ポーカーハートの妖怪とポーカーフェイスの面霊気   作:MYON妖夢

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第二話 賢者の思惑

 彼女は、彼女が妖怪としての形を取った時から知っていた。

 妖怪としての力は精々が中級妖怪の中でも下位程度。腕力が特別強いわけでもなければ、頭脳に秀でているわけでもない。生まれながらにして武術を扱えたわけでもなければ妖術の知識も特になかった。

 

 ならば何故、彼女は今日まで生き延びてくることが出来たのか。それは彼女の『あらゆるものを固定する程度の能力』に因るものと言う他ないだろう。

 金縛りという、日の本の国全土という広い範囲で知られる現象そのものが妖怪となるという、比較的珍しいケースで生まれた彼女らしい能力と言える。しかしその実態は、睡眠麻痺とも呼ばれる金縛りの症状なんて生易しいもので収まる能力ではない。

 

 相手を一瞥するだけで格下ならばその一切の動きを封じ、武器を持っている相手ならばその持ち手の肘や手首の関節を固定してしまえば武器を振るうことは適わない。そして動きを制限した相手を、妖力による身体強化に加え、妖力を"纏う"だけではなく"固定"した拳や蹴りで粉砕するのだ。

 妖力は纏うだけでも充分な強度をその部位に与えるが、ならばその上で完全に固めてしまえば? 答えは彼女自身の攻撃力が示している。

 打撃が通りにくい相手には、妖力で造り出した薙刀や刀を振るって対処する柔軟性もある。

 

 ならば防御力はどうかといえば、一撃で肉が裂け、骨がひしゃげるような攻撃を受けようと、それを受け止める腕を現在の状態で固定してしまえば、能力を上回る攻撃ではない限りその腕は折れることは無い。先に語った妖力固定も防御力の向上に一役買っている。

 

 強力な能力だ。しかも彼女は金縛りという現象そのものである。人間が金縛りを少しでも幽霊や妖怪の仕業だと恐れる心がある限り彼女の力が弱まることは無い。彼女自身も人間に金縛りを行うことでそれを維持している。無自覚らしいけれど。

 とはいえ格上相手は一度の能力では止めきれないらしく、能力の連続行使で無理矢理作った隙を突くか、その隙に逃げるなどしているようだ。能力に頼ってしまうのはまだ生まれてから日が浅い妖怪の特徴の一つと言えるが……。

 

「彼女の力。欲しいわね」

 

 間違いなく使える能力だ。幻想郷の維持のために欲しい。だからこそ、彼女の精神性を見定めるために百年に近い時間を使った。

 話が通じる妖怪とは話題を交換し合い、時には好ましいと判断され、他の妖怪と共に暮らしていた時期もあった。生まれて日も浅い妖怪であるためか、騙されることも少なからずあったが、彼女はあまり気にしていないようだった。むしろ妖怪としての幼さが垣間見えて微笑ましい一面と言える。

 

 逆に明らかに敵と判断した妖怪に対しては一切の容赦がない。能力や自己流の薙刀術と刀術を揮って始末する。普段のちょっと抜けた様子からは想像が出来ない戦い方だが、妖怪の二面性なんて今更のことだろう。

 

 普段は人間の中に紛れ、人間と同じ暮らしをする。人間からの評判も悪くない。むしろ優れた容姿からか好感的と言える。

 そして人間を襲うことは私が見てきた中で、終ぞ一度もなかった。金縛りと人間と同じ食事で充分らしく、人を喰うこと自体に意味を見出していないようだ。人間を驚かすことで空腹を満たすタイプの妖怪に近いらしい。

 

 これなら大丈夫だろう。彼女がいることで幻想郷に問題が起こることはまずありえない。ここで私が勧誘しなくても、いずれ金縛りが科学的に解明され、幻想となって幻想郷に流れ着く未来は不変だろうけれど、博麗大結界の強化は急務だ。早ければ早いだけいい。何より、外の世界の幻想が薄れることで彼女の力が弱まる前にしなければ。

 

 少し驚かしてみよう。と目の前に『境界を操る程度の能力』による移動用スキマを開いて見せた。

 

「こんにちは。名も無い妖怪さん」

 

 肩を超えるくらいの長さで、先端付近が緩やかに波打つ銀の髪。眠そうに見える紫の眼。身長は私と同じかやや低いだろうか。細めの儚げな肢体に黒の着物がよく似合っている。

 どこかぼんやりとした雰囲気はそのままに、目の前に現れた私をその瞳に捉える。

 

「こんにちは。名も知らない妖怪さん」

 

 しかし彼女は一切の感情を表情に出さずに、すぐに受け応える。そしてむしろ驚かされたのはこちらとなった。

 

 彼女の感情の境界がほんの僅かにしか揺れ動かないことに気が付いたのだ。

 私が感じ取ることが出来る感情とは、感情間の境界の動きを読み取ることによる変化だ。感情を持つ生き物ならば全てが私に感情の境界を曝け出す。それは当然彼女も例外ではない。

 その境界が動かない。より正確に言うのならば、動こうとしたその瞬間に彼女自身の能力によってせき止められている。それ故に僅かに動く程度で留まる。能力の一部が無意識に作用しているということは、彼女が能力を使いこなせていない可能性が高い。

 

 幻想郷への勧誘は思っていたより簡単に承認された。結界に組み込むために不足していた力は名を与えて増幅させた。現状で能力を使いこなせていないと仮定した場合、その力を増幅させることに不安がないわけではなかったが、暴走の兆候は見られない。自我も保っている。感情はそのままみたいだけれど。

 与えた名は彼女の能力のイメージを固めやすくする意味も込めている。これで彼女の能力の制御の補助になればいいとも思っている。幻想郷のためでもあるが、自分自身で名を与えたいと思った相手にはある程度幸せになって欲しいという思いもある。妖怪の賢者と呼ばれ、胡散臭いと人妖問わず避けられることが多い私とて、それくらいの人情は持ち合わせている。

 

 幻想郷に移動してから、前もって話を付けていた今代の博麗の巫女に軽い紹介を行う。今代は妖怪についての嫌悪感などがあるわけではなく、人間だろうと妖怪だろうと罪を犯せば罰するという性質だ。無縫への偏見はないに等しかった。

 

 その後すぐに彼女の能力によって博麗大結界を強化する。少々懸念していた、大結界の性質が別の形で固定されるという事態は起こらなかった。彼女の能力はあくまでそれそのものを『固定』するものらしい。

 これで大結界の性質が外部的要因で変質させられることは大きく減り、破壊されるなんてことは私や私の式たる九尾の妖狐の藍が見ている限りはないだろう。ちょっとした乱れくらいはあるだろうが、彼女の力を借りなかった場合より遥かに少ないだろう。充分許容範囲だ。

 

「ありがとうございました。無縫。これで幻想郷はより安全なものとなりました。貴女も幻想郷の一員。これからは好きに生きてください」

 

「ええ。そうさせてもらう。八雲紫。貴女も元気で」

 

 貼り付けたような……いや、実際に人間の真似をしているだけだろう美しい微笑を顔に浮かべ、鈴を転がすような声で彼女はそう言う。

 感情が殆ど動かない彼女に、本来表情なんてものはない。彼女なりに学ぼうとしているのかもしれない。

 

「紫、でいいわ。ええ。貴女も元気でいると私は嬉しいわ」

 

 彼女にはまだ、嬉しいという気持ちがどういうものかわからないかもしれないけれど。少しでも伝わるといいという思いを込めて。

 

「……では、紫。またね」

 

 そう言い残して飛んでいく。どうやら幻想郷の各地を見て回っているようだ。

 感情が殆ど動かないというのに、"興味"というものはあるらしい。あるいは"期待"か。

 

 人間に身近な現象が妖怪となったことで、人間に近い性質で生まれた彼女はパズルの足りないピースを埋める様に、どこか感情というものを欲しているように思える。

 恐らくは表情を作っているのも、感情を学ぶ一環のようなもの。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということを実践しているに過ぎない。

 妖怪らしくて人間らしい。面白い子だ。

 

 そんな彼女は幻想郷を見て回った最後に、面霊気の少女を訪ねたようだ。

 面霊気の感情()が乱れれば、人々の感情もまた乱れる。これは少しだけ危惧すべき点だ。

 しかし無表情の面霊気と無感情の妖怪。お互いに対していい影響が出る可能性もまた否定はできない。

 

 私はあの子の名付け親。親らしくしばらくは見守ってみるのも悪くない。

 

 願わくば、彼女がこの幻想郷で望むモノが手に入ればいいと、妖怪が本来持つはずのない心ばかりの(繕った)親心で思うのだ。




お久し振りです。一ヶ月の過ぎる速さにちょっと頭を抱えました。
本当はもっと早く書き上げたかったんですが。まぁタグにある通りの気まぐれ投稿ということでここはひとつ。

今回は紫視点。無縫の見た目情報を提示したかったというのが大きな理由になります。本文中で語られたようなそんな子です。概ね私の趣味です。

次回からは三人称で書くか一人称で各課で少し悩んでいます。また投稿期間が開くかもしれませんが、気長にお待ちいただけると幸いです。

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