血濡少女のヒーロー?アカデミア   作:夏秋冬

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第38話 血濡少女と保須事件:3

 

「待て!逃げるなクソ(ヴィラン)!」

 

 ビルの壁から壁へと飛び移り脳無を追い立てる。肉体の限界を超えた出力にブチブチと筋繊維が切れる音が体内に響くが気にしない。どうせ痛みなど感じないのだ。着地した美亜はコンクリートを踏み砕き跳躍する。

 背から生やした6本の血腕は自在に動き脳無を追い立て、跳躍した衝撃によって千切れた筋繊維は瞬時に再生する。6本の血腕を自在に動かしながら自身の再生能力もフルに活用する、少し前の自分なら考えられない程の個性の出力だが何故かそれが出来る。

 血で全身を覆った時に感じた壁を壊した感覚、不快に感じていた自分の個性がよく馴染む。

 

(なんとしても……なんとしてもアイツは殺す!私の直感が告げている、殺さなければならないと!)

 

 血腕の一本が脳無の右腕を掴む。驚いたのか脳無の動きが止まった一瞬の隙を見逃さない。残った四肢と胴を次々と掴み、遂に捕縛に成功する。逃げる事はおろか最早腕一本すら動かす事はできないだろう。

 ミルコ並みのスピードとパワーを持つ脳無を捕縛したことは、本来学生である美亜にとって驚くべき成果である。しかし今の美亜にそんな事を考える余裕など無くなっていた。

 

(殺す……殺す……殺す……殺ス、こロス、コロス)

 

 内から沸々と湧き上がる衝動。得体の知れないそれに突き動かされるように一歩、また一歩脳無へと歩み寄る。一方脳無はじっと美亜を見つめ、その姿が眼前に迫っても諦めたかのようにただ跪いている。その姿はまるで懺悔する敬虔な信徒のよう。

 

 両血腕が巨大な太刀へと変わり、脳無の頭蓋を目掛けて振り上げられた。

 もう逃がさない。いくら『再生』を持つ脳無だろうと脳を真っ二つにされれば無事では済むまい。鋭く、より鋭く、確実に命を奪う為に薄く強固に形成された血太刀が、淀んだ曇り空の下紅く煌めく。

 内なる衝動が突き動かす。能面の様な美亜の表情に紅の両眼だけが爛々と輝き色を放つ。

 

『殺せ!』

 

 そこには何の躊躇も無い。突き動かす衝動のままに、美亜の血太刀が脳無の頭蓋を目掛けて振り下ろされた。

 

 

 

 

 

「は…………?」

 

 致命の一撃が空を切る。美亜の両血腕が作った太刀は宙を舞い、遥か後方にドサリと音を立てて落ちた。

 驚愕に開かれた眼で自分の腕を見る。手首から先が消え失せ、美しい断面からは今にも吹き出しそうな血と肉が見える。

 美亜の思考が瞬時に動き出す。切り飛ばされた……誰に?いや、一人しか有り得ない。目の前の脳無だ。脳無の右腕が鋭利な刀へと変化し、捕まえていた血腕諸共切り飛ばしたのだ。

 

「お前ッ!」

 

 想定外の事態に悪態を吐いた美亜は、袈裟斬りに振るわれた追撃を躱し脳無から離れるべく強く地を蹴り上げた。

 やはり個性を隠し持っていた。体の一部を鋭利な刀へと変形させる個性だろうか。今はそれによって両腕が刀へと変わっている。

 だが、美亜が驚愕した理由はそれでは無い。この個性『刀』に見覚えがあるからだ。勿論同一、あるいは類似する個性など幾らでもあるだろう。しかし先程から美亜を突き動かす得体の知れない衝動が、直感の様な何かが、最悪の可能性を想起させる。

 

(まさか……いや……あり得ない!あり得るはずがない!あの時、確かに私が……この手で!)

 

 美亜が距離を取るため宙を跳びながら思考を巡らす僅か1秒、全力を出した脳無にとっては十分過ぎるほどの時間であった。

 脳無の姿が掻き消え、次の瞬間には美亜の首を掴む。そのまま美亜に反撃する隙も与えず地面に叩きつける。コンクリートが砕け破片が宙を舞う。

 美亜に馬乗りになった脳無は、両腕を刀へと変形させ美亜の肩口へと突き立てる。刀は血腕を切断して地面へと深く深く突き刺さった。これでは断面に密着した刀が邪魔になり再生が阻害されてしまう。

 

「ぐっ!」

 

 叫ぼうとした瞬間、脳無が右脚の足裏から刀を生やし血の鎧ごと美亜の鳩尾を貫く。脳無の全体重を受けた鎧は砕け、肋骨が粉砕し内臓が潰れる。内臓が傷つき逆流した血液が喉を塞ぎ、一瞬のうちに反撃どころか声を出すことすら封じられる。

 

(強すぎる!力も速さもミルコ並み……それ以上か?完全に見誤った……クソっ!動けない!再生もできない!どうする……どうする!)

 

 ありったけの憎しみを込めて脳無を睨みつけるが、そこに違和感を感じる。脳無から追撃する気配を感じないのだ。僅か数秒の内に美亜の動きを完全に封じた脳無は、その琥珀色の目でじっと美亜を見つめているだけ。

 

 その違和感の正体を探るべく、美亜は思わずその目と視線を合わせてしまった。脳無の無機質な琥珀色の目に朱が混じる。

 

「…………ア……」

 

 脳無の顎が僅かに上下に動き、そこからテレビの砂嵐のような不快感を掻き立てる音が漏れる。

 

「ミ……ア……ミア……美亜……」

 

 瞬間、美亜の全身を悪寒が駆け巡った。ずっと感じていた違和感が、衝動が、予感が、全てのピースが一致する。そここら導き出されたのは最悪の答え。

 

「お前……っ!!お前はッ!!」

 

 No.8ヒーローの片割れにして美亜の里親。7年前、世間を震撼させた「ヒーロー夫婦虐殺事件」によって死んだはずの男の名は――

 

「何故お前が生きている――千染 剣(ちぞめ つるぎ)!」

 

 脳無――千染剣の拳が唸りを上げて美亜の顔面に振り下ろされた。

 

 幸か不幸か、美亜の意識は恐怖を感じる間も無くここで途切れた。

 

 

───────────────────────────

 

 

「いや……いやだよぉ…………」

 

 漆黒に包まれた地下室に少女のすすり泣く声が響く。それは抵抗や反抗の意思を感じさせない、媚びるような、心の折れた人間の発する泣き声だった。

 少女は分かっていた。ルーティンのように幾度となく繰り返される暴力の時間、その時がそろそろ訪れる事を。冷え切ったコンクリートと自身を囲む檻しかない空間で、繰り返されるそれの時間だけが少女の意識に強く刻まれている。

 だから泣く。僅かでも、ほんの僅かでも、あの2人に同情の心が残されている可能性に縋ることしか出来ない。

 4歳の少女にとって異常な環境、だが他に何も知らない少女にとってはこれが世界の全てだった。悔しさは感じない。恨むのは常に自分自身、悪いのは無力な自分自身なのだから。

 もっとも、虐待の度合いは同情の心に依らず、彼等の表の仕事(・・・・)による疲れに左右されているのだが……それを少女が知る術はない。

 

 鋼鉄のドアが不快な金属音を響かせながら開く。漆黒の地下室の全容をランタンが明るく照らし出す。

 少女の目は暗闇に慣れすぎてしまい侵入者の姿は眩しくて見えない。だが足音は1人分。ここに単身で来るのはあの人しかいない。

 

「――始めるか」

 

 地下室に男の声が響く。無機質で、冷徹で、何の感情も篭っていない声だ。

 

「やだよぉ……どうして……どうして……」

 

 これから起こる凄惨な光景を想像した少女の口から、絞り出すように悲痛な声が漏れる。

 

「……何で?変なことを聞くなよ。いいか、全ては正義の為、より良き世界の為。お前は危険だから、使えるようになるまで調教しなければならない。はぁ……こっちの苦労もわかって欲しいな」

 

 男が天を仰ぎ見る。これから行われる残虐な行為が義務であるかのように真面目な顔をしているが、その両目だけが赤く爛々と猟奇的な輝きを放っていた。

 

「まぁいい、いつかきっと今の日々を振り返って感謝する時が来るだろう。いいか、その力を正しき目的のために、善の為に振るうんだよ。おっと……話しすぎてしまったな。それじゃあ始めようか……私の美亜(化け物)よ」

 

 

───────────────────────────

 

 

「ぐすっ……うぅ……いやだ……やめて……」

 

 振り上げられた脳無の拳が止まる。美亜の目から大粒の涙が溢れ出す。意識はとうに途絶えた筈だが、まるで悪夢に唸れているような苦しげな声が聞こえる。

 脳無は不思議そうに首を傾げると再びその拳に力を込める。今度は確実に意識を奪う為に。万が一のことがあってはいけない。

 

 目の前の美亜に夢中になるあまり、脳無は自身の脇腹に当てられた拳に気付く事が出来なかった。

 

 

「犬千代流拳術――」

 

 踏みしめた両脚がコンクリートを踏み砕き地面に沈む。その衝撃を体の内に残し、全身の筋肉を使い体内で増幅させる。膨れ上がる衝撃に筋繊維が膨張し筋肉が軋んで悲鳴をあげる。感覚を研ぎ澄まし衝撃を外に逃さないよう筋肉をコントロールする。

 連綿と受け継がれてきた犬千代流拳術の中でも、奥義とも呼ばれる超高等技術を要する一撃。長すぎたブランクによって本来であれば扱える代物では無い。それでも美亜(家族)を救う為に、そう思うと力が溢れる。

 この技は破壊に特化した型。踏み砕いて得た衝撃を自身の筋肉によって増幅させ、拳の一点に集めて放つこの技は世間一般では発勁と呼ばれる。だが、発勁も彼女の異形型個性によって強化された力を使えば恐るべき威力へと変わる。衝撃が解放された時に放たれる轟音が、まるで咆哮のように聞こえることから名付けられた技の名は――

 

吠咆(ばくほう)!!」

 

 轟音が鳴り響き、衝撃で地が揺れる。発勁が脇腹に直撃した脳無は吹き飛ばされ、遥か遠くのビルに突っ込んで砂埃を上げた。

 

「お前ッ……!お前!!ウチの美亜に何してんだ!!!」

 

 熱犬孤児院副院長、犬千代拳士の怒りの咆哮が響き渡った。

 





○犬千代流
 拳術の名家。戦国の世にルーツを持ち、気の流れを自在に操る流派。
 個性発現後もその技は受け継がれている。何故か犬千代家は代々異形方個性、特に犬や狼などの種類が多い。
 中でも拳士は才能があり、史上最年少の高校2年生で奥義を使うなど将来を期待されていた。ただ当の本人はヒーローに憧れており家を継ぐ気はなかったらしい。

千染 剣(ちぞめ つるぎ)
ヒーローネーム:ブレイド
 ヒーロービルボードチャート第8位に輝いた実力を持ち、個性のかっこよさから子供から絶大な人気を誇るヒーロー。大越笑瑠の夫であり夫婦ヒーロー活動している。性格は実直で素直。一方で猪突猛進なところもあり、よく笑瑠に宥められている。美波と拳士の職場体験、インターン先であり、2人にとても期待して可愛がっている。
 個性は『刀』。体中の至る所を刀に変化、生やすことができる。基本的には手から刀を生やしたり、足や腕を刀に変形させて戦う。鍛えれば鍛えるほど鋭さや強度があがる。

ここまで読んでいただきありがとうございます!
リアルが忙しすぎて気付いたら2月……
ポケモンアルセウスやりたい……
亀更新で申し訳ありませんが、次回もよろしくお願いします。
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