

「あら?あらら?やっぱり、パパって言ったの?ミュウ、パパって?」

 

当然ミュウの発言に混乱したレミアは頭上に大量の?を浮かべてしまう。

周囲の人々もザワザワと騒ぎ出してしまい、あちこちから「レミアが……再婚?そんな……バカナ」「レミアちゃんにも、ようやく次の春が来たのね! おめでたいわ!」「ウソだろ?誰か、嘘だと言ってくれ……俺のレミアさんが……」「パパ…だと!?俺のことか!?」「きっとクッ○ングパパみたいな芸名とかそんな感じのやつだよ、うん、そうに違いない」「おい、緊急集会だ!レミアさんとミュウちゃんを温かく見守る会のメンバー全員に通達しろ! こりゃあ、荒れるぞ!」など、色々危ない発言が飛び交っている。

その周囲の反応に陽和は眉をひくつかせる。

 

(なんて荒れようだ。どんだけ人気があったんだ?この二人は)

 

どうやら、レミアとミュウは親子でファンクラブができるほどに人気があるらしい。まぁレミアは今でこそやつれてはいるが、回復すればおっとり系の美人として人目を引くだろうことが容易く想像できるほどの容姿なので納得だが。

刻一刻と大きくなる喧噪に、パパ代わりのつもりのハジメは「行きたくねぇなぁ」と表情を引き攣らせているが、それを陽和が後ろからおもしろそうに笑いながら「はよ行け」と背中を叩いて前に叩き出して無理やりいかせた。

 

ハジメの内心はともかく、陽和としてはここで海人族との繋がりは作っておいて損はないと考えており、もしかしたら役に立つかもしれないと言うわずかな期待を込めて、躊躇うハジメを送り出した。

 

「パパぁ!はやくぅ!ママをたすけて!」

 

ミュウが歩み寄るハジメに縋るような眼差しを向ける。

 

「パパ、ママが……」

「大丈夫だ、ミュウ。ちゃんと治る。だから、そんな泣きそうな顔するな」

「はいなの……」

 

ハジメが、今にも泣き出しそうなミュウの頭をくしゃくしゃと撫でながら、レミアに視線を向ける。レミアは、ポカンとした表情でハジメを見つめていた。

ハジメは周りがますます騒がしくなったので、とりあえず治療のためにも家の中に入ることにした。

家の中に入れば、リビングのソファーが目に入ったのでそこへレミアをそっとこなすと、ぱちくりさせながらハジメを見つめるレミアの前に傅くと、香織に治療を頼む。

 

「香織、どうだ?」

「ちょっと見てみるね。レミアさん、足に触れますね。痛かったら言ってください」

「は、はい?えっと、どう言う状況なのかしら?」

 

突然娘が帰ってきたかと思えば、自分が初めて会った男をパパと慕っていて、更には仮面の男、見知らぬ美女・美少女がゾロゾロと家の中に集まっていると言う状況に、レミアは困ったように眉を八の字にしている。

そうこうしているうちに診察を終えた香織に陽和が声をかける。

 

『どうだ?香織』

「あ、うん、確かに神経は傷ついちゃっているけど、私の魔法で十分に治癒できるよ」

『そうか、良かった』

「ただ、少し時間がかかるかな。デリケートな場所だから、後遺症なく治療するには、三日ほど掛けてゆっくり、少しずつ癒していくのがいいと思うよ。レミアさん、それまで、不便だと思いますけど、必ず治しますから安心して下さいね」

「あらあら、まあまあ。もう、歩けないと思っていましたのに……何とお礼を言えばいいか……」

「ふふ、いいんですよ。ミュウちゃんのお母さんなんですから」

「えっと、そういえば、皆さんは、ミュウとはどのような……それに、その……どうして、ミュウは、貴方のことを〝パパ〟と……」

 

香織が、早速レミアの足を治療している間に、陽和達は事の経緯をフューレンでのミュウの出会いから今までの全てを説明することにした。

治療されながら、全てを聞いたレミアは、その場で深々と頭を下げると、涙ながらに何度もお礼を繰り返した。

 

「本当に、何とお礼を言えばいいか……娘とこうして再会できたのは、全て皆さんのおかげです。このご恩は一生かけてもお返しします。私に出来ることでしたら、どんなことでも……」

『気にしなくて構いませんよ。我々もやりたくてやった結果です。特に見返りなど求めていません、ただあの状況をどうにかしたかっただけですから』

 

陽和がそう伝え、ハジメ達も気にするなと伝えたが、レミアとしては、娘の命の恩人達に礼の一つもしないでは納得できないらしい。

陽和達も、ただ純粋に助けたかっただけなので、本当にお礼はいらないのだが、なかなか引き下がってくれない。どうしたものかと思った時、レミアから一つ提案をする。

 

「もしも宿をまだお決めではないのなら、どうか我が家を宿代わりに使っていただけませんか?」

『それはさすがに……というか、我々は8人もいます。8人全員泊めてもらうわけには……』

 

8人分の部屋を提供すると申し出るレミアに、流石にそれはできないと陽和がやんわりと断ろうとするが、レミアは譲らなかった。

 

「どうかせめて、これくらいはさせて下さい。幸い、家はゆとりがありますから、皆さんの分の部屋も空いています。エリセンに滞在中は、どうか遠慮なく。それに、その方がミュウも喜びます。ね?ミュウ?ハジメさん達が家にいてくれた方が嬉しいわよね?」

「?パパ、どこかに行くの?」

 

レミアの言葉に、レミアの膝枕でうとうとしていたミュウは目をぱちくりさせて目を覚まし、次いでキョトンとした。どうやら、ミュウの中ではハジメが自分の家に滞在する方が当たり前だと思っているらしい。

むしろ、なぜそんなことを聞くの?と首を傾げるぐらいだ。

 

「母親の元に送り届けたら、少しずつ距離を取ろうかと思っていたんだが……」

「あらあら、うふふ。パパが、娘から距離を取るなんていけませんよ?」

「いや、それは説明しただろ? 俺達は……」

「いずれ、旅立たれることは承知しています。ですが、だからこそ、お別れの日まで〝パパ〟でいてあげて下さい。距離を取られた挙句、さようならでは……ね?」

「……まぁ、それもそうか……」

「うふふ、別に、お別れの日までと言わず、ずっと〝パパ〟でもいいのですよ?先程、〝一生かけて〟と言ってしまいましたし……」

 

レミアはそんな事を言って、少し赤く染まった頬に片手を当てながら「うふふ♡」と笑みをこぼす。

おっとりした微笑みは、普通なら和むものなのだろうが……ハジメの周囲にはブリザードが絶賛発生している。発生源は言わずもがな、ユエ、シア、香織の三名だ。

 

(これは、フラグを回収してしまったか?)

 

陽和はフューレンでふと思った可能性が現実味を帯びてきたことに内心で少し驚く。あの時は冗談だと流した未亡人フラグが、見事に回収されそうになっていたのだ。

レミアの爆弾発言に、ハジメが冷や汗を流しながら口元を引き攣らせる。

 

「そういう冗談はよしてくれ……空気が冷たいだろうが……」

「あらあら、おモテになるのですね。ですが、私も夫を亡くしてそろそろ五年ですし……ミュウもパパ欲しいわよね?」

「ふぇ?パパはパパだよ?」

「うふふ、だそうですよ、パパ?」

 

ブリザードが激しさを増した。暖かい海の上のはずが、もはやツンドラ地帯の如き寒さだ。

冷たい空気に気が付いているのかいないのか分からないが、おっとりした雰囲気で、冗談とも本気とも付かない事をいうレミアに「いい度胸だ、ゴラァ!」という視線を送るユエ達。陽和達は関わりたくないなと言った雰囲気で揃ってユエ達から半歩ほど距離をとった。

しかし、当のレミアは「あらあら、うふふ」と微笑むだけで、柳に風と受け流していた。

この人、娘同様に意外に大物なのかもしれない。いや、母親が大物だから、娘も大物なのだろう。ファンクラブができてるぐらいだし。

 

『折角ですのでご厚意に甘えさせていただきますよ。ですが、流石に8人全員となると窮屈ですので、ハジメ、ユエ、シア、香織がこちらに泊まって、残りの俺達は宿に泊まることにします。その代わり、食事はこちらでご馳走になりますね』

 

陽和が妥協案とも言える提案に、ハジメが「俺を裏切る気か!?」と咎めるような視線を向けてくるが、「知るか。お前の問題だろうが」と陽和は睨み返してスルー。

陽和の胃の安寧のためにも、ゆっくりできる環境が欲しいと思っていたのだ。レミアが爆弾をぶち込む可能性がある以上、ユエ達の女戦争は激しさを増す。そんな環境に誰が好き好んでいるものか、と内心で思っていた。

そんな提案をする陽和に、レミアは少し残念そうだったが食事はこちらで取ると言うことなのでそれで譲歩した。

 

「本当は皆さん我が家に泊まっていただきたいのですが……まぁそう言うことでしたら、仕方ありませんね。では、食事は腕によりをかけて作りましょう」

『ええ、エリセンのご当地料理。楽しみにしていますね。では、俺達は宿を探してくるので一度失礼します』

 

そう言って陽和はさっさと雫達を連れてレミア家を出る。最後までハジメが助けを求めるような視線を向けてきたが、家を出る直前に陽和が清々しいまでのサムズアップをしてから容赦なく見捨てて宿探しに向かった。

そうして、レミア家に程近い場所の宿で二人部屋を二つ確保しチェックインを済ませてから、一つの部屋に集まる。

ソファやベッド、椅子に各々座る中、仮面を外した陽和が椅子に座ると真剣な表情を浮かべて早速話し合う。

 

「さて、早速なんだが、まずレミアさんの態度、あれどう思う?」

 

まず議題に上がったのはレミアについて。

彼女のハジメに対する態度を見て、それぞれの意見を求めようと言うわけだ。雫達は各々抱いたイメージを答える。

 

「……確実に黒ね。レミアさん、満更ではなさそうだったしね。未亡人だから、もしかしたら早速ハジメに目をつけたのかしら」

「じゃな。妾の見立てでは一連の発言もわざとのように思える。ユエ達の反応を見て楽しんでいた部分もあるのぅ。挑戦状かもしれぬな」

「私は、ただ揶揄っているだけのような感じはしたが、ミュウがパパと慕っている以上、レミアさんもその気になる日は近いだろう」

「やっぱりそうだよなぁ。はぁ、未亡人相手にフラグ立てるとか……あいつ本当どうなってるんだ…」

 

満場一致でレミアは脈ありの可能性が高いと判断し、揃ってため息をつく。ミュウがパパと慕っている時点で、まさかと思っていたほんのわずかな可能性が、確実なものへと近づきつつあることに、陽和達はどうすればいいかと頭を抱えたのだ。

だが、少しの沈黙の後、陽和がサッと結論を出す。

 

「………とにかく、俺達はノータッチで成り行きに任せる。これはハジメの問題だ。面倒ごとに巻き込まれるぐらいなら、外野で静観してやる」

「その方がよいじゃろう。というよりも、そうしなければ心労で主殿の胃に穴が空きかねない事態になるに決まっておる」

「ああ、ただでさえ、ユエとシアの時だけでも陽和はだいぶ悩まされたんだ。香織に加えレミアさんまで介入するとなると、負担が尋常じゃない」

 

確かな実感のこもった重い言葉にティオとセレリアが何度も頷く。これまでも陽和の負担が大きかったのに、ここにきて更に増加するなど看過できない。故に、自分達は静観する方向にして、陽和の胃の安寧を確保する。

 

「そ、そうね。陽和がストレスで倒れないように私達も気を配っていくしかないわね。というか、ここまで陽和をストレスで悩ませるなんて、ハジメ達は本当に何をしたのよ」

 

雫は陽和達があまりにも真顔で話していることに、少々驚きつつも、恋人が心労で倒れないようにするために自分含め真面目枠のティオとセレリアと共に陽和の精神的負担を和らげることに決意しながらも、並大抵のことではへこたれなかった陽和の精神を削るハジメ達の所業に頬を引き攣らせる。

その後、ミュウのまともな情操教育の教育案を各々で出しつつ、今後のことについて会議して取り敢えずの方針を決めた。

 

会議が終わった後、約束した通りレミア家で夕飯をご馳走になったのだが、そこでは案の定レミアがハジメへのアプローチを回避し、それに触発されたユエ達が対抗心をむき出しにしたことで平穏な食事を摂ることができず、早くも胃薬と頭痛薬を服用する事態になってしまった。

 

それから5日。

 

大迷宮攻略に向けての装備品の修繕・作成や、神代魔法の試行錯誤、それぞれ鍛錬を行っていったのだが、結論から言えば陽和の頭痛と胃痛は全く改善されずに食事の度に繰り広げられる戦いに陽和の精神はゴリゴリと削られていき、3日目の夕食あたりからは、騒ぎ始めた瞬間にユエ、シア、香織の三名に拳骨を落とし強制的に鎮圧する手法をとることになった。

 

だが、レミアの事は流石に会ったばかりなので強く言えず、妙にハジメとの距離が近いかったり、海人族の男連中が嫉妬で目を血走らせたり、ハジメに突っかかってきたり、ご近所のおばちゃん達がハジメとレミアの仲を盛り上げたり、それにユエ達が不機嫌になってハジメへのアプローチが激しくなったりととにかく、面倒な事態の連続で陽和は休むどころか逆に疲労が溜まる一方だった。

幸いにも、恋人の雫との熱い夜や、セレリアやティオの献身のおかげで陽和の精神は継続的に回復し、心労で倒れるという最悪の事態は避けれた。

そうして紆余曲折ありながらも準備を整えた万全を期した陽和達は、ついに【メルジーネ海底遺跡】の攻略に乗り出した。

 

しばしの別れに、物凄く寂しそうな表情をするミュウ。盛大に後ろ髪惹かれる思いのハジメだったが、陽和に背中を叩かれ、無理矢理振り切らされ桟橋から修繕した潜水艇に乗り込もうとする。

ミュウが手を振りながら「パパ、いってらっしゃい!」と気丈に叫ぶ。そして、やはり冗談なのか本気なのか分からない雰囲気で「いってらっしゃい、あ・な・た♡」と手を振るレミア。

 

傍から見れば仕事に行く夫を見送る妻と娘そのままだ。背後のユエ達からも周囲の海人族からも鋭い視線が飛んでくる。雫達が自重しろとハジメを睨む。

迷宮から戻って来ることに少々ためらいを覚えるハジメであったが、それ以上に陽和が「これ以上面倒事起こしたらわかってるよな?」という圧のこもった眼差しを向けてくるので気まずさが半端なかった。

 

 

そうして全く締まらないスタートになったが、何はともあれ、【メルジーネ海底遺跡】の攻略が始まった。

 

 





ありふれ時空にモンハンが存在しているのはアフターで確認してるのでぶっ込んでみました。
陽和は大剣使いです。ちなみに、私は主に双剣を使ってます。最近はハンマーを使ってみたり。
そして、懐かしきよろず焼き。3rdの農場で10個をよろず焼きして上手に焼けた串を掲げたのは今でもよく覚えてます。
正直、3rdのような農場を次回作にも入れて欲しいな〜〜と期待しつつあります。
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