エリセンを発ち赤銅色の世界に再び足を踏み入れてから一日半。
陽和達は砂埃を盛大に巻き上げつつ魔力駆動四輪を駆りながら『アンカジ公国』を目指していた。
本来の目的地は『ハルツィナ大樹海』なのだが、再生魔法を使えば『アンカジ公国』のオアシスを元に戻せる為、オアシスを直そうと陽和が提案した為だ。
そして、現在、アンカジの入場門が見え始めたところなのだが、何やら前回来た時と違って大きな荷馬車が数多く並んでおり、随分と長い行列ができていた。
「随分と大規模な隊商だな……」
「……ん、時間かかりそう」
「多分、物資を運び込んでるんじゃないかな?」
『だろうな。見たところ、大きな商会のマークがいくつかある』
陽和と香織の推測通り、この長蛇の列を作っているのは『アンカジ公国』が『ハイリヒ王国』に救援依頼をし、要請に応えてやってきた救援物資運搬部隊に便乗した商人達だ。王国側の救援部隊は、当然の如く先に通されており、今見えている隊商も、よほどアコギな商売でもしない限り、アンカジ側は全て受け入れているようだ。
何せ、水源がやられてしまった上に、既に収穫して備蓄していたもの以外の作物類も廃棄することになっているのだ。水以外に食料も大量に必要としており、相手を選んでいる余裕はない。
『………状況が状況だから仕方ないが、これを待つのは面倒だな。ハジメ、門まで行っていいぞ』
「あいよー」
確かに水も食料も必要であるため、相当数の隊商を受け入れるのは仕方ないのだが、流石に素直に順番待ちするといつ入れるかわからない。
その為、ハジメにゴーサインを出して順番待ちをする隊商を尻目に、四輪を操作して直接入場門まで突入することにした。
突然、脇をすり抜けていく黒い物体に隊商の人達が身をすくめ、門番も警戒心と恐怖を織り交ぜた険しい視線を向けてくる。
しかし、にわかに騒がしくなった門前を訝しんで奥の詰所から現れた他の兵士が四輪を目にした途端、何かに気がついたようにハッと目を見開き、誰何と警告を発する同僚を諌めて、武器も持たずに出迎えに進み出てくる。更に、他の兵士に指示して伝令に走らせていた。どうやら、陽和達だと気づいたらしい。
陽和達は、門前まで来ると周囲の注目を無視して四輪から降車した。周囲の人々は、いつも通り、雫達の美貌に目を奪われ、次いで、“宝物庫”に収納されて消えたように見える四輪に瞠目している。
「ああ、やはり使徒様方でしたか。戻って来られたのですね」
兵士は雫と香織の姿を見るとホッと胸をなで下ろす。
おそらく、ビィズを連れてきた時か、陽和達が『グリューエン大火山』に静因石を取りに行く時に四輪を見たことがあったのだろう。
そして、それが、神の使徒としてアンカジで知れ渡っている雫と香織の乗り物であると認識していたようだ。概ね間違ってはいないので特に訂正はせずに、一番知名度のある香織が代表して前に出る。
「はい。実は、オアシスを浄化できる術を手に入れたので試しに来ました。領主様に話を通しておきたいのですが……」
「オアシスを!?それは本当ですかっ!?」
「は、はい。あくまで可能性が高いというだけですが……」
「いえ、流石は使徒様です。と、こんなところで失礼しました。既に、領主様には伝令を送りました。入れ違いになってもいけませんから、待合室にご案内します。使徒様の来訪が伝われば、領主様も直ぐにやって来られるでしょう」
やはり、国を救ってもらったという認識なのか兵士の陽和達を見る目には多大な敬意の色が見て取れる。VIP待遇だ。陽和達は何者なんだと好奇の視線を向けてくる商人達を尻目に、門番の案内を受けて再び『アンカジ公国』に足を踏み入れた。
▼△▼△▼△
領主であるランズィが息せき切ってやって来たのは、待合室に案内されてから十五分くらいだった。随分と早い到着だが、それだけ、ランズィ達にとって陽和達の存在は重要だという証だ。
「久しい……というほどでもないか。無事なようで何よりだ、ソルレウス殿。ティオ殿に〝静因石〟を託して戻って来なかった時は本当に心配したぞ。貴殿は、既に我が公国の救世主なのだからな。礼の一つもしておらんのに勝手に死なれては困る」
『ご心配をおかけしました。この通り皆無事ですので、ご安心ください。それよりも、救援は無事に受けられたようですね』
「ああ。備蓄した食料と、ユエ殿が作ってくれた貯水池のおかげで十分に時間を稼げた。王国から援助の他、商人達のおかげで何とか民を飢えさせずに済んでいる」
『それは何よりです』
そう言って、少し頬がこけたランズィは穏やかに笑った。アンカジを救うため連日東奔西走していて、疲労がにじみ出ているが、その分成果は出ているようでアンカジは未だ国家として機能できているようだ。
「領主様。オアシスの浄化は……」
「使徒殿……いや、香織殿。オアシスは相変わらずだ。新鮮な地下水のおかげで、少しずつ自然浄化は出来ているようだが……中々進まん。このペースだと完全に浄化されるまで少なくとも半年、土壌に染み込んだ分の浄化も考えると一年は掛かると計算されておる」
『やはりそれぐらいはかかってしまいますか』
「とはいえ、これでも状況は良くなっている。貴殿らのおかげで終わりが見えたのだから。何も分からなかった以前とは比較にならない」
確かに、原因もわからずただただ苦しみが悪化していくだけだったあの時の状況に比べれば、元凶も取り除くことができ自然浄化の見通しも立てられたので状況はかなり好転したと言える。
「そういえば、貴殿らの来訪の理由を聞いてもいいだろうか?」
『勿論です』
少し憂鬱そうだったが、好転している状況に小さく笑ったランズィは訪問の内容を問うべく尋ねたので、陽和はオアシスを浄化できる術を得たと伝えた。
話を聞いたランズィの反応は劇的で、陽和の肩を勢いよく掴んできて「マジで!?」と唾を飛ばして確認するほどだった。どうにか落ち着かせたことで、取り乱したと咳払いしつつ居住まいを正したランズィは、早速、浄化を頼んできた。
元よりそのつもりだと頷き、陽和達一行はランズィに先導されオアシスへと向かった。
オアシスには、全くと言っていいほど人気がない。普段は憩いの場所として大勢の人々で賑わっているのだが……そのことを思い出し、ランズィが無表情ながらも何処か寂しそうな雰囲気を漂わせている。
『香織』
「うん」
陽和に促されオアシスの畔に立つのは香織だ。
彼女が再生魔法を行使しオアシスを浄化する。
再生魔法の適性は、陽和、香織、ユエ、セレリア、ティオ、雫の順に高く、ハジメとシアは適性が皆無だった。もっとも、シアの場合、まともに発動できなくてもオートリジェネのような自動回復効果があるらしく、また、意識すれば傷や魔力、体力や精神力の回復も段違いに早くなるらしい。どんどんバグってきている。
身体強化のレベルや体重操作の熟練度も上がっているようなので、自動回復装置付きの重戦車のようになって来ていた、『コイツどこまでバグるんだ?』とユエやハジメが内心で戦慄する。
ユエの場合、相変わらず、自前の固有魔法“自動再生”があるせいか、任意で行使する回復作用のある魔法は苦手なようだ。反対に、“治癒師”である香織は、回復と“再生”に通じるものがあるようで一際高い適性を持っており、より広範囲に効率的に行使出来るようだ。もっとも、詠唱も陣も必要な時点で、ユエの方が実戦では使えるのが悲しいところである。
セレリアは魔人族だったのも関係しているのか、回復魔法がそれほど得意でなくてもそれなりに高い数値が出た。雫もドライグが知る限りは平均的な適性らしい。
そして、最も高かった陽和はやはりユエと同じく全属性の魔法に適性がある方も関係しているのだろう。他には、彼が香織以上の回復魔法の使い手であることも関係しているようだ。
ならば、香織ではなく陽和が浄化を行えばいいのではと思うが、今回は香織たっての希望で香織にやらせることにしたのだ。
香織が長い詠唱を始める。
エリセン滞在中に修練して最初は七分もかかっていた魔法を今では三分に縮めている。たった一週間でそれなのだから、十二分にチートだ。しかし、ユエ達がバグキャラとも言うべき存在であり、瞬間行使できる陽和に至っては完全な上位互換なので、霞んでしまうのだ。
もっとも、本人は海底洞窟の試練を経たおかげか既に割り切っているようだが。
静謐さと、どこか荘厳さを感じさせる詠唱に、ランズィと彼の部下達が息を呑む。決して邪魔をしてはならない神聖な儀式のように感じたのだ。緊張感が場を支配する中、いよいよ香織の再生魔法が発動した。
「———“絶象”」
瞑目したままアーティファクトの白杖を突き出し呟かれた魔法名。
次の瞬間、前方に蛍火のような淡い光が発生し、スっと流れるようにオアシスの中央へと落ちた。すると、オアシス全体が輝きだし、淡い光の粒子が湧き上がって天へと登っていく。それは、まるでこの世の悪いものが浄化され天へと召されていくような神秘的で心に迫る光景だった。
誰もがその光景に息をするのも忘れて見蕩れる。術の効果が終わり、オアシスを覆った神秘の輝きが空に溶けるように消えた後も、ランズィ達は、しばらく余韻に浸るように言葉もなく佇んでいた。
『領主、終わりましたよ』
「っ、あ、ああっ」
少し疲れた香織をハジメが支えるのを横目で見ながら、陽和はランズィの肩を優しく叩いて促す。ハッと我を取り戻したランズィは、部下に命じて水質の調査をさせる。検知の魔法を使い調べる部下の男の様子を固唾を呑んで見守るランズィ達に、検知を終えた男は信じられないといった表情でゆっくりと振り返り、ポロリとこぼすように結果を報告した。
「……戻っています」
「……もう一度言ってくれ」
ランズィの再確認の言葉に部下の男は、息を吸って、今度ははっきりと告げた。
「オアシスに異常なし!元のオアシスです!完全に浄化されています!」
瞬間、ランズィの部下達が一斉に歓声を上げた。手に持った書類やら荷物やらを宙に放り出して互いに抱き合ったり肩を叩きあって喜びをあらわにしている。ランズィも深く息を吐きながら感じ入ったように目を瞑り天を仰いでいた。
陽和達は喜ぶ彼らの様子にお互いに顔を合わせて笑い、陽和がランズィに声をかける。
『オアシスは無事浄化できましたね。あとは、土壌と作物ですが、領主、作物はどこかにまとめてたりしますか?』
「……あ、ああ。一箇所にまとめてある。廃棄処理にまわす人手も時間も惜しくてまとめてるだけだが……まさか……それも?」
『無論です。そちらも纏めて浄化しますよ』
陽和達の言葉に、本当に土壌も作物も復活するのだと実感し、ランズィは、胸に手を当てると、人目もはばからず深々と頭を下げた。
領主がすることではないが、そうせずにはいられないほどランズィの感謝の念は深かったのだ。公国への深い愛情が、そのまま感謝の念に転化したようなものだ。
ランズィからの礼を受けながら、早速、陽和達は作物をまとめてある農地地帯の方へ移動しようとした。
だが、不意に感じた不穏な気配にその歩を止めた。
『………相棒』
(ああ)
敵意すら宿るドライグの低い警告の声に陽和は小さく頷きながら、その不穏な気配の方向へと視線を向ける。
遠目に何やら殺気だった集団が肩で風を切りながら迫ってくるのが見えた。アンカジ公国の兵士とは異なる装いだったが、その格好に陽和は見覚えがあり唸るような声音で呟く。
『…………教会』
そう。こちらへ向かってくる集団は聖教教会の関係者と神殿騎士の集団だったのだ。
陽和の呟きが聞こえていたのか、セレリアや雫が表情を険しくする中、陽和達の傍までやって来た彼等は、すぐさま、陽和達を半円状に包囲したのだ。
そして、神殿騎士達の合間から白い豪奢な法衣を来た初老の男が進み出てきた。
急展開かつ物騒な雰囲気に、陽和が仲間達を庇うように立ち、ランズィが咄嗟に陽和と男達の間に割って入った。
「ゼンゲン公……こちらへ。彼等は危険だ」
「フォルビン司教、これは一体何事か。彼等が危険?二度に渡り、我が公国を救った英雄ですぞ?彼等への無礼は、アンカジの領主として見逃せませんな」
フォルビン司教と呼ばれた初老の男は、馬鹿にするようにランズィの言葉を鼻で笑った。
「ふん、英雄?言葉を慎みたまえ。彼等は、既に異端者認定を受けている。不用意な言葉は、貴公自身の首を絞めることになりますぞ。それに、貴殿の隣に立つ赤髪の男はかの邪竜の後継者だ。其奴こそこの世で最も危険な存在ですぞ」
「異端者認定、それに……邪竜の後継者だと?そんな、馬鹿な」
ハジメに対する“異端者認定”と陽和の正体が赤竜帝だという言葉に、ランズィが息を呑んだ。ランズィとて、聖教教会の信者だ。その意味の重さは重々承知しているし、邪竜の後継者の報告は当然受けている。
それ故に、何かの間違いでは?と信じられない思いでフォルビン司教に返したのだ。
「当然でしょうな。今朝方、届いたばかりの知らせだ。それに、赤竜帝の方も確かな筋からの情報だ。狼人族の奴隷を連れた、神の使徒と行動を共にする赤髪仮面の男。そこの男で間違いない。今までうまく正体を隠してこれたようだが、もう逃げられんぞ」
「ソルレウス殿……貴殿は……」
フォルビン司教が嘘を言っていないことは理解し、思わず背後の陽和を振り返るランズィ。赤竜帝の、邪竜の恐ろしさを知っているが故に、どうか嘘であって欲しいと縋る眼差しを向けるランズィに陽和は目を伏せると仮面に手をかける。
「っ、おい、ソルっ」
『構わない。覚悟してた時が来ただけだ」
制止しようとするハジメを言い聞かせるような強い口調で止めた陽和は、仮面を外しその素顔をあらわにした。
露わになった素顔は以前見た手配書のソレと同じで、ランズィはショックを受けたかのように目を見開く。
「っっ、そん、なっ……」
「ほほう、こうも素直に顔を見せるとは。どうやら、この数に恐れをなしたようだな。伝説の邪竜も大したことない」
ショックを受けるランズィとは反対に、フォルビン司教は素直に顔を晒した陽和に侮蔑の表情を浮かべ嘲笑する。
「領主、今まで騙していて申し訳ありませんでした。そこの司教が言っていたことは事実で、私は確かに赤竜帝紅咲陽和です」
陽和はランズィに視線を向けると、苦笑いを浮かべながら謝罪をし本心を伝えると、ランズィの横を通り過ぎ逆に彼を背に庇った。
「ソルレウス殿、貴殿は……」
「巻き込むつもりはありません。どうか、私のことは構わずにお下がりを。今ならば、あなたはまだ悪しき邪竜に騙された被害者です。民を、この国を第一に考えてください」
「ゼンゲン公、貴殿はそこの邪竜に騙されておったのだ。さぁさぁ、その者らから離れるのだ。よもや、庇い立てなどすまい」
陽和の物言いに調子に乗ったのか上機嫌な様子でランズィにそう告げるフォルビン司教。どうやら、抵抗すらしない伝説の邪竜に対して、我らに完全に恐れをなしたと思ったようだ。
フォルビン司教は陽和へと視線を戻すとニヤニヤと嗤いながら告げた。
「邪竜よ、抵抗は無駄だぞ。といっても、ずいぶんおとなしいな。相当凶悪という話だったが神殿騎士百人相手では流石に諦めたか。そのまま無駄な抵抗はせずに、潔く殺されるがいい。後ろの異端者共々な。……くく、これで私も中央に……」
まだ何一つ成せていないのに神敵を討伐した後の自分のポジションを想像して嫌な笑みを浮かべるフォルビン司教。そして、彼の言葉に合わせ剣を抜きいつでも陽和に切りかかれるように構える神殿騎士達を見渡した陽和は鼻で笑った。
「ハッ、誰が諦めたって?たかだか雑魚を百人よこした程度で俺が恐れるわけがないだろう」
「………何を今更、抵抗すらしないではないか。それは諦めたということだろう?強がるのはやめた方がいいぞ」
「強がり?あぁ、お前らにはこれが強がりに見えるのか。流石は、狂信者の集団だ。都合のいいように解釈するんだな。お前ら程度の実力じゃ何万いようと相手にならねぇのに」
「小僧が、生意気な……」
陽和の挑発的な物言いにフォルビン司教は怒りに表情を歪める。周囲の騎士達からももはや殺気に等しい怒気が伝わり剣を構える手に力が込められている。
「どうあっても抵抗する気か?」
「当たり前だ。誰が好き好んで殺されたがるかよ」
「………大人しくしていれば、楽に死ねるものを。愚かだな」
「盲信しかできない老いぼれに言われたくはないな」
「貴様、後悔するぞ」
「ほざいてろ、老害」
教会の権威を恐るどころか、敵対も厭わない物言いにフォルビン司教の顔は憤怒と憎悪に彩られる。
騎士達も極度の殺意に満ちた様子で一歩前に進み出る。
陽和は自然体であるが、翡翠色の瞳は炯々と好戦的な輝きを宿していた。
いつ激突するかわからない一触即発の空気に部下の男達が冷や汗を流す中、ランズィは瞠目する。
(ソルレウス殿は本当にかの伝説の邪竜、赤竜帝の後継者なのだろう。嘘を言った様子もない上に、手配書の顔と同じ顔なのだから。だが……)
彼が素性を偽っていたのは事実だ。
だが、だからといって教会の報告で聞き及んでいた邪悪な存在とはとても思えなかった。確かに彼が有する力は自分の想像もできないほどに途方もなく大きく、見方によっては危険視するのも仕方ない。しかし、彼自身の性格、その他のあらゆる情報を加味した結果、彼は一つの結論を出した。
(……彼は、紅咲陽和
これまでの情報から、彼は陽和が望んで邪竜の後継者となったわけではないと察した。
ハジメ達の異端者認定に関しても、陽和と行動を共にしていることと自らが管理できない巨大な力を許せなかったからなのだと察することができた。
正直なところ彼らと真っ向から敵対するのはもはや自殺行為に等しいとすら思っている。彼らの力の大きさを思えば、もはや魔人族との戦争の前に別の戦争をするに等しい愚行に中央上層部の正気を疑った。
だから、この決定にキナ臭さを、ある種の作為的な何かがあるのだと考え、彼は今の状況に対して思いを巡らせる。
謎の毒に侵され、民達が苦しみ倒れ、死に瀕した。
水も、作物も、悉くの生命線が魔の手によって潰されていた。
そんな滅亡の危機にある国で、誰が民達を癒してくれた?
誰が生命線と言うべき水を用意してくれた?
誰がオアシスに潜む魔物を倒してくれた?
誰が公国の象徴たるオアシスを浄化してくれた?
誰がこの死に瀕した国を救ってくれた?
後から来て偉そうにしている目の前の教会連中か?
違う。
この国は今自分を庇うように立つ『英雄』とその仲間達によって救われた。
彼が、この『英雄』こそが、まず第一にこの国を救おうと動いてくれた。彼の仲間達も彼の想いに応えてできる限りのことをしてくれた。彼らが、彼が動いてくれたから、今公国は生き延びることができている。
彼が教会のいう『邪悪』?そんなはずがない。
確かに邪竜の力は宿しているかもしれない。あれだけの強さだ。後継者と言われても不思議と納得してしまう。だが、心はどうだ?幼い頃から伝え聞いていた邪悪だったか?違う。彼の心は誇り高かった。仁義を重んじる人だった。
彼は『英雄』だ。
誰かを想い、大切なものの為に戦える誇り高く、気高い人なのだ。
そんな彼が、教会のいう『邪悪』な存在であるはずがない。彼は『希望』だ。『絶望』を打ち払ってくれた『希望』なのだ。そんな『希望』をこの場で失っていいはずがない。
それならば、救われた国の長たる自分が取るべき行動は一つだ。
「………ゼンゲン公、なんのつもりだ?」
「領主?」
フォルビン司教は怪訝そうに眉を顰め、陽和も困惑を隠せない表情を浮かべる。
無理もない。なぜなら、陽和の後ろで庇われていたはずのランズィが、陽和の前に移動しフォルビン司教との間に再び割って入ったのだ。しかも、明らかに陽和を庇うような動きで。
ランズィは後ろで目を丸くしている彼の表情を見て小さく笑うと、フォルビン司教に鋭い眼光を向けながら領主たる威厳をもって宣言した。
「私は、彼らを守ることにした」
「………は?」
「………今、何といった?」
「守ると言ったのだ。例え、聖教教会が彼らを邪悪だと断じても、私にとっては彼らは救国の英雄だ。彼らに仇なすことは私が許さん。誰も守らぬというのならば、私が彼らを守ろう」
「……領主、何を…」
教会の決定に真っ向から逆らうランズィに陽和が動揺を隠さずに思わずと言った様子でつぶやく中、フォルビン司教は顔を真っ赤にし激昂する。
「きっ、ききき貴様正気か!?教会に逆らうことがどういうことかわからんわけではないだろう!!なぜ、神敵を、邪竜を庇う!?邪竜の恐ろしさはよく知ってるはずだ!!貴様も、異端者の、神敵の烙印をおされたいか!?」
ランズィの言葉に、驚愕の余り言葉を詰まらせながら怒声をあげるフォルビン司教。周囲の神殿騎士達も困惑したように顔を見合わせている。
それは陽和達も例外でなく、雫やハジメ、セレリア達も目を丸くしお互いに顔を見合わせていたほどだ。
「フォルビン司教。中央は、彼等の偉業を知らないのではないか?彼は、この猛毒に襲われ滅亡の危機に瀕した公国を救ったのだぞ?報告によれば、勇者一行も、ウルの町も彼に救われているというではないか……そんな相手が邪竜の後継だから危険?その決定の方が正気とは思えんよ。確かに彼は邪竜の力を受け継いでいるのかもしれない。だが、力そのものに罪はない。その振るい方によって罪は生じるのだ。その点において彼は邪悪にあらず、高潔だ。彼は危険な力を使いこなし、救国のために使ってくれた。感謝こそすれど、危険と断じるなど恩を仇で返す所業に他ならない。
故に、ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは、香織殿達の異端者認定に異議と紅咲陽和殿の神敵認定の撤回をアンカジを救ったという新たな事実を加味しての再考を申し立てる!!彼は、彼らは邪悪などではない!!」
「だ、黙れ!決定事項だ!これは神のご意志だ!逆らうことは許されん!公よ、これ以上、その異端者を庇うのであれば、貴様も、いやアンカジそのものを異端認定することになるぞ!それでもよいのかっ!」
陽和達を背に守るように立ち、堂々と宣言したランズィに、フォルビン司教は狂的な光をその瞳に宿しながら喚き立てる。
とても聖職者とは思えない振る舞いに、ランズィが冷めた眼差しを向ける中、陽和が傍までやってきて静かに問いかけた。
「………領主。本当にその判断でいいのですか?私は、領主として民と国のことを第一に考えるように言ったはずですが」
「ああ、確かにそう言っていたな」
「だったら、何故……」
ランズィの判断は陽和でさえ驚愕の決断だった。
伝説の邪竜と聞けば普通恐れるはずだ。どれだけ関係を築こうとも、一国の領主であるならばそんな爆弾を受け入れるはずがない。国民から非難の言葉を向けられるのではないかと考え、心底心配そうにしこちらのことを案じる陽和の問いかけにランズィは穏やかに笑うと実に清々しい様子で答えた。
「考えた結果だ。確かに伝え聞いた邪竜は恐ろしい存在だ。その力を受け継いだ貴殿のことも恐れるだろう。しかし、それは貴殿の人柄を知らなければの話だ」
「…………」
「人柄を知り、私は貴殿が伝説の邪竜とは違うのだと確信した。だから、私は優しく高潔な英雄である貴殿の味方であろうと決断したのだ。貴殿が成した功績、人柄を知れば、当然の決断だ」
そう言ってランズィは事の成り行きを見守っていた部下達に視線を向けた。陽和も誘われるように視線を向ければ、二人の視線に気がついた部下達は一瞬瞑目した後に覚悟を決めたように決然とした表情を見せたのだ。
瞳はギラリと輝いている。明らかに、「殺るなら殺ったるでぇ!」という表情だ。
教会の権威に対し真っ向から対立する姿勢に陽和は何度目かわからない驚愕の表情を浮かべ、やり取りを見ていたフォルビン司教は更に激高し顔を真っ赤にして最後の警告を突きつけた。
「いいのだな?公よ、貴様はここで終わることになるぞ。いや、貴様だけではない。貴様の部下も、それに与する者も全員終わる。神罰を受け尽く滅びるのだ」
「このアンカジに、自らを救ってくれた英雄を売るような恥知らずはいない。神罰?私が信仰する神は、そんな恥知らずをこそ裁くお方だと思っていたのだが?司教殿の信仰する神とは異なるのかね?」
陽和に続き、ランズィすらも挑発と取れる言動をとったことによりフォルビン司教はいよいよ怒りが吹っ切れたのか、再び無表情となり神殿騎士たちに攻撃の合図を出そうと片手を上げた。
このままでは激突は免れないだろう。
陽和は瞬時に動きを潰すべく動こうとしたその時だ。
カンッ!とと音を立てて何かが飛来し、一人の神殿騎士のヘルメットにカン!と音を立ててぶつかったのだ。誰もが、ぶつかった神殿騎士の足元を見れば、そこにあるのは小石だった。
一体なぜ?と疑問に思うも束の間、石は次々と飛来し、神殿騎士達の甲冑に音を立ててぶつかっていった。
何事かと石が飛来して来る方を見てみれば、いつの間にかアンカジの住民達が大勢集まり、神殿騎士達を包囲していた。
「何やってるんだ!教会!!」
「何で彼らに剣を向けてやがる!!」
「ヴァーミリオンさん達から離れなさいよ!!」
「私達の恩人から離れろ!!」
住民達は教会相手にも関わらず容赦なく言葉を叩きつける。彼等は、オアシスから発生した神秘的な光と、慌ただしく駆けていく神殿騎士達を見て、何事かと野次馬根性で追いかけて来たのだ。しかし、その先で神殿騎士が、自分達を献身的に治療してくれた“神の使徒”たる香織や、特効薬である静因石を大迷宮に挑んでまで採ってきてくれた陽和達を取り囲み、それを敬愛する領主が庇っている姿を見た。
何が起きているのかわからなかったが、彼等が国を救う為に奮闘してくれたのは誰もが知っているため、『教会のやつら乱心でもしたのか!』と憤慨したのだ。
そして、自分達の恩人を害そうとする教会の連中に敵意をあらわに少しでも力になろうと投石を始めたのである。
「………嘘、だろ」
領主に続き、住民達までもが陽和達の力になろうとしていることに、陽和はもう何度驚いたらいいかわからないぐらいに困惑していた。
「やめよ!アンカジの民よ!奴らは異端者認定を受けた神敵である!そして、そこの赤髪の男は邪竜の後継者だ!!奴等は危険であるが故に我らが討伐に参ったのだ!!やつらの討伐は神の意志である!」
フォルビンが、殺気立つ住民達の誤解を解こうと大声で叫ぶ。彼等はまだ、陽和が神敵であることや、ハジメ達が異端者認定を受けていることを知らない。それなら、司教たる自分が教えてやれば直ぐに静まるだろうと思ったのだ。
実際、聖教教会司教の言葉に、住民達は困惑をあらわにして顔を見合わせ、投石の手を止めた。その中で、邪竜の後継者という言葉には信じられないと驚愕をあらわにし陽和を凝視する者もいた。
フォルビン司教は想定通りになったことに笑みを浮かべ、民意を味方につけようとさらに言葉を続けようとした時、それよりも早くランズィの言葉が、威厳と共に放たれた。
「我が愛すべき公国民達よ。聞け!彼等は、たった今、我らのオアシスを浄化してくれた!我らのオアシスが彼等の尽力で戻ってきたのだ!そして、汚染された土地も!作物も!全て浄化してくれるという!彼等は、我らのアンカジを取り戻してくれたのだ!この場で多くは語れん。だが、邪竜の後継者である彼は、その力を我らを救うために使ってくれた!!我らを救うために動いてくれたのだ!!故に、己の心で判断せよ!救国の英雄を、このまま殺させるか、守るか。……私は、守ることにした!」
偽りなき本心をもって民に訴えかけるランズィ。
フォルビン司教は、「そんな言葉で、教会の威光に逆らうものか」と、「その程度で邪竜への恐れは消えない」と嘲笑混じりの笑みをランズィに向けようとしてが、次の瞬間、その表情を凍てつかせた。
カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!
住民達の意思が彼の思惑に反して無数の投石という形をもって示されたからだ。
「なっ、なっ……」
再び言葉を詰まらせたフォルビン司教に住民達の言葉がより苛烈なものとなって叩きつけられた。
「ふざけるな!俺達の恩人を殺らせるかよ!」
「教会は何もしてくれなかったじゃない!なのに、助けてくれた使徒様を害そうなんて正気じゃないわ!」
「何が異端者だ!お前らの方がよほど異端者だろうが!」
「きっと、異端者認定なんて何かの間違いよ!」
「香織様を守れ!」
「領主様に続け!」
「香織様、貴女にこの身を捧げますぅ!」
「おい、誰かビィズ会長を呼べ!“香織様にご奉仕し隊”を出してもらうんだ!」
「邪竜の後継がなんだ!!彼が静因石を命懸けで取りに行ってくれたのに変わりはねぇ!!」
「そうだ!!俺の家族は彼のおかげで助かったんだ!!」
「彼よりも、あんた達の方がよっぽど邪悪だわ!!」
「おい!他のやつも呼んでこい!!皆で俺達の英雄を守るんだ!!」
司教にとっては悪い意味で、陽和にとってはいい意味で住民達は彼らの予想を裏切り、陽和達一行を守ろうと気勢をあげた。
信仰心がないわけではないが、フォルビン司教に対する信頼よりも、陽和と香織への尊敬と感謝の念が上回っていたのだ。もっとも、フォルビン司教に元々信頼があるかは定かではないが。
事態を知った住民達が、呼びかけに応じて続々と集まってくる。彼等一人一人の力は当然のごとく神殿騎士には全く及ばないが、神殿騎士達を悠に超える数百の住民達から際限なく湧き上がる怒りと敵意にフォルビン司教や助祭、神殿騎士達は思わず怯みたじろいだ様に後退った。
「司教殿、これがアンカジの意思だ。先程の申し立て……聞いてはもらえませんかな?」
「ぬっ、ぐぅ……ただで済むとは思わないことだっ」
歯軋りしながら最後に陽和達を煮え滾った眼で睨みつけると、フォルビン司教は踵を返した。その後を、神殿騎士達が慌てて付いていく。フォルビン司教は激情を少しでも発散しようとしているかのように、大きな足音を立てながら教会の方へと消えていった。
「……本当にこれでよかったのですか?」
陽和が困惑の表情のままランズィにそう尋ねる。
自分達の身は自分達で守れるので、態々あなた達が庇う理由はなかったと言外に言ったのだ。雫達も、自分達のせいで王国や教会からの危機にさらされるのではないかと心配そうだ。
そんな彼らにランズィは何でもないように涼しい表情で答えた。
「気にしないでくれ、陽和殿。これが、“アンカジの意思”だ。素性はどうであれ、この公国に住む者で貴殿等に感謝していない者などおらん。そんな相手を、一方的な理由で殺させたとあっては……それこそ、私の方が“アンカジの意思”に殺されてしまうだろう。愛すべき国でクーデターなど考えたくもないぞ」
「………あの程度なら瞬殺できますが…」
「そうだろうな、貴殿ならば可能だろう。おそらくは、教会や王国の勢力が一丸になったところで、貴殿は容易く潰せるはずだ。そして、貴殿がかの赤竜帝の力を受け継いだというのが事実だと考えるのならば、貴殿と敵対するのは何があっても避けるべきこと。救国の英雄だからというのもあるが、半分は、貴殿らを敵に回さないためだ」
「………だとしても、普通なら躊躇うはずです」
強大な力を持つ相手に抵抗するか、抵抗しないかの判断はかなり難しいだろう。救国の英雄かつ、敵に回したくないからと言ってあんな短時間で決めていいことではないはずだ。
そう考えた陽和にランズィは我が意をえたりと笑った。
「それほど躊躇う問題でもない。信じられないような魔法をいくつも使い、未知の化け物をいとも簡単に屠り、大迷宮すらたった数日で攻略して戻ってくる。教会の威光をそよ風のように受け流し、百人の神殿騎士を歯牙にもかけない。万群を正面から叩き潰し、勇者すら追い詰めた魔物を瞬殺したという報告も入っている。それほどの強大な力を、貴殿らは我らを救うために使ってくれた。力の強大さには恐ろしさを感じる部分もあるが、それ以上に貴殿らへの感謝と信頼が恐れよりも圧倒的に上回っていたからこそ、私はあの場で決断した。今こそ我らが英雄に恩を返す時だとな。いやはや、父から領主を継いで結構な年月が経つが、その中でも一、二を争う英断だったと自負しているよ」
ランズィは自らの選択に対してそう自画自賛すると、周囲にいる住民達へと視線を巡らせながら答える。
「今回の決断の如何によっては、私は過去現在未来のアンカジ公国の歴史において、最も愚かな領主になっていたことだろう。貴殿らを守ろうとした行動は、必ずこの国の未来において重要なものとなる、そう直感したのだ」
国の未来を考えた上での決断と言われて仕舞えば、もう陽和は何も言えず困ったような笑みを浮かべることしかできなかった。そうでもしなければ、目の奥から熱いものが溢れ出しそうだった。
『相棒が本心で動いてたからこそ、彼らも相棒を信じてくれたのだろうな』
『そうだね。マスターの優しさがあったから、彼らも応えてくれたんだ』
『全くだ。この光景、ミレディ達にも見せてやりたかった』
ドライグとヘスティアの言葉には隠し切れないほどの感動があった。
ドライグは実際に知っており、ヘスティアもドライグの記憶を通じて知っていたからこそ、既に世界の敵と知られている陽和を教会に逆らってまで守ろうとするランズィ達の行動に驚くと同時に、賞賛をした。
(……ああ、お前らのいう通りだよ。これほどまでに嬉しいことなんて、そうそうない)
二人の言う通りだ。
彼らの判断は、正直なところとても嬉しかった。
普通ならこうも表立って教会の権威に逆らうなどありえない。かつての解放者達ですら、表立っては動かずに密かに水面下で集まっていたのだ。なのに、アンカジ公国では民達が一丸となって教会と対立した。
民達の結束力の強さに驚いたが、それ以上に彼の中では自分の行動が報われたという感動があった。
(………俺の道にはちゃんと意味があったんだな)
この旅路に不安がないわけではなかった。
ミレディやドライグ達解放者の想いを受け継ぎ、世界を解放することを誓って力を継承した。
世界の解放の為に神代魔法を求め、世界を巡る中で自分達は大勢の人を助けた。大勢の人と交流した。
その中で親しい友人と呼ぶに相応しい者もでき、そう簡単に裏返ることはないという自負もあった。けれど、その裏側では自身が赤竜帝の後継者だと分かった時に、これまでの態度が裏返ってしまうのではないかという不安がずっとあった。それほどまでに、この世界での信仰は恐ろしいものだと認識していたからだ。
今回いよいよ自身の素性が明かされてしまい、周囲がどんな反応をするのかわからなかった。
だが、蓋を開ければどうだろうか。
教会の威光に真っ向から対立してくれた。邪竜の後継者だと分かった後でも、自分達を恩人だと言って守るために動いてくれた。
それは、これまでの自分の旅路は間違っていないと言ってくれているようで、陽和はこれまでの努力が実を結びつつあるのだと実感できた。
そうして嬉し泣きしそうになるのを堪えている陽和の左右から雫とセレリアが無言でやってきて優しく寄り添い、雫が陽和の右手に自分の手を優しく添え、セレリアが陽和の背中を軽く叩いたのだ。
「……お前ら」
二人に視線を向ければ、穏やかな笑みを浮かべていた。何も言わないが、彼女達の嬉しそうに細められた視線から、『良かったね』と言っているように感じた。
陽和は小さく笑うと、わらわらと自分達の安否を気遣って集まってくるアンカジの人々と、それにオロオロしつつも嬉しそうに笑う香織達を見渡すと、ランズィに再び視線を向け深々と頭を下げた。
「領主。本当にありがとうございます」
「礼など不要だ、陽和殿。我々は砂漠の民として当然のことをしたまで。貴殿らの功績を考えれば、これでもまだ足りないぐらいだ」
「とんでもない。あなた方の行動は感謝しても仕切れないほどです。こちらこそ改めてお礼をしたいぐらいです」
「よしてくれ、貴殿にとってはただオアシスを浄化しただけかもしれないが、我々にとっては命を救われたに等しいのだ。今回のことは命を救った恩人に恩を返しただけにすぎない」
だから感謝される必要はない。そう言って肩をすくめる彼に陽和は笑みを浮かべながら右手を差し出す。
「そうですね。では、お互いに感謝してるということにしましょう。これからも、アンカジの皆さんと良き関係を築ければと思います」
陽和のこれからの友好を望む言葉にランズィは満面の笑みを浮かべ、陽和の手を握った。
「こちらこそ願ってもない話だ。この先の未来においても貴殿らとの友愛が末長く続いて欲しいものだ」
「はい」
握手を交わし、これからも友愛を続けていこうと言葉を交わす二人に、周囲の住民達は大歓声を上げる。
素性はどうであれ、救国を成した英雄と、我らが領主が確かな信頼関係を築き上げたことに大きな歓声が響き渡り、澄み渡った蒼穹に木霊した。
▼△▼△▼△
教会との一騒動から三日。
農作地帯と作物の汚染を全て浄化した陽和、雫、セレリア、ティオは、アンカジの街中を歩いていた。
陽和の顔に仮面はつけられておらず素顔が晒されたままだ。というのも、あの一騒動の時に陽和が邪竜の後継者だと判明した後でも、住民達は救国の英雄として接してくれているため、こうしてアンカジの中では、日の下を素顔を晒して行動できているのだ。
住民達も陽和達に好意的に接してくれており、陽和も外聞を気にすることなく行動できていた。
「このフルーツうまいなぁ」
「ね。特産品というのも納得だわ」
「私はジュースも気に入ったぞ」
「ふふっ、色々な調理法を試しておったからのぅ」
四人は街の露店でカットした特産のフルーツや、そのフルーツを使ったジュースを堪能し舌鼓を打っていた。全員このフルーツを気に入っており、ここ数日かなりの頻度で食べていた。特に、セレリアは毎食食べるほど気に入っていたし、自身の魔法で凍らせるなど工夫したりして食べたりとしていた。
フルーツを堪能している陽和は周辺の光景を眺める。
視線の先では笑顔と活気を取り戻した多くの人々がいた。露店で商売をする店主達。道をかける子供達。仲睦まじく歩く恋人達。子供と手を繋ぐ夫婦。
道を行き交う様々な人達は皆一様に、笑顔で満ち満ちていた。
「………発つ前にこの光景を見れてよかった」
かつてランズィと交わした約束である砂漠の民の活気に満ちた光景をみることができ陽和はとても満足だった。
当初は、汚染場所の再生さえすれば、特産のフルーツでも買ってさっさと出発するつもりだった。教会と騒動があった手前、好意的とはいえそう長居するのは迷惑だと判断したためだ。しかし、領主一家や領主館の人々、そしてアンカジの住民達にまで何かと引き止められて、結局、余分に二日も過ごしてしまっていた。
のんびり観光をして、アンカジの民と十二分に交流を交わした彼らは、今日アンカジを発つ。
これまでの反応から放っておけば出発時に見送りパレードまでしそうだ。正直悪い気はしないが、ハジメ達が気にするだろう。なんとかランズィに頼んで抑えてもらうよう考えた。そんなことを考えながら、陽和は足を止めて空を見上げながらぽそりと呟く。
「しっかし、アンカジでは色々あったなぁ」
「だな。これまで巡った中では1番の激動だった」
陽和の呟きに、旅の始まりから行動を共にしていたセレリアが同意する。思い返してみればこの国では目まぐるしいことばかりだった。
始まりは、毒で倒れたビィズを助けたことだった。その後、謎の毒の解決の為にアンカジを訪れ元凶の魔物を倒し、患者達の治療を行った。
そして、静因石をとりにグリューエン大火山へと潜り、大迷宮の攻略を始め、その途中でセレリアの兄魔人族の二大将軍のディレイド達と激闘を繰り広げた。
無事グリューエン大火山の大迷宮を攻略したものの、まさかのマグマの中に潜り海底火山へと出てエリセンに流れ着いた。
エリセンに流れ着いた後は、メルジーネ海底洞窟の大迷宮にも乗り出し、そこでドライグの過去を見た。
再生魔法を獲得したのちにアンカジへと戻りオアシスを浄化した後、教会に素性がバレ一触即発となったが、ランズィをはじめとしたアンカジの民達に守られ、受け入れられて今に至るのだ。
思い返せば、これまでの旅路の中でアンカジ公国が最も波乱に満ちていただった。だが、波乱に満ちていたが、得られたものは大きい。
「いろいろあったが、こういうのも旅の醍醐味ってやつだな」
「かもしれんのぉ。大変ではあったが、思い返せば刺激のある町だった」
「その刺激ってのが、激闘とか教会との一悶着ってのもなんとも言い難いけどね」
「それも私達らしいんじゃないか?なぁ、陽和」
「だな」
セレリアの言葉に陽和は実に清々しい笑みを浮かべる。こう波乱が数多くある旅路というのも、自分達らしい。確かに彼自身もそう思えたのだから。
そんなこんなで、宿代わりである宮殿に戻りハジメ達と合流したのだが、ユエ達の格好に雫お母さんからのお叱りが飛ぶ。
「…………あなた達、まだその格好してるの?もう直ぐ出発なんだから、早く着替えなさい」
「………お前ら、ずっとその格好だったのか?」
雫お母さんに続き、陽和お父さんからも呆れを含んだ言葉を投げられる。
「………ん、ハジメが物欲しそうだったから」
「うんうん、ガン見してたもんねぇ」
「ハジメさんが何も言わなかったので〜」
「うっ」
ユエ、香織、シアが実に軽い感じでハジメのせいにする。それを聞いた四人は揃ってジト目となり、ハジメに向けられる。ハジメは気まずさから視線を逸らした。
彼女達の格好はいわゆるベリーダンスで着るような衣装だった。チョリ・トップスを着てへそ出し、下はハーレムパンツやヤードスカートだ。非常に扇情的で、へそも出ている。この衣装を着て踊られたりしたら目が釘付けになること請け合いだった。
この格好はアンカジにおけるドレス衣装らしい。
領主の奥方からプレゼントされた雫達がこれを着て陽和達に披露したとき、ハジメの目が一瞬、野獣になった。
どうやら、ハジメはこういう衣装に非常に弱かったらしい。何せ、ユエだけでなくシアや香織にまで思わず目が釘付けになったのだから。
雫やセレリア、ティオにも釘付けになりかけてたが、隣で無言の圧を放つ陽和に恐れをなしチラリと見るだけにとどまった。
今まで、ユエ以外には碌な反応をしてこなかったハジメである。味をしめたシア達は、基本的に一日中その格好でハジメに侍るようになった。当然、そうなればユエも脱ぐわけにいかず、常に、ハジメの理性を崩壊させるような衣装で魅惑的に迫っていた。そのため、出発間際の今になってもこの3人は、エロティックな衣装のままなのである。
なお、ハジメを牽制した陽和だが、彼にとってもあの衣装はクリティカルだったようだ。
なにせ、誰にも気づかれてこそいなかったものの、衣装を見た際ちょうど菓子を食べていた手を止めるほどだった。一瞬で平静を装いつつハジメに牽制をしていたが、陽和もまたハジメ達と同じように、雫、セレリア……そして、ティオの3人の姿をハジメ達に気づかれないようにチラ見していたほどだ。
雫、セレリアは既に受け入れているためチラ見したところで問題はない。ただ、ティオまでその対象に入っていることに、ティオ自身すぐに気づきとても上機嫌になった。
以前、海底遺跡の時にティオが魅力的な女性であることを彼が認めている為、ティオのアプローチはより大胆となりユエ達に便乗して宮殿内ではその衣装でいるようになっていた。とはいえ、外ではユエ達とは違い普段の格好でいるようにしている。
それは、陽和にあまり外ではその衣装は着ないようにと雫、セレリア、ティオ3人に頼んでいたからだ。独占欲とも取れる言動に恋人である二人は当然のこと、ティオも嬉しそうにしていたのは言うまでもない。
そして、雫とセレリアはチラ見していたことは当然のように気づいており、3人だけの部屋ではそのドレスに着替えて陽和にだけ満足するまで披露していた。
夜が盛り上がったのは言うまでもない。
そんなこんなで紆余曲折あった陽和達は、結局領主含め大勢の住民に見送られながらアンカジを出発した。
▼△▼△▼△
少し時は遡り、場所は大陸の南の果ての王国。
【魔国ガーランド】
セレリアの故郷でもある、魔人族の王国だ。
そんなガーランドの王都中心に聳え立つ城、通称魔王城の、王都を一望できるテラスには一人の男が佇んでいた。
紫黒髪の魔人族の男性ーディレイド・ベルグライス。
その傍には、相棒たる紫黒竜・エレボスの姿もある。
「…………」
彼は眼下に広がる王都には目もくれず、濃紺色の眼差しは遥か遠くの地平線へと向けられていた。
相棒たるエレボスも主人と同じように、彼と同色の竜眼を細め地平線を睨む。以前より体躯が大きくなり、夜闇に溶け込むような深い紫黒色の鱗は畏怖を感じさせるような禍々しさを感じる。一人と一頭は地平線の先にいるかつて敵対した強者に対して最大限の警戒を滲ませているように見えた。
そんな彼らに後ろから声がかけられる。
「ディー」
「クレアか、どうした?」
彼に声をかけたのは
クレアと呼ばれた水色の瞳とウルフカットの髪が特徴の凛々しい女性は彼に歩み寄るとここに来た目的を告げる。
「フリード様が貴方を呼んでいるわ。1時間後に出撃するそうよ。貴方も準備してほしいって」
「そうか、分かった」
かねてより計画していた戦争の準備が整い、ようやく出撃することにディレイドは小さく頷くと地平線に背を向け準備に向かおうとしたがクレアがそれを止める。
「あなたがそんなに警戒するなんて、例の邪竜君はよほど強かったみたいね」
「……そうだな」
例の邪竜。つまりは、グリューエン大火山で対峙し引き分けとなった赤竜帝こと紅咲陽和だ。
グリューエン大火山での激闘の後、ガーランドに帰還したディレイドは魔王への報告をフリードに任せ、陽和の再戦に備えて自身を鍛え直していた。
以前からディレイドの事を知るクレアは、鍛え直す彼の姿を間近で見てきたからこそ彼の並々ならぬ様子に陽和の強さを感じ取ったのだ。
「あの男はこちら側にとって最大の障害だ。戦況を大きく左右するほどにな」
「それほどの存在なの?」
「ああ。引き分けこそしたが、次戦う時は更に強くなってるだろう。奴は己の強さの上に胡座をかくような男ではないからな、己を高めていると断言できる」
陽和がディレイドの事を警戒しているように、ディレイドもまた陽和の事を警戒しており、彼が引き分けの結果に満足するはずないと分かっていた。必ずや自分を鍛え直すことだろう。
だからこそ、自分も高めなければいけない。次の戦いの時、勝つのは自分であるために。
「戦争が本格化すれば奴らも介入するはずだ。特に赤竜帝は俺との決着の為に確実に来るだろう。俺が相手することになるだろうが奴の仲間達も厄介だ」
「確か、その中にはセレリアちゃんもいるんだったかしら?」
「ああ。セレリアと竜人族の女が二人だ。他にも白髪眼帯の男に金髪の娘、兎人族が一人いた。そちらも総じて手強い」
「ええ、フリード様とウラノスが深手を負わされたと聞いたわ。そっちも油断できないわね」
報告書によってグリューエン大火山での戦いの詳細を知っていた彼女は雫達だけでなくハジメ達の存在も危険人物としてリストアップする。話を聞いた当初は、兎人族が手強いなど何の冗談だと思ったが、二人の様子からそれが誇張ではないと理解したが故に、彼女も油断はしない。
「あの時セレリアは戦いに参加しはしなかったが、次に対峙した時は参加するはずだ。そうなれば、なおのことこちらが不利になる」
「………そうね、最初の獣魔兵《銀狼》であると同時に、神代魔法の使い手かもしれないのなら、当然警戒すべき相手。味方だと思っていたのに悲しいわ。どうして私達を裏切っちゃったのかしらね」
「………知らん。叶わぬ幻想に囚われているのは確かだがな」
「昔はあなたの後ろに隠れてたお兄ちゃんっ娘だったのに。反抗期かしら?」
小首を傾げながらクスリと笑うクレア。
まるで以前から彼女のことを知ってるような口ぶりだ。それも、幼い頃から。しかも、その物言いは妹の我儘に手を焼く姉のようにも感じ、先程の呼び方といいセレリアと彼女の距離感がただの知り合いのそれを超えていた。
そんな彼女の物言いにディレイドは「さぁな」と短く返す。
「何にせよ、次の戦いは俺達が奴らの相手をすることになる。赤竜帝は俺が、他の者達はフリードとお前達が引き止める必要があるだろう」
「分かってるわ」
「奴らさえどうにかできれば、他の人間族などどうにでもなる。勇者を始めとする神の使徒もたかが知れている」
これまで魔人族が人間族に仕掛けていた裏工作を悉く潰してきたのは陽和達だ。
ウルの町での十万の魔物達による豊穣の女神殺害計画を潰したのは陽和。
オルクス大迷宮での神の使徒勧誘あるいは殺害計画も潰したのは陽和だ。
先ほど入った報告の中にあったアンカジでの作戦失敗も陽和だった。
光輝達神の使徒は何も対処できていない。それどころか、相手にすらならない。だからこそ人間族の力量は底が見えた。神の使徒を召喚しようともそれは変わらない。陽和達をどうにかできれば、後は質と数でもって蹂躙できる。それに加え、
「俺達が奴らを倒せれば、それで我らの勝利になる。俺達『獣魔兵』が、この戦争を終わらせるのだ」
魔人族最強の英雄は断言する。
赤竜帝とその一行に勝つことが、戦争勝利への最短ルートになると。うちから湧き上がる戦意に瞳を竜のソレに変えながら断言する彼に、クレアも小さく笑い水色の瞳を獰猛に細める。
闘志を滾らせる二人の様相はまさに爪牙を研ぎ澄まし戦いに備える獣だった。