ちゃんと生存はしているのでこれからも、この作品を読んでいただけると幸いです!!
これからも、しっかりと更新を続けていくのでよろしくお願いします!!
「うっ………」
小さな呻き声を上げながらクレアはゆっくりと瞼を開く。
視界に映る淡紫の輝きに顔を向ければ、自分の傍らでセレリアが両手を翳していたのが見えた。
「セレ、リア……ちゃん……?」
「っ!クレアさんっ!よかった!目を覚ましてくれたっ‼︎」
クレアの呟きにセレリアは歓喜の声をあげ涙を流す。
クレアは横に寝かされながらも、抉られたはずの右半身の感覚があることに、自分が彼女に治療されてるのだと気づいた。
「……どう、して………私を、治療してるの?」
「殺すつもりで戦ってわけじゃないからな」
「……馬鹿ね。最後、私は暴走してたのよ?下手したらあなたが死んでたかもしれなかったわ」
「でも、こうして私達は生きてるだろ?」
「…………」
得意げに言い放ったセレリアにクレアは何も言えなくなる。
過程はどうあれお互い生きている以上、仮説など何の効力も持たない。それに自分は彼女に負けた。ならば、これ以上文句など言えなかった。
「…………セレリアちゃん、ごめんなさい」
「クレアさん?」
不意に出た謝罪の言葉にセレリアが首を傾げる中、夜空を見上げるクレアは目の端に涙を浮かばせながら謝罪の言葉を紡ぐ。
「本当なら、あの時貴女を守るべきだった。ディーに抗ってでも、義姉として貴女を守って彼を正すのが本来やるべきことだったわ。でも、私達は貴女を守らなかった」
「……………」
「一番助けを必要としてたはずの貴女を見捨てた。私は、私達は本当に最低な義姉よ。貴女にも、ディーにも顔向けできないっ。本当に、ごめんなさいっ」
クレアは遂には大粒の涙を流しながら、それを隠すように片腕で目元を隠すと啜り泣いてしまう。
涙交じりに紡がれる謝罪にセレリアは何も返さない。
しかし、少しの沈黙の後、セレリアは身を屈めるとクレアに抱きつき言った。
「恨んでないよ」
「……え?」
「私は、クレアさんやシャルフィさんも、兄さんも恨んでないよ。それに、今だからこそ分かったこともあるんだ」
セレリアが受けた仕打ちは確かに辛く苦しいものだった。
だが、そこに恨みはなかった。あるのはただ、自分では何もできない無力感と自分が化け物にされていく恐怖と兄達が変わってしまったという絶望だった。
だが、強くなった今だから、陽和達と出会えた今だから分かる。
「誰も変わってなんていなかった。ただ、皆譲れないものがあったから、それを守るために必死に戦っていただけなんだ」
誰もが必死なだけだったのだ。
陽和は『大切』を守り世界を救う為に。
雫は陽和と共に未来を切り拓く為に。
ハジメは元の世界で待つ家族の元へ帰る為に。
皆譲れないものがあったからこそ、それを守る為に必死に戦っているだけなのだ。
それはクレアもシャルフィも同じなのだ。
二人はディレイドの『絶望』に寄り添う道を選んだのだ。
自分と雫が陽和の『希望』に付き従う道を選んだように。
「だから、私は二人を恨まないよ。だって、二人とも愛する人の為に戦ったんだから。人の愛を否定することには誰にもできないよ」
クレアの瞳が見開かれ、揺れる。
やがてクレアの腕が持ち上がり、セレリアの背に周り優しく抱きしめた。
水色の瞳から涙がとめどなく流れ、涙を頬に伝わせながらセレリアの肩に顔を押し付けて啜り泣く。
しばらくして肩から顔を離したクレアはセレリアの片頬に手を添えながら髪を優しく撫でた。
「強くなったわね、本当に見違えるほどに」
「陽和達のお陰だよ」
「そう、随分と信頼してるのね。いえ、確か愛してると言ってたわね」
「ああ!私は彼の恋人なんだ」
「ふふっ、ようやく貴女にも恋人ができたのね」
清々しい笑顔で頷くセレリアにクレアは表情を綻ばせる。
自分達では守れなかった妹がこうして強くなっただけでなく、笑顔も取り戻したことに心の内で密かに陽和に感謝した。
と、その時、二人に誰かが声をかける。
「クレア、セレリア」
「シャルフィ……」
声をかけたのはシャルフィだった。
雫の肩を借りて歩いており、治療されたのか傷が塞がっていた。雫とセレリアは目を合わせるとお互いの無事を確認し頷きあうと、二人のやりとりを静観する。
「すまん、負けちまった」
「私も負けちゃったわ。ごめんなさい」
「ははは、お互いしてやられたな」
「全くね」
疲れ切った様子でありながらもどこか憑き物が落ちたかのような晴れやかな表情を浮かべる二人。
もはや二人の中に戦う意思はない。明確に敗北したというのもあるが、それ以上に目を背けてきた現実に向き合おうという意志が芽生えたからだった。
クレアと短く言葉を交わしたシャルフィはセレリアへと視線を向けると頭を下げる。
「セレリア、今までごめんな。ずっと助けてやれなくて。いくら謝っても許されないのは分かってるが、それでも謝らせてくれ」
「ううん、大丈夫だよ。クレアさんにも言ったけど私は二人を恨んでないから、私のことで責任を感じなくていいよ」
「……………そうか」
苦笑いを浮かべたシャルフィは小さく笑うとその場に座り込むと、夜空を見上げながら雫とセレリアに問うた。
「なぁ、シズク、セレリア………あの少年なら、ディーさんを止められるって信じていいのか?」
視線の先では猛々しい赤竜と禍々しい紫竜が今もなお激闘を繰り広げている。
戦いの様子からしてまだまだ決着はつきそうにないし、どちらが勝っても不思議ではない。だからこそ問わずにはいられなかった。
自分達ではできなかったことを彼なら果たせるのかと。
真剣な眼差しで紡がれた問いかけに二人は顔を見合わせるとすぐさま力強く頷き即答した。
「「勿論」」
二人の瞳には最大限の信頼が宿っていて、疑いようのない愛がそこにはあった。
その一言と二人の眼差しにシャルフィは静かに頷いた。
「分かった。なら、あたしもあの少年に託す」
「そうね。もう、私達は祈ることしかできないから」
それすなわち、陽和がディレイドに打ち勝つことを願うという宣言だ。クレアも同じことを思ったのか、同様の発言をし夜天の激闘に視線を向けて願った。
どうか、絶望の闇に沈んだあの人を救い出してほしいと。
私達では出来なかったけど、きっとあなたならできるはずだからと。
眩い聖火を纏う若き英雄よ、どうか、私達の英雄を助けて———。
一人の若き英雄に、そんな祈りを捧げた。
▼△▼△▼△
月が照らす夜天に竜の咆哮が轟く。
幾度となく弾け迸るは、紅蓮の業火と紫黒の雷電。
紅蓮の業火を纏うのは夜天にあってなお眩い紅蓮の鱗の勇壮な炎竜。紫黒の雷電を放つのは夜天よりもなお昏い紫黒の鱗の禍々しい雷竜。
そんな二頭の竜が繰り広げる壮絶な戦いは、この戦場において最も熾烈だった。
グゥオオオオオオッッ‼︎‼︎
ガァアアアアアアッッ‼︎‼︎
空を縦横無尽に舞い、炎を滾らせ、雷を迸らせながら、咆哮を上げる二頭の竜は顎門を開き、鉤爪を振るい、お互いの肉体に確かな傷を刻んでいく。
『ガァアアッッ‼︎』
赤竜と化した陽和は大きく息を吸うと、雷炎を口の端から溢しながら紅緋の極光を紫竜ーディレイドへと放った。
ディレイドは翼を広げて大きく旋回すると回避行動をとる。直撃こそ免れたものの、陽和は極光を放ったまま首を傾けディレイドを追撃。直下の地面を大きく抉りその上にいた魔物や魔人族たちを飲み込みながら迫る。
『BoostBoostBoostBoost‼︎‼︎‼︎』
倍加の音声が連続で鳴り響き、それに比例するように極光は太さを増していきディレイドを追撃するが、雷速で回避するディレイドを捉えるには些か遅かった。
だから、陽和はブレスのパターンを変える。
一度バクンと顎門を閉じると、胸部を大きく膨らませながら再び顎門を開く。再び極光が放たれるが、それは一筋ではなく無数に分裂した。
ブレスを拡散させたのだ。拡散されたブレスは無数の雨となり、ディレイドへと降り注ぐ。
『ッッ⁉︎』
これにはディレイドも回避するだけでなく、雷闇の障壁を空中に無数に展開し防ぐ。複雑な軌道で回避しながら半分ほどは確かに障壁が防いだものの、残り半分は障壁をすり抜けた。
『グゥオォッ⁉︎』
鱗が穿たれ血が噴き出す。
無数の閃光は肉体を貫きこそしなかったものの、少なくないダメージを与え、ディレイドの体勢を崩す。全てに『透過』を込めるのではなく、ランダムに組み込むことでディレイドを騙したのだ。その目論見は成功。透過の力を付加された閃光は障壁をすり抜けて彼の肉体を穿った。
体勢を崩した隙を見逃さず、陽和は更なる追撃を仕掛ける。
“界穿”のゲートを展開しディレイドの真横にゲートを繋げ強襲を仕掛け、ディレイドの肩に牙を突き立てた。
『グアァァァッ⁉︎』
鱗を突き破り深々と牙が突き刺さる。肉が貫かれる激痛にディレイドは悲鳴を上げて悶え暴れながら、陽和を引き剥がそうと腕を振るい爪を突き立てる。
『グゥゥッ、“壊劫”ッ‼︎‼︎』
爪が陽和の脇腹や腕に刺さり血が噴き出すものの、陽和は顎門を緩めずに、重力魔法で自分ごと真下へと叩き落とす。
空間魔法で回避することも叶わずに、凄まじい速度でディレイドは陽和によって地面に叩きつけられた。
30メートルクラスの二つの巨体が一塊となって墜落し、直下にいた魔物達を叩き潰して地面を大きく捲れ上げた。地割れの如き様相に周囲にいた魔人族達は悲鳴をあげて距離を取ろうと走る。
「は、離れろっ巻き込まれるぞーーっ‼︎‼︎」
「将軍から距離を取れーーーっ‼︎‼︎」
戦いに巻き込まれぬようになるべく距離を取ろうと必死に駆ける彼らだったが、それを悠長に待てるほどこの戦いは生温いものじゃなかった。
『ガアァアアッ‼︎‼︎』
『グゥオオオッ‼︎‼︎』
叩きつけられた衝撃もあったものの、ディレイドは全力で暴れ上から押さえつける陽和を引き剥がして陽和の顔面めがけて殴打を繰り出したのだ。
轟音が鳴り陽和の頭が弾かれ仰け反る。しかし、陽和もただでは引き下がらず殴られた反動を利用した尻尾の薙ぎ払いでディレイドの脇腹を打ったのだ。
二頭の竜は体勢を崩し倒れ込むも、すぐさま立ち上がり牙を剥き出しに吼えながらお互いに飛びかかった。そうして始まるのは、地上での壮絶な肉弾戦だ。
頭突きから始まり、相手を押し除けようと両前脚を組み合わせ取っ組み合う二頭。
『『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼︎‼︎‼︎』』
『オオォォォッ‼︎‼︎』
拮抗はしていたが単純な膂力で言えば二重倍加により高め続けている陽和の方が上であり、ディレイドが競り負けた。頭を弾かれ仰け反って喉元に牙を突き立てられ、肩を掴まれて大きくぶん回されて投げ飛ばされる。
宙を舞い、魔物達を下敷きにして地面に落ちるディレイド。そこへ陽和が飛びかかり襲いかかるものの、倒れた時点でディレイドは顎門に紫黒の光を収束させており、陽和が飛びかかる瞬間ブレスを放った。
『ガアァアアッッ‼︎』
『グゥオォっ⁉︎』
それは陽和の腹部に直撃し彼を後方へと吹き飛ばす。踏ん張ることで倒れはしなかったものの、電車道のように地面を削り大きく後退を強いられてしまった。
『グゥッ、流石に効くなっ』
腹部の鱗が焦げ肉が爛れ、その痛みに陽和は呻くものの牙を剥き出しに笑う。
ディレイドが身を起こし陽和を睨み牙を剥き出しに唸る中、象型の魔物に騎乗する者が彼の名を叫び加勢しようとする。
「ディ、ディレイド様っ‼︎」
『下がれっ‼︎お前達では手に負えんっ‼︎』
「で、ですがっ」
『お前達は外壁の破壊と障害の打破に集中しろっ‼︎赤竜帝は俺がやるっ‼︎』
「っっ、ハッ‼︎」
部下らしき男はディレイドの激声にビクッと体を震わせると加勢できないことに悔しそうにしながらも、反転して部下達と共に外壁の破壊へと向かっていった。
それを見送ったディレイドは陽和へと改めて向き直る。彼は、追撃することなく回復に専念していた。ちょうど治癒が終わり、ディレイドを睨んでおりしばしのにらみ合いの後お互い地面を蹴る。
今度は頭突きではなく全身を使った体当たりだ。
轟音と共に衝撃波が放たれ、地面がひび割れ周囲の兵士達が身動きを取れなくなる。そして、再び肉弾戦が始まる。しかも、今度は魔法も併用した激闘だ。
彼らの周囲に赤と紫の魔法陣が無数に浮かび上がり、炎と雷が飛び交う。
『オオォォォォッッ‼︎‼︎』
『グゥアアアァァッ‼︎‼︎』
紅白と紫黒の光が無数に弾ける中で二頭の竜は正面から激突を繰り返す。
お互いの肉体に牙を、鉤爪を突き立て、拳や尾、翼で殴り、頭突き、体当たりなど竜の肉体を十全に活かした戦い。
両者が衝突するたびに大気が震え、大地が揺れる。
紅蓮の炎が大気を焼き、大地が溶解していく。
紫黒の雷が大気を焦がし、大地を破壊していく。
彼らの衝突は地形を変えるほどの規模であり、天変地異、神話の戦いと称せるほどの凄まじい激闘に、周囲の魔人族達は戦慄し空いた口が塞がらなかった。
そうして魔人族達が逃げ惑う中、全力でぶつかり合う両者の激闘は更に苛烈さを増していく。
『———“雷穿崩牙”ッッ‼︎‼︎』
『ガアァっ⁉︎』
左右の鉤爪に雷を纏わせたディレイドはそれを勢いよく振り抜き、陽和の右脇腹を大きく抉り、左翼の翼膜を刈り取る。
空間を抉り取る空間魔法を付与された雷の爪は、陽和に確かなダメージを与えて鮮血が噴き出す。
痛みに悶える陽和にディレイドが更に抉り取ろうと鉤爪を振り翳すが、それよりも早く陽和が拳を振るった。
『Gauntlet Thruster Boost‼︎‼︎』
『ゴォァッ⁉︎』
左腕の籠手のスラスターを噴射させて加速させて、ディレイドの顎にアッパーを叩き込む。頭が後方へと弾けて、仰け反り露わになった喉元に顎門を開き噛み付いた。
『グゥっ⁉︎』
『オオォォォッ‼︎』
『『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼︎‼︎‼︎』』
喉という急所を噛まれ、焼かれる痛みに体を強張らせた瞬間、陽和は背中のスラスターから魔力を勢いよく噴射させ、前方へと勢いよく飛び出す。そうすると組み敷かれているディレイドは地面に叩きつけられながら引き摺られる形となり、地面を捲れあがらせ、魔物や魔人族達を巻き込みながら陽和は驀進する。
『グゥッ、コッの……離れロォォォッ‼︎‼︎』
『チィッ‼︎』
陽和を引き剥がそうとディレイドが全身から雷を放つ。
破壊の雷電が激しく迸り、紫黒の輝きが爆ぜて陽和を無理やり引き剥がす。流石の陽和もこれには堪らず舌打ちをしながら抵抗はせずにすぐさま離脱。ブースターを噴射させ素早く距離を取り高く飛び上がると大きく息を吸い紅緋の極光を放つ。ディレイドもそれを迎え撃つべく紫黒の極光を顎門から放った。
二つの極光が激突し、赤紫に爆ぜる。やがて光が収まった時、陽和は天に直径数百mもの巨大魔法陣を展開していた。
『Transfer‼︎‼︎』
『———“焦滅・大劫火浪”ッ‼︎‼︎』
『ッッ⁉︎』
あろうことか魔法陣から紅蓮の炎が溢れ、津波となって降り注いだのだ。
大地を焼き尽くし焦土へと変える滅びの濁流は空を紅蓮に焼き尽くしながら大地へと降り注ぐ。赤く燃える天がそのまま堕ちてきたと錯覚させるような炎に逃げ惑っていた魔人族達はあまりの規模に絶望し立ち尽くしていた。
ディレイドは焦燥を露わにする。
(あれはまずいっ‼︎)
あの規模の炎の津波はなんとしてでも防がなければならない。そうしなければ、アレが戦場に津波の如く広がり多くの同胞が殺されることになる。
そうなればクレアやシャルフィの身が危うくなる。
故に、ディレイドは紫黒の魔力を限界まで高め必滅の劫火を迎え撃つ他に選択肢はなかった。
『全員伏せろォォォッ‼︎‼︎』
同胞に呼びかけながら、ディレイドは空へと飛び上がると陽和が展開する魔法陣と比べれば遥かに小さい魔法陣を無数に出現させる。しかし、サイズは小さいが、その数は膨大で総合的な大きさならば陽和の魔法陣にも劣らない。
その魔法陣からは紫電が迸り、無数の雷光の塊を生む。
天の劫火に対抗するは地の雷電。
純粋なる雷の力を極限まで高めたソレを同胞達を守る為に彼は解き放った。
『———“破天・電轟雷砲”ッ‼︎‼︎』
無数の魔法陣から雷電が放たれ、それらが一つの雷電の束となって螺旋を描きながら天に昇る。紅蓮の劫火と紫黒の雷電が激突し、凄まじい衝撃が戦場を駆け抜けた。
『オオオォォォォォォォッッッ‼︎‼︎』
身動きできないほどの衝撃に障壁を張りながら地面に伏せた人々は空を仰ぎ見て確かに見た。
自分達を背に守りながら破壊の雷電を以て破滅の劫火に抗う英雄の姿を。
その英雄の背中に目を奪われ、どうか勝ってくれと同胞達が願う。
しかし、その期待も虚しく破壊の雷電は、破滅の劫火に打ち負け、そのまま紅蓮の奔流に呑まれた姿を見た。
直後、彼らの視界は紅蓮一色に満ちた。
▼△▼△▼△
あの日、俺は自分の足元が崩れ去るような感覚を感じた。
幼い頃から信じていたものが間違っていたものだと、あの日俺は知ってしまった。
世界の真実と解放者の戦い。
それを氷雪洞窟を攻略し、神代魔法の一つ『変成魔法』を習得した時にその事実を知ってしまった。
共に攻略したフリードは解放者を反逆者と呼び、戯言だと切り捨ててしまったが、俺にはこれが嘘だとは到底思えなかった。
思い返してみれば思い当たる節が多々あったからだ。
これまでの常識を、当たり前だと思ってきた物は、別の視点から見ればあまりにも異常だと思わざるを得ず否定したくても否定できなかった。
悍ましかった。吐き気が止まらなかった。
俺達の幸福は、狂神の掌の上に成り立っていた物だと知ってしまった。狂神の気まぐれでいつでも壊される脆い物だと知ってしまった。
怒りを感じた。憎しみも抱いた。
神といえど俺達の幸福を好きにしていい道理があってたまるかと。なぜ、貴様に好きにされなければならないと。
そう思うのは人として当然の権利のはずだ。人が抱いて当然のもののはずなのだ。
だが、俺は彼らの記録を見てしまったからこそ、理解してしまった。いくら一個人が神への叛逆の意志を抱こうとも、容易く潰されてしまうということを。
俺一人では神には勝てない。かつての英雄達でも無理だったのだ。ならば、俺が為せるわけがない。
そうだ。俺は英雄の器ではない。
かつて憧れた英雄譚のような英雄にはなれない。
少なくとも、果てしない絶望に膝をついてしまった俺は相応しくないだろう。
だから、俺は…………道化へと成り下がった。
親友であり、相棒であったフリードと共に神の使徒として生きる事を決めた。
恭順の道こそが大勢が苦しまない未来だと信じていたから。
守るべき妹を、親しかった友を、最愛の妻達を巻き込み、獣へと堕とした。
間違っていることは、分かっている。
同胞をより良い未来に導くためには最も近しい者達をまず幸せにしなければならないはずなのに、俺はそれとは真逆のことをしてしまっている。
だが、大多数の幸福を実現するには少数は犠牲にしなければならないのだ。
それが
例え俺自身の心が軋み続けていたとしても、それでもこの先に幸福な未来があるのだと信じてこれまで突き進んできた。
信じないと俺の今までに何の意味があるのかわからなくなってしまうから。
それなのに俺は本物の『英雄』に出会ってしまった。
あの炎燃え盛る煉獄の魔窟の中で俺は仲間と共に試練を乗り越える彼の姿を見てしまった。
フリードは異教徒と行動を共にする邪竜と言う認識だったが、俺には違うものに写った。
悪しき邪竜?とんでもない。彼こそ、俺が思い描いていた『英雄』そのものだった。
あの日、彼と直接拳をぶつけ戦ったからこそ分かる。
彼こそ世界が望んだ『希望』だ。
かつての解放者達が、世界中の人々が、そして………俺自身が望んだ、狂った神を打ち倒し、この世界に真の平和をもたらしてくれる『希望の英雄』なのだと。
俺が継げなかった『自由の意志』を受け継ぎ、かの英雄達と共に戦った帝王と新たな女神をその身に宿す若き王にして最高の英雄。
俺が諦めてしまった理想を叶えてしまうような、そんな素晴らしい英雄譚に出てくるような英雄だった。
未だ発展途上で妹と同い年のまだまだ庇護されるべきはずの年齢の青年。それなのに、俺と互角に渡り合うどころか俺をも上回る強さを示している。
紅蓮の煉獄の中にあってもなお、彼方を照らせるほどに眩く輝き、どんな炎よりも猛々しく燃え盛る様は『聖火』や『太陽』と称しても過言ではなかった。
きっとこれまで諦めずに愚直に進み続けてきたのだろう。
大切の為に、理想の為にどこまでも足掻いて足掻いて戦い続けてきたのだろう。
無関係なはずのセレリアの境遇に怒り、大切を護るために全身全霊をかけられる存在。俺が諦めてしまった誇り高き生き方をあるがままに貫き通す彼に、俺は心底恐怖してしまったんだ。
だって、そうだろう?
彼が突き進む道はいわば正道や王道と呼ぶべきもの。対する俺は邪道にして外道に堕ちた身だ。
大切な者達を犠牲にしなければ戦えない俺にとって、彼の生き様は眩しすぎる。俺が無理だと諦めた理想を、本気で叶えようとしているのだ。
その過程にどんな絶望や困難が待ち受けようとも、彼は乗り越えてしまう。
俺にはそれができなかった。俺とは正反対の道を突き進む彼の姿はとても眩しいものに感じても仕方がなかったんだ。
だからこそ、彼の存在は俺の存在全てを否定する。
彼の本心からの言葉は閉ざし抑え続けてた心を暴こうとしてくる。
彼が纏う猛々しく燃える炎は俺の心の闇を焼き尽くそうとしてくる。
彼の存在全てが俺を間違いだと断じてしまう。
不滅の聖火を灯す翡翠の瞳が俺の覚悟を捉えて見逃してくれないんだ。
だから、頼む。お願いだ。
もうこれ以上、俺の闇を君の炎で照らさないでくれ。
諦めてしまった俺にこれ以上…………
▼△▼△▼△
『…………………』
陽和は紅蓮に燃え盛る炎の海を見下ろす。
———火属性最上級魔法“焦滅・大劫火浪”。
火属性魔法“劫火浪”を限界まで強化し、さらに攻撃範囲を広げた超広域殲滅魔法だ。
攻撃範囲は広大であり王都を飲み込めるほどに巨大だ。範囲もさることながら、火力も凄まじく最上級魔法での防御障壁も容易く焼き尽くせるほど。
空間を遮断できる空間魔法であれば防御できるが、先程ディレイドの魔法を砕いた時、彼は防御が間に合っていなかった。いくら雷竜の肉体を得ようとひとたまりもないだろう。
彼が守ろうとした魔人族の軍勢などなす術もなく灰燼に帰しているだろう。
………………そのはずだった。
『…………まさか、護り抜くとはな』
劫火に焼かれるはずだった大地を見下ろしながら陽和は思わずといった様子で感嘆の声を上げる。
その言葉と共に劫火が消えてそこに現れたのは、赤熱化した大地ではなく紫黒の障壁だ。
それは、雷と闇の複合障壁に空間遮断効果が付加された絶対防御の障壁だ。
彼は見事劫火を防ぎ、同胞達への被害をゼロにしたのだ。“破天・電轟雷砲”が砕かれた瞬間、彼は同胞を何が何でも守るために空間遮断の障壁を展開していた。
しかし、その代償は大きい。
『………はぁ………っぐぅ……』
紫黒の障壁の上ではディレイドの姿があり、彼は全身から白煙をあげていた。
鱗は多くが焼け爛れ、翼膜はボロボロだ。辛うじて飛べてはいるが空間魔法の補助がなければまともに飛ぶことすらままならないほどの重傷。
彼自身は防御が間に合わなかったのだ。障壁を展開する頃には自身は炎に呑まれていると瞬時に理解した彼は自身の防御を最小限にして同胞を護る障壁に殆どの魔力を注ぎ込んだ。その結果、同胞達は確かに守ることができたが自分自身を守ることができなかった。
だが、それでも彼の意思は依然揺るがない。
『俺は、まだやれるっ……まだ戦えるぞォォォッ‼︎‼︎』
どれだけ重傷に追い込まれようとも、その意思は不屈。
同胞達の英雄であるために、同胞の未来を切り開くために誰よりも強く在ろうとしている。
己が願いを果たすその日まで決して負けてならないのだと、自らに言い聞かせてどれだけ傷つこうとも負けてなるものかと意思を強靭に彼は吼えた。
客観的に見ればどちらが優勢かは誰でもわかってしまう。もはや伝説の邪竜を相手に抗う術はないと言い、彼の足掻きを無駄だと、蛮勇だと嗤う人もいるかもしれない。しかし、当事者である陽和はむしろ称賛した。
『………本当に、英雄だよ。お前は』
満身創痍だとしても、瞳に宿る輝きは依然衰えていない。
その輝きは、ドライグの記憶を通して何度も見てきた英雄達のソレによく似ていた。
無駄な足掻き?蛮勇?とんでもない。
どれだけ過酷な状況であろうとも、決して折れずに僅かな可能性を掴まんと戦えるのは、まさしく英雄だ。
だからこそ、勝たなければならない。
お互いの『正義』と『覚悟』がぶつかり合った以上、決着をつける以外にソレらを示すことはできない。勝者のみが己の意思を貫き通すことができるのだ。
とはいえ、いくら不屈の闘志を抱こうとも、ディレイドは馬鹿ではない。このまま戦いを続けたところで自分が力尽きる方が早いと感じたのだろう。
小手先の技では勝てない。彼に打ち勝つには全身全霊の一撃が必要だと。今の消耗した状態では長く持たない為、短期決戦にこそ彼は活路を見出した。
死に体ながらも彼は決意を露わに牙を剥き出しに吼える。
『俺はお前に勝つっ‼︎決着をつけるぞ‼︎紅咲陽和ォッ‼︎‼︎』
地上に降りたディレイドから紫黒の魔力が噴き上がる。
限界を超え命を賭している彼から放たれる魔力はもはや闇が地上に具現化したと思えるほどに濃密かつ強大だ。
それはディレイドの全身全霊の必殺。
その威力はこれまでの魔法の比ではない。一度放てば山一つ消滅させることなど容易い正真正銘の最大攻撃だ。その厄災が如き破壊を以てこの戦いに終止符を打とうとする。
全ては己が理想を果たす為。多くの同胞の未来を切り開くために、己すら犠牲にして理想に殉じようとしている。
その壮絶な覚悟で形作られたのは、雷霆の魔槍。
捻れた竜角に雷闇を纏わせ巨大な双角へと変化させ魔槍へと昇華。全身にも雷闇を纏い自身を破壊の化身と成す必殺技だ。
『受けて立とう、ディレイド・ベルグライス』
『『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼︎‼︎‼︎』』
対する陽和も次の一撃が雌雄を決するものだと理解し、紅白の魔力を噴き上げるとスラスターから炎を噴射させて天高く飛翔する。飛翔しながら兜の額に剣を生やして紅白の極光を収束させた。
紅白は解き放たれ、烈日となって夜天を焼きながら空高く昇っていく。まさしく太陽が空へと昇るように陽和は遙か上空へと飛翔した。
ディレイドが必殺を放つというのなら、自身もまた必殺を以て受けて立つ。そうしなければ勝てないと魂で理解したからだ。
いいや、違う。
勝つ勝てないとかではない。壮絶な覚悟で戦いに臨む英雄に対し最大限の敬意を示したが故に。
全身全霊で来るのなら、全身全霊で応えるべきだ。だからこそ、陽和もまた全身全霊で迎え撃つ。
『オオオオオオォォォォォォォォォォッッ‼︎‼︎』
ディレイドは天高く昇り続ける陽和を睨みながら、咆哮をあげて一層激しく雷闇を迸らせる。放たれるプラズマが大気を歪ませ、周囲の地面を砕き浮かび上がらせるほどに電磁波が迸る中、頭上に雷霆の円環を無数に形成する。
それは電磁加速を行う為の磁界の円環だ。一つでもハジメの武器の電磁加速力を上回る威力を生み出すそれを、大気が歪むほどに圧縮しながら数百、数千と展開して重ねた。
円環が連なることでそれは紫黒の雷の柱となる。ハジメたち地球組がそれを見れば、さながら砲身のように見えたことだろう。その砲身の長さは300mを優に超えている。聳え立つ巨塔の如し砲身から打ち出される砲弾は絶大な破壊を齎すだろう。
砲弾は言わずもがなディレイド自身。雷闇と化した自身を電磁加速により射出することで射線上の全てを破壊する絶壊の一撃を放つつもりだ。
陽和は額に生やした聖剣を掲げる。そこに宿るは闇夜を照らし、永遠に燃え続ける聖火。あらゆる絶望を、闇を祓う万照の灯火。
ディレイドは魔槍と化した双角を掲げる。そこに宿るは光をも喰らい、永久の夜を齎す冥闇。あらゆる希望を、光を葬る暗澹の深淵。
戦場に太陽と闇が具現した。
天の烈日と地の冥闇。
永遠に輝き続ける聖火か。光をも呑み込む昏闇か。
相反する二色の極光は、決して共存できない。
どちらかが勝ち、どちらかが敗れるだけだ。
『『Double Explosion‼︎‼︎』』
陽和の強化が終わり、二重解放の音声が力強く鳴り響く。
同時にディレイドの方も完全に準備を終えたようだ。
『『…………………………』』
二人の英雄の戦いに終止符を打つ時が来た。
お互いの姿が辛うじて見えるほどに離れた二人が示し合わせたかのように同時に動く。
陽和が反転し炎を一際強く噴射させながら降下する。大気を突き破る音と共に陽和の身体が流星の如く墜落を始めた。通過した際の余波で周囲の雲が吹き飛んだ。
ディレイドは四肢に力を込めて磁界の砲身へと身を投じる。刹那、空気が爆ぜる音と共に己の身体を空高く射出した。その余波で周囲の地面が割れ、捲れ上がった。
爆炎、風、重力の加速と雷電、磁界の加速。
それぞれの手段で加速し、一条の矢と化してお互いの距離が縮まっていく。
赤き炎帝は烈日の聖剣を掲げ、大地に落ちる流星となって。
黒き雷公は冥闇の魔槍を掲げ、大空に落ちる稲妻となって。
己の最大最強の必殺を掲げ切先を互いに向けながら引き寄せ合うかのように落ちていく。
『焼き祓えッ‼︎“聖火の竜角”———ッッ‼︎‼︎』
『破壊し尽くせっ‼︎“覇獄雷霆”———ッッ‼︎‼︎』
空中で二つの極光が激突した。
▼△▼△▼△
二つの極光の激突による余波はこの戦争の中で最大の衝撃波となって戦場を駆け抜けた。
『ハアアアアァァァァァァァァァッッ‼︎‼︎』
『オオオオオォォォォォォォォォッッ‼︎‼︎』
雷炎が嵐が如く荒れ狂い、空気の膜が幾度となく弾けて、王都の建物を衝撃で揺らし、大地を捲れ上がらせ、雲を吹き飛ばし、空間を軋ませるほどの絶大な破壊力。
戦場にいた者たちは誰もが立つことすらままならず、障壁を張りながら地面に伏せる者達は太陽と闇の激突の行く末を見守ることしかできない。王都の外壁は完全に崩落し、王都にいた市民達も夜空の激突を怯えながら見上げることしかできない。
それだけの破壊をもたらしながら、激突の中心で二人はせめぎ合う。
(重いっ、なんだこの重さはっ⁉︎)
“覇獄雷霆”。
雷属性魔法の極致そのものであり、ディレイドの呼び名であった『雷公』の所以ともなった魔法。
極限まで高め圧縮した雷霆を纏い、雷電の電磁加速を無数に重ねることで自らを超速の電磁砲弾へと変え進路上の全てを撃砕する破壊の極み。
そこに空間魔法を付与したことでもはや貫けないものなどこの世には存在しない。陽和の“聖火の竜角”が拮抗できているのは彼もまた空間魔法を付与しているからだ。
空間魔法のおかげで拮抗できている。もしも空間魔法がなければ拮抗すらせずに打ち負けていただろう。
竜角から伝わる魔槍の衝撃はあまりにも重く、陽和でさえ敗北を予感してしまうほどだった。
これが満身創痍の男が出せる力か?魔力も残り少ないはず。体も限界のはずだ。それなのに、どうしてここまでの力が……。
(これほどかっ‼︎お前の覚悟はっ‼︎)
そんなこと分かりきっていることだ。
覚悟だ。同胞の未来のためにどこまでも自分を犠牲にし戦う覚悟。それが彼に限界を超えた強さを与えている。
勝利への執念が彼を死に体であっても勝たせようとしている。だが、その代償も大きい。
『オオオォォォォォォォォォォッッ‼︎‼︎』
命を糧に無尽蔵の魔力を生み出しているのだろう。
陽和の聖剣に対抗するディレイドの魔槍が加速度的に威力を増しつつある。残存魔力だけでなく、生命力すらも魔力に変換し続けており、次第に陽和の聖剣を押し返し始めたのだ。
(強い………本当に強いな、お前は)
命の危機が目の前に迫っているというのに、陽和の瞳が感嘆に細められる。
全てを背負うことを決め自らを犠牲にし戦う男。
そんな男の必殺が弱いはずがない。自身の必殺を打ち破ろうとしているのも納得の強さだ。
だからこそ。
『………負けられねぇ』
負けるわけにはいかないのだ。
一度瞳を閉じた陽和はカッと勢いよく開く。
そこには最上級の敬意の光と最大級の闘志の炎が宿っていた。
『今ここでお前に勝てねぇで世界を救うとか言えねぇだろうがっ‼︎‼︎』
『ッッ⁉︎』
陽和の纏う火炎がディレイドの雷電に対抗するように激しく燃え盛った。炎に呼応するように聖剣の輝きが一層増し、雷霆の魔槍が押し返される。
陽和を貫かんとしていたディレイドは際限なく高まり続ける火力に驚愕した。
『なぜっ、まだ上がるっ⁉︎』
理解ができなかった。
陽和は限界まで強化をした上での攻撃だったはずだ。それなのに魂を糧にした自身の必殺に打ち勝とうとしている。
自分だって魂を削り続け威力を際限なく高めているはずなのに、陽和はそれ以上の強化をしている。
一体なぜ?その問いかけに陽和は牙を剥き出しにし笑った。
『お前に勝つ為なら、命の一つや二つ賭けねぇとなぁっ‼︎‼︎』
『『Dragon Booster Over Boost‼︎‼︎』』
ディレイドが命を賭けているのだ。それならば、こちらも命を賭けなければ勝てる道理などない。
だから、同じことをしたまでだ。魂を削り生命力へと変換し、更なる火力へと繋げたのだ。同時に翡翠の宝玉から力強い音が鳴り響き、更なる倍加もはじまる。
限界点を超えた倍加。…………すなわち、
限界を超え、魂すらも魔力へと変換したことで可能となった領域。雫やセレリアが成し遂げたように陽和も限界を超えたのだ。
『『BBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBoost!!!!!!!!!!!!!!!』』
そして、限界を超えた陽和の強化速度は通常の比ではなく、これまでとは桁違いな速度で加速していき、もはや音声が小刻みになりはっきりと聞こえなくなるほどに高まり、陽和の纏う炎が極大化する。
『全部護るって決めてんだよっ』
戦場や王都を烈日の輝きが照らす。
あらゆる闇を照らさんが如く燦然と輝く烈日は心を清めるような美しさがあった。
その輝きにディレイドは……………目を奪われた。
『お前を止めるって約束したんだよっ‼︎』
烈日の咆哮に応えるように炎は加速度的に勢いを増していき、やがてピシリと小さな音が聞こえた。
音の発生源はディレイドの魔槍ー正確には2本の竜角だ。
そこに亀裂が生じていた。亀裂は竜角だけでなく魔槍にも伝播していき、陽和が更に押し返していく。
『だからっ‼︎‼︎』
亀裂が看過できないほどに広がり、魔槍全体に広がる。
烈日が闇を飲み込んでいき、次の瞬間。
『諦めてたまるかぁぁぁぁぁッッ‼︎‼︎』
『『Over Explosion!!!!!!!!!!!!!!!!!!』』
遂に聖剣が魔槍を砕き、猛火が轟雷を喰い破った。
半ばから折れた紫の双角が破片を散らしながら空中を舞う。
自身の必殺を砕かれ、無防備になったディレイドは聖剣が自身を貫く直前に陽和と眼が合う。
彼の翡翠の竜眼はどこまでもまっすぐに自分を捉えていた。
(……そうか、
瞳に宿る眩い太陽の如き輝きに全てを理解し、小さく、淡く微笑むと瞳を閉じた。
次の瞬間、聖剣がディレイドの胸部を貫く。
ディレイドを飲み込んだ紅白の流星は、その見た目通り大地へと落下し巨大な爆発を引き起こした。
▼△▼△▼△
紅白の流星が地面に着弾したのちに、大爆発が巻き起こり、その爆炎はすぐさま激しく渦巻く火柱に転化して戦場に聳え立った。
周囲の地面を容易く爆砕し、破片を夜天へと巻き上げながら激しく焼き尽くす。戦場の端にまで熱波を届かせるほどの火柱はその破壊力を物語るように激しく燃え盛っていた。
衝撃と熱波に障壁を張り続け耐えるしかない魔人族の兵士達の表情は驚愕と絶望に満ちていた。
夜天に舞う無数の紫の欠片。それはディレイドの雷電の残滓であり、それらが悉く紅蓮の炎に焼かれ空中で消えていく。
紫黒の冥闇が紅白の烈日に呑まれ、地面に落ちた光景に誰もが理解してしまったのだ。
魔人族最強の英雄ーディレイドが敗北したということを。
「そ、そんな………」
「ディレイド様が、負けた……?」
「ば、馬鹿な……」
兵士達は誰もが信じられない様子だった。
無理もないだろう。これまで数多の偉業を成し遂げたディレイドを兵士達は英雄視し全幅の信頼を置いていた。
そんな彼ならば伝説の邪竜相手であっても勝てると思っていた。勝てると信じていた。
だからこそ、彼の敗北は信じ難いことだったのだ。
「こ、殺せぇぇッ‼︎赤竜帝をっ、奴を殺せぇぇッ‼︎」
「奴だって消耗してるはずだっ‼︎‼︎」
「ディレイド様をお救いしろォォォッ‼︎‼︎」
兵士達は誰もが怒り狂い陽和の元へと殺到しようとする。
誰もが激情に呑まれ、陽和を不倶戴天の仇と定め屠らんとするが、ドライグが立ちはだかる。
『やらせはせんっ‼︎‼︎』
竜の咆哮と共に紅蓮の劫火が炎竜ドライグの顎より放たれ、兵士達を焼き払うだけに留まらず炎の壁となって阻んだ。
『勝ったか相棒‼︎だが、なんて無茶をしたんだっ‼︎』
ドライグは相棒が勝利した喜び半分、無茶を咎めたい怒り半分といった様子で声を上げる。
魂の繋がりがある以上、共に戦わずとも彼の状況は逐一把握できる。だからこそ、彼が己の魂を削り魔力に変換したことは手に取るように分かった。
本来ならば咎めるべきなのだが、ディレイドはそこまでしなければ勝てない相手だったからこそ責めるに責めきれなかった。
そして、二人の戦いの決着を理解したのはエレボスも同じだ。
『グゥオオォォォッ‼︎‼︎』
『待てっ‼︎その体で行ってもっ』
ドライグの眼前からエレボスの悲壮な咆哮が轟く。蹂躙され右前足と左目を失い、左翼も半分ほどもげ、全身火傷や裂傷が多々ある死に体の姿だったが、それでも相棒の危機に彼は咆哮をあげるとドライグの制止を無視してボロボロの体をそのままにディレイドの元へと凄まじい勢いで飛んでしまった。
ドライグも遅れて彼を追いかけようとしたが、その時“五神獣”を操作し軍勢を相手取っていたヘスティアがドライグの一番近くにいた“白虎”を操って声を張り上げた。
『ドライグくん‼︎雫くんとセレリアくんは勝った‼︎戦ってた二人も無事だ‼︎』
『上出来だ‼︎ヘスティアはそのまま軍勢を相手してくれ‼︎俺が相棒の元に向かう‼︎』
『任せてっ‼︎』
ヘスティアに素早く指示を出してドライグはすぐさまエレボスを追いかけて陽和の元へと向かった。
見送ったヘスティアは再び軍勢へと視線を戻す、ヘスティアの操作により炎の壁の前には雫やセレリアを守る”玄武”以外の”五神獣”が彼らの前に立ちはだかる。
兵士達が圧倒的威圧感を放つ”五神獣”に尻込みするが、陽和への殺意を滾らせ何とか突破しようと戦意を募らせる。
『さて、君達。マスター達の元へは行かせないよ』
「同胞達よ、赤竜帝を必ず殺せぇ‼︎奴を決して許すな‼︎差し違えてでも殺せぇぇ‼︎」
ヘスティアは陽和達を守らんとするために、兵士達はディレイドの仇を取らんがために、双方、戦意を迸らせる中、ヘスティアが何かに気づき不意に空を見上げ、目を見開いた。
『……………え?嘘、あれって……』
そんな愕然とした声を上げた次の瞬間、何かが上空より放たれ”朱雀”の半身が消失した。
▼△▼△▼△
「………俺は、負けたのか……」
「……ああ。俺の、勝ちだ」
紅白の流星の着弾地点のクレーターの中心でディレイドは大の字に倒れたまま小さく呟き、その傍らで立つ陽和が彼を見下ろしながらそう返した。
お互い傷だらけでボロボロだ。だが、ディレイドは胸に風穴を空けそこから血をとめどなく流し、指を一歩も動かせずに倒れてるのに対して、陽和も傷だらけで血を多く流しながらも2本の足で立っている。それがこの激闘の結果を物語っていた。
陽和は魔晶石から消費した魔力を補充しながら、ディレイドへと手を翳す。
「“絶象”」
「‼︎」
ディレイドを紅蓮の輝きが包み込み、彼の肉体の負傷を命に別状がない程度にまで修復する。魔力は回復せず、肉体の負傷のみの復元だったが、胸の風穴が塞がったことで、それでもかなり楽になったディレイドはゆっくりと身を起こしながら陽和を見上げた。
「………どういうつもりだ」
「別に。俺はお前を殺したいわけじゃないからな」
「バートやカトレアは殺したのにか?」
「………ああ」
陽和は自身に“ディア・エイル”をかけながら、ディレイドの鋭い問いかけに一瞬の沈黙の後そう返すと、どこか遠くに視線を向けながら続けた。
「あの場では殺す以外方法がなかったから、そうせざるを得なかった。だが、今は違う。俺は、お前を止めるために戦ったんだ。何より、お前はセレリアの兄貴だ。尚更殺す理由なんてない」
「………それだとお前は殺す対象を選んでいることになるぞ」
「………言い方を変えればそうなるな。そうだよ、俺は、お前を殺したくないんだ」
「…………甘いな。回復した俺が再びお前と殺し合うとは思わないのか?」
「その時はまた俺が止めてやるよ。でも、お前に限ってそれはないな」
「何故そう断言できる?」
即答した陽和にディレイドは静かに問うた。
自分達は敵同士だ。それも両勢力の最強同士。どちらかが倒れれば、戦局は大きく傾く。決着はつき陽和が勝利したが、あろうことか傷を癒してしまった。
魔力が枯渇しようとも、肉体が万全ならばいくらでも戦える。それをわかっていながら回復させて、あまつさえ殺さないだろと断言する始末。
ディレイドは薄々その理由を察しながらも、問わずにはいられなかった。
「妹を守る為に道化を演じれるなら、もうこれ以上は演じるだけ無駄だと気づいたはずだからな」
「……………」
ニッと笑って告げた陽和の予想通りの言葉にディレイドは押し黙り、鋭い敵意を込めた眼差しで陽和を睨んでくる。
だが、それは陽和の言ったことを認めた証にほかならない。
「セレリアを獣魔兵にした本当の理由はただ守りたかったからなんだろ?町娘で戦闘を知らない彼女自身に戦う力を与えることで、万が一彼女が危険な目にあっても、生き残れるようにな」
「……………」
「神に与しても家族の安全は保証できない。むしろ、利用される可能性が高い。だから、お前は彼女に獣魔兵の力を、世界に抗う力を与えた。どれだけ心が傷つけられようとも、生き残れる力を。そして、頃合いを見て今の強さならば大丈夫だと判断した上であえて逃したんだろ。あわよくば外の世界で自分を止めてくれる誰かを見つけて欲しいと願ってな。違うか?」
「……少し、違うな」
陽和の推測を一部否定したディレイドは表情を歪める。
「誰かに止めてもらいたかったなど願っていなかった。俺はただ、自分の選択が正しいものだと証明したかった。それだけだ。……だが、結局俺は諦観していただけだったんだな」
「ディレイド……」
「俺は未来を諦めていた。その結果、妹を傷つけ、友を死なせて、妻達を巻き込んでしまった。どんな理由があろうとも、その事実だけは変わらん。俺は……この世で最も愚かな道化だ」
悔恨に満ちた表情で顔を歪め己を最愚の道化だと断じた。
直後、その自虐に対し陽和が力強く宣言する。
「それなら、俺がお前の希望になろう」
力強い宣言にディレイドが目を見開いた先で、陽和はその瞳に希望の灯火を宿し輝かせながら告げる。
「誰にも打ち明けず、たった一人で全てを背負う道を選んだ。数多の苦悩や葛藤があったはずだ。それでもとお前は大切な誰かの為に拳を握りしめた。だからこそ、俺はお前に未来を見せたい」
「…………未来、だと?」
呆然と反芻するように呟くディレイドに陽和は頷くと彼に手を伸ばしながら宣言する。
「ああ、約束する。お前が諦めてしまった希望の未来を俺が見せよう。だからもう苦しまなくていい。一人で抱え込まなくていい。自分の意志で生きていいんだ」
「……どうして…‥お前は、そこまで……」
声が掠れる。内側から溢れる莫大な感情の波が決壊しそうだったから。そんなディレイドに、陽和は気恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
「お前にも幸せになってほしいからってだけじゃ理由にはならないか?」
「っっ……」
愛するセレリアの大事な兄だから。
自分と目的が同じ尊敬すべき英雄だから。
全てを背負うという悲壮な覚悟を知ったから。
彼の抱える苦悩の一端を垣間見てしまったから。
家族のために己を犠牲にして戦う姿を知ったから。
理由を挙げていけばキリがない。何はともあれ、陽和はディレイドに苦しんで死んでほしくないのだ。
それにだ。
「折角お前の本心を知れたんだ。なら、セレリアと仲直りして兄妹仲良く笑ってくれねぇと俺が戦った意味がない」
(……あぁ…)
やはり兄妹は仲良くしてこそだから。
自分が弟妹を愛しているからこそ、セレリアも兄であるディレイドと笑い合って欲しかったから。
さもそれが当然であるかのように言い切った陽和の笑顔に、ディレイドは自分でも己を縛っていた鎖が解けていくのを感じた。
陽和は彼に手を差し伸べて懇願する。
「だから、俺の手を取れ。俺と一緒に未来を掴むために戦ってほしい。お前の力が必要なんだ」
(………君は、本気で俺のことを…)
自分と同じく世界の真実を知りながら、いや、赤竜帝の力を受け継いだことを思えば自分以上に重責がのしかかっているはずだ。
なのに、彼は自分のように未来を諦めずに、己の理想のために愚直に突き進む道を選んだ。
その姿のなんて眩しいことか。ディレイドは彷徨っていた暗闇の中で、道を照らしてくれる灯火を見た気がした。
(今ここで君の手を取れば、きっと俺は救われるんだろう……だが……)
本音を言うならば、今すぐにでも彼の手を取りたい。
彼の手をとって共に戦うことができたのなら、その先の未来はきっと素晴らしいものになるだろう。
そう確信できる。だが、自分には彼の手を取ることはできない。
「………無理、だ。俺は、君の手を取れない」
「………」
「俺は、間違えすぎた。そんな俺に、幸福を望む資格など……ない」
顔を俯かせて首を横に振りながら陽和を拒む。
自分に救われる資格はないと。幸せになってはならないと。
後悔が彼に楽になることを許さなかった。
でも、
「それでもお前についてきてくれた奴らはいるだろ?」
「っっ‼︎」
『グオォォッ‼︎』
ディレイドが限界まで目を見開き、弾かれたように顔を上げた瞬間、竜の咆哮が聞こえてくる。
直後、陽和達の真横からエレボスが強襲してきた。陽和はそれを危なげなく回避して大きく距離を取るが反撃はせずただ穏やかな眼差しを向けるだけだ。
『グゥルルッ、ゴオォァァァッッ‼︎‼︎』
「エレボス………」
体を欠損し満身創痍の体であっても、相棒を守らんと庇うように立ち陽和に牙を剥き出しにし吼える。
彼には手を出させんと不退転の意思をその竜眼に宿しながら必死に立ち向かおうとしている相棒の姿にディレイドは相棒の名を小さく呟いた。
「いい相棒に恵まれたな。そこまでの傷を負いながらもお前を守ろうとするなんて、相棒冥利に尽きるじゃねぇか」
その姿に陽和は心底嬉しそうに微笑むと、指をパチンと鳴らす。直後、エレボスの体を紅蓮の輝きが包み込み、ディレイドの時と同じように傷が癒やされ肉体の欠損すら巻き戻り、命に別状がない程度まで回復した。
『グゥル?ガルル?』
エレボスは失った腕や翼、目までもが再生したことに戸惑いを隠さずに、自身の肉体をしきりに見回してしまう。
「餞別だ。あのままじゃ死んでたからな」
「………礼は言わんぞ」
「いらねぇよ」
エレボスの鱗を撫でながら冷徹な表情で返すディレイドに陽和は肩をすくめて返す。
同時に、陽和の背後に炎竜ードライグが降り立った。
『相棒、無事で何よりだ』
「ドライグか、そっちもな」
『まぁな。それはそうと、奴らを回復させたのか?』
ドライグが陽和の横まで頭を下げて無事を喜び合うと、ディレイド達へと視線を向けて状況を確認する。
「ああ、殺したくはないからな。今は蘇生手段がまだない。だから、死なない程度に回復させただけだ」
『……そうか、相棒がそう決めたのなら俺は何も言わん。そもそも、倒すつもりだったのだから、こうなるのは必然か』
「そういうことだ」
元からディレイドを殺すつもりなどない。
だからこそ激闘の末に陽和が勝利したのなら、こうなることは必然だった。
更に、遠くから陽和を呼ぶ声が聞こえる。
『陽和ー‼︎』
自分を呼ぶ声は恋人たる雫のものだ。
彼女の声が聞こえた直後、羽ばたきの音と共に一頭の青竜が陽和達の近くに降り立つ。
言わずもがな水竜形態の雫だ。その背にはセレリアのみだったが、彼女の両前足にはクレアとシャルフィが掴まれていた。
「ディー‼︎」
「ディレイド‼︎」
雫に下ろされるやクレアとシャルフィはディレイドの名を呼びながら彼のそばに駆け寄る。先に降りたセレリアに続き、竜化を解除した雫も陽和のそばに駆け寄る。
「二人とも、無事か」
「ええ、何とか勝てたわ。それで……」
「陽和、兄さんは……」
「こっちも何とか勝った。あとは、彼次第だ」
そう短くお互いの状況報告をして3人は静かな眼差しでディレイド達に視線を向け、成り行きを見守る。
ディレイドは自身のそばへ駆け寄ってきた二人に申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「………二人とも、すまない。負けてしまった」
「………ええ、私達も負けてしまったわ」
「……そうか」
自分だけでなくクレア達も敗れたことにディレイドは責めるどころか、どこか安堵したような笑みを浮かべる。
その笑顔を見た瞬間、クレアは気づけば謝罪の言葉を口にしていた。
「……ディー、ごめんなさい」
「………え?」
突然の謝罪に眉を顰めたディレイドにクレアは目の端から涙を浮かべながら、彼の手をそっと握った。シャルフィも涙を流しながら、クレアの手に自身の手を重ねる。
「本当にごめんなさい。あなたと向き合って支えるべきだったのに、ずっと一人で背負わせてしまっていた」
「……だな。あたしらはただあんたを一人にしたくなかっただけなのに、結果はこの様だ。本当に情けねぇ、妻失格だ、あたしらは」
「……お前達」
違うと、お前達は悪くないと言いたかった。
悪いのは全て巻き込んでしまった俺だけなのだと、だがそんな軽い発言をすることは今の二人の涙を見ればできなかった。
だが、それでもと何か言うべきだと必死に言葉を紡ごうとした瞬間、クレアがさらに続けた。
「………正直ね、あなたが負けてよかったと思ってるの」
「………クレア?」
「失礼だってことはわかってる。でも、私達ではあなたを止められるほど強くないから、他の誰かにあなたを止めて欲しかった。あなたを止められるほど強い人なら、きっと絶望から掬い上げられると思っていたから……」
そうしてクレアは陽和へと視線を向ける。
どこか見定めるような、あるいはすがるような真剣な眼差しに陽和は目を逸らさずに真っ直ぐと見つめ返す。
一瞬の交錯の後、涙を流しながらも儚い笑みを浮かべたクレアは改めてディレイドに向き直った。
「ねぇ、ディー、もうやめましょう?こんなことをしてもあなたが壊れる結末しかない。そんな未来私達は見たくないわ。それに、赤竜帝君ならきっと悪いようにはしないはずだから、降伏しましょう」
「今からでも遅くねぇよ。どうにかして戦争を止めさせようぜ。もうこれ以上あんたが傷つく姿は見たくねぇよ……」
『グゥルル……』
「……………」
クレアやシャルフィは己の本心を吐露し、エレボスまでもが彼を気遣うような眼差しを向けてくる。
それらの眼差しにディレイドはバツが悪い表情を浮かべることしかできなかった。
彼女らの言うことは何一つ間違っていない。
こんな戦争に大義なんてあるわけがない。ただ、神の遊びに付き合わされてるだけの傍迷惑なものだ。
だが、その真相を知るのは自分のみ。フリードは反逆者の戯言だと意にも介さずに、神の意思こそ至上だといってしまっている。
誰かに打ち明けたところで信じるものなどいるはずがない。自分ですら本当のことを受け入れるのは相応の時間を要していた。だからこそ、誰かに打ち明かすなんてことはしなかった。大勢に理解してもらうよりも先に反逆者として処刑されるのは目に見えていたから。
仮に信じたところで抗える力がない以上、悪意に弄ばれるだけだ。
ならば、一人で抱えるしかないだろう。
それが最大多数の幸福につながるのならと耐え忍ぶ道を選んだ。
その結果がこの戦争だ。
内通者の存在もあり、自分達獣魔兵が陽和達を抑えればフリードの指揮の元、侵攻は問題なく進められたはずだった。
だが、結果はどうだろうか。
自分と相棒たるエレボスは陽和と彼の相棒であるドライグに敗れ、歴戦の猛者であるクレアやシャルフィすらもまだ発展途上であるはずのセレリア達に敗れた。更に陽和が編み出した魔法生物によって軍勢は蹂躙され、最後の頼みの綱であるフリードとウラノスもユエに阻まれている始末。
この有り様こそが、自分と彼の選択の結果を物語っているようなものだった。
(こんな結果になるなら………俺は、一体今まで何を……)
一人で抱えた結果がこれならば、自分は一体何のためにここまで突き進んできたのだろうか。
不甲斐ない愚かな自分に対する怒りもそうだが、それ以上に巻き込んでしまった同胞や妻達、傷つけてしまった妹に対し申し訳ない気持ちが大きすぎた。
そうして自己嫌悪や罪悪感に心が埋め尽くされようとした時、
「……………兄さん」
妹の声が聞こえた。
ゆっくりと顔をあげて彼女の方に振り向けば、陽和達よりも数歩前で立つセレリアの姿があった。
「私、強くなったよ、もう昔みたいに帰りを待つだけの私じゃないんだ」
「…………セレリア」
「大迷宮だって攻略できた。クレアさんだって私のことを戦士って認めてくれた。もう大丈夫だよ。私も戦えるようになったから。だから、私達と一緒に戦おう?」
「………っ」
『もう大丈夫』。
それは、かつて幼い頃のセレリアに何度も自分が言ってきた言葉だ。
両親が帰って来なくなった時、両親の葬儀の時も、いつかの冒険で自分が大怪我した時も、彼女が熱で寝込んだ時も、いついかなる時も自分がそう言ってセレリアを安心させてきた。
もう大丈夫だ。俺がお前を守るからと。そう、ずっと兄として妹を愛していたが故に、何人にも傷つけさせまいと決意を言葉にし続けていた。
ある意味自分にも言い聞かせていた励ましの言葉だったが、セレリアは意図して言ったわけではないのだろう。だが、彼女の一言が自分の心に深く突き刺さった。
そして、顔を上げてセレリアを見たディレイドはようやくセレリアが涙を流していることに気がついた。
(セレリア……お前、なんで、そんな
いつぶりだろうか。
思えば、長い間彼女の顔をまっすぐに見ていなかった気がする。
久しぶりに見た彼女は涙をとめどなく流していたが、自分に向けるその眼差しは敵に対するソレではなく、力強い立派な戦士のソレでその中に幼い頃に自分に向けていたものと同じ輝きがあったのだ。
その輝きの名は———『家族愛』。
憎まれているものだとばかり思っていたが故に、彼女の眼差しはディレイドにとって予想外だった。だが、少し考えて思い出す。
(………いや、そうか。お前はずっと、俺を止めるために戦っているんだったな)
戦いが始まる前、彼女は確かに自分達を救う為に戦うと言っていた。
その言葉通り、仲間達と共に自分達に打ち勝った。
自分が守らなければと思っていた少女はもう自分が思う以上に強くなったのだ。
「………‥お前は許すのか?こんなろくでもない俺を」
彼女の成長を実感した瞬間、ディレイドはそう問わずにはいられなかった。
殺されても仕方のないことをした。
恨まれて当然のことをした。
だからこそ、どうしてあそこまでの目にあいながらも愛で自分達を止めようと戦ったのか知りたかった。
そんな問いにセレリアは涙を流しながらも、小さな笑みを浮かべ首を縦に振った。
「……うん、確かに辛いこともいっぱいあったけど、今こうして私は強くなれて大切な仲間達に出会えた。好きな人もできたし、親友もできたんだ。だから、私は兄さん達を許すよ」
「…………っっ」
その言葉を聞いた瞬間、ディレイドは長年押さえ込んできた感情が遂に決壊した。
俯いた彼の肩が震える。表情こそわからないが、地面に落ちる光の雫が彼の心情を物語っていた。
「………セレリア、すまない。今まで、本当にすまなかったっ」
「……兄さんっ」
涙ながらに繰り返される謝罪にセレリアも限界を迎え、さらに涙を溢れさせながら彼らの元へと駆け寄りクレアやシャルフィと共に四人で涙ながらに抱き合った。
抱き合う四人の姿に陽和は心の底から安堵し、漸く肩の力を抜く。
『何とかなったな。お疲れ様だ、相棒』
「………ああ、だが、まだ戦争が終わってない」
「そうね。戦争をどうにかしないと……」
ディレイドとの決着はついた。
ならば、残す問題はこの戦争そのもののの終結と“神の使徒”の内通者達への対処だ。この二つを解決しなければ、この騒動は終わらない。
「この後はどうするの?」
「まず外壁を修復させる。その後は撤退せざるを得ないほどに敵を削ってから、王城に向かおう。まぁディレイドがすぐに撤退の指示を出してくれたら済む話なんだがな」
「………この状況だと難しそうね」
陽和の作戦を聞き雫は周囲の様子に聞き耳を立てる。
今や軍勢は王都侵攻組とディレイドの敵討ち組に分かれている。侵攻組は変わらずだが、敵討ち組は陽和へと明確に殺意をたぎらせて抹殺せんとこちらへと向かってきている。
だからこそ、ディレイドの敵討をするまでは止まらないかもしれない。そして、まだこちらの様子が見えていないが、もしも今のこの状態を見られたら問題だ。
それはディレイドも分かっていたのだろう。
「セレリア、そろそろ彼の元に戻れ。俺にはまだやるべきことがある」
「…………うん、戦争を止めるんだよね?」
「そうだ。これは将軍である俺にしかできないことだからな」
セレリアの頭を優しく撫でながら、元来の優しい兄としての顔を浮かべたディレイドは次いで陽和へと視線を向ける。
「紅咲陽和、認めよう。俺の……」
『負けだ』。そう自らの敗北を認めようとした瞬間、その場にいた全員が得体の知れない凄まじい圧を感じた。
『————————————』
『『『———ッッ⁉︎』』』
6人と一頭が一斉に体を強張らせる。突如王都方面より爆発的に迸った、絶大にして悍ましい魔力の気配を感じたが故に。
直後、陽和達の背後から轟音が響く。それは巨大な何かが崩れ落ちる音だ。クレアやシャルフィ、セレリア、雫が冷や汗を吹き出し、エレボスが身を震わせ、ディレイドが目を見開く中、陽和が勢いよく振り返った瞬間、ヘスティアの悲鳴じみた声が陽和の耳に届いた。
『マスターッ‼︎‼︎逃げてェェェッ‼︎‼︎』
悲鳴が聞こえたと同時に振り返った陽和は確かに見た。
蒼黒の巨亀ー『玄武』がその身を割り断たれ、氷と岩の破片を地面に落とす中、その瓦礫の中から飛び出した白銀の閃光を。
その閃光が一直線に陽和目掛けて驀進していることも。
「——————」
何かを視認するよりも先に陽和の身体は本能が鳴らす最大級の警鐘のままに動く。片手に竜聖剣が握られ、もう片手で炎塊を生み出しながらその閃光を迎え撃つ。
直後、轟音と共に竜聖剣に未曾有の衝撃がのしかかり、陽和の足元を放射状に砕いた。
「チィッ‼︎」
未曾有の衝撃に吹き飛ばされそうになりながらも、舌打ちをつきながら踏ん張り間髪入れずに前方で鍔迫り合う何かに向けて炎を放とうとしたが、白銀の光が瞬いた刹那、陽和の半身は切り裂かれ、左腕が二の腕から切り飛ばされた。
『相棒⁉︎』
「ガッ⁉︎っっ、こっのぉっ‼︎」
苦悶の声が上がり口の端から血が溢れるも、歯を食いしばり竜聖剣を横薙ぎに振るいながら、紅蓮の炎を全身から放つ。
襲撃を仕掛けた何かは危なげなく躱すと、中空に翼を広げて佇みようやく言葉を発した。
「傷を負わされたとはいえ今の奇襲に反応しますか。流石は赤竜帝ドライグの後継者ですね」
鈴のなるような美しい声音で紡がれた感嘆の言葉。
しかし、何の感情も込められておらず、無機質極まりない恐ろしい声音だ。
そこでようやく、月光によって何者かの姿が顕になるが、その姿を視認した瞬間、雫とセレリアは愕然とした表情を浮かべた。
「ぇっ……う、嘘っ」
「そんなっ……馬鹿なっ」
今の攻防に反応すらできなかった二人はようやく視認したその存在を見てあり得ないと反応を見せる。
その者の姿が神々しかったわけでも、不気味だったからでもない。
『なぜっ……なぜっお前がっ』
陽和の体内に戻ったドライグも明らかな動揺に声を震わせていた。
三人がそこまでの反応を見せた理由。
それは全く同じだったからだ。陽和を襲った襲撃者が
夜の闇の中で凛と輝く満月の月光を背に浮かぶのは絶世の美女だ。
己こそ白雪の化身であると主張するかのように、夜天にあってなお淡く輝く純白と銀の光を纏っている。
純白の長髪。透き通った青色の瞳。美麗な青紫の和装に身を包み、白銀の部分甲冑を胸部と腰に身につけ、両手にそれぞれ大剣を持った凛とした戦女神の如き姿。胸部の中央では青色の宝玉が美しく輝いている。
そして、縦に割れた竜の瞳と、頭部から生えた純白の角、腰から生えた竜の尾………背に生える2対4枚の銀光を帯びた純白の竜翼。
“真なる神の使徒”でありながら、“竜人族”の特徴すら有する彼女の名は……
『アル、ビオン……?』
誰もが口を閉ざす中、ドライグが掠れた声でその名を口にする。
かつてドライグの目の前で子供諸共無惨に殺されたはずの白竜妃アルビオン・グウィバー・ウェルタニア本人がそこにはいたのだ。
アルビオンは翼を広げて一打ちすると、優雅に一礼をし生前とはあまりにもかけ離れた無機質すぎる青の瞳を陽和達に向けながら名乗った。
「初めまして、そしてさようなら。二代目赤竜帝紅咲陽和。私の名はヌル・イナニス。我が主の命によりあなたを排除しにまいりました」
悪夢、降臨