竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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お待たせしましたぁ!!


69話 月下氷哮

 

 

雫が”海竜化”を会得する少し前、セレリアもまた雫と同様にクレアに追い込まれていた。

 

クレアの燃え滾る蒼炎がセレリアの凍てつく紫氷を爆砕していく。クレアはシャルフィとは違い、セレリアに傷をつけられた時点で気を引き締め確実にセレリアを倒そうとしているのだ。

一流の武人である彼女が一才の油断もなく本気で戦っているのだ。セレリアが打ち込める隙はほぼないに等しかった。

しかし、だからと言ってそれが諦めていい理由にはならない。

 

(…………正攻法ではクレアさんには勝てない。技術もなければ、戦略も思いつかない)

 

爆炎に氷鎧を焼かれながらも、セレリアは必死に打開策を模索していた。

自分でも分かっていた。このままでは自分は確実にクレアに負けてしまう。魔法の属性相性だけでなく、戦士としての経験値、戦略眼、全てが彼女に及ばない。勝てる道理などあるはずがない。普段ならば勝てなくてもいい。勝てなくて当たり前だと思えてしまう。

だが、今だけは負けてはならない。自分が負けたら彼女達はずっと暗闇の中にいることになってしまう。

そんなのは嫌だ。そんな未来認めてたまるか。

そんな未来にしたくないから今自分は戦っているのだ。ならば、何が何でも止めなければならない。

だが、それを実現するための実力も戦略も今の彼女は生憎と持ち合わせていなかった。

 

「ヅゥッ⁉︎」

 

ザンッと鎧が斬られ、脇腹を直接焼かれる。

何度目かも分からない肉を焼き斬られる鋭く熱い痛みにセレリアの表情が苦悶に歪み、次の瞬間には柄の殴打で側頭部を殴られ視界がぐらつく。

そしてその一瞬の隙をつかれ、燃え滾る獄炎纏う獣脚がセレリアの腹に突き刺さり炎が爆ぜる。

 

「がふっ……ごほっ……かっ」

 

鎧が砕かれ、焼けた肌が顕になりながら、地面に転がるセレリアは血の塊を何度も吐き出す。

 

(くそっ………これで、何度目だ?)

 

もう数えるのも馬鹿馬鹿しいぐらいに自分はクレアとの戦いで何度も血反吐を吐きながら地面に這いつくばっている。

ドライグに回復してもらったとはいえ、常に魔力を鎧の修復や攻撃、未来視や回復に費やしているため、もう残り僅かになってきている。

なのに、状況は好転しているどころか、むしろ悪化すらしてしまっている。

全身が焼けて痛い。呼吸のたびに肺に鋭い痛みが走る。痛くて、熱くて、視界がぐらついている。

 

「だから言ったでしょう?多少回復したところで何も変わらないって。実力差は気合いで縮められるわけでもなければ、意志の強さが力に反映されるわけでもないわ」

「……………くっ」

「さっきあなたは限界を越えると言ってたわね。でもね、人はそう簡単に限界は越えられないのよ。限界を超えて逆転するなんて、そんな都合のいい話なんてそうそうない。あなたは私には勝てないの」

 

有無を言わさず現実を突きつけるクレアにセレリアは何も言えない。

クレアの言う通りだ。どれだけ負けたくないという一心で戦ったとしても、想いと実力は比例しない。

そうそうないからこそ、限界を越えると言うのであって願ったから超えられるなんてわけではない。

どれだけ意思を強靭に保とうとしても、現実はどこまでも非情で有無を言わさずに実力差を否応がなく突きつけてくる。

 

完全に詰みだ。もうセレリアに挽回の手は無い。

 

それを彼女自身痛感してしまい、それまで保てていた心が一気に絶望に傾く。もう無理だ、勝てない、そんな弱気な囁きが自分の内側から聞こえてしまうほどになってしまう。

強靭に保っていた心が、心を温めていた灯火が急速に熱を失ってしまう。

瞳や魔力の輝きも彼女の意志に比例するように弱々しくなってしまう。

 

(………もう、何も打つ手がなー)

 

ない。そう心の内で呟きかけた瞬間、

 

 

 

 

 

『ああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ———————————————ッッ‼︎‼︎‼︎』

 

 

 

 

 

親友の雄叫びがセレリアの耳に届いた。

 

「っっ⁉︎」

 

弾かれたように俯いていた顔をあげてその咆哮の先を見上げる。クレアも何事かとそちらへと振り向き気づく。

彼女達の視線の先では瑠璃色の水球が浮いていたのだ。

それは雫が竜化を会得した証であり、たった今彼女が真の竜人族へ至る瞬間だった。

 

「雫……?」

 

周囲を水のアーチが取り囲んでいる水の蕾はあまりにも美しく、アレが親友のものだとすぐに気づいたセレリアであっても思わず見惚れてしまうほどだった。

 

「……あれは、ちょっとまずいわね」

 

その一方であの壮麗な『青』に宿る魔力とプレッシャーにクレアは警戒度を引き上げて呻く。

歴戦の猛者にして獣魔兵であるクレアをもってしても、今の雫から感じられる気迫は危機感を抱かせるほどだったのだ。

そんな中、蕾が花開き、中から姿を現したのは瑠璃色の海竜だった。

 

『クゥオオオアアアアァァァァァァァァァァァァァ—————————ッッッ‼︎‼︎‼︎』

 

透き通った壮麗な咆哮が戦場に響く。

美しい咆哮は数多の魔人族を圧倒しその場に縫い付けた。

殆どの者が途轍もない存在感を放つ竜が現れたとしか思わない。だが、セレリアは違う。彼女の成したことを理解した瞬間、絶望が宿っていた表情にたちまち希望の光が宿った。

 

「ははっ、はははっ、雫、お前ってやつはつくづく凄いな」

 

思わず感心の笑みがこぼれて雫の成したことを賞賛する。

土壇場の窮地の最中に竜化を会得し発現してみせた。まさに、彼女は宣言通りに限界を超えたのだ。

いつだって自分の先を突き進む彼女の強さに、どこまでも陽和に並び立とうとする強い意志にセレリアの心に宿っていた灯火が再燃する。

 

「そうだよな。諦められるわけないよな」

 

笑みが自然と浮かび、足に再び力が入る。

ゆっくりと立ち上がった彼女の瞳は闘志の炎が燃え盛っており、淡紫の輝きが急激に増していく。

再生魔法で肉体と鎧を一気に修復したセレリアは、遂に二本の足でしっかりと立ち上がってみせた。

 

「何も取り戻せていないのに、負けられるわけないよなァァッッ‼︎‼︎‼︎」

 

牙を剥き出しに獰猛に吼え、高らかに己が闘志を示して見せる。

先程の弱々しい姿とは打って変わって獣の如く獰猛に笑い闘志を剥き出しにしたセレリアは地面を蹴って勢いよく前進する。

気力十分に突っ込んで果敢に挑むセレリアの拳を余裕をもって躱しながらクレアは悲しみに目を細める。

 

(………どうして、諦めてくれないの?)

 

散々実力の差を見せつけたはずだ。

魔法相性的にも、経験値的にも、セレリアはクレアに何一つ勝るものはないと痛感したはずだ。

それなのに、どうして立ち上がってしまうのだろうか。

勝てないと分かっている敵に何故抗い続けようとしているのだろうか。

もう諦めて仕舞えば楽だろうにどうして?とクレアはなおも戦意を絶やさないセレリアのことが全く分からなくなっていた。

 

(……違う)

 

クレアは自分の考えをすかさず否定する。

…………本当は分かっていた。

セレリアが自分達に立ち向かう理由なんてわかりきっている。

 

(………あなたはあんな目にあってもなお、私達を愛してくれてるのね)

 

今もなお自分達を愛してくれているからだ。

神託に従い、拒む妹を改造し化け物へと変えた兄と、そんな彼に付き従う姉同然の自分達。

本当なら恨んで当然なのだ。憎んで当たり前なのだ。なのに、この子は憎悪ではなく、愛情を以て自分の前に立った。

今もなお愛してくれているのは純粋に嬉しい。しかし、嬉しいからこそ、悲しかった。

自分達を憎んでいてくれたら、自分達がどんな末路を辿っても悲しむことなんてないはずだ。しかし、自分達を愛しているのなら、自分達が選んだ道を認めないに決まっている。

実際、クレアの予想は正しく、セレリアはこうして自分達の前に立ちはだかってしまっている。実力差を鑑みずに、ただ愛しているから、その一念のみで。

 

(………………もう、殺すしかない)

 

クレアは確信した。

致命傷にまで追い込んだ程度ではセレリアは止まってくれないと。彼女を止めたいのなら、もう殺すしか道はない。

なんて皮肉だろうか。本来ならば、この子を()()()()()()()()()()というのに。守るべき力で守りたいと願った妹を殺そうとしている。

セレリアの言う通りだ。自分達は道を違えた。

ディレイドを止めなかったあの日、自分達は進むべき道を間違え獣に堕ちてしまった。

だからこそ、セレリアの言うことが正しいことなんてわかっている。

彼を愛しているのなら、間違いを正すのも妻の務めなのだ。

しかし、それはできなかった。自分達に彼の絶望を掻き消すほどの力はなく、国に、世界に抗おうと言う勇気がなかったからであり、最大の理由は、絶望に沈む彼を1人にはさせたくなかったからだ。

愛しているからこそ、彼の絶望に寄り添う選択をした。

その結果、愛しい妹を傷つけたのだとしても、それでも彼の犯した罪を共に背負うことで寄り添うことを選んだ。

だからこそ、セレリアが自分達を憎んでくれていたらどれだけ良かったことか。憎んでくれていたら身勝手に彼女の幸せを願いながら死ねるというのに、自分達を愛してしまっているのなら、もう殺すことでしか守れないではないか。

 

この世界で生きるには、セレリアは優しすぎるのだ。

たとえ自分が認めるほどに強くなり、頼もしい仲間を得たとしても、この先の理不尽に彼女の心は耐えられないだろう。

いつかどうしようもない現実に心が壊れるとクレアは確信している。そんなことになるぐらいならいっそのこと、殺してしまったほうが彼女の為だ。

 

これ以上優しいこの子が傷ついてほしくないから。

 

こんな人でなしなんかのことで心を痛めてほしくないから。

 

彼女を愛しているから、殺すのだ(護るのだ)

 

もうこれ以上、悪意ある世界で苦しまないように。

 

(………あなたを殺そうとする私を決して許さないで。あなたは何も間違っていない。間違ってるのはこの世界と私達なんだから)

 

愛する者を殺す覚悟を決めた彼女の瞳から涙が溢れるが、すぐさま鎧の炎に焼かれ蒸発する。

一筋の涙を溢したクレアは兜の下で表情を冷酷なものへと変えると、拳を振りかぶったセレリアの攻撃を容易く避けてその首を切り落とそうと炎剣を振り上げ、一思いに振り下ろした。

蒼く燃え盛る獄炎を宿す炎剣は使い手の覚悟に呼応するように一層激しく滾り研ぎ澄まされ、全てを焼き切る魔剣と化した炎剣がセレリアの首に迫り、氷鎧ごと焼き切ろうと振り下ろされる。

攻撃直後の最も無防備な瞬間だ。この攻撃は避けられない。確実に首を焼き切れるだろう。

そう思った刹那、セレリアの首に剣が到達する前にクレアの腹部に未曾有の衝撃が走った。

 

「がはっ⁉︎」

 

殴られたと理解した時にはすでにクレアの体は宙を舞っており、肺の中の空気を全て吐き出していた。

空中で身を翻しなんとか地面に着地したが、クレアの顔は驚愕に満ちている。

殴られた腹部を見下ろせば炎鎧の一部が凍りついていて、服が顕になっていた。氷はすぐに炎に焼かれ鎧は修復されるが驚愕は消えない。

 

(どういうことっ⁉︎私の炎が凍らされたのっ⁉︎)

 

理解ができない。

まさしくクレアの胸中はその一言に満ちていた。

先程まで一方的に焼かれていたはずの紫氷が、一部とはいえ逆に蒼炎を凍らせた。

どういうわけか、魔法の出力が上がっているのだ。しかも、先ほど受けた拳はこれまで受けとめたどの一撃よりも重かった。

 

「あなた、一体何がっ———っ⁉︎」

 

何が起きたと問おうと顔を上げた瞬間、クレアは息が詰まる。

クレアの瞳が映すセレリアの姿に変化が生じていたのだ。

混沌とする戦場を照らす冴え冴えとした黄金の月光の下、セレリアを包み込む淡紫の輝きが明滅を繰り返し、炎のようにザワザワと揺れはじめる。

纏う淡紫は明滅を繰り返しながら輝きを増していき、やがて夜天を照らす満月にも劣らない程となり、地上にもう一つの『月』が現れたと錯覚するほどだ。

 

月光を背に立ち、『紫』を纏う彼女の銀毛が逆立ち、爪牙が鋭くなる。

紫氷の兜の奥、獣魔兵となり変化した琥珀色の瞳が、その瞳孔が、縦に割れ凶暴な輝きを宿す。

さらには、鎧越しにでもわかるほどに筋肉が隆起し、その隆起した体格に合わせ鎧が再構築されていく。

元々はしなやかかつシャープな見た目の氷鎧だったが、四肢は一回り太く頑強になり鉤爪は鋭利に伸長し、鎧の各部が分厚くなり、背中や腕には鋭い氷棘が備わっている。

その鎧の中心、胸部には琥珀色の輝きが生じた。見れば、陽和の胸に宝玉があるように、楕円形の琥珀色の宝玉が肉体の内側からせり上がり胸元で光り輝いていたのだ。

そうして荒々しく凶暴な姿へと変貌を遂げたセレリアは、顔を上げ月を仰ぎ見ると牙を剥き出しにし、夜天へと吼えた。

 

『ルゥゥオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ————————————ッッ‼︎‼︎』

 

雷鳴が如き咆哮が夜天をビリビリと震わせ、纏う輝きが爆ぜて視界を焼いた。

轟く咆哮に、爆ぜた月光に、戦場にいた者達の大半が何事かと振り向く中、誰よりも近くで彼女の変貌を見たクレアは目を見開いた。

 

「何よ、その姿……」

「グゥルルル」

 

変貌を遂げたセレリアはクレアの問いかけには応えずに、獣のように唸り声を上げると四つん這いとなる。

次の瞬間には二筋の琥珀の残光を引き連れながら、その姿が掻き消え自分の眼前に月光を反射して煌めく紫氷の鉤爪が迫っていた。

 

「っっー⁉︎」

 

反射的に首を捻り躱したが、風を切る音を立てて空気を裂くその鉤爪の鋭さに冷や汗が流れる。

明らかに紫氷の密度が、放つ冷気が増しているのを感じた。あれを喰らえば鎧では相殺しきれない、そう直感できるほどに、彼女の紫氷は研ぎ澄まされていたのだ。

そして、鉤爪の攻撃は一度では終わらなかった。

 

「ガァルゥアアッッ‼︎‼︎」

 

獣の如き咆哮をあげてセレリアは両腕を振りかぶり、氷爪の連撃が始まる。

紫の軌跡が無数に描かれ、暴風が如き勢いで氷爪が振るわれる。先程とは打って変わった荒々しい乱撃にクレアは防戦を余儀なくされてしまう。

 

「くっ‼︎」

 

予測ができない。

先程までは容易く見切れたのに、今は全く予想がつかない。

人体の動きからどのような攻撃が来るかはある程度判断できるものの、その判断を悉く覆される。

 

(なんなのっ、この動きはっ⁉︎)

 

サマーソルトで自分の顎を下方から狙った蹴撃を紙一重で躱すが、その余波で鎧の炎が凍る。

すぐに紫氷は溶けるものの、鎧が剥がれるのでその度に纏い直さなければいけない。しかし、その間にもセレリアの猛攻は止まらない。

反撃で振るった炎剣を容易く躱され、すぐさま急加速しその姿が消え、視界の端で地面が爆ぜた次の瞬間には再び氷爪の攻撃が襲いかかってくる。

そのせいか迎撃が間に合わなくなり、鎧の所々が裂かれ凍り付いていく。

その動きは到底『人』を相手に戦っているとは思えない。予測のつかない動きはもはや『獣』のソレだ。

そこまで考えてクレアは一つの可能性が過った。

 

(待って…….獣?)

 

理性的な『人』の動きとは打って変わった凶暴的な『獣』の動き。

『人の理性』を捨て『獣の本能』に委ねたかのような動きはまさしく獣になったかのようだ。

そして、自分達はディレイドによって魔物の魔石を埋め込まれ、獣の力をその身に宿した『獣魔兵』。

言い換えれば、自分達は『人』と『獣』が融合した存在。

魔人族の身でありながら、魔物の力を行使できる戦士だ。

だからこそ、クレアは一つの可能性に行き着き、驚愕に双眸を丸くさせた。

 

「ま、まさか……」

 

同種の力を宿し数々の死戦を潜り抜けた猛者だからこそ、セレリアがしでかしたことに……いいや、成し遂げたことを理解してしまい気づけば叫んでいた。

 

 

 

「獣に堕ちたとでもいうの⁉︎」

「……少し、違う」

 

 

 

クレアの叫びをセレリアはすかさず否定する。

縦横無尽に駆け回るのをやめ少し距離を空けたところで立ち止まると、確かな理性を宿す眼差しを彼女に向けながら静かな声音で返した。

 

 

「……私は、受け入れたんだ」

 

 

それはセレリアの覚悟の証明であり、ようやく辿り着いた一つの答えだった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『やっぱセレリアはまだ獣魔兵の力を受け入れ切れてはいないな』

『どういうことだ?』

 

あれはエリセンで再生魔法の鍛錬を行っていた時のことだった。鍛錬をしていた時に、陽和が何気ない様子でそう言ってきたのだ。

セレリアは陽和の発言の意図が分からず首を傾げてしまう。

そんな彼女の疑問にドライグが答える。

 

『生物の体は常に全力を出せるようにはできていない。体が壊れないように無意識に力を制限している。“限界突破”や“臨界突破”が制限時間付きなのはそういうことだ』

『確かにそうだな。だが、それと私の力がどう関係あるんだ?』

『技能も同様なんだ。肉体的な全力以外にも自身の能力を無意識下に制限することだってある。そしてその制限は成長に応じて解除され、覚醒、あるいは進化という形で潜在能力は解放されていく。相棒が俺の力を段階的に解放しているのも同じ原理だ』

『ということは、私はまだ獣魔兵の力を解放し切れていないということなのか?』

『まだまだ成長余地があるからというのもあるが、セレリアの場合はそこに精神的な問題も加わってくるだろうな』

『精神的?』

 

セレリアの疑問に陽和は頷き、その精神的な問題を指摘する。

 

『ああ。単刀直入に言うが、お前はまだ自分に宿る獣の力を肯定できてないだろ?』

『っっ』

 

核心をついた問いかけに息が詰まった。

2人の言い分は正しい。確かに自身に宿る魔狼の存在をセレリアは全ては肯定できていない。

確かにこの力のことを次第に受け入れつつはある、まだ全てを肯定することはできていなかった。

それはこの力に対する不安がまだ残っていたからだ。

 

『…………確かに2人の言う通りだ。私は、まだこの力を受け入れてきれてない』

『………』

『この力は強力だが、このまま使い続けたらいつか私が私でなくなって、ただのケダモノに成り下がってしまうんじゃないかとふとした時に思ってしまうんだ。それが………怖い』

 

力を使うたびに自分が内側に宿る獣に乗っ取られてしまうのではないかという不安が常に付き纏ってしまっているのだ。

家族を狂わせ、自身の平和を壊した悍ましい力。

最初は変身することすら嫌だった。自分が自分でなくなるような気がして、醜い化け物に成り下がるようで怖かった。

陽和と出会ってからこの力も肯定できるようになったが、まだこの力の全てを受け入れることはできていなかった。

 

『そうだな、元々お前の人生を狂わせた力だし、自分の中に別の存在が入っているならそう考えてもおかしくはない』

 

自身の体を抱きしめながら俯き不安げに語るセレリアに、俺らみたいなのが例外だな、と陽和は呑気に笑うと安心させるような笑みを浮かべ続ける。

 

『でも、その力はお前の味方のはずだ。それはこれまでが証明しているだろう?』

『……それは、確かにそうだが…』

 

これまで幾度となく獣の力を使ってきたが、本能に呑まれる様子はない。

むしろこれまで乗り越えてきた困難はこの力がなければ一つも乗り越えることはできなかった。

だからこそ、これまでが大丈夫だったからだと安心するのも理解できる。

とはいえ、そう思えてもやはりどうしても一抹の不安は残ってしまうのだ。それを陽和は当然分かっていた。

 

『気持ちは分かる。だが、やってみないと何も始まらないだろう?だから、まずは試してみろ。万が一があっても俺がお前を助けるから失敗した時のことは気にしなくていい』

『……陽和…』

『もう1人だった頃とは違う。お前には俺や雫達がいる。だから、俺達を信じて好きにやってみろ』

 

セレリアの頭を優しく撫でる陽和は陽だまりのような温かい笑顔を浮かべながら、それにな、と続けた。

 

『俺は思うんだ。お前に宿る獣は悪いやつじゃないし、きっとお前のことを気に入ってるってな。それなら大丈夫だろう、お前ならできる』

『その根拠はあるのか?』

『さぁ?勘だ』

『ふふっ、何だそれは』

 

陽和の笑みにセレリアも釣られて噴き出してしまう。

何の確証もない運任せな言葉だったが、愛する男の言葉だからか、はたまた背中を預けられる戦友の言葉だからか不思議と彼の言葉に安心できた。

いや、違う。セレリアは心のどこかでその言葉を求めていたのだ。

 

 

 

だから、セレリアはようやく決心がついた。

 

 

 

『—————————』

 

 

気づけばセレリアの意識は現実から切り離され、別の空間にいた。

そこは言うなれば雪原だった。どこまでも白い雪原が広がり、雲一つない夜空には鮮やかな黄金の満月が浮かんでいた。

凍てついた空気が肌を刺すように冷たいが、セレリアからすれば心地よい空間だった。初めからこの銀世界と共にあるような、あるべき場所に戻ったような感じがした。

そして、鮮やかに輝く満月の下に広がる雪原には一頭の獣が佇んでいた。

 

ソレは白銀の毛並みの美しい巨狼だった。

 

見上げるほどに巨大な銀狼は琥珀色の眼光を輝かせながら静かに佇み自分を見下ろしていたのだ。

月光を反射し煌めく白銀の体毛は美しさを感じる。琥珀色の眼光はまさに宝石のようで吸い込まれそうだった。

威風堂々と佇む様はある種の高貴さを感じさせ、その獣が生前いかに気高かったかがよくわかる。

その眼光は特に細められているわけでもないのに、射抜かれたかのような鋭さを感じる。

だが、セレリアはその威圧に飲まれるわけでもなければ、恐怖に竦むこともなかった。

当然だ。その眼光を見た瞬間に、目の前の巨狼が自分に埋め込まれた魔石の本来の持ち主なのだと魂が理解したからだ。

自分の半身に等しい存在でもある。恐れることも竦む理由もあるはずがない。

セレリアは巨狼と向き合うと、小さく笑う。

 

『思えば、貴様は最初からずっと私を護ってくれてたな』

『………』

 

巨狼は何も答えない。ただ静かにセレリアの言葉に耳を傾けるだけだった。

だが、ソレでいい。ただ耳を傾けてくれるだけでいい。

なぜならば、今彼女は誓いの言葉を紡いでいるのだから。

 

『最初、私は貴様が怖かった。いつ喰われるのかとずっと怯えていて、向き合うことすらしなかった。だが、そんな私であっても貴様は力を貸してくれてた』

 

自身の胸に埋め込まれた魔石の存在を感じながら、胸に片手を添え言葉を紡ぐ。

元々は望まぬ力だった。家族を歪め平穏を奪った忌まわしき力。信仰に歪められた兄によって埋め込まれた怪物の証。

あの時から自分はもう普通の未来は歩めないと思っていた。生物兵器としてひたすら望まぬ殺戮を強いられるのだと絶望し自分の運命を諦めてすらいた。

いつ内に宿る獣に己を喰われ自分じゃないケダモノに成り下がってしまうのかと不安だった。

 

『貴様の力があったからこそ、今の私がある。貴様のおかげで私は今にたどり着く事ができた。だから貴様の存在には感謝している。本当にありがとう』

 

しかし、この力があったからこそ、自分はあの地獄から抜け出す事ができ、陽和達に出会い彼らと肩を並べて戦うことができるほどに強くなった。

 

仲間ができた。背中を預けていいと言ってくれた。

親友ができた。苦しいなら頼っていいと言ってくれた。

恋人ができた。愛していると言ってくれた。

 

彼らと共に戦い、絆を育んでいったことで呪われた力だったソレはいつしか護るための力へと変わっていった。

自分はずっと、恐れていた獣の力に護られていた。

だからこそ、今振り返って思えば本当に感謝しかなかった。

素直に感謝を伝えられた巨狼はフンッと鼻を鳴らす。それはまるで『気にするな』と言っているようだった。

陽和の言う通り、悪い奴ではないんだと薄々気づいたセレリアは小さく笑うとすぐに真剣な表情を浮かべ告げる。

 

『私は何一つ諦めたくない。陽和と同じように全てを護りたいんだ。その為には貴様の力が必要だ』

 

セレリアは決意を示す。

この力の意味を変えてくれた新たな群れの仲間達を護りたいし、かつて自分がいた群れも救けたい。

だが、ソレをなす為には今のままでは足りない。目の前にいる巨狼の力があって初めて実現するのだ。

 

『グゥルルル…………』

 

その想いを理解したのか巨狼は双眼を細め、低く唸り声を上げ、確かな威圧を放つ。

見定めるつもりなのだろう。常人なら声すら出ないような覇気に満ちた眼光を前にセレリアは不適な笑みを浮かべると堂々と名乗りをあげた。

 

『私の名はセレリア・ベルグライス。始まりの獣魔兵《銀狼》にして、赤竜帝パーティーの《牙》………そして、気高き魔人族の英雄《雷公》ディレイド・ベルグライスの妹であり、誇り高き希望の英雄《赤竜帝》紅咲陽和の伴侶だ。私は、これまで私を護ってくれた全ての人達に恥じない生き方をこれからしていきたい』

 

彼女の名乗りに応じて、総身から淡紫の輝きが溢れ炎のように激しくゆらめく。

それはまさしく彼女の強い意志の表れだ。確固たる決意が魔力の輝きとなって具現化しているのだ。

 

人か獣のどちらかを選ぶ必要なんてない。両方なって仕舞えばいいのだ。だって、自分は獣の力を宿すと同時に戦士の誇りも受け継いでいるのだから。

自分は魔物の力を宿す『獣』であり、赤竜帝パーティーの『牙』であり、魔人族の英雄を兄に持つ『戦士』であり、希望の英雄の『伴侶』だ。それら全てひっくるめて、彼女は『セレリア』なのだ。

だからこそ、セレリアは己の全てを受け入れ、叶えたいと願う全ての理想を叶えるために足掻くと決意する。

欲張り?大いに結構。欲張らない者が理想を叶えられるわけがない。ならば、とことん欲張りを貫こうじゃないか。

自分が自分であるために、望まなかった力も、受け継いだ誇りも、これまで学んだ経験を全て注ぎ込んで昇華して見せようじゃないか。

 

その決意が激しく燃え盛る紫の輝きとなって表出し、巨狼の視界を彩る。

巨狼は自身の威圧を耐え切るどころか、笑って受け止めてみせた彼女の気概に対し唸り声を止め、彼女の言葉を静かに待つ。

そして、夜天に広がる紫の輝きを纏う気高き戦士は、目の前の誇り高き獣に向けて吼えた。

 

 

『都合がいいのは分かっている。だが、それでも私に力を貸せ‼︎銀狼っ‼︎』

『ルゥゥオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ————————————ッッ‼︎‼︎』

 

 

セレリアの誓いを見届けた巨狼は牙を剥き出しにし、獰猛に笑って見せると顎門を開き高らかに咆哮を上げた。

それは彼女の覚悟に応えるように力強い咆哮であり、同時に歓喜にも満ちていた。

 

それは新たなる英雄の生誕を祝福する雄叫びだ。

 

かつてただの町娘に過ぎなかった少女は、ようやく己の全てを受け入れて、理想を叶えるために一歩踏み出した。

希望の英雄から貰った種火。それが彼女の中で育ち、彼女の色に染まることで紫に燃え盛る灯火へと昇華し、灯火は月光へと転じた。

その輝きは決して太陽のように眩しいものではないが、優しく闇を照らす美しい月光のような輝きへと変化したのだ。

 

それは彼女自身の魂の輝きだ。

 

英雄に齎された希望の灯火を己が物にし不屈の月光へと昇華した証。

それすなわち『英雄の素質』である。

この日、セレリア・ベルグライスは真の戦士へと至り、遂に兄や恋人と同じ英雄の道を歩む資格を得たのだ。

セレリアを認めた巨狼は跪き彼女の足元まで頭を下げる。背中に乗れと言わんばかりに身を低くさせた巨狼にセレリアは笑うと巨狼の背中に飛び乗る。

 

 

『さぁ、駆け抜けるぞっ‼︎‼︎』

 

 

英雄の素質を得た戦士は巨狼と共に月光照らす雪原を駆け抜ける。

門出を祝福する獣の咆哮がどこまでも轟き、紫に輝く月光が銀世界に満ちた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「受け入れた?……まさか、獣の本能を制御したって言うの?」

「そうだ。私に宿るコイツは存外いいやつでな。快く協力してくれたよ」

 

セレリアは胸元の琥珀色の宝玉に手を添えながら得意げに語る。先程、雫の海竜化を見て再び立ち上がりクレアに向けて飛び出した刹那に精神世界にて内なる獣と交わした誓い。

その誓いによってセレリアには新たな技能が発現していた。

 

———固有技能:“獣化”特殊派生“月吼(げっこう)”。

 

その効果は月光を浴びている限り、身体能力が上昇し魔法の出力も上がるという条件付き限界突破。

身体能力上昇の証として筋肉が隆起し力と敏捷が大幅に上昇され、魔力も上昇する。その数値は月光を浴びれば浴びるほど上昇する為、制限時間はなく、月光がある限り彼女は半永久的に継続強化されていくのだ。

そして、その技能によって彼女の氷鎧は力を最大限発揮できるように形を変えた。

 

———氷・重力・再生複合魔法“銀狼魔装・氷天霜牙(ひょうてんそうが)

 

重力魔法で氷を圧縮し増強、再生魔法によって継続的に損傷を修復。鎧の形状は獣の本能によって最も動きやすい最適な形へと変形させたものだ。

ディレイドのように変成魔法を習得していない彼女では肉体の強化はできない。故に、彼女は肉体面の強化ではなく、精神面の強化を図った。その結果、獣の本能と人の理性を共存させることに成功し、その副次的効果として人間体の範囲内ではあるが肉体的変化をもたらすことに成功したのだ。

 

「ーーっつ‼︎」

 

セレリアが成し遂げたことにクレアは戦慄する。

 

(……あり得ないっ。そんな簡単にできるものじゃないでしょうっ⁉︎)

 

獣の本能を制御したといえばそれまでだが、ソレ自体が至難の業だ。まず、獣の本能なんてそもそも意識して制御しようなんてできないはず。失敗すれば自我が呑まれ体が獣に乗っ取られる可能性だってある。そうそう試せる物ではない。

自分達も一つの強化案として試してみた事はある。しかし、自分は成功しなかった。獣の本能を知覚することはできたものの、セレリアのように意思疎通を取る事ができなかったのだ。正確には意思疎通を行おうとしたが、宿る魔虎の本能が彼女との対話を受け入れなかった。拒まれてしまったのだ。

一応獣の力を使うことはできる。しかし、どこかで一線が引かれているように感じていたのだ。

それはシャルフィも同じであり、彼女もまた魔鮫の力を完全に掌握することはできていなかった。理由は全く同じで本能を制御し更なる力を引き出す事ができていなかったのだ。

唯一成功したのがディレイドであり、彼は雷竜の本能を見事制御し、変成魔法を極めて”雷竜化”を会得してみせた。

変成魔法を習得していないことを差し引いたとしてもセレリアは兄と同じことをやり遂げたのだ。

断言できる。セレリアは兄と同じ英雄の資質を有する傑物だと。

 

(……一体、私と貴女で何が違う?)

 

クレアにはわからなかった。

セレリアが獣の本能を制御でき、自分はなぜ制御できなかったのかを。

だが、今はそんな悠長なことを考えている場合ではない。

 

(……さっきの一撃からして単純なステータスはセレリアちゃんの方が圧倒的に上。限界突破と同系統の強化系技能をこの土壇場で獲得したと考えた方がいいわね)

 

未だに動揺はあれど歴戦の戦士として冷静に状況を判断する。

先程の一連の攻撃。あれには反応はできるが予測しての対処は難しい。腹部に叩き込まれた殴打の一撃も自身の予想を超え重い一撃だった。”月吼”の存在を把握できずとも、ディレイドのように限界突破のような技能を会得したのはクレアにもすぐ分かった。

 

(一つ狂えば私が負ける。それだけ今のあの子は危険)

 

だからこそ、油断ができない。クレアは表情を引き締め双剣を構え蒼焔を燃え滾らせ双剣を構えた。セレリアも紫氷を纏う拳を構え鋭い眼光をクレアに向けて告げる。

 

「クレアさん、私は貴女に勝つぞ」

「っつ、言うわね。できるものならやってみなさい‼︎」

 

クレアは両足の炎を爆発させて一気に加速し肉薄する。

その加速はこれまでの比ではなく、彼女が最大火力を出し続けている事が窺える。対するセレリアも地面を踏み砕くほどの強い踏み込みで駆け出す。だが、一歩踏み出した瞬間、セレリアの体は一条の閃光となり、クレアとの距離を瞬時に詰めた。

自分が3歩駆けた時点で距離を詰められたクレアは目を見開きながらも、かろうじて攻撃に反応する。

そうして炎剣と氷拳がぶつかり凄まじい激闘が始まった。激しく撃ち合う中、炎の兜の下でクレアの表情が苦悶に歪んだ。

 

(っつ、速い、それに、重いっ‼︎)

 

分かっていた事だが、セレリアの攻撃は桁外れに強化されている。

今のこの時点で速度は自身より少し早く、膂力は完全に自分より上だ。なんとか切り結べているのはこれまでの経験があるからであり、それがなければステータスの差による暴力によって自分は蹂躙されていた事だろう。もっとも、今の時点でもクレアはギリギリ耐えている状態だが。

このままでは確実に自身の剣は食い破られる。そう直感したクレアはすかさず次の手を打つ。

 

「”熾炎魔槍・万花”っ‼︎」

 

彼女の雄叫びに応え、蒼炎の魔槍が虚空に大量に出現しガトリングのようにセレリアに放たれる。

 

「———ッ」

 

セレリアはすかさずクレアの剣を弾き、その勢いでバックステップし疾走。すぐさま蒼炎の魔槍が疾走する彼女目掛け放たれるものの、それらは彼女の元には届かない。

迅すぎて間に合わないのだ。炎槍は彼女が数瞬前までいた場所を貫くばかりとなる。

 

(くっ、当たらないっ。なんて迅さなのっ⁉︎)

 

疾風と見紛う速度にクレアは歯噛みする一方でセレリアは攻撃に転じる。

 

「“魔氷楯華・狂い咲き”」

 

蒼く彩られた炎界の中で『紫』の花が咲き乱れる。

それは紫氷の華だ。無数の氷華が術者の声に応じ、炎界に咲き乱れた。

だが、咲き乱れるのみで何も起きない。

一体何をするのかと身構えるクレアの眼前で、セレリアは地面を蹴って空に咲く氷華に飛び移り、氷華を足場に空を駆け抜けたのだ。

そうして始まるのは三次元立体機動の疾走だ。セレリアの姿が閃光と化して、琥珀の眼光を引き連れながら縦横無尽に空を駆け回る。

 

「ッツ⁉︎」

 

クレアの顔が何度目かの驚愕に歪んだ。

先程目で追うことができなくなっていた疾走は平面だった。目で追えずとも、気配や地面を踏み砕く音などである程度攻撃がくる方向は予測ができていた。

しかし、今度は上下左右関係ない立体機動での高速移動。対応すべき幅が格段に増えてしまったのだ。

実際に上下左右出鱈目な軌道で駆け回るセレリアの猛攻にクレアは対処が追いついていない。

 

(追い、つけないっ⁉︎)

 

腹部を殴られたかと思えば、背中を斬られ、足を斬られ、肩を殴られる。かろうじて間に合った防御も自身を上回る膂力に力負けする始末。

魔法を乱射してもそもそも迅すぎて届かない上に、かろうじて届いても氷華に阻まれる。

彼女の一撃一撃は重いものの致命傷ではない。だがずっと受け続けたら確実に押し負けて狩られる。

 

「こっのっ、いい加減に堕ちなさいっ‼︎‼︎‼︎」

「っツ‼︎」

 

このままじゃジリ貧だと悟ったクレアは苦し紛れの咆哮をあげて全身から蒼炎を噴き上げさせた。

それは、先程セレリアを圧倒した“熾炎煉獄・煌天”だ。

その火力はセレリアの魔法出力が上がったとしても健在で周囲の氷華を蒸発させる。しかし、セレリアは未来視であらかじめ察知していたのか、すかさず距離を取り氷華を足場に夜空を駆け上る。

そして、駆け上がってもなお自身を焼き尽くさんと凄まじい速度で迫る蒼炎の奔流を前に、セレリアは氷華を蹴り空高く飛び上がりながら静かに唄った。

 

 

 

霜天(そら)に咲き、極夜(よる)を照らせ。———“霜天氷月(そうてんひょうげつ)”」

 

 

 

刹那、紫の輝きが弾けて、今まさに彼女を焼き尽くそうとしていた蒼炎が()()凍りついた。

 

 

「………………は?」

 

 

クレアは思わずと言った様子で間抜けた声をあげてしまう。

“熾炎煉獄・煌天”は火属性最上級魔法“蒼天”を十数発分を圧縮して爆発させる魔法だ。その火力は並大抵ではなく、一部が相殺されることはあってもセレリアの技量では完全に打ち消されるのは本来ならあり得ないはず。

だが、それが実際に起きてしまい、クレアは理解が追いつかなかったのだ。

そして、凍りついた蒼炎の氷塔の天辺。一際高いところに立つセレリアの背後に浮かぶソレに目を奪われた。

 

「……紫の、月……?」

 

セレリアの背後には淡紫の球体が浮かんでいたのだ。

太陽のように目を焼くような眩しいものではない。太陽というよりはむしろ月のように淡く優しい輝きだ。

その紫の月からは膨大な冷気が放たれており、周囲の大気が凍りついたのか自分の周囲と比べて明らかに澄んでいた。

 

———氷・重力・空間複合魔法“霜天氷月”

 

重力魔法で極限まで圧縮を重ねた氷属性の魔力の塊を核に、一定範囲の空間に氷結効果を付与し範囲内の空間を絶対零度にまで下げる魔法。

“月吼”により魔法出力の上昇があったとは言え、その魔法威力は凄まじく、蒼く燃え盛っていた煉獄の炎界は一転して、その悉くが絶対零度の氷界へと一変したのだ。唯一存在している炎はクレアがまとう鎧のみ。

セレリアは氷塔の天辺から降りて緩やかに地面に降り立つ。

 

「私は、“太陽”にはなれない」

「?何を、言って……」

「だが、“太陽”でなくても、闇を照らすことはできる」

「っっ‼︎」

 

初めこそ何を言っているかわからなかったが、続いた言葉にクレアは目を見開く。一度兜を解除したセレリアはクレアに見惚れるような微笑みを向けると更に語った。

 

「知ってるか?月の光は太陽の光を反射したものらしいぞ」

 

以前陽和から聞いたことがある。

月の光は太陽の光を反射しているものなのだと。『天体』の話をしてる時に教えてもらったものだ。

 

「………それが、何の関係があるのかしら?」

「月でも闇を照らすことができるってことだ。太陽の光があるから、月は闇の中でも輝けるんだよ」

「………まさか、自分を月に例えたつもりかしら?」

「そうだ」

 

クレアの問いにセレリアは即答する。

それこそがセレリアが出した答え。この戦いの中で定めた己の在り方だ。

 

「私は『太陽(陽和)』に救われた。彼がいたから、絶望の暗闇から出ることができ、私自身の在り方を見つけることができたんだ」

 

陽和がいなければ、ここまで来れなかった。

彼がくれた灯火があったから、自分の心は壊れなかった。

そう思うと自分の有り様はまさに月に似ている。太陽の光がないと輝かないように、自分も陽和の存在があって初めて前を向けるのだから。

だからこそ、セレリアはその想いを忘れないように。そして、彼からもらった灯火を誰かに届けられるようにこの技を編み出した。

 

「“霜天氷月(コレ)”は私の在り方を体現する魔法だ。太陽のように全てを照らすことはできずとも、月のように光が届く範囲の闇は優しく照らしたい。そんな願いを込めて作った」

 

太陽の光がなければ輝かない月は太陽のように地平の彼方まで届かせることはできない。

太陽のように闇の全てを祓って照らすことはできない。

だが、全てとはいかずとも照らすことはできる。夜闇に怯える人達の道標になるように、安らぎになるように、月光が届く範囲に光を届かせて安らぎを齎せる月光となろう。

この紫月はその誓いを形にした魔法。そして………家族を照らす為の魔法でもあった。

 

 

「だからクレアさん、あなた達の闇は私が月光を以て照らす。絶望に沈む『家族』を救い出すこと。それが私の『正義』だ」

「ッツツ‼︎」

 

 

紫の月を従え、セレリアが地面を蹴り驀進。

眦を引き裂いたクレアはまさに憤怒の形相を浮かべ吼えた。

 

「ふざけるなぁッッッ‼︎‼︎‼︎」

 

炎虎の怒号に合わせ、双剣と全身に宿る蒼炎が激しく噴き上がる。聳え立つ蒼き炎柱はまさしく火山の噴火に等しかった。

激情によってこれまでで一番苛烈な劫火を纏う彼女は爆発の勢いのまま前進し、大剣サイズにまで肥大化した炎剣を叩きつける。

セレリアも肥大化した氷の獣腕で迎撃し、蒼炎の魔剣と紫氷の獣爪による斬り合いが始まる。

 

「少し強くなった程度で本気で私を止められると思ってるのっ⁉︎どこまで傲慢になれば気が済むのよっ‼︎‼︎」

「………くっ」

「私は、私達は救いなんて求めていないっ‼︎彼と共に破滅に突き進むと決めたっ‼︎そこにあなたが入る余地なんて欠片もないのよっ‼︎‼︎」

 

純粋なステータスではクレアはセレリアにもう負けている。

だが、その膂力、速度の差をクレアは極限まで高めた身体強化魔法と膨大な蒼炎の爆発による火力で強引に補うことで、何とか渡り合えているのだ。

しかし、それは自身の生存度外視の強化だ。自らを破滅に落とした彼女は、もはや自身の生存なんて考慮していない。肉体の許容限界を超えた強化を施し、命を削ってでもセレリアを殺そうとしている。

 

(…………まだ火力が上がるのかっ⁉︎)

 

セレリアは何とか凌ぎながらも苦渋の表情を浮かべる。

炎の化身と化し暴れるクレアの火力は先程までの比ではない。己の命と覚悟を薪に燃え狂うクレアは、“月吼”で強化されたセレリアの氷であっても完全に凍らせることは難しいだろう。

それにこの強化状態がいつまで続くのかもわからない。一つだけ確信してるのは、この強化が切れたら自分は確実に負けるということぐらいだ。

だからこその時間勝負。

しかし、

 

(〜〜っっ、崩せないっ‼︎)

 

戦闘自体はセレリアが少し優勢だ。

だが、圧しているにもかかわらずクレアは倒れない。

炎に焼かれ切られながらも、着実にクレアにはダメージを与えていることができている。確かな手応えを感じた攻撃も何発も入っている。

それでも倒れないのは執念だ。悲壮な覚悟が彼女に敗北を許さないのだ。

そして、ここに来てクレアに異変が生じる。

 

「あなたを、倒す、殺すっ、コロ、ス、コロスッ、敗北ナンテ、認メラレ…グゥッ、ガアァアアアアァァァァァッッ‼︎‼︎」

 

双剣を振るいながら呻き声を上げるクレアは遂に獣の咆哮をあげる。

耳を貫く咆哮が轟いた瞬間、夜天に蒼炎の巨塔が聳え立った。それは先程とは比較にならないほどの熱量を宿しており、氷界を炎界に塗り戻す。

その様はまさに命を燃やしているかのような輝きだった。

 

「くそっ………っっ⁉︎」

 

瞬時に反応し距離をとったことでセレリアは焼かれることは避けられたが、炎界の中心にいたはずのクレアが既に自分の目の前にいたのだ。

 

「ガアァアアァァァァァァッッ‼︎‼︎」

「ぐっ、あぁっ⁉︎」

 

獣の形相で叫ぶクレアは燃え盛る蒼炎を巨大な獣腕へと変え、拳を握りしめて振り下ろす。それをかろうじて受け止める事ができたが、受け止めた瞬間、勢いよく爆ぜて強制的に吹き飛ばしたのだ。

すかさず地面を跳ねて体勢を立て直すものの、クレアの追撃は止まらなかった。

 

「オオオォォォォォォォォォォッッ‼︎‼︎」

 

雄叫びをあげて獣の如き四つ足で爆走し、セレリアを猛追する。セレリアも四つ足で駆け抜ける。

青と紫の閃光が戦場を駆け抜け、轟音を奏でながら激突を幾度と繰り返す。その度に氷炎が荒れ狂い余波で周囲を破壊していった。

 

(この尋常じゃない火力っ、まさか暴走しているのかっ⁉︎)

 

先程の最大火力をも超えた尋常ならざる火力に、セレリアはクレアの状態を看破する。

“霜天氷月”と“霜天氷牙”の鎧があるからこそ互角に渡り合えているが、なかったら己の体はすでに焼き尽くされていた事だろう。

そして、彼女の推測は正しく、クレアは抑えきれなくなった負の感情により理性を制御できずに獣の本能に飲まれてしまったのだ。その結果の暴走。セレリアとは違い強大な獣の本能を制御できずに暴走してしまったのだ。

だが、セレリアは気づく。

 

(違う……)

 

クレアは制御できずに暴走してしまったのではない。

 

(そもそも、制御しようとすらしていないっ‼︎)

 

初めから制御を放棄しているのだ。

命を燃やしているのかと思えるほどの炎に加え、獣の本能に飲まれまさしく獣へと堕ちたクレアの様相に、セレリアは理解した。

今のクレアはもはや己の生存を完全に捨て、この戦いで命を捨てようとしている。自身を焼くほどに燃え滾る獄炎は命を魔力へと変換しているからこそなのだと。

 

「駄目だっ戻れなくなるっ‼︎止まってくれっ‼︎‼︎」

「ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アァァァァァァァァァァァァッッッ‼︎‼︎‼︎」

 

命を糧に燃え狂う獄炎を放つクレアに、防御に徹しながらも必死に呼びかけるセレリア。だが、すでに理性を手放してしまっているクレアには届かない。

理性を手放し暴れ狂うクレアは、まさに自分自身すら焼き尽くそうと蒼炎を一層激しく燃え狂わせている。

燃え狂う獄炎に焼かれ周囲の地面を赤熱化させマグマの海へと変えていき、焼き尽くしていく。

 

(止めなければっ、なんとかしてクレアさんを止めないとっ‼︎‼︎)

 

このままではクレアは獣から戻れなくなり、そのまま己を燃やし尽くして死んでしまうだろう。だが、セレリアはそんな末路を望んでいるわけがない。

 

「“魔氷凍河”ッッ‼︎‼︎」

 

なんとか動きを止めようと紫氷の濁流を超至近距離で放ち、クレアを強襲する。

 

「オ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァァァァァァァァッッッ‼︎‼︎」

 

しかし、それでもクレアは止まらない。絶叫じみた咆哮を上げ獄炎を滾らせて雪崩に真っ向から飛び込み、雪崩を焼き尽くし突破したのだ。

 

「ッッ⁉︎」

 

破るにしても少し時間はかかると踏んでいたからこそ、反応が遅れて虚をつかれてしまう。

そんな彼女の腹部目掛けてクレアは容赦なく燃え盛る獄炎の拳を振り上げる。爆炎に氷鎧を焼かれセレリアの体が軽々と中を舞った。

鎧を貫通した衝撃と焼かれる痛みに苦悶の声をあげるセレリアにクレアが勝負を決めにかかる。

両足の炎を爆破させてセレリアのいる宙へと自ら飛び上がり、彼女を瞬く間に追い越し双剣を振り上げる。

双剣に宿るあらんかぎりの炎を一層激しく燃え上がらせながら一つに合わせ、影すら焼き払う蒼光へと昇華し、巨大な一振りの魔剣を形作る。

命をも糧に燃え上がらせた燼滅の魔剣を掲げ、セレリア目掛け振り下ろした。

 

 

全てを灰燼に帰すであろう燼滅の魔剣がセレリアを強襲する。

 

 

いかなる回避も防御も間に合わない。回避する前に魔剣が到達し、防御ごと己を焼き尽くすだろう。

 

 

己の敗北を予感し、それでもなお足掻こうと動くセレリアの視界の端に地面に落ちていく竜人の姿が映る。

 

 

 

次の瞬間———瑠璃色の竜眼と琥珀色の獣眼が交錯した。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

“海竜化”により海竜へと転じた雫と“緋水・大魔海鮫”を発動し、水鮫と一体化したシャルフィ。2人の戦いは熾烈を極めていた。

 

『ハアアアァァァッッ‼︎‼︎』

『オラアアァァァッッ‼︎‼︎』

 

2人の女傑の雄叫びが轟き、青と赤の水が幾度となく激突し弾ける。

お互いに扱う属性は水。青と赤という対照の色の水属性魔法を巧みに駆使しながら、海竜と水鮫は顎門を開き互いを喰い殺さんと吼える。

海竜は牙だけでなく鉤爪と水刀を、水鮫は槍角と刃鰭を振るい肉弾戦でありながら魔法戦をも繰り広げていた。

 

『舞いなさいっ‼︎“剣華”ッ‼︎』

『喰い散らせぇっ‼︎“鮫牙”ッ‼︎』

 

それぞれの背後に浮かんだ魔法陣から具現化された無数の青い水刀と緋の水鮫が術者の声に応じ宙を飛翔し激突し炸裂する。

いくつかはお互いの攻撃を突破して狙うべき敵へと攻撃を届かせる。雫の竜体に水鮫が牙を突き立てて肉を喰い千切り、シャルフィの水の鮫体に剣が突き刺さり水を吹き飛ばす。

赤い鮮血と緋色の水が宙を舞う中、雫は抉られる痛みに顔を歪めながらも、大きく息を吸ってブレスを放った。

青い閃光は水鮫の胴体に突き刺さり風穴を開けた。しかし、空いた穴は魔力が補充されすぐに修復される。

そして再び雫とシャルフィは肉弾戦を繰り広げる。そんな中、シャルフィは水鮫を内側で操作しながらも苦々しい表情を浮かべた。

 

(シズクの奴、この短期間でどこまで強くなる気だっ⁉︎)

 

海竜化によりステータスが向上した雫と、獣魔兵と化してステータスが強化されているシャルフィ。現状ステータスは拮抗していて戦闘も互角ではあるが、シャルフィからすれば追い込まれていると感じている。

それは雫が想定外なスピードで成長しているからだ。

雫もまたセレリア同様にこの激闘の中で成長しており、海竜形態時の動きや水属性魔法の精度が研ぎ澄まされつつあった。

技量は明らかにシャルフィの方が上だった。だが、それはあくまで雫が海竜化を会得するまで。海竜化を会得し、魔法の処理能力が向上し魔法技術の精度が向上しているのだ。

その成長スピードは魔人族の間で10の指に数えられるほどの実力を持つシャルフィが本気を以てしても敗北を幾度と予感してしまうほどに。

そして、シャルフィが危機感を抱くのは何も雫の成長スピードだけではない。

 

(くそっ、このままだと魔力が保たねぇっ‼︎押し負けちまうっ‼︎)

 

彼女の大技“緋水・大魔海鮫”の魔力消費が激しいことだ。海竜化した雫と同サイズの巨体の水鮫の形状を維持、失った水の補充、水鮫の操作、それら全てに魔力が必要な以上、いくら効率化を図っても消費魔力は大きい。

それに加えて、制御するために極度の集中力も要しており、今のように別の水属性魔法も連発してるとなるとかなり極限の状況なのだ。

このままでは遅かれ早かれシャルフィは魔力切れかつ脳の処理能力のキャパオーバーでまともに戦えなくなってしまう。

現に魔法制御による負荷が表面に現れ鼻血が出てき始めているのだから。魔力も凄まじい勢いで消費されており、あと十分も保たないだろう。

だが、極限状態なのは雫も同じだ。

 

(一体どれだけ修復できるのっ?このままだと押し切る前に魔力が切れるっ‼︎)

 

シャルフィが苦々しい表情を浮かべる中、雫も同様の表情を浮かべ冷や汗を流していた。

シャルフィが雫の成長に焦燥を浮かべているが、雫が海竜化するのはこれが初めてだ。ティオや陽和のように魔力消費の効率化などすぐにできるわけもなく、ただ垂れ流しの状態で竜化を維持してしまっている。それに加えて連発している水属性魔法や回復のために再生魔法を連発していることを考えると瞬間的な魔力消費量はシャルフィよりも多い。

眷属化してある程度解消されたとはいえ、“剣士”の天職が故に初期魔力量が低く、現在の魔力総量はシャルフィの半分程度しかない。

残量から鑑みるにこの戦闘形態を維持できるのは、シャルフィよりも短く残り五分だ。

それぞれ戦闘続行可能時間がごく僅かだが、それをお互い知るはずもない。しかし、2人は直感で同じ結論に至る。

 

((———短期決戦で押し切るっ‼︎‼︎))

 

故に、両者はほぼ同時に次の行動へと移る。

 

 

『———“竜刀・剣華流水”ッ‼︎』

『———“緋水絶槍・剛穿角”ッ‼︎』

 

 

水属性魔法の掃射をやめ、雫は巨大な水刀を具現化して咥える。その水刀は寒気がするほどに研ぎ澄まされ、遠目から見ても凄まじい切れ味を有すると分かるほど。

対する、シャルフィも掃射をやめ頭部に生えていた水角に一層激しく水を滾らせて、無数の細かい棘を生やしドリルのように激しく回転させた。

名刀が如き大水刀とドリルのように回転する大槍角をお互いに振りかぶり、打ち合いを始める。

戟音を奏で水飛沫を散らしながら激しくぶつかり合う。二十合撃ち合い最後に刀と角をぶつけ鍔迫り合いをする。

 

『クアァアアッッ‼︎‼︎』

『ぐっ⁉︎』

 

不意に雫が大水刀から口を離し、顎門を開いて水鮫の喉元に噛みついた。

そもそも、雫の大水刀は態々咥えて振るう必要はない。刀を振りやすいからこそ咥えていたからであって、イメージができているのなら咥える必要はせず遠隔操作できる。

だからこそ、雫は大水刀を遠隔操作に切り替えて、肉弾戦に持ち込んだのだ。喉元に噛みついた雫は蛇のような身体を活かして水鮫の胴体に巻き付き、

 

『———“青槍・千輪”ッッ‼︎‼︎』

『ぐあぁっ⁉︎』

 

胴体に巻きつきゼロ距離から水槍を連射して、水鮫を滅多打ちにする。体内に入った水槍は悉くが炸裂し、中にいるシャルフィにも攻撃を届かせて腹を穿った。

腹部から血が噴き出し、口からも悲鳴が溢れる。だが、シャルフィは雫を睨み咆哮を上げる。

 

『この野郎っ、離れやがれぇぇッッ‼︎‼︎』

『づぅあぁっ⁉︎』

 

負けじと水鮫の巨体の表面の水を波打たせて緋色の水槍を放ち雫の体を貫いた。巻き付いていたが故に、回避が間に合わずに細長い竜体を無数に貫かれ、各所から空いた穴から血が溢れる。

雫は悲鳴をあげて拘束を緩めてしまう。その一瞬に時間に強引に抜け出し、大水刀を払ったシャルフィは宙を泳ぎすぐさま反転すると、雫目掛けて槍角を構えながら突進する。

 

『ハアァァッ‼︎』

『くっ‼︎』

 

豪速で迫るシャルフィに雫は大水刀を操作して自身の胸部を貫こうとした槍角を弾く———が、豪速の勢いを殺すことはできず、逸らされた槍角が左翼を貫いた。更に左翼に噛みつかれそのまま食い千切られてしまう。

 

『ギィッ…グゥッ……』

 

焼かれるような激痛に悲鳴が上がりかけるが、必死に堪えて再生魔法で瞬時に再生。片翼をもがれ、地面に墜落する寸前両翼を広げて再飛翔。

 

『ハァアアァァァァァァァッッ‼︎‼︎』

 

飛翔しシャルフィに肉薄しながら、極光を放つ。

青い極光はシャルフィの右鰭を消し飛ばし、右胴体も大きく抉った。一気に大質量の緋水を抉られて硬直した隙を突いて、雫が空間魔法を付与した鉤爪で更に水の巨体を抉る。

 

『グゥッアァッ‼︎‼︎』

『チィッッ‼︎』

 

瞬時に欠損部位が補充されるが、その刹那の間に雫は尾鰭に噛み付き勢いよくぶん回し、地面に投げ飛ばした。

あまりの勢いに制御が間に合わず地面に叩きつけられるシャルフィ。地面を割りまくれあがらせる衝撃は水鮫の巨体を貫通しシャルフィにも衝撃を届かせる。

あまりの衝撃にシャルフィはすぐに動くことができなかった。

 

『これでっ、決めるっ‼︎‼︎』

 

雫は大水刀を咥えてシャルフィに向けて急降下。

このまま水鮫をシャルフィごと両断し戦闘不能に追い込もうとした次の瞬間、雫の心臓がドクンと一度大きく脈動した。

 

『ウグッ⁉︎』

 

脈動の直後、雫の体に鋭い痛みが走り、体の力が抜ける。

雫の体が青い輝きに包まれ、青光の粒子が散らばって雫の体が竜体から竜人体へと戻ってしまう。

 

「カハッ…」

 

雫の口から血の塊が吐き出され、力を失って地上へと落ちていってしまう。

それが意味することはつまり———

 

(そんなっ、時間切れっ⁉︎)

 

限界を迎えてしまったということだ。

過剰なまでの魔法連続使用による脳への負荷、回復を繰り返してもなお蓄積されていった激闘の負荷。それらの負荷は雫の許容量を遥かに上回っており、魔力が尽きるよりも先に雫の体が限界を迎えてしまったのだ。

 

『………最高の戦いだったぜ、シズク。だから、敬意を表して、手向けの一撃をお前に捧げよう』

 

硬直から回復したシャルフィは力を失い落下する雫を見上げながら、称賛の言葉を送り空へと飛び上がる。

そして、槍角を激しく回転させながら雫目掛けて泳ぎ空を昇った。それは先程雫が海竜化する寸前に繰り出そうとした魔槍の一撃。それを水鮫形態で放つまさしく彼女の最強の一撃。

先ほどとは違い、可能性も持てる力も全て使い切った彼女にはもう成す術がないのだ。確実に雫を屠らことができるだろう。そうして自分に確実に迫り来る死神の鎌を雫はぼんやりとした視界で見ていた。

 

(体が、動かない……)

 

今すぐに回避に動かなければ死ぬのは分かっている。

だが、そう思っても命の危機に体が動いてくれないのだ。とっくのとうに限界を迎えた身体はいうことを聞いてくれない。脳の指令を体が受け付けてくれないのだ。

魔力はまだ残っているが、それを使おうにもうまく魔法が構築できない。

完全に成す術がなく、敗北を緩やかに待つことしかできない状態だったが、それでも雫は決して諦めなかった。

 

(動け、動きなさいっ。今、動かないでどうするのよっ⁉︎)

 

動かない体を叱咤しながら必死に思考を繰り返し打開策を模索する雫。その最中でも刻一刻とシャルフィは迫ってきており、死の間際だからか視界がスローモーションのように緩やかになっていく。

 

(あれは……)

 

その時、雫は遠い空の上で巨大な蒼炎の魔剣に両断されようとしている友の姿を見つけ、琥珀色の獣眼と目が合った瞬間、雫の体は動き友に向けて手を伸ばしていた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『海竜』八重樫雫VS『蒼鮫』シャルフィ・マリアーネ。

 

『銀狼』セレリア・ベルグライスVS『黒虎』クレア・シュヴァルティ。

 

4人の女傑達の戦いは熾烈を極め、二転三転し状況が変化していたが、このままではシャルフィとクレアが勝利を収める形になるだろう。

雫とセレリアは技量的にはまだ未熟な発展途上の傑物だ。今後更なる成長を重ねて、いずれは最高の戦士に至ることだろう。だが、既に女傑として名を馳せるシャルフィとクレアには敵わず、その若き芽を摘まれるのは必然とも言える。

いくら強者との戦闘が彼女達を急成長させたとしても、彼我の実力差は歴然だ。様々な偶然がいくつかの奇跡を引き起こしたとしても、そんな博打でひっくり返せるほどこの戦いは甘くはない。

 

雫とセレリアが2人に勝てる道理など初めからあるわけがなかったのだ。

 

 

そう。

 

 

——————()()()の戦いならば。

 

 

「「——————ッッ‼︎‼︎」」

 

 

2人は死の間際にあっても諦めていなかった。

決定的状況にあって死がもう目前に迫っていたとしても、彼女達は死を受け入れる覚悟を決めるのではなく行動する。

 

何の為に?

 

勝利の為。確かにそれもあるだろう。

だが、彼女達を動かしたのは勝利への執念ではない。

 

———『友を護る』。その一念だった。

 

そして、その一念が奇跡を引き起こす。

2人がお互いに向けて手を翳し、魔法を発動する。

発動先は自分ではなく、お互いの親友のもと。

己の生死が決まる最後のその刹那に2人は、己の生存ではなく友を護る為に魔法を発動したのだ。

 

かくして、二人の想いは確かに届いた。

 

雫の眼前に紫の氷華が咲き誇り、セレリアの眼前に水の大刀が出現したのだ。

そして、二人の願いに応えるかのように氷華と水刀は紫と青に鮮やかに輝き奇跡を引き起こす。

 

氷華がシャルフィの槍角の一撃を正面から防ぎ、水刀がクレアの魔剣の一撃を横に受け流したのだ。

硬質な音を響かせて槍角が弾かれ、水鮫の巨体がのけ反る。

その一方で蒼炎の魔剣は蒸発する音を立てながら、セレリアの横の空間を通過し空振る。

 

『なにっ⁉︎』

「ッッ⁉︎」

 

予想だにしない外野からの防御に2人は驚き、身体をこわばらせてしまう。

それはこの激闘の中で生まれた最後にして最高の隙。

そんか千載一遇の刹那を赤竜帝の伴侶が逃すわけがなかった。

 

「「ッッ‼︎‼︎」」

 

雫が翼を羽ばたかせて飛翔し、セレリアが重力操作で己を前方に飛ばす。

刀を、拳を構えて残存魔力を搾り出し青と紫の輝きを収束させる2人に再び奇跡が起こる。

 

雫を護った氷華は粉々に砕け散ったが、その破片は宙に霧散するのではなく花吹雪となって“龍刀・薄明”へと収束し、青い水と、雫の魔力と調和するように一つとなったのだ。

セレリアにも同様の現象が起きており、セレリアを護った水刀が解けて無数の流水の帯へと変わり、氷の右籠手に収束し激しく渦を巻き、セレリアの魔力と一つになる。

 

「「——————」」

 

やがて形作られるはどちらも青紫に輝き流水と魔氷を纏う竜の刀と獣の鉤爪。

雫は鞘に納刀し居合の構えを。セレリアは弓を引くように右腕を引き絞る。

それぞれ構えをとった2人は瞬く間に距離を一気に詰め、青紫の輝きを解き放った。

 

 

「———“海切・叢雨”ッ‼︎」

「———“魔氷狼牙・月煌”ッ‼︎」

 

 

青紫の魔力の輝きを帯びた水氷の一閃が鞘から解き放たれ、同色の輝きを帯びた氷水の絶爪が繰り出される。

雫の斬撃は水鮫の胴体に寸分違わず捉え、凍てつく冷気が水鮫の体を凍らせ、水の巨体ごとシャルフィの胴体を斜めに切り裂いた。

セレリアの爪撃が一才の妨害なくクレアの炎鎧に突き刺さり、渦巻く流水が蒼炎を相殺。炎鎧を剥がされ、顕になった右上半身を氷の鉤爪に大きく抉られた。

シャルフィの右脇腹から左肩にかけて刻まれた裂創から鮮血が噴き出し、防御のために構え両断された槍が宙を舞う。

クレアの右胴体は獣に食いちぎられたかのように抉られ、断面から鮮血と内臓が溢れる。

蒼と緋の戦姫達は緋水と蒼炎の残滓を無数に散らしながら、大地に落下していった。

 

 

 

今度こそ勝負は決した。

 

 

 

熾烈を極めた獣達の激闘を制したのは青と紫の戦姫。

 

 

 

『海竜』八重樫雫と『銀狼』セレリア・ベルグライスの勝利だ。

 

 

 





………やっと、やっっっと、雫とセレリアの激闘が終わった。
どちらも圧倒的格上との戦いでしたが、急成長し精神的な面でも逞しくなったことで土壇場での大逆転でしたね‼︎
今作での魔人族の戦争はセレリアにとってある意味分岐点でもあるイベントだったので、結構力を入れて書いてますので、楽しんでいただけたら何よりです。

そして、いよいよ次回は70話‼︎
三桁にはまだ遠いものの、ここまで書き続けることができて自分でも驚いてます!これからも引き続き、私の拙作を楽しんでいただけたらと思っています‼︎‼︎


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