感情の詩   作:日比谷 雷電

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甘い甘い

いつもの店だ。変わり種のドーナッツばかり売っている私の大好きな店。私は趣味で来ているのだが、私の相棒には必要不可欠なものである。私は自らの意思でパシられているわけだ。

『やぁ、調子はどうだい?』

「やぁ、アッシズ。今日は何にする?」

『ループ、バブルガム、スノーボールにしよう。後は…グレーズと適当に見繕ってほしい』

「任せとけ!」

結局4箱分になった。これ程ドーナッツを買うのは私くらいだ。帰り道には道行く人が私を見ているのだ。それもそうか。陰気な男がドーナッツ箱を抱えてとぼとぼ歩いているのだから。

 

「おっ、帰ってきたか。今日はなんだろうな」

『グレーズとオールドファッションらしい』

「まさかTex assを買ってきてないだろうな?」

『残念ながらTex assだ。頑張って食べるといい』

彼は異様に大きいグレーズを頬張った。美形の男がデカいドーナッツを抱えて頬を膨らませているなんて面白すぎるだろう。もし私が笑えたら大声で笑ってやるのだが。

『よく食べておけよ。君がいなければ始まらない』

「分かってるさ。お前も食べておかないとスタミナ切れ起こすぞ。絶対に失敗できないんだ」

『そのためのバブルガムだ。食べたくなくても食べることになる、せっかくだから変わり種を食べておきたかったんだよ。失敗しようと成功しようと死ぬかもしれない』

「お前は死なせないぞ。ドーナッツ配達員として魔法使い引退まで付き合ってもらう」

私は既に自分の分を食べ終えたので最後に言いたいことを言うことにした。

『私とお前が逆だったらどんなに良かっただろうか』

「それはどういうことだ?」

『私はドーナッツを死ぬほど食べたい。君は自分の声がコンプレックスだ。魔法の代償として私は声を失った。君は魔力の代わりにカロリーを消費する。これが逆ならどんなに良かっただろう』

「本当にな…。だがそもそも奴がいなければ魔法使いにはならなかったし、私達もいなかった。こんな悲観的な考えにもならなかった。そのためにもやるしか無い」

彼は随分と食べるのが早いらしい。私が3つ食べるうちに10個食べ終わっていた。作戦の時間までまだ1時間ある。

『それにしても。私達が対勇者用の人外兵器だとは思わなかった。そして失敗作だったしな』

「成功してたら失わずに済んだこともあったのかもな」

『戦って、勝って、自由になって、ドーナッツたらふく食べたかったな』

「死ぬと決まったわけじゃないだろ?」

『いいや、死ぬさ。学園のファイルを見たら残念ながら私達が戦ってるうちに対消滅爆弾で空間ごと消し飛ばすんだと』

「魔法学園が科学に頼るのかよ」

『ドクトル・ブラウのブレイクスルーが話題のご時世だ。仕方ない』

「まぁ、あんな女引連れて冒険してる害悪はのさばらしておけないし、命をかけてでも消す価値はあるか」

『そう信じよう。それしか出来ない』

戦場に出れば私たちは会話できない。私が声を出せればいいのだが、残念ながら叶わない。今回は敵の様子を伺いながら手話をする暇もない。一瞬の隙も与えずに勇者一行に地獄のような波状攻撃をしなくてはならない。私達が加熱しきったら爆弾で吹っ飛ばす。勇者を始末し、私達人外を作り出したことも隠蔽できる。悔しいが、私達の負けだ。


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