竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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最近、ゼンゼロにハマってます。

ライトとライカンがカッコ良すぎてやべぇ。
炎の拳と氷の脚とか何その対照的な組み合わせ。


65話 竜と獣の宴

 

 

時は過ぎ、陽和が竜化してブリーゼごとハジメ達を運び、王都へと飛ばし僅か一時間で王都近郊の森に到着すると、夜になるまで身を潜め、その間に各々装備を整えた。

 

全員が入念に装備を整え、ハジメが各アーティファクトのメンテナンスを行う。そして、冒険者の装備をしていて武装はしているがこの後のことを考えれば装備が心許なかったレイカの為に、陽和は以前作成していた雫の“龍刀・薄明”と同じく自らの素材を使用し武器と防具を作成していたアーティファクトを与えた。

 

武器の名は“竜剣・テンペスト”。彼女が普段から使い慣れている細い剣身の騎士剣型だ。銀色の剣身に翡翠の紋様状の魔法陣が刻まれている。風属性魔法、雷属性魔法を下級から最上級、果てには陽和のオリジナル魔法も計数種付与しており、彼女の魔法属性の適正に合わせて作った彼女専用の武器だ。

そして、防具の方は彼女の戦闘スタイルを考慮して籠手と胸当て、肩当てと軽装だ。全て陽和由来の素材であり、雫のとは違い翠色に染めている。防御系魔法と身体強化魔法、回復魔法を各部位に付与しており、継戦能力を底上げする仕様になっている。

勇者達が使う王都の宝物庫に納められているアーティファクトにも遜色を取らない性能に、リリアーナは何度目かわからぬ驚愕に目を見開き、レイカはあまりの感動に感極まっていた。

 

そして、時刻が夜となり、一行は三手に分かれて作戦を開始する。

 

まず一組目は愛子救出の役目を任されたハジメとティオ。

二人は陽和が王都全域に広範囲に感知をかけて王都に愛子はどこにもいないと把握した上で、神山の教会施設のどこかに監禁されてるだろうという陽和の推測の元、竜化したティオに乗って神山に向かう。

 

続いて二組目は、王宮の状況確認をするチーム、ユエ、シア、香織、リリアーナ、レイカの四人。

愛子救出後の預け先である重吾達が洗脳の影響をうけていないか、彼らが未だ安全なのかを確認する為に王宮の隠し通路を経由して王宮に潜入している。

 

最後に三組目が魔人族の大群を迎撃する陽和、雫、セレリアだ。

彼らは王都の中心にある大きな時計塔の天辺に移動し、全体の状況を俯瞰できるようにしつつ、いつ魔人族の軍勢が襲来してもいいように備えていた。

 

「……………」

 

深夜も近いこの時間でも王都では未だ人口の光が灯っており、アウトロー気取りやソレを相手にする商売人、夜番を務める兵士達、夜に行う必要のある依頼をこなす冒険者達が営みの光を咲かせており、そんな光景を時計塔の天辺から陽和達は見下ろす。

 

「………久々に見たが、王都のこの光景は変わらんな」

「そうね。いつ見ても夜も賑わってるわね」

 

久々に戻って来た王都の光景に陽和が懐かしさに目を細め、雫がその言葉に同意する。多くの激動を経て夜の街の賑わいは彼が王都から逃げる以前から変わらない光景であり、この後戦争が始まるとは思えない景色だ。

 

「…………」

 

王都の賑わいを穏やかな眼差しで眺めていた雫だったが、何かを思い出してか暗い表情を浮かべる。

 

「………この後戦争が始まっちゃうのね」

「……ああ。大軍用の大規模転移魔法陣もあった。確実に戦争は起きる」

 

雫の呟きに険しい表情を浮かべた陽和が答える。

王都に向かう途中、王都南方一キロほど離れた丘の上に空間転移の魔法陣を陽和達は見つけたのだ。無数の術式を刻んだ石板を地面に埋め込みソレらを点として巨大な魔法陣を形成する仕組みになっていた。

陽和が上空から魔力の気配を感じたが故に発見したが、結局ソレを破壊することはしなかった。

 

それは、ここで魔人族に大打撃を与える為だ。

あの規模の魔法陣ならば十万を超える軍勢の転移が可能だ。その転移した大軍勢を徹底的に叩き、軍備再編を強制的にさせる。魔人族の人口や戦力規模などを考慮すればここで徹底的に叩き潰すことで時間稼ぎをすることができる。

その間に、諸々の問題を解決させるとともに、残りの大迷宮を攻略し全ての神代魔法を獲得してエヒトとの決着をつけるという算段だ。少なくとも、規模にもよるがここであらかた殲滅すれば数ヶ月は時間を稼げるはずだ。

 

「………本当に()()が内通者だったのね」

「………ああ。過去再生までして確認したんだ。間違いはない」

 

だが、そんなことは今の雫にはどうでもいい話だ。

彼女は悲痛な表情を浮かべると、ぽつりと小さく呟く。その声音には怒りや悲しみが宿り複雑に入り混じっていた。

陽和がリリアーナの話を聞いた時点で想定していた内通者の存在。それが、王都近郊の大規模魔法陣の存在によって明らかとなったのだ。

魔人族がそれを直接仕掛けたとは考えにくい。なぜなら、南北の大陸を隔てる【ライセン大峡谷】には、魔人族の動向に備えるべく監視部隊が配置されているのだ。そのほかにもこの王都のまでの間には村や町もあり、関所だって存在する。それらを掻い潜ってあれだけの大規模な陣を展開するための下準備をするなど到底不可能。

それならば、内部の協力者がいるに違いない。何らかの手段で魔人族とコンタクトを取り、空間転移の魔法陣発動のための石板を仕込んだと考えるべきだ。

そして、そのコンタクトをとった内通者を陽和達は、“再生魔法”による過去視で知ってしまった。それは、陽和の予想通りであり、彼女を知る雫達にとっては信じられないものだった。正体を知った雫、香織、リリアーナはショックのあまり顔面を蒼白にしていたほどで、他の者達も誰もが不快感や怒りを露わにするほど。

 

それは、彼女が内通者だっただけではない。

彼女がしでかした所業も含めて、許せなかったからだ。

 

それだけ衝撃的であり、陽和達からすればエヒトに勝るとも劣らない胸糞悪い所業を彼女はしでかしたのだ。

 

「雫、今でも信じたくないという気持ちはわかる。だが、あいつが内通者なのも、あんなことをやりやがったのも事実だ。………あいつは、危険すぎる。言いたくはないが、どうしようもない場合は最悪殺すしかない」

「………ええ、分かってるわ。最悪の場合はそうするしかないって、でも……」

「ああ、分かってる」

 

陽和としてはもう彼女を殺すことに躊躇いはないが、雫の心情も理解できる。とはいえ、殺すと言ってもやりようはある。

 

「まぁ、神山の大迷宮にある魂魄魔法を使えるようになったら蘇生も自在だしな。殺すと言っても、今までとは違うだろうから、そこまで思い詰めなくてもいいんじゃないか?」

「………そんな簡単な話じゃないでしょ」

「そうだな。だが、今は無理に考えようとするな。魔人族との戦いのことだけ考えろ。考え事しながら勝てるほど甘い敵じゃない」

「………そうね。ええ、貴方のいうとおりよ、今は戦いに集中するわ。それで、終わった後にこの苛立ちを全部ぶつけるわ」

「ああ、それでいい」

 

今考えたところで仕方ないと割り切った雫に陽和は頷くと、次いでセレリアへと視線を向ける。彼女は二人の会話に参加せずにずっと、眼下の王都や魔人族が来ると思われる南方の丘の方に視線を巡らせていた。

その表情は険しく必死に自問自答を繰り返すような葛藤が宿っていた。だから、陽和はこれまでできなかった問いかけをする。

 

「………セレリア、戦えそうか?」

「……………ああ、もう腹は括った」

 

陽和が問うたのは同胞と戦えるかについてだ。

これまで、彼女は魔人族と直接戦うことはできていなかった。カトレアとバートの時はただ見ているだけで、ディレイドの時は泣くことしかできていなかった。

そして、今回対峙する相手は、兄を含めた魔人族の軍勢だ。これから、大勢の同胞と戦わなければいけない。彼らを止める為に、彼らを傷つけないといけない。

その恐怖を乗り越え、お前は同胞と戦えるのかとという問いかけに、セレリアは決然とした表情でそう答えたのだ。

陽和としては若干無理をしているように見えるからこそ、今の返答に一抹の不安を感じ再度問いかける。

 

「……本当に、大丈夫なんだな?」

「………大丈夫だ。少なくとも、これまでのようにはならない」

 

セレリアは自身の開いた右手を見下ろす。

そこにあるのは、狼の毛皮に覆われて鉤爪が鋭く伸びる変化した獣腕。最愛の家族の手によって化け物へと変えられてしまった証であり、同時に陽和という太陽に出会えたきっかけでもある。

この変化が自分の始まりだった。この姿になったからこそ、今の自分がある。だからこそ、自分の根底にある始まりを思い出しながら、己の覚悟を言葉にした。

 

「………オルクスの時も、大火山の時も、本来なら私が戦うべきだった。それを貴様に押し付けてしまっていた。バートさんとカトレアさんも、貴様が手にかけたがそれでも私が殺したと思っている。私が戦う決断をもっと早くにしていれば、また違った未来もあったはずだと今でも考えてしまうんだ」

「………………そう、かもな」

「だが、その未来はもうない。私が未熟だったから、腰抜けだったからこそ逃してしまった未来だ。だから、私は今度こそ兄さん達と戦おう。次こそ私自身が望んだ未来を得る為に、私はもう怯えるのはやめる」

「……………」

 

セレリアはずっと悔いていた。

カトレアとバートを殺す決断を陽和にさせてしまったことを。ずっと彼の後ろで怯えてしまっていたからこそ、本来自分が背負うべき咎を彼に背負わせてしまった。

そのことを彼は責めていない。彼女が背負えない分は自分が背負うと言ってのけるほど優しいから、彼女の自責にも悲しげな表情を浮かべてくれている。

だが、ソレではダメなのだ。それでは、今までと変わらない。彼の優しさに甘えるだけの臆病な負け犬だ。

だから、とセレリアは見下ろしていた右手を強く握り拳を作ると、陽和と雫に吹っ切れたような表情を向けながら堂々と告げる。

 

「陽和、雫、今まで押し付けてすまなかった。随分遠回りをしたが、ようやく決心がついた。私は兄さんを、同胞達を救う為に彼らと戦う。だから、どうか力を貸してほしい」

 

頭を下げて助力を求めるセレリア。

同胞と戦う恐怖を乗り越え、戦う覚悟を決めた彼女の求めに、二人の返答は既に決まっていた。

 

「無論だ。いくらでも力を貸してやる」

「当然よ。あなたの為にこの刃振るうわ」

 

恋人だから。親友だから。既に二人にとってセレリアはかけがえの無い存在になっているからこそ、彼女の願いを叶えることに助力は惜しまない。己にできる最大最高の手助けをすると誓った。

そして、二人の助力にセレリアが頭を上げ表情を綻ばせた瞬間、

 

「っっ‼︎」

「「………っっ‼︎」」

 

まず陽和が気づき、少し遅れて二人が気づき顔を上げる。

その視線の先は王都南方の丘。魔人族の巨大転移魔法陣がある。その魔法陣を発動する為に地面に埋め込まれた石板が光を灯し始めたのを、彼らは優れた視力で確認した。

 

『………相棒、魔法陣が起動したぞ』

『転移まで時間的に5分ぐらいだね』

 

陽和と同じく状況を把握した相棒達が簡潔に状況を伝えてくれた。丘に浮かぶ小さな光は、次第に数を増していっている。その光からは確かな魔力の高鳴りを感じる。

ソレが意味するのは、魔人族の大軍勢が転移してくるということだ。その時が来たのだと表情を引き締めた三人は遠く離れた先で浮かび上がる光をまっすぐに見据える。

陽和は念話石に魔力を込めながら全員に連絡を取る。

 

『全員聞こえるか。今しがた転移魔法陣の起動を確認した。5分後に出現する予想だ。魔人族の軍勢が出現し次第俺達が対処する。各々状況はどうなってる?』

『こっちはもう直ぐ教会の本部に着く。少し離れてはいるが、先生の気配も掴んだ』

『………こっちも概ね順調。使徒の気配はない』

『了解だ。ならば、各々の役割を果たせ』

 

ハジメ、ユエからそれぞれ報告を受け状況を把握した陽和は手短にそう伝えると通信を切り、左右に並び立つ二人に声をかける。

 

「二人とも、行くぞ」

「ええ」

「ああ」

 

そして、陽和と雫は翼を広げ飛び上がり、セレリアは宙を蹴って天頂に月が輝く夜空を駆け上りその光の元へと向かった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

———パキャァアアアアアアンン‼︎‼︎‼︎

 

 

 

深夜の王都にガラスが砕けたような破砕音が響き渡り、凄まじい衝撃波が王都の町々を駆け抜ける。

王都の夜空には魔力の粒子がキラキラと輝き、舞い散りながら霧散していく光景が広がっていた。

 

その輝きは、王都を守る大結界が破られたことにより生じたもの。

 

王都には数百年に渡り魔人族の侵攻から王都を守ってきたアーティファクトが存在している。

それは大結界と呼ばれ、莫大な魔力を注ぐことで三つのポイントに障壁を形成する神代のアーティファクトだ。王都の守りの要であり、戦争を拮抗状態にさせてきた理由の一つでもある。

そんな絶対守護の障壁が、一瞬のうちに破られたのだ。

 

そして、今まさに第二障壁も破られ、閃光が奔る度に第三障壁が軋む。王都を覆う光の幕のようなものが、激しく明滅し軋みをあげて姿を現している。

内側に行けば行くほどに展開規模は小さくなるのでその分強度も増していくはずだが、最も強固な第三障壁が数度の攻撃で既に悲鳴をあげているのを見れば、五分とたたずに破られるだろう。

 

ソレを成しているのは二頭の竜。

 

「グオオォォォォォォォォォォォッッ‼︎‼︎」

「クゥルゥアアアァァァァァァァッッ‼︎‼︎」

 

魔人族と魔物の大群の上空に君臨し、背後に無数の紫竜と灰竜を従える紫黒竜・エレボスと白竜・ウラノスだ。

お互い背には相棒たる男達の姿はないが、事前に指示されていたのか二頭とも顎門に光を収束させて、かつてグリューエン大火山で陽和を急襲した時のように二つのブレスを合わせて王都の障壁を破壊しているのだ。

以前よりも破壊力が上がっているのだろう。太さも宿る魔力量も数段階上がったそのブレスは、数百年王都を守り続けてきた結界に容易く傷を入れていた。

 

結界が破られたことに気がつき、王宮内も騒がしくなり、あちこちで光が灯り始める。

それは王都も同じであり、王宮と同じように大混乱に陥っていた。

人々は家から飛び出しては砕け散った大結界の残滓を呆然と眺め、そんな彼等に警邏隊の者達が「家から出るな!」と怒声を上げながら駆け回っている。決断の早い人間は、既に最小限の荷物だけ持って王都からの脱出を試みており、また王宮内に避難しようとかなりの数の住人達が門前に集まって中に入れろ!と叫んでいた。

夜も遅い時間であることから、まだこの程度の騒ぎで済んでいるが、もうしばらくすれば暴徒と化す人々が出てもおかしくないだろう。王宮側もしばらくは都内の混乱には対処できないはずなので尚更だ。なにせ、今、一番混乱しているのは王宮なのだ。全くもって青天の霹靂とはこの事で、目が覚めたら喉元に剣を突きつけられたような状態だ。無理もないだろう。

彼らも急いで迎撃体制を整えているが………

 

 

———パキャァアアアアアアンン‼︎‼︎‼︎

 

 

間に合わなかった。

遂に最後の結界が破られ、残るは王都を囲む石の外壁だけとなった。その相当な強度を誇るであろう防壁を破るべく、大地を鳴動させながら魔人族の戦士達と、神代魔法により生み出された魔物達が大挙して押し寄せる。大地だけでなく、空からも飛行型の魔物が飛び交い、外壁を飛び越えようとする。

 

その時、ソレは降り注いだ。

 

 

———————————————ッッッッ‼︎‼︎‼︎

 

 

突如、夜天に轟音に等しい咆哮が轟いた直後、降り注ぐは極太の紅白の閃光。

天地を結ぶ光の柱は、たった今まさしく外壁を飛び越え王都に侵入しようとした飛行型の魔物達や、外壁に突撃を仕掛ける魔物達、外壁を破るべく魔法を組み上げる魔人族達、その最前線にいたもの達を例外なく呑み込み焼滅させる。

大地を破壊し、大気を焼き焦がし、闇を切り裂く陽光が如き閃光は横へと動き、外壁と魔人族の軍勢の間に行く手を阻むかのように深い亀裂を生じさせる。

目算にして凡そ2km。大地を線を引くように深い亀裂を作ると、その閃光はフッと空気に溶けるように消えた。

 

突如降り注いだ天罰が如き極光に、攻撃を仕掛けようとしていた魔物や魔人族も、外壁上部や中程に詰めて応戦しようとしていた王国の兵士達も、種族関係なく誰もが呆然とし、動きを止める中、

 

 

 

グゥガァァァァァアアアァァァァァ——————ッッ‼︎‼︎‼︎‼︎

 

 

 

天地を揺るがす帝王の咆哮が轟いた。

種族関係なく大半が恐嚇にその身を強張らせて、恐怖に身を震わせる。そして、恐怖に身を震わせる者達は己の視界に光がさしたのを感じた。

深夜で月光の淡い輝きしかないはずなのに、太陽が突如現れたかのような赤い光だ。何事かと空を見上げた彼らは、一気に顔面を蒼白にさせる。

 

空を見上げた彼らの視界に写ったのは、無数の煌々たる赫灼の輝き。空を赤く燃え上がらせながら、刻一刻と大きさを増していくソレらの正体は巨大な雷炎の塊だ。

 

「た、退避ーっ‼︎」

「む、無理だっ、間に合わなっ……」

 

隕石が如く降り注ぐソレらは魔人族達が逃げるまもなく大地に着弾するや無数に爆発を引き起こし、魔物と魔人達を木っ端微塵に爆殺していく。

爆発音の中に無数の悲鳴や絶叫が響く中、力強い羽ばたきの音と共にようやく、この強襲を仕掛けた者が姿を現した。

 

『ガァァァァアアアアアッッ‼︎‼︎』

 

燃え盛る大地に降り立ち、咆哮を上げるのはこの場のどんな魔物よりも巨大な体躯を誇る勇壮な赤竜だ。

赤竜は咆哮を上げると、萎縮し戸惑う魔人と魔物達に狙いを定めると顎門を大きく開き襲いかかった。

先頭にいた魔物達をその牙で噛み砕き丸呑みにしながら、足元の魔人族たちを踏み潰し、尻尾で薙ぎ払う。

 

「あ、赤い竜だとっ⁉︎」

「な、なんだこいつはっ⁉︎」

「た、助けてっー」

 

魔人と魔物達を次々と蹂躙する光景に、驚愕する魔人族達。

だが、流石は戦士だ。慄きながらも、遠方にいた者達が指示を飛ばしてどうにか陣形を整えさせ、魔物達に指示を出しつつその赤竜を倒すべくすぐさま上級魔法を詠唱する。

その間の時間を稼ぐべく、魔物達が暴れ回る赤竜に果敢に立ち向かう。体長4mもあるサイクロプスもどきがメイスを振りかぶり、体長5mほどのイノシシ型の魔物が風を纏って突進してくる。更には、一際巨体を誇る10mほどの象型の魔物が長い湾曲した牙から雷を迸らせつつ、鼻先から炎を噴き出しながら赤竜へと地面を踏み鳴らしながら襲いかかる。

周囲から数十体もの魔物達が赤竜一体に狙いを定めて襲いかかる。ソレに対し、赤竜は牙を剥いて獰猛に笑うと真っ向から迎え撃った。

 

『ガァルゥァァッッ‼︎‼︎』

 

まず、正面から鼻を揺らしながら迫る巨象の突進を受け止めると、後頭部に牙を突き立てて10mの巨体を易々と持ち上げる。足をバタつかせながらも死に際の抵抗か牙から雷を放ち、鼻の炎で赤竜を焼こうとするもののソレらは全く意に介されることない。

そして、巨象を持ち上げた赤竜は、

 

『グゥオォォォォォォォォォッッ‼︎‼︎』

 

くぐもった咆哮を上げながら首を勢いよく動かして、左方面から迫る魔物の群れ目掛けて巨象を叩きつけた。

魔物達が例外なく叩き潰され、地面が捲れ上がるほどの衝撃が地面を駆け抜けて、まだ無事な魔物たちがよろめいてしまう。その致命的な隙を前に、赤竜は噛みちぎった巨象の頭部を吐き捨てると悠然と動き残りの魔物達に襲いかかる。

サイクロプスもどきをアリを潰すかのように容易く踏み潰し、イノシシ型の魔物を喰い千切り肉片をばら撒く。残る数体の象型の魔物達は、頭を捩じ切られたり、胴体を大きく抉られたり、炎で焼かれたりと一際強大であったがゆえにより無惨に殺される。他の魔物達も炎で焼かれ、足や尾で潰され、尻尾で薙ぎ払われ、鉤爪に切り裂かれ、牙で食い千切られる。

30秒もかからずに周囲の魔物達を鏖殺した赤竜に、戦慄の眼差しを向ける魔人族だったが魔法の準備が整ったのか、1人が声を張り上げる。

 

「放てぇぇっっ‼︎」

 

そうして放たれたのは、巨大な炎の塊や、竜巻、雷光、吹雪などなど各種属性の上級魔法だ。

魔法に長けた魔人族達の魔法だ。見事な連携であり、通常ならば、絶望に表情を歪めるだろう。

だが、悲しいかな、彼らは通常の存在ではない。

暴れ回る赤竜の背から二つの人影が飛び出し、瑠璃と紫の二色の魔力を迸らせながら叫んだ。

 

「“波城壁”ッッ‼︎」

「“魔氷壁”ッッ‼︎」

 

展開されるは、水と氷が混ざり合う二重障壁。

それらは降り注ぐ上級魔法の雨を完全に防ぎ切った。魔法の衝突により爆煙が生じる。立ち込める煙が収まった時、彼らは煙の中に赤竜の影のほかに人影を二つ見た。

煙が晴れ露わになった二人を見た瞬間、緊張と動揺に強張る魔人族達の表情が驚愕に歪む。

まだ若い女達だったからでも体の一部を竜や獣のそれに変えていたからではない。片方の女に全員が見覚えがあったからだ。

それもそうだ。彼女は自分達の英雄の妹なのだから。見間違うはずもない。

 

「……セレリア、様」

「……何故、あなたが……」

 

魔人族達が彼女の名を呼び、どうしてと声を震わせる。

それはカトレアが彼女を見た時の反応と同じだ。だが、以前と違うのは、セレリアは静かな眼差しを向けるだけでなく籠手を構えたことだろう。

それだけで魔人族達は察してしまった。彼女は、最初の獣魔兵《銀狼》が本当に敵に回ってしまったのだと。

 

「……っっ、雫‼︎陽和‼︎」

「ええ‼︎」

『ガアァァァァッッ‼︎』

 

そして、魔人族達が更に言葉を続ける前に、セレリアは悲しみを押し殺すように歯を食いしばりながらも、声を張り上げ雫と共に飛び出した。遅れて赤竜ー陽和も雄叫びを上げながら空へと飛び上がる。

 

「ぜ、全員かまっ、ぎゃっ⁉︎」

「は、速すっ、かぺっ⁉︎」

 

仲間達に咄嗟に指示を出そうとしていた魔人をセレリアが氷の鉤爪で切り裂き、その速度に驚愕する魔人の頭を雫が刀で貫く。そこから始まるのは、二人のスピードファイターによる疾走の蹂躙だ。

 

「“水刃・(まどか)”」

 

雫がくるりと身を翻しながら周囲の魔人族を7名を水の刃を円状に放ち切り裂く。全員が胴体をずるりとずらしながら崩れ落ちた。

一瞬にして仲間達が両断されたことに戸惑う魔人達に雫は一呼吸の間に懐に潜り込むと、人垣を縫うように駆け回りながら、胴体を切り裂き、首を飛ばしていく。

 

「“青槍・千輪”」

 

水の槍を無数に展開してマシンガンが如く乱射して周囲の敵を上空含めて貫いていく。貫かれた魔物達が撃墜され、魔人達が体に無数に風穴を開けて血を噴き出しながら倒れた。

 

「“氷魔爪・顎門(あぎと)”」

 

セレリアは両手の氷の鉤爪を巨大化させて、前方のイノシシ型の魔物に騎乗する魔人族達に向けて振るって顎門を噛み合わせるように両手を閉じ、途中魔物達の肉を抉りながら、一際大きいイノシシ型の魔物を叩き潰す。

その時、攻撃直後の隙をついて後方から黒い鷲のような魔物が急降下してきた。

甲高い雄叫びを上げて迫ってきた黒鷲だったが、セレリアは後ろを見ずに手を伸ばしてその頭部を掴むと、喉元に牙を突き立てて喉笛を噛みちぎる。

 

「…………」

 

セレリアは容易く絶命した黒鷲の死体を投げ捨てると、魔物達に狙いを定めると狼の如く四つん這いになり駆け抜ける。

紫の閃光となった彼女は駆け抜けた先で鉤爪に付着した血を払う。それと同時に進路上にいた魔物達が喉から血飛沫をあげて崩れ落ちた。

速度に特化した二人は青と紫の閃光と化してわずか十数秒にして魔物と魔人を百数体蹂躙したのだ。あまりにも異常な強さに魔人族達が絶句する中、上空を舞う陽和は飛行型の魔物達を蹂躙していく。

 

「撃て撃て撃てぇっ‼︎」

「あの竜を殺せぇっ‼︎ 」

 

騎乗する灰竜と紫竜に指示してブレスを以って陽和を撃墜さんと躍起になる魔人族達。それを冷徹な眼差しで見下ろす陽和は、それらを前に全身の灼熱を解き放った。

 

『グゥオォォ‼︎‼︎』

 

彼の全身から放たれた炎がブレスを一瞬にして焼滅させ、灰竜と紫竜の群れを、それに騎乗する魔人族諸共焼き尽くした。死を意識する間もなく焼滅し、地面へと落ちていく中、今度は黒鷲に騎乗する魔人族達が巨大な竜巻を纏わせながら突貫してきたのだ。

 

『……無駄な足掻きを』

 

それを睥睨する陽和は牙を剥き出しに唸ると、両腕を前に伸ばす。前方から突っ込んでくる黒鷲二体の突撃を真っ向からその腕で受け止めるとグシャリと握りつぶしながら、左から頭部めがけて突っ込んでくる黒鷲を開いた顎門で噛み潰し、背後から迫る黒鷲四体を纏めて尾で薙ぎ払った。

そして、遠巻きに様子を伺う黒鷲に跨る魔人族達に狙いを定めると、大きく息を吸いブレスを解き放つ。

ある程度距離を保っていた魔人族達が慌てて回避しようと動くものの、回避など間に合うはずもなく十数体の黒鷲は例外なく焼滅させられる。

自身の周囲からあらかた敵が消えたのを確認するや、陽和は竜化を解いて人型へと戻り鎧を纏うと戦場を上空から俯瞰する。

 

『………奴らの姿がどこにもないな』

『ああ。大規模転移をしたからだろうか、魔力を回復させてるのかもしれん』

『あれだけの規模だ。いくら獣魔兵になって魔力を増やして、フリードと共にやったとしても消耗は避けられないだろうからね』

 

陽和はディレイドの姿を探していたのだが、肝心な彼の姿がどこにも見つからない。エレボスとウラノスの背に二人が乗っていなかった時点で、転移で消費した魔力を回復しているのだと察しがついていたが、まだ現れる気配がなかった。

それならば、陽和のやることは変わらない。

 

『奴が出てくるまで軍勢を叩き続けるだけだな』

 

そういうと、陽和は大地へと降り立つ。

燃え盛る大地に降り立った陽和の周囲には少し距離を取りながら包囲する魔人族達の姿がある。その中の一人が恐怖に顔を青ざめながら、声を上げる。

 

「な、なんだ貴様はっ‼︎なぜ、竜人族が人間族の味方をしているっ‼︎‼︎」

 

赤竜から人へと戻る姿を見たからか、彼が竜人族だと気付いたようだ。そんな彼らに陽和は素顔を露わにし竜聖剣を鞘から抜き放つと魔人族達に向けながら、己の正体を告げた。

 

『我は赤竜帝。神の愚行により始まったこの戦争を止めるために来た。命が惜しくば撤退しろ。それでも、向かってくるのならば命の保証はしない』

「赤竜帝だとっ⁉︎」

「なら、この男が邪竜の力を受け継いだ者かっ⁉︎」

 

目の前の男が伝説の邪竜の後継者だということに少なからず動揺する魔人族達だったが、隊長格らしき男が気丈に声を張り上げた。

 

「舐めるなっ、我らは誇り高き魔人族だっ‼︎‼︎たとえ、伝説の邪竜が相手だとしても我らの大義は揺るがんっ‼︎‼︎」

『………そうか、残念だよ』

 

隊長の言葉が恐怖を打ち消したのか、他の魔人族達は一層敵意と殺意を滾らせ徹底抗戦の意志を示したのだ。

その反応に悲しげな声音で小さく呟いた陽和は、竜聖剣に雷炎を宿らせ地面を蹴り彼らに襲い掛かる。

魔物と魔人族が陽和を迎え撃つべく一斉に魔法を放った。

大気を焼き尽くす炎槍が乱れ飛び、殺意の雷が鉄槌となり降り注ぎ、水の刃が縦横無尽に切り裂き、無数の竜巻が唸りをあげ迫り、氷雪の魔弾が連打され、石化の礫が夜天を駆け抜けた。

四方八方が攻撃の嵐で埋め尽くされるが、陽和は全く動じずに小さく一言。

 

『“浄火の大光盾”』

 

彼の言霊に応じ出現するは、燦然と輝く光炎の障壁。

鮮やかな紅白の障壁が猛進する陽和を球状に包み込む。その直後、殺意の嵐が彼に降り注ぎ土煙をあげるものの、すぐさま土煙から依然燦然とした輝きを放つ障壁を纏う無傷の陽和が姿を現した。

 

「バカなっ⁉︎」

 

全ての攻撃が届かなかったことに隊長が驚愕に目を見開く中、攻撃を突破した陽和が隊長の眼前に躍り出て騎乗している魔物ごと爆砕する。爆散した血肉が周囲に降りかかる中、死体を踏みつける彼は雄叫びと共に魔力を解き放つ。

 

『“劫爆震天”ッ‼︎』

 

一瞬で魔力を込めて一呼吸の間に発動し衝撃波と炎熱を以って周囲の空間を魔人、魔物諸共爆砕する。

周囲の敵が木っ端微塵に爆散し、その影響で生じたクレーターの中心に佇む陽和は次の敵へと狙いを定めようと視線を巡らせていたが、急速にこちらへと接近する気配を捉えた。

 

『相棒‼︎』

『ああ‼︎ようやくお出ましだな‼︎‼︎』

 

相棒の言葉に待ってましたと言わんばかりに兜の下で瞳を鋭くさせた陽和はその気配の方向へと視線を向ける。そこにいたのは予想通りディレイドであり、エレボスに乗りこちらへと迫っていた彼はエレボスから飛び降りると、空中に障壁の足場を作りそれを勢いよく蹴って陽和へと急降下したのだ。

 

『来たな‼︎ディレイドっ‼︎‼︎』

「これ以上お前の好きにはさせんぞ‼︎赤竜帝‼︎」

 

既に“天魔転変”を終え竜人となったディレイドは振りかぶった右拳に雷闇を纏わせており、対する陽和も左拳に炎雷を宿し迎え撃つ。

二つの拳が激突した瞬間、轟音が鳴り響き莫大な衝撃波が戦場を駆け抜け、周囲の地面に亀裂を刻んだ。

爆心地の中心にいる2人は、しばらく拳をぶつけ拮抗していたがやがてお互いの体を弾き飛ばし強引に距離を取らされる。

距離を取らされたが為に、陽和は自ら距離を詰めようと足に力を込めたその時だ。

 

「…っ‼︎」

 

ディレイドの後方から人影が二つ飛び出し陽和を強襲してきたのだ。その仕掛けてきた人物は2人とも、魔人族としての特徴に獣の身体的特徴が混ざっている。

片や黒髪のウルフカットの女性は頭部に虎の耳らしきものがピンと生えており、四肢は金の縞模様がある黒い毛皮に覆われ鉤爪が伸びており、腰からは黒い虎の尻尾が生えている。

片や、青い髪を腰のあたりまで乱雑に伸ばしている女性は耳が海人族と酷似した魚のヒレ状になっており、四肢は硬質な蒼い皮膚に覆われ、鉤爪は鋭い。肘と背中には鮫の鰭が生えており、腰からは鮫の尾が生えている。

虎の特徴を持つ女性が双剣に青い炎を纏わせ、鮫の特徴を持つ女性が槍に赤い水を纏わせており、それらを構えて陽和を左右から強襲してきたのだ。

獣魔兵と思われる敵の存在に陽和は当然気づいており、迎撃すべく障壁を展開しようとしたが、その必要はなかった。なぜなら、

 

「「っっ‼︎‼︎」」

 

陽和の左右から雫とセレリアが飛び出してきて彼女達の一撃を受け止めたからだ。

雫が鮫女の緋水を纏う槍を青水を纏わせた刀で受け止め、セレリアが虎女の蒼炎纏う双剣を紫氷を纏わせた籠手で受け止める。甲高い音が響き、陽和とディレイドの間で鍔迫り合いする4人だったが、セレリアが自身が受け止めた虎女の素顔を見て目を見開く。

 

「っっ、クレアさんっ、あなたもっ」

「久しぶりねぇ、セレリアちゃん。少し見ない間に逞しくなったわね」

 

クレアと呼ばれた虎の魔人は水色の瞳を細めると穏やかな声音でくすりと笑う。ソレに対し、セレリアはバートに続きまたしても知り合いの人物が獣魔兵になっていることに衝撃を受けていた。

そして、雫と鍔迫り合いする鮫女にも同様の視線を向けて彼女の名も呼ぶ。

 

「シャルフィさんまで……」

「はっはは、久しぶりだなぁセレリア。随分とまぁ立派になっちまって。まぁ、反抗期も程々にしておけよ」

 

シャルフィと呼ばれた鮫の魔人は、好戦的な笑みを浮かべながら粗暴な口調でセレリアへと笑いかける。2人ともセレリアに向ける眼差しは敵に対するソレではなく、本当に知り合いに向けるソレであり、久々の再会に純粋に喜んでいるようにも感じた。

 

「セレリア‼︎しっかりしなさい‼︎」

「……っ、ああっ‼︎」

 

セレリアは兄だけでなく既知の2人までもが獣魔兵になっていることに驚くも、雫の声にすぐさま表情を引き締めるとクレアの双剣を弾く。クレアは追撃を仕掛けずにバックステップし下がるとディレイドの元まで下がり彼の隣に並び立つ。

雫とシャルフィも同じようにお互いを弾き、陽和達の横に並び立つ。

 

「ディー、ごめんなさい。失敗しちゃったわ」

「構わん。奴は不意打ちでどうにかなる男ではない」

「つーか、セレリアとあの女もなかなかの使い手だなぁ。こりゃ、戦い甲斐があるぜ」

 

クレアはディレイドに強襲が失敗したことを詫びるが、シャルフィは雫の強さを感じ取ったのか好戦的に笑っている。それだけで2人の性格が窺える。

対して、陽和は隣に立つ悲しげな表情を浮かべるセレリアに問いかける。

 

『セレリア、一応聞くがあの2人は強いか?』

「………ああ、2人とも冒険者だった。雫、気をつけろ。あの2人は獣魔兵になる以前から強い。バートさんと同等クラスだと思ってくれていい」

『そうか、強敵だな』

「ええ、あの鮫女達人クラスの槍の使い手よ」

 

強者ほど一合目の鍔迫り合いで相手の力量を把握できるものだ。雫も十分に強者の類であるからこそ、鮫の獣魔兵シャルフィの強さをじかに感じ取り、薄明を握る両手に力が籠る。

陽和の左右に雫とセレリアが、ディレイドの左右にクレアとシャルフィが、それぞれ並び立ち相対する中、ディレイドが感心の声を上げる。

 

「やはり生き延びていたか、赤竜帝。よもや、あの困難な状況から生き延びようとは、見上げた悪運だ」

「はっ、あんなの困難なうちにはいらねぇよ。残念だったな」

「減らず口は変わらんようだ」

 

陽和の返しに小さく笑ったディレイドは、陽和に告げる。

 

「それで?たったの三人で我ら魔人族が精鋭獣魔兵と他十数万の軍勢を相手するつもりか?だとするならば、随分と舐められたものだな」

「そうか?お前ら獣魔兵ならともかく、他の雑兵共は数に入らない。片手間に殲滅できる」

 

陽和の挑発にあちこちから殺意が向けられる。言わずもがな、陽和達を包囲している魔人族達だ。

誇り高き魔人族の戦士としてのプライドが、彼の発言を許せなかったのだ。

だが、そんな侮辱にディレイドは特に反論することもなく、隣に立つセレリアへと冷徹な眼差しを向ける。

 

「………セレリア、これが最後だ。俺達の元に戻れ。今ならばまだアルヴ様も許してくれよう。今一度、獣魔兵『銀狼』としてアルヴ様に信仰を捧げ「却下だ」………なに?」

 

途中で被せるように否定の言葉を告げたセレリアにディレイドは訝しむ表情になる。だが、直後目を見張った。

それは、セレリアがこれまで見たことのない力強い意志の宿る眼差しをこちらに向けていたからだ。

 

「却下と言ったんだ、兄さん。私は兄さん達の元に戻る気はない。アルヴなんていう外道にも信仰を捧げる気はない。逆に私から兄さんに一つ聞きたいことがある」

「………ふむ、妹の頼みだ。最後ぐらいは聞いてやろう、何だ?」

「何故、他種族の者達と手を取り合おうとは考えないんだ。戦争はお互いを傷つけるだけだ。互いを傷つけないで済む方法があるなら、それに可能性を賭けるべきじゃないのか?」

 

セレリアは対話の末の和解の可能性を示す。

異教徒だからと殺し合うのは不毛だと。傷つけ合うだけの所業に何の意味があると問うたのだ。

これに対し、ディレイドは心底理解ができないと切り捨てた。

 

「論外だな。何故、異教徒と手を取り合わなければいけないのだ。アルヴ様の崇高なご意志によって作られる世界こそ理想。そこに異教徒の存在は不要だ」

「…………そうか、やはり私にはその考えは理解できないな」

「ならば、我らの敵となるがいいんだな?」

「……………正直、兄さん達とは戦いたくないよ。クレアさんとも、シャルフィさんとも、皆昔から世話になった人達ばかりだ。そんな人達と戦いたいわけがない。それでも、戦う理由が私にはある」

 

拳を握り締め明確な戦闘の意思を示しながら、紫の魔力を迸らせながら彼女は告げる。

 

「だから、私は戦う。家族を、同胞を救う為に!!」

 

真っ向から戦いの意思を示し吼えるセレリアに、ディレイドは僅かに目を細めると、

 

「………わかった。ならば、もう何も言わん。お前はもう俺達の敵だ」

 

それだけ言ってディレイドは覇気を迸らせる。

彼の背後に降り立ったエレボスも彼の覇気に答え低い唸り声を上げる。そして、クレアもシャルフィも彼らに呼応するように戦意を激らせる中、陽和が覚悟を決めたセレリアの頭を優しく撫でる。

 

「セレリア、よく言った。当初の作戦通り、俺がディレイドを引き受ける。お前達は他の2人を頼む」

「分かってる。だが、兄さんは前よりも強くなってるぞ。大丈夫そうか?」

「ああ、問題ない。お前が頑張って兄貴に立ち向かったんだ。なら、俺もそれに応えねぇと男が廃る」

 

そう力強く答えて陽和は戦うべき敵に向き合おうとした時、陽和達の念話石が反応する。それは、愛子救出に赴いたハジメからだ。

 

『陽和‼︎先生は救出したが、使徒と遭遇した‼︎‼︎”

『っ、やっぱり出て来たか』

『ああ、これから交戦する。すまんが、この先は連絡は厳しい』

『分かってる。気をつけろ』

 

使徒との戦闘が激しいのだろう。すぐに通信を切ってしまった。だが、それは想定済みだ。だから、陽和は念話石を起動したまま、もう一方の班に連絡を取る。

 

『ユエこっちに来てくれ。今、ディレイド達と対峙してるが、明らかに強くなってる。こいつらの相手に集中せざるを得ないから、お前に軍勢とフリードを任せたい。広範囲ならお前の領分だろう?』

『………ん、その言葉を待ってた。あの醜男は当然として、他の連中も邪魔するなら私がやる』

『ああ、任せた』

『ユエさん、あのクソ野郎をばっちり懲らしめてやってきてくださいです‼︎私の分まで‼︎』

『任せて、きっちりお返しする』

 

殺意MAXな宣言に陽和はクスリと笑うと通信を切り、自分達を取り囲む連中を今度こそ見据える。

ディレイドを始め三体の獣魔兵と彼らの後ろに立つ紫黒竜・エレボス。

上空には飛行型の魔物と紫竜、灰竜の群れに、ソレに騎乗する魔人族達。

地上では自分たちを完全に包囲する数多の魔人族と魔物達。

 

三人対十数万。

 

ウルの町の時とは比較にならない危険な状況下で陽和は不適に笑う。自らの意志が、紡いできた絆が、神に煽動された軍勢に負けるものかと、意志を強固にする。

絶望に膝を折ることも、怯える必要も、諦観の海に身を沈める必要がないのだと、恋人に伝え鼓舞する為に。

 

そんな彼の意志に、彼女らは応える。

 

ふふっと笑いながら雫が、籠手を打ち鳴らすセレリアが。彼の戦意に呼応して、圧倒的不利な状況であるにも関わらずに、彼と同じように不敵に笑って見せた。

 

少し前まで絶叫やら悲鳴、怒号で騒がしかった戦場に不自然なほどの静寂が広がる。

まさしく、大嵐の前の静けさに等しい。

陽和が兜を展開し一歩前に踏み出した。

ディレイドもまた一歩前に踏み出す。

 

「自由な意思の下に———」

「神の正義の下に———」

 

静寂破るのは“解放者”と“神の使徒”、2人の英雄の声。

前者は圧倒的な闘志を込めて、後者は末恐ろしい敵意を込めて。合わせて、全員が武器を構える。

 

「“紫竜”ディレイド・ベルグライス———お前を打倒するっ‼︎」

「“赤竜帝”紅咲陽和———お前を殺すっ‼︎」

 

開戦の合図は、2人のブレスだ。

一呼吸の間に“クリムゾン・アルマ”、“紫竜魔装・雷翼”を展開し直後に大きく息を吸い、咆哮を上げながら紅緋と紫黒の極光を同時に放つ。それは真っ向から激突するが、陽和が僅かに角度をずらしたからだろう。衝突しせめぎ合っていた二つの極光は捩れるように絡み合い空へと打ち上げられる。

夜空に光が爆ぜ空を赤と紫に彩る中、2人の英雄はいきなり全力を出す。

 

『“臨界突破(オーバーリミット)”ォォッッ‼︎‼︎』

「“限界突破”ァァっっ‼︎‼︎』

 

紅白と紫黒の魔力が荒れ狂い、2人のステータスを爆発的に引き上げる。以前ならばここまでが彼らの全力であった。

だが、今は違う。

 

「まだあるだろう?」

『そっちもだろ?』

 

彼らにはまだ上がある。

それを互いに感じ取ったのだろう。そんな言葉を交わし、獰猛な笑みを浮かべた直後、

 

「“限界突破・覇潰”っっ‼︎‼︎」

『“赤竜帝の聖鎧(セイクリッド・スケイルメイル)”っっ‼︎‼︎」

 

紅白と翡翠の魔力が噴火の如く、紫黒の魔力が竜巻の如く、激しく噴き上がり大気を震わせ、大地すら揺らす。彼らの周囲の空間が歪むほどに魔力が高まり、激しく荒れ狂う。

 

激しい光の本流の中で陽和が手に持つ竜聖剣が翡翠の燐光へと形を変えて、鎧を覆う。宝玉は鮮やかな青緑へ色を変え、鎧の各部には黄金の紋様が浮かび上がる。

背中には二つのスラスターが備わり、各部には装甲が補強されより重厚に、尾には刃が装着されている。

鎧の形が変化するだけでなく、ステータスも強化されており放たれる威圧感は増していた。ディレイドに対抗すべく編み出した新形態だ。

 

対するディレイドも陽和の再戦に備え相当追い込んだのか“限界突破”の終の派生技能である覇潰を会得しており、3倍ではなく5倍という強化によってより気配は禍々しく強大なものへとなる。

以前のステータスならば強化後のステータスは凡そ平均九万だったが、この短期間で相当追い込んだ結果覇潰の強化によって平均は十七万。ほぼ以前の2倍のステータスになっていたのだ。

それは、“赤竜帝の聖鎧”を使い、己を追い込み鍛え続けた陽和と同等のステータスであり、今この戦場において最強格の2人が全力を出した。

 

『今日こそ決着をつけるぞ』

「上等だ。以前のようにはいくと思うな」

『お前もな』

 

そう短く言葉を交わした2人は、翼を大きく広げて一気に天空へと飛翔し、飛翔の勢いのままに拳をぶつけた。

2人の拳が激突し、大気に赤と紫の魔力を迸らせ、凄まじい衝撃波を撒き散らす。それは上空からでも大地に届くほどであり、衝撃のあまり飛行型の魔物はその殆どが体勢を崩すほどだ。

そんな時、念話石越しに陽和の声が響いた。

 

『雫、セレリア。そっちは任せた。無茶はしないでくれよ』

「ええ、あなたこそ気をつけてね」

 

ディレイドは大火山で戦った時より遥かに強くなっている。“覇潰”を会得したこともそうだが、地力が底上げされていた。当然と言えば当然の言葉に、セレリアも同意するように点を見上げると、

 

『大丈夫だ』

 

一言、そんな言葉が返ってきた。

空では、無数の赤緑と紫黒の衝撃波が幾度と弾けている。以前よりはるかに強くなった強敵を相手に、陽和の声音は微塵も揺るがず強靭で頼もしかった。

 

『示す必要があるんだ。こいつらに』

 

何を、とは問うまでもない。2人にはそれがわかりきっていた。

 

『人は、神に抗えると』

 

人は、神の傀儡などではない。

人は、己の意思で歩み未来を切り開くものだ。

だからこそ、

 

『自由な意志を持つからこそ、人なのだと』

 

神を盲信するディレイドを打倒することで、人の可能性を見せつける。人が願った希望の力が、神のまやかしなんかよりもよっぽど強いのだと示す。

 

『俺は、最後の解放者だ。だから、ミレディ達の思いを継ぐ者として戦うべきなんだ。だがー』

「あなたは1人じゃないわ。私達がいる」

『そうだ。1人で戦っても、俺は1人じゃない。お前達の存在が俺に力を貸してくれる』

 

激しく戦いながらも兜の下で陽和は不敵に笑い、胸を張っている。1人で戦っても1人じゃない。仲間の存在が力を貸してくれる。彼らの間にある絆が、彼ら自身を強くしてくれるのだ。

その言葉は雫達に向けてと言うよりは、神に盲信し人の可能性を信じないディレイドへと突きつけているようにも感じた。

 

『だから二人とも死ぬな。俺が愛する二人の勝利を信じてる』

 

そう言って念話石の通信が途切れる。

陽和の言葉に二人の表情が綻び、戦場であるにも関わらず慈愛に頬が緩んだ。愛する男がここまで言ってくれたのだ。それに応えなければ彼の伴侶は名乗れない!!

二人は不適な笑みを浮かべながら顔を見合わせて頷き、倒すべき敵を見据え、雄叫びを上げる。

 

「後先は考えないわ。全力で行くわよ‼︎———“水竜装束・青凛”ッッ‼︎」

「ああ‼︎私も全力で行かせてもらうっ‼︎———“銀狼魔装・氷牙”ッッ‼︎」

 

青と紫の鮮やかな輝きが花開くように解き放たれる。

瑠璃色の魔力が吹き荒れ、青い清冽な水が彼女の身体を覆い装束のような鎧へと変化する。紫の魔力が噴き出し狼を模った紫氷の鎧を身に纏う。

気力十分な2人に周囲の魔人族達が殺意を漲らせる中、彼女らと向き合う獣魔兵達は静かに笑う。

 

「ふふっ、本当に立派になったわね。でも、お姉さん悲しいわ。これからあなたと戦わなくちゃいけないなんて」

「確かにな。ディーさんの後ろに隠れてたちびっ子と戦うことになるとは。人生わからねぇもんだな」

 

純粋にセレリアの成長を喜び、同時に戦うことを惜しむ二人。クレアは雫へと視線を向けると、戦場に似つかない様子で名乗る。

 

「そういえば、セレリアちゃんはともかく、貴方は初めましてね、水竜のお嬢さん。私は獣魔兵《黒虎》クレア・シュヴァルティよ。見ての通り獣魔兵よ」

「あたしは《蒼鮫》シャルフィ・マリアーネだ。よろしくな。竜人族」

 

クレアの紹介にシャルフィは槍で肩をトントンと叩きながら実に軽い様子で軽く手を上げる。本当に戦争中なのかと思うほどに自然体な様子で受け答えする二人だ。

だが、そんな弛緩した空気を出していても、二人の眼差しはとても鋭い。一挙手一投足を見逃さない戦士の瞳だ。

それを雫とセレリアは分かっていたが故に油断しなかった。

 

「私達は名乗ったのだし、よかったらあなたのお名前教えてくれない?水竜のお嬢さん」

「………わざわざ名乗る必要があるのかしら?」

「あら、殺し合う相手だとしても武人なら、名乗ってもいいじゃない」

「…………そうね。八重樫雫。赤竜帝の眷属よ」

「そう、ありがと」

 

武人として名乗りに応じてくれた雫に礼を言ったクレアは気が済んだのか双剣を構える。同じくして、シャルフィも槍を構える。

 

「あなたはどっちをやる?私はセレリアちゃんとお話がしたいのだけれど」

「いいぞ、私は水竜とやる。水使い同士どちらが上かはっきりさせてぇ」

「決まりね」

 

お互いに戦う相手を決めると、クレアは蒼色の魔力を、シャルフィは緋色の魔力を全身から滾らせ、鎧を展開する。

 

「“黒虎魔装・炎牙”」

「“蒼鮫魔装・水鰭”」

 

具現するは、虎を模った蒼炎の鎧と、鮫を模った緋水の鎧。

鎧を纏い戦闘の準備を完全に終えたクレアは大きく息を吸うと声を張り上げ全軍に指示を出す。

 

『全軍前進しなさい‼︎赤竜帝ならびに竜人の女と銀狼は私達獣魔兵部隊が対処する‼︎異教徒共を蹂躙せよ‼︎』

 

クレアの指示に応え、オオォォォォォォ‼︎‼︎と同胞と魔物達の雄叫びが戦場に轟き、今度こそ外壁への攻撃を開始する。

地響きを鳴らしながら進軍する同胞達を横目にクレアとシャルフィは今度こそ雫達と相対した。

 

「さぁ、やりましょうか。セレリアちゃん」

「ああ、やろう。クレアさん」

「やろうぜ、水竜」

「いいわよ、蒼鮫」

 

陽和、ディレイドに次ぐ四人の強者達が武器を構え対峙する。

お互い気力は十分。故に、それ以上の会話は不要だった。

 

「「「「っっ‼︎‼︎‼︎‼︎」」」」

 

四頭の獣達はほぼ同時に地面を蹴って、死闘の舞台へと踏み出した。雫とセレリアは陽和の勝利を。クレアとシャルフィはディレイドの勝利を。愛する男達を深く信じて死闘に身を投じる。

 

 

これより始まるは、竜と獣の宴。

 

 

陽和達赤竜帝陣営とディレイド達魔人族陣営。

 

 

果たして、どちらがこの戦争を制するのか。

 

 

その結果は、神ですら分からない。

 

 

 





戦争、開戦
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