血濡少女のヒーロー?アカデミア   作:夏秋冬

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第31話 血濡少女と職場体験先

 

 

「はぁっ……はぁっ……、私の負けだ」

 

 広いトレーニングルーム、その中心で一人が仰向けに、そしてもう一人が馬乗りになって拳を振り下ろしている。その拳は顔の横に振り下ろされ、床にめり込み亀裂を作っている。

 馬乗りになった女性、ラビットヒーロー『ミルコ』は、大きく息を吐くと拳の力を抜き、天を仰いだ。

 

「ったく、どこが衰えてるんだよ。思わず全力で殴りそうになっちまった」

 

 ミルコはカラカラと笑いながら立ち上がる。もう一人の女性もゆっくりと立ち上がると、背を伸ばしたり肩を回して体の傷を確認する。

 

「いっったー!これは明日筋肉痛かも……。しかしめちゃくちゃ強くなったな!流石No.6ヒーローだ!」

 

 朗らかで太陽のような笑みを浮かべる女性、ミルコが知っているあの頃と何も変わらない。熱くて優しくて、強い彼女がそこにいる。

 

(数年のブランクを開けて、私相手に食い下がれるアンタも相当ヤバいんだがな――鍛えてるのか?そんな様子があるってのは聞いてないが……)

 

「ミルコ?聞いてるー?」

 

「ん?あぁ、どうした」

 

 いつの間にか目の前に彼女の顔があり、沈み込んでいた思考が引き戻される。年上の筈だが、相変わらず人懐っこく、誰にでも好かれる、そんな明るい顔をしている。

 そんな彼女はミルコの顔をじっと見つめ、深くため息を吐き、寂しそうな表情を浮かべた。

 

「息も乱れず、汗もほぼかかずかぁ……。悔しいなぁ。流石に無理だと分かってても、ミルコには負けたくなかったよ。随分力の差がついちゃったね、私なんて汗ビッショビショだよ。ここシャワーない?」

 

「シャワールームなら出て右にあるぞ。ここは貸切にしてるから好きに使え」

 

「おー、流石No.6ヒーロー!お金持ち!」

 

 ミルコを茶化しながら、女性は嬉しそうにシャワールームへと向かっていく。そんな彼女の背中を見ていると、昔の記憶が鮮明に蘇ってくる。

 自分と似たような個性の女性ヒーローがいる。それを知って学生の頃から散々挑み続け、毎回ボコボコにされてきた。一度だって勝てたことは無い。それどころか、一撃を入れた回数も数える程だ。こっちがどれだけ鍛えて力をつけても、彼女は更にその何倍も上を超えていく。

 井の中の兎である事を教えてくれた師匠、とでも言うべきか、拳を合わせた親友か。そんな彼女との数年ぶりの手合わせ。初めて勝利することができたが気持ちは晴れない。身のこなしや反応には、確かに過去の面影はある。ただ、あの時のような圧倒される感覚、何一つ通用しないような無力感は感じない。自分の成長以上に、彼女がヒーローを諦めた事、もう超えてはくれない事を痛烈に実感してしまった。

 

(もし……もしあのままヒーローを続けていたら、どんだけ強くなっていたんだろうな)

 

「あー、ウジウジ悩むなんてらしくねぇな。そういえばボディーソープねぇんだった。届けにいくか」

 

 シャワールームに行くと、久々の戦闘で機嫌がいいのか、小君良い鼻歌が聞こえる。ミルコはズンズンと歩みを進めると、シャワーが止んだタイミングを見計らって勢いよくドアを開けた。

 

「おい、ボディーソープねぇだろ?これつか……え……?」

 

 続くミルコの言葉は、衝撃の光景によってかき消されていく。視界に入った裸の彼女、その胴には凄惨なまでの火傷の跡が、広く刻み込まれていた。あまりの衝撃に、時が止まるような感覚に陥る。永遠とも思われる時間の中、ゆっくりと女性が背後を振り返り、そこに衝撃で固まるミルコを視認した。

 

「みっ、ミルコ!?見るな!見ないでくれ!」

 

「悪りぃ!ボディーソープを渡そうと……」

 

 急いで扉を閉めたミルコは、フラフラと歩き、シャワールームのベンチへと腰を下ろした。気不味い雰囲気の中、彼女がタオルで拭う音だけが響く。

 なんだあの傷は、あの火傷は明らかに普通じゃない。日常生活で負うものではなく、何らかの事件、事故に巻き込まれた結果だ。幾度か共に風呂に入ったことはある。数年前の彼女に、こんな火傷はなかった筈だ。

 

「――なぁ、その火傷は何だ?何があった?」

 

 恐る恐るミルコが問いかけるも、返事は返ってこない。当たり前だ。先の慌てようからして、余程隠したい傷なのだろう。

 

「それが……ヒーローを辞めた理由なのか?」

 

 タオルの擦れる音が止まる。思案しているのか、言い淀んでいるのか、僅かな静寂が生まれる。

 

「――違うよ。この火傷は誓いの証なんだ。まぁ……名誉の負傷ってやつかな」

 

 僅かな時間を開け、混乱していた思考がまとまったのだろうか。少し明るい声で返答が返ってきた。しかし、彼女から発された言葉はそれだけ。長い沈黙が続き、空気を読んだミルコはそのままシャワールームを後にした。

 

 

 

「あー、マジでやり合うとこんなに疲れるんだな……。でも昔を思い出して、なんだかんだ楽しかったよ!」

 

 夕日が照らす帰り道、ミルコの少し前を歩く彼女は、ぐっと背を伸ばして朗らかな声をあげた。ヒーローでは無い彼女は、すっかり日常の中に溶け込んでいる。手合わせをしていた時に感じた、肌がひり付くような威圧感が嘘のようだ。

 

「本当にごめんね、無茶なお願いしちゃって。頼れるヒーローがミルコしかいなくってさ――」

 

 確かに、手合わせは終止自分が圧倒していた。連撃に次ぐ連撃で優位に進め、彼女は防戦一方になっていた筈だ。だが、一瞬でも油断すれば食いちぎられそうな威圧感、垣間見えた武術のキレ、そして燃え上がるような瞳、それらは戦う事を放棄した一般人のものでは無かった。だから、彼女が実力面でヒーローを諦めたなんてことは考えられない。恐らく今だに鍛えてるし、何より戦うことに対して嫌悪を感じていなかった。

 あの大火傷が、ヒーローを諦めた要因であることは間違い無いだろう。(ヴィラン)に敗れたか、事故に巻き込まれたのか。いずれにしろ、今回の彼女からのお願いが、この謎の糸口になるのかもしれない。

 

「ミルコー?聞いてる?おーい!」

 

 彼女の呼びかけで、ミルコは自分がまた考え込んでしまっていることに気付く。今度は目の前に顔があるというような事はなく、少し前を歩いていた彼女が、こちらに振り返って腕をブンブン振っている。そんな無邪気な彼女を見て、悩んでいる自分が気恥ずかしくなる。そんな気恥ずかしさをを発散するように、大股で歩き彼女の横に並ぶ。

 

「なぁ、こっちからお願いしておいて何だけど、お返しが私との手合わせなんかで良かったのか?」

 

「いいんだよ。私がどこまで強くなったのか試してみたかったからな。負けっぱなしで終わるのは性に合わねェ!」

 

 彼女はその言葉を聞くと、心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

 

「そっか……なら良かった」

 

「散々ボコられたからな、そりゃやり返したくなるわ」

 

 何度も何度も挑み、その度にボコボコにされた。勝つために散々試行錯誤して、色々な技を開発した。自分に強いヒーローの背中を見せてくれた。そんな恩人であり師匠のような存在の彼女が、何を隠しているのか検討もつかない。

 それでも、何があってもこの人は悪人では無いと確信できる、だから、過去についてはもういい。信じられるから、もう聞かなくて良い。

 

「なぁ拳士、私はもう過去に何があったのかは聞かない。ただ一つだけ聞かせてくれ。ヒーローを諦めて……未練はないのか?」

 

 別れ道に立った二人が向かい合う。拳士の表情は真剣そのもの、その目には力強い決意が宿っていた。

 

「未練……無いと言えば嘘になるな。ヒーローはずっと憧れてた夢だったから。でも今は、大切な人がいて、守りたい人がいて、毎日笑顔になれる。だから未練よりも、もっともっと――今が幸せだよ」

 

 そう言い終わると、白い犬歯を覗かせながらニコニコの笑顔を咲かせた。

 

「そうか、じゃあもう何も聞かねェ」

 

「ありがとうミルコ。私達の大切な美亜を……よろしくお願いします。不器用だけど、きっと今が変わる時なんだ。あの子にヒーローの背中を、希望を見せてあげてほしい」

 

 深々とお辞儀をする拳士、その背中にはどれほどの想いを背負っているのだろうか。

 本当は職場体験なんて受け入れる気もなかったが、拳士にここまでお願いされたらやるしかない。

 

「あんま期待すんなよ、私は後輩の指導とか苦手なんだよ」

 

「ミルコなら大丈夫だよ。だって私が憧れてるヒーローなんだもん!」

 

 余りにも真っ直ぐな眼差しと笑顔に、背を向けて歩き出す。今、私の顔は赤くなっているのだろう。

 

「あぁ、任せとけ。じゃあまた会おうな!」

 

「うん!またね!!」

 

───────────────────────────

 

「それで、ホークスとミルコから指名を受けたんだが……」

 

「悩んで決められないと……」

 

 熱犬孤児院の応接室。普段は美波の仕事部屋として使われているが、時として客人をもてなしたり、こうして相談を受ける部屋としても使われる。最も、一番の使い道は美波と拳士の晩酌会場としてである。

 そんな応接室にて、美亜が美波に相談を持ちかけていた。美亜は指名先のリストをもらってから、休み時間や昼休みを使ってしばらく考えた。しかし、たった2つの選択肢のはずが結論は出なかった。美亜は家に帰った後もしばらく考えたが、諦めて美波に相談することにしたのだ。

 

「うーん、普通なら自分の個性に合った事務所に行くんだけど……。正直に言うけど、この2先ならどっちも合ってないと言わざるを得ないわ。ホークスは飛行能力持ちで、ミルコは動物系個性、どっちも機動力重視の俊敏なタイプ。美亜とは正反対ね」

 

「あぁ、何故指名がきたのか不思議なほどにな」

 

 美波の言葉に、美亜も頷いて同意する。

 美亜は何度も考えたが、本当に相性が悪すぎる。ただでさえ機動力に難がある上、ホークスは飛べるし、ミルコは跳べる。あの体育祭で、何があったら私を指名しようと思うのか。

 眉を顰めた美亜の表情を見て、美波は微笑みながら頷く。

 

「――でもね、最後に決めるのは貴方よ。自分で考えて、自分の意思で決めなさい。私達にそれを縛る権利はないわ」

 

 この言葉は本心だ。ここで美波がどちらかの事務所を薦めれば、美亜は必ずその事務所に決めるだろう。それ程までに、美亜にとって美波達の言葉は重い。

 確かに、美亜は将来ヒーローになりたい訳でもなく、また別の夢があるわけでも無い。しかし、夢、目標、理想、たとえ叶わなかったとしても、それらを考えることで見えてくるものがある筈だ。

 美亜は美波達に依存している節がある。だからこそ美波は、出来るだけ美亜自身に考えさせ、力になりたいと思っている。雄英高校に入り、沢山の同級生が出来て、(ヴィラン)とも遭遇した。ずっと熱犬孤児院に篭っていた美亜にとって、非常に大きな転換期が訪れている。今こそ自主性を育む良い機会なのだ。

 

「それでも……それでもあえて言うのであれば……貴方の夢は何?ヒーローとしての姿勢、経験、知識。職場体験で学べることは何も強さだけじゃない。美亜のクラスメイトだって、夢や目標の為に何かを学びにいくのよ」

 

「私の夢……か」

 

 美波の言葉に美亜は目を伏せた。そんな美亜を慰めるように、美波は優しく微笑んで言葉を続ける。

 

「ごめんね、大袈裟に言っちゃって。夢なんてまだ分からなくても大丈夫。でも、せっかくの機会だから、少しでも目的を持って行って欲しいの。数年後、何十年後を見据えろなんて言わないわ。職場体験後、どんな成長をしたいか。いわば目標かしらね」

 

「私の目標……そうだな、今は――ただ力が欲しい。強くなければ何も守れない、何も成すことはできない。立派な心構えも経験も、根底にあるものは強さだ」

 

 だが、美波とって、夢や目標、将来を美亜に考えさせることよりも遥かに大切な事がある。それは、美亜を護る事だ。

 USJ襲撃の際、美亜は脳無と呼ばれる(ヴィラン)によって、激しく傷つけられた。相澤から聞いた話によると、半狂乱のような状態になってまで戦っていたそうだ。そして体育祭での暴走。美亜にとって雄英高校で得たものは多いが、悪影響を及ぼしている側面もある。

 日常生活に支障をきたしている訳ではないが、それでも心配で堪らない。職場体験で1週間も離れるとなると尚更だ。もし、職場体験で再び(ヴィラン)に害されてしまったら……。美亜は無表情で、感情こそ見えないが、その精神は脆く、不安定だ。心の奥底で負担になっている可能性はある。

 

「そう……強くなりたいなら、私はミルコの元へ行くべきだと思うわ。貴方にとって、空を飛べて、羽という特殊な要素を扱うホークスは参考になりにくい。拳士と似た個性のミルコであれば、まだ近接面で参考になるかもしれない。勿論、最後に決めるのは貴方だから、あくまで参考にね」

 

 美波は美亜に優しく微笑みかけながらも、自分に対して嫌悪感と不快感を抱く。美亜の自我を育てたいと思いながら、美亜を守る為と言い訳しながら、結局は自分の身勝手の為にこうして美亜を縛るのだ。

 体育祭の後、美波と拳士は、信頼できるヒーローの1人であるミルコにあるお願いをした。それは美亜に指名をだして、職場体験に迎え入れて欲しいというものだ。職場体験やインターンなど、後輩の指導を受け入れていないミルコだったが、拳士との手合わせを対価に頷いてくれた。ミルコ程の実力者であれば、そう易々と美亜が傷付けられることは無いだろう。

 

「そうか……美波さんがそういうのであれば、ミルコの事務所に行こう」

 

 少し考える素振りを見せた後、顔を上げた美亜と視線が合う。紅く、そして強く輝く、本当に綺麗な眼だ。願わくば、その眼で自分の未来を見据えて欲しい。本当なら無限の可能性と数多の希望に、一層眼を輝かせて欲しい。

 だが、それはできない。また失う事が怖いから。あの頃憧れ、目指した理想のヒーロー像が、幾年経とうとも美波を縛り付ける。

 

「美波さん、背中を押してくれてありがとう。私はどうも決断力が足りてないらしい。これからも頼る事があると思うが……」

 

「大丈夫よ、いつでも頼っていいの。美亜は私達の家族だから。例え血は繋がってなくても、それだけは胸を張って言える。不安がることなんて何もない、私達はこれからも共に生きていくの」

 

 美波はそう言って、優しく微笑む。少しだけ俯き、不安そうな顔を見せていた美亜は、その言葉を聞いて顔を上げた。そして、少しだけ晴れやかな表情を見せると、礼を言って退出していくのだった。

 

───────────────────────────

 

「私……最低ね……」

 

 美亜が退出したドアを見つめながら、美波はポツリと呟く。

 雄英高校に入学してから、益々美亜の表情が分かるようになってきた。未だに他人が見れば、能面のような無表情に見えるだろう。ただ、眼の奥や頬の動き、口角から感情が溢れている機会が増えているのだ。

 そして今、美亜は本気で悩んでる。あのヒーローに興味などなかった美亜が、職場体験に対して少しは前向きになっている。例えどんな理由であれ、大きな成長だ。そんな時に家族が何をしてあげるべきか。寄り添って、共に悩み、道を見つけさせるべきではないのか。

 自身に対する不快感と嫌悪感が心を埋め尽くし、それが引き金となり、益々自分が嫌いになっていく。

 美波はそんな思考の悪循環を断ち切るため、すっかり冷えたお茶で喉を潤す。そして徐に携帯を取り出し、電話をかけた。

 

「あっ、ワンちゃん?まだ買い物中?うん……そうそう。ちょっとね……お酒多めに買ってきて。今日は付き合ってもらうわよ」

 

 電話の向こうから、拳士の呆れたような声が聞こえる。どうせ、また愚痴に付き合わされるとか思っているのだろう。まぁその通りなのだが……

 

 





美波「ラミア……いいヒーローネームだわ!」

拳士「しかもクラスメイトに決めてもらったって……友達じゃんか!!」

美波&拳士「よかった、よかったよぉ……」

晩酌は、美亜のヒーローネームによって、意外にも愚痴少なめで終わったそうな。

○美亜の職場体験先
 ホークスとミルコ比べたらミルコになりますよねという話です。
 美亜の悩みは、なぜ自分が指名されたのかという困惑と、ヒーローに対する興味の薄さからくるものでした。なので美波がこっちの方がいいといえば、必ずそちらを選択するでしょう。ただ、美亜の成長を考えれば、それだけは避けたかったのが美波の心情です。
 ですが、美亜を守りたい気持ちには勝てず、拳士との相談の結果、ミルコに依頼することになりました。それでも、ギリギリまで考えさせたくて色々問いかけています。美波的には、「強くなりたい」という目的を引き出せただけで、一先ずはヨシ!でしょう。

 ここまで読んでいただきありがとうございました。
 これで次回から職場体験編に突入です。美亜は何を学ぶのか、ステインや脳無との戦いはいかに?
 次回も読んでいただけると嬉しいです!よろしくお願いします!
 
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