竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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57話 月光の導き

 

 

【海上の町エリセン】から西北西に約三百キロメートル進んだ場所に、七大迷宮の一つ【メルジーネ海底遺跡】が存在している。

情報提供者はもちろん陽和。だが、彼曰く海底遺跡には特殊な条件が揃わないと行けない為、座標につけば夜になり月が出るまで待機しようと言われたので、座標についたところで潜水艇を停泊させて待機することにした。

ちなみに、それ以上は教えてくれず、月が出ればわかると陽和は言っていた。

 

そうして待機していて、今はちょうど日没に差し掛かった頃。地平線の彼方に真っ赤に燃える太陽が半分だけ顔を覗かせ、今日最後の輝きで世界を照らしていた。

空も海も赤とオレンジに染まり、太陽が海に反射して水平線の彼方へと輝く一本道を作り出していた。甲板の上には陽和とハジメしかおらず、二人は沈む太陽をなんと無しに見つめている。

どこの世界でも、自然が作り出す光景は変わらず美しく、この夕焼けを見ていると陽和はふと日本のことを思い出していた。

 

(……そういえば、家からもこうして夕焼けが見えていたなぁ)

 

陽和の実家の神社は、山の上にある。山の上にあるからこそ遮るものがなく周囲の景色を一望することができ、鳥居の一つが西側にあることから夕日が鳥居の中に収まると言うなかなかにレアな光景が見れるのだ。

一部ではフォトスポットとしても人気があるらしい。

 

『……ほぉ、相棒の家ではそのように夕陽を眺めることができるのか』

『……鳥居っていう門の中に夕日かぁ。それはなかなかに見応えのある景色だろうね』

 

陽和が内心で故郷の夕日を思い返してる時、ドライグとヘスティアはその内心に反応する。

ドライグは左手の宝玉を点滅させているが、ヘスティアは長剣の形ではなく、その形状をブレスレットへと変形させて今は右手首に付けられているブレスレットの青緑の宝玉を点滅させていた。

二人の反応に陽和は気をよくして笑う。

 

「ああ、中々にいい光景だぞ。あれはお前達にも早く見せたいな。絶対に気にいるから」

「陽和ん家の夕日は見応えがあるぞ。俺も何度も見てるからな。景色の良さは俺も保証する」

 

陽和の家に何度も遊びに来ている間柄のハジメからもお墨付きをもらったことで、ドライグとヘスティアの期待値が上昇する。

 

『そうか、相棒達が言うのだ。楽しみにしておこう』

『そうだね。楽しみにしておくよ』

 

二人がそう心待ちにした時、ハッチから誰かが出てきて声をかけてくる。

 

「どうしたの?」

 

声をかけてきたのは、雫だった。その後ろには香織達もいる。髪が湿っていて、頬は上気している。どうやら、シャワーを浴びてきたようだ。

ハジメ謹製のシャワールームは、天井から直接温水が降ってくる仕様なので、6人全員で入っても問題なく、6人仲良くさっぱりしてきたようだ。

ちなみに、ハジメが陽和と一緒に甲板で黄昏ていたのは、ユエ達から逃げてきたからである。

というのも、彼女達がシャワーを浴びる際、ユエがハジメを誘ったのだ。ハジメはユエ以外の女と裸の付き合いをするつもりはないし、雫達もいるから断るとはっきり伝えたのだが……ユエ達は止まらずに、ユエと香織が逃げようとするハジメを抑えにかかり、シアが背後からドリュッケンで意識を飛ばそうとしてきたのだ。

勿論、雫達がそれを黙認するはずもなく、雫が香織を、セレリアがシアを、ティオがユエを逆に抑え込んで鎮圧。更には、陽和が雫達もいるのにハジメを誘うなとユエに拳骨を落とし説教したおかげで事なきを得た。

そのおかげでハジメは逃げ出すことができ、陽和も外へと出てきたのだ。

陽和は、シャワーを浴びてスッキリしてきた雫に振り向くと答えた。

 

「なに、日本を思い出していてな。実家の夕焼けの景色を話してたんだ」

「ああ、なるほどね。確かに陽和の家から見える夕日は綺麗だったものね。私もよく覚えてるわ」

「確かにあれは綺麗だったよね。それに、この景色も向こうの海で見た夕日とそっくり……。なんだかすごく懐かしい気がするよ。まだ半年も経っていないのにね」

「こっちでの日々が濃すぎるんだよ」

「だなぁ、もう何年も過ごしたと思えるぐらいの生活の連続だったしな」

「そうね。短いけど濃密すぎる経験しかしてないもの」

 

雫が陽和の隣に、香織がハジメの隣に座り、どこか遠い目をしながら二人の会話に賛同する。

四人の間でしか通じない地球での話題に、寂しさでも感じたのか、異世界組のセレリア達はそれぞれの想い人にくっつき始める。

セレリアが雫とは反対側に座ると陽和を見上げてくる。その瞳には明らかに、もっと知りたいという気持ちが宿っていて、疎外感を感じたんだろうなと陽和は内心でクスリと笑いながら、頭を撫でる。

そうすると気持ちよさそうに目を細めながら、狼耳をピコピコと揺らす。尻尾もきっと振っているのだろうと分かってしまうほど全身から嬉しさと心地よさが伝わっていた。

ティオは背中にもたれかかり、静かに背中合わせになる。体重のかけ具合から心底リラックスしていることが分かり、ティオもまたそばにいたいのだという意思が伝わってきた。

 

それから広大な海の上で、小さく寄り添い合う陽和達は、夜天に月が輝き出すまでのしばらくの間、暇つぶしも兼ねて、地球のことを話し始めた。

陽和とハジメが語り、雫と香織が補足を入れていき、それをセレリア達が興味津々に相槌を打つ。

そんな和やかな時間はあっという間に過ぎ去り、日は完全に沈み、代わりに月が輝きを放ち始めたのだ。

 

「そろそろ頃合いだな……」

 

そういうと陽和は懐から【グリューエン大火山】攻略の証であるペンダントを取り出す。サークル内には女性がランタンを掲げている姿がデザインされており、ランタンの部分だけがくり抜かれていて、穴あきになっている。

陽和はペンダントを持つと立ち上がり、月に翳した。条件がわからないハジメ達は、月に掲げてどうするんだ?と視線を向ける。と、そのとき、ペンダントに変化が現れた。

 

「わぁ、ランタンに光が溜まっていきますぅ。綺麗ですねぇ」

「本当……不思議だね。穴が空いているのに……」

 

シアが感嘆の声をあげ、香織が同調するように瞳を輝かせる。彼女達の言葉通り、ペンダントのランタンは、少しずつ月の光を吸収するように底の方から光を溜め始めていた。それに伴って、穴あき部分が光で塞がっていく。雫達も興味深げに、ペンダントを見つめる中、陽和が解説をする。

 

「これが例の特殊な条件だよ。『特定の場所』かつ『月が出る夜』にペンダントをかざす事でこうして光が溜め込まれる。そして、この光が溜まると……」

 

やがてランタンに溜まり切ったペンダントが全体に光を帯びると、直後ランタンから一直線に光を放ち、海面のとある場所を指し示した。

 

「こうして、海底遺跡への場所を示してくれるんだ」

「……中々粋な演出。ミレディとは大違い」

「全くだ。すんごいファンタジーっぽくて、俺、ちょっと感動してるわ」

 

“月光に導かれて”という何ともロマンあふれる道標に、ハジメ達は「おぉ〜」と感嘆の声をあげた。特に、【ライセン大迷宮】を知っているハジメ達は、演出の差に感動が深かった。

そして、いつまでも眺めているわけにはいかないと、早速潜水艇を航行させて、夜の海を進む。

夜の海は暗く、まさに漆黒の世界と表現した方がしっくりくる。海上は月明かりがあったからまだ明るかったが、導きに従い潜航すれば、あっというまに闇の中だ。潜水艇のライトとペンダントの光が闇を切り裂いている。

 

そうして導きに従い、辿り着いたのは海底の岩壁地帯だ。無数の歪が山脈のように連なっている。潜水艇が近寄り陽和がペンダントの光を海底の岩石の一点に当てると、ゴゴゴゴッ!と音を響かせて地震のような震動が発生し始めた。

その音と震動は、岩壁が動き出したことが原因だ。岩壁の一部が真っ二つに裂け、扉のように左右に開き出し、その奥には冥界に誘うかのような暗い道が続いていた。

 

「なるほど……これは探そうとしても見つからないな」

「そうね、陽和の攻略情報がなければずっと海で彷徨う可能性もあったわ」

 

月光に導かれるなど普通は思いつかない為、陽和の攻略情報がなければ、ずっと探していたかもしれないと冷や汗を流すハジメに雫も同意する。

ハジメが潜水艇を操作して海底の割れ目へと入っていく。ペンダントのランタンは、まだ半分ほど光を溜めているが、既に光の放出を止めており、今や潜水艇のライトだけが暗い海底を照らしている。

 

「う~む、海底遺跡と聞いた時から思っておったのだが、この〝せんすいてい〟?がなければ、まず、平凡な輩では、迷宮に入ることも出来なさそうじゃな」

「……強力な結界が使えないとダメ」

「他にも、空気と光、あと水流操作も最低限同時に使えないとダメだな」

「それも繊細な操作が求められるな。こんなもの超一流が揃わなければ難しいぞ」

「でも、ここにくるのに【グリューエン大火山】攻略が必須ですから、大迷宮を攻略している時点で普通じゃないですよね」

「もしかしたら、空間魔法を利用するのがセオリーなのかも」

「空間魔法で結界を作りながら、水中を進むって事?それは魔力の消耗が激しすぎるわよ」

 

道なりに深く潜行しながら、ハジメ達は潜水艇がない場合の攻略方法について考察してみた。確かに、ファンタジックな入口に感動はしたのだが、普通に考えれば、超一流レベルの魔法の使い手が幾人もいなければ、侵入すら出来ないという時点で、他の大迷宮と同じく厄介なことこの上ない。

 

『八重樫雫の言うとおり、海底遺跡の攻略は空間魔法を使えることが前提だ。空間魔法を使い結界のように船ごと覆うように展開しつつ、水流操作や光など、様々な手段を使わなければいけない。だが、それ以前にそもそも今の世界の者達のレベルがミレディ達の想定よりも遥かに低いな』

「魔法陣と詠唱を使わなければ満足に魔法を使えないのが、今の世界の人間達の普通だ。でも、それは解放者の生きた時代では一般人並みの強さもない。最低限、何らかの固有魔法をもっているか、魔力操作を使えなければ話にならない」

『今の世界だと大迷宮一つ攻略できたら奇跡なんだろうね。今の世界の人達のレベルだと超一流でもやっと最初の土俵に立てるぐらいかな。英雄レベルの強さじゃないと奥には進めないと思うよ』

 

当時の解放者達を知るドライグと陽和に加えてヘスティアもシンプルに今の時代の能力レベルを酷評する。彼らの言うとおり、そもそもの平均レベルが、ミレディ達が生きた時代よりも遥かに低いので、想定していた難易度よりも遥かに攻略が厳しくなってしまったのだ。

はっきり言って今の時代の人達は弱すぎるのだ。

 

「……本当に、解放者が生きてた時代ってどうなってんだよ。チートがデフォルトになってやがる」

「固有魔法か魔力操作がないとって……今の時代ではそんなのレア中のレアよ。解放者さん達攻略させる気あるのかしら?」

「……いや、彼らの想定よりも劣化してしまったんだろう。攻略難易度は彼らの時代の基準でも高いはずだが、私達からすれば、もはや異次元にも等しいレベルだ」

 

当時を知る者達からの酷評に、ハジメ達は頬を引き攣らせる。ただでさえこの世界では魔法は詠唱と魔法陣を使わなければ発動できないのに加えて、固有魔法は魔物特有のものだと認識されている中で、魔力操作や固有魔法が大迷宮攻略に必須など、この世界の人間達が聞けば揃って白目を剥くことだろう。

ハジメ達も改めて気を引き締めて、フロント水晶越しに見える海底の様子に更に注意を払った。

と、その時、ゴォウン!!と横殴りの衝撃が船体を襲った。

 

「おぉっ?」

「うおっ!?」

「んっ!」

「わわっ!」

「うわっ!」

「きゃっ!」

「なにっ!?」

「何じゃっ!?」

 

衝撃に驚いていると、潜水艇が一気に一定方向へ流され始めた。マグマの激流に流された時のように、船体がぐるんぐるんと回るが、そこは既に対策済みであり、組み込んだ船底の重力石が一気に重みを増し船体を安定させた。

 

「うっ、このぐるぐる感はもう味わいたくなかったですぅ〜」

「…‥私もあの感覚は苦手だ。気を抜くと吐きそうになる」

 

シアが大火山の地下で流された時のことを思い出し、顔を青くしてイヤイヤと頭を振った。セレリアも揺れる感覚になれず吐きそうな仕草をしている。

 

「直ぐに立て直したから、大丈夫だって。それより、この激流がどこに続いているかだな……」

 

シアとセレリアに苦笑いを浮かべつつ、ハジメはフロント水晶から外の様子を観察する。

緑光石の明かりが洞窟内の暗闇を払拭し、その全体像をあらわにしている。見た感じ、どうやら巨大な円形状の洞窟内を流れる奔流に捕まっているようだ。

船体を制御しながら、取り敢えず流されるまま進むハ陽和達。しばらくそうしていると、船尾に組み込まれている〝遠透石〟が赤黒く光る無数の物体を捉えた。

 

「なんか近づいてきてるな……まぁ、赤黒い魔力を纏っている時点で魔物だろうが」

「……殺る?」

 

ハジメがそう呟くと、隣の座席に座るユエが手に魔力に集めながら可愛い顔でギャングのような事をさらりと口にする。

 

「いや、武装を使おう。有効打になるか確認しておきたいし」

 

ハジメが、潜水艇の後部にあるギミックを作動させる。すると、ペットボトルくらいの大きさの魚雷が無数に発射された。ご丁寧に悪戯っぽい笑みを浮かべるサメの絵がペイントされている。ハジメは凝り性なのだ。

激流の中なので、推進力と流れがある程度拮抗し、結果、機雷のようにばら撒かれる状態となった。

潜水艇が先に進み、やがて、赤黒い魔力を纏って追いかけてくる魔物――トビウオのような姿をした無数の魚型の魔物達が、魚雷群に突っ込むと、ドォゴォオオオオ!!と激震を引き起こす。

 

背後で盛大な爆発が連続して発生し、大量の気泡がトビウオモドキの群れを包み込んだ。

爆発の衝撃で体を引きちぎられバラバラにされたトビウオモドキの残骸が、赤い血肉と共に泡の中から飛び出し、文字通り海の藻屑となって激流に流されていった。

 

「うん、前より威力が上がっているな。改良は成功だ」

「うわぁ~、ハジメさん。今、窓の外を死んだ魚のような目をした物が流れて行きましたよ」

「シアよ、それは紛う事無き死んだ魚じゃ」

「いやぁ、酷いものだなぁ。ここまで木っ端微塵にするとは、相変わらず恐ろしい威力だ」

「改めて思ったのだけど、ハジメくんの作るアーティファクトって反則だよね」

「そうね。一人軍隊って彼のためにある言葉よね」

 

それから度々、トビウオモドキに遭遇するハジメ達だったが容易く蹴散らし先へ進むが、これまで戦闘にも会話にも参加せず、目を凝らして壁面を凝視していた陽和が何かに気づいた。

 

「………あった。ハジメ、ストップ」

「?何か見つけたのか?」

「ああ、あそこに近づいてくれ」

 

陽和の指示に従い彼が指差した方向へと洞窟を近づける。激流にさらされているので、船体の制御に気を使いながら近づけば、岩壁には何か紋様があった。

 

「あれは……もしかして、メルジーネの紋章かしら?」

「大火山にも同じ紋様があったし、こんなところにある紋章と言えばそれしかないだろうな」

 

雫とセレリアの言葉通り、岩壁には五芒星の頂点の一つから中央に向かって線が伸びており、その中央に三日月のような文様がある。

状況的にこの紋様がメルジーネの紋章だと判断したのだ。その二人の推測に陽和が頷き肯定する。

 

「ああ、あの紋様がそうだ。それで、あそこにペンダントをかざせば……」

 

そう呟きながら陽和はペンダントをフロント水晶越しに翳す。すると、ペンダントが反応し、ランタンから光が一直線に伸びたのだ。そして、その光が紋章にあたると、紋章が一気に輝き出したのだ。

 

「これをあと四回繰り返す。ここの洞窟は円環状になっていてな、五芒星の各頂点に位置する場所に紋様があって、そこにペンダントに溜められた光を紋章に注ぎ込むんだ。それで、海底遺跡に入れる」

 

陽和の解説に凝った仕掛けだなぁとハジメ達は感心していたが、香織と雫が冷や汗を流しながら呟く。

 

「これ、魔法でこの場に来る人達は大変だね……直ぐに気が付けないと魔力が持たないよ」

「え、ええ、魔物達との戦闘もあるから、ちゃんと役割分担しないと攻略は厳しいかもしれないわね」

 

確かに二人の言う通り、このようなRPG風の仕掛けを、魔法で何とか生命維持している者達にさせるのは相当酷だろう。【グリューエン大火山】とは別の意味で限界ギリギリを狙っているのかもしれない。

ますます難易度が跳ね上がってしまっていた。

その後、円環状の洞窟を一周して三ヶ所の紋章にランタンの光を注ぎ、最後の紋章の場所にやって来た。ランタンに溜まっていた光も、放出するごとに少なくなっていき、ちょうど後一回分くらいの量となっている。

陽和がペンダントを翳して最後の紋章に光を注ぐと、遂に、円環の洞窟から先に進む道が開かれた。ゴゴゴゴッ!と轟音を響かせて、洞窟の壁が縦真っ二つに別れた。

特に何事もなく奥へ進むと、真下へと通じる水路があった。ハジメは潜水艇を進めるが、突如船体が浮遊感に包まれて一気に落下した。

 

「うぉ?」

「おぉ?」

「んっ」

「ひゃっ!?」

「きゃっ」

「わっ!」

「ぬおっ」

「はうぅ!」

 

八者八様の悲鳴が上がった直後、ズシンッ!と轟音を響かせながら潜水艇が硬い地面に叩きつけられた。

激しい衝撃が船内に伝わり、特に体が丈夫なわけではない香織が呻き声を上げた。

 

「っ……香織、無事か」

「うぅ、だ、大丈夫。それより、ここは?」

 

香織が顔をしかめながらもフロント水晶から外を見ると、先程までと異なり、外は海中ではなく空洞になっているようだった。

取り敢えず、周囲に魔物の気配があるわけでもなかったので、陽和達は船外に出た。

潜水艇の外は大きな半球状の空間だった。頭上を見上げれば大きな穴があり、明らかに魔法の効果か、水面がたゆたっている。水滴一つ落ちることなくユラユラと波打っており、陽和達はそこから落ちてきたようだ。

 

「どうやら、ここからが本番みたいだな。海底遺跡っていうより洞窟だが」

「……全部水中でなくて良かった」

「流石に全部水中だと、試練のしようがないからな。こっからは洞窟で、途中に水に満ちた球状空間があって、また洞窟になるはずだぞ。さて、早速行くぞ……!」

 

ハジメが潜水艇を宝物庫にしまう傍ら、ユエの呟きに攻略情報を新たに教えた陽和は、洞窟の奥に見える通路に進もうと雫達を促すが、直後陽和が上を見上げると即座に障壁を展開した。

刹那、頭上からレーザーの如き水流が流星さながらに襲いかかる。圧縮された水のレーザーは、かつてユエが【ライセン大迷宮】で重宝した〝破断〟と同じだ。直撃すれば、容易く人体に穴を穿つだろう。

しかし、陽和の障壁は、例え即行で張られたものであっても強固極まりない。それを証明するように、天より降り注ぐ暴威をあっさり防ぎ切った。陽和があらかじめ察知していたので、奇襲は奇襲となり得なかったのである。当然、攻撃を察していたハジメ達にも動揺はない。

だが、香織はそうはいかなかった。

 

「きゃあ!?」

 

余りに突然かつ激しい攻撃に、思わず悲鳴を上げながらよろめく。傍にいたハジメが、咄嗟に腰に腕を回して支えた。

 

「ご、ごめんなさい」

「いや、気にするな」

 

あっさり離れたハジメをチラ見しながら、普通なら赤面の一つでもしそうなのだが、香織の表情は優れない。抱き止められたことよりも、自分だけが醜態を晒したことに少し落ち込んでいるようだ。

 

(………大方、俺らとの実力差に劣等感でも抱いてるんだろうなぁ)

 

障壁を展開し未だに降り注ぐ死の豪雨を防ぎながら、肩越しに香織の様子をちらりと見た陽和は香織の内心を察する。

今の香織の胸中を占めるソレの正体は、まさに劣等感なのだろう。

かつては治癒師として勇者パーティーでその実力を存分に振るっていた。回復魔法だけでなく、鈴の守りを補助する形でソレなりに防御魔法はこなしてきており、発動速度だけならば“結界師”たる鈴にも遅れを取らないと自負すらしていた。

だが、自分達ではどうしようもなかったあの魔人族の襲撃では、半端な覚醒をしていた雫に守られ、その後駆けつけた陽和によって助けられた。

ユエに負けたくないと意気込んで雫とついてきたはいいものの、ついてきた先で見たのは、自分が足手纏いで全く活躍できていないと言う非情な現実だった。

攻撃魔法は陽和を筆頭に全員が自分を遥かに凌駕しており、防御魔法も陽和とユエの二人は自分のものが児戯だと思えるほどの高レベルで、専門分野のはずの回復魔法は陽和がもはやチートレベルと称せるほどの腕を見せ、アンカジでは的確に症状を見抜いて手当てをしていた。

共に同行した雫は、陽和の眷属として転生したことで更に強くなり、回復魔法は使えずとも、攻防に優れた戦力になっていた。また、大火山の攻略でも共に戦えていたと言う話を聞き、自分との差を改めて痛感してしまった。

 

全てにおいて自分は彼らに劣っている現実に、わかってはいたがハジメのそばにいるためにやるしかないと、自分に言い聞かせて心の奥底に押し込めてきた劣等感が、押し込まれないほどに大きくなっていたのだ。

何とかして香織が香織自身で持ち直すか、誰かに支えられ立ち直るかをしない限り、この先の冒険についていくことは正直厳しいだろう。最悪、香織は王国に送り返す方法を取らざるを得ない。

 

「……香織」

 

陽和の隣に立つ雫もそんな香織の様子に気づいていたが、声をかけるべきかどうかを迷っていた。

人の心に敏感な彼女のことだ。親友が抱えている悩みはすぐに気づけたのだろう。そして、分かっているからこそ、陽和の眷属として転生して力を得た自分が慰めようとしたら、半端になると理解して迷っていたのだ。そんな彼女に、陽和は香織に聞こえないように念話石を利用して声をかける。

 

『……雫、気持ちはわかるが、この役目はお前じゃない』

『っ、で、でも…』

『こればかりはあいつ自身が向き合って出す結論だ。だから、俺らには見守ることしかできない。ハジメも気づいてるはずだから、手を打つだろう』

『……ええ、分かったわ』

 

香織の様子にハジメが気づいていないはずがない。何かしらの手を打つだろう。デリケートな問題であるため、外野の自分達はただ静観することしかできない。

それは雫自身もよく理解しており、心配そうにしながらもそれを振り切ると、気晴らしをするようにティオと共に天井に攻撃を仕掛けた。

火炎や水が放たれ、天井を狙い撃つ。それに伴い天井からはボロボロとソレが落ちてきた。

それは、一見するとフジツボのような魔物だった。天井全体にびっしりと張り付いており、その穴の空いた部分から〝破断〟を放っていたようだ。なかなかに生理的嫌悪感を抱く光景である。実際、雫は少し顔を顰めている。

 

水中生物であるためか、やはり火系の攻撃には特に弱いようで、ティオの火属性魔法の“螺炎”で直ぐに焼き尽くされて灰に変わった。

フギツボモドキの排除を終えると、陽和達奥の通路へと歩みを進めた。しかし、通路は先程の部屋よりも低くなっており、足元は膝上くらいまで海水で満たされていた。

ここで、ちょっとした問題が発生する。

 

「………むぅ」

 

ユエが満足に進めなくなったのだ。

見てみれば、身長の低いユエは腰元まで浸かっていた。ここにきて身長の低さが災いしたようだ。

思わぬプチ問題にユエは可愛らしい唸り声をあげる。

ハジメは一つ頷くと、ひょいとユエを抱き上げて、そのまま自分の肩に下ろして肩車をすると、そのまま歩き始めた。

 

「……は、ハジメ。これは流石に、ちょっと恥ずかしい」

「だが、少しずつ水深も深くなってきてるし、この方がユエもいいだろう?」

「……そうだけど」

 

ザバァザバァと海水をかき分けながら、ハジメがそんなことを言う。

ユエは、小さな子供がするようなそれに、羞恥で頬を染めると恥ずかしそうに太腿をキュッと締めて、ハジメの頭を抱えた。

チラリと陽和達を見回せば、そこにあるのは微笑ましいという表情で、めちゃくちゃ視線が生温かった。何人かはニヤニヤと面白そうに見てもいた。

恥ずかしがるユエ、普段は見れないレアな光景だ。楽しみたくなるのも仕方ない。

 

「ハハハ、ユエがまるで子供のようだな〜」

「うっふっふ、ユエさん、なんだか可愛いですよ〜」

「……うぅ」

「最近のミュウのポジションじゃしなぁ」

「別に違和感もないなぁ」

「……ぅ」

「ふふ、ユエにも可愛らしいところがあるのね。ちょっとだけ安心したわ」

「ふふ〜ん。じゃあ、これからはユエちゃんて呼んだ方がいいかなぁ?」

「……果てろ、香織」

「なんか私だけ辛辣!?」

 

ますます、陽和の視線に頬を染めつつ、しかし、香織にだけは石でも投げつけそうな眼差しで辛辣に返すユエに、ハジメは小さく笑い声を上げた。

しかし、そんな余裕ある和気藹々とした空気も、直後には、魔物の襲撃により集中を余儀なくされた。

 

現れた魔物は、まるで手裏剣だった。

高速回転しながら直線的に、あるいは曲線を描いて高速で飛んでくる。先頭を歩く陽和が短剣状態に変えたヘスティアを振るって炎刃を飛ばし、全て両断して撃墜する。

更に足元の水中から海蛇のような魔物が高速で泳いできたが、それは雫が水流を操作して絡め取り、膾斬りにした。

それからしばらく魔物達を迎撃していたのだが、

 

「………おかしいな」

「ええ、弱すぎるわよね?」

 

険しい表情の陽和の呟きに香織以外の全員が頷く。

大迷宮の魔物というのは、基本的に単体で強力、複数で厄介、単体で強力かつ厄介というのがセオリー。しかし、この海底遺跡で遭遇した魔物達は弱く、海底火山から噴出された時に遭遇した海の魔物と大して変わらない強さなのだ。

それは、明らかにおかしく、特に海底遺跡に配置された魔物をある程度知っている陽和は、記憶にある魔物達と一切遭遇していないことに疑問を覚えたのだ。

大迷宮を知る者達も全員が首を傾げながらも、進み通路の先にある大きな空間に出てきた。

 

「っ……なんだ?」

 

その空間に入った途端、半透明でゼリー状の何かが通路へ続く入り口を一瞬で塞いだのだ。

 

(ゼリーの壁?……そんなの、この大迷宮にあったか?)

 

記憶にない光景に陽和が内心で疑問に思いその答えに辿り着くよりも早く、最後尾にいたシアがドリュッケンを構える。

 

「私がやります!うりゃあ!!」

 

咄嗟に壁を壊そうとドリュッケンを振るったものの、表面が飛び散っただけで、ゼリー状の壁は壊れずその飛沫がシアの胸元に付着する。

 

「ひゃわ!なんですか、これ!」

 

シアが困惑と驚愕の混じった声を張り上げた。陽和達が視線を向ければ、なんと、シアの胸元の衣服が溶け出し、シアの豊満な双丘がドンドンと曝け出されていった。

 

「シア、動くでない!」

 

ティオが、絶妙な火加減でゼリー状の飛沫だけを焼き尽くしたが、皮膚にもついたらしく胸元が赤く腫れていた。

 

(溶解作用の、ゼリーだと?)

 

どうやらゼリーには溶解作用もあるらしく、陽和は思わず眉を顰める。だが、次の瞬間にはゾワリと背筋を悪寒が駆け抜けた。

 

『相棒!奴だ!!』

「っっわかってる!全員一塊になれ!」

 

ドライグの叫び声に答えながら、陽和は全員に指示を出すと、咄嗟に巨大な炎の城壁を生み出しながら、頭上に向けて口を開くと炎を収束して一息でブレスを放つ。

直後、頭上から無数の触手が襲いかかってきた。先端が槍のように鋭く尖っており、見た目は出入り口を塞いだゼリーと同じだ。

ブレスと触手群が激突し、飛沫を上げることすら許さずにブレスが一気に焼き尽くした。

 

「チッ、これで終わりなわけがねぇよなっ!!」

『Welsh Dragon Balance Breaker‼︎‼︎‼︎』

 

だが、それで終わりではなく、今度は壁からも触手が伸びてきて、全方位から炎の壁を突き破ろうと襲いかかってきた。陽和は一呼吸の間に竜の鎧を纏って、火力を上げて迎撃する。

ハジメの肩から飛び降りたユエが障壁を展開し、ティオと雫、セレリアが触手を迎撃する。

 

「おい!陽和っ、あれは何だっ!?」

 

陽和の尋常ならざる様子にハジメも表情を厳しいものに変えながら陽和に尋ねる。

陽和は両手からファイア・ボルトを連射し続けながら、ゼリーの触手から一切視線を逸らさないまま応える。

 

『あれは悪食だ』

「悪食?」

『ああ、古代から存在する魔物で、体は半透明のジェルで構成されており、際限なく湧き出し、なんでも喰らい、触れたもの全てを溶かす能力も持っている。一部では“天災”、“海を操る怪物”とも呼ばれている、相当厄介な魔物だ。なんせ、ミレディ達も手を焼かされたぐらいだからな』

「はぁっ⁉︎」

 

簡潔な説明でも分かるほどのヤバさにハジメが驚愕の声を上げる。それは他の者も同じで、これまでとは一線を画す魔物の出鱈目さに目を剥く。

そこで、雫が陽和の説明に一つ気になるものがあったことに気づく。

 

「ちょっと待って。古代から存在する魔物ってことは、大迷宮で作られた魔物じゃないってこと?」

 

そう、彼の口ぶりからだと悪食は大迷宮の魔物ではないような言い方だ。その疑問に陽和は頷く。

 

『ああ、その通りだ。アレはおそらくどっかから大迷宮に侵入したんだろう。あの軟体だ。僅かな亀裂でもあればそこから入れる。無限湧きする魔物。確かに、餌場としては最高の環境だろうな』

『そうだろうな。奴は無尽蔵に喰らう暴食の化身。無限に食料を補充できる餌場を見つければ、ここを根城にしてもおかしくはあるまい。これで納得だ。ここの大迷宮の魔物達は、遭遇する前に奴に喰われ続けていると見ていいだろう』

 

これまでの魔物が弱すぎたことや、悪食がなぜここにいるのかという疑問に、二人はそう推測づけて納得する。

 

「む?……ハル兄、悪食って、もしかして魔力も溶かす?障壁が溶かされてるみたい」

『その通りだ。魔力も溶かして威力を減衰させてくるから、魔力のゴリ押しで戦うしか普通は方法がない』

「むぅ、それは厄介極まりないのぅ。そんな魔物がこの世に存在しているとは」

 

ティオも厄介さを実感して唸るような声を上げる。

 

「ハジメ、火炎放射器を。そろそろ奴が来るぞ」

 

陽和がハジメにそう指示を出した直後、ついに元凶が姿を現す。

天井の僅かな亀裂から染み出すように現れたソレは、空中にとどまり形を形成していく、半透明で大雑把な人型、ただし手足は鰭のようで、全身に極小の赤いキラキラした斑点を持ち、頭部には触覚のようなものが二本生えている。

まさにその姿はクリオネに酷似している。ただし、サイズは十メートルという悪夢サイズだが。

巨大クリオネ改め悪食は、何の予備動作もなく全身から触手を飛び出させ、同時に頭部からシャワーのようにゼリー状の飛沫を散らせた。

 

『ユエと香織は防御に回れ!他は攻撃しろ!』

『Boost!!』

 

陽和が倍加を発動しながら雷炎の塊を連射する。

雫達が頷き陽和と共に攻撃を繰り出し、ユエと香織が同時に“聖絶”を発動する。ハジメも宝物庫から黒い大型ライフルのような兵器ー火炎放射器を取り出し、大口径の銃口から摂氏三千度の消えない炎を撒き散らした。

全ての攻撃は悪食に直撃し、その体を消滅させ、あるいは爆発四散させる。「いっちょ上がり!」とばかりに満足気な表情を浮かべる雫達だが、陽和が警戒を緩めないまま警告の声を張り上げる。

 

『まだ終わりじゃない!こいつは肉片一つあればそこから無限増殖する!倒すなら塵一つ残さず消し飛ばす他ない!』

「……くそっ、なんだこれ、悪食の反応が部屋全体に広がってやがる……」

 

ハジメの魔眼石で見え視界は赤黒い色一色で染まっており、部屋そのものが魔物であるかのようだった。

そして、陽和の警告通り、四散したはずのクリオネが瞬く間に再生した。しかも、よくみればその腹の中には、先ほどまで散発的に倒していたヒトデモドキや海蛇がおり、ジュワーと音を立てながら溶かされていた。

 

『奴に魔石はない。強いていうなら、肉体が魔石そのものだ。だから、増殖しようと思えばいくらでも増殖できる!どこからでも湧いてくるぞ!全員注意しろ!今この場所は奴の腹の中にいるも同然だ!』

 

魔石がないという魔物にあるまじき驚愕の事実に、全員が目を丸くすると同時に、再び悪食が攻撃を開始する。

しかも、今度は触手とゼリーの豪雨だけでなく、足元の海水を伝って魚雷のように体の一部を飛ばして来てもいる。

 

『こんっの!』

 

陽和が舌打ちをしながら、海水を伝って襲ってくる触手を炎の槍で狙い撃ち爆散させ、口に収束した雷炎を前方の壁全体に広がるように放出する。

背後にいるハジメも火炎放射器を向け、陽和の後方、自分の前方の壁を焼き払う。

二人の火炎放射によって、壁紙が剥がれるように壁に張り付いていたゼリーがボロボロと燃え尽きていった。

しかし、いくら燃やしても燃やしても、悪食は壁の隙間や割れ目から際限なく出現し、遂には足元からも湧き出してくる。靴底がジューッと焼けるような音を立て始めた。

 

(くそっ!このままじゃ、ジリ貧だっ。とにかく、この場から離脱する方法を考えろっ!)

 

悪食の攻撃が更に苛烈さを増していく中、周囲に忙しなく視線を巡らせながらどうにか脱出できるような場所がないか探す。一度大きく距離を取れる場所まで出れれば、逃げる算段はある。

だが、そう必死に思考を巡らせている間も悪食の激しさは増していき、いよいよ本気になったのか、壁全体から凄まじい勢いで湧き出してくる。

しかも、水位も上がって来ており、今や腰あたりまで浸かってしまっている。ユエに至っては、すでに胸元まで水に浸かっていた。

 

このままだと全員沈むのも時間の問題だ。

完全なる閉所で水に沈んでしまうのは、非常にまずい。戦闘力を削がれるのもそうだが、水に囲まれるということはすなわち悪食に丸呑みされるにも等しいのだ。

どうにかしなければと思考していた時、ヘスティアが気づく。

 

『マスター見て!あそこの地面に亀裂がある!』

 

ヘスティアの言葉通り、そちらへと視線を向ければ、地面に亀裂が刻まれており、渦巻きが発生していた。感知能力を応用し地面の下を探ってみれば、地下に空間が広がっていたのがわかった。

 

『地面の下に空間が広がっている!一度離脱して体勢を立て直すぞ!何があるか分からんから、腹括れっ!』

「ええっ!」

「ああっ!」

「おうっ!」

「んっ」

「はいですぅ」

「承知じゃ」

「分かったよ!」

『ハジメ、酸素ボンベを出せ!床をぶち抜くから、全員、俺の後ろに来い!』

 

全員の返事を受け取ると、陽和は亀裂の前に立ちながら“浄火の大光盾”を展開し、ブレスを口から放つと同時に、“緋槍・千輪”と“ファイア・ボルト”を全方位に乱射する。

その間に、ハジメ達が陽和の後ろに集まり、宝物庫から長さ十五センチ直径三センチほどの円筒を人数分取り出す。中程にシュノーケルのマウスピース部分のような突起がついている。

これは、小型の酸素ボンベだ。生成魔法で空間魔法を付与した鉱石で出来ており、中には〝宝物庫〟と同じく空間が広がっていて、空気が入れられている。

空間魔法を使いこなしつつある陽和のお陰でそれなりの空間を中に確保することができ、この小型酸素ボンベは一本で2時間ほど持たせることが可能になった。

 

全員が後ろに集まり、酸素ボンベをつけたのを確認した陽和は地面に足を突き刺し固定しながら、再度口に紅緋の輝きを収束させ、同時に倍加も連続で発動していく。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

紅緋の輝きが臨界点に到達した瞬間、陽和は翡翠の眼光を輝かせながら口を大きく開き、足元の亀裂へとブレスを解き放つ。

紅緋の閃光が地面に突き刺さり、水中に轟音と振動を伝播させながら、地面に大穴を開けて貫通させる。

そして、貫通した縦穴へ途轍もない勢いで水が流れ込んで行き、腰元まで上がって来ていた海水がいきなり勢いよく流れ始めたので、雫達は足を攫われて穴へと流される。

踏ん張り激流に耐えていた陽和は、最後にハジメが穴に入ったのを見ると自身も足を引き抜いて穴に飛び込んだ。

 

(もう一発、喰らっておけ!!!)

 

陽和は激流の中で、体勢を変えて飛び込んだ穴の方へと向くと、再び口に紅緋の輝きを収束させてブレスを放ち、穴から触手を伸ばしてきた悪食の追撃を迎え撃った。

紅緋の輝きが暗い水中を照らし、くぐもった爆音を轟かせたが、その後どうなったのかを確認することはできなかった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「げほっ、ごほっ、ごほっ……うっ、はぁっ、げほっ」

「主殿、大丈夫かえ?」

「あ、ああ、何とかな……皆は、はぐれたか……」

 

どこかの真っ白な砂浜。そこの波打ち際でずぶ濡れの陽和が四つん這いで蹲っており、大量の水をむせながら吐き出している。そんな彼を、同じくずぶ濡れのティオが彼の背中をさすりながら、気遣っていた。

どうにか呼吸を整えた陽和が周囲を見渡すが、見渡す限り岩場と木々が生え並ぶ森林地帯の光景が広がっていた。陽和達はまるで森林と岩場の中に存在する秘境のような砂浜に流れ着いたようだ。

遥か頭上には水面が揺蕩っており、結界のようなもので海水の侵入を防いでいるようだった。

 

悪食から戦略的撤退を図った陽和達。

 

彼等が落ちた場所は巨大な球体状の空間だった。

何十箇所にも穴が空いており、その全てから凄まじい勢いで海水が噴き出し、あるいは流れ込んでいて、まるで嵐のような滅茶苦茶な潮流となっている場所だった。

 

その激流に翻弄されながらも何とか近くにいる仲間の傍に行こうとする陽和達だったが、潮流は容赦なく陽和達を引き離していった。

ユエと雫が魔法で水流操作を行うが、流れがランダム過ぎて思うようにいかず、シアが体重操作とドリュッケンの重さを利用したことで、何とかユエ、雫、セレリアと合流できたのは幸いだった。

雫が尻尾をセレリアの腰に巻きつけ、ユエとシアと手を繋ぐことで逸れることを防いでいた。翼も展開することで水流を受けて向きを調整したりもしていたので、逸れることはないだろう。

 

ハジメの方も、どうにか香織をキャッチしており一緒にいた。陽和がメンバーの無事を確認しどちらかと合流しようとした時、唯一ティオがいないことに気づき周囲を見回した時、ティオが全く別の方向に流されているのを捉えた。

他のメンツは二人以上でいるため、問題はない。ティオも実力的には申し分ないが、大迷宮内で孤立するのだけは避けたかった。そして、現状ティオと最も距離が近いのは自分だ。

だから、陽和は雫とハジメと視線を交わし、決断する。

 

翼と尻尾を忙しなく動かしながら、重力魔法も使うことでティオへと急接近し、彼女の手を掴むと尻尾を腰に巻きつけ翼で彼女の体を包み込み抱きしめた。ティオが少し驚き目を丸くしていたものの、すぐに陽和に身を委ねて彼の胸元をキュッと掴む。

直後、激流に流され、二人は一緒に一つの穴に吸い込まれるように流されていった。

 

流されている間、何度も岩壁に叩きつけられたが、竜の鎧のおかげで凌げており、激流が弱まり光が見えた直後、その光に向けて一気に浮上して砂浜に流れ着いたのだ。

その流れ着いた場所が、今二人がいる場所である。

ティオは酸素ボンベをしていたため、全身がずぶ濡れになっただけで済んだが、陽和は酸素ボンベをつけていなかったため、腹一杯に海水を飲んでしまい、むせながら何度も吐き出していたのだ。

 

「ティオ、ありがとう……ようやく、落ち着いた」

 

何とか海水を吐き出せた陽和は、口を拭いながらティオにそう礼を言う。ティオは心配そうな表情の中に安堵の色を混ぜて頷いた。

 

「妾の方こそ感謝するのじゃ。主殿が守ってくれたおかげで怪我もないのじゃ」

「それならよかった。とにかく、お互いずぶ濡れだし、着替えよう」

「じゃな」

 

髪をかきあげながら立ち上がった陽和はティオにそう言うと背中を向き、徐に服を脱ぎ出す。

ティオも陽和に背を向けると、エリセンを出る前に渡された大型の倉庫レベルの収納が可能な小型宝物庫の指輪から着替えの服を取り出しながら、服を脱ぎ着替え始める。

ティオは服を脱ぎタオルで体を拭きながら、心配そうに呟いた。

 

「皆は、大丈夫かのぅ」

「多分大丈夫だろ。香織にはハジメが一緒にいるだろうし、雫の方はユエ達がいる。それに、あいつら全員倉庫レベルだが宝物庫を持ってるから、食糧面も問題ないはずだ」

「そうじゃの、今は皆無事に試練を乗り切れるよう祈るしかないの」

 

二人はそう言葉を交わしながら、着替えていく。

しかし、ティオは下着を履き替えたところで唐突に手を止めると、ちらりと陽和の方を見る。

彼は既にズボンを履き替えており、上半身が裸の状態で少し長い髪を絞って水気を取り、ガシガシとタオルで髪を拭いていた。

 

「…………」

 

胸の前でタオルをキュッと両手で握り締めたティオは、頬を赤く染めるとくるりとその身を翻して陽和の背中へと抱きついた。

 

「うぉっ⁉︎」

 

パンツは履いているもののブラを着けていないため、何も遮るものがなく陽和の背中にダイレクトにティオの豊かな双丘とその先端の感触が伝わって来た。露骨な感触に陽和はビクッと体を震わせる。

 

「お、おい、ティオ?」

「主殿、助けに来てくれてありがとうなのじゃ。正直、また主殿と離れ離れになると思っとったから……その、助けに来てくれて、嬉しかったのじゃ…」

 

つい一週間前、ティオは仲間達を置いて一人での大火山脱出を強制された。その場での陽和の判断を責めるつもりはない、その後ちゃんと再会もできたからそれは別に良かった。

だが、今回意図せぬ状況で自分がまた一人で流されそうになり、不意に今度こそ一人になってしまうんじゃないかと孤独と恐怖を感じてしまったのだ。

そんな中、陽和が自分のもとに来てくれた。

 

「……今度こそ、一人になると思ってしまった。……でも、主殿が、妾を助けに来てくれた…」

 

愛する男が自分を一人にはさせまいと手を伸ばして抱きしめてくれた。

冷たい水の中、激流に流されどうしようもなくなった時に自分を抱きしめてくれた彼の温かさと力強さに、ティオは陽和の選択が合理的なものであったとしても、心の底から喜びと愛おしさが込み上げたのだ。

 

「………だから、ありがとうなのじゃ」

 

深い感謝と愛情を込めてティオは礼を言うと、一層陽和を抱きしめる力を強める。

より双丘の密着度が高まり、更に柔らかさが背中から伝わってきて思春期男子たる陽和も少し赤面していたが、ティオの心情を知ると突き放すことはできずに、小さく息をつくと肩越しに彼女の黒髪を優しく撫でた。

 

「やれやれ、随分と甘えたがりなんだな。いつもの理知的な姿はどこにいったんだ?」

「妾とて誰かに甘えたい気持ちはあるのじゃ。だから、主殿の優しさに甘えておるだけのこと。子供扱いせんでくれ」

「はいはい」

 

子供にするように頭を撫でながら揶揄ってくる陽和に、頬をぷくと膨らませたティオが抗議の声を上げる。

普段は誰よりも博識で、冷静沈着で、頼もしいはずなのに、こうして自分の前では子供のような姿を時折見せてくるティオのギャップは中々に可愛らしく、陽和は彼女の気が済むまで抱きつかせてあげることにした。

しかし、その一方で彼の内心はというと……

 

(こ、この感触はやばいっ。落ち着け落ち着け落ち着け落ち着けっ)

 

めっちゃ動揺してた。

表面上では平静としていたものの、背中から伝わる幸福な感触に理性が揺らいでいた。

ティオは雫やセレリアよりも豊かな肉体の持ち主だ。特に殺傷能力の高い凶悪な双丘を、服という遮る物がない状態でダイレクトに強く押し当てられてしまい、割とマジで危ない状態なのである。

顔は明らかに熱を持っており、心臓がバックバックと鼓動がうるさい。だが、それをティオにバレないように必死に平静を装って耐え凌いだ。

 

「……主殿、もう大丈夫なのじゃ」

「っっ、お、おう」

 

抱擁を解いたティオが陽和の背から離れ終わりを伝えると、陽和はビクッと震えて少しキョドりながらそそくさとシャツを着る。一応、着替え終わった陽和はティオに背を向け続けており、ティオもさっさと着替えた。

 

「主殿、着替え終わったから、もう振り向いてもよいぞ」

「お、終わったか」

 

ティオの了承を得て、陽和はティオへと振り返ると少し目を見張る。彼女の格好はいつもの和装ではなく、ふわりとしたベージュのズボンに、ゆったりとした白のシャツという姿だった。

普段とは違う装いに陽和はその服に見覚えがあった。

 

「その服。前にフューレンで買ったやつか」

「その通りじゃ。どうじゃ?中々似合うじゃろう?」

 

くるりと体を一回転させながら、ティオは自分の格好を陽和に見せる。そう、ティオの現在の格好は、以前フューレンで買い物していた時に陽和がティオに買ってあげた服なのだ。

感想を求めてくるティオに陽和は頷く。

 

「ああ、普段とは違うから新鮮だな。ゆったりとした着こなしもいい。うん、やっぱそっちの格好も似合ってるな」

「ふふふ、主殿の見立ては間違いがないのぅ。妾もこの格好は気に入ったのじゃ」

 

陽和に買ってもらった服だからこそ、ティオは彼の賛辞を当然のように喜ぶ。

好きな男からもらった服はなんであれ嬉しいのだ。それがティオも気に入ったデザインであれば尚更。

上機嫌になったティオはわざとらしく胸元を寄せて、先程自ら当てた凶悪な双丘を強調しながら陽和の顔を下から覗き込みながら、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「ふふっ、妾が抱きついた時の主殿の鼓動はうるさかったのぅ。今思い出しても、面白いのじゃ」

『マスターすっごく緊張してたよ。見てるこっちが面白いぐらいにね』

 

どうやら先ほど抱きついた時陽和が内心でめっちゃ緊張していたのをティオは気づいていたらしい。ヘスティアもそれを把握しており揶揄ってきた。

思わぬ不意打ちの言葉に、陽和はギョッと目を見開く。

 

「……えっ、ま、まさかっ、バレてたのかっ?」

「あれだけ密着しておったのじゃ。背中越しであっても、気づくに決まっておろう」

「……うっわ、まじかよ。あと、ヘスティア、揶揄うのはやめてくれ」

『はいはーい』

 

必死にバレないようにしていたのに、実はバレていたなど恥ずかしすぎて、陽和は赤面すると顔を手で隠す。しかし、今更顔を隠してもティオには既にバレているので、ティオは微笑んでいる。

 

「ふふ、主殿の貴重な照れ顔、拝ませてもらったのじゃ」

「ティオ、お前なぁ…」

 

してやったりと笑うティオに陽和が若干口元を引き攣らせる。雫が合流してからもセレリアとティオのアプローチの勢いは以前と変わらず、こうして時折アプローチしてくるのだ。

その度に雫が阿修羅を展開するのだが、二人は絶妙な引き際を覚えたらしく、スタンドバトルに発展することはないのが尚のことタチの悪い。

しかし、いつまでもこうしてるわけにはいかないため、陽和はティオの視線から顔を逸らしながら話題を変える。

 

「ま、まぁいい、とにかく、早速歩いてみよう。何かあるかもしれない」

「じゃな。ここにいても何も始まらん。まずは探索じゃ」

『とりあえず林の中を進んでみたらどうだい?何かしら痕跡があるかもしれない』

 

二人は眼前の林へと足を踏み入れてしばらく歩き始めた。先の見えない林の中をとにかく歩く二人は、落ちた枝や葉っぱを踏み鳴らしながら進んでいく。

 

「……海底に森林があるとはのぅ。つくづく大迷宮というのは不思議じゃ」

「オルクス大迷宮はこの比じゃないぞ。まだまだこんなものは序の口だ」

「ふぅむ、本当になんでもありじゃなぁ」

 

内部の環境を自在に設計できる大迷宮の凄さにティオは周囲を見回しながら、感心するように呟く。

それからしばらく林の中を歩き続けていたのだが、面倒くさそうな表情を浮かべた陽和が突然足を止める。

 

「林の中を歩くのも面倒だな、飛ぶか」

「そうじゃな。空の方が見やすかろう」

 

そろそろ林の中を歩くのも面倒になってきた陽和がティオにそう提案したのだ。お互い飛行手段を有しているため、先の見えない林の中を歩くよりも空を飛んだ方が色々と捗る。

そうして二人は背中から竜翼を開くと、木々の隙間を通って空へと飛び上がる。

森林地帯を見渡した陽和は右方向に何かの廃墟のようなものを見つけた。

 

「お、あったあった。遠くに廃墟みたいなのが見えるな」

「一キロくらいかの。闇雲に歩いてたらいつ着くかわかったもんじゃないのぉ」

「だな。とりあえず、あそこに向かおうか」

「うむ」

 

廃墟までの距離は目算でもおよそ一キロ弱。

このまま森の中を歩くよりも飛翔して行ったほうがいいと判断した二人は、そのまま竜翼を羽ばたかせて廃墟へと向かう。

その時だ。今まで沈黙していたドライグが二人に声をかけた。

 

『相棒、ティオ・クラルス。一度止まれ』

「ドライグ?」

「始祖様?」

 

首を傾げながらも止まりその場で滞空する二人にドライグは言葉を続けて。

 

『ここの大迷宮のコンセプトが何かは、以前話したな?』

「ああ、『狂った神が齎すものの悲惨さを知ること』だろ?」

『その通りだ。この大迷宮では過去の光景を映し出し、それを実際に見せるのが主な試練の内容だ。単純な実力ではなく、精神面の強さを見ている。そして、“竜継士”は次代の希望であるため、それ相応の試練が、ライセン大迷宮を除く各大迷宮には用意されている。オルクス大迷宮然り、大火山然り、この海底遺跡も同じように相棒専用の特殊試練がある。この空間がまさにそうだ』

 

奇しくも陽和とティオが流れ着いたこの空間は、竜継士専用の特別な空間だったようだ。

 

「なるほど、海底遺跡だと特別に空間が用意されているのか。とすると、他の空間に出た場合は、まさか転送されていたか?」

『ああ、その通りだ。本来幻想試練の空間は二つ用意されてどちらかを選べる。しかし、竜継士はどちらを選ぼうとも強制的にこの空間に転送されるようになっている。本来ならばこの空間は竜継士しか入れないのだが、先程の異常事態による変則的な移動だ。偶然にティオ・クラルスも入れたのだろう』

「む、そうじゃったのか。のう、始祖様、一つ確認なのじゃが、この空間は竜継士以外の者が入り込んでも問題ないのかえ?」

 

ティオは竜継士ではない為、この空間へ入る条件には当てはまらないがいつまでも転送される様子はないからこそそんな疑問をこぼした。

 

『恐らくは問題ないはずだ。竜継士ではないものが単体で入り込んだのなら転送されるかもしれんが、ティオ・クラルスは相棒の仲間だと認識されているはずだ。だからこそ、転送されずにこの空間に入れるのだろう。それに加えて、相棒と同じ竜人族だ。なおのこと、転送する理由はない。むしろ、丁度いいだろうな』

「ん?どういうことだ?」

 

ドライグの言葉に陽和は首を傾げる。ティオも意味がわからず首を傾げる中、ドライグは理由を語らなかった。

 

『それに関しては、直に見ながら話したほうがいいだろう。今はとにかくあそこの廃墟に向かえ』

「ああ」

「うむ」

 

理由を語らなかったもののそれを追求はせず、素直に従い二人は廃墟へと真っ直ぐに向かう。

次第に見えてきた廃墟はまるで戦火に呑まれた後のように見るも悲惨であり、あちこちで崩壊していた。だが、そんな悲惨な崩壊の光景よりも、陽和達はその建物の造りに目が向いた。

 

「……この造りは、日本の木造家屋とにてるな…」

「というよりも、妾達の里の家屋と酷似しておる。あれは、妾達竜人族に伝わる建築様式とほぼ同じじゃぞ」

 

そう。崩落した家屋のはそのすべてが木造であり、どことなく日本の木造家屋を連想させるものばかりだ。陽和にとっては古き良き日本の建築様式を、ティオにとっては竜人族の里で見慣れた家々を連想させており、この時代、否、この世界では独特な造りに困惑を隠せない。

困惑をしながらも飛び続け、やがて二人は廃墟の入り口であろう巨大な建造物の前に降り立つ。

二人が降り立った場所に前には一際巨大な建造物があった。こちらも他と同様崩れ黒ずんでいるが、明らかに赤色の、正確には朱色だったであろう巨大な門であることは明らか。しかも、その様式は日本のような和風な様式であった。

二人は門の前に降り立つと周囲に何か痕跡がないか見回す。そして、何かに気づいたのか、門を見上げているティオが少し険しいような、それでいて悲しげな表情を浮かべる。

 

「………主殿、この廃墟がなんの廃墟なのか分かったのじゃ」

「なに?わかったのか?」

「うむ、これを見てみよ」

 

そう言ってティオが崩れた門のある一点を指差す。そこには紋様が刻まれており、霞んではいるもののその紋様は陽和にとっては見慣れたものであった。

 

「……これは、赤竜帝の紋様?ということは、まさか……っ⁉︎」

 

陽和も門に近づきそれに気づいて呟いたと同時に、周囲の風景がぐにゃりと歪み始める。陽和達が突然の出来事に驚き身構える中、風景の歪みが激しくなり、次の瞬間には崩落していた家屋や門が夕焼け色の光を帯びて、元の形へと巻き戻すかのように修復されていく。

そうして建造物が修復されていき、風景の歪みが収まると、そこに広がっていた光景は活気に満ちた街そのものだった。

 

『はーい!串焼きの焼き立て完成したよ!今が食べ頃だよ!』

『お、そこの姉さん!この簪どうだい?最近の新作なんだよー!』

『あら、君また来たの?あなたここの飴好きね。でも、程々にしないとお小遣いなくなっちゃうわよ?』

 

門から真っ直ぐに伸びる石畳の道は大型車が数台並んでも余るほど広大で、草食恐竜にも似た動物が台車を引いていたり、大勢の人々が行き来している。

左右では多くの店が並び、ある店では串焼きを焼いていて、ある店では簪などの和のアクセサリーを売り、またある店では果実を飴で包んだりんご飴にも似たお菓子を売ってる。

 

「…‥なんというか、日本の祭りみてぇだな」

「……なんとまぁ、平和的な光景よのぅ」

 

とても活気に満ちており、陽和は日本の祭りとよく似た雰囲気に無性に懐かしさを覚え、ティオは突然の穏やかな光景に素直に驚く。そして、驚くべきはそれだけでは無かった。

 

「人間だけじゃ無い。獣人、魔人……それに、竜人族までいる」

「……この世界に存在する全ての人種族が一堂に会し、共に笑い合っておるとは、今の世界ではあり得ぬことじゃな」

 

屋台で品物を売る人、道を歩き屋台を眺める人、屋台に立ち寄り何かを買って楽しむ人、それらは全員が全員種族が違い、人間族だけでなく、獣の特徴を持つ獣人族や浅黒い肌に尖った耳の魔人族、果てには尖った耳を持ち、背中から竜の翼を生やしている竜人族までもその場には大勢いたのだ。

全ての人種が一堂に会してて誰もが笑い合う。そんな平和に満ちた楽園のような街並みに陽和は、いよいよ確信した。

 

「これは、この国は、やっぱり……」

『ああ、二人が思った通りだ。この光景は………』

 

陽和の確信をドライグは認めて、この光景がなんの光景なのかを答えた。

 

 

 

『かつて俺が治めていた帝国。“竜帝国ウェルタニア”の光景だ』

 

 

 

陽和達の前に現れた平和的な光景。

それは、かつてドライグが収めていた帝国“ウェルタニア”の光景だったのだ。

 

 





悪食は作品屈指のタチの悪い強敵ですよね。
零だと魔力を抑えることで感知から逃れることができたけど、海底洞窟では周囲を囲まれてましたからねぇ。タチの悪さをよく知る陽和が焦るのも無理はないと思います。

原作ではハジメと香織がユエ達とは別行動したように、今作では陽和とティオが別行動を取ることになりました。
そんでもって、唐突なティオのヒロインタイム!これには陽和も理性が危うかったでしょうねwww
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