竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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はい、三ヶ月近くもお待たせしてしまい申し訳ございませんでした。

2021年初投稿は竜帝の方とさせていただきました。

当初書き上がったのは四万字近くという文字数が多すぎた為、二つに分けて投稿させていただきます。後半の方はまた後日近いうちに投稿させていただきます。

では、最新話 決意をどうぞ。




7話 決意

 

 

南雲ハジメがオルクス大迷宮で行方不明になってから一週間。王都の訓練場では、

 

 

「オオオァァァアアッッ!!!」

「ぐはっ!」

 

陽和の雄叫びと共にメルドが吹き飛ばされる。

メルドが地面を転がり、審判を務めていた騎士の一人が手をあげて叫ぶ。

 

「そ、そこまで!」

 

直後、訓練場に集まっていた騎士達が歓声をあげる。

彼らは訓練後、陽和とメルドの模擬戦を見ていたのだ。いつになく苛烈さを増した模擬戦は何十分も続き、今まで黒星か引き分け続きだった陽和がついにメルドに白星を上げたのだ。

神の使徒であり使徒の中では最強である陽和と王国最強であり、騎士団団長であるメルド。

かつてないほどの二人の激戦に、観戦していた彼らは終わってもなお興奮冷めやらぬと言った感じだった。

そんな中、陽和は荒くなっていた息を整えながら、剣を鞘に納め胡座で座り込んでいるメルドへと近づき手を差し出した。

 

「メルド団長、今日も手合わせありがとうございました」

「いや、こちらもいい経験になった。それにしても驚いた。まさかこの短期間でここまで強くなってるとはな…。いつか俺を超えるとは思っていたが、やはりすごいなお前は」

「いえ、貴方の指導の賜物ですよ」

「はは、謙遜は相変わらずか」

 

メルドはそう笑いながら、陽和の手を取って立ち上がった。

彼の表情は悔しさはあれど、それ以上に嬉しさが勝っていた。純粋に陽和の成長が嬉しかったのだろう。

 

「今日はここまでにしよう。この後はどうするつもりだ?」

「夕食の時間まで、自主練をするつもりです」

「そうか。熱心なのはいいが、ほどほどにしとけ。いざという時に倒れてしまうぞ」

「はい。気をつけます。では、今日もありがとうございました。俺はこれで」

 

陽和はそう言ってメルドへと一礼すると、彼に背を向けて外で控えていた侍従のレイカからタオルを受け取り、汗を拭った後、普段から自主練に使っている人気の少ない訓練場へ向かおうとする。

だが、そんな彼に声がかけられた。

 

「陽和」

「ん?どうした雫」

 

その声に足をとめ振り返れば、雫が心配そうに陽和を見ていた。隣には香織もいる。

香織は王都に戻った時も、意識が戻らずに深い眠りについたままだった。医師の診断では体の異常ではなく、精神的ショックから心を守るための防衛措置として深い眠りについているとされていた為、今まで眠ったままだったが、つい2日前に彼女は無事に目覚めたのだ。

 

「お疲れ様。まさかメルドさんに勝っちゃうなんて、驚いたわ」

「ああ、自分でも驚いている。けど、何戦もした中での一勝だ。次も勝てるとは限らないよ」

「そうかもしれないけど、一度でも勝ったんだからすごいことよ。なにせ、メルド団長は王国最強なんだから」

 

雫の言う通り王国騎士団団長であるメルドは、ハイリヒ王国最強の騎士だ。

その騎士に一度でも勝ち星を挙げたことは喜ばしいことだ。そのはずなのに、その当事者である陽和は浮かない顔をしていた。

 

「……ああ、そうだな。けど、もっと強くならないと駄目だ。まだ足りない」

「……そう。でも、無理はしないでね?」

「ああ」

 

陽和はそう答えると、レイカを伴って普段からよく使っている訓練場に向かった。先の言葉通り、夕食の時間になるまで鍛錬するつもりだろう。そんな彼の背中を、雫と香織は心配そうにみていた。

 

「ねぇ、雫ちゃん。紅咲君大丈夫かな?」

「レイカさんが言うには、ちゃんと休息は取ってるらしいけど…」

 

陽和の侍従であるレイカの話では、一日の殆どの時間を相当ハードな鍛錬に当ててはいるが、ちゃんと3食食事と睡眠をとっているらしい。しかし、陽和の鬼気迫る様子を見れば大丈夫とはとても思えないのだ。だが、陽和の胸中を知っているが故に止めろと言えるわけもない。

 

雫は、王都に帰ってきてからのことを思い出した。

 

 

それは6日前のことだ。

ハジメを失ったあの日、宿場町ホルアドで一泊した一行は、早朝には高速馬車に乗って王国へと戻った。

とても、迷宮内で実戦訓練を続行できる雰囲気ではなかったし、無能扱いだったとはいえ勇者の同胞が死んだ以上、国王にも教会にも報告は必要だったからだ。それに、厳しくはあるが、こんなところで折れてしまっては困ると言う騎士団側の意図もあった。致命的な障害が発生する前に、勇者一行のケアが必要だと判断されたのだ。

 

帰還を果たした後、騎士団団長であるメルド、勇者である光輝、龍太郎、雫、鈴、恵理、そして完全に回復した陽和が玉座の間へと赴きメルドがハジメの死亡を伝えた時だ。

それは起きた。

 

 

「………今、安堵した奴全員前に出ろ」

 

 

あまりにも冷たく、低く、怒気すら伴った声音と共に濃密な殺気が放たれた。

 

「ッッ⁉︎」

 

玉座の間に突如広がったそれらに、左右に控える家臣達がビクッと体を震わせる中、メルドは焦った表情でその発生源である背後へと視線を向ける。

視線の先には予想通りというべきか陽和が鞘から半ば剣を抜きかけていた。

彼はあまりにも冷酷な表情を浮かべ、その反面瞳には明確すぎるほどの怒りが宿っていた。

メルドや龍太郎、雫はギョッと目を見開いて陽和を止めようとする。

 

「陽和だめだっ!」

「お、おい、陽和よせ!」

「止まって!陽和!」

 

3人が慌てて止めようとするも、陽和は止まらない。怒りが宿った声音で、エリヒド達に問うた。

 

「死んだ神の使徒がハジメだと分かった瞬間、お前らは安堵したよな。ふざけてるのか?」

 

陽和が激怒した理由。それは彼らがハジメの死を安堵したからだ。

エリヒドやイシュタル、家臣達は神の使徒が死亡したことに誰も彼もが愕然としたものの、それが“無能”のハジメと知ると安堵の吐息を漏らしたのだ。強大な力を持った勇者一行が迷宮で死ぬことなどあってはならない。迷宮から生還できない者が魔人族に勝てるのかと不安が広がっては困るのだ。神の使徒たる勇者一行は無敵でなければならないのだから。しかし、同じ神の使徒でも“無能”であるハジメが死んだことは不幸中の幸いとでも言いたいのだろう。

それが陽和の逆鱗に触れた。

陽和の問いに、エリヒドは平然と答える。

 

「ふざけてなどいない。神の使徒の死亡は人類に取って損失だ。だが…」

「死んだのがハジメでよかった、そう言いたいのか?」

「勇者が死んでしまうよりはマシ「黙れッッッ!!」ッッ⁉︎」

『なっ⁉︎』

 

怒号と共に陽和は剣を抜き放ち、エリヒドとイシュタルへと鋒を向けると同時に、更に殺気を放った。これには先ほどは平然としていたエリヒドとイシュタルですら体を震わせて額に冷や汗をにじませていた。

そして陽和の行為に、この場にいたほぼ全員が動揺する中、陽和は怒りのままに叫ぶ。

 

「ハジメは無能でもなければ、役立たずでもない!!あの時、俺達が迷宮から生きて帰って来れたのはあいつのおかげだ。あいつがいたからこそ、俺達は今生きていられるんだ!!

あいつがいなければ、俺達は全滅していた!!

あいつは俺達の命の恩人だ。その恩人を、俺の友を、お前ら如きが侮辱するな!!」

「貴様っ、国王陛下と教皇様になんたる物言いだ!それでも神の使徒かっ!!」

「それはお前らが勝手に言ってるだけだろ。

俺は元の世界へと帰るためにお前達と手を組んで戦っているに過ぎない」

『なっ⁉︎』

 

はっきり告げられた言葉に左右に控えていた騎士達や文官達が目を見開き、怒りを露わにする中、メルドが動いた。陽和の肩に手を置いて懇願する。

 

「陽和、お前の気持ちはわかる。だが、頼むっ。ここは抑えてくれ。俺の方から後で陛下達には説明する」

「できません。こいつらはハジメを侮辱した。それは到底許すわけにはいかない。なのに、なぜ俺が怒りを抑えなければならない」

 

丁寧だが怒りを微塵も隠そうともしない陽和の口調にメルドは何も言えなくなる。

確かに陽和の言ってることは道理だ。ハジメと陽和の二人の絆はずっと見てきたからこそわかる。それに何より、陽和は誰よりも近くでハジメを失ったのだ。

彼の胸中にある悔しさや、悲しみ、怒りは誰よりも大きいのは明らか。そんな彼が、目の前で友の死を嘲笑われたのだ。怒りを感じないはずがない。雫や龍太郎、鈴や恵理もそれを分かっているが故に、何も口出しできなかった。

だが、ただ一人それを分からない者がいた。

 

「紅咲!お前どういうつもりだ!」

 

そう、光輝だ。

光輝はエリヒドとイシュタルを背に陽和の前に立つと聖剣を構えた。

 

『光輝っ⁉︎』

 

突然の光輝の行動に雫達は更に驚く。

光輝は聖剣を陽和へと向けながら、怒りの表情で叫ぶ。

 

「なぜ国王陛下やイシュタルさんに剣を向けているんだ!すぐに剣を納めろ!」

 

やはりというべきか光輝は陽和がエリヒド達に剣をつけている理由がわからないようだ。先ほど陽和がその理由を言っていたにも関わらずだ。

相変わらずのご都合解釈だろう。だから、陽和はわざわざ光輝に説明しようとはせず、鋒を光輝へと向けて淡々と告げる。

 

「俺の邪魔をするつもりなら、お前から斬るぞ」

「やってみろ。お前にやられるほど俺は弱くはないっ!」

 

二人は剣を構え睨み合う。

もはや激突は避けられない。一触即発の空気だ。

そして、いざ二人が動き出そうとした瞬間、老成した声音が光輝にかけられる。

 

「剣を納めてください。光輝殿」

「イシュタルさん?」

 

イシュタルは光輝にそう告げると、立ち上がり陽和の前へと歩き軽く頭を下げた。

 

「陽和殿。先の非礼を詫びましょう。確かに、戦友を失ったことに対しての我等の態度は失礼でした。ですので、どうかここは私の顔に免じて抑えてもらえないでしょうか?」

「…………チッ」

 

そう言ったイシュタルをしばらく見下ろしていた陽和は、やがて忌々しそうに舌打ちすると、剣を鞘へと納めた。

そして、殺気の篭った視線をイシュタルへと再び向けると口を開いた。

 

「………なら、後でここにいない貴族や部下共に伝えろ。

今後一切、ハジメを無能だと、役立たずだと侮辱するなと。もしも、俺がそれを見てしまえば自分を抑えれる自信はない。彼らを死なせたくないなら、即刻これを全員に厳守させろ。破ったものは厳罰に処せ」

「畏まりました。しかと全てお伝え致しましょう」

 

確約させた陽和はそれ以上は話すつもりがないからか、イシュタルへ背を向けて玉座の間を去ろうとする。しかし、まだ納得していない光輝は当然止めようとした。

 

「待て、紅咲っ!」

「よせ光輝!」

「光輝落ち着け!」

 

陽和へと詰め寄ろうとした光輝を、左右から龍太郎とメルドが止めた。

それでもなお、光輝が何かを陽和へと叫んでいたが、光輝の言い分を完全に無視している陽和はそのまま扉へと移動し、玉座の間から出ていく。

そして扉を閉めた直後、陽和は歯をギリッと噛み締めると不機嫌を隠さないままに忌々しそうに呟いた。

 

 

「………信仰狂いの糞共がッ」

 

 

そう言って、陽和はその場を立ち去った。

 

 

 

それ以来、陽和は一人で鍛錬することが多くなった。いや、ほぼ一人で鍛錬していた。

更にはクラスメイトの多くが、訓練には参加せず部屋に籠るようになっていた。理由は簡単だ。ハジメの死が、多くの生徒達の心に重く深い影を落としてしまったからである。“戦いの果ての死”を強く実感させられ、一種のトラウマとなってまともに戦闘などできなくなったからだ。その結果、多くの生徒達が訓練に参加しなくなり、部屋に籠るか、生徒達専用に解放された食堂兼サロンにいるかになってしまった。

当然、訓練への参加者も減り今となっては全体の半分も参加していない。陽和はたまにしか訓練には参加せず、ほとんどの時間を自主訓練に当てている。

既に他の神の使徒であるクラスメイト達との模擬戦では彼に敵うものはおらず、メルドや騎士達との模擬戦だけするだけして、早々に訓練場を去り、別の訓練場で鍛錬するか、冒険者登録をし、王都郊外で一人冒険者業も兼ねて魔物相手の実践訓練を続けている。安全マージンを取る為に、時折雫やレイカが同行しているが大体は一人で訓練を続けている。

ある日には、早朝からたった一人でオルクス大迷宮へ潜りその日のうちに三十階層を踏破して、四十階層に到達してハジメの捜索も並行して行い、夜になって帰ってきたという無茶無謀をしでかした事もあった。流石にこればかりは雫やレイカは驚いて、雫が陽和に説教したのもあって、それ以来一人で潜るのは自重するようになった。だが、それでも単独行動を止めることはなく、ひたすら自主訓練を続けていた。

 

それらのことを思い出しながら、雫は心の内で呟く。

 

(本当に何もなければいいのだけど……)

 

雫はどういうわけか、ここ最近どうも妙な胸騒ぎがして仕方がない。

何か大きなことが起きそうな、そんな気がしてならないのだ。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

雫がそんな危機感を抱く一方で、レイカを伴い人気のない訓練場へと移動した陽和は今は体術の鍛錬をしていた。

 

「すぅー」

 

足を広げ、腰を低く落としながら構えを取り静かに息を吐いていた。その呼吸に合わせて、足を動かし手を動かしていく。

 

「ハッ!フッ!」

 

今陽和が行っているのは体術の鍛錬。

紅咲流にはメインである剣術の他にも体術、薙刀術、弓術がある。幼少の頃からそこの門下生として師範である母椿に鍛えてられてきた陽和は剣術だけでなく、そのほかの武術でも総じてレベルが高く、実家ではすでに師範代として門下生に指導をしていることだってあるのだ。陽和は日課である武術の鍛錬を行い今はちょうど剣舞を終わらせて体術の時間というわけだ。

蹴り、掌底、手刀、足払いなど一通りの鍛錬をこなしていきながら、詠唱を唱え始め魔法も発動する。

 

「“炎拳”」

 

両手甲に刻まれた小さな魔法陣が朱く輝き、そこからは紅蓮の炎が溢れて拳に宿り、その名の通りまさしく炎の拳と化す。

レベルとしては初級魔法だが、火属性に高い適性と耐性を持つ陽和だからこそできる芸当であり、そうでなければたちまち手や服が焼けるだろう。籠手も耐熱性だからできている。そして陽和は双拳に炎を宿し赤い炎の軌跡を描きながら演武をおこなっていく。

 

レイカはというと訓練場の端で、タオルや水筒を手にして待機している。陽和の侍従であるレイカは陽和の生活のサポートをしており、鍛錬の時でもタオルや水筒を持って待機しているのだ。そして、鍛錬を眺めている彼女の表情は心配の一言に尽きる。

彼女とて心配なのだ。いつもとは違い鬼気迫る様子で行われる鍛錬に、量も密度も大迷宮の訓練以前よりもはるかに濃密になっており、並の騎士ならば倒れていてもおかしくはないのだ。

それを陽和はここ一瞬間、早朝から夜まで弱音を一度も吐かずに淡々とこなしている。

心配だからとお目付役として同行した王都郊外での魔物との戦闘でも、たった一人でひたすら強力な魔物と連戦する姿にレイカは危機感を感じていた。

 

大迷宮に潜る以前、あの事故が起きてしまう前までは適度に休息を取り、自分の成長に実感が湧き嬉しそうだった姿があったが、今となっては時折笑みを浮かべるものの、最低限の休みと食事を取るだけで、鍛錬の時はいつになく悔しそうな、あるいは焦っているような様子で鍛錬に没頭していた。

そこには怒りや苛立ちなどが窺えた。

 

その理由が、大迷宮で起きた事件にあることは想像に難くない。

 

あの日、陽和達は大迷宮で大敗北を喫した。

檜山が不用意に発動させたトラップにより、ベヒモスとトラウムソルジャーの群れと戦うという最悪の状況に陥り、陽和はベヒモスを抑える為に戦い動けないほどの重傷を負い、掛け替えのない親友である南雲ハジメが奈落へと落ちてしまったのだ。

その事の詳細を、王宮へと帰還した陽和から聞かされたレイカは、何も慰めの言葉をかけることができなかった。

だからこそ、レイカは侍従としてのサポートと同時に、彼が無茶な訓練を課し続けオーバーワークになって倒れないように監視も兼ねている。

 

そして、奈落での敗北を経て、壮絶な鍛錬を続けている陽和の現在のステータスはこうなっている。

 

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紅咲 陽和 17歳 男 レベル:35

天職:竜継士   職業:冒険者  ランク:金

筋力:680

体力:650

耐性:640

敏捷:660

魔力:680

魔耐:650

技能:赤竜帝の魂・全属性適正[+火属性効果上昇][+光属性効果上昇][+発動速度上昇][+魔力消費減少]・全属性耐性[+火属性効果上昇][+光属性効果上昇]・物理耐性[+治癒力上昇][+衝撃緩和]・複合魔法・剣術[+斬撃速度上昇][+抜刀速度上昇][+刺突速度上昇]・体術[+金剛身][+浸透頸][+身体強化][+闘気探知]・剛力・縮地[+重縮地][+爆縮地]・先読・高速魔力回復・気配感知[+特定感知][+範囲拡大]・魔力感知[+特定感知][+範囲拡大]・言語理解

 

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凄まじいの一言に尽きるだろう。

たった一週間で、大迷宮での訓練以前の二週間の成長速度を優に超える成長を遂げたのだから。

前はメルドと同等であったステータスも、既に2倍近くに上がっており、他のクラスメイト達や勇者である光輝すらも遥かに凌いでいる。

派生技能も幾つも開花させており、もはやメルドを超え、王国最強の称号を得てもいいのではないのかと思うほどだ。

 

そして天職欄の隣にできた職業欄。これは何らかの職業についた場合に発現するものであり、陽和の場合は冒険者になったから発現したものだ。

これが意味するのは陽和が冒険者になったということであり、王宮に帰還した日の夕方には、王都にある冒険者ギルド本部へと一人赴き冒険者登録を済ませ、早速魔物討伐依頼をこなし始めた。

理由は情報集めと、戦闘経験を積む為だ。

陽和は今回の敗北から魔物達との戦闘経験が足りないと判断し、1秒でも無駄にしない為に王都郊外で行われる魔物相手の実戦訓練だけでなく、更に多くの魔物相手の戦闘経験が必要だと冒険者になったのだ。

 

さらにその横にはランク欄が出来、陽和は金と表記されている。これは冒険者のランクを示すものであり、青、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金とあり最低ランクが青でそこから上昇していく。

陽和はこの数日間で、高いチートステータスの評価や、今までの戦闘訓練を見てきたメルドからの推薦と、王都郊外、オルクス大迷宮での怒涛の魔物狩りの実績によって一気に青から最高ランクの金へと上げて、冒険者の最速記録を樹立していたりする。

一部では彼の凄まじい火属性魔法の技量から“炎帝”の二つ名で呼ばれていたりする。そう呼ばれていることは陽和は知らない。

そして情報集めは当然ハジメの事だ。ギルドでハジメらしき少年の目撃情報がないか聞いて回っているが、未だ有用な情報は出てこない。

 

ハジメが奈落に落ちて一週間。捜索を続けても未だ見つからず、それらしい情報も出てこないことに陽和は日々焦りを募らせていた。

それは日頃の行動にも出ており、今も早く強くならねば、早く行かねばと焦ってしまっていた。

 

「ハァッ!!」

 

陽和は最後に気合のこもった掛け声と共に拳を前に突き出して残心を取って、構えを解き拳の炎も霧散させる。

演武を終わらせた陽和は大粒の汗を流し、荒い呼吸で肩を上下させていた。

 

「ハァッ、ハァッ…」

「陽和様。こちらを」

「ああ、ありがとう、レイカ」

 

陽和はレイカからタオルを受け取り汗を拭うと、水筒で乾いた喉を潤す。既に陽は落ちつつあり空は橙に染まっている。メルドとの模擬戦が昼過ぎにしたからだいぶ時間が過ぎていたようだ。その時、訓練場に涼やかな声が響く。

 

「精が出ますね。陽和さん」

「リリィか」

 

訓練場の側にある廊下から現れたのは、一人の侍女を連れたドレスを纏う金髪碧眼の美少女だ。現れた少女に陽和は彼女の名を呼ぶ。

彼女はリリアーナ。この国の王女であり、現在14歳の才媛だ。容姿は非常に優れ、国民にも大変人気のある。性格は真面目で温和、しかし、堅すぎるということもなく、TPOを弁えつつ使用人達とも気さくに接する人当たりの良さを持っている。

それは、召喚された陽和達にも例外ではなく、王女としての立場だけでなく一個人としても心を砕いてくれている。彼らにとって関係のない自分達の世界の問題に巻き込んでしまったと罪悪感もあるようだ。

そんな訳で、率先して生徒達と関わるリリアーナと彼らが親しくなるのに時間はかからず、年が近いという事もあって今では愛称呼びかつ、タメ口で言葉を交わす仲である。

彼女の後ろに控える侍女は、リリアーナの専属侍女であるへリーナだ。ダークブラウンの長い髪と、女性にしては高めの身長をスッと伸ばし、気品に満ちた微笑む表情は、さすがは王女の側付きになるだけのことはあると納得させるほどだ。

リリアーナは笑みを浮かべながらも、その奥には心配もある表情を浮かべると口を開いた。

 

「熱心に訓練に打ち込むのはいい事ですが、限度というものもありますわ。雫や香織も心配していましたよ?」

「………そうか。わざわざ悪いな」

「いえ、そうでもありませんよ。それに、貴方の気持ちもわかりますから」

 

リリアーナも事の顛末は聞いている。だからこそ、陽和の無茶を必要以上に咎めなかったのだ。そして、彼女は休憩している陽和に、今王城で持ちきりの話題を出す。

 

「聞きましたよ。メルド団長に勝ったそうですね」

 

それは陽和がメルドに模擬戦で勝利した事だ。今や王城内では騎士や侍女、文官たちですらその話で盛り上がっていた。

リリアーナの言葉に、陽和は苦笑いを浮かべ呟いた。

 

「偶々だ。何戦もした内のたった一回の勝利に過ぎない。次やればどうなるかはわからないよ」

「それでも我が国最強の騎士に一度は勝ったと言う結果は残りますわ。それに、貴方は僅か5日という史上最速で“金”ランクになった有数の冒険者でもあります。それだけでも十分素晴らしいと思いますよ」

「メルド団長の推薦もあったからだと思うが、そう言うものなのか?」

「そう言うものなのですよ」

 

リリアーナはクスクスと笑う。陽和は困ったような、呆れたような、そんな曖昧な表情を浮かべた。実際、陽和にとって“金”ランクというのは別にそれ自体に価値はなく、その立場を使っての情報集めに利用してるだけに過ぎないからだ。

 

「ふふ、かの“炎帝”様もそんな顔をなさるのですね」

「“炎帝”?なんだそれ」

「あら、ご存知ないのですか?貴方の二つ名ですよ。どうやらオルクス大迷宮での貴方の戦いぶりを見た冒険者達の間でそう呼ばれているようですよ。一日で四十階層を踏破した無双の火属性魔法の使い手、金ランクの“炎帝”と」

「……マジか」

 

陽和は堪らずそう呻いた。

まさか自分が光輝の“勇者”と同じようになんらかの二つ名で呼ばれる日が来るとは思わなかったからだ。その様子に、リリアーナは少し面白そうに笑った。

 

「もしかしてお気に召しませんでしたか?カッコいいですよ。“炎帝”」

「いや、そういうのじゃなくてな……こっちの世界じゃそういう二つ名ってのは創作の中とかごく一部の間でしか使われないものだから、なんというか慣れない」

「そういうものなのですか」

「そう言うものだ」

 

先程と同じことを立場が逆転して言ったことに気づき二人は揃って笑った。

そしてひとしきり笑った後、陽和は表情を引き締めて口を開いた。

 

「………リリィ、話したいことがあるんだが構わないか?」

「話ですか?……それは、場所を変えた方がよろしいでしょうか?」

 

陽和の雰囲気が変わったことにリリアーナは重要な話だと言うことに目敏く気づき、小声でそう尋ねた。陽和は首を縦に振ると同じように小声で答える。

 

「ああ、なるべく他の人には聞かれたくない話だ」

「でしたら、私の部屋で話しましょう。今から行きますか?」

 

リリアーナはそう提案するが、陽和はそれに首を横に振る。

 

「いや、着替えた後でもいいか?」

「?なぜ……ああ、そう言うことですね。わかりました。それで構いませんよ」

 

最初は訳が分からなかったが、陽和の服が汗でべったりと張り付いているのを見て納得する。

汗をたっぷりと吸ったシャツは着心地が悪いし、汗臭さも取れていない事を陽和は気にしたからだろう。

そこで、すかさずレイカが替えの服を差し出した。

 

「陽和様。こちらに上着の替えをご用意しております。汗をお拭きになった後お召しください」

「ああ、悪いな。レイカ」

 

陽和はレイカへ礼を言いながら、リリアーナに一言言って背中を向けて汗を吸って重くなったシャツを脱ぐ。軽くタオルで体を拭いた後シャツを受け取り着ると、リリアーナ達へと向き直る。

リリアーナとへリーナはご丁寧にも陽和へと背中を向けていた。どうやら、彼女達も陽和を気遣って見ないようにしていたらしい。

 

「リリィ、終わったからもういいぞ」

「そうですか。では、行きましょうか」

「ああ、だがその前にレイカ」

 

そう答えて陽和はリリアーナの後ろをついて行く。しかし、一度足を止めるとシャツを洗濯しに行こうとしたレイカを呼び止める。

 

「はい、何でしょうか。陽和様」

「四通分の手紙用紙とペンを部屋に用意しておいてくれないか?」

「はい、畏まりました。ご用意してお待ちしております」

「頼む」

 

レイカは一度お辞儀をすると、足早に訓練場を去る。そして陽和はリリアーナへと再び向き直った。彼女は今の二人のやりとりに微笑んでいた。

 

「随分と、彼女と仲がよろしいのですね」

「まぁな。思ったよりも気が合うんだ」

「何か、共通の話題でもありましたか?」

「まぁそうだな、色々とな…」

 

そして、リリアーナの部屋へと向かう道中、二人は他愛のない話をしていた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

リリアーナの自室へ着いた二人は、ヘリーナに用意させた紅茶を手に取りながら話し始める。

 

「……それで、陽和さん。お話というのは」

「ああ、レイカのことなんだがな…」

「レイカですか?貴方の侍従ですよね。何か彼女が貴方に失礼なことでもしましたか?」

 

先程の二人の様子から見ても、陽和とレイカは良好な関係を築けていると分かる。だというのに、何か失礼があったのだろうかと疑問に思うリリアーナに陽和はすかさず訂正した。

 

「いやいや、違う。失礼なんてとんでもない。むしろ良くやってくれてると思うよ。それにレイカはもう俺の大切な友人だ」

「ふふっ、それなら良かったです。ですが、だとしたら一体何を……」

 

リリアーナが漏らした当然の疑問に陽和は一度眼を伏せると、再び開いて真剣な表情を浮かべるとはっきりと言った。

 

「近いうちに俺は必ず教会から指名手配される。異端者として神敵認定される可能性が高いだろう。だから、この数日中に俺は姿を眩ませる。そして俺がいなくなった後、レイカを守って欲しいんだ」

「ッ!それは、どういうこと、ですか?」

 

リリアーナだけでなく話を聞いていたへリーナも驚愕に目を見開き、リリアーナが動揺まじりでそう尋ねる。

 

「『赤竜帝』ドライグは知っているだろ?」

「ええ、当然です。唯一神エヒト様に敵対した邪竜の名前ですよね。それが何か?」

 

リリアーナとて赤竜帝の名前は当然知っている。

この世界の唯一神であるエヒトに敵対した邪竜であり、世界中から恐れられている忌まわしき存在だ。だが、それがなぜ今陽和の口から出たのか分からなかった。いやそもそも、なぜそれを知っているのだろうか。

そんなリリアーナに陽和は言った。

 

「俺の天職である竜継士は、この赤竜帝に関係しているものだと考えれる。技能にも赤竜帝の魂と書かれているぐらいだからな。関係は間違いなくあるだろう。

だとしたら、俺は教会から邪竜に関わるものとして指名手配されて最悪処分されるだろう」

「っっそういうことですか……つまり貴方は自分が邪竜に関係する者として指名手配される可能性があるから、貴方の侍従として罪に問われる危険のあるレイカを守って欲しいと言うことですか」

「理解が早くて助かる。つまりはそう言うことだ。真偽がどうあれ指名手配されるのは俺だけだ。レイカには何の罪もない」

「指名手配は確実なのですか?」

「ああ、確実だ。だから」

 

そう言って陽和は椅子から降りて両膝と両手を床につけ頭を下げて土下座の姿勢を取る。

 

「お願いします。リリアーナ王女様。俺の侍従レイカ・フォーレイアの安全を、どうか」

「陽和さん……」

 

会ってまだ一ヶ月も経っていないと言うのに、侍従…否、友であるレイカの為に陽和が頭を下げたことに、リリアーナは驚いた。

それだけの信頼関係を彼らが築けていることに純粋に嬉しかったし、何より、

 

(貴方は本当に優しいのですね……)

 

神敵として命を狙われるだろう自分が一番危険なはずなのに、それでも自分がいなくなった後、最も自分の近くにいた侍従であるレイカの身を案じたことだ。

ハジメのことと言い、今回のことと言い、彼は本当に優しい人間だ。そしてそれだけの彼の優しさに応えること。それが、国のために、頼っている側である王女たるリリアーナのすべき事だ。

リリアーナは穏やかな笑みを浮かべ言った。

 

「顔をあげてください陽和さん。貴方のご要望通り、彼女は私が保護することを誓います」

「っ…ありがとう、リリィ」

 

顔を上げて陽和は礼を言う。そんな陽和にリリアーナは、首を横に振った。

 

「いいえ、頼っている側である私に出来ることは多くありません。ですから、出来る限り貴方達の力になりたいのです」

「だが、頼んだばかりで聞くのは何だが……具体的にどうするつもりだ?」

 

陽和の問いかけにリリアーナはしばらく思案すると、右の人差し指を立てて提案した。

 

「そうですね……では、ヘリーナと同じく私の専属侍女にでもしましょうか。陽和さんの評価は聞きましたし、ヘリーナは彼女はどう思いますか?」

「そうですね。彼女は専属にしても問題はないかと。私から見ても陽和様のお世話はしっかりとこなされていますし、能力も十二分にあると思います」

「そうですか。なら、決まりですね」

 

こうして、陽和の意見を挟むまもなくとんとん拍子でレイカの今後の処遇が決まった。

この決定に、陽和は心から安堵した。この異世界における数少ない信頼できる一人であるリリアーナの専属侍女として保護されるのは、陽和にとってもありがたい結果だ。これで、彼女が赤竜帝の関係者として追及される可能性は下がる。

陽和は安堵した表情で感謝の籠った礼を言う。

 

「本当にありがとう、リリィ」

「いえいえこれくらい大丈夫です。しかし、いくら陽和さんの話が本当だとして、レイカも罪に問われる可能性はあるのでしょうか?」

「無いとは言い切れない。

リリィ、この際、はっきりと言わせてもらうがこの世界の宗教は歪んでいると思う」

「ッッ理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

リリアーナとて聖教教会の敬虔な信者だ。

信者ならば今の発言は不愉快極まりないものであるはずなのだが、彼女はそれほど不快そうではなく、真剣な表情で陽和の続きを促した。

 

「俺は神社の家系に連なるものとして神道に属し、火の系統の神々を崇めている。

神を崇めていると言う点では俺たちは同じだ」

「確かにそうですね。では、なぜ歪んでいると?」

「この世界では宗派が存在せず、全ての信者が同じ思想の下、神を崇めている。間違いはないな?」

「?そうですが、それが、何か?」

「それが、俺が歪んでいると思った理由の一つだ。人である以上、同じ神を祀っても考え方に違いは生じるはずだ。なのにそれがない。俺にはそれがひどく不気味に思えて仕方がないんだよ」

 

この世界では9割もの信者が全員同じ思想の下、神を崇めている。それは陽和からすれば異常だった。

陽和が属する神道は八百万の神々を信仰している多神教であるため、この世界との宗教の仕組みとは違うが、キリスト教のような一神教はこの世界と仕組みは同じと言える。

しかし、唯一神を崇めているキリスト教はカトリック、プロテスタント、正教会などいくつかの理念によって宗派が分かれている。千差万別、十人十色と言ったように人間だからこそ、神に対する様々な考えがあり、それが宗派へとつながる。だが、この世界の宗教にはその宗派すらない。

全ての信者が同じ思想の下、神を崇めているなど陽和からすればあり得ないし、得体が知れないのだ。

 

「それに、あの教皇があそこまで心酔しているのも気味が悪い。宗教のトップに立つのならば、信者のことも考えるべきだというのに、奴は全てを神の意思によって決めている。

神こそが全てだと、神の意思こそ世界を動かすのだと、そう思って疑わないのだろう。それは教皇だけでなく、信仰心の強い者達は例外なくだ。もはや狂信だと言っても良いな」

 

陽和は明らかな嫌悪を浮かべてそう吐き捨てる。

神の意思こそ世界を動かすのならば、神が何かを決め神託として下せば、どんな内容であれ信者達はそれを必ず成してしまうだろう。

恐らくは死ねと言われれば死に、守るはずの人間族を滅ぼせと言われても躊躇なく皆殺しするだろう。

古今東西、狂信者が善を成すなど聞いたこともない。いずれも、神のためにと狂気の行動をとり悲惨な事件を引き起こしてしまう。

だからこそ、陽和は嫌悪と危機感を抱いた。

そこには人の心がないからだ。心を持って感情を抱き、言葉で対話をすることもなく、神の意思だからと思考を放棄してそれに従い、疑いもしない。それはまるで………奴隷だ。

本人の意思は関係なく、主人たる神の意思こそが全てであり神が望んだことを成すだけの忠実な奴隷。その歪で狂った在り方は異世界人である陽和にとっては、過去の様々な宗教の歴史を知っているからこそ唾棄するほどに悍ましいものだ。

 

そして、陽和の身にこれから起きるであろうことは、それらを考えれば想像に難くない。

神に敵対し世界を滅ぼそうとした禁忌の邪竜“赤竜帝”ドライグ。誰もが恐れ、忌み嫌う邪竜と関係するであろう天職“竜継士”と技能の“赤竜帝の魂”。それはまさしく、存在自体が罪とも言えてしまう。生きてるだけで悪であり、もしかしたら、邪竜が目覚めてしまうかも知れないと危惧し、危険因子として殺そうとするだろう。

それだけでも十分に殺される理由があると言うのに、もしもエヒト神が、それらの要素を持つ陽和を殺すべき神敵だと神託を下せば、信者達は嬉々としてそれに従うだろう。そうなり陽和が命を狙われることになるのはまだ良い。自分一人だけ狙われるのならば、まだマシな方だ。

 

だが、もしそれだけに留まらなかったら?

陽和と最も関わりのある侍従レイカが、邪竜に絆された者、あるいは洗脳されてしまった者だと言われてしまったらどうなる?

神託があれば真偽を無視するこの世界だ。

レイカも罪に問われる可能性が高い上、異端者として最悪殺されるかも知れない。それは看過できない。

陽和は表情を歪ませて、ギリッと歯を食いしばり苦渋に満ちた声音で続ける。

 

「俺がいなくなった後、残されたレイカが心配だ。邪竜に一時的にでも付き従った者として糾弾され殺されるかも知れない。考え過ぎかも知れないが、その可能性がある以上、ないとは言い切れないだろ。だから、リリィに保護を頼んだんだ。俺が信頼できる人の中で一番地位が高いからな」

 

それにだ、と陽和は付け加える。

 

「異世界から拉致してきて戦争に参加させて、人殺しを強要してくる神や、それを崇める狂信者共を信用できるわけがないだろ。リリィやレイカ、メルド団長達は別として、な」

 

最後にそう付け加えて陽和ははっきりと言い切った。

教会信徒に真っ向から喧嘩をふっかけるような不遜な言いようにヘリーナは驚いていたが、肝心のリリアーナは怒るわけでもなく、喚き散らすわけでもなく、暗い表情を浮かべたままただ無言で押し黙っていた。

そしてしばらくの時間が過ぎ、暗い表情だったリリアーナは顔を上げて口を開いた。

 

「……貴方のお話はよく分かりました。

そう思ってしまうのも仕方のないことです。私の立場では貴方の考えを責める資格はありません。むしろ、申し訳ありません。こちらの世界の問題に巻き込んでおきながら、そのような事態に貴方を追い込んでしまったこと、一人の人間として深く謝罪致します」

 

リリアーナはそう言って深々と頭を下げる。

この世界に呼ばれなければ、目覚めるはずのなかった天職と技能。自分たちの世界の都合に巻き込んでしまったからこそ、発現してしまったものだ。彼に罪なんてあるわけがない。

本来ならば、陽和に非は全くない。全面的にこちらが悪い。だと言うのに、こちらの都合で彼を殺そうとさえしてしまっている。

そして、頭を下げるリリアーナに陽和は一瞬驚くもすぐに穏やかな笑みを浮かべ言う。

 

「どうか頭をあげくれ。リリィは何も悪くないだろ。むしろ、俺達異世界人のために一個人として接してくれたこと、本当にありがとう」

「陽和さん、いえ、こちらこそありがとうございます」

 

陽和の感謝にリリアーナは顔を上げた後、真剣な表情で胸に右手を当てて告げる。

 

「改めて誓います。私、リリアーナ・S・B・ハイリヒの名において、紅咲 陽和様の侍従レイカ・フォーレイアの安全を必ず守ります」

「ああ、頼む。それと、もう一つ頼んでも良いか?」

「はい。何でしょうか?」

 

そこで陽和はもう一つの話題へと切り替えて話し始めた。

 

「どうか、これからもクラスメイト達と仲良くやってほしいんだ。今のあいつら結構追い込まれてる奴が多いからさ。年の近いリリィがいてくれると大分助かると思うんだ」

 

今のクラスメイト達は心が折れかけているものが大多数だ。

戦場での死を目の当たりにし、戦うことすらできなくなっていた。

日本という平和な国で育ち、戦争を歴史でしか知らなかった彼らは現実の非情さと、予想を遥かに上回る不条理の前に呆気なく、彼らの心は砕け散ったのだ。

どんな人間でも死ぬべき時は死ぬと言う簡単なことをようやく真に理解した彼らは、戦えなくなるどころか、王都の外にすら出ることができなくなった。

しかし、当然、王国や聖教教会の上層部は、そんな生徒達を戦いへと促した。実戦を繰り返し、時が経てばまた戦えるだろうと、強引な手法ではなく、あくまで言葉による説得を毎日やんわりと繰り返した。ただ、それでも追い詰められていた生徒達の心をさらに追い詰める結果となった。

従わなければ、ここを追い出されるのではないか?

そうなれば、誰の庇護もないまま、この命がひどく軽い世界に放り出されるのではないか、と。

陽和のように冒険者業をすれば良いのかもしれないが、戦うことができなくなってしまった彼らにはそれすらも難しいだろう。

 

そして、そんな時だ。猛然と協会関係者達に抗議した者がいた。畑山愛子先生だ。

作農師という特殊かつ激レアな天職のため、生徒達とは別行動で各地の食料問題を解決するために遠征していた異世界人唯一の大人である彼女はそんな時に帰還した。

帰還した彼女は、ハジメのことを聞き、責任感の強さから強いショックを受けて取り乱し、寝込んでしまったほどだ。しかし、愛子は一見してわかるほど追い詰められている生徒達を見ると、すぐさま立ち上がった。毅然とした態度と、不退転の意思、そして自身の希少性すら利用した交渉で、生徒達への戦闘訓練の強制に猛然と抗議し、関係の悪化を避けたい教会側は、その抗議を受け入れ、説得をやめた。

彼女の抗議のおかげで生徒達は無理矢理戦いに出る必要もなくなり、愛子の庇護の下王宮の暮らしを確約できたのだ。だが、確約できたからと言って、彼らの心に深い影が落ちたままなのは変わらない。

だからこそ、そんな彼らの心に寄り添える存在が必要なのだ。その適任者はこの王城においてはリリアーナの他にはいない。

前から自分たち召喚者達のために心を砕き、親身に接してきてくれた彼女だからこそ、出来るだろうと陽和は踏んだのだ。

そんな陽和の頼み事をリリアーナは快く了承した。

 

「ええ、それぐらいは当然のことです」

「ありがとうな」

 

そう言って陽和はリリアーナの頭に手を伸ばしてポンポンと優しく撫でた。陽和の行動にリリアーナは戸惑う。

 

「あ、あの陽和さん?」

「ん?あっ、悪ぃ」

 

陽和は無意識にやっていたようで咄嗟に謝罪をしリリアーナの頭から手を離す。

 

「つい妹達にしてるみたいに頭撫でてた。不快にさせたんならごめんな」

「い、いえ大丈夫ですよ。……でも、妹達、ですか。確か、四人兄弟の長男でしたっけ?」

「そうだよ」

 

二つ下の中学三年生の15歳の妹牡丹。八つ下の小学三年生の9歳の弟妹の優樹と桔梗。陽和の大切で愛しい妹弟達だ。

陽和は脳裏に家族達の顔を思い浮かべながら、リリアーナをじっと見ると呟く。

 

「……リリィは牡丹に似てるな」

「え?」

「前から思ってたんだが、リリアーナは俺の上の妹に似てるなぁって思ってたんだよ。頑張り屋で真面目なところとか」

「そ、そうですか?」

 

リリアーナは少し照れて頬を赤らめる。自分の長所を言われているようで、無性に嬉しくなったのだ。

 

「リリィだけじゃなくて、ランデルも二人とも牡丹達と歳はひとつ違いだからさ、どうしても重なるんだろうな」

 

リリアーナの弟であるランデルは10歳だ。

金髪碧眼の美少年で、絵に描いたような王子様であり、子どもらしくやんちゃだ。陽和にもよく懐いてくれる。

やんちゃなところは大人しめの優樹とは似てはいないが、リリアーナとランデルは共に一歳しか年が違わない。だからこそ、余計に陽和には妹や弟のように重ねて見えていた。

陽和はもしも彼らが出会ったらと、そんな未来を想像した。

 

「……きっと、お前達があの子達と会ったら、良い友達になれると思うよ。

リリィと牡丹は気が合いそうだし、優樹とランデルは性格は正反対だが意外とうまくいきそうだ。桔梗がちょっと不安だが、リリィとも上手くやれるだろう。いつか、お前達を会わせてあげたいな」

 

世界が違えど、元の世界へ帰れるようになった時、もしかしたら異世界との行き来が可能になるかもしれない。

そうすれば、リリアーナやランデルをこちらの世界へ招待して家族達と会わせることができると思ったのだ。

リリアーナもそれを想像してか、穏やかな笑みを浮かべる。

 

「私も、いつかお会いしてみたいです。貴方が大切にしている家族と。牡丹さんとも話してみたいですね」

「その時が来たら、是非そうしてくれ。きっと、あの子達も喜ぶから」

「ええ、是非」

 

リリアーナの言葉に陽和はひとつ頷くと立ち上がろうとする。だが、リリアーナはまだ話したいことがあるのか陽和を止めた。

 

「あの、最後に一つよろしいでしょうか?」

「ん?どうした」

「陽和さんにとって“神様”とはどう言う存在なのですか?」

 

リリアーナの問いかけに陽和は一瞬きょとんとするも、視線を天井に向け少し思案する。

 

「……どう言う存在か、難しいことを聞くなぁ………んー、そうだな。俺にとっては、いつもどこかで見守ってくれてる身近な存在であると同時に感謝すべき存在、かな」

「身近で感謝すべき存在、ですか?」

「俺達の国では八百万の神といって、自然にある様々な物に神様が宿っていると考えられている。

火や水、風、雷といったものから、山や海、大地、そして植物、衣食住にも、本当に様々な物に宿っている。更に言うと、ご先祖様も神様として祀られる。だからこそ、神様は俺たちの生活に根付いているし、何処にでもいていつだって俺達人間を見守ってくれていると思える」

 

トータスや地球での一神教とは違い、日本の神道の神様はとても身近な存在だ。

ありとあらゆるものに神は宿り、人には見えずとも自分達を見守っている。それに、一神教での神様は全てを創造し、全知全能たる完全な存在とされているが、日本では違う。

神様は八百万といわれるほど様々な形があり、時には嫉妬し、時には怒り、時には嘆き、時には笑うといった不完全で、とても人間らしい存在だ。

だからこそ、陽和は身近な存在だと思い、同時に感謝すべき存在だと思っている。

 

「俺達はそんな神様に日々祈り願っている。

そういうのを“祀り”といって、それは神様に“日々生きていることに感謝する”と言う意味を持つ。自然の恵みを俺たちにくれること、今こうして生きていること、本当に何でもいい。何らかの感謝を神様に捧げ、家族の無事や平和を祈るんだ。…まぁ大体こんなところかな」

 

そう語り終えた陽和を見るリリアーナは感心の表情を浮かべていた。

 

「八百万の神、ですか。異世界の宗教……大変興味深いですね」

「まぁこことはだいぶ考え方が違うからな」

 

日本の神道の成り立ちなどは、地球にある数多くの宗教と比べても珍しい部類だ。

このトータスとでも相当違うだろう。リリアーナにとっては新鮮なものだったかもしれない。

 

「じゃ、俺はそろそろ行くよ。レイカとみんなのことよろしく頼む」

「ええ、任されました。そして貴重なご意見ありがとうございました」

「ああ」

「それと、お気を付けてください。無事に困難を乗り切れることを祈っております」

 

リリアーナはそう言ってふわりと微笑んだ。

陽和もまた微笑んで、彼女の頭にポンポンと手を置いた。

 

「リリィもな。お前も誰か見ておかなきゃ無茶しそうだ。王女の仕事で忙しいのはわかるが、休みを疎かにするなよ。休むことも立派な仕事の一つだ」

「ふふっ、気を付けておきますわ」

 

そう一言交わして陽和は今度こそリリィの部屋を後にした。そして部屋の主と侍女だけが残る部屋でリリアーナは、自分の頭に手を置いた。

 

「手、大きかったなぁ」

 

僅かに頬を赤く染めて、頭を撫でられた余韻に浸る。自分よりもずっと大きくて、ゴツゴツした逞しい手。だけど、全く不快ではなく、むしろ心地よささえ感じていた。

父や母とは少し違う温かい感覚に、リリィは一人胸が高鳴ったのを感じた。そしてその高鳴りのままヘリーナに問うた。

 

「ねぇ、ヘリーナ」

「何でしょうか?」

「兄というのは皆ああなのでしょうか?」

 

自分には兄はいない。だからこそ、兄がどんなものかはわからないし、他の家での兄がどんな存在なのかは分からなかった。

そんなリリアーナにヘリーナは少し驚いたような素振りを見せるも、すぐに微笑んで言った。

 

「全てが彼のような方ではないでしょう。ですが、彼のような方が兄ならば、下の子達はきっととても幸せだと思いますよ」

「ええ、そうでしょうね」

 

直接見ずともわかる。彼のような兄がいたら、妹や弟達はとても幸せに違いない。

だって、あれだけ優しい人に愛されているのだ。自分が少し頭を撫でられただけで、温かい気持ちになった。その温もりを日頃から知っている彼女達は、さぞや幸せなのだろう。

それがリリアーナには少し羨ましく感じてしまった。無論、今の家族に不満なんてあるわけがない。ただ、『兄』を知らないリリアーナは兄がどんなものかをあまり知らなかったのだ。

もしも自分に、彼のような兄がいたならばと少し想像してしまう。

きっと、とても頼もしい存在になっていただろう。それは憧憬にも似た想像だった。

 

そして、そんな彼を家族から引き離してしまったことに罪悪感を感じてしまう。あれだけ家族を愛している彼を自分達の勝手な都合で家族の元から引き離して、戦争に巻き込んでしまったことを。

だからこそ、立場とか関係なく、リリアーナ個人として願わずにはいられない。

 

 

 

(どうか、陽和さん達が早く家族の元へと帰れますように……)

 

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

自室へと戻った陽和を出迎えたのはレイカだった。陽和の部屋の前でじっと待機していた彼女は、陽和の姿を見るや恭しく頭を下げる。

 

「お帰りなさいませ陽和様。ペンと紙は部屋の机にご用意しておきました」

「ああ、ありがとう。それと急がなくていいから、紅茶を持ってきてくれないか?」

「畏まりました。すぐにお持ちします」

 

レイカは一度頭を下げると、紅茶を取りに食堂へと向かった。レイカを見送った陽和は部屋へと入る。部屋の机には、言った通りペンと紙が数枚置いてあった。ご丁寧に、指定した数分の封筒と、それを止めるための封蝋まである。

 

(これは、ありがたいな)

 

ありがたい気遣いに陽和はレイカに心のうちで感謝した。

 

「さて、書くか」

 

陽和は椅子に座ると、ペンを手に取ると既に頭の中でできている内容をスラスラと書き始めていく。冒頭に名前を書いて、内容を綴っていく。仕上がれば、一度推敲して封筒に入れて封蝋で綴じる。

それを繰り返して一通、二通、と送り主と内容が違う手紙をそれぞれ仕上げていき、三通目が終わり、四通目に入ろうとした時陽和の手が止まった。

 

「………どうしたもんか……」

 

陽和は手を顎に当てて、そんな事を呟く。

書き上げた三通を送る相手は既に決めている。自分が信頼できる者達にだ。彼らには、自分が王都を離れること、赤竜帝のこと、命を狙われるだろうということを書き記してある。

まだ伝えてはいないが、レイカを通じて密かに渡してもらう予定だ。

 

しかし、最後の一通は書くべきか悩んでいた。

その送り主は既に決めてある。だが、果たして『彼女』に渡すべきなのか陽和は悩んでいた。

彼女のことを思うのならば渡すべきなのだが、それで傷つけてしまうと考えるとどうにも踏みとどまってしまうのだ。

それに内容も何を書けば良いのか、思いつかない。どうやって始めるべきか、どういうふうに書くのかが分からなかった。

既に書き上げている三通に関しては別に悩みはしなかった。だが、彼女に送る内容に関しては悩んでいたのだ。それだけ彼女のことを大切に思っているからこそ陽和はペンが進まなかった。

それから、どれだけ経ったのか、不意に部屋の扉が叩かれた。次いで、声が聞こえてきた。

 

『陽和様、紅茶をお持ちしました。それと、メルド騎士団長がお見えです。入ってもよろしいでしょうか?』

「メルド団長?…あぁ大丈夫だ。入れてくれ」

 

なぜメルドが来訪してきたのかは分からないが、何か伝えることがあるのだろうか?もしかしたら、冒険者業での話なのか?そう思い訝しんだ陽和は断るのもなんだし、メルドを招き入れることにした。

 

「失礼する」

 

陽和の了承を受けて、まずメルドが入ってきて次に二つのカップとティーポットを乗せたカートを押すレイカが入ってくる。メルドは片手で謝罪する。

 

「突然すまないな陽和」

「いえ構いません。ですが、急にどうしたんですか?」

「少しお前さんに話したいことがあってな。ちょうど、彼女が部屋に向かうもんだから同行したんだ」

「そうでしたか。メルド団長、俺はベッドに座るんで椅子に座ってください」

「ああ、そうさせてもらおうか」

 

そして陽和は椅子からベッドへと移り、メルドが椅子へと座る。メルドにも頼まれたのだろう、二人分のカップにレイカは紅茶を注いで、二人の脇にカートを置いて紅茶を二人の近くに置く。

それを確認した陽和はレイカに外へ出ておくように伝えようとして、メルドに止められた。

 

「レイカ、悪いが外「いや、彼女にも聞いてもらいたい話だ。このまま同席させておいてくれ」…だそうだ、レイカも残っていてくれ」

「はい」

 

メルドにそう止められて、陽和はレイカの同席を認める。そして、陽和はレイカが淹れてくれた紅茶に一口含むと、メルドへと視線を向けて尋ねる。

 

「それでメルド団長、お話とは何でしょうか?」

「………」

 

陽和の問いかけにメルドは苦渋に満ちた表情でしばらく黙っていたが、やがてその表情のまま口を開き、呻くように言った。

 

 

「今夜中に王都から逃げてくれ。でなければ、お前は殺されてしまう」

 

 

それは陽和が危惧していた最悪の可能性だった。

 

 




既に陽和の魔改造計画は始まっているのだよ。くっくっ

さてさて、リリィとの絡みもありましたが何やら雲行きが悪い様子になりました。この続きは後半に書いてあるのでそちらをお楽しみください。

そして、5日で青から金ランク昇格という最短記録を陽和は樹立しましたが、さすがに早すぎんじゃねぇの?と思う方が多いと思いますので補足を。
まず超一流と言われる四十階層を彼はたった一日で踏破し、それ以外での王都近郊での大量の魔物狩りによる多くの依頼の達成、高いチートステータスの評価や、神の使徒としての実績、そして王国最強であるメルドの推薦という幾つかの要素があって陽和は金ランクへと昇格しました。
これぐらいの要素があれば、流石に金にあげても良いんじゃないかと思ったからです。

ちなみに、陽和の二つ名の“炎帝”ですが、高ランクの冒険者は二つ名を持っているから良いなと思いつけました。それが理由の半分で、もう半分はぶっちゃけ私の好みです。はい。



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