楽勝だ。
ヒーローの卵、それも雄英高校のガキを殺せる、そう聞いて黒い霧の男に協力した。
俺は殺しの数こそ少ないが大概の悪事は働いてきた。ただ殺さなかっただけで半殺しとなると両の指では数え切れないほどだろう。
それでも相手はあの雄英高校の生徒、1年とはいえどんな個性を持ってるかも分からないので警戒はしていた。
そんな中現れたのはたった2人、しかもこの間まで中学生だったホンモノのガキだ。
さらに幸運は続き、片割れのガキなんて既にガタガタ震えて蹲っている。
「なんだよ、ホントにガキじゃねぇか」
「あの年のガキを殺せるのか!いいねぇ嬲り殺そう」
周りの奴らも騒めき立っている、俺だってそうだ。あいつらはさぞ幸せに生きてきたんだろう。強い個性でチヤホヤされ、親の愛に恵まれ、何一つ不自由ない暮らしをして雄英高校に入ったはずだ。そうじゃなきゃこんなエリートにはなれない。そんな奴らが将来俺らをボコボコにしてヒーローと囃し立てられる。偉そうに説教して、正義を振り翳して暴力を振るう。
気に入らない、殺したい、こいつらが憎い。
そんな気持ちがふつふつと湧き上がってきた時、たった1人で戦っていた女が綺麗事を叫ぶ。
友達だから救う?やはりエリートのボンボンは馬鹿だ。苦しい生活を知らないからそんな綺麗事を言える、周りの嘲る声の中、憎しみが募るのを感じる。
だからこそ、その友達とやらに岩石を飛ばす。他の奴らの個性で手一杯の女に守ってみろよとばかりに。
鈍い音が響く。頭から大量の血を流し、その女が地面に打ち付けられた。
「ナイスショット!そろそろウザかったしな!」
俺は周りの奴らからの称賛を浴びながらも唖然としていた。
あの女怖くないのか?頭だぞ、下手したら死ぬんだぞ。エリートってのは軟弱で保身的でもっとこう……
その時ふと思い出す。
(そういえば…こいつら本気でヒーローになりたいんだよな)
昔聞いたことがある、偉業を成し遂げるヒーローは皆『考えるより先に体が動いていた』と言うと。その時は鼻で笑っていたし、話した奴も馬鹿にしていた。今のも所詮友達1人を岩石から守っただけ。この後2人とも殺されるの運命は変わらない。だが、もしかしてそれって…
1人の敵がそう気づいた時には何もかもが手遅れだった。
頭上にひたひたと生暖かいものが降り注ぐ、それは頬を伝って汗と共に地面に吸い込まれていった。
その感触が美亜を深い闇の底から引っ張り上げ、意識が覚醒する。
徐々に眼が開き、ぼんやりと茶色い地面が見える。私の汗だろうか、大量の水分と涙で既に黒く変色している。
俯いたまま目線だけで横を見ると芦戸が頭から血を流し倒れ、傍に岩石が転がっている。
そして周りを取り囲む奴らの煩いほどの罵声と嘲笑が彼女に向けられている。
ここまでくれば流石に分かる。自分は正気を失ってここに連れてこられ、大量のヴィランに殺されそうになっていたのだろう。それを芦戸が身を挺して守った、降り注いだ彼女の血がまた頬を伝う。
ふつふつと黒い何かが体の中から湧き上がる。際限なく湧き上がるそれは美亜の思考を、全身を塗りつぶそうとする。頭の中でガンガンと声が響く、煩いぐらいに響き渡る声で頭が割れそうだ。
(殺せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ)
まずい、これはまずい、これは…殺意だ
幽鬼のようにゆらりと立ち上がり、発した声はやけによく響く。爛々と煌く眼は怒りを燃料として燃え盛るように、さらに紅く紅く染まる。
誰かが気圧されゴクリと喉を鳴らしたが、それが自分なのか他人なのかそれすらも分からない。それ程に濃厚な殺意の奔流、それが先程まで怯え切っていた1人の少女から発されている。
「殺す、殺す、殺す…許しを乞い、己が生を恨み、そして死に恐怖しろ…鏖殺だ…!」
突如美亜の両腕が肘上から千切れ飛ぶ、ドボドボとあり得ない量の血液が吹き出し一瞬のうちに地面を紅く染めていく。その光景を生み出した美亜の顔は無、能面の様に張り付いた無表情に、紅い眼だけが燃え上がる。
明らかに常人とは一線を画した狂気と濃厚な血の匂いに敵達は怯え、不気味さを感じて後ずさる。際限なく流れ続ける血液が芦戸を避けながら血溜まりを大きく、深くする。
「なっなっなんだよこいつ、ただの生徒だろ!!」
「ガキしかいないって!あいつらそう言ってたじゃねぇか、こんな化け物聞いてねぇぞ!!!」
「落ち着け!ただの恐怖でイカれた生徒だ、ガキなんぞこの人数に敵うはずがねぇ、すぐに殺すぞ」
ひとまわり身体の大きい、筋骨隆々な敵が一喝すると怯えた空気が少しだけ和らぐ。この敵は有名な連続殺人犯、被害者を捻り殺す事で有名だ。その狂気的な殺害方法と反対に思考は冷静で強靭な肉体を併せ持っている為、土砂ゾーンのリーダー的存在となっている。
そんな巨漢の声に勢いを取り戻し、皆が殺そうと一歩踏み出した。その時、美亜と芦戸を中心に広がっていた血溜まりの中から無数の触手が生える。その先端はどれも一様に鋭く尖り殺意を持って敵達の方へと鎌首を擡げる。美亜の両腕からは既に血が止まり、両腕が無くなってもなお無表情でゆらりと立つ姿はまさに化け物の様だ。
「ひっ!ヤバすぎるよこいつ!化け物だ化け物!」
「騒ぐな、喚くな、囀るな、今殺す」
濃厚な殺意に目眩を覚える。少しでも気を緩めれば意識を黒く塗りつぶされ、気を失ってしまう。そう確信できるほどに脳が警鐘を鳴らしている。
まるで躊躇や罪悪感を感じさせない声色で告げた美亜は右肩をゆっくりと上げる。振り下ろせばここにいるヴィラン全てが串刺しにされ死に絶えるだろう、だが美亜は躊躇しない。既に思考はこいつらを殺せと決定し、実行する事に何も迷いはない。
「死ね」
その腕が振り下ろされようとした時、誰かが美亜の足首を掴んだ。
「だめ…だめだよ美亜ちゃん……殺しちゃだめ…」
顔だけがゆっくりと下がり、足首を握った人物、芦戸に向けられる。
「何故だ?こいつらはお前にも危害を加えた犯罪者だ、今ここで殺すべきだ」
「殺したら…美亜ちゃんが…美亜ちゃんで無くなってしまう様な気がするから…」
美亜の怒りに染まった眼を正面から見据え語りかけた。しばらく時が止まったかの様な静寂が包む、その間も芦戸は決して目を離さなかった。
目を逸らしたが最後、その右手が振り下ろされてしまう、そんな気がしたから。
永遠とも思われるような張り詰めた時が流れ、その目に哀れみでなく悲しみを見た美亜は呆れた様に顔を顰めると大きく溜息を吐いた。徐々に眼が普段の綺麗な紅色に戻り、触手の先端が棍棒の様に丸まっていく。殺意で張り詰めていた空気が霧散していくのが分かる。
「はぁ、鏖殺と言った手前格好がつかんな」
そう言ってもはや視界にも入れずに無雑作に腕を振り下ろす。触手が暴れ回り敵の頭を、体を殴り飛ばし昏倒させていく。逃げようとする者、果敢に向かってくる者、皆等しく宙を舞った。リーダー格の筋骨隆々な敵も、大量の触手に殴られ抵抗虚しくあえなく昏倒した。
全ての敵を昏倒させた美亜の腕に辺り一面に広がった血液が吸い込まれていく。未だ多くの血は残るものの失った両腕を形成した。まるで血液が凝固したかの様な赤黒い腕、所々に血管のような紅い線が流れている。
その後仰向けに倒れる芦戸の横にそっと座り込み、何かを躊躇したのち、少しだけ持ち上げていた血の腕を力なく下ろして話しかけた。
「芦戸、すまなかった…私のせいでこんなに傷ついて、本当にすまない」
「大丈夫、大丈夫だよ。今だって私の為に怒ってくれたんでしょ?だから…助けてくれてありがとう」
そう言って芦戸は満面の笑みを向け手を握った。美亜は目を見開き手を引いて振り払おうとしたが、手を胸の前まで持ち上げられる。「この手も怖くないよ」そう言われた美亜は少し唖然とすると、眩しそうに目を細めて初めて見る自然な微笑みを浮かべた。
そんな微笑みも直ぐにいつもの無表情に戻った。美亜は突然後ろを振り向くと背後の山を降りてきた3人に振り向いて話しかけた。
「八百万、耳郎、芦戸を頼む。恐らく誰かが出口まで行って助けを呼ぶよりはここで隠れた方が安全だ」
「えぇ、お二人も無事だったのですね……これは…血??」
「えっなに、これ敵死んでないよね?」
そう言って恐る恐る近づいてくる2人、上鳴は1人遠くの方でアホみたいな顔でウェーイと言っている。
上鳴は『帯電』という個性で体から雷を放電することができる。しかし放電しすぎると脳がショートし、とんでもなくアホになり「ウェーイ」しか言えなってしまう。上鳴の全力の放電によってなんとか山岳ゾーンでの戦闘を終えた3人は他の生徒と合流すべく最も近い土砂ゾーンへと探しにきた。そこで血液が残る地面、倒れた芦戸と横に座る美亜、そして周りに倒れる大量の敵を見つけた。
2人に芦戸を任せた美亜は血溜まりを操作して移動の準備を始める。まだやらなければならないことがある、そう考えていた。
「どこにいくんですの!?ここで助けを待ちましょう」
「轟も言っていた、あいつらはアホじゃないと。オールマイトを殺せる算段、そしてそれを確実に遂行できる戦力もあるってことだ。敵の中でも後ろで見ていた手の男、そして横に立ってた不気味な筋骨隆々の化け物。あいつらの可能性がある、とてもじゃないが相澤先生一人では対処できない」
そう言い残し、止める声を無視して血流を操作し広場へ滑走する。残された3人は唖然としてその背中を見送った。そんな中芦田は気づいていた、まだその眼の奥に怒りと殺意が宿っていることに。
読んでいただきありがとうございます。3000UAを突破してとても嬉しいです。
美亜の個性は多数を相手取って真価を発揮します。本来なら敵全員串刺しになる所でした(R18)
タイマンが弱いわけではありませんが、近づかれると素の身体能力が低い為かなりの確率で殺られます。