たった1人、鉄檻の中に居る。
そこは重厚な鉄の扉で閉ざされた地下室。窓は一切なく、辛うじてわずかな電球の明かりが照らす。床と壁は無機質な灰色のコンクリートが剥き出しで家具などは一つもない。あるものはこの自分を閉じ込めている鉄檻だけだ。
鉄檻が冷たくて思わず膝を抱き寄せる。身には薄絹一つまとっておらず、檻に触れた肌が凍りそうだ。当然暖房などあるはずもなく、冬の地下室は冷え切っている。
どれぐらいそうしていただろうか、10分の様にも1時間の様にもそれ以上とも感じる時間が過ぎ去った。地下室の鍵が無機質な音とともに解錠される。ビクッと体を震わせて入り口から離れようと檻の奥へと這って逃げる。健の切れた両足はまともに動かない。
ドアを開けて入ってきたのは醜悪な化け物、全身が真紅に染まり、ニタニタと笑うその口からは涎が垂れ落ちている。腕は力なく垂れ下がり、猫背でダラダラ揺らしながら近寄ってくる。真っ黒の眼は爛々と煌き喜色が感じ取れる。そして手に握られているのは先端が熱されて赤くなった鉄の焼鏝、先からは外気との差で煙が上がっている。
化け物が檻の中へと入ってくる、必死になって檻の奥へと逃げようとするも狭い檻では限界がある。ハッハッと自分の息が恐怖で荒くなるのが分かる。
『寒いのかい?いま温めてあげよう』
この世のものとは思えない不気味な声で語りかけてきた化け物、その手が足首を掴む。引きずられ、仰向けにさせられる。馬乗りになった化け物の涎が顔に垂れる。下から見上げた化け物は笑みをさらに深くした。そして手に持った焼鏝を左胸に近づけると……
「「美亜ちゃん!!!」」
自分の名前が大きな声で呼ばれ跳ねる様に起き上がる。何かが引っ張られる様な感覚がするも今は自身の荒い呼吸を宥めるので精一杯だった。汗が滝の様に流れ、全身がシャワーでも浴びたかのように濡れている。肺は酸素を求め必死に喘いでいる。
「はぁ…はぁ……ここは??」
あたりを見渡すと病院であることがわかる。どうやら自分はベッドに寝かされていたみたいだ。開放感のある窓からは夕日が差し込み、今が夕暮れである事を告げている。
ベッドの脇では芦戸と麗日が今にも泣きそうな目で見つめていた。
「なんだ…?どうした」
「「美亜ちゃーーーーん!!!」」
大きな声でそう叫ぶと2人は号泣して抱きついてくる。
「おい、ここは病院だろう、静かにしろ!
それに私は病人だぞ、安静にさせろ」
そう注意しつつ2人を離そうとすると自分の両腕が無いことに気付く。よく全身を見渡すと包帯でぐるぐる巻きにされていてまるでミイラみたいだ。そんな自分の姿に思わず自嘲気味な笑みが溢れる。
「美亜ちゃんよかった!!本当に心配したんだよ!!」
「もう起きないかと思ったら今度は凄い魘され出して…本当に怖かったんだから!!!」
号泣して抱きついてくる2人を引き剥がすのを諦め、されるがままになりながら冷静に状況を整理する。
(助かったのか…記憶にあるのは脳無に殴り飛ばされて…それで…緑谷?確かあいつが突っ込んできて…だめだ思い出せん、今何日経った、それにあの敵達はどうなった?)
非常に断片的な戦闘の記憶に頭を悩ませる。
しばらくして落ち着いた2人、麗日は美亜が目覚めた事をクラスの皆やリカバリーガールに知らせに向かい、芦戸が残った。どうやらここは雄英高校の保健室らしく、もう少しでリカバリーガールが来るらしい。
少しだけ気まずい時間が流れ静寂に包まれる。芦戸も何かを言いたそうにしている。
「芦戸、無事だったか…よかった」
「馬鹿…私より先に自分の心配をしてよ」
芦戸はどこか攻める様な視線をこちらに投げてくる。それを流して視線を窓の外へ向けて問いかける。
「そうか、ところであの後何があったか教えてくれないか?」
「私も土砂ゾーンに3人といたところをパワーローダー先生とエクトプラズム先生に救出されたから詳しくはわからないんだけど…
美亜ちゃんが相澤先生を助けて、一人で主犯格のヴィランと立ち向かったんでしょ?その後やられているところをオールマイト先生が助けてくれて、飯田くんが呼んでくれた先生たちが制圧したの。
本当に危なかったんだよ!その時の美亜ちゃんもう血だらけだったらしくて…両腕も無くって、死ぬかも知れなかったって……」
話しながらまた涙が溢れてきた芦戸、膝の上で震える拳は今にも血が流れそうな程に強く握られている。だが撫でる手は残っていないので泣き止むまで待った。こんな時美波ならどんな声を掛けるのだろうか。
(見られたか…これは、もう隠しきれないか…)
落ち着いた芦戸は少し攻めるような語気で美亜に聞く。
「美亜ちゃん、腕が無くなって…それに身体中傷だらけなんだよ…何でそんなになるまで無理したの?」
「さぁな、私にも分からない。私にも何処かで引けないところがあったのかも知れないな。それと傷なら大丈夫だ、直ぐ治る。そう言う『個性』なんだ私は…」
「美亜ちゃん…?」
芦戸は意味がわからないと言った表情を浮かべる。当然だ、自分の個性は『操血』と言っているのだから。
「いい機会だ、どうせもう疑われているだろうし芦戸には言っておこう。ただ他の人にも私の口から言う、他言はしないでくれると助かる。
私の個性は『操血』ではない」
突然告げられた衝撃の言葉に固まりながらも芦戸はどこか納得する。敵襲撃から僅か半日、リカバリーガールの治療があったとしても明らかに異常な回復速度だ。
「私の個性は『血』そのもの。血の量を増やし、更に血で覆った自身の体を修復、再生する。だから腕は生えるし傷も残らない」
だから彼女はあの死地に飛び込んで行ったのだ、修復できる美亜なら最大限相澤先生を助ける時間が稼げるから。ボロ切れの様になりながらそれでも皆を守るために。相澤先生を圧倒する程の敵に立ち向かうのはどれだけ怖かった事か。今も変わらず平穏で無表情な美亜の心がどれだけ傷ついているか。
自分の腕を失ったことに悲しみを見せなかった理由も死にさえしなければ再生できるから。でもそれでは解決しない問題がある。
「でも…!痛「はいはい安静にしてるかい?」
芦戸が何かを問いかけようとしてきたその時、ドアが開き、リカバリーガールが到着た。芦戸に何故かPETを渡しながら容態を聞いてくる。適当に大丈夫と相槌を打つと途端に真剣な表情で問い詰められる。
「あんた、本当に大丈夫なのかい?両腕を失ったんだよ、それに恐ろしいほどの怪我だ。今は包帯を巻いていてわからないかも知れないが体は傷だらけだ。今起き上がっているのも信じられない、生きているのが不思議なほどの重症だよ」
「あぁ、私なら何も心配はいらない。治療をしてくれて感謝する、命を救われたよリカバリーガール先生」
「でも奇跡的に内臓に損傷は無かったよ。あれだけの怪我を負っているのに損傷無しってのはおかしいけどね。それと足、グシャグシャに折れてると聞いたんだけど見てみたら全く折れてないんだよ」
「それは何よりだ、運が良かったな」
「運が良かった?それでは済まないよ。何かあるね、理由が」
リカバリーガールの目が鋭く美亜に刺さる。その老体からは信じられないほどの気迫に芦戸は思わず息を飲む。
その目を正面から見据えた美亜の眼は言外にこれ以上詮索するなと述べていた。リカバリーガールは一つため息をつくと、最近の若い子は怖いねぇと言い残して病室を去っていった。
「私にはくれないのか、PET…」
すると今度は入れ替わるように地味顔で長身のスーツを着た男が入ってくる。
「おい…乙女の病室にノックもなしに入ってくるとは失礼だと思わないのか?」
立て続けの来客に不機嫌になった美亜がジトっと睨み、暗に出て行けと不快感を示すもそれを逸らすように自己紹介してくる。
「それは失礼した。私は警察の塚内直正だ、今回は敵について聞きたくて来た、君は直接戦った最大の当事者だからね」
そんな塚内を今度は芦戸が睨む。当然だ、あれだけの怪我を負い、更には魘されていた美亜は恐らく相当な恐怖を感じ、トラウマとなったに違いない。それなのに目覚めた瞬間に聞いてくるのは本来被害者への配慮が足りない。
しかし美亜はさらっと答える。
「ヴィラン…首謀者と見られる手だらけ男とは戦ってないから分からんな。だがあの脳無とか言うやつ、あいつは化け物だ。素でオールマイト並みのパワーとスピードを持ち、恐らく個性は『再生』か何かだ。私がヤツの左半身を消し飛ばしても直ぐに五体満足で殴りかかって来た」
「成る程、協力ありがとう千染さん。また何があったら連絡してくれ、私のアドレスを置いておく」
塚内は驚きをなんとか隠し平静を装う。あり得ない、衰えているとはいえオールマイトが全力で戦ってようやく退けられる程の敵だった。そんな敵の半身を消し飛ばしたという。再生されたとはいうが恐ろしい事だ。それを成した彼女がまだ1年生だという事も相まって異常性が際立つ。
考え込んでしまった塚内は、美亜の眼がじっと此方を見ている事に気がついた。その眼はまるで全てを見通すように不気味に輝く。疑いを悟られない為に逃げるように病室を後にした。
アドレスの書いた紙を机の上に置き去っていく塚内、美亜はその背中を見て考える。
(それだけでいいのか?掘り下げてこなかったってことは私のはただの裏付けか…他に直接戦ったやつ、オールマイト辺りに聞いたか。そして私に対しては興味がない…助かったな)
しばらく芦戸と気不味い時間を過ごしていると今度は廊下から騒がしい声が聞こえて来た。ノックもなしに制服姿のクラスメイト達が病室に流れ込んでくる。
「美亜さん、良かった、目が覚めたんですのね!!」
「千染さん!大丈夫?無事?」
「無事…じゃなさそうか?いやミイラみたいだし…」
皆が口々に心配の言葉を投げかけて来る。なんと爆豪や轟までいるから驚きだ。最も爆豪は面白くなさそうにドアにもたれ掛かっているが。
「全く、次から次へと煩いぞ。ここら病室で私は患者だ。まったく静かにすることもできんのか」
そう言って皆を睨み返す。緑谷と芦戸、2人はあの時の美亜の狂気と怒りに染まった眼を見ていて、今は普段の気の強そうな眼であることに安心した。
入れ替わり立ち替わり色々な人が訪れている事など露も知らない生徒達は、突然向けられた理不尽な怒りに慌てて弁明する。
「い、いや俺達千染が心配でさ!」
「そうそう!居てもたってもいられなくなっちゃったの!」
「煩かったならごめん!」
「その声か煩い事に気付いてないのか…ただまぁ…心配してくれて…その……ありがとう…」
一瞬皆が信じられないと言った顔で呆けているが、直ぐに花開いたような満面の笑みを浮かべる。茶化してきた峰田や上鳴が蛙吹と耳郎にボコされるのを見ながら、深呼吸して火照った顔を冷ます。
しばらく話すとどうやら半日しか経っていないことが分かる。その中でおずおずと砂藤が尋ねてくる。
「なぁ…その…腕なんだが…」
「ふん、よく聞くな砂藤。乙女のデリケートな話をこんな場面でさせるとは。私を辱めたいのか」
「ちっちがう…!俺は心配になってだな…」
「冗談だ、悪かったな意地悪を言って。気にするな明後日には驚かせてやろう」
美亜の重すぎる冗談で狼狽する砂藤に腕のない肩を回して答える。その後はさらにあの後どうなっていたかを一通り聞いて、もう帰れ、親も心配しているだろうと言って帰らせる。
「そうだ、ちょっと緑谷に話がある。時間はあるか?」
「え…うん、大丈夫だよ」
緑谷だけを引き留め、病室に2人が残る。居心地が悪そうにキョロキョロと挙動不審になっている緑谷にベッド脇の椅子に座れと声をかけながら考える。USJで脳無と戦った時、朧げな記憶の中で緑谷が助けに来た気がする。緑谷は病室に入ってきた時から俯いて暗い顔をしている。もし本当に来ていたのなら何を見たのか聞かなければならない。
考え込んでしまった美亜に恐る恐る緑谷は声をかける。
「あの…千染さん、それで用事ってなにかな?」
「緑谷…お前…何を見た?」
端的で核心を突いた質問に、緑谷は慌てて手を勢いよく顔の前で振りながら言葉に詰まっている。しかしじっと見つめる美亜と目が合うと、次第に俯いて話し出した。
「僕が行った時には、千染さんは既に脳無に捕まっていた。怖かった…千染さんは僕達を逃す為に1人で戦っていたのに…。僕の本気のパンチが全く効かなかった時、怖くて足が竦んで…」
「それは仕方のないだろ、あいつはバケモノだった。恐怖を感じない方がおかしい」
「でも!千染さんが最後の力を振り絞って脳無を止めてくれなかったら…僕は死んでいた!助けに向かったのに、逆に助けられて、何にも出来なかった!」
どうやら先程から暗い顔をしていた緑谷の考えていた事は私の想像と違っていたらしい。緑谷は目に涙を浮かべながら、膝の上で拳を握っている。助けに来てくれたことは事実だが、どうやら緑谷自慢の超パワーが全く通用しなかったらしい。そしてそれにより怯えてしまい、助けられたことが悔しくて落ち込んでいる。
「でも私は生きているだろ」
「え?」
「私はこうして生きている、誰1人死んでなどいない。それでいいじゃないか。生きる事、それ以上に価値のあるものなど無い。
お前は良くやった。緑谷…助けてくれてありがとう」
不安だった。自分達を逃すために1人戦い、凄惨な傷を負った美亜が自分の事をどう思っているのか。怖くて顔を見れなかった。今、彼女の言葉で顔を上げてようやく分かった。あの時脳無を前に振り絞った勇気が、その僅かな時間が彼女を助けたのだ。そう確信できるほどに、美亜は優しい微笑みを浮かべている。
思わず涙が溢れてしまったが、美亜は泣き止むまで何も言わずにじっと見守ってくれた。
「あまり遅くなると親が心配するだろう、今日は帰れ」
「ありがとう千染さん、それじゃあまた明後日!」
緑谷が落ち着いたタイミングで美亜は声をかける。少し気恥ずかしそうに顔を逸らしながらも、緑谷は元気よく病室を後にした。
病室を出る寸前、振り返る。俯いている美亜はとても儚く、今にも消えて無くなってしまいそうだった。
千染美亜
個性『血』
自身の血の操作、増幅に加えて纏った箇所の再生が可能。
再生速度は判明していない。
読んでいただきありがとうございます。
前回までの怪我?そんなもの『再生』したよ!
どんどん強くなりますね。