竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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今年も残りわずかとなりましたね。
今年は大学を卒業し社会人になった年でもあり、自分の中では環境が大きく変化した年でもあります。
社会人となり仕事をし始めてから色々とアクシデントがあったりして、なんやかんなで九ヶ月経過しました。
そんな中でも、この趣味である執筆を続けられて本当に良かったです。

今年も多くの人に読んでもらえました。来年もより多くの方に自分の拙作を読んでいただけるように仕事と並行して頑張っていこうと思います。
来年も改めてよろしくお願いいたします。

皆様、良いお年をお過ごしください。




66話 『正義』の証明

 

 

王都上空。

冴えざえとした満月が空を淡く照らす中、その下では二つの巨星が幾度となく弾けていた。

一つは、太陽。

一つは、闇。

激突のたびに衝撃波が空間を揺るがし、王都に轟音を鳴り響かせながら、二つの閃光は激しくぶつかり合う。

それらの正体は、魔人族が二大将軍の一人にして獣魔兵“紫竜”ディレイド・ベルグライスと最後の解放者にして“赤竜帝”紅咲陽和。

二人の英雄は、お互いを撃砕すべく交錯を繰り返す。

 

『『Boost‼︎‼︎』』

『おぉぉっ‼︎‼︎』

「はあぁっ‼︎‼︎」

 

月下で二つの雄叫びが響く。

もはやただの飛翔の速度を超えた二人の速度は音速を超えている。その為、ソニックブームが発生し白い膜を大気に発生させながら二人は何度もぶつかり激しく殴り合う。

陽和は“赤竜帝の聖鎧”に搭載されている背部スラスターからの魔力噴射に加え、全身からの火炎噴射、風魔法、重力魔法などの自身が持てる加速手段の全てを用いて風を置き去りにするような速度で飛翔。

そんな、およそ殆どの生物が追いつかないであろう超加速に、“紫竜”ディレイドはついてきていた。

身体機能超強化により飛翔速度の単純な上昇に加え、電磁波を全身に纏わせ、自身の周囲に磁界を形成。常に電磁加速を行うことで超速移動を可能としているのだ。これにより、ディレイドと陽和の速度は音速を超え超音速に到達し、慣性の法則を無視した空中戦闘機動を繰り返す。

 

常人ならばとうに肉体は四散し、散り散りになっていることだろう。だが、二人は依然として健在であり、体にかかる凄絶な負担を彼らは耐え切っている。

それはお互いが竜の肉体であり、超強化により極限まで強化されたからこそ、彼らはこの埒外な加速に耐えられているのだ。

 

陽和は既に“紅天の竜星群”を展開して直径50cmほどの球体を十数個、守護衛星として自身の周囲に展開している。更には、籠手を一回り大きくさせて拳での戦闘を行う。

それに対し、ディレイドも拳で応じており、雷の籠手を巨大化させ拳を激しくぶつけ合う。それだけならば、“紅天の竜星群”で背後、左右から同時に攻撃を叩き込める。

だが、それはできなかった。

なぜなら、彼の周囲に浮かぶ紫黒の魔力で構成された無数の円盤によって弾かれているからだ。

 

———雷・闇・空間複合魔法“剛雷裂刃”

 

雷と闇の複合障壁の形状を変え、それを空間固定させて強度を数段階上昇。そして、円盤にはそれぞれ小さな刃が備わっており、それがチェーンソーの如く激しく回転しているのだ。

防御として高い硬度と攻撃としての高い切れ味を有する、変幻自在の障壁武器。攻防一体のそれらが陽和の守護衛星と渡り合っているのだ。

殴打の応酬に加えて、紅蓮の流星と紫黒の円盤が激しく激突を繰り返す。

 

「おぉおおぉぉぉっ———“空爆雷掌”ぉっ‼︎」

『———“劫爆震天”っ‼︎』

 

お互い拳に圧縮に圧縮を重ねた雷光と炎熱を纏わせそれを、激突の瞬間に解放する。大気が歪むほどの爆発が巻き起こり、お互いの体を勢いよく弾いた。

 

「ちぃっ‼︎」

『ぐぅっ⁉︎』

 

凄まじい衝撃が二人を襲い、舌打ちと苦悶の声が上がる。

ディレイドと陽和は水平に砲弾の如く吹き飛び、強制的に距離が開く。二人は翼を広げ勢いを殺し、いち早く態勢を立て直したディレイドが右手を突き出し吼える。

 

「———“雷槍・千輪”‼︎」

 

篠突く雨の如き桁違いの雷槍が放たれる。手数重視ではなく、一発一発が大ダメージを与えかねないほどの威力を込められたそれを陽和は、

 

『———“壊劫”‼︎』

 

範囲系超重力場で纏めて叩き落とす。間髪入れずに陽和が反撃と言わんばかりに左手を突き出す。

 

『———“紅華・爆炎刃”‼︎』

 

放たれるは無数の炎の刃。

激しく回転しながら迫るソレは、先ほどのお返しと言わんばかりに莫大な熱量を込められており、一つでも当たれば動きが鈍ることは確実だ。だが、それに対しディレイドは、

 

「———ゼェァァッ‼︎」

 

あえて炎刃の嵐に突っ込んだのだ。

自殺行為?否、勝つための策だ。彼は、雷闇の円盤を自身の前方に構えると超加速の勢いのまま炎刃の嵐を突っ切る。

空間固定で強度を底上げしたのだ。炎刃では円盤を突破することは叶わず、また彼を背後から強襲するには速度が足りず、炎刃の嵐は突破され陽和は接近を許してしまう。

ディレイドは紫黒の武具の形状を変化させ、身の丈を超える巨大な戦鎚へと変化。それを勢いよく振り下ろした。

 

「叩き潰せっ———“雷崩天鎚”ッッ‼︎」

『『Double Explosion‼︎‼︎』』

『———“極大・紅玉”ッッ‼︎』

 

力の解放と共に極大の重力弾を放った瞬間、極大の雷の戦鎚が振り下ろされる。何度目か分からない空気の爆発と共に、球状の衝撃波が、二人を再度吹き飛ばす。

陽和は重力操作で、ディレイドは障壁を幾重にも展開して強引に衝撃を殺し、漸く停止する。二人は荒い呼吸を繰り返しながら睨み合う。

 

『はぁはぁ、クソッタレが、強くなりすぎだろうが……』

「ぜぇせぇ、貴様、こそな」

『随分と、鍛え上げたな。どんだけ追い込んだ?』

「できる限り全てだ。貴様を殺すためならば、限界などいくらでも超えてやる」

『根性論極まってるな。それで強くなってるんだからシャレになんねぇ』

 

やれやれと首を振る陽和。しかし、直後には兜を外して静かな表情へと変わる。

 

「だがそれだけじゃないな。地力が上がってるのは確かだが……お前、脳のリミッターを外してるな?それ、生半可な負荷じゃないだろ」

 

生物には脳のリミッターというものが存在する。

というのも、全力を出すというが、ソレは文字通りの全力ではない。100%で身体を動かすと、その負荷に自壊してしまうからだ。だからこそ、普段生物は脳にリミッターをかけて体が壊れない程度の力で活動している。

そのリミッターは基本的に意図して外すことはできない。だが、仮に意図して外すことができるのならば。その生物は文字通りの100%で戦うことができる。その分、体にかかる負担は大きいが。

彼がしてることは極論ソレだ。リミッターを外し、100%の力で戦っている。自らの身体が壊れていくのもかかわらずに。

 

『………成程。リミッターを外したのか。それならば、あれだけの強化も頷ける』

『けれど、たとえそうだとしても、あの強さは異常だ。それこそ捨て身でいかなきゃああはならない』

 

大火山での戦い後ディレイドが常軌を逸した鍛え直しをしたからであり、“覇潰”を会得したのもあるだろうが、それ以上に彼は文字通りの“捨て身”で戦ってるに違いないのだ。

 

「その通りだ。リミッターを外した負荷は確かにあるが、ソレに何の問題がある?俺以外貴様を御すことができないというのなら、どこまでも戦うまでだっ。この身命が果てようとも何度でも限界を超えようっ‼︎」

 

ディレイドの全身から紫黒色の魔力が螺旋を描き噴き上がり、雷が余波で迸る。天を震わせるその輝きは、まさに命の輝きに等しい。

己の命を顧みない、目的の為に全てを賭した、命の輝きだ。

そこに、陽和は覚悟を垣間見た。

 

「…………馬鹿野郎がっ」

 

その輝きは、陽和にとっては悲しいものでしかなかった。

だから、そう吐き捨てると鋭く睨み赤緑の魔力を噴き上げる。再び二つの巨星が激突すると思われたその時、下方から彼を強襲する者が現れる。

 

「グゥオオォォォォォ‼︎」

 

突如、下方から陽和に襲いかかる紫黒の極光。

それを陽和は危なげなく障壁で防ぐ。そして、極光の先へ視線を向ければ、下方より迫るのは紫黒竜・エレボスだ。

エレボスは下方より飛翔すると、ディレイドの後ろで滞空する。

 

「………エレボス、来るなと言っただろう」

『グゥルル』

 

ディレイドの咎める言葉にエレボスは知ったことかと言わんばかりに喉を鳴らす。エレボスはディレイドが最初に従魔にした竜だ。故に、彼にとってエレボスは共に戦う相棒であり、エレボスもまた彼のことを相棒だと思っていた。

 

「………仕方のない奴だな。わかった、共に戦おう」

『ガァア!』

 

だからこそ、一人で戦う姿が我慢ならなかったのだろう。相棒として共に戦わせろとその竜眼が物語っていて、ディレイドは折れて共闘を求めた。エレボスは露骨に目を細めて短く声を上げる。

その確かな絆を感じるやり取りに陽和は驚愕に目を見開き、次いで明確な激情をその瞳に宿し、怒号をあげる。

 

「………相棒とそこまで絆があるのなら、どうしてっ、神に従う道を選んだんだっ⁉︎」

「…………」

「そこまで相棒を思えるのなら、そこまで覚悟があるのならっ、なんでっ、お前は神の傀儡のままでいるっ!何故、自ら未来を掴もうとしないっ‼︎」

 

どこか悲鳴じみた問いかけを投げかける陽和。

今のやりとりを見て確信した。ディレイドはただ神に盲信してはいない。彼には、確固たる覚悟があるのだと。

エレボスに向ける眼差しだってそうだ。似ていたのだ。彼が向ける眼差しが、かつての解放者ヴァンドル・シュネーが、相棒だった従魔達に向ける眼差しと。

そんな眼差しができるものが、何故神の傀儡でいるのか陽和には理解できなかった。

ソレに対し、ディレイドは彼が望んだ言葉を返さずに別の言葉を返した。

 

「それが愚かだからだ、何故わざわざ抗う?恭順することで平和が訪れるのならば、それでいい」

「平和っ?ふざけるなっ‼︎妹を傷つけ、今こうして戦争を起こしてるっ‼︎これのどこが平和だっ⁉︎」

「平和を得る為の戦いだ。この戦いの先に平和があると思えば何もおかしなことはあるまい」

「テメェっ‼︎」

 

そう吐き捨てたディレイドに陽和は激昂し、業火の高波を放つ。ディレイドは雷撃の嵐を放って相殺し、雷と炎の残滓が宙を舞う中、二人と一頭は再び激突する。

 

「エレボス‼︎」

 

ディレイドの声に合わせ、エレボスはブレスを放つ。

ただし、放たれたのは一筋の極光ではない。無数に枝分かれし、広範囲を纏めて破壊する散弾が如きブレスだ。

分裂しようとも、一条ごとの威力は凄まじく、陽和は流星で弾き、障壁で受け止めながら歯噛みする。

 

「くそがっ、あいつもだいぶ強化されてやがるっ」

『だな。単純な強さで言えばオルクスのヒュドラよりも強いぞ。言ってしまえば、ヴァンの従魔ウルルク並みだ』

「それは本当に厄介だなっ⁉︎くそったれっ‼︎」

 

陽和は思わず悪態をついて叫ぶ。

解放者の一人にして変成魔法の使い手であったヴァンドル・シュネー。彼は獣使いとして多数の魔物を従魔として従え強化していた。その中でも最強格の一角であったウルルクという飛竜は、記憶の中でしか知らないが強力無比な魔物だった。その力は当時の教会の強力な固有魔法を扱う戦士達とほぼ同格。従魔でありながら、十分な戦力を有するその力は、オルクス大迷宮最下層の番人ーヒュドラをも上回る力だと言えば、相当な強敵だと分かるだろう。

直後、エレボスのブレスが消えると同時に、既に眼前にまで迫っており、その顎門を開いていたのだ。どうやら、ブレスを放ちながら前進していたらしい。

 

『マスターっ!!』

「ちっー」

 

陽和は障壁を球状に展開する。直後、牙が障壁に叩きつけられる。ギギギと牙を突き立てる音が響くが、生憎と障壁は空間遮断効果が付与されている。突破されることはないだろう。

そう考え、次の攻撃に移ろうとした陽和だったが、背筋にぞくりと悪寒が伝うのを感じ反射的に叫ぶ。

 

「盾っ‼︎」

『おう‼︎』

『Gauntlet Shield Set‼︎‼︎』

 

魂を共鳴させているからこそドライグは陽和の叫びにノータイムで対応する。右手の籠手が変形し巨大な盾へと形を変え、すかさず横に構えた。

 

「ぐぉっ⁉︎」

 

刹那の差で、盾に未曾有の衝撃が炸裂し陽和が障壁を解いた瞬間、真横に吹っ飛んだ。錐揉みしながら舞う中、見れば元々彼がいた場所にはディレイドがいて右脚を上げている姿勢をとっていた。

どうやらエレボスのブレスを受け止めている間に、空間転移で陽和の真後ろに転移してきて空間遮断結界を己の空間魔法で打ち消し背後から蹴りを放ったようだ。

陽和が体勢を立て直す間もなく、ディレイドとエレボスは陽和に追撃を仕掛ける。空気が破裂したような音が二つ響く。片方は空中障壁を蹴った音であり、片方は大気を打つ音だ。

ディレイドが強烈な踏み込みで飛び出したのと同時に、エレボスが凄まじい膂力で大気を打って加速したのだ。その速度は、ディレイドよりやや遅いくらいで閃光とまではいかずとも疾風と例えるに十分な速さだった。

 

(こいつっ、固有魔法複数持ちかっ‼︎)

 

驚異的な加速に陽和はその可能性に思い当たる。

その推測は当たっていて、エレボスはディレイドの強化により固有魔法を複数有している。一つ目は、雷を操る“雷轟”。二つ目が“魔力の膂力変換”だ。魔力を膂力に変換することで身体能力を強化。これにより、ただの飛翔ですら異常な加速となっていた。

そして、三つ目の固有魔法は———

 

「エレボス、やれ‼︎」

『グオオォォォ‼︎』

 

再び陽和に接近し至近距離で殴り合うディレイドが叫び、エレボスが陽和の背後から襲いかかる。鉤爪に紫電を纏わせて振りかぶったのだ。

それを、再び障壁で防ごうとした陽和だったが、次の瞬間にドライグの警告が響いた。

 

『待て‼︎回避しろ‼︎‼︎』

 

何を、と問う間もなく、全身が金縛りにあったかのように硬直し、視界が暗闇に包まれる。それだけじゃない、嗅覚、聴覚といった五感の全てが何も感じなくなったのだ。

 

『なっーがぁっ⁉︎』

 

何が起きたのか理解する間もなく、次の瞬間には背中と胸部に凄まじい衝撃が連続で襲い掛かり、胸部に突き刺さった一撃は鎧に亀裂を入れ、直接凄まじい衝撃を肉体に届かせた。陽和は血を吐き出しながら地面へと真っ逆様に堕ちていく。

重力操作に障壁の連続展開、スラスターの噴射によって強引に体勢を立て直した陽和は、100mほど落ちたところで翼を広げ滞空し口から溢れる血を拭う。

これまでお互い明確な傷がつかなかったが、ここにきて明確な傷を負ったのは陽和が先だった。

 

『マスター‼︎大丈夫っ?』

「…あ、ああっ、問題ねぇっ。ドライグっ、今のわかるかっ?」

『………固有魔法だ。恐らくは闇属性魔法の系統だろうな。目を合わせずとも見れば効果が発動するようだ』

「……あの黒頭と似てるな」

 

エレボスの三つ目の固有魔法、それは『邪眼』。

見た対象の身体機能や五感を数瞬断絶させるものだ。だからこそ陽和は金縛りにあったかのように動けなくなり、尚且つ五感が機能しなかったのだ。

それは、かつてオルクル大迷宮最下層でのヒュドラの戦いにおいて、闇属性魔法を使う黒頭にやられた精神干渉にも似ていた。違うのは目が合っていなくても発動する点だろうか。あの時は、セレリアのおかげで大事なかったが、彼女がいなければ間違いなく自分はあそこで致命傷を負っていた。そう断言できるほどに数瞬の停滞は戦闘中においては非常に危険なのだ。一瞬でも気を抜けば死を覚悟してしまう激闘の中で数瞬の停滞はもはや自殺行為に等しい。

だが、今のが闇属性魔法に由来する状態異常系のそれならばーーー

 

「だが、それならやりようはある」

 

対策は立てることができる。

 

『Dragon Thruster Set‼︎』

 

陽和は背中のスラスターから魔力を噴射し障壁の足場を構築し、蹴り砕くとその勢いのままディレイド達へと肉薄する。陽和の接近に合わせ、エレボスに騎乗するディレイドは勢いよく降下してくる。

 

「エレボス、合わせろ」

『グオオ‼︎‼︎』

 

ディレイドとエレボスが迫る陽和に向けて同時に仕掛ける。ディレイドは意識を数瞬断絶する闇属性魔法を、エレボスは“邪視”により五感と身体機能の断絶を。心身共に数瞬機能停止させようとしたのだろう。

そして、そんな闇属性魔法を無防備に受けてしまった陽和は、

 

『Gauntlet Thruster Set‼︎‼︎』

『『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼︎‼︎‼︎』

「「っっ⁉︎」」

 

一瞬の停滞もなく、真っ直ぐディレイド達に迫る。

虚をつかれ、硬直する一人と一頭に陽和は肥大化させた右籠手の肘部にスラスターを展開して魔力を噴射させて加速。宿す雷炎を一層滾らせながら、ディレイドを捉え殴り飛ばす。

次いで、エレボスの頭上の上で肘部のスラスターから魔力を噴射させながら回転。回転の勢いを乗せてエレボスの顔面を横殴りにした。

 

「ぐぅっ⁉︎」

『ガアァ⁉︎』

 

吹き飛ばしながらもなんとか体勢を立て直すディレイドとエレボス。ディレイドは驚愕の表情を浮かべ、エレボスは陽和を睨んでいた。

 

「……まさかっ、一度受けただけで対策したというのかっ⁉︎」

『お生憎様、状態異常系には耐性があるんでな‼︎もう、お前らの闇魔法は効かねぇぞ‼︎‼︎』

 

彼の全身を覆う翡翠の輝き。それは、女神の祝福だ。

———固有技能“女神の契り”

体力、魔力の自動回復に加え、魅了、洗脳といったあらゆる状態異常を浄化する破邪の力。それにより、陽和はエレボスの“邪眼”も、ディレイドの闇属性魔法も、あらゆる状態異常を無効化したのだ。

 

『Blade Set‼︎‼︎』

 

陽和は再び突貫。

籠手の肥大化を解除して元のサイズに戻すと、元々の長剣を展開して構える。竜聖剣を融合させて“赤竜帝の聖鎧”を展開しているが、その状況下であっても元の長剣は別で展開して使えるのだ。

対するディレイドは雷闇の双剣を構築し翼を羽ばたかせて同じく突貫する。

そうして始まるのは壮絶な斬り合い。雷炎と雷闇の激突に、衝撃波が幾度と駆け抜け、赤と紫の波紋が幾重にも大気に波打つ。

 

『グオォ‼︎‼︎』

 

しかし、この場にいるのは二人だけではない。

ディレイドの相棒たる竜エレボスもいる。エレボスは陽和の背後に回り込むと、棘の生える尾に雷を纏わせてそれを叩き込もうとしたのだ。

だが、

 

『Tail Blade Set‼︎‼︎』

 

陽和はそれを受け止める。

尾に紅蓮の剣を装着。尾を伸ばし、エレボスの尾の一撃を受け流したのだ。“魔力の膂力変換”により破壊力が数倍になったはずの一撃を、容易く受け流した陽和は同時にディレイドの剣も受け流しつつ、その力を体内で逃すことなく循環させてエレボスの横っ腹に蹴りを叩き込んだ。

 

『ガアァっ⁉︎』

 

エレボスが血を吐き出しながら再び吹っ飛んだ。

その勢いのまま陽和はディレイドに剣を突き出す。ディレイドはそれを受け止め、再び斬り合う二人。

更には円盤と流星をぶつけ合いながら超至近距離で魔法と武術の戦闘を並行している。

まさに、神話の英雄達が繰り広げる戦いにも等しい光景だった。

お互いの肉体に傷を作りながら、全く怯まずに攻撃を続ける中、吹き飛ばされたエレボスが怒りに瞳を迸らせながら三度強襲してくる。尾では無理だと判断したのか、雷の魔弾を無数に放ちながら、顎門を開いて直接噛み砕こうとしてくる。

 

『後ろだ‼︎‼︎』

『チッ』

 

流石に受け流すのは出来ないため、襲いかかる魔弾を流星を一部操作して迎撃する。しかし、それはこの状況では悪手だ。

 

「隙ありだ」

『っっ⁉︎』

 

少なくなった流星を円盤の物量で弾きながら、強引にディレイドは陽和の懐に入り込んだ。

 

『がっ、ぁっ⁉︎』

 

ディレイドは雷闇の双剣を籠手へと変形。陽和の腹部に魔拳を抉るように叩き込む。抉り込んだアッパーカットは遂に鎧の防御力を超えて、肉体に直接ダメージを届かせる。内臓が傷ついた感覚を感じ、陽和は血を吐き出しながら、上空に殴り飛ばされた。

 

「?」

 

そこでディレイドは違和感を感じる。

なぜ今攻撃が入った?エレボスの対応に意識が割かれたから?いいや、この状況で彼がエレボスに完全に意識を傾けるとは考えられない。では、何故?

その答えは、直後に証明された。

 

『ミレディ借りるぞ、お前の技』

 

錐揉みしながら舞う中、陽和は兜の下で血を溢しながらも小さく笑う。

陽和は敢えてディレイドに殴り飛ばされたのだ。確実にディレイドとエレボス諸共攻撃を喰らわせる為に。

 

「っ、これはっ」

 

ディレイドは気づいた。陽和がいた場所に置き土産と言わんばかりに紅蓮の球体が浮かんでいることに。それが何かはわからないが、凄まじい悪寒を感じエレボスに回避を命じ自分も退避しようとする。

だが、その時にはもう手遅れだった。

 

 

『Penetrate‼︎』

『———“渦巻く紅蓮の星”』

 

 

直後、ディレイドとエレボスの間で紅蓮の球体が炸裂した。

放たれるは重力魔法で極限まで圧縮された炎。それは、太陽の如き爆発を引き起こした。衝撃で大気が荒れ、下の地面に亀裂が生じる。侵攻を始めていた魔人族や魔物達が吹き飛び倒れた。

かつてミレディが西の海にて教会最強戦力の一角であったラウスと戦っていた時に編み出した新技だ。

 

「ガフっ」

『グゥルルッ』

 

超至近距離で直撃を受けたディレイドは血を吐き出す。

『透過』により雷鎧を透過して直接届いた衝撃と炎がディレイドに確かなダメージを与え、エレボスもまた身体を所々焼かれていた。

肉は焼け、内臓はいくつか傷ついた。骨も数本亀裂が入っているのが分かった。

 

「まさか、ここまでとはなっ———っ⁉︎」

 

血を吐きながら、陽和の強さに驚いているディレイドは頭上から紅蓮の光が差し込むのに気付き顔を上げる。

そこにあったのは超巨大な炎塊。左手を掲げその炎塊に魔力を注ぎ込む陽和。

陽和がディレイド達を“渦巻く紅蓮の星”で吹き飛ばした本当の目的は時間稼ぎだ。これから発動する魔法は、消費魔力が尋常ではなく魔力を込める溜めの時間が必要であり、同時にドライグとヘスティアの協力が必要不可欠。彼らの力を借りなければ行使できない魔法だからだ。

その準備が今整った。

 

『まだ実験段階だが使うにはちょうどいい機会だ。正直、お前達の連携は面倒だからな。エレボス、お前はこいつが相手をする』

「何を、言って……」

『すぐに分かる』

 

ディレイド達を睥睨し告げた陽和は右手の籠手から外した翡翠の宝玉を上に放り投げながらその魔法を叫んだ。

 

『任せたぞ‼︎———“ドライグ”‼︎‼︎』

 

その言霊に応え炎塊は翡翠の宝玉を核として形を変える。

翼が生え、尾が伸び四肢が生え頭部が生える。やがて陽和の背後に形作られたそれはー

 

「炎の、竜だとっ⁉︎」

 

燃え盛る炎で構成された巨竜だったのだ。

最後に頭部に翡翠の輝きが二つ。まさしく目が輝いた瞬間、炎竜は顎門を開き咆哮をあげる。

 

『ガアアアァァァァァァァァァァ‼︎‼︎‼︎』

 

物理的な衝撃波を伴う絶大な咆哮。

その身から感じる迫力は炎で構築されたとは思えないほどで、一つの強大な生命が放つそれに遜色ない。

その迫力にエレボスとディレイドですら思わず身構えてしまうほどだ。そして、その咆哮は戦場全てに轟き、殆どの生命がその炎の竜に圧倒され、畏怖に慄く。

突如出現した炎竜は翼を広げながら声を発する。

 

『ハハハハ、炎の体とはいえ久しぶりの肉体だ。気分がいいぞ』

『ぶっつけ本番だったが、調子はどうだ?ドライグ』

『上々だ。ここまで高密度な魔力の炎、相棒でなければ出せないだろう』

『ミレディならいけるんじゃないか?』

『火力ならな。ラウスとリューティリス、オスカーの協力もないとこれはできんだろう。それぐらい常識はずれな魔法なんだぞこれは』

『まぁ魔力をかなり消費するからな、これ』

『そういう問題じゃないんだよなぁ、これって。たまにマスターって自分がどれだけすごいことやってるか自覚ないよね』

『ああ、確かにな』

 

陽和やヘスティアと普通に会話する炎の竜から発せられる声はドライグの声そのもの。

それもそのはず。この炎竜はドライグなのだから。

 

———火・重力・魂魄複合魔法“ドライグ”

 

陽和が火を重力魔法で竜の形造り、そこにドライグが魂魄魔法で自身の魂をその器に移すことでドライグ自身がその炎の竜を操作できるようにしている。ヘスティアは陽和の魔力と肉体で構成された宝玉を核として、陽和とドライグの間で魔力の供給ラインを構築して維持しているのだ。

言ってしまえば陽和が作った炎のゴーレムにドライグが魂魄を移してヘスティアが供給を行なっているようなもの。陽和だけでなくドライグとヘスティアの協力があって初めて実現する絶技。

着想を得たのは、ゴーレムに魂を移し今も生き長らえているミレディからだ。ゴーレムに魂を移せるのならば、もしかしたら魔力で構築したものにも魂を移せるのではないかと考え、魂だけなのでかなりの制限があるものの全ての神代魔法を行使できるドライグとヘスティアの協力によって実現した魔法だ。二人がいなければ、実現し得なかったものだ。

いち早く立て直したディレイドは言葉を交わす炎竜と陽和に苦々しい表情を向ける。

 

「その炎の竜をドライグと呼んでたな。ということは、伝説の邪竜の魂をそこに宿らせたというわけか……。やはり、お前の中にはかの邪竜が宿っていたのだな」

『その通りだ、よく気づいたな』

「アレだけ会話をしていたら気づく。もう一人、女の声も聞こえていた、二つお前の中には別の魂があるわけだな。どうやったかは分からぬが、邪竜の魂を移したというわけか」

『炎で作った魔力体だがな。とはいえ、それでも竜の始祖だ。本来の力には程遠いが、それでも中々の迫力だろう?』

「………本当にな」

 

得意げに告げる陽和にディレイドは忌々しさを隠さずに歯噛みする。

炎竜・ドライグから感じる威圧感は紛れもなく本物。陽和と遜色ないほどの覇気を放つその竜は、もはや魔法による紛い物なんてものじゃない。

ガワこそ炎だが、その迫力は紛れもなく竜だった。

だが、それで終わりではなかった。

 

『まだあるぞ。存分に驚いてくれ』

 

そう告げるや陽和は右腕を掲げ高らかに詠唱する。

 

 

『我が声に応じ顕現せよ。五方を守護せし、五行を司りし霊獣達よ。相生相剋を成し、天地万物を巡り、森羅万象の具現となれ。遍く全てを支配し、神威を以て君臨せよ』

 

 

陽和とドライグを囲むように五つの魔法陣が浮かび上がり、魔法陣の中心点が各魔法陣を繋ぎ五芒星を形作る。

さながら、陰陽の五芒星が如しその魔法陣は、それぞれが赤、青、金、白、黒と輝き、莫大な魔力が込められている。

“ドライグ”に匹敵するほどの莫大な魔力の圧にディレイドが戦慄する中、詠唱は完了しその魔法は発動した。

 

 

『———“五神獣”ッ‼︎‼︎』

 

 

直後、五つの魔法陣は輝き、それぞれ何かが出現してくる。

赤の魔法陣からは、燃え盛る劫火を纏い、大気を焼き焦がす紅蓮の巨鳥ー朱雀が。

青の魔法陣からは、青い激流の身から青白の雷を迸らせる青白の巨龍ー青龍が。

白の魔法陣からは、渦巻く白風の中に金属と砂の刃が混ざる白銀の巨獣ー白虎が。

黒の魔法陣からは、蒼氷と漆黒の岩石で形作られ、蛇の尾を有する蒼黒の巨亀ー玄武が。

そして、金の魔法陣からは、金属と岩石が入り混じる黄金の身体に、炎、水、氷、雷、風を全身に纏う黄金の巨獣ー麒麟。

 

陽和の世界において東西南北と中心の五方を、木火土金水の五行を司りし五体の神獣を模った重力と属性魔法の複合魔法ー“五神獣”。

陽和がかつてより考案していた五神の五体を同時に具現させる魔法。

 

——————————————————ッッッッ‼︎‼︎‼︎

 

夜天に出現せし五体の神獣は凄まじい咆哮をあげて大気を震わせる。その神々しさすら感じる威容に魔人族の軍勢は再び絶句する。巨大な炎の竜と立て続けに出現した怪物達に、思わず足を止めてしまうほどだった。

 

「なんという………」

 

ディレイドもまた立て続けに行使された非常識極まりない魔法に戦慄し言葉を失ってしまう。エレボスもまた驚愕に目を見開き、天空に突如出現した炎の竜と五頭の神獣に警戒心を露わにしている。

 

『安心しろ。こいつらはエレボスの相手はしない。こいつらが相手するのは下の軍勢だ』

 

何が安心できるというのだ。

これほどの怪物達を下の軍勢が相手できるとはとてもではないが思えない。なすすべなく蹂躙されるだけだ。あのフリードすら苦戦を強いられるに違いない。

その肝心のフリードはどうしてるとディレイドは下の様子を見て彼を見つけると苦虫を噛み潰したような表情になる。

 

「チッ、あの女のせいでフリードとウラノスも抑えられているのか」

 

眼下ではエレボスよりは少し小柄な白竜・ウラノスがその背にフリードを乗せており、彼らは彼らで金髪の女ーユエと戦っていた。周囲には無数の魔物と魔人族もおりフリード含め多数がユエ一人相手に苦戦を強いられていたのだ。

最大戦力の二人が侵攻に加わることができていない状況に歯噛みする一方で、陽和はフリードと対峙するユエを見ると困ったようにため息をつく。

 

『はぁ、ユエの奴、やっぱりフリードに釘付けだな』

『そうだな。戦いの余波で軍勢を潰してるだけで、あまり数を減らせていない』

『まぁ、フリードとウラノスを抑えてるおかげで、余計な被害が出てないからいいんじゃないかな?結果オーライって奴だよ』

 

ユエに軍勢を任せたとはいえフリードに専念することは予測済みだ。大群を薙ぎ払う役目を若干放棄しており、フリードに専念してしまっているからか、軍勢をあまり削れていない。

だが、こうなるのは想定済みだ。

だからこその、“五神獣”。ユエがフリードの戦いに専念している以上、五神獣に想定通り軍勢の殲滅を任せるだけだ。そして、その操作をするのは陽和ではなくヘスティアだ。

 

『ヘスティア、負担は多くなるが操作は任せる。好きに蹂躙しろ』

『ああ、任せてくれ。外壁は破らせないよ』

 

陽和はヘスティアに“五神獣”の操作を任せる。

ディレイドとエレボスを相手しながら五神獣の操作を両立させる余裕はないからだ。

陽和からヘスティアへ操作権限を委託された五神獣はヘスティアの操作に従い、ディレイド達から視線を外すと軍勢を蹂躙すべく大地へと降りていく。

 

「っっ、行かせるものかっ‼︎」

 

あれほどの強大な怪物を野放しには出来ないとディレイドは陽和よりまさかに“五神獣”を片付けようと雷闇の円盤を無数に放つ。しかし、それは陽和の流星によって当然の如く阻まれ相殺される。

 

『やらせるわけがないだろ?お前らの相手は俺達だ』

「くっ」

 

悔しそうに歯噛みしながら眼下を見れば、早速“五神獣”が軍勢の蹂躙を始めていた。

朱雀は空を自由自在に飛び回りながら飛行型の魔物と魔人族を次々と焼き尽くしていく。

青龍は雷の刃を全身から放ち飛行型の魔物達を撃墜しながら、水のブレスで大地を横薙ぎに払う。

白虎はまさしく虎の如く大地を駆け回りながら、金属と砂の刃を混ぜた暴風の竜巻で削岩機の如く敵を切り刻んでいく。

玄武は五神獣の中で一際巨大な体躯を活かし、魔物達を踏み潰しながら、蛇の尾で地面を薙ぎ払い、氷のブレスで魔物達を大地ごと凍てつかせて粉砕していく。

麒麟は優雅に歩きながら、炎、水、氷、風、雷の魔法を乱れ撃ち周囲を一切合切滅ぼし、地面を踏み鳴らすと同時に地面から無数の針山を出現させて敵を貫いていく。

まるで相手になっていない。象がアリを踏み潰すが如く、格の違いを見せつける無慈悲な蹂躙だった。外壁前に陣取っているからこそ、魔物達や魔人族はその壁を突破することは叶わず、すぐ目の前に外壁があるのにその一歩手前で鏖殺されていくだけだった。既に飛行型の魔物達は多くが外壁を無視して王都内に侵入していたが、それは朱雀と青龍が容赦無く撃墜していき、民間人への被害は軽微だった。

あれらが変成魔法で強化改造された魔物達ならばまだ分かる。あれほどの強さにするのにどれだけの時間がかかるかわからないが、それでも強大な魔物ならあり得る。だが、今実際に蹂躙しているのは魔法で作られた魂なき存在。それらが軍勢を容易く蹂躙している。

タチが悪いにも程がある。こんなの悪夢だとしか形容できなかった。

 

「…………本当に、恐ろしいな。これほどの怪物がこの世に存在するとは」

 

ディレイドは呻くような声音で陽和を怪物と称する。

紛れもない本心だ。自分とエレボスを相手取りながら、軍勢を蹂躙できる化け物五体と己と同等の迫力を放つ竜を具現するなど常識はずれにも程がある。

得意とする闇属性魔法は無効化され、雷属性魔法も同属性を得意とするが故に致命的なダメージは与えられていない。血反吐を吐く思いで獲得した“覇潰”の強化にも、新たな力を獲得し対応してくる。エレボスとの連携さえも彼は対応してのけた。

戦況を見極める分析力。状況に応じた判断力。武術の才能。魔法の才能。魔法と武装の構築と展開、変形速度は、およそこの世界に呼ばれてまだ半年も経過していないもともと争いとは無縁の少年とはとてもではないが思えなかった。

魔法や戦闘の才能が、これまで見てきた誰よりも優れていたのだ。

もっとも、これらの魔法に関してはドライグとヘスティアの協力があって初めてできる芸当なので陽和一人では不可能なのだが、それを彼らが知るはずもない。

 

『さぁ、仕切り直しだ。今度は二対二だな』

『小僧ども、よくも相棒を散々傷つけてくれたな。今度は俺も相手だ』

 

陽和とドライグが闘志に満ちた様子で瞳をギラつかせる。

陽和だけでなく、伝説の邪竜を同時に相手する今の状況。本来の力とは程遠いらしいがそれでも赤竜帝が二体いるという事実にディレイドは苦々しい表情を浮かべていたが、それは一転し覚悟を決めたような決然とした表情を浮かべる。

 

「赤竜帝、お前は強い。たった一人で万軍を相手するどころか、世界すら相手どれるほどに。だからこそ、一つ聞かせろ」

『………なんだ?』

「何故そうまでして神に抗う?解放者の末路を知っておきながら、それでもなお何故破滅へと進む。それほどの力があるならば、神から隠れることも可能ではないのか?」

『………その様子だと解放者の真実は知ってるか。まぁ、攻略者だもんな』

 

陽和は一人納得する。

ディレイドも大迷宮攻略者であるが故に、解放者達が後世に残した物語を見聞きしたはずなのだ。まして、氷雪洞窟は魔人族と竜人族の混血ーヴァンドゥル・シュネーの大迷宮だ。彼は混血であると同時に魔王の弟でもあり、れっきとした王家の血筋だ。遥か昔の王族が他種族と手を取り合い理不尽に戦った事実を知っているはずなのだ。

だからこそ、その末路が破滅なのだということも知っていた。

だから、その問いかけに陽和は兜を外し素顔を露わにしながら正面から答える。

 

「生きているからだ」

「なに?」

 

問い返すディレイドに陽和は真剣な眼差しを向ける。

 

「俺達は生きているんだ。生きているというのは自らの足で歩き未来を紡ぐことだ!何を信じ、何を選ぶのか、道を決めるのはいつだって俺達自身だ‼︎それが生きてるってことだろう⁉︎それが人なんだろう⁉︎」

 

紅白と翡翠の輝きを纏う陽和は、言葉にさらに力を乗せ咆哮を上げるが如く叫んだ。

 

「俺達の人生は俺達の物だ‼︎‼︎神如きが好き勝手していい物じゃねぇ‼︎自由な意志の下に自らの足で歩くこと‼︎‼︎それが人生なんだ‼︎‼︎だから俺は未来を掴む為にどこまでも抗う‼︎‼︎」

「自身の、意志で……」

 

ディレイドが陽和の言葉に大きく目を見開き、信じられないものを見たかのような表情を晒す。

その表情に何かを感じたのか、陽和は言葉を続けた。

 

「ディレイド・ベルグライス‼︎お前は何故神に屈する道を選んだっ⁉︎アレを真実だと思えるのならっ‼︎なぜ、神に恭順しているっ⁉︎」

 

陽和は確信した。

ディレイドは大迷宮攻略時に知ったであろう解放者の真実を、虚偽ではなく確かに過去に起きた出来事なのだと認識していると。

これが、信仰に全てを捧げた狂信者ならば、過去の真実よりも神の言葉を何よりも優先するはずなのに。彼はそうではなかった。彼は確かな真実として認識しており、その上で陽和とは真逆に神に恭順する道を選んだ。

 

「…………お前には分からんさ。神に抗うことを決めたお前にはな」

 

陽和の問いかけにディレイドは諦観じみた声でそう返した。その態度に、陽和はまるで目を逸らしているようだと感じた。だからこそ、更に問う。

 

「なら、セレリアを獣魔兵にした本当の理由を言え」

 

ピクッとディレイドの眉が動いた。あたかも、己の核心を突かれたかのような反応に陽和はずっと前から考えていた憶測で畳み掛ける。

 

「アルヴの神託があったから?魔狼の適性があったから?それらも嘘ではないんだろう。だが、あくまでそれは建前のはずだ。だっておかしいだろ?他の獣魔兵、バートやあの女二人は全員が元冒険者で獣魔兵の下地は十分にあるにも関わらず、戦闘のせの字も知らなかった町娘に過ぎないセレリアをまず獣魔兵にした」

「…………………」

「実の兄に妹を改造させ、妹と兄を戦わせる。解放者の一人ラウス・バーンも親子での殺し合いをさせられたんだ。あり得る話だ。………それをお前は理解した上で、あえて応じたんだろう」

 

そこから陽和は一つの答えを導き出した。

 

「ディレイド、お前本当は「黙れ」—」

 

答えを最後まで言い切ることはできなかった。

ディレイドの有無を言わせない言葉が陽和にその続きを話させなかったからだ。彼は、静かに激昂していた。瞳は怒りに燃え……同時に、悲しみに揺れていた。

 

「それ以上は、言うな」

「……………」

 

思わず口を噤む。

その先を語らせないようとする態度。そこに明確な拒絶を感じた。まるで、彼が言おうとしていた言葉を分かっていたかのような様子に、陽和が何かを言おうとした瞬間、ディレイドは一度目を伏せてもう一度開く。その瞳には既に怒りや悲しみの色はなく、あるのはただ悲壮なまでの覚悟だけだった。

 

「紅咲陽和。お前の存在は俺の目的の邪魔になる。だからこそ、お前は何が何でもここで滅ぼさなくてはならない」

 

ゴウッとディレイドから闇色の魔力が竜巻の如く渦を巻いて噴き上がる。莫大な魔力の輝き。命を削っていると錯覚しそうな輝きは、これまでとは比較にならない。

もはや彼は止まれないのだ。彼は解放者の真実を知った時、ショックを受け自分達が信じてきた神の正体に心底失望したかもしれない。

だが、それでもと拳を握り締めたのだ。同胞を導き、より良い未来を齎すために。その為ならば何を犠牲にしてでもと悲しい覚悟をもって戦い続けたのだ。それが妹を傷つけ、多くの同胞を死地に導く結果を招いたとしても。

その有様に、陽和は傷つきボロボロになった、鎖に縛られた孤高の巨竜を幻視した。本当は誰よりも誇り高く、弱きを守る為にその爪牙はあるのに、暗雲を払う為にその翼はあるのに、障害を噛み砕くためにその顎門はあるのに、鎖で雁字搦めに縛られているからか爪を振うことも、翼を広げることも、咆哮を上げることも叶わなかった。

けれど、それでも自分にも守れるものはあるのだと証明したかったから、ずっと彼は戦い続けているのだ。自らの心があげる悲鳴を聞こえないふりをしてまで。

闇色の竜巻の中で、陽和を睨むディレイドは牙を剥き出しに吼える。

 

「俺に敗北は許されない‼︎同胞達の為にも、今ここでお前は必ず滅ぼさなくてはいけないんだ‼︎‼︎俺は同胞達の英雄なのだから‼︎‼︎‼︎」

 

自らに言い聞かせるように叫びながら、それを発動した。

螺旋を描き噴き上げる魔力の猛りが一層激しくなる。

そして、ディレイドを包み込み、魔力の輝きが臨界点まで高まった直後、光が爆ぜて、光の螺旋を内側から吹き飛ばした。

 

 

『グゥオオォォォォォォォォォォォォォッッ‼︎‼︎‼︎』

 

 

そうして光が収まり現れたのは———竜だった。

闇色に輝く紫黒の鱗を持ち、捻れた角を頭部に、長い尾には無数の棘が生え、背からは巨大な一対の翼を生やしている。全身から紫電を迸らせる禍々しく恐ろしい雷竜がそこにはいたのだ。以前より体躯を増し25mほどとなったエレボスよりも巨大で、ともすれば陽和よりも大きいのではないかと思わせる30mをも超える巨体。

 

「………お前……そこまで………」

 

魔人族であるはずの彼が、獣魔兵として竜の力を得ている彼が、まさしく竜となった。それに、陽和は目を見開き声を震わせる。ドライグやヘスティアは驚愕の声を上げた。

 

『なんて男だ。まさか自力で自らを竜化できるまでに改造するとは。相棒と同じく英雄の素質があるとはいえ一介の魔人族の範疇を超えているぞ』

『………竜人族の竜化は変成魔法が起源ではあるから、理論上では可能なのはわかる。けど……』

『ああ。実際は至難の業だ。それこそ、変成魔法の本質を理解していなければできない話だ』

「………つまり、あいつは到達したってことか」

『恐らくはな』

 

神代魔法は理に干渉する魔法だ。

その力はあまりにも強大すぎて本質を理解せずとも、強力無比な力を発揮することができる。だが、その力の本質を知ることでできる幅というのは格段に広がる。

それを陽和は言葉として、記憶として知っている。だが、未だ実感はない。知識としてではなく感覚で理解ができておらず、未だ神代魔法の本質には到達し得ていないからだ。知っていようとも、実感しなければ意味がない。

だが、ディレイドは到達したのだ。変成魔法の本質へと。

その発露があの竜化なのだろう。

 

今やディレイドは魔人族でありながら、竜人族となったのだ。

 

その衝撃的な事実に陽和は悲しみに表情をわずかに歪める。

彼の覚悟を見誤っていた。いや、神の奴隷に成り下がるような者に覚悟なんてないのだと心のどこかで決めつけていた。

あるのは神への狂った信仰心だけで、理解できるはずがないと、負けるはずがないと思っていたのだ。

 

…………だが、ディレイドは違う。

 

彼は散々苦悩した上で神の下僕になることを選んだのだ。

自らが一人抗ったところでどうしようもないと絶望し、多くの同胞を救うために、彼は自らを犠牲にする道を選んだのだ。

それを覚悟と言わずとしてなんと称すればいいだろうか。

少なくとも、陽和には以前のように彼を狂信者と断ずることはもう出来なかった。彼は全てを背負うことを覚悟した紛うことなき英雄だ。

 

『俺は俺の正義を証明する‼︎‼︎お前を殺し、戦争を終わらせること‼︎‼︎それが俺の覚悟だ‼︎‼︎これ以上お前に阻まれてなるものかッッ‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

もう止まらないのなら、破滅するまで突き進む。

己の選択が正しかったのだと証明する為に、彼は命尽きるその時まで戦い抜くと誓ったのだ。その悲壮すぎる覚悟に陽和は静かに頷いた。

 

「……………分かった。それが、お前の『正義』なんだな」

 

彼の翡翠の瞳に宿る色が変わった。

そこに宿るのは、呆れでも、侮蔑でも、失望でも、怒りでも、ましてや敵を見る目でもなかった。

 

「……………なら、俺はお前の自由な意志を取り戻す為に戦おう」

 

宿るのは、猛る炎の如き希望。

ディレイドの覚悟に何かを見て、陽和の瞳は希望に燃える。

それは、既に燃え尽きたと思っていた火種が、まだ熱を持っていたのに気づいたかのように。

手を伸ばせば届くのだと、そう確信したみたいに。

気づいた以上自分のやることは決まったようなものだ。

しかし、それは初めから何も変わっていない。人が願った希望の力を見せつけること。彼に、人の可能性を示すことなのだから。

 

「………ドライグ、ヘスティア、力を貸してくれ。あいつを、俺は止めたい」

『ふっ、何を今更な。俺はお前の相棒だぞ?いくらでも力を貸すさ』

『魔力の制御は僕に任せてくれ。君は存分に戦えばいい』

「…………ありがとう」

 

相棒達に礼を告げた陽和は全身を輝かせ、一瞬で赤竜に転変。彼もまた成長してるおかげか以前よりも体躯は大きくなり、ディレイドにも劣らないサイズとなった。

ここに、二頭の紫黒竜と赤竜、炎竜が対峙する。

一頭は紛い物の体だが、放つプレッシャーは本物のソレと何ら変わりはない。

戦場とは思えないほどに静かな雰囲気で相対し、睨み合う四頭の竜。戦場の喧騒が、妙に遠い。見ているのは自分が倒すべき相手のみ。エレボスやドライグも同じでお互いを睨み威嚇する。

やがて、遂にー

 

 

『行くぞ‼︎』

『来い‼︎』

 

 

四頭の竜の戦いが始まった。

 

 

 

 





今年の締めくくりとしては続きが気になるような展開で終わらせれたと思います。

陽和が編み出した“五神獣”と“ドライグ”。彼の成長と覚悟がうかがえる魔法ではありましたが、まさかのディレイドは変成魔法を極め己を竜化できるまでに高めていました。
お互い以前の大火山での決戦を経て、互いを打ち倒すべく己を高めた結果、勝敗の行く末はよりわからなくなりました。

様々な思惑によりより混沌とかした激闘を制するのは果たしてどちらなのか、今後の展開をお楽しみにしててください。

それでは、また来年お会いいたしましょう。

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