竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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はい。皆さんお待たせしましたーー。


突然ですが、最近ダンまちにハマりました。
いやー、アステリオスとベルの戦い最高でしたね。ああいう冒険譚も面白いですよね。




8話 繋がる想い

 

 

「今夜中に王城から逃げてくれ。でなければ、お前は殺されてしまう」

 

 

メルドから告げられた言葉に、陽和ではなくレイカが目を見開いて動揺を露わにした。

 

「ど、どういうことですか?メルド団長。なぜ陽和様が殺されることになるのですか?」

「それは……「俺が赤竜帝と関わってるかもしれないから、ですよね?」ッッ⁉︎お前、知って、いたのか?」

 

メルドは陽和へと目を剥いて驚愕混じりの視線を向ける。陽和は動じない様子でメルドの問いに頷いた。

 

「はい。俺の天職である竜継士。そして技能にある『赤竜帝の魂』。それが俺と赤竜帝との関わりを示すものであり、もしも竜継士が、竜にまつわる何らかの力を受け継ぐ天職であるのならば、最悪かの伝説の邪竜が復活するかもしれない。そう教会や国の上層部は危惧したのでしょう。

そして、もしそういう可能性があるのなら、目覚める前に殺してしまえと判断したのではないでしょうか?」

「……………その通りだ。上層部の間ではお前のことを異端者認定するという話が上がっている。今はまだ決められてはいないが、あの雰囲気を見れば明日にでも正式に決まるのは確実だ。そうなれば、お前は神敵となり世界中から命を狙われることになる」

「そうでしょうね。それが当然の反応だと思います」

 

陽和はさも当然であるかのように頷く。

——— 異端者認定。

それは聖教会の教えに背く異端者を神敵と定めて、全ての人間が法の下に討伐が許されると言う教会の有する強大な権力の一端のことだ。

神敵と定められたが故に、認定を受けた者に対しては何をしても許される。また、認定を受けた者に対する幇助目的の一切の行為が禁じられる。それはすなわち、この世界で生きることを許さないと言う決定を意味している。

場合によっては、神殿騎士や王国軍が動くこともある。

そんな認定を上層部は陽和に下そうというのだ。

だが、そうなることぐらい既に陽和には分かりきっていた。だから、そうなった時の覚悟もこの一週間で自分なりに済ませたつもりだ。

しかし、それを知らないメルドは陽和が動じないことに疑問を浮かべた。

 

「……なぜ、お前は冷静でいられるのだ?まさか、全て分かっていたのか?」

「ええ、いずれこうなることは分かっていました」

「一体、いつから……」

「この世界に来てニ週間ほどです。図書館でこの世界を調べるために資料を読み漁っていたとき『邪竜伝説』と言う本を見つけて読みました。そこに赤竜帝ドライグのことが書き記されていたんです」

 

陽和はそう言って机の引き出しの中にある一冊のボロボロの本を手に取り、メルドへと手渡した。

それは図書館から借りている『邪竜伝説』の本だった。

メルドは初めて見たのか物珍しげに本を眺めて中身を軽く読む。

軽く目を通したメルドは神妙な面持ちで本を閉じた。

 

「……なるほど、確かにここには赤竜帝のことが書かれている。お前はこれを読んで知ったと言うわけか」

「そうです。俺はそこで赤竜帝の存在を知り、俺の天職がこれに由来する物だと考えています。ですから、上層部の見解は間違っていないと思います。俺が……赤竜帝の後継者で間違い無いでしょう」

 

未だ真偽がはっきりとしていないはずなのに、その当事者である陽和がそうはっきりと断言した。

 

「むしろ、どうして、王国騎士団団長である貴方が俺にその話をしてきたのですか?

貴方の立場なら俺を殺すために動くはずです。俺に情報を漏らせば幇助行為と見做されて処罰されてもおかしくありません。何も言わなければ、俺を殺すこともできたかもしれないのになぜ?」

 

陽和の疑問はもっともだ。

王国騎士団団長であるメルドの立場ならば、本来ならば神敵討伐に動き、邪竜の力を宿す陽和とは戦う立場にあるはずだ。

なのに、メルドはその本来の責務を果たすのではなく、陽和を逃すために重要な情報を彼へと漏らした。バレれば処罰は免れないはずだ。

それはメルドだって理解しているはず。なのに、陽和にそれを伝えにきた。

 

「それは……」

 

そう疑問を投げかけられたメルドはしばらく逡巡する。そして口を開こうとした時だった。

 

「……どうしてですか」

「レイカ?」

「どうして……陽和様が命を狙われなければいけないのですかっ⁉︎」

 

ずっと顔を俯かせていたレイカが顔を上げてそう叫びながら立ち上がる。彼女の瞳には大粒の涙が滲んでいて、悲痛な表情を浮かばせていた。

レイカは泣きながら、メルドへと叫ぶ。

 

「陽和様が貴方達に何かしましたかっ⁉︎この国に、この世界に仇なす様なことは何もしていないのに、どうして、彼が理不尽な目に遭わなければいけないのですかっ⁉︎

こちらの都合でこの世界へと呼び出して戦わせておきながら、今度は危険な存在になり得るかもしれないから殺すなんて、そんなの、あんまりじゃないですかっ⁉︎」

 

レイカは陽和の事を敬愛している。

初めこそは、神の使徒という立場だったから終始緊張していたが、最初の握手から始まり様々な話をしたり剣での模擬戦などをして友好を深めていった。

だから彼女は知っている。愛する家族の会話をするときに、本当に嬉しそうな表情を浮かべて楽しそうに語る家族想いな姿を。

強大な力に溺れることはなく直向きに訓練を重ねていた彼の真剣な姿を。

大切な親友の手助けをしたり、幼馴染の悩みを聞いてあげる心優しい姿を。

レイカは侍従としてではなく、一人の友人として陽和を見て、いつしか彼を尊敬し慕うようになった。

 

だからこそどうしても我慢ならない。

なぜ彼がこんな仕打ちを受けなければいけないのか。どうしてこんなにも優しい彼がこんな苦しい目に遭わなければいけないのか。

それを良しとする上層部に彼女は腹が立ったのだ。そして更に何かを言おうとしたレイカを他ならぬ陽和が止めた。

陽和は穏やかな表情を浮かべると、レイカへと言った。

 

「レイカ、ありがとう。

だが、それ以上はよせ。外に聞こえるかもしれない。それにメルド団長は何も悪く無いんだ。彼を責めないでくれ」

「ッッ、も、申し訳ありませんっ!」

「分かればいいよ。でも、本当にありがとう。俺のために泣いてくれた。怒ってくれた。それだけで十分だ」

「陽和様……」

 

レイカは感極まった様子で陽和を見ると、メルドへと謝罪をする。

 

「メルド団長。取り乱してしまい申し訳ございませんでした」

「いや、君の気持ちはもっともだ」

 

そう言うと、メルドは絞り出すように自分の行動理由を話し始めた。

 

「……私も、彼女の意見に同意だ。

私は今回の決定に疑問を抱いている。たとえ、お前の言う通りかの伝説の邪竜の力を持っていたとしても、伝説通り世界を脅かすとは到底思えん」

 

そしてぽつぽつとメルドは本心を語り始める。

 

「騎士団団長としては私の行動はあるまじき物なのは確かだ。だが、私個人としてはお前を殺したくない。……たったの三週間程度しか共に過ごしてはいないが、お前は強い信念を持ち、友のために怒り、涙を流せるような優しい子だと気づいた。

そして訓練でお前が、お前達が成長していくのをみていくうちに、いつしか私にとって誇りに変わっていた。お前達の成長が純粋に嬉しかったのだ。今日もそうだ。お前が私に勝ったことがどれだけ嬉しかったことか。

その一方で私は後悔もした。本来ならば戦争もない平和な世界にいるはずの子供達を、こちらの世界の事情で私達の戦争に巻き込んでしまったことを。戦うことを知らない子供達を、神の使徒だからといって無理矢理戦わせようとしていることに私は迷った。私達のことは気にせず、生きて故郷へと帰ってほしいと思った。

だから、いくらお前が邪竜の力を宿し、世界にとって危険になる可能性を持っていたとしても、理不尽に巻き込んでしまった被害者に過ぎない大切な教え子をどうして殺せると言うのだっ!」

 

拳を強く握りしめ、メルドは苦渋の滲んだ表情で呻くように言った。

それは団長としての言葉ではなく、メルド・ロギンスとしての言葉。

彼も、王国の人間である以上、聖教教会の信者だ。それ故に、初めこそは“神の使徒”として呼ばれた陽和達が魔人族と戦うことに疑問を抱かなかったし、名誉なことだとも思った。だが、彼らと時間を過ごすうちにそれに疑問を抱くようになったのだ。

戦士として彼らの成長を喜び、その反面教育係として彼らを戦わせることに悩んでいた。

そして、異端者認定の話を受けてメルドはその本心を思い切って陽和に打ち明けたのだ。

 

「メルド団長……」

 

陽和はメルドがそこまで自分を評価し、悩んでくれていたことに目を見開いた。

立場を捨てて、本心を晒し情報を伝えてくれたこの尊敬すべき騎士に陽和は頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

「礼などよしてくれ。こんなことぐらいしか私にできることはないんだ」

「いえ、その事なのですが、一つあります」

「なんだと?」

 

顔を上げた陽和はメルドにそう言うと、決然とした表情を浮かべ、はっきりと言った。

 

「一つだけあります。俺も逃げれて、あなたも罪に問われない方法が。ですが、これはある意味賭けです。成功するかは俺達だけでなく運次第とも言えるでしょう。

ですが、やってみる価値はあると思います。メルド団長、ひとつ協力してもらえませんか?」

 

陽和の言葉にメルドは顎に手を当ててしばらく考える。やがて10秒ほどたったのちに腕を組んで陽和に促した。

 

「……分かった。話してくれ」

「はい」

 

そして陽和は作戦を話し始めた。

 

 

 

 

しばらくして、陽和の考えた作戦を一通り聞いたメルドとレイカは驚愕に目を見開いていた。

 

「確かに、それが成功すればお前の言った通りになる。私としてはこの作戦で一向に構わないが……お前はそれでいいのか?」

 

陽和の提示した作戦は確かに、成功すれば陽和は無事に逃げることができてメルドも罪に問われない完璧とは言えないが作戦としては十分に成り立っている物だ。

メルドとしても成功したとしても失敗したとしてもメルド自身に被害は及ばないからいいのだが……肝心の陽和が成功しても失敗しても危ないことが確かだった故に、そんな言葉を陽和へとかけたのだ。

陽和はそれに対して静かに頷いた。

 

「はい、貴方が罪に問われなくするためにはこれが一番いい方法でしょう」

「自分が“悪”になって、全てを背負うつもりか」

「ええ、全て覚悟の上です。それに、元より赤竜帝はこの世界では邪竜でしょう?遅かれ早かれそう呼ばれるのなら、大した違いはありませんよ」

「ですが、これでは使徒様の間でのお立場も悪くなってしまいます」

 

そう。陽和が提案した作戦はどちらに傾いても、国や教会だけでなく同じ仲間であるはずのクラスメイト達すら敵に回しかねない物だ。

だが、それすらも陽和は覚悟の上だと頷く。

 

「構わない。どの道、天之河がいる以上、俺はどうしようとも悪者にされるだろうからな。とはいえ、信用できる何人かには手紙を残しておくつもりだ」

「お前は随分と光輝を嫌っているんだな」

「ええ、あいつは現実を見ようともせず、名ばかりの正義に盲信しているクソ餓鬼です。無駄に力がある分なおタチが悪い」

 

陽和は明らかな嫌悪を浮かべてそう吐き捨てた。陽和が抱く光輝の評価は最悪の一言に尽きる。幼い頃から知る光輝の在り方は陽和にとっては唾棄すべきものであり、そのせいで雫や他の者達が苦労してきたことを考えれば、嫌うのも当然だ。

メルドも光輝の危うさは理解しているのか、頷いた。

 

「……確かに光輝は少し危ういところがあるが、お前の何がそこまで嫌悪させるんだ?」

「……それについては話すと長くなるので、俺が去った後時間がある時に雫や白崎にでも話を聞いてください」

「うむ、分かった。そういえば、さっき手紙を残すと言ったが誰に残すつもりだ?」

 

陽和はメルドの言葉に、机の上に置いてあるついさっき仕上げたばかりの三通の手紙を手に取ると、メルドに見せながら言う。

 

「畑山先生と園部、重吾に渡しておこうと思います」

 

愛子は自分たちの教師としてであり、生徒達に真摯に向き合おうとしてくれているからだ。陽和が学校で罪を被せられた時も最後まで愛子は自分の味方でいてくれたからこそ、陽和は人知れず彼女を尊敬している。

優花と重吾に関しては陽和が信頼できると判断したからだ。二人とも他のクラスメイト達よりもしっかりとしており、いざと言う時に冷静な判断が出来る。ベヒモス戦の時も自分が離れている間の戦線の維持を頼むぐらい、陽和は二人のことを信頼している。

だからこそ、陽和は信用できる3人に事実を書き残し他言しない様にし、数少ない味方を予め作っておくつもりなのだ。

 

「これをメルド団長に託しておきたいのですが、任せてもよろしいですか?」

「ああ、任された。必ず渡そう。だが、雫には渡さないのか?」

「…っ」

 

陽和から手紙を受け取ったメルドは懐にしまいながらそんな疑問を零した。陽和は一瞬動揺するもすぐに笑みを取り繕いながら、メルドに問うた。

 

「どうして、そう思うんです?」

「冷静な判断が出来る者ならば雫もそうだろう。それに、お前は彼女のことを大切に思っているからこそ、彼女にも残すと思ったんだが…違ったか?」

「……よく見てますね。まあそうなんですけど……正直、伝えるべきか迷ってるんです」

 

一度は惚けたものの、メルドの指摘に、先の評価も含めて本当によく見てるなと思いながら、観念して話し始める。

 

「確かに雫は園部達と同じように冷静な判断ができます。でも、雫には明かしたくないと言う気持ちもあるんです。あいつのことは誰よりも大切に思っています。だから話して傷つけたくはないし、こんなことを知られたくない……かといって、何も伝えないのもそれはそれでどうかと……」

「なるほど。惚れてるからこそ、迷っているのか」

「……はい」

 

メルドの納得に陽和は若干顔を赤くしながら、気恥ずかしそうに頷いた。よく見てると思っていたが、まさか雫に惚れていることまでバレていたのかと僅かながらも驚いたからだ。

 

「ていうか、メルド団長。俺ってそんなに分かりやすかったですか?」

「いや、分かりやすいと言うわけではないが、なんとなくそうではないかと思っていたからな。カマをかけさせてもらったんだが、どうやら正解だったようだな」

 

メルドはニマニマと笑みを浮かべる。

実の所、メルドは陽和が雫に惚れていることは気づいていた。

全員での鍛錬が終わった後や始まる前に陽和が一人で訓練をしている訓練場に様子見でこっそりと見に行っていることがあった。

その時に、雫と話す陽和の顔がいつもと違っているように見えたから、そうではないかと思ったのだ。

赤竜帝のことについては今までうまく隠せていたが、どうやらそちらに関しては気づかれてしまったらしい。

その時、二人の話を聞いていたレイカが二人の会話に進みでた。

 

「陽和様。私ならば、何も知らされないのは辛いと思います」

「レイカ……」

「陽和様のお気持ちも分かります。好きだからと大切に思うからこそ、傷つけないように明かさない。それも一つの思いやりなのかもしれません。ですが、だからといって真実を明かさなくていいわけではないと思います。むしろ、何も明かされないことから、自分は信頼されていないと思われて雫様を傷つけかねないと思います」

「…ッッ」

 

レイカの言葉に陽和は目を見開いて、僅かに動揺する。

彼女の言う通りだ。もしも、自分が同じ立場だとして、仲の良い幼馴染が突然何も伝えずにいなくなり、その理由も何も明かされなかったならば、自分はその程度の存在だったのかと憤るかもしれない。

陽和ならばそうなるかもしれないが、雫だったなら、もしかしたら泣かせてしまうかもしれない。自分ならば、そんなことはされたくないし、男としてそれは最低な行為だ。

陽和の考えはあくまで自分の気持ちだけで、雫の気持ちは何も考えていなかった。自分の独りよがりの考えで済ませようとしていたことに、メルドとレイカに指摘されて初めて気づいたのだ。陽和は苦笑を浮かべる。

 

「……そうだな。確かにその通りだ。分かった、雫にもちゃんと伝えるよ」

 

そう決断した陽和にメルドとレイカは揃って笑みを浮かべた。

 

「ただ、手紙に関してはとりあえず3人分だけ預かっておいてください。雫のをどうするかはまだ決めてないので」

「分かった。ただ、どう言う形であれちゃんと彼女にも伝えろよ」

「はい。それと渡すタイミングですが、おそらく教皇か国王が全員を集めて話すでしょうから、その後に渡してください」

「そうだな。その方がいいだろう」

 

前もって渡し事実を知らせて仕舞えば、話をした時の反応次第でばれ、最悪彼女らも異端者になってしまう可能性がある。だから、話した後で密かに手紙を渡し事実を教えるのだ。

メルドもそれには同意のようで、異論なく頷く。

 

「王宮を出た後は、どうするつもりだ?」

「オルクス大迷宮へ向かいます」

「ハジメを探すつもりか?」

「ええ」

 

陽和は王宮から脱出した後は、そのままホルアドへと向かいオルクス大迷宮に一人で潜って奈落に落ちたハジメを探し出すつもりだ。

 

「だが、こう言ってはなんだが……流石にあの深さでは……それに、水も食料もない状況だ。例え運良く見つけれたとしても……」

 

メルドはそこまで言って口を閉ざす。

親友を大切に思うからこそ諦めたくない気持ちはわかるが、現実的にメルドはあの状況からハジメが生きているとはとてもじゃないが、思えない。メルドの言葉に陽和は怒ることはなく、静かに肯定した。

 

「分かっています。あなたの言う通り、もう死んでいるかもしれない。ですが、例えそうだとしても、何もしないで諦めることだけはしたくないんです」

「……そうか」

 

メルドは陽和の瞳に宿る強い意志に、これ以上何を言っても無駄だと理解した。

だから、メルドは気の済むまでやらせようと、もうそれ以上は彼の考えを正すことはしなかった。

 

「早馬と道具は私が用意しておこう。無論、人目のつかない場所に置いておく。お前は装備を整えて、決行の時までしっかり体を休み英気を養え」

「感謝します。それともう一つ、話したいことがあります」

「なんだ?」

 

陽和は一度深呼吸すると、真剣な表情を浮かべて次の話題を話し始める。

 

「先日のハジメが奈落に落ちた件。あれは一部の魔法が制御を離れて誤爆したという話になっていましたよね?」

 

ハジメが奈落に落ちたあの日。

あの時の原因は、クラスメイトの誰かが放った流れ弾だ。しかし、クラスメイトたちは図ったようにあの時の誤爆の話をしない。

単純に怖いからだ。自分の魔法は把握していたはずだが、あの時は無数の魔法が嵐の如く吹き荒れており、万一誤爆だったとしてそれが自分の魔法だったらと思うと、人殺しであることを示してしまい、怖くて言い出せないのだ。

その結果、現実逃避をするように、あれはハジメが自分でミスをしたと言う事になっていた。

 

「っああ、そうなってる。だが、あれは私から見れば単純な誤爆とは考え難い。皆に事情聴取をしたかったが……」

 

メルドはもどかしい表情を浮かべる。

彼はあの時の経緯を明らかにするために、生徒達に事情聴取をする必要があると考えていた。仮に過失であっても、白黒はっきりとさせた上で心理的ケアをした方が生徒達のためになると確信し、有耶無耶にしたほうが後で問題になるものだと考えたからだ。

なにより、彼自身、ハジメを救えなかったことに心を痛めており、はっきりとさせたかった気持ちが強かったからだ。

しかし、彼が行動することは叶わず、イシュタルに生徒達の詮索を禁止された。当然、食い下がったが、国王のエリヒドにまで禁じられては耐えるしかなかった。

それが、とても歯痒かったのだ。

陽和はメルドの苦悩を理解すると、あの時火球を当てられた被害者としての意見をはっきりと告げた。

 

「断言します。あれは俺達を狙って意図的に誘導され放たれた魔弾です」

「なんだとっ⁉︎」

 

メルドは驚愕混じりの声をあげて思わず立ち上がる。彼にとっては想定してたとはいえ、やはり衝撃的な事実だったのだ。

そんなメルドに陽和はその根拠を話し始める。

 

「魔法を使うことに慣れたからこそ断言できます。魔法は途中で暴発して制御を外れるなんてことはありえない。あり得るとしたら、あらかじめそう式に組み込まれたと考えるべきです」

 

陽和は主に前衛だが、同時に魔法にも比類なき適性を持っているため魔法の仕組みへの理解も深めた。

そして、この一週間、自主訓練や魔物との戦いで魔法を多用した彼は、魔法ら一種のプログラムのようなものだと考えるようになった。

魔法の属性や挙動を組み込むことでプログラムを構築し、術者はそのプログラム発動のためのキー、つまり魔力を注ぎ込むことでそのプログラムが発動され、魔法が放たれる。

魔力を注ぎ込む段階では、プログラムは構築し終えてあり、もしも不備があるとしたら魔法は不発かその場で暴発する。もしくは外的干渉によるものだと考えるべきだ。

 

だからこそ、それらの不備がない場合は途中で魔法が制御を外れるなんてことはありえない。そのようにプログラムを組まれていたと考えるのが妥当だろう。

それは少し考えれば気づける程度のとても簡単なことであり、魔法系天職の生徒達なら、しっかりと考えれば思いつけるはずなのだ。

だが、それをする前に死の恐怖や戦いの絶望によって心が折られて考えることをやめてしまったからこそ誰も気づかなかった。

魔法の扱いを最低限にしか教えられていない前衛組ならば尚更だ。

陽和の説明にメルドは納得すると椅子に座り直し考える。

 

「……なるほど、そう言うことか。陽和、一つ聞くが犯人に心当たりはあるか?」

「………一人だけ、います」

「誰だか聞いても?」

 

メルドの問いかけに陽和は小さく頷くと、自分が一人懸念している存在の名を言う。

 

「……檜山が可能性が高いと思います。

あいつは、ハジメを嫌っていましたし、俺のことを恨んでるでしょう。あの状況で、あわよくば二人まとめて消せるのではないかと考えたのではないでしょうか」

「しかし、大介は風が適正だったはずだが……」

「だからこそ、あえて火の魔法を使ったのでは?もしも聞かれた時の言い逃れできる言い訳として」

「……そうか」

 

メルドは暗い表情で呟く。

考えたくはなかったが、まさか生徒の一人があの状況を利用した卑劣な手段で仲間を殺そうとしたことにショックを受けたのだ。

 

「……動機は、わかるか?」

「恐らくは白崎との関係だと思います。

檜山は地球にいた時からハジメを虐めていました、それは白崎に惚れているからです。

惚れているからこそ、自分よりも劣るのにやたらと気に掛けられるハジメに嫉妬したのでしょう。グランツ鉱石の時もそうです。白崎の気を引くために取ろうとしたと考えれば、辻褄が合う。そして俺は何度もハジメを檜山のいじめから庇ったりもしていました。

檜山にとっては、恋敵であるハジメとムカつく奴である俺を両方まとめて殺せる機会だったから、混乱に乗じて殺そうとしたと予想できます」

 

陽和の推測にメルドは完全に押しだまる。

納得のいく説明だったからだ。なにより、檜山のハジメに対するいじめは何度も見ているし、あの時のグランツ鉱石を取ろうとした行動もそう考えれば辻褄が合う。

 

「ただ、これは皆には話さないほうがいいでしょう」

「士気に影響するからか?」

「はい。ただでさえ、塞ぎ込んでいるのに嫉妬で人を二人殺そうとした奴がクラスメイトにいたなんて知られたら、今度こそだめになってしまう。あいつらのことを考えても、言わないほうがいいです。ただ、檜山には注意しておいてください。何をしでかすか分からない。それと、白崎のこともお願いします。もしかしたら、直接的な手段を取るかもしれないので」

「ああ、分かった。気をつけておこう」

 

メルドは頷く。

まだ真偽は不明だが、メルドの中ではあの時の事件は檜山が犯人だと言うことでほぼ固まっていた。

 

「それに、天之河が信じないので話したところで面倒なことになるのは確実です。長々と説得をするのも時間の無駄です」

「……そうか、分かった。この話は私の胸にしまっておく」

「そうしてくれるとありがたいです」

 

そう言うと陽和は視線を鋭くして、メルドへと次の話題を切り出す。

 

「あとメルド団長、最後に一つお願いが…いえ、忠告と言った方がいいでしょう」

「ああ、何だ?」

 

陽和は一度口を閉じると、その忠告を口にした。

 

「人を殺す覚悟は、早めに教えておいた方がいいです」

「ッッ‼︎」

 

陽和の忠告にメルドは目を見開いた。

人を殺す覚悟、それは戦士として最も必要なことだ。戦争とはすなわち命の奪い合い。人を殺す覚悟がなければ、戦うこともできないだろう。そしてそんな状況で、人の命を奪うことを躊躇することがどれだけ危険なことか。

メルドとて、陽和達の教育係としてそれは教えるべき重要なことだと認識していた。だが……

 

「俺達を大事に思ってくれているのはありがたいです。しかし、情に流されて先延ばしにしてしまえば碌なことが起きません。

だから、問題が起きる前にはっきりと教えるべきです。半端なことをしてしまえば、生徒達だけでなく貴方の命も危険に晒すことになります」

 

陽和は赤竜帝としての事だけでなく、雫やハジメを守る為に覚悟はとうに済ませた。雫も自分なりに覚悟は済ませているだろう。

しかし、他の者達にはそれがない。むしろ、その現実をようやく垣間見て心が折れかけているのだ。

そして、天之河はかなり酷いだろう。

彼は心が折れかけていると言うわけではないが、おそらくは敵である魔人族を人とさえ認識していないかもしれない。せいぜいが魔物の上位版ぐらいの認識のはずだ。何も考えずに戦うなどほざき、イシュタルに良いように魔人族の悪さだけを吹き込まれているのだから間違いはない。

しかし、自分達が戦おうとしている魔人族もまた“人”なのだ。自分達と同じように、誰かを愛し、誰かに愛され、何かのために必死に生きているそんな、自分達と同じ存在なのだ。

 

メルドはそれをまだ教えていない。

教育者としては早めに教えるべきだが、彼の優しさが迷いを生んでしまい、問題を先延ばしにしてしまっていたのだ。だが、本当に生徒達のことを思うのならば教えるべきだ。でなければ、取り返しのつかないことになる。

メルドもそれを分かっているからこそ、陽和に何も言えなかった。

 

「……ああ、確かにお前の言う通りだ。分かった、ちゃんと教えよう」

 

メルドは陽和の忠告を了承する。

陽和はそれでもメルドの性格上、時間がかかるだろうなと思いながらもそれには触れずにメルドに頭を下げた。

 

「メルド団長、俺のためにこうして伝えに来てくれたこと、本当にありがとうございます」

「陽和……」

「貴方は俺が尊敬する数少ない人です。

だからこそ、貴方のこの努力を無駄にするつもりはありません。どんな形であれハジメを見つけ、必ず故郷へと帰ります」

「……ああ、そうしてくれ。お前は、お前達は故郷へ帰ることだけを考えればいいんだ」

 

メルドの嘘偽りのない本心に陽和は笑みを浮かべながら、言葉を続ける。

 

「いつか俺の両親と会ってほしいものですね。異世界で出会った尊敬する兄貴分だって紹介したいですよ」

「ああ、私も君の両親とは会って話をしたいな。君のような立派な男を育てた親なのだ、さぞや素晴らしい人たちなのだろう」

「はい。俺が尊敬する二人です」

 

そう言って陽和はメルドへと右手を差し出す。

メルドは彼の意図を理解して、彼の右手に自身の右手を伸ばすと強く握り握手をする。

 

「では、今日の深夜また会おう」

「はい。お互い武運を祈りましょう」

「ああ」

 

その後一言二言話してメルドが去った後、陽和とレイカが残った部屋には静寂が満ちる。

痛いほどの静寂が続く中、陽和はレイカが淹れてくれた紅茶を飲むと、彼女へと視線を向ける。

 

「レイカ」

「…何でしょうか?」

 

彼女の表情は依然として暗いままであり、目の端には未だ涙が滲んでいる。やはりというか、彼女の先ほどの様子から見るによほどショックだったのだろう。そんな彼女に陽和は静かに言う。

 

「お前の今後の事だが、俺が去った後リリィにヘリーナと同じく専属侍女にしてもらうように話をつけている。だから、お前は後のことは心配しなくていい」

「え……?」

 

レイカは訳がわからないというふうに目を見開く。だが、すぐに気付いた。

彼は先程のメルドとの発言でもあったように、この事態を前々から想定していて備えていたのだ。だとしたら、夕方のリリアーナとの会話もおそらくは自分の今後のことを気にしての行動だったのだろうか。

そこまで気付いた瞬間、レイカは再び溢れ出てくる涙を止めることはできなかった。

 

「どうして、ですかっ。貴方が一番、危険なのに、どうして私のことまで守ろうとしてくれるのですかっ!」

「お前は俺の大切な友人だからな。俺がいなくなった後、お前の立場は危うくなるかもしれない。だから、そうならないためにリリィに頼んだんだ」

「陽和様は優しすぎますっ!ご自分が命を狙われているのに、どうして私なんかの心配なんかしているんですかっ⁉︎ご自分の心配をなさってくださいっ!」

 

彼が優しい人間なんてことはとっくのとうに気づいていた。だからこそ、自分が一番危険な状況であるはずの今回でさえ、他人のことを、友人の安否を心配して行動している。

レイカにはその優しさがとても嬉しいと同時に、とても辛かったのだ。

いつかその優しさが、彼に取り返しのつかないことを招いてしまうのではないかと危惧しているから。そんな事に気づくはずのない陽和は、泣くレイカの頭に手を伸ばして優しく撫でる。

 

「俺のことは心配してももうどうしようもない事だ。だが、お前のことは何とかできる。リリィに託す事でこれから降りかかるであろう危険をだいぶ減らせるはずなんだ」

「で、ですがっ」

「分かってくれとは言わない。卑怯だということも分かっている。だが、この世界で初めてできた友達を守りたいんだ」

 

自分でもとても卑怯だということは分かっている。話した時、きっと怒るであろうことも分かっている。だが、それでも自分のせいでその友人が巻き込まれることだけはどうしても避けたかったのだ。

 

「すまない、これは俺の我儘だ。だから、俺のことは許さなくていい、いっそのこと恨んでくれても構わない」

「そんなこと、できる訳ないじゃないですか」

 

陽和の言葉にレイカは怒りながらもそう返す。

彼女も分かっていた。こうまでした以上、彼は自分の行動を覆さない。最後まで責任を持つ人だと。

 

「紅咲 陽和様」

「レイカ?」

 

だから、レイカは陽和の目の前で片膝をつくと、胸に右手を当てて陽和が困惑する中、言葉を紡ぐ。別の世界からきた尊敬すべき男であり、やっと巡り会えた理想の主人へと。

 

「私、レイカ・フォーレイアはここに貴方様への忠誠を誓います。例え貴方様がかの伝説の邪竜の力を手にしたのだとしても、私にとっては貴方様は掛け替えの無い友人であると同時に、主人です。御身の傍にお仕えすることが出来ずとも、貴方様へこれからも忠誠を誓うことをお許しください」

「………」

「そして、その上でどうか私の願いを一つ聞き届けてはもらえないでしょうか?」

「……言ってみろ」

 

静かに続きを促す陽和にレイカは顔を上げて、涙を目の端に浮かばせながらも、決然とした表情を浮かべはっきりと言った。

 

「貴方様の居場所が無くならないように、この世界での貴方様の帰る場所は何があっても守り通します。ですから、どうか南雲 ハジメ様を救けた後、一度でもいいので私の元へ顔をお見せください。どれだけ経とうとも私は貴方様のご無事を祈っております」

「レイカ……」

 

陽和は目を見開いて呆気に取られる。

彼女の言葉はまさしく本心からのもの。宗教や、国のこと、あらゆるしがらみを取り払ったレイカ・フォーレイアの嘘偽りない本心だった。それに陽和は瞠目した。

やがて数秒経ったのち、陽和は一つ息をつくと彼女の肩へ優しく置く。

 

「……分かった。お前の願いを聞き入れよう。必ずお前に顔を見せに行く。だから、お前の好きにするといい。ここの事はお前に任せる」

「っ…仰せのままに」

「なら、もうそろそろ戻って備えておいてくれ。俺も準備しなくちゃいけないからな」

「かしこまりました」

 

そう言って陽和に一礼すると、トレーを押し部屋を出る。そして、部屋を出て扉を閉めようとした直前、ふと中から声が聞こえてきた。

 

 

「ありがとうな」

 

 

陽和のそんな声が聞こえた気がした。レイカは一瞬動きを止めて、笑みを浮かべると、

 

 

「いいえ」

 

 

そう言って、今度こそ扉を閉じる。

 

 

この後レイカは、彼とはしばらく会えなくなる。

それがどれだけ長くなるかはわからない。

もしかしたら、数ヶ月で済むかもしれない。だが長ければ何年も会えなくなるかもしれない。

だが、それでも構わない。

もう伝えたい事は既に伝えた。後は彼の無事を願うだけ。着いていくことは叶わず、ここに残されようとも自分にもやるべきことはある。だから、それをこなそう。

 

 

 

彼のこの世界での居場所を守るために。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「…………」

 

 

夕食と風呂を済ませた陽和は雫の部屋の前にいた。正確には立ち尽くしていた。

雫の部屋の前に来たのは、雫に用があるからだ。そしてその用は、勿論邪竜のことだ。

メルドとレイカに諭されて雫にも伝えると決めた陽和は直接伝えるべきだと思って来たのだが、この時になって陽和は再び思い悩んでいたのだ。

本当に直接伝えるべきなのか、手紙に残した方が彼女のためになるんじゃないかと、逡巡していた。

 

(どうすればいいんだろうな……)

 

伝えることは決めたが、直接話して伝えるか、手紙にして間接的に伝えるか。どちらを選ぶべきか分からなかった。

どちらの選択が彼女をより悲しませないで済むのかを、ずっと考えていた。どうせ悲しませてしまうのならば、より悲しみが少ない方がマシだと思うのは当然だ。

事情を知らない者が見れば、女子の部屋の前で突っ立っている風に見えるが、当の陽和からすればとても重要なことなのだ。

大切だからこそ、色々と思い悩むが、レイカに言われたことを思い出して決めた。

 

(やっぱり、雫にはちゃんと伝えよう)

 

そうして、意を決して扉をノックしようと腕を上げた時だ。不意に陽和に声がかかった。

 

「陽和?」

「……雫」

 

そちらを向かなくても、その声が雫の物なのは明白。そして視線を声のした方に向ければ、やはりそこには雫がいた。寝巻きであろうラフな格好をしていて、首にはタオルをかけてストレートに下ろした長い黒髪を拭いていた。

体からは湯気が立っていて、肌も若干赤く上気していたことから風呂上がりだと気づく。雫は可愛らしく首を傾げて陽和に尋ねた。

 

「こんな時間にどうしたの?」

「お前に話したいことがあってな……少し時間をもらえるか?」

「ええ、いいわよ。ちょうど私も貴方に聞きたいことがあったの」

「聞きたいこと?」

「ええ」

 

そう言って、雫は陽和の脇を通ってドアを開けて「入って」と陽和に促す。陽和はまさか赤竜帝の事がバレたのかと思いながら中へと入る。

基本的な内装は陽和の部屋と変わらない部屋で、雫はベッドに座って自分の隣をポンポンと叩く。隣に座れと言うことだろう。

そして、陽和は雫の隣に座ると、自分から口を開いた。

 

「そういえば、雫の聞きたいことってなんだ?」

「ええ、単刀直入に聞くけど陽和、何か抱え込んでない?」

「ッッ」

 

陽和は目を見開いて、息を呑んだ。

雫はそう言ったことに鋭い、人よりも多くのことに気づいてしまう。今まで陽和は隠し通せてはいたが、ついに何か隠してることを気づかれてしまったようだ。

雫は陽和の反応を見逃さず、更に続ける。

 

「何か抱えているのなら私にも話して?力になれるかは分からないけど、出来る限りのことはするから。勿論、話しにくいことなら話さなくてもいいわ」

 

隠し事があるのは気づいているが、無理強いしない態度に、陽和は相変わらずだなと思いながら、しばらく間が空いた後に、神妙な面持ちを雫に向ける。

 

「本当、よく気づくな、お前は。確かに俺は隠してることがある。そしてお前の部屋に来たのもその件を話そうと思ったからだ。

雫、今から話すことはお前を悲しませるかもしれない。だから、最初は隠し通そうと思っていた。けど、お前には前もって伝えるべきだと思ったんだ。……どうか、黙って聞いてほしい」

「………」

 

雫は陽和が只ならぬ様子に驚いたが、雫は陽和の話そうとしていることがとても大事なことだと感じ、無言で陽和に続きを促した。

陽和もそれを感じたり、視線を落とし両膝の間で握られている両手を見ながら、静かに口を開いた。

 

 

「雫、俺は——————」

 

 

陽和は訥々と話し始めた。

自分の天職がこの世界で邪竜と恐れられている赤竜帝と関わりがあるかもしれないことを。

そのせいで教会から異端者認定されて、神敵となって国を追われ命を狙われるだろうことを。

メルドにそれを伝えられて今夜中に王都から逃げて姿を眩ませることを。

既に逃げる手筈を整えつつあること。

一人でオルクス大迷宮に潜ってハジメを探すことを。

雫には謝罪とお別れを伝えに来たことを。

自分が隠していた全てを時間をかけて話した。

 

終始、雫は無言だったが、話を聞いていくうちに信じられない話を聞いているように目を見開き、哀しげな反応を見せた。今は顔を俯かせてしまい、前髪で隠れてしまっていて表情がわからない。

陽和はそんな彼女の様子に胸が張り裂けるような思いだったが、それでも自分で選んだんだろと己に叱咤し話し続けた。

 

「……これが話したかった事だ。理解しろとは言わないが、それでもお前には知っていてほしか「……でよ」…雫?」

 

無言だった雫の呟きに思わず陽和は雫へと振り向く。雫はわなわなと肩を震わせて、ガバッと勢いよく顔を上げると、キスができるほどに顔を近づける。だからこそよく見えた。彼女の瞳からは大粒の涙がとめどなく溢れている事に。

雫は陽和の胸元に縋りつきながら怒りのままに泣き叫んだ。

 

「何で、貴方ばっかりそんな目に合わないといけないのよっ‼︎どうして貴方みたいな優しい人ばかり苦しまないといけないのよっ‼︎何で、貴方ばっかり一人で背負わなくちゃいけないのよっ‼︎」

「………」

「なんで……なんで……なんでよぉ」

 

雫はそうか細い声で何度も呟きながら、陽和の胸板を虚しく叩いた。振るわれる拳には全く力が入っておらず痛くも痒くもなかったのだが、今の陽和にはそれがとても痛く響いた。

今の彼女になんて言葉をかけていいのか分からない陽和は、悲痛な表情を浮かべたままただただ静かに叩かれるままだった。

淡い月明かりだけが部屋を照らす中、しばらく雫の嗚咽だけが響いた。

それからしばらくし、雫が顔を俯かせたままぽつりと呟く。

 

「……もう、どうしようもできないの?」

「ああ、できない。他の方法があるかもしれないが、もう考える時間もないんだ」

「……どうして貴方なのよ」

「さぁな。俺にも分からないよ」

 

陽和は困ったように苦笑を浮かべてそう答えた。雫は顔を上げて、目の端に涙を浮かべながら陽和を見つめる。

 

「でも、どうして私に話したの?そのまま黙って去ることもできたでしょ?」

「……最初は隠し通すつもりだった。お前のことが大切だから、話して悲しませたくなかったんだ。けど、レイカにそのやり方のほうがお前を傷つけると言われて気付かされた。

だから、去る前に直接話そうと思ったんだ」

「そう、なのね」

「お前は怒るか?俺が隠していたことを」

 

雫は陽和の問いに首をふるふると横に振る。

 

「怒るわけないわ。ショックなのは確かだけど、こんな話打ち明けるのも相当勇気が必要なはずだもの。私だったらきっと打ち明けることすらできなかったと思うわ。…でも、貴方は打ち明けてくれた。それだけで、十分よ」

「雫……」

 

雫の言葉に陽和は驚いたような表情を浮かべる。そんな彼の左手に、雫は右手をそっと重ねると目の端に涙を浮かべながら、微笑み言葉を紡いだ。

 

「私ね、貴方の力になりたいと思ってるの。いつも私が貴方に甘えているみたいに、もっと私を頼ってほしいわ。ずっと貴方には助けられてばかりだから、少しでも恩返ししたい。貴方が思うように、私も貴方のことが大切だから」

 

それにね、と雫は一拍置いてはっきりと言った。

 

「たとえ本当に貴方が邪竜になってしまっても、私は絶対に貴方を嫌ったりしないわ」

「………」

 

雫の言葉に陽和は呆気にとられる。

てっきり怒られると思っていたからだ。どうして今まで話してくれなかったのだと、どうして自分を頼ってくれなかったのかと、そう彼女に泣きながら怒られると思った。だが、現実は違った。泣かせはしてしまったが、怒るどころか、嫌わないとまで言ってくれた。

それが今の陽和にとってどれほどの救いになったことか。

 

「……あぁ、ありがとう」

 

陽和は笑みを浮かべて礼を言う。同時に、陽和は一つ覚悟を決めた。だめかもしれないと言う不安と緊張があるが、それでもここから去る前に彼女にどうしても伝えたいことがあった。

 

「……なぁ、雫。もう一つ伝えたいことがあるんだが、いいか?」

「ええ、なに?」

 

雫の了承をもらった陽和は一度深呼吸をすると、雫へと改めて向き直りしっかりと見据えると、はっきりと告げた。

 

 

「——————雫、俺は、お前のことが好きだ」

 

 

「え……?」

 

いつになく真剣な表情で告げられた突然の告白に雫は理解が追いつかずにそんな声を漏らす。やがて理解が追いついた瞬間、彼女は顔を赤くした。

 

「え、あ、あの、そ、それって……」

「ずっと前からお前のことが好きだった。友達としてじゃなく、ひとりの女の子として」

「あぅ…うぅ……」

 

雫はさっきよりも更に頬を紅潮させて、混乱していた。まぁ、あんな話をされた後にいきなり告白されたのだ。混乱するのも無理はなかった。

 

「無理に返事はしなくていいよ。ただ、知っておいてほしかっただけだから」

 

陽和としても返事は求めておらず、ただ伝えたかっただけだったため、そのまま立ち上がり自分の部屋へと戻ろうとする。

しかし、それを他ならぬ雫が止めた。

 

「ま、待ってっ」

「雫?」

 

彼女は慌てて立ち上がりかけた陽和に手を伸ばして腕の裾を弱々しく掴む。彼女は月明かりでも分かるぐらいに顔を赤くさせ、潤んだ瞳で陽和を見上げていた。

雫は何かを言いかけて、口を閉ざす。そんなことを数度続けた後、ついに絞り出すようにか細い声で言った。

 

「わ、私も陽和の事が好き。……ずっと前から、貴方のことが、好きなの」

「ッッ」

 

陽和は驚きに目を見開き、改めて雫の横に座り直すと震える声で彼女に問う。

 

「………雫、本当に、俺でいいのか?」

 

その問いに、雫は潤んだ瞳を伏せて、恥ずかしさで耳まで真っ赤にしながらも、小さく、本当に小さく———だが、確かに『コクン』と頷いたのだ。

 

「……うん、貴方が、いいの。私はずっと貴方が好きだったから。貴方以上の人なんて考えられないわ」

「……そうか、ありがとう」

 

そう言って、陽和は雫の頬に手を伸ばす。雫はピクッと一瞬震えたものの、手を振り払いはせずに、すっと瞼を閉じて陽和に身を任せた。

陽和は何かを期待して待っている彼女の顔に自分の顔を近づけて————静かに自分の唇を重ねた。

 

「んっ……」

 

ただ触れるだけのキスはほんの数秒で終わり二人の唇は離れる。雫は小さく声を上げると、キスの余韻に浸っていた。

 

「……これが、キスなのね。なんというか、凄いわね……こういうの、幸せって言うのかしら……」

 

頬を上気し自分の唇に触れながら譫言のようにぽつぽつと呟く雫に、陽和はたまらず赤面し、口元を手で覆いながら言う。

 

「……雫、気持ちはわかるが、あまり口にはしないでくれ……聞いてるこっちが恥ずかしい…」

「えっ⁉︎あっ、そのっ、こ、これは違くてっ……いや、幸せだと思ったのは本当だけど…って、何言ってんのよ、私っ!」

 

陽和の指摘に火山の噴火みたく一気に顔を真っ赤にした雫は両手と首を必死に振って弁明しているが、混乱しているからか余計なことまで言ってしまいセルフツッコミをかます雫。そうワタワタと慌てる雫を見て陽和は破顔して笑った。

 

「ぷっ、あははははははっ‼︎」

「っもうっ、笑わないでよっ!」

 

雫は頬を膨らませて、そんな抗議の声を上げて陽和の肩を叩く。陽和は雫に叩かれながらも、彼女の頭に手を伸ばして優しく撫でる。

 

「悪い悪い。お前が可愛くてついな」

「か、可愛いって……それを言うのは、ずるいわよ」

 

雫は陽和の言葉に更に赤面して頬を膨らませたまま、顔を俯かせる。昔からだが、今のように陽和はいつもどこか大人の余裕みたいなものがある。たまに本当に同い年なのかと疑うほどに大人びていることがあるのだ。

陽和は顔を俯かせた雫を見て一度小さく息をつくと、彼女の右手に自分の左手を乗せて指を絡ませながらはっきりと言った。

 

「雫、約束する。俺は今よりもっと強くなって必ず生きてお前にもう一度会いにいく」

 

陽和の宣言に雫は顔を上げて陽和の赤黒い瞳をまっすぐ見た後、惚れ惚れするような微笑を浮かべ答えた。

 

「ええ、約束よ。絶対に生きて私に会いに来て。その時まで私ももっと強くなるから」

「ああ、約束だ」

 

陽和もまた雫の赤紫色の瞳をまっすぐ見てしっかりと頷く。陽和が望んだことを、雫もまた心から望んでいた。

誰よりも愛しているから。

誰よりも大切に想うから。

だからこそ相手の無事を願い、別の道を進むとしても、いつかその道が交わることを信じて、いつかの再会を誓い合った。

そして二人はどちらからともなく、惹かれ合うようにお互いの背中に手を回して、抱擁する。

お互いの熱をより強く感じる為に、その温もりを魂に焼き付けようと二人はお互いに抱きしめる力を強くする。

しばらく無言の抱擁が続いた後、雫がぽつりと呟いた。

 

「ねぇ、陽和。一つ我儘を言ってもいいかしら」

「……何だ?」

 

告げられた言葉に、陽和は少し離れて彼女の顔を覗く。雫は目の端に涙を堪えながらも、微笑を浮かべて言った。

 

「これから、貴方が暫くいなくなるから私には寄りかかれる相手がいなくなっちゃうのよね」

「…白崎やニアさんもいるだろ?」

「確かにそうだけどね、そう言うのとは違うのよ。私にとって心の底から甘えられて、頼れる人は貴方だけだから、やっぱり貴方がいなくなった後のことを考えると不安だわ。それに、恋人と離れ離れになっちゃうのは寂しいものよ」

 

だから、と雫は潤んだ瞳でさっきよりも更に顔を赤くさせて色気さえ感じさせるような気配を放ちながら、真剣な眼差しではっきりと言った。

 

「お願い。私に貴方の熱を刻んで。貴方がいなくても頑張れる強さをちょうだい」

「ッッ‼︎」

 

雫の真意を自ずと理解してしまった陽和の心に火がつき、雫を自分の元へと引き寄せてそのままベッドに押し倒してしまう。

雫は特に抵抗する事もなく、されるがままでベッドに横たわる。ただ真っ赤な顔で陽和をじっと見上げている。雫の瞳に映る陽和の顔もまた彼女と同じぐらいに真っ赤だった。

彼女の頭の両脇に手をついた陽和は、胸からせりあがる気持ちのまま、言葉を紡いだ。

 

「いいんだな?」

「………はい」

 

雫はただ一言そう答えた。

雫の想いが込められた短い了承の言葉に、陽和はもうそれ以上は問うことはしなかった。

 

「……できるだけ、優しくする」

「……ええ、お願い」

 

陽和は雫の顔へと自身の顔を近づけていき、彼女の唇に自分の唇を重ねる。

先程と同じようにただ数秒重ね、互いの湿り気を交換する程度のキスだ。数秒経ち、唇を離した後陽和は微笑みながら言う。

 

 

「雫、愛してる」

「私も、愛してるわ。陽和」

 

 

そうして、もう一度二人は唇を重ねて青い月明かりの下、今度こそ二人の影が静かに一つに溶け合った。

 

 




雫に告白して付き合うどころか、一気にその先まで行ってしまったが、今まで10年近く両片想いが続いてたし、この流れでもいいかなって思いました。

私は後悔していませんよ。ですので、どうか暖かく見守ってください。

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