竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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さ、三万文字超えちゃったよ……。

それはそうと、もう12月なんですねぇ……体感時間早すぎるんですが。
というか、最近寒くなりすぎでしょ。温暖差に体がやられてしまいますわっ!!




59話 太陽の咆哮

 

 

 

ドライグが悲痛に満ちた咆哮を上げたところで過去映像の再生が終わり、炎に呑まれていた都の光景は消えて最初に見た廃墟の光景へと戻る。

 

『———以上が、ウェルタニアが辿った末路だ。アルビオンを目の前で喪った俺が、理性を手放し獣へと堕ちてしまったことでこの国は……アルビオンが愛した国は滅んでしまった。……いや、俺が滅ぼしてしまったんだ。彼女と我が子諸共に』

「始祖様……」

 

懺悔するように語るドライグに涙を流しているティオは悲しげな表情を浮かべ小さく名を呼ぶだけで、それ以上言葉を並べることができなかった。

当時の大迫害では、同胞達が戦い、命を落とし、母の遺体が晒され、父と永遠のお別れをした。幼いティオには何もできなくて、ただ従者に手を引かれながら逃げ延びた。

そんな悲劇を経験したティオだったが、ドライグが経験した悲劇は、自分よりもはるかに残酷で絶望に満ちたものであったと思ってしまったのだ。だからこそ、辛い思いを数千年もの間抱え続けてきた彼に、なんて言葉をかければいいかわからなかったのだ。

悲しげな空気が漂う中、陽和が口を開いた。

 

「……………ドライグ、試練はこれで終わりか?」

 

若干顔が俯いているせいで前髪に隠れて表情は読み取れない。だが、唇の端から流れる血や、ギチギチと握り締められ震える拳、淡々とした声音から陽和が感情を限界まで抑え込んでいるのだとティオやドライグ達には分かってしまった。

 

『……ああ、終わりだ。後ろにあるあの魔法陣に入れば継承の魔法陣がある場所に転送される』

 

ドライグはそれに思うところはあっても口にはせずに、陽和の言葉を肯定した。

陽和がちらりと背後に視線を向ければ、広場の中央には魔法陣がいつの間にか出現して輝いていたのだ。魔法陣の場所を確認した陽和は頷く。

 

「………そうか。……ティオ、行くぞ。早くあいつらと合流する」

 

そうティオに声をかけつつ、先ほどまで見ていた廃墟に背を向けて魔法陣の元へと歩こうとする。

しかしだ。

 

「待つのじゃ、主殿」

 

その歩みを、ティオが止めた。

無言で振り返ればティオが腕を組んだ様子で陽和に真剣な眼差しを向け口を開いた。

 

「少し聞きたいことがある、しばしよいか?なに、そう時間はとらせん」

「……なんだ?手短にしろ」

 

歩みを止め振り返った陽和は前髪の隙間からギラつく瞳をティオに向ける。その瞳は憤怒や殺意、憎悪、そう言った黒い感情に満ちており危険な光を宿していた。

ティオはそのドス黒い眼光を見やり、少し悲しげに目を細めると単刀直入に尋ねた。

 

「…………主殿、お主はこの海底遺跡を攻略した後、一人になろうとしておらぬか?」

「ッツ」

 

奥深くまで届いたかのような鋭い問いかけに陽和はピクリと眉を動かす。その僅かな変化をティオは見逃さなかった。

「やはりか」と納得したように呟いた彼女は、更に話を続ける。

 

「………主殿、焦る気持ちは分かるが、その選択は良い選択とは言えぬぞ。無理をして乗り越えられる道のりではないと分かっておろう」

 

ティオは確信していた。

このまま放っておけば陽和は仲間達を突き放し、一人で残りの大迷宮を攻略し単独でエヒト打倒の為に動いてしまうだろうと。

最愛の恋人である雫や長年の親友であるハジメなど近しい存在である彼らの言葉すらも無視して彼は一人でエヒトに挑んでしまうのではと危惧しているのだ。

 

「……だからなんだ?」

 

それは暗にティオの言葉を認めていた。

彼の淡々とした肯定にティオは悲壮な表情を浮かべる。

 

「考え直すのじゃ。憤怒や焦燥に任せて動いたところで何も変わらぬ。目的の為に自ら孤独を選んでもその先は虚しいだけじゃ。遠くない未来で主殿の心が必ず壊れてしまう。それは、誰も望んでおらぬことじゃ」

「……………あいつを殺せるのなら構わない」

「っっ、主殿っ!!」

 

自らが壊れることを厭わない発言にティオは、悲壮の中に明確な怒りを宿しながら陽和へと詰め寄り両腕を掴んで彼を咎める。

 

「それは、それだけはダメじゃっ!仮にその道を選びエヒトを倒せたとしても、誰も喜ばんっ!!自分達を守る為に心を壊しその身を犠牲にしたなど、帰りを待つ家族やお主を慕う雫達が悲しむことはわかっておるじゃろっ!!」

 

悲しみと怒りを宿した声音で必死に陽和を説得しようとするティオの言葉に、陽和は表情を歪め、ギリッと歯を剥き出しにすると、

 

「ならっ!!どうしろっていうんだよっ!?」

「っ!?」

 

バヂィンッとティオの手を勢いよく振り払うと、激情をあらわにして叫んだのだ。

手を弾かれ陽和の顔を見たティオは少しの驚きに目を見開いていた。顔を上げた陽和の表情は明確な怒りに歪んでおり、目尻には涙が溜められていた。

それはまさに理不尽に対して怒る年相応の子供のそれだった。叫んだ陽和は激情のままに怒鳴り散らす。

 

「アルビオンさんがエヒトに洗脳されたっ!あれだけドライグと共に何百年も平和な世界の為に頑張っていた彼女がだ!!彼女が洗脳されたってことは、お前達も洗脳される可能性があるんだぞ!?」

「っ、それは……」

「俺が赤竜帝の力を受け継いだ以上必ずエヒトは俺に何かしらの手を打ってくる!雫やお前達を洗脳して俺と戦わせるかもしれないっ!いや、エヒトなら必ずやる!二人の子供すら殺すようなあいつならお前達が、俺にとっての大切な仲間である限り、必ずお前達を利用するはずだ!俺を殺す為に!!」

 

怒声をあげてドス黒い眼光を一層ギラつかせながら、顔色を蒼白にする陽和。明らかに尋常な様子ではなく、恐慌状態に陥っているように見えた。

陽和は一転して頭を抱えると首を何度も横に振りながら涙混じりに喚く。

 

「分かってるっ。……分かってるんだよっ……あの過去を受け入れて進まなくちゃいけないことはっ……でもっ……無理だっ。同じようなことが起きたら俺は戦えないっ!戦えるわけがないっ!!洗脳されていたとしてもっ、お前達と殺し合うなんてこと、俺にはできないんだっ!!」

 

彼の声音は恐怖に満ちていて、体は小刻みに震えていた。頭では理解している。赤竜帝として力を受け継いだ以上、ドライグが辿った結末は見るべきものでありどれだけ悲惨なものであっても受け入れて前に進むべきなのだと分かってはいるのだ。

 

だが、心がそれを許してくれなかった。

 

恐怖。ドライグの過去を見てから心の大部分を占めるのがソレだった。

怒りも、憎しみも、悲しみも込み上げてきた。大切な相棒の心を踏み躙ったエヒトへの殺意や、壮絶な過去を経験したドライグへの悲嘆もある。

だが、それ以上に二代目赤竜帝として力を受け継いだ以上、エヒトは必ず自分に目をつけて何かしら仕掛けてくるだろう。そうすれば、自分も同じ未来を味わうかもしれないと言う恐怖が込み上げてしまったのだ。

 

「………そんな未来になってしまうぐらいなら、俺が一人で戦った方がずっとマシだっ!!」

 

洗脳される可能性、喪失の恐怖があるからこそ、陽和は1人になろうとしている。だって、仲間達を突き放して孤独に戦えば、傷つくのは自分の心だけだから。

 

「お前達から離れ俺が一人で戦えば、誰も洗脳されないで済むっ!俺もお前達を傷つけないで済むっ!俺一人の犠牲でお前達の未来を守れるのならそれでっ、っ!?」

 

『それでいい』という言葉は続かなかった。

なぜなら、ティオが頬を平手打ちしたからだ。

 

「……ティオ?」

 

パァンッと空気が裂けるような音が響き、恐慌状態に陥っていた陽和が幾分か正気を取り戻す。

不意打ちの一撃は手加減されておらず、突き刺すような痛みが頬に走り、陽和は数歩後ろによろけると体勢を崩して尻餅をついてしまう。

陽和は打たれた頬を抑えることすら忘れ、ティオへと見開いた目を向けた。

 

「……このっ、大馬鹿者」

 

決して大きな声ではない。

だが、その静かな言葉とは裏腹に明確な憤怒がそこは宿っていた。ティオは目の端に涙を滲ませながら、陽和にそう言った。

ソレは彼女の様子も相まって陽和を硬直させるには十分すぎるほどの衝撃があった。

ティオは涙を拭うこともせずに陽和を睨むと、静かに怒気を露わにする。

 

「お主一人の犠牲で妾達の未来を守れるのならいいじゃとっ?妾達を侮るのも大概にするのじゃ。誰一人としてそんな未来を望んでおらん。それに、主殿亡き未来に何の意味がある?そんなふざけた未来、妾達が認めるわけがなかろう」

 

陽和が犠牲になる未来など許容できるわけがない。

彼を愛し共に歩むと誓った雫も、彼に恋をして慕う自分達も、兄と慕い頼りにしているハジメ達も、帰りを待つ家族もそんな未来望んでいない。

ティオ達が望む未来に陽和がいないなんて認めるわけがない。

そこでティオは涙を乱暴に拭うと、しゃがんで陽和としっかりと目を合わせる。

 

「主殿、お主は妾達を信じてくれんのか?妾達ではお主の力にはならぬのか?」

「……っ違う。信じてないわけじゃない…‥力不足とも思ってないっ……でもっ、どうなるか分からないだろっ」

「そうじゃな。アルビオン様ほどのお方でもエヒトに洗脳されてしまったのを見た以上、そう思うのも無理はなかろう。じゃが、それで突き放すのは違うじゃろう」

 

ティオは陽和の考えを根本から否定するつもりはない。最も親しい番の彼女ですら操られてしまった以上、雫が操られる可能性を危惧するのも頷ける話だ。

だが、それでも、陽和が自分達を突き放して一人になろうとする選択を許すわけにはいかない。

 

「のう、主殿。どうして妾達と共に抗うと言ってくれぬのじゃ?妾達を信じてくれてるのなら、言うべき言葉はソレじゃろう。先程妾に言ってくれた一人じゃないという言葉はお主自身には当てはまらないのかえ?」

 

ティオはそう問うた。

信頼している仲間なのではないのかと。共に困難を乗り越えるのではないかと。

先程、自分には一人じゃないと言ってくれたくせに自分は一人になろうとしているのはおかしいと。

そんな問いかけに陽和は目を逸らし顔を俯かせて地面を見下ろすとぽつぽつと呟き始める。

 

「……信じてる、よ。お前達のことは、信じてる。……一人じゃないって言葉も、本心だ…あの過去を、見るまでは……そう思って、疑ってなかったよ……でもっ、でもっ」

 

再びポタポタと涙をこぼし地面に水滴を落とし始めた陽和は、片手で頭を抑えて身体を震わせながら絞り出すように答える。

 

「……それでも、怖いんだっ。お前達を失うことが、怖いんだ……」

 

陽和は遂には顔を手で覆って、ティオから隠してしまう。情けない顔だけでも彼女に見られないように。

 

「アルビオンさんの姿が、雫と重なったっ。…‥オルクスの時は、なんとか間に合ったっ。でも、今度こそ、彼女と同じように俺の目の前で雫やお前達が死んでしまったら……俺は、確実に壊れるっ!ドライグのように獣に堕ちてしまうかもしれないっ!嫌だっ、そんなのは嫌だっ!!俺は、誰も失いたくないっ!俺は、化け物になりたくないっ!!」

 

致命傷を負い瀕死に陥った血塗れの雫の姿。

お腹の子諸共貫かれ息絶えたアルビオンの姿。

獣に堕ち覇王と化し破壊の限りを尽くしたドライグの姿。

それらの光景は陽和の記憶に痛烈に刻み込まれ、圧倒的な恐怖となった。

雫とアルビオンの姿が重なり、雫が息絶えてしまう光景を幻視してしまい、更には破壊の限りを尽くしたドライグの姿が、自分が辿るかもしれない末路を見せつけられているかのようで、心底恐怖してしまったのだ。

 

「………俺は、あんな思いは……二度と、嫌なんだ……ごめん、ごめんっ」

 

顔を隠しながら謝罪を繰り返す陽和。

その姿は、普段の優しく頼りになる誇り高い強い英雄の姿ではなく、理不尽に恐怖して怯え泣く弱い子供の姿だった。

 

『相棒……』

『マスター……』

 

今まで黙って聴いていたドライグとヘスティアが悲痛な声を上げる。

二人は魂で繋がっている分、陽和の感情がダイレクトに伝わってきてしまっているため、陽和の心が傷つき恐怖に満ちていることがはっきりとわかってしまったのだ。

だからこそ、なんて言葉をかければいいのかわからなかった。慰めの言葉は並べようと思えばいくらでも並べられる。だが、ドライグは彼の恐怖の元凶であり、ヘスティアもエヒトに対抗する為に生まれた女神だ。負担を強いてしまっている自分達が慰めの言葉をかけられるはずもなかった。

そんな中、ティオは彼の正面に膝をつくと優しく彼を抱きしめると、静かで透き通るような声音で語りかける。

 

「———我等、己の存する意味を知らず」

 

唐突なティオの言葉にどうしてか陽和の身体の震えが穏やかになる。

 

「この身は獣か、あるいは人か。世界の全てに意味あるものとするならば、その答えは何処に」

『ティオ・クラルス、その唄は……』

 

震えが穏やかになった陽和をより一層抱きしめながら、赤い髪を優しく撫で言葉を紡ぐ。

ドライグが聞き覚えがあるのか、少し驚いた様子で彼女の名を呼ぶ。

ティオはドライグの言葉に返事をせずに、そのまま聖句を唄い続けた。

 

「答えなく幾星霜。なればこそ、人か獣か、我等は決意もて魂を掲げる」

 

気づけば体の震えは止まっていた。ティオの言葉に宿る温もりと力強さに陽和が目を丸くする。

なぜかは分からない。だが、なぜか彼女が紡ぐ聖句のような言葉は、不思議と陽和の心の奥底に響いたのだ。

 

「竜の眼は一路の真実を見抜き、欺瞞と猜疑を打ち破る」

 

陽和の体から力が抜けて、次第に落ち着きを取り戻していく。とめどなく溢れていた涙が次第に勢いを失う。

 

「竜の爪は鉄の城壁を切り裂き、巣食う悪意を打ち砕く」

 

ティオが体を離して、陽和の翡翠の竜眼を正面から見つめる。感情の発露によって縦に割れていた竜眼とティオの燦然と輝きを帯びる黄金の瞳が交差する。

 

「竜の牙は己の弱さを噛み砕き、憎悪と憤怒を押し流す」

 

遂には涙が止まった。彼女の言葉を聞いてから次第に心の中に安らぎが満ちるのを自分でもはっきりと感じた。

 

「仁、失いし時、我等はただの獣なり。されど、理性の剣を振るい続ける限り———」

 

呆然としている陽和の様子にティオは慈しむように微笑むと、目尻に残った涙を優しく拭いながら最後の一節を口にした。

 

「我等は竜人である」

 

誇りと優しさに満ちた最後の一節。

それを口にするティオの威風堂々とした姿に、陽和は圧倒されたかのように息を呑む。

彼女の姿があまりにも美しく、堂々としていたからだ。揺るぎない心の強さと気品に満ちた美しさに、陽和の心の中に巣食い呑み込まんと膨れ上がっていた恐怖の感情が、光に当てられたかのように小さくなっていた。

陽和の瞳から恐怖の色が薄れたのを見たティオは優雅に微笑む。

 

「主殿———妾は、主殿のことを愛しておる」

「……え?」

 

ティオの言葉に陽和は思わず呆けてしまうが、ティオは更に続けた。

 

「心の底から惚れておる。身も心も全てをお主に捧げたいと思うほどにお主に惚れこんである。尊敬しておる。慕っておる。一番頼りにしておる。妾はこの先、何があってもお主についていく所存じゃ」

 

ティオの言葉が、陽和の心の奥底にまで届くように優しく広がっていき、溶け込んでいく。温かくて優しい言葉に陽和は目を丸くする中、ティオは優しく呟いた。

 

「雫は勿論のことセレリアもお主のことを愛しておる。ハジメやユエ、シア、香織もお主を頼りにし、兄のように思っておる。だからこそ、妾達は主殿のことが大好きで、支えたいと思うのじゃ」

 

そう言うとティオは陽和の頬を両手で挟んで慈しむような表情を浮かべる。

 

「のう主殿、怯えることは罪ではないんじゃぞ」

「っつ」

 

その言葉に陽和がぴくりと体を震わせた。

 

「怯えるということは己の中の弱さを知るということじゃ。弱さを知れば人は強くも優しくもなれる。そして、己の中に乗り越えるべきものがあることを主殿は今日改めて知った。それは誇って良いことなのじゃ」

 

教師が生徒にするように。

母が我が子にするように。

兄姉が弟妹にするように。

ティオは陽和に優しくそう教えたのだ。それは、彼の可能性を信じているからこそ。彼はここで折れていい人間ではないからこそ。ティオは伝えるべきことを今言葉にしてはっきりと伝えようとしているのだ。

 

「主殿、お主は優しい心の持ち主じゃ。あの凄惨な過去に逃げずに向き合い、真っ先に妾達のことを想ってくれたからこそ一人になろうとした。誰かを想い誰かの為に行動する。これまでずっとそうしてきたのじゃろう。その姿勢を妾は尊敬しておる。じゃがな、それでもいささか背負い過ぎじゃ」

 

そういうと、ティオはスッと立ち上がりながら陽和へと手を伸ばしてニッと笑う。その笑みは彼女自身が惚れた男が自分達に向ける頼もしい笑顔とよく似ていて、目の前の人を安心させるような、そんな笑みだった。

 

「背負うことを止めろとは言わぬ。じゃが、背負いきれなくて苦しいなら妾達を頼っておくれ。背負えぬ分は妾達が背負って共に前を歩いてゆこう。それが、仲間というものじゃ」

「ティオ……」

 

陽和は呆然と彼女の名を呼ぶ。気づけば彼の表情は晴れやかなものになっていた。

ティオの言葉が、陽和の中に巣食っていた闇を少しずつ祓ってくれて、心がとても温かくなっていたのだ。

 

(さっきまであんなに怖かったのに……今は、すごく落ち着いている……)

 

自分でも分かるぐらいに恐怖は薄れて、安心感に満ちていた。その変化に驚きはしたものの、陽和は彼女の言葉ならば信じられると不思議と納得できたのだ。

彼女だからこそ、その言葉に納得して安心できていた。きっと、ドライグやヘスティアでは無理だっただろう。

 

ドライグは生まれながらに竜であった。

ヘスティアは生まれながらに女神であった。

『人間』とは根本的には違う存在だからこそ、どうしてもその思考に差異は存在してしまう。陽和が彼らと絆を育めているのは単純に相性がいいと言うのもあるが、お互いがお互いを理解しようと歩み寄っているからだ。

 

しかし、ティオ・クラルスは『人間』だ。

それも陽和が愛子やメルドと同様に『大人』として尊敬している数少ない存在。

ドライグとヘスティアを除けば仲間内の中では誰よりも長い時を生きてきた彼女は、壮絶な悲劇を経験しながらも竜人族の誇りを胸に今の今まで生き抜いた。

誇りを胸に生き続けた彼女は誰よりも博識で、冷静であり、いつだって泰然としている。そんな姿に陽和も密かにだが頼りにしていた。

『力』では陽和はすでにティオを超えている。だが、『心』は彼女に遠く及ばない。

陽和にとってティオは誰よりも高潔で仲間の中で唯一頼れる大人であり、見習うことが多い人生の先輩として密かに尊敬しているのだ。

大人として尊敬している彼女だからこそ、その言葉は彼の心に届いた。

陽和の表情が明らかに変わったのを見て、ティオが微笑む。

 

「少しは落ち着いたかの?」

 

その問いかけに陽和は涙を振り払うと、唇の端をわずかに吊り上げた笑みを返した。

 

「…………ああ、もう大丈夫だ」

 

そう言ってティオの手を掴むとゆっくりと立ち上がった。顔を上げた陽和は気恥ずかしそうに苦笑を浮かべる。

 

「……情けないところを見せたな。それに、迷惑もかけた。すまん」

 

大の男が恐怖に泣き喚き、八つ当たりのようにティオに怒鳴り散らした無様な姿を思い返し、我ながら情けないなと苦笑し謝る陽和に、ティオはくすくすと微笑む。

 

「ふふ、構わぬよ。主殿が持ち直せたのならそれでよい。それに、妾的にはレアな一面も見れて得をした気分じゃ」

「うっ、頼むから俺の醜態は秘密にしてくれよ?雫達には知られたくない」

「それは、雫達にはかっこいい姿を見せたいということかの?」

「……まぁ、そういうことだ」

 

頼られることが多いからこそ今回の醜態は雫達にはあまり知られたくないのが本音であり、彼女達の前ではいつだってかっこいい姿を見せたいのだ。

そんな陽和のささやかなプライドにティオは微笑ましいものを見るような眼差しを向ける。

 

「うむ、よかろう。主殿の泣き顔は妾の胸の中にしまっておこう。ただのう、主殿、女は惚れた男の弱い部分も知りたいと思うものなのじゃぞ?雫やセレリアもそう思ってるのは間違いないはずじゃ」

「……それでも、秘密にしててくれ」

「男の子じゃなぁ」

「……うっせ」

 

ティオの揶揄うような言葉に陽和はぷいと顔を背けながらぶっきらぼうに返す。耳が若干赤かったことから、気恥ずかしさを感じているようだ。

だが、その仕草が更にティオ的にはドストライクだったようで、くすくすと楽しそうに笑った。

 

「主殿も年相応の子供らしいところがあって妾は一安心じゃ。たまにはそうやって子供らしさを出してもよいじゃろう」

「子供って……俺はもう17なんだが?」

「妾からすればまだまだ子供じゃよ。それに、主殿の国では主殿の年齢はまだ親に守られる子供なのだろう?ならば、ハジメ達には見せられずとも、年長者たる妾の前でぐらいは年相応の姿を出しても良いのではないか」

 

ティオは大火山での激闘を経てから陽和のことを『大人にならざるを得なかった子供』と密かに認識を改めていた。

彼のことを知るために長い付き合いのあるハジメや雫、香織から陽和のことをこっそりと聞いたりもした。その結果、ティオは陽和は紅咲家の長男、三人の妹弟達の兄、パーティーのリーダー、雫が甘えられる頼もしい恋人、ハジメ達の兄貴分……そして、解放者の英雄など多くの役割を背負い、その責務を果たすために大人にならざるを得なかった子供だと思うようになったのだ。

これまでの経験やこれまでの環境から、そうせざるをえなかったのだとしても、ティオからすれば陽和はまだまだ誰かに頼っていい子供であることには変わらない。

どれだけ他よりも大人びていようとも、責任感があったとしても、より多くを背負えたのだとしても、彼はまだ、学ぶべきことが多い子供なのだ。

だからこそ、せめて年上である自分の前でぐらい年相応の姿を見せてもいいのではないかと言ったのだ。そんな彼女の言葉に、陽和は苦笑いを浮かべる。

 

「………年相応の姿、か。改めて言われると、どうすればいいのかわからないな」

「なに、いきなり全て改めろとは言わぬよ。今までやってこなかったことなのじゃ。時間をかけて少しずつ慣らしていけばよかろう」

 

最終的に誰かに頼れるように彼自身が素直になればいいだけだ。それまでは地道に考え方を改めていけばいい。そうティオは己の考えを伝えると両腕を大きく広げておいでをすると母性を感じさせる微笑みを浮かべる。

 

「まず手始めに妾に甘えてみてはどうかの?ほれ、思い切って妾の胸に飛び込んでみよ。自慢じゃが、大きさには自信があるからのぅ。恐怖なんぞ幸福な感触で塗りつぶしてやれるぞ?」

 

仲間内の中では誰よりも凶悪で豊かな胸を張りながら、カモンと言わんばかりに両腕を大きく広げ自信満々な笑みを浮かべるティオに陽和は一瞬呆気に取られるも次の瞬間にはぷっと吹き出して笑う。

 

「……くくっ、ははっ、なんだよそれ。自分で言うことか?」

「むっ、なんじゃその言いようは。スタイルの良さは自信があるのじゃぞ?妾の魅力も雫には負けておらんはずじゃ」

 

胸元を寄せて自分のスタイルの良さを強調しながら、少し不服そうに文句をいうティオに陽和はわざとらしく肩をすくめる。

 

「雫には可愛さもあるからな。スタイルではお前のほうが上かもしれないが、総合的な魅力じゃ雫の方が上だな」

「……うむぅ、可愛さを指摘されては厳しいのじゃ。確かに雫の愛らしさは心にくるものがある。妾はそういうタイプではないしなぁ。その路線では厳しいかもしれんな」

「そういうことだ」

「じゃが、それなら別路線で攻めれば良い話じゃ。言っておくが、諦めるつもりはないからの?主殿が受け入れてくれるまでアプローチは続けるつもりじゃ」

 

アプローチをこれからも続行していくという不退転の意志を示し意気込むティオに陽和は少し頬を赤くしながら彼女から目線を逸らすと小さな声で呟く。

 

「………勘弁してくれよ。今でもだいぶやばいんだから」

「ッツ!!」

 

ぽろっと出てしまった言葉にティオがパァと表情を明るくさせて、瞳を輝かせる。

今の発言がこのまま押していけばいずれ陽和を落とせるかもしれないと言う可能性を示していたからだ。

陽和は雫と再会する前からセレリアとティオのアプローチには度々悩まされることが多いうえに、恋人である雫からアプローチすることを許可してしまったせいで、可能な範囲でのアプローチを割と遠慮なくしてくるのだ。

雫への一途な愛情で耐えているとはいえ、それがなければ既に関係を持っていてもおかしくはない。セレリアとティオは既にそれぐらい『大切』な仲間で魅力的な『女性』なのだから。

 

「ふふ、ふふふ、嬉しいことを言ってくれるのぅ」

 

言外に自分達が大切であることを言われ、ティオはこれでもかと頬を緩ませる。

 

「……っ、い、今のは忘れろっ」

 

本当なら言うはずではなかったのだろう。

一度ティオの顔をチラリと見てしまったと顔を一層赤くした陽和は忘れろと照れ隠しで言い放つ。

だが、ばっちりと聞いていたティオは嬉しそうに首を横に振った。

 

「いやじゃ。主殿の貴重なデレシーン、記憶に焼き付けたのじゃ。二度と忘れることはなかろう」

「………お前なぁ」

 

陽和はティオの言葉に若干呆れた様子を見せるものの、まぁ忘れるわけもないかと半ば諦めた。

 

「……はぁ…まぁ、黙ってくれるんならいいか」

 

そうしてため息をついたあと、少し申し訳なさそうな表情を浮かべると、ドライグ達に急に謝罪をする。

 

「………それと、その、今更なんだが、ドライグも、ヘスティアもごめんな。本当に情けないところを見せた。それに、ドライグには酷いことを言ったな。本当にごめん」

『?酷いこととはなんだ?』

 

謝罪されたドライグは疑問符を浮かべてそう問い返してしまう。陽和は少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「お前のあの姿を俺は、化け物と言ったから……絶対に、傷つけたと思って……ごめん、お前が一番辛いはずなのに……」

 

陽和が謝罪したのは、ドライグの暴走した姿を化け物だと言ったことについて。あの時、獣に堕ち覇王と化したドライグの姿に陽和は恐怖した。

取り乱してしまうほどにその恐怖は強く、ティオがいなければドライグとしばらく言葉を交わすことすら難しいだろうと予想できるぐらい動揺していたのだ。動揺のあまり、当事者で一番苦しいはずのドライグに傷つけるような発言をしてしまったことに陽和は己を恥じたのだ。

恐怖し動揺していたとは言え、共に戦うと誓った大事な相棒になんてことを言ってしまったのかと。

だが、そんな彼の謝罪にドライグはなんてことのないように応える。

 

『そんなことか。なに、構わんさ。アレを見て恐れを抱くのはまともな感性を持つ者なら当然のことだ』

「でも……」

『いいさ。既に過去のことだ。今更嘆こうとも結果は変わらん。これは俺の不甲斐なさが招いた結末、俺の物語の終焉だ。相棒が気に病む必要はない。むしろ、俺のあの過去と堕ちた姿を教訓としてくれるのならそれで充分さ』

 

そもそもこの海底遺跡のコンセプトは『神が齎した悲劇を知ること』だ。

故に、竜継士に先代が辿った末路を見てもらうことに意味があり、その過去を教訓にしてくれるのならばドライグはそれで良かったのだ。

 

『相棒には相棒の物語がある。未来の保証はできないが、願わくば、どうか相棒の物語は、この先の未来は、俺達のような悲劇にならないでほしい』

「ドライグ……」

『俺達が相棒に神殺しの使命を託しているのは事実だ。だが、それ以上に相棒には幸せになってもらいたいと思ってる。だから、俺のこの失敗を教訓にしてくれ。そして、教訓にし相棒自身の未来を幸福なものにする為にこれからも相棒として力を貸していくつもりだ』

『ボクも気持ちは同じだ。ボクもマスターには幸せになってほしい。君の幸せがボクらの幸せなんだからね』

「お前ら……」

 

二人の相棒の優しい言葉に陽和の表情が自然と穏やかになり、感動で目の端に涙が滲む。

 

『挫折は生きていく中で避けることはできないものだ。だからこそ重要なのはその挫折を前に折れずに何かを学び教訓を得て、挫折を糧へと変えて前に進むこと。仲間の手を借りたのであっても、立ち上がれたのならばそれで十分だ』

 

ドライグはひどく優しげな声音でそう言う。陽和はなんとなくだが、彼の話し方がどことなく父親が子供にするようなものだと感じていた。

 

『失敗や挫折、人生の中で様々な苦難を経験しそれを糧にして成長できるのが人間だ。英雄や勇者も関係ない。人間だからこそできるその『成長』はとても尊くて眩しいものだと言うことをよく知っている。だから、相棒は胸を張れ。相棒は今一つの挫折を乗り越えた。まだまだ成長できるさ』

「………ああ、ありがとう。お前にそう言ってもらえると嬉しいな。なんか、親父に言われてる気分だよ」

 

陽和は先ほど感じた感覚を笑顔で伝える。

どことなく親が子を見守るようなそんな優しさを彼に感じたのだ。その言葉に、ドライグは笑う。

 

『ははっ、親父か。相棒にそう言われるのはなぜかわからんが気分が良い。父親としてあの子と直接話すことはできなかったが、それでもあの子が生まれ成長していたら、きっと……』

 

生まれてこれなかった子供の未来の姿を想像してか、少し悲壮な雰囲気を漂わせながら呟くドライグ。だが、それは一瞬ですぐに話を戻した。

 

『いや、なんでもない。……とにかく、俺としては相棒が折れなくてよかったと安堵しているんだ』

『ティオくんのお陰だね。君の言葉がマスターを立ち直らせてくれた』

「ああ、ティオがいなかったら俺は間違いなくここで折れてたな。ありがとうな、ティオ」

 

陽和が折れなかったのはティオのおかげだとそう称賛され、陽和からも感謝されたティオは、肩をすくめると嬉しそうに笑う。

 

「ふふふ、なに、妾は惚れた男のために出来ることをしたまでよ。あとは、年長者としての助言をしたまでかの」

『だが、お前の言葉だからこそ相棒は立ち直ることができた。ハジメやセレリアでも……ましてや八重樫雫でもここまで立ち直らせることはできなかっただろう。長い時を生き多くを経験したお前だからこそできたことだ。誇れ、たった今お前は未来の英雄を救ったのだ』

 

ドライグの掛け値なしの賞賛にティオは目を見開くと少しの沈黙の後ふっと小さく笑った。

 

「………妾としてはすべきことをしたまでじゃが、素直に賞賛は受け取っておこうかの」

『ああ、そうしておけ』

 

二人のやり取りを聞いていた陽和がそういえばと話題を変える。

 

「そういえば、さっきの唄はなんだったんだ?聞いたら不思議と心が落ち着いたんだが……」

 

陽和が尋ねたのは先程心を落ち着かせてくれた唄のことだ。

 

「さっきのか?あれはのぅ始祖様が残してくださった竜人族の在り方を示す唄じゃ」

「ドライグが?」

『その通りだ』

 

陽和の呟きにドライグが応えると昔を懐かしむように語りだす。

 

『………昔、眷属を作り竜人族という種族が世界に知られるようになった頃、外部の人間達から竜人族は人か獣かどちらなのかと問われていた時代があった』

 

曰く、一つの一族が丸ごと人から竜人族へと転生し、竜化の固有魔法を使い竜へと転じる姿は外部の人間達からすれば戸惑いでしかなく、果たして人なのか獣なのか疑われていたらしい。中には化け物だと心無い言葉をいうものも多かったらしい。

アルビオンは堂々としていたらしいが、他の者達は一部はそれを気にしており心を痛めていたそうだ。

それを見たドライグが彼らの為に誓約と決意を示す唄を伝えたらしい。

それが、先ほどのティオが歌った聖句だったのだ。

 

『己が何かを決めるのは己自身だ。しかし、それは簡単なようで実は難しい。だが、俺が信じて血を分けた眷属である彼らならばいつか必ず己を貫くことができる。そう信じ、あの唄を伝えていたんだ。だがまぁ……よもや、それが数千、いや万年を越えた今でも根付いていたとはな……』

 

ドライグは信じられないといったふうに呟く。

かつて愛しい子らを案じて彼らの支えにならんと唄った言葉。言葉にしてしまえば、それだけの唄だ。

だが、まさかそれが万年を越えた今でも、竜人族の高潔さを示す唄として受け継がれてきたのだとは思ってもいなかったのだ。

そんな驚愕の言葉にティオは胸を張って答える。

 

「始祖様のお言葉とアルビオン様のお姿、それらがあったからこそ我ら竜人族は高潔を今まで貫くことができたのじゃ。我ら竜人族一同、感謝しておる」

『………そうか。あの時の言葉が後の子らの支えになっていたのなら嬉しいな。こちらこそ、あの言葉を竜人族の矜持としてくれたこと感謝する。よく言い伝えてくれた。これまで生きてきた全ての子供達の選択を嬉しく思う』

 

ドライグとしてもあの時の言葉が後の万年の竜人族の理念になっていたことが無性に嬉しかったのだ。その感謝にティオもくすぐったそうに笑う。

 

「ふふ、そのお言葉、里の皆が聞けば涙を流して喜ぶじゃろうなぁ。里に戻った時、妾から伝えておくのじゃ」

『そうしてくれ。俺からも改めて言うが、お前の方からも伝えておいてほしい』

「承知じゃ」

 

里の皆が泣いて喜ぶだろう姿を想像してくすりと笑うティオに、さらに落ち着きを取り戻した陽和が穏やかな表情で口を開いた。

 

「………それじゃあ、そろそろ行こうか。だいぶ時間も食ってただろうしな」

「じゃな。皆もすでに待ってるおるかもしれんな」

「かもな」

 

そう言って二人は魔法陣の方へと歩いていく。緩やかな足取りで歩いていく中、陽和が唐突に足を止めると口を開く。

 

「なぁ、ドライグ」

『なんだ?相棒』

「前にさ、ウルの街で解放者達に手向の花を贈ったのは覚えてるか?」

 

突然話題に出したのは陽和がウルの街で解放者達の来世の安寧を願い、手向の花を送ったことだ。

ティオはその時はまだ出会っていないため、知らずに首をかしげる。ドライグ達も突然のことに訳がわからず首を傾げたのだ。

 

『?ああ、覚えてるぞ。それがどうしたのだ?』

『急だね。どうしたんだい?』

 

当然の問いかけに陽和は小さく笑うと空を見上げながら答える。

 

「あの時、彼らに来世があることを信じて弔いの言葉を贈った。これは…気休めかもしれないが、もしかしたら、アルビオンさんやお前達の子供も生まれ変わってるかもしれないな」

『……それは、確かにその可能性はあるが……』

 

その可能性は確かにあるかもしれない。

だが、それがあり得たとしてもいつ生まれ変わるのかはわからない。そんな疑念を言葉にはしなかったものの、言外に尋ねるドライグに陽和は優しく微笑みながら言ったのだ。

 

「だからさ、エヒトを倒したら探しに行こうぜ。いいや、俺が会わせる。生まれ変わるであろう二人を探して、必ずお前と再会させる。何十年、何百年、何千年かかってもだ。そして、お前達も今度こそ幸せになってくれよ」

『………………』

 

思わぬ言葉に唖然とするドライグに陽和は続けた。

 

「お前が俺の幸せを願ってくれるように、お前達も幸せになってほしいんだ。だって、あれで終わりだなんて悲しいだろ。物語はハッピーエンドで終わらなくちゃな。バッドエンドで終わる物語なんてクソ喰らえだ。幸せだからこそ人生は価値がある」

 

物語はハッピーエンドで終わる方がいい。

悲劇が多々あれどそのままバッドエンドで終わるのではなく、最終的にハッピーエンドで終わるのならばそれでもいい。

悲劇が積み重なりバッドエンドで終わる物語だけはどうしても許せない。

だからこそ、大事な相棒の物語を悲劇のままで終わらせたくはないと陽和は思ったのだ。

そんな相棒の言葉にドライグはというと、

 

『……………くっ、くくっ、くはははははっ』

 

堪え切れずに吹き出して笑った。

清々しいほどの笑い声を上げた彼は、落ち着くと感動した様子で答える。

 

『やはり相棒は優しいな。生まれ変わったアルビオン達と再会させる、か。そんな発想、心優しきものでなければ出てこないぞ』

「御伽話の中じゃそう言う話もあるからな。魔法があるのなら、生まれ変わりもあり得るんじゃないか?それに、死を嘆くよりもいつかの再会を願って生きる方が幾分か気分が楽になると思うぞ」

『はははっ、確かにな。全くもって相棒の言う通りだ。ああ、そう考えた方が未来に希望を持てるな』

 

御伽話の中の魔法や奇跡は実在していた。

ならば、生まれ変わりもあり得るかもしれず、それならば愛しい者の死を嘆くよりも、生まれ変わった者達との再会を願い生きる方がずっと前向きになれる。

幸いにも、竜人族となった陽和の寿命は千年以上は確実にある。時間は十二分にあるのだ。

だからこその願い。それにドライグは心の中に巣食っていたもやもやが少し晴れたような気がした。

そうして幾分か晴れやかな様子で告げる。

 

『たった今、相棒のおかげで俺にも夢ができた。生まれ変わったアルビオンと俺達の子供に会いに行くことだ。付き合ってくれるか?相棒』

 

たった今出来た己の夢をドライグは、相棒達に楽しそうに語った。その夢に一瞬きょとんとした陽和だったが、次の瞬間には少年のようにニッと笑った。

 

「いいなその夢。ああ、勿論だ。どこまでも付き合うぜ、相棒」

 

右手を左手の宝玉にコツンとぶつけ陽和はそれに応えた。

 

「ふふ、よき仲じゃな」

『うん、そうだね』

 

人と竜。種族を超えた二人の絆が確かにここにはあり、その美しい在り方に傍で聞いていたティオは嬉しそうに表情を綻ばせ、ヘスティアも嬉しそうに笑っていた。

相棒と約束した陽和は改めてティオへと振り向く。

 

「…と、待たせたな。そろそろ行こう」

「うむ」

 

そうして今度こそ二人は魔法陣に足を踏み入れた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

魔法陣の輝きが収まり陽和達の視界に映ったのは、天井にゆらゆらと波を作る淡い光が差し込む、空間だった。

中央には神殿のような建造物があり、四本の巨大な支柱に支えられている。支柱の間に壁はなく、吹き抜けになっており、神殿の中央の祭壇らしき場所には精緻で複雑な魔法陣が描かれていた。

ここがメイル・メルジーネの住処で間違いないようだ。

そして、その祭壇の傍では陽和達を除く全員がマットを敷いた上に座って軽食をとっていた。やはりというか、自分達が最後だったらしい。

 

「お、ようやく来たな。ったく、待たせやがって」

「随分と長かったですねー」

「……ん、だいぶ遅い」

「でも、二人とも大丈夫そうだね」

 

口々に陽和達の到着に反応を見せるハジメ達。自然体でくつろぐ様子から、ハジメ、ユエ、シア、香織は陽和とティオが戻ってくることを信じて疑ってなかったらしい。

 

「陽和、ティオ!大丈夫?」

「二人とも怪我はないか?」

 

のんびりした様子のハジメ達とは対照的に二人は心配そうに駆け足で近づいてくる。やはり同じ男を慕う仲間だからこそ心配になっていたのだろう。

陽和は駆け寄ってくる二人に愛おしさに目を細めると自分も二人の元へと歩み寄り———そのまま二人を抱きしめた。

 

「陽和?」

「へ?」

 

突然抱きしめられた二人は揃って目を丸くしてぽかんとする。雫は呆然と彼の名を呼び、セレリアは間抜けた声をあげる。ハジメ達も陽和の行動に目を丸くしている。唯一、ティオだけは無理もないと笑っている。

 

「すまん、少しだけこうさせてくれ」

 

陽和は静かな声音で二人にそう言うと、温もりを確かめるように一層抱きしめる力を強め小さく呟く。

 

「………二人とも、無事でよかった」

 

か細い声は遠くにいるハジメ達には聞こえずとも雫達には当然聞こえており、二人は目をぱちくりさせた後揃ってくすりと笑うと彼の背中と後頭部へと手を回した。

 

「ええ、私達は無事よ。心配かけたわね」

「やれやれ、陽和は心配性だなぁ」

 

雫がそう侘びながら陽和の後頭部を優しく撫で、セレリアが若干呆れつつも背中をポンポンと優しく叩いた。そんな彼らにハジメ達が近づく。

 

「陽和がこんなになるとはな……そっちはそっちで随分とキツかったみたいだな」

「……ん、そうみたい」

「……まぁ私達もだいぶ精神的に参りましたからねぇ」

「うん、私も吐いちゃったほどだもん」

 

陽和達が経験した試練の過酷さを想像してかそう推測するハジメ達。そんな彼らにティオが声をかける。

 

「そちらは皆怪我はないかの?」

「ああ、こっちは大丈夫だ。エグい過去を見るだけじゃなくて、大軍に襲われりもしたが、まぁ普通に殲滅したさ。その様子だとお前らの方は中々に強力な敵だったのか?」

 

やれやれと自分達が体験したことを簡潔に語るハジメにティオは首を傾げる。

 

「襲われた?妾達は過去を見ただけじゃが、もしやお主らは違うのかえ?」

「は?そっちは過去の光景を見ただけか?……いや、もしかして、それが竜継士専用の試練だったのか?」

「うむ。妾達は偶然竜継士専用の試練の空間に流れ着いての。そのまま試練を受けたのじゃよ」

「そうだったのか……」

 

どうやら、ハジメ達と陽和達とで試練の内容は少し違うらしい。陽和達が過去の光景を見るだけなのに対し、ハジメやユエ達は大軍に襲われたりもしたらしい。

 

「というか、大軍に襲われたというのは魔物の群れとでも戦ったのかえ?」

「いや、普通に人とだ。過去の幻影が実体を持ってな。俺らもユエ達も戦争中の兵士達に普通に襲われたんだよ」

「………ん、凄惨で気持ち悪かった」

「みんな揃いも揃って狂気に侵されてましたからね。狂信者しかいませんでした」

「……うん、あれはもう二度と見たくないかなぁ」

 

自分達が経験した試練を思い出してから一様に顔を顰めるハジメ達。香織やシア達ならともかく、無表情や傲岸不遜がデフォルトなユエとハジメですら顔を顰めており、彼らも彼らで中々に壮絶な試練を見たようだ。

 

「なんと、そちらも大変だったのじゃな。じゃが、皆、無事に乗り越えて合流できてよかったのじゃ」

「まったくだな」

 

狂気に呑まれかねない試練を皆乗り越えてここで合流できたことを喜ぶティオにハジメも肩を竦めながら笑みを浮かべ応える。

その時、ようやく回復した陽和が抱きしめる手を緩め少し雫達から身体を離した時気づいた。

 

「ん?二人とも、服が所々裂けてるが、どうしたんだ?」

 

よく見れば雫とセレリアの服の所々が薄汚れていたり傷ができていたりしていた。ハジメ達が多少埃で汚れてる程度だからこそ、その差は目立ち陽和は気になってしまったのだ。

その指摘にセレリアが視線を彷徨わせながら露骨に焦り始める。

 

「あ、あー、これはだな……」

「私とセレリアが喧嘩したのよ。服の傷はその時のものね」

 

言いにくそうにしているセレリアに代わり、雫がさらりとなんてことのないように軽い感じで答えた。

だが、それを聞いた陽和が驚かないはずもなく、

 

「喧嘩っ⁉︎雫がっ⁉︎というか、セレリアとっ⁉︎」

 

これでもかと目を丸くして驚いた。

それもそうだろう。なにせ、雫が誰かと喧嘩したなどこれまで一度も聞いたことがないし、喧嘩するぐらいなら一人で背負い込んでしまうこともよく知っている。

自分には心の底から甘えてくれるようになったが、苦労人気質は変わらず既に面倒を見る側のオカン、あるいは姉のような立ち位置になっている彼女が、あろうことか仲を深めているセレリアと喧嘩など誰が想像つくだろうか。

しかも、軽い感じで言っているのが更に混乱に拍車をかけた。

 

「あ、ちなみにふっかけたのは私からだから」

「はぁっ!?」

 

サラッとまさかの雫の方から喧嘩をふっかけたと言われ、陽和はもう何が何だか訳がわからなくなる。

ティオもとっても驚いた表情を浮かべており、何故と雫達に尋ねる。

 

「ユエと香織ならばともかく、まさか雫とセレリアが喧嘩をするとはのぅ。何がどうしてそうなったのじゃ?主殿絡みのことかえ?」

「……うーん、それもほんの一部あるが、大体は私自身のことだな」

「お前のこと?何があったんだ?」

 

陽和の問いかけにセレリアは肩をすくめると少し恥ずかしそうにしながら応える。

 

「……待ってる間が長かったからハジメと香織には話していたが、また話すと長くなるからエリセンに戻ったら話すよ。というか、今すぐに同じ話をするのは少し恥ずかしいんだ。あの時の私は情けなかったからな」

「……そう、か。まぁあとで話は聞くか。てか、二人が喧嘩って想像がつかないんだが……」

「う、うん。私も話を聞いた時はまさかと思ったもん」

「俺もだ」

 

見てはいないが話を聞いた香織とハジメは陽和の呟きにそう応える。そして、その現場を目の当たりにしていたユエとシアは少し顔を青ざめていた。

 

「………ん、雫が怖かった」

「怖かったのもありますし、それはもう凄かったですよ。お二人の喧嘩は」

「……マジでどんな喧嘩したんだよ、お前ら…」

「そこまで言われると気になってしょうがなくなるのじゃが……」

 

ユエとシアが雫に若干怯えと戦慄の眼差しを向けながらそう呟いたのを聞き、本当にどんな喧嘩をしたのだと気になってしまう陽和とティオ。

雫とセレリアは顔を見合わせてくすりと笑い合うと、

 

「あとでね」

「あとでな」

 

息ぴったりとそう言って背を向けて祭壇の方へと歩き出してしまったのだ。喧嘩したとは思えないほどの息の合い様に陽和とティオは目をぱちくりとする。

ハジメが後ろから苦笑いをしながら陽和の肩をポンポンと叩く。

 

「まぁそういうわけだ。俺らも待ちくたびれたからな。さっさと攻略してエリセン戻ろうぜ」

「お、おう」

「う、うむ」

 

ハジメに促され疑問が残りつつも頷いた陽和とティオはハジメ達に続いて祭壇へと到着する。

そして、到着し魔法陣へと足を踏み入れた。いつも通りに脳内を精査され、記憶が読み取られる。ここまでは他の大迷宮と同じだったのだが、今回はそれだけでなく、他の者が経験したことも一緒に見させられる様だった。

つまり、雫、セレリア、ユエ、シア。ハジメと香織がそれぞれ見聞きした過去試練をそれぞれ共有したのである。どちらも神が齎し悲惨さが十分にわかるものであり、魔法陣の記憶の確認により強制的に思い出し雫達は顔を青ざめていた。特に、シアは今にも吐きそうだ。

………そして、陽和とティオが見たドライグの幸福と絶望の過去も同じく共有することになり全員がその悲劇を知った。

 

「っっ……なるほど、こりゃ陽和には特にキツイ奴だな」

「…………ん、私達でも辛い」

「………ぅ、こんなの、あんまりですよぉ」

「……ひどい」

「………チッ、この外道が」

 

ハジメやユエが顔を顰めて仕方がないという風に納得し、シアや香織が口元を抑えてそう溢す。セレリアは明確な怒りに表情を歪めながら忌々しげに神への怨嗟を吐き捨てる。

 

「………なんて、過去なの……」

 

雫は顔を青ざめさせながら陽和へと振り向く。

彼女の目尻には光るものがあり、今にも泣き出しそうなのを堪えていた。そして、視線を向けられた陽和は腕を組んで目を閉じて口を真一文字に結び沈黙している。だが、少し強張った頬や服を強く握る陽和の手が、陽和の内心を物語っている。

そして、雫は賢いからこそすぐに気づいた。

この試練に込められた真意を。これは、ただの過去を見せるだけにあらず、陽和と自分が辿るかもしれない未来の可能性の一つでもあるのだと。

自分では耐えられるかどうかわからない。子供のように泣きじゃくって閉じこもってしまうかもしれない。二代目赤竜帝の番になったからこそ、この未来は余計に現実味を帯びていて恐怖を抱かずにはいられなかった。

 

(でも、貴方はあの過去を乗り越えた。なら、私もあの過去を教訓にして乗り越えないと)

 

陽和は一人で乗り越えたわけではない。ティオの助けがあったからこそ、こんなにも早く雫達と合流できたのだ。

その事実を彼女は知らない。それでも、陽和があの過去を乗り越えたのは事実であるため、番たる雫もアルビオンと同じ末路を繰り返さないようにと決意を露わにした。

 

そうしてしばらく記憶の確認精査を行い、ようやく終わりを告げた。無事に全員攻略者と認められたようで、陽和達の脳には新たな神代魔法が刻み込まれた。

 

「…………ようやく、獲得したぞ。ったく、大陸の両端に設置しやがって」

「………ん、再生魔法」

「これでようやく、樹海の大迷宮も行けるな」

 

ハジメが悪態をつき、セレリアがようやくと喜びの声を上げる。

『再生魔法』。神代魔法の一つにして、この海底遺跡を攻略した証たる魔法であると同時に、ハルツィナ大樹海の大樹ウーア・アルト内にある大迷宮へと入るための条件の一つでもある魔法。

東の果ての大迷宮に挑むために、西の果ての大迷宮を攻略せねばならない面倒さではあったが漸く手に入れることができたのだ。

もっとも、魔力駆動四輪という今のトータスには存在しない高速移動手段があるからこれでも大幅に短縮できてはいるのだが。

 

そして、魔法陣の輝きが薄れていくと同時に、床から小型の祭壇のような直方体がせり出してきた。その祭壇は淡く輝いたかと思うと、次の瞬間には光が形を取り人型となる。

人型な次第に輪郭をはっきりとさせ、一人の女性となった。祭壇に腰掛ける彼女は白いゆったりとしたワンピースのようなものを着ており、エメラルドグリーンの長い髪と海人族の扇状の耳を持っていた。

海人族の彼女こそメイル・メルジーネその人だった。

 

彼女はオスカーと同じく、自己紹介したのち解放者の真実を語る。おっとりした女性のようで、憂いを帯びつつも柔らかな雰囲気を纏っている。やがて、オスカーの告げたのと同じ語りを終えると言葉を紡ぐ。

 

『……どうか、神に縋らないで。頼らないで。与えられる事に慣れないで。掴み取る為に足掻いて。己の意志で決めて、己の足で前へ進んで。どんな難題でも、答えは常に貴方の中にある。貴方の中にしかない。神が魅せる甘い答えに惑わされないで。自由な意志のもとにこそ、幸福はある。貴方に、幸福の雨が降り注ぐことを祈っています』

 

そう言うと少し申し訳なさそうな表情を浮かべると何かを確かめるかのように視線を巡らせる。

 

『…………そして、私達の友人にして頼れる帝王ドライグくんの力を受け継ぐ竜継士さん。あなたには謝罪を。とても辛い過去を見せてしまったわね。きっと、私を憎んでいることでしょう。それでも、あなたは知るべきだった。だって、あれはあなたの可能性の一つだから。あなたが辿るかもしれない未来の一つであり、私達が経験した悲しい過去。それをあなたに知ってもらいたかったの』

 

そうして胸に手を当てながら過去を思い出すように語る彼女は、視線を下ろすと縋るような声音で続ける。

 

『………あの過去を知った上で、それでも進むのなら忘れないで。愛は、勇気は、常に貴方の中にあることを。それらを心に宿し続ける限り、きっと貴方はどんな困難でも乗り越えられるでしょう。『最後の英雄』である貴方に全てを託します。どうか貴方の手で未来を明るいものへと変えてください。貴方のこれからが自由な意志の元にあらんことを』

 

頭を下げてそう締めくくると、メイル・メルジーネは再び淡い光となって霧散した。直後、彼女が座っていた場所に小さな小さな魔法陣が浮き出て輝き、その光が収まると、そこにはメルジーネの紋章が彫られたコインが置かれていた。

陽和は祭壇に近づくと、そのコインを手に取りぎゅっと握りながら拳を額に当て目を閉じて小さく呟く。

 

「………メイル、ありがとう」

 

感謝を告げるとしばしの黙祷の後にコインを宝玉の中に仕舞った。そうして陽和はハジメ達の方へと振り向いた。

 

「証の数もようやく四つだ。これで、樹海の大迷宮にも行けるな」

「ですねぇ。父様達どうしてるでしょうねぇ」

 

陽和の言葉に、シアが懐かしそうに故郷と家族に想いを馳せる。しかし、脳裏に浮かんだのは「ヒャッハー!」する父親達であり、頭を振ってその光景を霧散させる。陽和も同じ光景を思い出したのか、頭痛を堪えるような表情になってしまう。

その時だ。神殿が急に鳴動を始めたのだ。その直後には、周囲の海水がいきなり水位を上げ始めた。

 

「は?またこのパターンかよっ」

「ちっ、強制排出ってかっ。全員、掴み合え!!」

「……んっ」

「わわわっ、乱暴すぎるよ!」

「ライセン大迷宮みたいなのは、もう嫌ですよぉ〜」

「あの時よりタチが悪いぞっ!」

「もう少しまともな帰し方はないのかしらっ!?」

「……むぅ、メイル殿はなかなかに性格が悪いと見たのぅ」

 

凄まじい勢いで増加する海水に、陽和達は潜水艇を出して乗り込む暇もなく、あっという間に水没していく。咄嗟に、また別々に流されては敵わないと酸素ボンベを“宝物庫”と宝玉からそれぞれ取り出して口に装着した後、全員がしっかりお互いの服を掴み合ったり、尻尾を腰に巻き付けたりする。

その直後、天井部分が【グリューエン大火山】のショートカットのように開き、猛烈な勢いで海水が流れ込んだ。陽和達はその縦穴に流れ込んで、下から噴水に押し出されるように、猛烈な勢いで上方へと吹き飛ばされた。

 

これが【メルジーネ海底遺跡】のショートカットなのだろうが、おっとりしていて優しいお姉さんといった雰囲気のメイル・メルジーネらしくない、滅茶苦茶乱暴なショートカットだった。しかも、強制的だった。意外に、過激な人なのかもしれないとハジメは思った。

 

実はその通りで、彼女は怠惰で自己中心的、欲望に忠実で嗜虐趣味もある海賊女帝なのである。

生粋のドS女帝。それこそが、メイル・メルジーネという女なのである。

 

しばらく押し上げられていた陽和達は、やがて頭上が行き止まりにまりになっていることに気が付く。

しかし、あわやぶつかるといった瞬間、天井部分が再びスライドし、陽和達は勢いよく遺跡の外、広大な海中へと放り出された。 

 

海中に放り出されたハジメは、急いで潜水艇を“宝物庫”から取り出して、全員に視線で乗り込むように促したが、その目論見は阻止された。

 

『ッッ⁉︎回避しろっ』

 

念話によるハジメの怒声が伝播した直後、陽和達の眼前を凄まじい勢いで半透明の触手が通り過ぎて、潜水艇は勢いよく弾き飛ばされた。

陽和達が視線を転じれば、そこには悪食がいた。

悪食は再び、陽和達に相見えると猛烈な勢いで無数の触手を射出してきた。

 

『“聖絶”ッ‼︎』

 

わざわざ攻略直後に現れたことに内心舌打ちしながら、陽和は赤光の障壁を展開する。

直撃した触手の勢いで海中を勢いよく吹き飛ばされ、障壁の中で全員がシェイクされる。

 

『主殿!どうするんじゃ!』

 

念話石を使って通信してきたティオに陽和が素早く答える。

 

『ユエ、セレリア!氷で結界を覆え!雫は水流を操作して上へ‼︎』

『んっ』

『ああっ‼︎』

『ええっ‼︎』

『ハジメ!』

『おうっ!』

 

陽和の指示にユエ、セレリアが“聖絶”の周囲の海水を球形上に凍らせて氷の障壁を重ね、雫が海流を操作して上へと方向を調整して障壁ごと流していく。

ハジメは指輪型の感応石を操り潜水艇を遠隔操作する。吹き飛ばされていた潜水艇は、まるで息を吹き返したかのように全体の姿勢を元に戻すと、猛スピードで悪食へと突進し、水中バレルロールを披露しながら無数の触手を躱していき、船底から無数の魚雷を射出する。

射出された魚雷の数は十二。普通に考えれば十分な破壊力だが、悪食のタチの悪さを想定した上で、潜水艇に搭載されている魚雷の全てを連続して射出した。船体を横滑りさせるように航行させ、悪食を中心に円を描かせる。普通の船なら不可能な動きを実現しながら、次々と放たれた魚雷の数は、総じて四十八発。

泡の線を引きながら殺到したそれらは、狙い違わず悪食に直撃し凄絶な破壊をもたらした。

 

ドォウ!ドォウ!ドォウ!ドォウ!と、そんなくぐもった衝撃音が鳴り響き、海水が膨張したように膨れ上がる。悪食の直上を見ているものがいれば、海面が一瞬盛り上がり、ついで吹き上がる巨大な水柱を観測したことだろう。

 

『雫!浮上しろ!』

 

全魚雷が爆発した直後、陽和は雫に浮上を指示する。今のうちに少しでも距離を取るために。

だが、悪食はほんのわずかな一瞬で再生を完了させてしまった。

 

『っ、陽和っ、もう上にアレがっ‼︎』

 

浮上する陽和達の頭上には既にゼリーの触手が覆いつつあったのだ。しかも、無秩序に漂っていた中のそれらは数瞬で集まり固まると、五メートルサイズのクリオネへと姿を変えた。

そして、頭部をガパッ!と大きく開いたと同時に、障壁を飲み込もうとした時だ。

 

—————————ッッ‼︎‼︎

 

紅緋の輝きがカッと強く輝いた瞬間、障壁から紅緋色の閃光が解き放たれ、悪食の身体を貫いたのだ。

くぐもった轟音が鳴り響き、悪食の肉体に大穴が空いた瞬間、陽和は念話で叫ぶ。

 

『竜化する!全員、一塊になれっ‼︎‼︎』

『Welsh Dragon Balance Breaker‼︎‼︎‼︎』

 

音声が響き、一瞬にして赤竜へと転化した陽和は赤光の障壁を両手でしっかりと掴むと雷炎を全身から解き放ちながら重力魔法、風魔法で一気に浮上する。

悪食は瞬く間に再生し陽和へと無数に触手を伸ばすものの、纏う雷炎の前に弾かれ肉体に届かせることは叶わなかった。

その間に、瞬く間に海上に飛び出した陽和は大きく翼を広げると一気に空高く飛び上がった。

雫達を包む障壁を背に乗せた陽和は障壁を解除する。

 

「た、助かった……」

「なんとか、なったな……」

 

雫とハジメが思わずと言った様子で安堵の息をつき、セレリア達からも安堵や陽和への称賛が送られる。重力魔法、風魔法を併用したことで戦闘機にも匹敵する速度で飛翔しているからこそ、逃げ切れると思ったのだろう。

だが、

 

 

『お前ら気を抜くな!まだ終わってない!!』

 

 

他ならぬ陽和だけはこれで悪食から逃れられると微塵も思ってなかったのだ。

陽和の言葉に全員が首を傾げた直後、その表情は凍りついた。

ザァアアアアアアア!!!

そんな凄まじい水音と共に、突然、陽和達の背後から巨大な津波が襲い掛かったのだ。しかも、その津波は、もはやただの津波のサイズではなく上空百メートルを飛ぶ陽和の遥か天に白波を立てながら襲い来ており、優に高さは五百メートルを超え、横幅は一キロを越えている馬鹿げたサイズの巨壁となっているのだ。

そんな巨大な津波が轟音を立てながら迫ってくるのだ。誰だって絶句するのも無理はない。

 

『加速するっ!全員捕まってろっ!!』

『Boost‼︎』

 

あらかじめ分かっていた陽和は津波を一瞥するだけですぐに前を向いて全速力で、いや、限界を超えた速度で加速する。倍加も発動し、速度を上げていく。

 

「———“縛煌鎖”“聖絶”!」

「———“聖絶”」

 

香織が飲み込まれた際に備えて全員をつなげる光の鎖を生み出し、同時に、ユエと共に上級防御魔法を展開する。

 

「陽和さん、気をつけて!津波の中にアレがいます!触手、来ます!」

『相棒!避けろっ!』

『分かってる!』

 

シアの固有魔法“未来視”の派生“仮定未来”で見た光景を陽和に伝えた直後、陽和は翼の角度を変えて右へと大きく逸れる。直後、津波から無数の触手が伸びてきて、つい先ほどまで陽和のいた空間を貫いた。

更に陽和を追いかけるように触手をのばしてくるが、それを陽和の上にいるハジメ、雫、セレリア、ティオが迎撃をしていく。だが、迎撃をしている間も、津波は陽和達との距離を詰めていき、

 

「くそっ!呑まれるぞっ!」

 

呑まれるのを確信したハジメがユエとシアと香織抱きしめるように庇い、雫とセレリア、ティオがお互いを抱きしめて身を屈めた。

しかしだ。

 

『———“界穿”‼︎』

 

陽和の空間魔法が済んでのところで発動する。

陽和達の進路上に楕円形の光り輝く膜、ゲートが出来上がったのだ。目を見開くハジメ達をよそに、陽和はその膜に真っ直ぐに飛び込んだ。

ゲートを潜った先は変わらず海の上だったが、約二キロ後方に巨大な海の壁ー悪食が操る津波があったことから、回避できたのは確かだった。

 

「と、とにかく、一先ず助かりましたぁ〜」

「は、陽和くん、ありがとう〜」

 

シアや香織が気の抜けた様子で陽和に感謝するが、陽和は首を横に振る。

 

『………いや、まだ振り切れてない。場所を捕捉された。追ってくるぞ』

「「え”っ」」

 

シアと香織が声を揃えて後方に振り向けば、明らかにこちらの居場所を把握してるかのような動きで津波がこちらへと迫ってきているのだから。

陽和も凄まじい速度で飛翔しているが、2分もあれば追いつかれるだろう。それを理解した二人がサァーと顔を青ざめる。ハジメ達もあまりの出鱈目さに言葉が出ない様子だった。

 

「………おい、陽和、このままだとジリ貧だぞ」

「……うむ、戦うしか手はないのではないか?」

 

ハジメとティオが険しい面持ちで陽和にそう問いかける。陽和は少し思案すると速度を緩めながら口を開いた。

 

『……………試したいことがある。ティオ、竜化しろ』

「?う、うむ。分かったのじゃ」

 

陽和の言葉にティオが戸惑いつつも頷き、竜翼を背中から出しながら陽和の頭上に飛び上がり“竜化”をした。

 

『よし、全員ティオの背に乗り移れ』

 

それを確認した陽和は雫達にティオの背に移るように指示を出したのだ。

 

「陽和、何をする気だ?」

 

その指示に何をする気だと問うハジメに陽和は悪食から視線を逸らさないまま答えた。

 

『あいつは俺がやる。お前らはティオに乗って距離を取れ』

「………お前、それを言われてはいそうですかって頷くと思ってんのか?」

「陽和、私達も戦える。一人でなんて戦わせるわけがないだろ」

 

殿を引き受けるとでも思ったのだろう。ハジメとセレリアが陽和の返答に若干怒り混じりにそう応える。だが、実際はそうではない。陽和は二人の怒りに首を横に振りソレを否定する。

 

『そうじゃない。今から俺は全力を出すつもりだが、周囲の状況を度外視したものだ。お前らに気を配る余裕もないし、巻き込まない保証もできない。だから、ティオに乗って退避しろ』

 

そう指示する陽和にティオは目を細めると静かに問う。

 

『主殿、自棄になったわけではあるまいな?』

 

何かを確かめるような問いかけに陽和はしばしの沈黙の後、頷く。

 

『ああ、自棄じゃない。これは———証明だ』

 

陽和は決然とした様子でそう言い切る。その様子があまりにも真剣であり、ハジメ達は息を呑み圧倒された。雫やセレリアは心奪われたように硬直する。

ティオはじっと陽和の瞳をまっすぐ見つめた後やがて頷いた。

 

『うむ、承知した。ならば、妾達は巻き込まれぬように退避しよう。皆、妾の背に移るのじゃ』

 

圧倒されていたハジメ達がティオの言葉でハッとして、何か言いたげにしつつもティオの背に乗り移っていく。そして、最後に雫が飛び移る直前、陽和の背の上で心配そうな表情で尋ねた。

 

「……陽和、本当に大丈夫?」

『ああ。必ず奴は倒す。無事に戻ってくるから待ってろ』

「………ええ、分かったわ」

 

もう二人の間に長い説明はいらない。だからこそ、今のやり取りだけで分かったのだろう。雫は竜翼を広げて陽和の眼前に移動すると鼻先に自分の唇を軽く当てると優しく微笑んでからティオの背に移動した。

 

『ティオ、頼んだぞ』

『任せよ。主殿こそ仕損じるでないぞ』

『ああ』

 

ティオと頷き合った陽和は距離が一キロまで迫った悪食に振り向き牙を剥き出しにし咆哮をあげる。

 

『グゥガァァァァァァァァァァァァァァ‼︎‼︎‼︎』

 

咆哮を響かせた陽和は、翼で大気を勢いよく打ち体を前方へ、悪食へと打ち出し凄まじい速度で飛翔する。

 

『武運を祈っとるぞ。主殿』

 

ティオは急激に遠ざかる背にそう言うと、背を向けて飛翔する。陽和との距離が遠ざかる中、背に座るハジメがティオに尋ねる。

 

「よかったのか?陽和を一人で行かせて」

 

ハジメの表情が心配そうなのは、やはり陽和の試練の内容を知ったからだろう。あんな凄惨な過去。自分達でも気分が悪くなったし、後継者たる陽和なら彼の性格上思い詰めて自暴自棄になってもおかしくはないと親友として理解していた。

さっきの自棄ではなく証明、と言う言葉も痩せ我慢なのではと疑ってしまったのだ。

そんな疑問にティオは穏やかな声音で答える。

 

『大丈夫じゃろう。今の主殿ならば自暴自棄になるなんてことはありえん。確かに、少し危うかったがそれは無事持ち直した。それに主殿は神の討伐という目標だけでなく、その先の夢を一つ見出したんじゃ』

 

神を倒した世界でアルビオンと二人の子供の生まれ変わりを探す。そんな夢を新たに見出したことはティオ以外知らない。

そして、あの場にいたからこそティオは確信していた。

 

『ならば、負けんよ。今の主殿は強い。それこそ、普段以上にの』

 

今の陽和は誰にも負けない。

一つの挫折を乗り越え新たなる夢を見出した今、陽和は更に強くなった。だからこそ、どんなものが相手であっても負けはしないだろう。

信頼に満ちた確信にハジメ達も自然と信じることができたのか、心配の色はすでになくティオと同じ信頼に満ちていた。

 

それは、陽和の最愛の恋人である雫も同じだ。

 

「陽和……」

 

雫は胸の前で祈るように指をぎゅっと強く組みながら、小さく彼の名を呟く。

雫もティオ達と同じように陽和を信頼しているため、無事に戻ってきてくれると確信している。そして、彼がその言葉を違えないことも。

想いが通じ合ってるこそ、信じる。彼の勝利を。彼の帰還を。

 

そうして改めて振り向いた彼女の視線の先では、自分の心を救ってくれた『赤』がまさに太陽のように鮮やかに輝いていた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

陽和がティオにハジメ達を任せて悪食へと真っ直ぐに向かう中、ドライグが尋ねた。

 

『相棒、アレを試す気か?』

『ああ、ぶっつけ本番だが問題ないだろう』

 

陽和はディレイドとの戦闘を経た後、エリセンで海底遺跡攻略までの数日間。一つの可能性を模索していた。今まで試す機会はなかった為、まだ仲間達には見せていない。

 

『でも、わざわざ悪食を相手に試す必要はあるのかい?もう少し手頃な魔物にしても良かったと思うけど……』

 

今まで理論を組み立てるだけにとどめていたものをぶっつけ本番で古代から生きる魔物である悪食相手に試すのは些か不利なのではないかと、ヘスティアは問う。

確かに一理あるだろう。だが、だからこそだ。

 

『生半可な相手じゃ逆にこっちが消化不良だ。それなら、全力を出せる相手に試した方が効果的だろう』

 

全力を出せる相手だからこそ試す価値があるのだ。

生半可な相手では出し切る前に終わってしまう。それならば、悪食のような全力を出さなければならない相手に試す方が余程効果的だ。

そんな彼の言い分にヘスティアは「そっか」と笑う。

 

『確かにマスターの言う通りだ。使徒以外なら悪食ほど試し撃ちに相応しい存在はいないね』

『そう言うわけだ。さて、相棒よ、そろそろ奴との距離もゼロになる。早速使うのか?』

 

ドライグの言った通り、もう悪食との距離は二百メートルを切っている。あのサイズではもはや射程圏内なのだろう。すでに無数に触手を伸ばしてきている。それを前に、陽和は牙を剥き出しに笑う。

 

『まずは上に出てからだ。ぶち抜いてやるよ!』

 

刹那、雷炎を纏うと身を屈め重力魔法、風魔法に加えて炎の爆発をも加えて一気に驀進を始める。

 

『“ファイア・ボルト”“アストラル・ウインド”“緋槍・千輪”“紅華・爆炎刃”“轟電雷華”』

 

無数の触手に対抗するように陽和は雷炎の魔弾、風光の星、火炎の槍、火炎の刃、雷撃を乱れ打ちして迎え撃つ。

爆発音が絶えず響き触手が幾度も砕かれる。だが、あちらは無尽蔵かと思うほどに触手を次から次へと放ってきていた。だが、それでも陽和は魔法で対抗する。

しかし、天災とも言うべき巨大津波の猛威には迎撃が追いつかずに、陽和の頭上を巨大津波が覆い被さる。

青白い天空と見紛う大津波が落ちて陽和を呑み込まんとする。遥か遠くで津波に呑まれようとする陽和の姿にハジメ達が息を呑む中、陽和は瞳をカッと輝かせ叫んだ。

 

『———“劫爆震天”ッッ‼︎‼︎』

 

赤い光が弾けて爆音が轟いた直後、空間が爆ぜて巨大津波に大穴が開いたのだ。

 

———火・空間複合魔法“劫爆震天”。

 

空間を破砕する空間魔法“震天”と火属性魔法“劫火浪”を組み合わせることで衝撃波と炎熱をもって空間そのものを砕き焼き尽くすのだ。

その証拠に大穴の縁は炎で焼かれており、海水が蒸発され大穴が中々塞がろうとしていなかった。

陽和はすぐさまその大穴に飛び込み、海中トンネルを潜るように真上へと飛び抜けた。

飛び抜けた陽和はそのまま高度を上昇していく。そうしてものの数秒で七百メートルほどの高さまで上がるとその場で止まり滞空する。

下を見れば津波はその形を崩していたが、今度は巨大な海山と化して陽和を追撃しようとしている。遠くから見れば、巨大津波が海に戻ったかと思えば、再び盛り上がり巨大な水の柱となっていることだろう。

 

『ドライグ、ヘスティア、やるぞ』

『ああ。いつでも行けるぞ』

『思う存分やってくれ。マスター』

 

相棒二人とそう言葉を交わした陽和は、左腕を前に突き出して構える。

 

『《赤竜帝の宝玉(ブーステッド・ギア)》』

 

その言葉と共に左手を前に構えながら宝玉を鮮やかな紅蓮に輝かせる。

 

『《竜聖剣》』

 

そして、宝玉の前に《竜聖剣》を取り出して宝玉の前で浮遊させる。竜聖剣もまた宝玉と同じように翡翠色の輝きを放ちながら何かを待っている。

陽和は赤竜帝の宝玉と竜聖剣を重ねながら静かに告げた。

 

『俺の想いに応え———融合しろ』

『Twin Dragon Power Unison Gear‼︎‼︎』

 

陽和の言霊に応え新たな音声が宝玉から響いた瞬間、変化が起こる。

宝玉から紅蓮の輝きが炎となって溢れ、竜聖剣がその形を崩し翡翠の燐光へと変えたのだ。紅蓮の火炎、翡翠の燐光は陽和を囲むように渦巻き吹き荒れるとやがて彼の全身を覆い尽くす。

光はすぐに消えてやがて露わになった姿に、遠くからことの成り行きを見守っていたハジメ達は目を丸くし、ハジメが呆然とした様子のまま呟いた。

 

「………ドラゴンの姿のまま……鎧を纏いやがった」

 

露わになった陽和の姿は通常の赤竜の姿の上に紅蓮の鎧を纏っているのだ。翼や腕は補強されており、尾には刃のようなものまでついている。

肩、胸部には分厚い装甲が備わっており更に重厚な印象を与える。背中には二つの円筒のようなものまでがあり、ハジメや雫、香織には戦闘機のスラスターのように見えた。

そして、紅蓮の鎧には黄金色の焔と植物の蔓のような紋様が浮かんでおり、鎧の各部の宝玉の色は青緑であり、右手の翡翠の宝玉も青緑に色を変えて鮮やかに輝いている。

それは、竜聖剣に刻まれている紋様や宝玉と同じものだった。

 

そう、この鎧は竜聖剣が変化したものだ。

 

だが、これはただ鎧に変化しただけではない。

 

いわば、これは紅咲陽和自身の進化によって至った一つの可能性。

 

陽和はディレイドとの戦いで実質的な敗北を喫してから、それを省みて一つの可能性を模索していた。

それは、《赤竜帝の宝玉》と《竜聖剣》の融合だ。

元々は竜化状態でも竜聖剣を使えないかと考えていた。武装の形態変化ができた以上、鎧の形に変えることも可能なのではと思い、更には、ソレを竜化状態でも扱えるようにしないかと思ったのだ。

 

これまでを振り返っても竜聖剣は人型の状態で使うことがあっても、竜化した状態では使ったことがない。というより、肉体の構造上武器を使うことはできなかった。

だからこそ、竜化した状態でどのように竜聖剣を行使しようか悩んでいたのだ。

 

そこで、一つの可能性に思い至った。

それこそ、二つのアーティファクトの融合だ。

どちらとも大元を辿ればドライグの宝玉や鱗、鉤爪などの彼由来の素材で創られているものだ。素材が同じであるならば、融合することが可能なのではと思ったのだ。

更に言えば、竜聖剣は陽和と共に成長する生きた剣。共に成長するからこそ、陽和の想いに応えることも可能なのではと思った。そして、既に三人の魂はリンクし共鳴している。それならば、あるいはと思ったのだ。

その目論見は成功した。

陽和は全身を覆う鎧を見回すと、ニヤリと笑う。

 

『“赤竜帝の聖鎧(セイクリッド・スケイルメイル)”ってところか』

 

新たに開花した竜聖剣の形態に陽和はそう名付けた。

『赤竜帝の聖鎧』。これこそが、陽和が新たに編み出した可能性の一つであり、更なる進化だった。

 

『無事に成功したな。相棒』

『あとはこれが実戦で使えるかどうか試すだけだね』

『ああ。早速使ってみよう』

 

状態を試しながら両拳をガチンッと打ち鳴らした陽和は飽きもせずに津波をさっきよりも巨大化させ無数に触手を伸ばしてくる悪食を迎え撃たんと翼を広げ下降しようとした瞬間だ。

 

『Dragon Thruster Set‼︎』

『っ⁉︎』

 

新たな音声が響いた瞬間、陽和の背部にある二つの円筒からボボッと炎のような赤い魔力が勢いよく噴き出して彼の体を前へと押し出したのだ。

どうやら、背中の円筒はスラスターの役割を担っているようだ。単純な加速効率が格段に上昇し、自身でも驚くほどの加速で陽和はまさしく赤光の流星となって海山へと突撃する。

しかも、それだけではない。

 

『Dragon Booster Multi Boost Start‼︎‼︎‼︎‼︎』

『『Boost‼︎』』

 

更に新たな音声が響いた瞬間、陽和の両手の宝玉が輝き倍加の音声が二重となったのだ。

これにより二重倍加(マルチブースト)が可能となり、陽和は一度の倍加で二回分の強化を実現できた。これにより陽和の倍加効率は跳ね上がる。

共鳴のその先にある融合。それを果たした結果、竜聖剣は赤竜帝の宝玉の機能の一つである倍加の力を行使することができるようになったのだ。

 

『ハハっ‼︎最高だなぁっおいっ‼︎』

 

陽和は歓喜の声を上げながら“クリムゾン・アルマ”を纏うと海山へとそのまま突撃する。

これまで以上の加速をもって迫る赤竜を前に、悪食は触手の量を増やして迎え撃つ。視界を埋め尽くすほどの濃密な触手群だったが、それらは赤光の流星を前に容易く爆砕される。触手の弾幕を爆砕した陽和は海山へと突っ込むと今度は巨大海山を斜めに貫いた。

海山から飛び出した陽和を目掛け触手が無数に伸びてくるものの、それを陽和が戦闘機の如き速度かつ戦闘機では実現できない機動を以って次々と巧みに回避していく。

重力、風、それに加えてスラスターによる加速によって今の陽和の飛翔速度は亜音速を超え音速に迫りつつあるほどだ。二十メートル超えの巨体を有する竜が戦闘機にも迫る速度で飛翔し、ありえない機動をやってのけ、無数の触手を巧みに回避し時折迎撃する光景はまさに圧巻の一言に尽き、ハジメ達は何度目かもわからぬ驚愕を浮かべ、竜人であるティオは卓越した飛翔技術に目を見張っていた。

 

やがていつまでも捕まらずに焦ったく感じたのだろう。海山を再び巨大化させて津波へと変化させると、四方から取り囲むように津波を操作したのだ。

見上げるほどの高さでかつ四方を津波に閉ざされた状況、陽和に逃げ場はなかった。

だが、陽和はソレに対して動じることはなく顎門を開き大きく息を吸う。

 

『『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼︎‼︎‼︎‼︎』』

 

二重倍加の音声が連続で鳴り響き、顎門の中に宿る紅緋の輝きが急速に増していき、臨界点に到達するやすぐさま紅緋の閃光を放った。

ゴォッと唸りを上げて解き放たれた閃光は、四方から迫る津波の一面を貫く。だが、今回はソレで終わりではなくブレスを放ちながら陽和は首を動かし、薙ぎ払うような軌道へと変える。

ブレスはソレに倣い横へとずれていき、ぐるりと一周し斜めに薙ぎ払ったのだ。

薙ぎ払われたことで津波上部の大部分が切り離され海へと飛沫を上げながら落ちていく。そして、その断面の奥、巨大な海山の中に陽和は悪食の本体を見つけた。

 

『へぇ、だいぶデカくなってるじゃねぇか』

 

そう言う陽和の視線の先では、既に四十メートルを超えるほどに巨大化した悪食の姿があった。しかも、まだまだ巨大化するつもりなのか、周囲から半透明ゼリーを集めながら、巨大化を続けつつ負けじと無数に触手を伸ばしてくる。

 

『いいね。そうじゃなきゃ、張り合いがねぇ。まだまだ試したいことはあるんだ。すぐにくたばってくれるなよ?』

 

陽和としてはこの状況はむしろ好都合。

せっかく編み出した新形態なのだ。試したいことはまだまだある。

そう告げるや否や陽和は編み出した新たな魔法を展開する。

 

『———“紅天の竜星群(クリムゾン・ドラグーン)”』

 

その言霊が響いた直後、陽和の周囲に紅蓮の星々が生まれる。一つ一つがバランスボールサイズのソレは衛星のように陽和の周囲を縦横無尽に飛び交いながら触手を次々と迎撃していく。

溶解作用があるゼリー触手は拮抗することはなく、容易く砕かれていく。

 

———火・雷・光・風・重力複合魔法“紅天の竜星群”。

 

ファイア・ボルト、アストラル・ウィンドを融合させた魔法を重力魔法で圧縮し、純粋な破壊の光弾へと変形させソレらを操作することで全方位への迎撃、防御を可能としたものだ。

しかも、これらの操作はドライグが通常では担うこととなり半自動で操作できる魔法でもある。

ソレらの魔法を操作しながら陽和は悪食へと襲い掛かり周囲を凄まじい速度で飛翔しながら紅蓮の星々を操り悪食と海山を削りながら自身も攻撃をする。

星々で触手を迎撃しながら悪食本体に迫ると両鉤爪に纏わせた雷炎を伸長させながら悪食の肉体を斬りつける。

悪食のゼリー状の肉体はザシュッと音を立てながら赤い斬線を刻まれ焼かれる。飛び散ったゼリーも端から焼けていき灰となる。陽和は両腕の鉤爪を数度振るい悪食の身体を焼き刻むとその身を横にくるりと一回転ししなる尾を悪食の胴体に叩きつける。焼かれ苦しんでいた悪食はその尾の叩きつけに対処できずに吹き飛ばされ宙を舞った。

宙を舞う悪食に陽和は足元に赤光の重力場を生み出すと、重力場を踏み台にして重力の反転加速と踏み込みの加速を合わせ悪食に肉薄。雷炎を纏いながら全身で悪食に体当たりをぶちかました。

ドゴンと重い音を響かせながら悪食は再びなすすべなく吹っ飛ばされる。しかし、流石にやられっぱなしとはいかないのか、着水した瞬間に海水を操り無数に触手を伸ばしてきたのだ。海水の中に溶解作用のゼリーを混ぜており、先程よりも密度が増した触手群はさながら槍衾の如く陽和へと迫る。

 

『Wing Shield Set‼︎』

 

その音声が響いたかと思えば、翼を補強していた装甲がカシュカシュと空気の抜けるような音を響かせながら薄く広がり翼の外側を覆ったのだ。先端は鋭利に尖り、その外見はまさに騎士が構える盾のようだった。

 

『相棒、そのまま行け!強度は保証するっ!』

『オウッ‼︎』

 

盾とかした竜翼を陽和は前方で交差させるように構えると炎をボォっと纏わせながらそのまま触手群にシールドチャージのように突っ込む。

劫火の竜翼と溶解の触手が交錯しドガンと轟音を立てる。あまりの弾幕の密度に一度は突進の勢いが止まったものの、その直後には陽和が押し始めた。

 

『『BoostBoostBoostBoostBoostBoost‼︎‼︎‼︎』』

『ガアアアアァァァァァァァァァァァッ‼︎‼︎‼︎』

 

翼の装甲に埋め込まれた青緑の宝玉が光り輝くと、二重倍加の音声が鳴り響き全身に纏う赤い輝きが激しさを増し陽和の巨体を前へと押し出す。

竜翼は溶解作用の触手に溶かされることなく、逆に触手群を焼き砕いていく。そうして双方との距離がゼロになった瞬間陽和は両翼を左右に大きく広げると残りの触手を風圧で吹き飛ばし無防備にあった肉体にゼロ距離でブレスを叩き込む。五十メートルを超える巨体に大穴が開いた。普通ならば怯むだろう。だが、目の前に獲物がいるからこそ逃さないと思ったのか、頭部をガパッと広げて陽和を丸呑みしようとする。今のサイズならば、陽和の半身を一度に飲み込むことができるだろう。だが、陽和がそれを許す訳がない。

 

『Tail Blade Set‼︎』

 

その音声に合わせ今度は尾の装甲が変化する。

翼の時と同じような音を立てながら、尾の先端を覆うように変形しやがてそれは雷炎を纏う紅蓮の両刃の剣となる。その形状は竜聖剣の長剣形態と全く同じであり、陽和は長剣を武装した尾を構えるとその場で勢いよくサマーソルトを行う。

尻尾はその動きに伴い悪食の胴体の中程から頭部をズバッと勢いよく縦に切り裂いた。悪食の体は中程から裂けて左右に大きく開く。

悪食は肉体が焼かれたことに思わずと言った様子で捕食を中断し、苦しみに身悶える。そこに陽和は紅の流星群を叩き込んだ。

ドガガガガガガガガガガガ!!!

凄まじい轟音を立てて悪食の体が抉られ、無数の穴が開く。

巨体のおよそ半分を抉られた悪食は悶えながらも、周囲からゼリーを集めて再生を行う。ゼリーが集まり肉体を再生させようとするが、陽和の猛攻は止まらない。

 

『Wing Blade Set‼︎‼︎』

 

翼を羽ばたかせて一度大きく後退した陽和は翼の装甲を変化。盾のように覆っていた装甲はその形状を変え、翼の縁に装甲が集中しそれは刃のようになる。紅蓮の刃を翼に装着した陽和は背中のスラスターを噴射させて一度大きく上昇。

 

『ヘスティア!』

『任せてっ!!』

 

高度二百メートルまで上昇したところで一度スラスターを止めて反転し、ヘスティアに呼びかけ再度噴射させながら翼刃に雷炎を纏わせる。

 

『『BoostBoostBoostBoostBoostBoost‼︎‼︎‼︎』』

 

二重倍加の音声を響かせ、スラスターの噴射の勢いを爆発的に上昇させながら陽和は再生を終えようとしている悪食へと急降下。

キィィィィ‼︎と飛翔音を響かせながら陽和は閃光となって悪食の胴体を雷炎纏う翼刃で斜めに切り裂いた。

悪食の体は紙を切るかのように容易く切り裂かれ、再生を終えたばかりだというのに胴体を斜めに切り裂かれ上部がずるりとずれて一拍遅れてゼリー状の肉体が崩れ落ちた。

水飛沫を立てて崩れ落ちた悪食を見下ろしているとドライグ達が口を開く。

 

『凄まじいな。これが、俺とヘスティアの力を融合させたものか。今までよりも戦闘の幅が格段に広がる上に単純な出力も向上している。想定以上の出来だ』

『今までの単純な武装の変化とは違う。状況に応じて武装を追加展開する可変式武装。その上、互いのアーティファクトの共鳴によるマルチブーストシステム。いやはや、滅茶苦茶だね』

 

ドライグとヘスティアが感心混じりにそう評価する。陽和が編み出した新形態『赤竜帝の聖鎧』はそれほどまでに凄まじい性能だったのだ。

《赤竜帝の宝玉》と《竜聖剣》。

二つのアーティファクトをそれぞれ独立して使うのではなく、融合することで相乗効果による出力の上昇。

共鳴を超えた融合により、竜聖剣でも《赤竜帝の宝玉》の機能の一つである倍加を行うことで二重の倍加、マルチブーストシステムを実現。

今までは長剣、双剣、盾など単純な武装にしか形態変化できなかったのを竜化状態での鎧としての武装変化に加え用途に応じた追加武装を換装展開できる可変式武装への昇華。

今までと比較しても戦い方のバリエーションは確実に増えた上に、単純な出力も上がった。二つのアーティファクトの融合は間違いなく陽和を更なる高みへと至らせたのだ。

 

『鎧の力は充分試した。なら、そろそろ仕上げに入ろうか』

 

理論を構築し、ぶっつけ本番で使用してみた『赤竜帝の聖鎧』。その性能は陽和としては満足がいくものであり十分に試運転ができた。

故に、陽和はこの戦いを終わらせることにした。

紅蓮の魔力光を全身からたぎらせながら、陽和は左腕を空へと掲げて一言。

 

『———“灼焔・大轟嵐”』

 

刹那、陽和と悪食を取り囲むように巨大なプラズマ迸る劫火の巨大竜巻が出現したのだ。

煌々と燃え盛る劫火渦巻く巨大竜巻は外から見ればまさに紅蓮の火柱が海に突き刺さったかのように見えてしまう。

高さは悪食の巨大津波を優に上回るほどであり目算5キロは超えている。横幅もソレ相応であり、直径1キロはあるだろう。しかし、実態は更に巨大で実は海中にもその竜巻は存在しており深さ1キロの海中にまで劫火の竜巻は伸び激しく渦巻いている。

その威容はグリューエン大火山を覆っている砂嵐の大竜巻を連想させる。

膨大な海水に晒されようとも消えずに、むしろ焼くほどの超高火力の竜巻。

そんな埒外の巨大竜巻が突如出現したのだ。悪食が津波を操るのなら、こちらは竜巻を操り、その上で格の違いを見せつけるかのような巨大さにハジメ達は開いた口が塞がらない。

 

———火・風・雷・空間複合魔法“灼焔・大轟嵐”。

 

火属性魔法“劫火浪”。雷属性魔法“天灼”。風属性魔法“嵐帝”を融合させた巨大竜巻に空間遮断効果を付加することで敵を逃さず中に閉じ込め、また敵を侵入させないいわば巨大な結界ともなる魔法だ。

劫火と暴風に加え、雷撃まで加わった巨大竜巻。中はその名に違わずに灼熱の熱波と雷撃に満ちており内部に閉じ込められた敵をじわじわと焼き焦がしている。

 

『苦しいか?苦しいだろうな。この領域はお前にとっちゃまさに地獄だろうからなぁ』

 

陽和は淡々と冷徹な声音でそう言う。

彼の眼下で巨大海山の天頂部にいる悪食は焼き尽くさんと燃え盛る灼熱に焼かれて全身から白煙を上げながら苦しそうにもがいている。

 

『だろうな。奴は炎に弱い。海にいながら火山内部にいるような環境。奴にはたまらないだろう』

『でも、まだ諦めてないようだよ。獲物への執念が凄まじいね』

 

さしもの悪食といえど海すら焼く炎を前には苦しいようだ。だからだろう。悪食は海から更に海水を持ち上げて対抗し触手を伸ばしてくる。

触手は炎に焼かれ細くなっているが、それを見越してか数を増やして手数で抗おうとしている。

 

『ハッ、そんなもんでどうにかなると思ってんのかよ』

 

その抵抗を嘲笑いながら陽和は紅の流星でそれを容易く消し飛ばした。そもそも、環境効果による弱体化がなくても打ち勝っていたのだ。今の状態ではなおのこと敵うわけがない。

 

『そろそろ終わらせようか。———臨界突破』

『『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost———』』

 

そう告げるや陽和は紅白の魔力を噴き上げる。

鳴り響く二重倍加の音声は大気を破りかねないほどの力強さを宿していた。

音声に合わせ魔力が高まっていき、膨大な魔力の嵐は次第に陽和を包み込む球状へと姿を変える。

ドクンッドクンッと輝きが増していく中、悪食は攻撃がこなくなったのを幸いに触手を伸ばす。

しかしだ。

 

ジュッ。そんな軽い音を立て、稲妻のような光を発して触手が陽和の二十メートル手前で流星に砕かれるわけでもなく突如消えたのだ。いや、突然消えたわけではない。正確には焼滅したのだ。

陽和が纏う魔力。それは膨大な熱を宿しており、直接触れずともそれに近づくだけでプラズマ化させ塵芥すら残さずに消しとばしてしまうほどの埒外な熱量を秘めているのだ。

悪食はその原理がわからずに触手を絶え間無く伸ばしていくが結果は変わらず触手は全て焼滅していく。

 

触れることさえ叶わない。

近づくもの全てを塵芥へと焼滅させるそのあり方はもはや太陽と称しても過言ではない。

 

自身の周囲に紅蓮の星々を巡らせる様は、まさに一つの惑星。

 

数多の衛星が彼を中心に巡り回っており、その中心に佇む彼は、まさしく太陽となった。

 

次第に太陽の周囲の空間が歪み始める。

膨大な熱量が空間を歪めるほどに高まり続けているのだ。しかも、その増大は今もなお続いており、急激に高まっていく膨大な圧力に数キロ離れた場所で見ているハジメ達ですら冷や汗を流している。

そして、誰よりも近いところにいる悪食がその圧力を感じ取れぬわけがなく、絶大な圧力と自身の体を焼き尽くさんと滾る熱波に動きを止めてしまう。

よく見れば小刻みに震えており、生物としての本能が恐怖を感じ、絶望に慄いているように見えた。

 

いや、まさしく恐怖を感じたのだろう。

悪食はしばらく呆然と紅白の太陽を見上げていたが、直後にはその身を反転させて水飛沫を上げながら海中へと飛び込んだのだから。

だが、もう遅い。

 

『———太陽の輝きに灼かれて滅びろ』

 

遁走する悪食を睥睨しながら陽和は絶大な覇気を以て宣告する。それはまさに帝王が敵へ裁きを下すときのソレだ。

そして、遂に解放の時が来た。

 

 

 

『『———Double Explosion‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

 

 

数十、否、百を優に超えた二重倍加の果てに、二重解放の音声が力強く鳴り響いた。

陽和の翡翠の竜眼が悪食から外れ、大空のその先へと向けられる。

一拍。

 

 

 

 

『———“プロミネンス・ノヴァ”‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

 

 

 

ソレは解き放たれた。

 

 

一瞬の静寂の後にカッと光が瞬き、鼓膜を破りかねないほどの爆音と目を焼くほどの閃光が解き放たれ、世界が紅白に染まった。

 

 

紅白の焔華が咲き誇り“灼焔・大轟嵐”を内側から容易く消し飛ばし半径1.5キロを超える埒外なサイズへと巨大化し、上空の雲が吹き飛び、海が消し飛んだ。

 

その破壊の余波は5キロ離れたハジメ達の元にも容易く届き、ハジメ達がいた地点でも爆風が吹き荒れ、熱波とプラズマが襲い掛かり、海が荒れ狂う。嵐なんて生ぬるい災害をも上回る神罰が如き埒外の破壊の余波に呑まれたハジメ達だったが、幸いにもユエと香織、セレリア、雫の四人が四重の強固な結界を全力で展開していたからこそ衝撃をやり過ごすことができたが、それでも数百メートルは吹き飛ばされた。

 

数十秒の後、衝撃をどうにかやり過ごしたハジメ達は障壁越しに陽和の方を見て絶句した。

 

「……は?…まじ、かよ……」

「う、嘘……」

「海に、クレーターが……」

 

彼らの視線の先では、海がクレーターのように陥没していたのだ。

陽和がいるであろう地点を中心に、深さおよそ300メートル、半径およそ700メートルの巨大なクレーターが出来上がっていたのだ。

目を凝らしてみればクレーターの端には炎が燃え盛りかつプラズマが迸っている。ソレらの間を抜けて海水が流れ込みクレーターを元に戻そうとしているが、ソレでも数時間はかかるだろう。何にせよ、埒外な破壊力を有する魔法に誰もが驚愕するほかなかった。

 

———火・光・風・雷・空間・重力複合魔法“プロミネンス・ノヴァ”。

 

『赤竜帝の聖鎧』による二重倍加を極限まで行い増幅強化した四種の属性魔法を重力魔法、空間魔法で空間ごと圧縮に圧縮を重ね極限まで圧縮したソレを解き放ち周囲を一切合切消し飛ばす超広域殲滅魔法。

敵味方の存在を度外視し周囲一帯を消し飛ばす破壊に特化した魔法なのだ。

そして、これだけの破壊に呑まれた悪食の姿は………どこにもなく、陽和が数キロに渡る広範囲の感知を行っても存在を感じられない。

 

太古の怪物———悪食討伐を見事に達成したのだ。

 

だが、それを把握した陽和の顔に喜びの色はなく、険しい表情のまま雲が消し飛んだ大空を見上げ睨んでいる。

大空を、否、その先にいるであろうナニカを睨んだ陽和は息を吸うと顎門を開き声を張り上げた。

 

『———聞こえるか、エヒト‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

雷鳴が如き怒号が轟いた。

怒りに満ちた叫びの矛先は自身が倒すべき怨敵エヒト。陽和はエヒトへの憤怒を怒号へと変えて続けた。

 

『お前にはこれまでのことを必ず償ってもらうっ‼︎人の未来を奪い続けた代償を必ず払わせてやるっ‼︎‼︎』

 

陽和の憤怒はこれまで神によって弄ばれた全ての人達を想ってのこと。そして、その中には当然、ドライグやアルビオン、彼らの子供、ミレディ達解放者もいる。

多くのあったはずの幸福を己が愉悦のために弄びながら潰したエヒトへの憤怒は、幻想試練を終えた今となっては更に膨れ上がり陽和の胸の内で地獄の業火の如く燃え盛っているほどだ。

限界を抱えた怒りを胸のうちに抱えながらも、それでもそれを発散せずにいつか来たる決戦の時、奴の心臓に突き立てる牙を研ぐ為の炎に変える。

 

いや、そもそも今エヒトがいる神域に乗り込む方法が手元にない以上、こちらから乗り込むことはできない。

だからこそ、時が来るその日に備えて牙を研ぎ澄ますのだ。より鋭く、より堅く。たとえ神であっても噛み砕けるように。

 

『そこで待ってろ‼︎‼︎俺は、いつかお前の元に辿り着き、必ず殺す‼︎‼︎‼︎』

 

間違いなくエヒトは自分を対等と見ていないだろう。矮小な人間の戯言だと思っているに違いない。

だが、それでいい。侮るなら侮っていればいい。そうして神域で踏ん反り返っていればいい。こっちから乗り込んでお前との決着をつけてやる、と。

覚悟を言葉にし叫び、陽和は最後に堂々と宣言する。

 

 

 

『俺は解放者が一人『赤竜帝』紅咲陽和‼︎‼︎お前が弄んだ解放者の意志を継ぎ、ドライグの誇りを受け継いだ者‼︎‼︎そして、お前を殺す者の名だ‼︎‼︎』

 

 

 

激怒した赤竜帝の咆哮が、どこまでも響いた。

 

 

 

この日、紅咲陽和は改めてエヒトを討伐し世界に平和を齎す事を決意した。

 

 





リーさんごめんよ。あなたの活躍はないんだわ。だって、君陽和との関わりゼロだし、なんなら悪食は陽和が一人でやっちゃったから。ほんとごめんね。

さてそれはそうと、こちらではスーパーティオモードがデフォルトのティオさん、恐慌状態に陥っていた陽和君を見事立ち上がらせましたね。流石キャリア五百年のお姫様ですわ。原作でもゴキブリ戦とかでは仲間を鼓舞してたので、彼を立ち上がらせることもできるんじゃないかと思い、今回ティオに活躍の場を与えました。

そして、今回陽和が新たに獲得した新形態『赤竜帝の聖鎧』。
ディレイドの戦いを経て強くなる事を決意した彼が模索し、編み出した二つのアーティファクトの融合の結果生まれた鎧です。ドラゴンの状態で鎧を纏った上に、出力の向上。武装は用途に応じて追加展開。二重倍加。とんでもねーなコレ。

とはいえ、これで満足してるわけもなくエヒトへの宣戦布告をして今回は終了です。コレからの活躍と成長に期待ですね!
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