美亜の病室を去ったリカバリーガールは真っ直ぐに校長室へと向かう。そこには真剣な表情をした根津と車椅子に座る包帯グルグル巻きの相澤が紅茶を2つ用意して待っていた。そんな相澤を視線で非難しながら座る。よくまぁあの怪我で動く、安静にしていて欲しいものだ。
「あの少女、両腕はちぎれ飛び内臓はぐっちゃぐちゃ、体中の骨は粉々になり顔も頭も陥没骨折、全身の至る所に裂傷…………と聞いていたんだけどね。
両腕の喪失と裂傷こそあったものの内臓は無事、骨も折れてない。正直、何が起きてるのかさっぱりだよ。半日でそんな重傷が治るなんてことはあり得ないんだよ。いったいなんの個性なんだい?」
リカバリーガールは個性『癒し』をもつ雄英高校の屋台骨。体力を使わせることであらゆる症状を治療する個性である。雄英高校の過激な授業や行事は彼女の治癒能力あってこそであり、個性を使用するたびに怪我をする緑谷も度々お世話になっている。
リカバリーガールは大慌てで美亜を搬送して来た職員に怪我を聞いて、想像以上の重症に覚悟をしてシートを捲った。しかしそこに横たわる美亜は外傷こそ目も当てられない惨状だったが、内部に関しては異常なほど無事であった。これには搬送した職員も首を傾げるしか出来なかった。
「そうだね、彼女の個性届では個性を『操血』と書いていたよ。でも以前相澤君が聞いた時に血液量を増幅させ操る『血』そのものだと答えた、だとしてもおかしいよね。異常な回復力もあるけど腕を失った人の雰囲気じゃ無い、まるでいつでも生やせるかのようだ。それで僕も気になって少し調べてみたら個性は分からなかったけどこんな情報が出てきたよ、正直驚いた、影のある少女だと思っていたけれどここまでだとは思わなかったんだ」
そう答えた根津は少し後悔したような顔をしながら資料の束を机の上に置く。車椅子を横に止めている相澤も顔をしかめて苦々しい顔をしている。言いようのない不安に襲われながらも美亜の経歴をまとめた資料を手に取った。上から目を通すと直ぐに引っかかるものを見つけて目線が止まる。
「なになに、幼い頃に両親を亡くして孤児院に住んでるのかい。ん?熱田美波…どこかで聞いたことがあるような気がするねぇ…」
「それはそうだよ、彼女はその孤児院の副院長、犬千代さんと共に雄英高校に在籍していたんだから。当時のトップ『慈熱の美波』、単騎でも無類の強さを持ち、その上後輩の犬千代とコンビを組んだらプロも手がつけられない程の実力を誇っていたんだ」
「私も熱田さんには随分お世話になりました。誰にでも等しく慈愛を注ぐ、それが伝波し彼女の周りは常に笑顔に溢れていると聞いていました。
拳士…犬千代ですがあいつは暑苦しいやつで他クラスなのにマイクと共によくふざけていて、私も引っ張り回されましたよ。ただ、芯の通った気持ちいいほど真っ直ぐな奴と有名でした」
リカバリーガールはまるで母親と娘の様に仲の良かった2人を思い出した。体中に擦り傷をつけていつもニコニコしながら治療を受ける犬千代、「舐めれば治る!」と言っていた彼女は美波に引っ張られて保健室に来ていた。彼女達は頻繁に保健室に来ていたが、その度に自由奔放な犬千代、優しく見守る熱田の姿に暖かい雰囲気に包まれた。
「多くのプロヒーローから注目と期待を受けていた彼女は卒業後、当時のNo8ヒーローの事務所にサイドキックとして入社したんだね、犬千代君も一年後追いかけるように入社したと書いてあるよ」
「2人は自分達で将来事務所を立ち上げるつもりだったらしいです。煩いぐらいよく話していました、『美波と一緒に多くの人を救うんだ!』と。あの事件の後、消息を絶っていたのですがまさか孤児院をやっていたとは…」
相澤は車椅子に体を預けると天井を仰ぎ見る。ヒーローを目指して眩しいほどの笑顔で頑張っていた友人、消息を絶った後マイクと共に探したが見つからなかった。それがまさかこんなに近くで孤児院を開いているとは思わなかった。
とりあえずは熱田さんと共に居て良かった、それならば彼女は不幸では無いはずだ。
「当時のNo8は夫婦でペアを組んだヒーローだったね。優しく穏やかで実力も確か、相当な人気があったんだ…あの事件があるまでは…」
資料に記載されている事件に目を通し思わず顔をしかめてしまう。当時を生きてきたヒーローにこの事件を知らぬ者は居ない。
『No8ヒーロー夫婦惨殺事件』
7年前、当時No8ヒーローだった夫婦が自宅のリビングで惨殺死体となって発見される。
死因は2人とも左胸を鋭利な刃物で突き刺されており、顔は原型がわからなくなるほど切り刻まれていた。
実力と人気を兼ね備えたトップヒーローが何者かに惨殺される、衝撃的なニュースは世間を大いに騒がせた。後日、犯人は連続殺人犯の凶悪ヴィランであることが判明し、多くのヒーローの尽力によって逮捕された。
この事件後、多くのサイドキックの1人でありながら、No8と肩を並べるほどの実力者として事務所に所属していた熱田と犬千代は、音信不通となり忽然と消息を絶った。
皆から愛と優しさを持った最高のヒーローになると期待されていた熱田、どこまでも真っ直ぐに純粋に多くを救いたいと願った犬千代、2人の夢はたった一つのヴィランによって儚く砕け散ってしまった。
「と、されていたんだけどこの事件にはもう1人の被害者がいたんだ。警察によって情報を完全に遮断され、その存在すら封印されたもう1人の被害者が」
根津校長の言葉に嫌な予感が的中したことを察した。
「それが被害者の里子、千染美亜君だったんだ。当時8歳だった彼女は2人が亡くなったリビングで心臓にナイフを突き立てられ、多くの血を流しながら倒れていた。左胸は抉られるように削り取られ、余りの出血量に半年も生死の境を彷徨ったが奇跡的に生還したそうだ。
しかし事件のショックから1年以上精神病院に入院、初めこそ半狂乱になって寝ても覚めても泣き叫んでいたそうだ。それでも次第に落ち着きを取り戻し、日常生活を送れるほどに回復した」
「そこで引き取られたのが熱田と犬千代の立てた熱犬孤児院ってわけかい。優しいんだねぇ、2人とも…」
2人はきっと美亜の為に孤児院を建てたのだろう、暗く閉ざされた彼女の心と未来を守るために夢であったヒーローを諦めたのだ。そうしてここまで5年間、親代わりとして必死に美亜を育ててきた。その子が今、ヒーローを目指して雄英高校に通っている。
だからこそ悔やんでも悔やみきれない。恐らく相澤と根津も同じ気持ちだ。そんな彼女をヴィランの餌食にしてしまったこと、あの2人が夢を賭してまで育て上げた大切な子を恐怖に晒してしまったことに。
幸いなことに彼女の容態は安定し、ボロ切れのようになっていた体も回復した。しかし広場のあの惨状を見るととてもじゃ無いが無事とは言えない、気丈に振る舞ってはいたが精神的にどんな影響が出ているか分からないのだ。
「相澤君、すまないが千染君を頼むよ。僕の方でも少し調べてみるけどやっぱり近くに居られるのは担任である君だ。
個性は調べても申請されているもの以外は中々わからない、出来れば彼女から本当の個性を話してほしいんだけどね
それとこの話はオールマイト君には話しておく、後は他言無用だ。捜査協力してくれた塚内くんを合わせた5人の秘密だ」
「はぁ、できる限りはやりますけど今の体では中々難しいですよ。それにあいつが自分の本当の個性を話してくれる気がしません。
それと彼女を家に送る役目、マイクにやらせてください。色々と積もる話もあるでしょう、それに謝るなら私達面識がある奴らがやった方がいい」
「分かった、マイク先生に頼もう。彼には辛い役目を負わせてしまって申し訳ないね…」
熱田美波(18)
個性:『熱波』
個性、才能、容姿、人柄、全てを兼ね備えた雄英高校史上でも類を見ない才を持っている期待の生徒。
当時から個性が強力過ぎる故に、生物への使用を禁じていた。
犬千代拳士(17)
個性:『犬』
多くの人を救いたい、そう願って真っ直ぐ突き進む猪突猛進な生徒。
美波に憧れて努力を続け、美波の唯一無二の相方になる。