血濡少女のヒーロー?アカデミア   作:夏秋冬

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第34話 血濡少女と苦難

「痛ってェ……くそ……」

 

 体が動かない。たった一撃くらっただけのはず。それなのに全身が軋む、立ち上がることすらできない。

 

 いつものファイトクラブ、喧嘩に明け暮れていた時にその女と目が合った。コスチュームの上からでも分かる細身ながら筋肉質な体、立ち姿は重心が安定しまさに骨で立っているかのよう。一目で分かる、この女は強い。

 人差し指で挑発すると、女は意外そうな顔をした後、好戦的な笑みを浮かべてリングへと上がってきた。頭部の犬らしい耳に加え、真っ白な歯には発達した犬歯が2本、こいつも私と同じ動物系の個性らしい。

 そしてタイマンが始まる。女は腕を組み、どっしり構えたまま動かない。舐められているのか、それとも実力を試しているのか、どちらにしろ気に食わない。

 地面を蹴り上げ、跳躍して一気に距離を詰める。勢いそのまま上空から踵落としを繰り出したが、女は反応する素振りすら見せない。脳天をカチ割り地面に這いつくばらせてやろう、そう思った次の瞬間、私の足はまるですり抜けたかのように空を切った。

 

(個性か!?いや……!)

 

 空を切り着地した右足を軸に回転、遠心力を乗せ左足を横薙ぎに振るう。しかしそれも虚しく空を切る。その後も全力の足技で連撃を加えるが、掠りすらしない。それどころか女は楽しそうに笑みを浮かべたまま、腕を組んだままだ。

 目にも止まらぬ連撃に、会場のボルテージが上がっていく。今でこそ女は躱せているが、圧倒的な速さと手数の前になすすべなく敗れることを誰もが確信していた。そんな熱狂の渦の中、私の思考はやけに冷静だった。

 

(違う、個性じゃない。この女はただ躱しているだけ。当たるか当たらないかのギリギリで、僅かに重心だけをずらして……!信じられねェ、武術かなんかかよ!)

 

「――良い」

 

 決めにいった大振りの踵落としが躱された瞬間、女の声がはっきりと聞こえた。地面に足が着くまでの時間がスローモーションのように過ぎていく。女が左足を前に半身に構え、膝を曲げ重心を低く低く落としていく。組んでいた腕が解かれ、右手が後ろへと引き絞られる。私の思考が全力で警鐘を鳴らしているが、未だ地面に足はついていない。躱せない――そして、振り抜かれた拳が私の腹部に直撃した。

 大砲にでもぶち抜かれたような衝撃が襲う。肺の中の空気が全て吐き出され、無惨に吹き飛ばされた私は、宙を待ってリングの金網に叩きつけられた。

 

「お前強いな!」

 

「は?」

 

 地面に這いつくばったまま痛みで動けない私に対し、女が何故か満面の笑みで褒めてくる。

 

「手合わせすれば分かる!重心の移動、卓越した足技、戦い慣れてるな。その年齢では考えられない程強かった!」

 

 先程までの威圧感は何だったのか、女は底抜けに明るい声色で話しながら、無用心に近づいてくる。

 

「だからこそ惜しい。そのままではいつか限界が来て壁にぶち当たる時が来る」

 

「今言うと皮肉だぜ……お前クソ強いな。何したらそんな強くなんだよ」

 

 女は顎に手を当て、うんうんと唸りながら考え出した。そして、何を思いついたのかパッと表情が明るくなった。

 

「私は強くないよ、まだまだ未熟者で学ぶことも多い。でも……そうだな、何かの為に、誰かの為に、そんな思いが私を奮い立たせてくれる。どんなに辛くても苦しくても、限界を超える力をくれる。敢えて言うならそんなところだ」

 

 そう言ってにっこり笑い、女が手を差し伸べる。太陽のように眩しい笑顔だ。

 

「だから一緒にヒーローを目指そう!君はきっと凄いヒーローになれる、そんな気がするんだ!」

 

 私は女へと手を伸ばす。この手を掴めば、私はもっともっと強くなれる。知らない世界や見たことのない景色を見られる。

 しかし、手が触れそうになったその時、女の体が力強く引っ張られ私から引き剥がされた。

 

「こんな所で勧誘なんて、精力的だね拳士ちゃんは。私は目立たないでって言ったつもりだったんだけどな……」

 

 現れた女は悲しそうな表情をしているが、拳士と呼ばれた女は後ろから襟を掴まれたまま青い顔をして震えている。

 

「ごめんね、痛かったよね。大丈夫、もう痛くない、貴方は頑張れるわ」

 

 痛みで未だ立ち上がれない私へと近づいてきた女は、目の前でしゃがみ込むと、頭を撫でながら優しい口調で話しかけてきた。

 すると痛くて動かせなかった体から痛みが引き、今までにないほど力が漲ってきた。

 

「効果はあくまで一時的なものだから、ちゃんと医務室に行きなさいね。それじゃあお騒がせしました〜」

 

 呆気に取られたミルコの前で、拳士と呼ばれた女は襟を掴まれ、そのまま引き摺られて去っていった。

 

───────────────────────────

 

「あー……悪かったって、流石にやりすぎた」

 

 職場体験2日目、昼食を食べに来たサンドイッチ屋でミルコは美亜に謝っていた。

 事の発端は、前日に引き続いて行われた実戦形式のタイマンだ。流石に2日目という事もあり、ミルコはある程度教えながら戦おうと思っていた。しかし何度ボコされても立ち上がってくる美亜につい熱くなり、思いっきりボコボコにしてしまったのだ。

 

「別に気にしてないから」

 

 そう言ってサンドイッチを頬張る美亜だったが、頑なにミルコに目線を合わせない所を見るに明らかに拗ねている。

 ただ拗ねるのも分からなくはない。戦い方がダメだとか言っておきながら、教える事もなく、学ばせる間もなくボコボコにしたのだ。

 

(ガキのお守りはむずいな……孤児院やってる拳士さんや美波さんはすげぇわ)

 

 初めての職場体験受け入れという事もあり、教える事の難しさにミルコは頭を悩ませる。たった1人でも2日間でこの有様だ。これが複数人いて、生活の面倒を見なければいけない。私には絶対出来ない。勿論子供は好きだがそれとは別の問題だ。

 

「はぁ……まぁいいか。そんな事よりずっと手合わせしてるけど、パトロールとかしなくて大丈夫なのか?」

 

 美亜は海老とアボガドが詰まったサンドイッチを食べ終え、ようやく一息つく。再生に加え無痛があるとはいえ、脳が揺れて普通に気分が悪かった。冷静さを取り戻し、気になっていた事をミルコに問いかける。

 ミルコは事務所を持たないヒーローであり、全国各地を転々として活動している。この保須市にに来た理由も何か用事があるからだろう。今日の午後もまた手合わせをすると聞き、パトロールに出なくていいのかと疑問が湧いた。

 

「あぁ、お前もここに来る時見たろ。今この街にはヒーローが多いんだよ。だから多少私がいなくたって大丈夫なんだ」

 

 ミルコの言葉に美亜も心当たりがあるようで深く頷く。確かに、ここに来るまでやたらとパトロールしているヒーローを見かけた。お昼時で一般人の人出も多いので、そんなもんかと思っていたが、言われてみると違和感を感じる。都心なら分からなくもないが、保須市は郊外都市で人通りもそこまで多くない。

 

「確かに多かった気がするな。なんだ、凶悪な(ヴィラン)でもいるのか?怖い怖い」

 

 美亜は茶化すような口調で言ったが、神妙な顔で頷いたミルコを見て目を見開いた。

 そして徐に身を乗り出したミルコは、周囲の客に聞こえぬよう声を潜めて話し出した。

 

(ヴィラン)の名はステイン。巷では"ヒーロー殺し"なんて呼ばれてる。17人のヒーローを殺害し、数多のヒーローを再起不能にしたマジもんの殺人鬼だよ」

 

 ステイン、ヒーロー殺し、美亜はどこかで聞き覚えがある名に思慮を巡らす。確かニュースや新聞では無かったはずだが……

 

「そいつがこの街にいるのか?」

 

「あぁ、奴はこの街で1件事件を起こしたが、()は次も此処に現れると踏んでるようだな。だから私が呼ばれたんだよ」

 

「あ……」

 

 その時、もやもやしていた美亜の思考がストンと腑に落ちる。

 何故、向上心が高い飯田が、もっと上からの指名があったにも関わらず中堅のマニュアル事務所を選んだのか。何故、路地には気をつけろだの、ヒーローの側を離れるなだの、あんなにも私にしつこく注意してきたのか。

 飯田は気付いている、ヒーロー殺しが再び保須市に現れる事を。飯田の兄、インゲニウムがヒーロー殺しに襲われたのは保須市だ。何故気付いたかは分からないが、それでも確信しているからこそここに来た。兄の仇を討つために。

 

「どうした?」

 

「いや、何でもない。セットにしてポテトも頼んどけばよかったなって」

 

 しかし飯田の目的を理解して尚、美亜はそれを止めようとは思わない。当然緑谷や他のクラスメイトなら必死で止めようとするだろう。雄英高校生とはいえ唯の高校一年生。ヒーローを何人も殺している殺人鬼への仇討ちなど自殺行為に等しい。自らの命を投げ打つ行動を、兄や残された者達は喜ぶだろうか。

 だが、そんな綺麗事では済まない感情がある事を美亜は知っている。復讐、怨念、激情、理屈では抑え込めない心の奥でドス黒く蠢く怪物が、意思や理性とは裏腹に足を止める事を許さない。

 外野が如何なる言葉をかけようと、自分自身が生み出した怪物に人ごときでは敵わないのだ。

 もしそんな怪物を打ち倒せる者がいるのなら、きっとより強き光を持って、強引に照らし尽くしてくれる、そんな者なのだろう。

 

――だが、私にはそんな者は現れなかった。

 

「お前って意外と食い意地張るよな。ほら、私の食っていいぞ」

 

 美亜は胸騒ぎを覚えながら、ミルコから差し出されたポテトを食べるのだった。

 

 

 美亜達は昼食を食べ終わり、軽くストレッチをして午後の訓練に入った。

 しかし、どうも美亜の動きがおかしい。キレが悪いのか、心ここに在らずというべきか。午前中より明らかに覇気を失ったその姿にミルコも首を傾げる。

 

(もしかしてボコし過ぎたか……?いやでも機嫌治ってたっぽいよな。表情に出ないからわかりずれぇな)

 

 生意気な態度でいつの間にか敬語も取れている美亜だが、所詮まだ高校一年生の子供だ。勢い余ってダメ出しした上ボコボコにしてしまったが、予想以上に精神的にキているのかもしれない。

 

「なぁ、お前の個性の強みって何だ?」

 

 蹴り砕かれた肋骨は再生しているはずだが、仰向けに倒れたまま動かなかった美亜は、ミルコからの問いかけにゆっくりと体を起こした。

 

「強み?」

 

「ただでさえお前の個性はできることが多いんだ。これだって強みを見つけて、それを軸にした戦い方を見つける。未熟で若いお前にとって何より重要な事だと思うぞ」

 

 それを聞いた美亜は、その場で胡座をかくと顎に手を当て考え出した。

 千染美亜の個性は非常に優秀だ。そもそも能力が1つの個性であると思えないほど多い。それに加えて思考能力も高く、冷静な判断力を武器にさまざまな作戦を考える事もできる。この歳で既に相当なレベルに到達している。それがミルコから見た美亜の評価だった。

 だがその反面、粗も非常に多い。多様な能力は裏返せば扱いが難しいという事だ。なまじ思考力が高いが故に、戦い方に迷いが生まれてしまっているのだろう。更に冷静すぎる(・・・)のも問題だ。無意識の内に自分には出来ないと決めつけている。客観的に見ているつもりだろうが、自己肯定感の低さと相待って、己の可能性を大幅に狭めてしまっている。

 

「強みか……操血ではないな。どちらかと言えば再生の方が重要といえる。再生がないと今の戦い方は出来ないしな。使う機会も1番多い」

 

 美亜はそう言って血腕を見つめる。操血単体では、どうしてもブラドキングのように血液を溜めて放出する戦い方になる。コスチュームも重くなるため、血液量が少なく体が貧弱な美亜には不向きだ。だからこそ『再生』の恩恵は大きい。まず、出血を前提とした戦い方を取ることができる。勿論血液量を増やせる『増幅』は必須だが、躊躇なく腕を切り落とせるのは、死地に飛び込めるのは全て『再生』あってこそだ。

 

「確かに再生も強力だが、もっと根本的な所だ。強みってのは、大体無意識で当たり前のように使ってるものが多い。それこそ息をするかのように自然とな、そこまで突出してないと強みとは言ぇねぇ」

 

 少しヒントを与え過ぎたかもしれないが、丸投げというのも酷だろう。それに、拳士さんが褒めちぎっていただけあってセンスはいい。正しい方向に成長さえすれば、かなりの実力を持ったヒーローになれるだろう。

 だからこの職場体験は何かの縁だ。かつて増長していた自分に背中を見せてくれた拳士さんの頼みであれば、少しぐらいアドバイスしやってもいい。だがこれ以上はだめだ。後は美亜自身が気付き、それをどう活かしていくか次第だ。

 眉間に皺を寄せ、再び頭を悩ませ始めた美亜を残して、ミルコは飲み物を買いに運動場を後にした。

 

───────────────────────────

 

「これでいいか……」

 

 独り言を呟いた美亜は、ベッドに携帯を放り投げると自分も仰向けに寝転がった。幸いにも痛みを感じないため、気怠さを感じるだけで済んでいるが、痛みを感じる体であれば、今頃は筋肉痛でのたうち回っているだろう。それぐらい激しい手合わせを2日間も行なっている。

 だがその甲斐もなく、何がダメなのかは未だに分からない。今日も強みは何かとか聞かれたが、どうやら『再生』の事では無いようだ。言い方からして、個性の新たな使い方、戦い方を模索しろと言う事なのだろう。そのための軸となる強みを認識させようとしている。

 美亜は仰向けのまま拳をベットに叩きつける。拳はスプリングによって跳ね返され、ベットが軋む。成長しない自分に、答えを見出せない自分に腹が立つ。

 

「強み……無意識で使っているもの。多分痛みを感じないことだよな……個性じゃ無いけど」

 

 強みに関しては何となく目処がついている。ミルコのアドバイスは、殆ど答えを言っているようなものだった。

 確かにいくら再生があろうと、生物は本能で痛みを避けようとして脳にリミッターをかける。それを感じないという事は、生物の無意識のリミッターを解除できるという事だ。通常なら足踏みする場面で死地に飛び込む、筋繊維を酷使し限界を超えた力を発揮するなど心当たりは多い。

 それが何だというのか。無痛を軸にした戦い方なら既にやっている。無痛があるから腕を切り落とせるし、出血の為に傷を負うことができる。だがミルコが言いたい事はそういうことではないはずだ。勝てはしなくても、少しでも戦えるアイディアを出す。そこに成長のヒントがあるはずだ。

 余りにも濃い2日間を思い出し、美亜の頭に天啓のようにアイディアが閃いた。

 

「あぁ……そうか、そういうことか……」

 

 美亜は弾かれたように起き上がると、運動着に着替えて外出の準備を始めた。

 

「まったく、初めての一夜漬けだな」




犬千代 拳士(16歳)
 雄英高校に通う元気印のヒーロー志望生。1年の後期から頭角を表し、2年生で既に学内指折りの近接戦闘力を持つ。一方掠め手に弱く、格下にも足元を掬われることも多い。1学年上の美波とはインターン先も同じ事務所を選ぶほど仲がいい。

大越 笑瑠(おおごえ える)(⁇歳)
ヒーローネーム:エルガール
 ヒーロービルボードチャート第8位に輝いた実力を持ち、人気もあるヒーロー。普段は夫婦ヒーローとして夫婦で活動している。美波と拳士の職場体験、インターン先であり、2人にとても期待して可愛がっている。
 個性は『応援(エール)』。声に出して応援した相手の能力を上昇させる個性、想いの強さによって上昇度は変わるため、夫に対して最大の効果を発揮する。対象は生物に限り、ネガティブな効果はかけられない。

 読んでいただきありがとうございました。
 なんだかんだ教えてくれるミルコは、拳士への恩が多大にある好感度補正付きだからです。でもTUMの様子を見てる限り、以外と面倒見良かったり、デクの策を認めたりと、猪突猛進ってタイプでは無さそうですよね。
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