血濡少女のヒーロー?アカデミア   作:夏秋冬

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第16話 血濡少女と体育祭:Prologue

「まぶし…」

 

翌日、窓から差し込む強い日差しに鬱陶しそうに顔をしかめた美亜は布団を頭からかぶる。ベットのそばにある机にモゾモゾと手を伸ばすと時計を掴んで時間を確認する。

 

「んー…11時43分………!?11時!遅刻だ!」

 

そう言ってベッドから飛び降りるとそのままガックリと項垂れた。雄英高校は先日の敵襲撃事件による捜査、修復、そして生徒のメンタルケアの為1日だけ臨時休校となった。

かなり長時間寝てしまったため頭がぼーっとしている。立ち上がった足がふらついてベッドに倒れ、そのままぼんやりとした視界の中、頭が働き始めるまで座り込む。

徐々に霞が霧散し、覚醒していく意識が昨日の出来事を思い出させる。気丈に振る舞ってはいたものの、やはり相当身体に負担がかかっていた。少しでも油断すれば、その場で意識を失って倒れ込んでいただろう。

喉の渇きを覚え、パジャマのままふらついた足取りでリビングへと向かう。手すりを両手で持って何とか階段を降り、冷蔵庫から麦茶を取り出す。グラスに注ぎ、喉を鳴らして勢いよく飲み干した。相当身体が水分を求めていたようで染み渡る冷たさが心地よい。もう一度グラスに注ぎ、ふらふらと吸い寄せられるようにソファーに向かうと、手足を投げ出してもたれ掛かる。

適当にテレビを付けると、テレビ局はこぞって昨日の敵による雄英高校襲撃事件を取り上げている。画面の中で敵の専門家とかいう訳の分からない人が声高に雄英高校の警備の問題点や見通しの甘さを批判している。降って湧いた敵連合の、それもワープ個性の襲撃をどう防ぐのか教えて欲しいものだ。

 

「はぁ…糞つまらん、朝から気分が悪いぞ」

 

昼の騒々しいワイドショー達に悪態をつくとこんな時でも唯一ブレないテレビショッピング専用チャンネルに変える。美容ヒーローとこちらも訳の分からない女が化粧品を紹介しているが、今の美亜にとっては遥かにマシだった。

しばらく気の抜けた表情でぼーっとテレビを見ながら麦茶をちびちび飲む。徐々に頭が働き始めるがそれでも霞がかったような気怠さが抜けない。30分ほどそうしていると二階で洗濯物を干していた美波が降りてきた。

 

「美亜おはよう、よく寝れた?」

 

「おはよう美波さん、夢一つ見ない最高の睡眠だったよ。やはり家は安心するな」

 

落ち着いた声で挨拶をする美波だったがその表情は心配しているのか曇っていた。しかし美亜の元気そうな声を聞いて安心したような笑みが溢れる。美亜と同じように麦茶をグラスに注ぎ、左に並んで座る。

 

「天気が良くてよかったわ、洗濯物がよく乾くもの」

 

「そうか、ありがとう美波さん」

 

少し無言の時間が流れ、2人でただテレビの画面を見つめる。この静寂が心地よい。しばらくそうしていると、ソファに投げ出された左手に美波の右手が重なる。

 

「美亜、マイク先生から話は聞いたわ。本当に大丈夫なの?」

 

「心配かけてごめん。でも私は大丈夫。ほら…この通り手もちゃんと動くから」

 

そう言って空いている右手を握ったり開いたりして見せる。白磁のような美しい右手を、美波はとても悲しそうな目で見つめる。そっと美亜の右頬に左手を沿わせ目を合わせて語り掛ける。

 

「私は貴方の心が心配なの。傷が治ることも、腕が生えることも知っているわ。でもね、ありきたりかもしれないけれど心の傷は治らない。だから今だけは、私の前でだけは休んで欲しいの」

 

そう言って美亜の体を引くと膝枕をして頭をそっと優しく撫でる。ゆっくりと心を解きほぐすように、一回一回に想いを込めて。その手の暖かさに思わず頬が緩んでいることを美亜は感じた。

やはり美波には敵わない。恐らく私がかなり衰弱していた事を一目見て悟ったのだろう。マイクや拳士には気付かれてないと思うが、この人なら不思議と納得できてしまう。

 

「聞かれたんだ、どうしてそこまで無理したのかって。正直自分でも分からない。ただ自分の中で憎しみが溢れて、抑え切れなかった。あの時、芦戸達と共に隠れる選択肢もあったはずだ。それを衝動のままに突撃して、自分の命を危険に晒し、多くの人に心配をかけた…私にまだあんな感情が残っているとは思わなかった…私は自分が怖い、怖いんだ…」

 

美波は思いもよらぬ言葉に驚く。美亜がここまで弱音を曝け出したのは初めてだ。襲撃事件のショックで精神が不安定になっているのか、あるいはまだ寝ぼけているのか。

何れにしても言う事は変わらない。ずっと思っていた、伝えたかった。

 

「何も怖がる事はないわ。過程はどうであれ貴方は相澤先生や皆の命を救った、1人で命を挺して多くを守ったのよ。たとえ誰が何を言おうともその結果は正しいの。

大丈夫、私は…私達は貴方の味方であり続ける。美亜、よく頑張ったわ。本当に…本当によく頑張った…お疲れ様…今はただ、ゆっくり休んで……」

 

美波の暖かさと柔らかさに微睡ながらもう一度、美亜は深い眠りについた。穏やかな表情ですやすやと寝息を立てる彼女を、美波は何処か寂しさを感じさせる微笑みでいつまでも見守り続けた。

 

 

 

翌日、臨時休校が開けた雄英高校は通常登校となった。しかし校門の前では多くの警察、ヒーローによる物々しい警備が行われており、ガードされた記者が生徒達に話を聞けないと悪態をついている。そんな中バスを降りて、悠々と登校してきた美亜はドアを開けて教室に入る。何故か皆、目を丸くしてこちらを見ていた。

 

「美亜ちゃん!腕!腕生えてるー!」

 

「「いやあれ冗談じゃ無かったんかい!!」」

 

まるで漫才の様なツッコミをしてきた上鳴と切島に呆れながら、そういえばそんな冗談を言った気がする。教室が騒々しくなり、皆が集まって来た。爆豪や轟すらも驚いた顔でこちらを見ている。

心配する声に適当に返事を返しながら席に着くと、その爆豪が乱暴に立ち上がってズンズンとこちらに向かってくる。見るからに苛立っているので、無視して鞄を開けて気付かないフリをする。

 

「おい、てめェ…てめェ!」

 

「私は『てめェ』ではない。名前も呼べんのか金髪ヤンキー」

 

「お前だって俺の名前呼んでねぇじゃねぇか…!」

 

爆豪は肩を震わせると怒りを我慢して聞いてくる。

 

「おい千染、あの脳無とかいうバケモンと1人でやり合ったってのは本当か…」

 

「本当だ。ただやり合ったと言えるのか定かでは無いが」

 

「ありえねぇだろ!あれはあのオールマイトでやっと倒せるバケモンだぞ!!おかしいんだよ、なんでお前がやり合えるんだクソが!」

 

ブチギレた爆豪を見て思う。やはりこいつはモノをよく見て、考えている。何人かは気付いてるかも知れないが、他の奴らは治って良かったね、すごい個性だね、で済ましてしまうだろう。そんな事を考えている間にも苛立ちが募る爆豪は吠え続けている。

 

「お前の個性はなんだクソ野郎!体力テストの時も、戦闘演習の時も何で隠してやがった!俺を見下して馬鹿にしてんのかクソが!!」

 

きっと思う所があるのだろう。自分では戦う土俵に立つことすらできなかった脳無に対し、殺されかけたとはいえ1人で耐え凌いだ私。それを知って私が自分より上にいると思ったのだろう。

爆豪は性格こそ終わっているが、ヒーローに対する想いは人一倍強い。誰よりも強くありたいと願いその為の努力を惜しまない。だからこそ雄英高校に在籍しながら全力を出さない私や、脳無に手も足も出なかった自分自身に苛立っているのだろう。

その苛立ちが近くに居る私に向かっている。理解は出来るが幾らなんでも八つ当たりが過ぎる、これではどんな相手でも正直に話すはずがない。そもそもここで話すつもりはないが…

 

他の生徒が爆豪を止めようとした時、相澤がのっそりと教室に入ってきた。その全身は包帯で巻かれている。あまりの復帰の速さに教室が驚きの声に包まれた。普通に挨拶こそしているが明らかにふらついており、不安の声も上がっている。

 

「俺の安否はどうでも良い。何よりまだ戦いは終わってねぇ」

 

そんな相澤の一言で今度も敵か?と不穏な空気が流れる。

 

「雄英体育祭が迫ってる!!」

 

「「「クソ学校っぽいの来たぁぁぁぁ!!」

 

『雄英高校体育祭』

個性の発現によって衰退したかつてのオリンピックに代わる日本のビッグイベントの1つ。一般人以外にも全国のトップヒーローがスカウト目的で観るため、ここで注目されれば将来のプロ事務所へのサイドキック入りの際に名のあるヒーローにスカウトされる可能性が高まる。

今回の体育祭は敵襲撃事件があったため警備を例年の5倍に強化して行われる。開催する事で雄英の危機管理体制が盤石である事を世間に示す役割もあるらしい。

 

相澤は年に一回、合計で3回だけの大きなチャンス、将来ヒーローを志す者にとって絶対に外せないイベントだと強く言い、あえて生徒たちに発破をかけた。

 

HR後、再び詰め寄ってきた爆豪に美亜は告げる。かおりが昨日の夕飯で騒いでいた雄英高校体育祭。身内が出る事が余程嬉しいのか、どれだけ凄い行事なのかを目一杯手を広げて説明してくれた。それもあって元々言うつもりは無かった。

 

「な?」

 

「何が『な?』だよ、ブッ飛ばすぞ千染ェ!」

 

「せっかく手の内を隠せているんだ。そんなに私の個性が知りたければ体育祭で教えよう」

 

クソが…と呟いて不機嫌そうに音を立てて席に座る爆豪、緑谷が心配そうにこちらを見ていたのでサービスでウィンクをしてやると顔を真っ赤にして背けてしまった。結局体育祭という特大の話題や、美亜が話したがらないということもあり、敵襲撃の話がこれ以上される事は無かった。

 

その後も一日中体育祭の話題で皆が浮き足立っていた。敵襲撃事件はあったものの、やはり活躍すればプロへの大きな一歩を踏み出せる体育祭は皆の気合いが違う。麗日などは顔が引きつって決してうららかでは無い状態になっていた。

美亜は昼休みに緑谷、飯田と共に麗日がヒーローを目指す理由を聞いた。建設業を営んでいる両親は決して裕福では無い。それでも麗日が個性『無重力』を活かして手伝うことより、夢であるヒーローを目指すことを応援してくれた。だからこそ絶対にヒーローになってお金を稼ぎ、両親に楽させたい。そう語ってくれた麗日の顔はいつになく真っ直ぐで、眩しくて、美亜は思わず目を逸らしてしまった。

 

「1-A組千染美亜さん、職員室に来てください」

 

放課後、突然校内放送で呼び出される。特に用事もないので行こうとドアに視線を向けると沢山の生徒が此方を覗いている。どうやら体育祭前に敵と戦ったこのクラスを視察しに来たらしい。麗日や緑谷、飯田がそれを前に右往左往している中、美亜は気にせずに鞄を持つとスタスタと向かって行く。正面から堂々と近づいて来た美亜に騒めき立つ生徒達。一瞥して文句を言い放とうとした時、横から爆豪が美亜の前に割り込んだ。

 

「敵襲撃を耐え抜いた連中を見ときてぇんだろ、意味ねェからどけ、モブ共」

 

その言葉を受けて、普通科やB組の生徒が宣戦布告をしに来たと挑発し返す。挑発して無駄に敵を増やした爆豪にクラスから文句が挙がるがそれを一言で黙らせる。

 

「関係ねぇよ…上に上がりゃ関係ねえ」

 

唖然とするクラスメイトを残し、生徒達の壁を無理やり掻き分けて帰って行く爆豪、美亜はその後を追う。爆豪にはわざと肩を当てる生徒もいたが、何故か美亜が通るとさっと道が開いた。無人の廊下を歩く爆豪に後ろから声をかける。

 

「爆豪、さっきの啖呵悪くなかったぞ。単純明快、実に分かりやすい答えだ」

 

不機嫌そうに顔だけを軽く後ろに向けて、睨みつけた爆豪が答える。

 

「そうかよ…、俺は負けねェぞ。お前だろうが轟だろうが…緑谷だろうが、全部ぶっ潰して俺が1位になる」

 

「成る程、それがお前の覚悟か」

 

話は終わったとばかりに早歩きで去って行く爆豪の背中を見て呟く。

さっきの啖呵も今の言葉も、傲慢でも自信過剰でも無い。あえて宣言することで自分にプレッシャーをかけ、追い込んでいるんだ。誰よりも強くなる為に…

 

「眩しいな、憧れるよ…」

 

遅れて職員室に着いた美亜は相澤に声をかける。相澤は何やらパソコンに向かって仕事をしている。包帯でグルグル巻きの両手でどうやって仕事しているのか分からない。気怠げに振り返って美亜を視界に入れると、作業の手を止め談話室へと連れて行く。明らかにフラフラとした足取りで歩くのが遅い上、普段から猫背気味の背中が余計に痛々しく、とてもじゃ無いが無事そうには見えない。

そんな相澤と美亜は談話室で対面に座る。

 

「単刀直入に聞こう。お前の個性、まだ出来ることがあるな?」

 

前回とは違い明らかに厳しい口調で問い詰められる。それもそうだ、前回明かした個性、それに加えてまだ隠していたとなれば責めたくなる気持ちも理解できる。今度は弱っている演技などせずに正面から見据えて堂々と答える。

 

「私の個性は『血』、血液の操作と増幅、それに加えて血液を纏うことで欠損や怪我を治すことも出来る」

 

「そうか、それであの怪我が治ったのか。驚異的なスピードだ、リカバリーガールも驚いていた。それにしても…強力な個性だ……」

 

相澤は納得したように背もたれに体を預け天井を仰ぎ見る。そしてゆっくりと体を戻し、美亜の方へと顔を向けた。顔は包帯でグルグル巻きで、いつもの気怠げな視線は隠れていた。

 

「確かに俺はお前に助けられた、それに関しては礼を言いたい。だが、いくら治るとはいえ異常な怪我だったそうだな。今回は敵が異常に強く、俺も大きな怪我を負った。だが俺はヒーローとして長く活動して来た。千染、お前は違う、たったの15歳だ。そんな戦い方をしていれば…いつか体は治っても心が壊れるぞ」

 

包帯の隙間から鋭い視線が覗いた。それは雄英高校の教師でA組の担任、ヒーロー『イレイザー・ヘッド』としての教え子、美亜への忠告だった。

 

「自分の戦い方を見つけろ。何も今直ぐ脳無と戦えと言ってるんじゃ無い。もし将来、お前がヒーローとなり脳無のような化け物と戦うことになった時、自分を守る為の戦い方を」

 

しばらく2人の視線が交錯する。イレイザー・ヘッドの鋭い視線を受けても美亜はみじろぎ一つせずに正面から見据え続ける。

暫くして美亜は肩をすくめ、眉を下げて悲しそうな顔で答えた。

 

「ご忠告感謝します、ただ私は何分不器用なので」

 

「分かった、それならしょうがない。話は終わりだ、気をつけて帰れよ」

 

相澤は呆れたように大きくため息を吐いて美亜を出口へと促した。

話は終わったとばかりに席を立ち、ドアノブに手を掛けた美亜に相澤は最も聞きたかったこと問いかける。

 

「熱田さんと犬千代さんは元気か?」

 

バッと顔だけ勢いよく振り返った美亜は相澤を鋭く睨みつける。先程までのどこか飄々とした雰囲気は微塵も残ってはいない。全ての表情が抜け落ち、能面のような無に2つの紅い眼だけが熱を帯びているかのように激しく燃え盛っていた。

 

「何を……知っている………!」

 

「何の話だ?俺はただマイクからお前の育ての親について聞いただけだが。あんな事があったんだ、気にするのは当然だろ。

 

それとも…まだ何か隠しているのか?」

 

「チッ!!」

 

大きな音を立て、ドアを乱暴に閉めた美亜が立ち去る。普段の冷静な雰囲気からは想像も付かない行動が、先程の相沢の言葉を裏付ける。相澤はソファにもたれ掛かって深く息を吐く。さっきの表情は明らかに平和に生きてきた人間が出来る顔ではない。まだ何かある、何か重大な事を隠している。

 

「はぁ…孤児院で育った…か。想像以上に何かありそうだ…。あの2人が居るなら滅多な事にはならないと思うが…本当、何してるんだ拳士…」

 

顔をしかめながら合理的じゃねぇなと呟いた。それが何に対してなのかは自分でも分からなかった。




かおり「美亜ちゃん雄英体育祭知らないの!こーーんなに凄いんだよ!」

美波 「こら、お行儀が悪いわよ。落ち着いて食べなさい」

拳士 「そうだぞ!もっとこーーーんなに凄いぞ!!」

風斗 「あんたもかよ……」

賑やかで楽しい食卓です。

次回体育祭編開幕です!
土日投稿を真剣に考えております。ただ今書いてる第一競技がとても長くなりそうなのと、騎馬戦の描写が難しいです…
読んでいただける方がとても増えているので頑張りたいと思います!
美亜の活躍にご期待下さい!

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