USJ襲撃事件から3日後、マイクは熱犬孤児院に再び訪れていた。平日の昼時、学校があるため孤児院には美波と拳士しか居ない。
リビングに座るマイクは、お茶を持ってきてくれた美波に軽く会釈をすると、対面に座る2人に向き合った。
「先ずは改めて謝らせてくれ、先日は本当にすまなかった。美亜をあんな目に合わせてしまったのは此方の責任だ。
その上で今年も予定通り体育祭が開催される。あんな事があったんだ、セキュリティなどバッチリするつもりだが不安があるのは重々承知してる。
だから今日は、美亜を出場させていいのか話をしに来た」
2人の顔を見ながら、ゆっくりと誠意を込めて話す。雄英高校としても敵襲撃という異例の事態で未だ混乱は収まっていない。マスコミは煩いし、保護者からも心配の連絡が来ている。
そんな中で危機管理体制の盤石さを示すために開催される体育祭、特に重症を負った美亜の家庭に許可を得るべきだろうという事で、再びマイクが訪問する事となった。
「うーん、勿論美亜のことは心配よ……。だけど体育祭がどれだけ子供達の成長に繋がるかは知ってるから…」
「やっぱ中止にはしないのか。まぁ誰も亡くなっていないし、3年生はラストチャンスだからな」
美波は頬に手を当てながら、拳士は椅子に背中を預けて考え込んでいる。
「そうだな、3年のビッグ3は問題ないんだが、中止にすると他の生徒の進路に大きく響いちまう。
それにやっぱり中止にすると、敵に屈したやらなんやらで世間体がな…」
「ビッグ3?」
「
そういえば波動は個性もコスチュームも美波さんと似てるな」
「へぇ…強いのか?」
「まぁ当時の美波さん程では無いが、拳士になら余裕で勝てるぐらいは強いぜ」
拳士は高校生の頃からこの手の話が大好きで、それは今も変わってないらしい。目を輝かせて話を聞こうとしている。
美波さんの方を見ると相変わらず優しく微笑んでこちらを見ている。
聞くなら今しかないと思う。やっと会えるようになり、昔のように話すことができる。それなのに会うたびにモヤモヤするのはオレらしくない。
「なぁ…本当に未練はないのか…?オレは2人なら最高のヒーローになれると思ってた。いやオレだけじゃない、皆が願っていた筈だ。2人だってずっと言ってただろ…」
相澤は理由を知りたがっているがオレはそうじゃない。
オレが知りたいのは2人がどんな気持ちで今を過ごしているのか。共にヒーローを目指した先輩と友が何故か違う道に進んでいる。
消して今の彼女達を否定する訳ではない。
実力や素質が足りなかったのではなく、寧ろそれがトップクラスだっただけにそこに後悔は無いのか。
2人は突然の質問に面食らっているようで、少し間が空いて拳士が静かに話し出した。
「未練が無いといえば嘘になるな…私だってヒーローになりたかったよ。
でも…今は凄く幸せなんだ。ここには美亜、風斗、かおり、そして美波が居る。
未練はあるけど、後悔はしてないよ。私はこの選択が正しかったって信じてる」
「私もよ、今の生活はとっても楽しいから。美亜が…最近よく笑うようになったの。あの子は感情表現が下手で本当は恥ずかしがり屋だけど、きっと楽しんでいるんだと思うわ。
雄英高校でできた友達が、護りたいと思える繋がりが、あの子の心を少しずつ溶かしてくれる事を願ってる。
だから山田くん…美亜をよろしくね。あなたや相澤くん達が見守っててくれるから私達は安心できる」
いつの間にか目の前に立ち、目線を合わせて頭を撫出られていた。そういえばこの先輩には事あるごとに撫でられた、特に相澤は猫みたいと気に入られていたっけ…
「おいおい、俺はもう30だぜ。それと山田はNGだ、今の俺はプレゼント・マイクなんだからよ」
美波は一瞬残念そうな顔をすると、そっかマイク君ね、と軽やかに笑った。爆笑する拳士を睨みつけ、本題から大きく話が逸れてしまったと一つ咳をして空気を戻す。
(はぁ…やっぱこの人と話すと調子が狂うな。とりあえず後悔してねぇって事だけは分かって良かった。
だけど理由を聞くのはマジで骨が折れるぜ。それだけ話せねぇ秘密があることだけは分かったが…)
「とりあえず体育祭はどうすんだ?嫌だと言うなら無理は言わない。1番の重傷者の保護者なんだ、こっちとしては騒ぎ立てて中止にされないだけ御の字だからよ」
「私は出て欲しいと思う。もちろん心配だけど、美亜の将来の為に、変わり始めてるあの子を押さえ付けたくないから。美波はどう思う?」
「そうね…あの子の将来のために……出場させましょう。
でもお願いがあるの、私達がこれ以上は危険だと判断したら美亜を失格にして欲しい。
だから出来れば競技中の美亜の様子を見れるモニターと、瞬時に中止を伝える手段が欲しいわ」
「ん?確かにちょっと危ねぇとこはあるけど、生徒同士だしそこまでにはならないと思うが…親心ってやつか?
まぁそれぐらいなら全然OKだぜ!優勝させろーとか言われたらどうしようかと思ってたよ」
「美波がそんなこと言う分けないだろ。それでどうやるんだ…電話で伝えて止めてもらうとか?」
「うーん、出来れば直ぐ美亜本人に伝わるようにしたいのだけど…」
「分かった、その辺はパワーローダー先生に聞いてみるぜ…っと、もうこんな時間か。名残惜しいけど今日はここまでだ。オレっちも午後の授業があるんでな!」
玄関まで見送りに来てくれた2人は、バックミラーから見えなくなるまで手を振ってくれていた。
7年間、あまりにも長い間消息を断っていた。正直二度と会えない事も覚悟していた。それでも奇跡的に会えて、また昔のように話す事ができる。
「はぁ…相澤も会いに行ってあげりゃあいいのによ。包帯取れたら引きずってでも連れてくか!」
「美亜ちゃん凄かったね!カッコよかったね!!」
「うるせぇな、同じ画面観てんだから分かってるって。まぁ思ったよりやるじゃんか、美亜もちょっとは頑張ってるんだな。
にしても流石は雄英、一家に一台専用モニターとは…」
午前の競技が終了し、はしゃぐ2人をリビングに残して昼飯の準備を始める。
今日の昼飯は美波と早起きして作った気合が入った弁当だ。2段のランチボックスにはおにぎり、ウインナー、卵焼き、アスパラのベーコン巻き、ポテトサラダなどが色とりどり飾り付けられている。
「今頃美亜は友達と食べてるのかしら」
「だといいな!せっかくオールマイト弁当にしたんだし、絶対会話のきっかけになるよ!
あー、私達も美亜と弁当食べたかったなぁ…」
せめて気持ちだけでも孤児院の皆んなで食べたい、そう提案したのはかおりだった。小中と学校に行っていない美亜は、運動会で家族揃ってお弁当を囲んだ事がない。
些細なことかもしれないが、そんな思い出が積もり積もって人を成長させていく筈だ。美亜にはそれが抜け落ちてしまっている。それこそが未熟なあの子の精神に最も必要なものだと思う。だから離れていても一緒に弁当を食べる。
それに初めて美亜に作ってあげたので変に気合が入ってしまった。出来上がったデフォルメされた可愛いオールマイトを見て、久しぶりに2人して大笑いできて楽しかった。
「じゃあ今度ピクニックでも行きましょうか…
ワンちゃん、先にお弁当持ってって上げて。お茶煎れたら私も行くから」
「了解!あー腹減った!!
あ、そういえば…あのチョーカー結局使わなかったな。『爆破』で責め立てられている時に止めると思ってたけど」
美波の急須にお湯を注ぐ手がピタリ止まった。突然に訪れた静寂に、一瞬の筈がやけに長く、張り詰めて感じる。
果たして一拍もあっただろうか、ほんの僅かな間を残して美波が答えた。
「………ええ、だって"誰”も危ない目に合ってないもの」
「ん…?割と苛烈な攻撃だった気がするけど…「ねーお腹減ったー!!」まぁ美亜なら大丈夫だよな!今持ってくぞー!すっごい豪華だから待っとけ!!」
お弁当を落とさないように、でも早く食べたいという相反する気持ちを抱えているのだろうか。ゆっくりだけど大股という変な歩き方でリビングに向かう親友。
彼女は相変わらず明るくて眩しくて真っ直ぐだ。きっとその心は一点の曇りなく晴れ渡っているのだろう。
『慈愛』、それは皆を慈しみ、愛し、包み込んで護る崇高な精神。
私はずっとそう呼ばれてきた。私自身何も意識することなく、自然に振る舞っていただけなのに。気付けば後ろには沢山の親愛と切望の眼差しがあった。
でも今だから思う、その言葉はきっと彼女にこそ相応しいのだと。
私は…最も護りたかった彼女を…拳士を護れなかったのだから。
今でも拳士を見るたびに時々幻視してしまう。彼女が人前で肌を見せなくなった訳、その焼け爛れた体を。
猛り狂った業火、吹き荒れる爆風から私を護った彼女。私の膝の上で、既に何も見えてないであろう虚な瞳を此方に向けて大丈夫だと言ったその笑顔を。
「ごめんね拳士。次こそは貴方を巻き込まない、もう二度と…傷つけさせたりはしない。私が貴方を護るから…」
○美亜のチョーカー
パワーローダー謹製の超高性能チョーカー。
脳波測定、音声受信発声機能を備える。
一度だけなら象をも気絶させる電気ショックを打てるとか打てないとか諸説ある。
○美波のコスチューム
タイトなコスチューム、カラーは白と橙。
『熱波』には致命的な弱点があり、腕から波動を出す為出力を上げすぎると自分の体、特に腕も熱を帯びてしまう。
その為両手首に巨大な排熱装置を付けている。その装置の形状が波動ねじれのコスチュームと似ている。