「それじゃ、君たちテーマは決めてきたかな? その後に各グループのテーマを発表してもらうよ」
長テーブルに二人ずつ、それが横二列縦三列に配置された部屋に派遣されてきた南海講師の大きな声が響き渡った。
丸眼鏡の位置を直しながら話す彼の格好はとてもお洒落だ。普段教鞭をとる教官たちは坊主頭が多いからだ。······軍出の教官たちと比較するのは失礼になってしまうが。彼のウェーブがかかった黒髪に先からの灰色のグラデーション。藍がかった黒のスーツがとてもよく似合っている。
隣に座る男の同期が「俺にも髪があれば・・・・・お洒落できたのに」とため息をつく。そう言った彼は坊主頭だ。
(人前で話すのは恥ずかしいし、すぐテーマを発表して楽しよう。)
正面に向き直れば、南海講師が少し困った風にしている。
なにかを調べるのは好きだが自分の考えをまとめて話すのが苦手なのでそうそうにこの状況から抜け出したい。二人一組のグループで、もう一人のメンバーは隣の彼だが、南海講師のお洒落度にやられて消沈中だ。今教育が始まってから忙しく、彼女になかなか会うことができずにいたら、先日とうとう彼女に降られたらしい。心中お察しする。
さっきお洒落がどうこう言っていたが、正直お洒落かどうかは関係ないと思う。別のことを考えていたが、無言の間は続いている。
「私から発表してもよろしいですか?」
私は言いながら手をあげた。南海講師合わせて、二十四の瞳が私に向く。他にも発表したい者がいないか見回せば誰も、一番最初には発表したくないようでほっとしているようだ。
「ほう、やる気があっていいね。そのまま発表してくれ」
「はい、わかりました」
同期の呟きを聞いたからか南海講師の髪に目がいってしまう。普段は軍の短髪の男性としか接することがないというのもあるし、髪を束ねるのが可能な長さを持つ男性を見るのは珍しい。髪があると、なぜかない人たちよりも恰好よく見えるのはなぜだろうか。……やっぱり、珍しいからだ。
(政府側なんだろうな)
入軍してから四年。私が軍の昇任試験に合格した同時期に、政府は民間人からだけではなく、適性があるならば軍人からも審神者へと徴兵するようになった。今回はどういった条件で選出されたのか私には上の考えはわからない。とりあえず自分の他に決まった11人はどういったもので適性と見なされたかわからないが、審神者に関連する教育を受けることが決定した。
そのため、軍関係者の、その他に外部の人間からの教育を受けることが多くなった。教官、講師は主に政府、審神者、軍と三つの関係者からだった。
(なんかきなくさいよな)
三巴になんなきゃいいけど。私は嫌な考えを振り払って立ち上がる。
「私たち三グループは 審神者が国民に認知されてからでた弊害 です。以前、私たち軍から審神者を輩出する理由が、その弊害であると話をお聞きし興味を持ったからです」
講師は細い指で眼鏡のつるを押し上げた。
「ふむふむ、わかりやすいテーマだ。実際にあった事件をだして話をまとめるといいかもしれないね。楽しみにしているよ」
「はい、ありがとうございます」
言って直ぐに座る。
(終わった終わった)
隣を見ると「俺も、眼鏡かけようかな・・・・・・」とまだ項垂れている。きっと戦時の兵士に見えてしまうからよしたほうがいい、口にはださないで首をふった。
「次のグループは、彼女から時計回りに発生していってくれ」
講師の言葉で、私の後ろの席に座るグループ代表者が椅子から立ち上がった。
「僕たち四グループは・・・・・・」
そうして、各グループが順番にテーマをのべ、直ぐにテーマ発表は終了し、本番の調査発表が始まってゆく。
「まず、審神者制度以前の我が国の行方不明者数と審神者制度が秘密裏に行われていたときの行方不明者数を見てください。この数字だけですと数の変化は見受けられません。
しかし、次に注目してほしい数字には届け出がでており未だ行方不明の人数です。
この年代については自殺者数も増加傾向にありました。
そして審神者制度が施行されてからは、審神者適性者及び審神者の近類者の行方不明者数の増加が確認されました。当初は時間溯行軍かと疑われましたが現在は否定されています。理由については今回のテーマには関連しないため割愛します」
スクリーンには私の言っている内容のものが映り、一定の時間で画面が切り替わっていく。隣の同期がpc画面とスクリーンに目を向けなんとか頑張っている。私は、カンペを見ながら噛まないように必死に話していく。普段、口数が少ないため口が乾いて話しにくい。
(はやくおわってほしい)
「内訳は多種に増えており主に宗教団体と反政府組織です。適性見込みの者、審神者の適性があるのではないかと疑惑のある者、審神者の交遊関係者などを誘拐しマインドコントロールを目的としており(略) 救助できた民間人については現在も治療中であります……あ」
願いが通じたのか、待ちわびていたチャイムが鳴った。
「おや、もう終わりのようだね。では、今日は終わりにしようか」
南海講師の閉めの言葉のあとに、同期たちは一斉に席をたってゆく。講師はのんびりと自分の持ち物を片付け始めている。隣の彼は元気のなさから仲のよい同期に飲みに誘われて引っ張られていった。早く帰りたいので私も自分の荷物を片付けていく。
(次も発表か。ワンチャン同期に発表してもらうのを交代してもらおう。他のグループも交代しながら話してたし、なんとかなるか)
そう思い部屋から出ようとしたとき
「面白かったよ」
「ありがとうございます」
背中から誉め言葉を頂いたので反射でお礼を言う。南海講師だ。
「そのテーマを選ぶのは君と彼がはじめてだったよ」
「そうなんですか。テーマの発案はもう一人の彼なんですよ。なんで軍人から審神者になるんだっけ? と、そしたら復習も兼ねて調べるのもいいねって」
「事前教育の説明がふわっとしていたからだね」
「彼もそう言っていました」
背中から声をかけられていたのに、気付けば南海講師は隣に並んでいた。
「教官に審神者徴兵制度が施行されてからの書があるのだがよかったら来ないかい? 調べるのに役立つと思うのだが……」
知的な印象を持つ眼鏡。そのレンズ奥の目が細められている。私の中の知識欲が刺激される。
「資料があるのでしたら、私としては可能なら読んでみたいですがよろしいのですか?」
「終わりまで聞いていないが、どこのグループよりもしっかりと調べているのがわかるからね。この機会にもっと勉強してほしいんだ」
考えをまとめるのと、人前で話すのは嫌だ。けれど、ただただ知識を蓄えるのは好きだ。それに軍の教官たちよりも南海講師のほうが審神者徴兵制度について詳しく、関連資料も沢山持っているだろう。
「ぜひぜひ、お願いします」
せっかくのご厚意を断るのはもったいない。資料がほしい。読みたい。今後は実践訓練で時間が過ぎ知識をため込む日々は失われていくのだ。
「ふむ、では夕食を終えたあとに教官室に来てくれ」
「はい、よろしくおねがいします」
深く頭を下げると、南海講師は「それでは」と海講師は眼鏡を直しながら去っていった。私も早足で食堂へ向かった。
*
表札には南海と文字があり、ボードには在室と磁石で表示されていた。私は目的の部屋の前に立つと、姿勢を正して三回ノックする。軽く扉を叩くと、廊下にリズムよく音が響いて
「……あ」
ノックしてから、気づく。南海講師は軍の教官ではない。政府からの特別講師のは、ず。軍式の入室要領なのか、普通に入室していいのか悩む。
「……?」
悩んで、悩んで、扉の先からは返事のある様子がない。南海講師の現況ボードには在室。眠っているのだろうか? 私はドアノブに手をかけて
「……失礼、します」
音をださないようにそっと開く。すぐその先には積み重ねられた本が、山のようにそびえていた。山は一つや二つではなく、いくつもあり山が連なっている。
「あ」
南海講師がいた。そのいくつもある、本の山。その中で一番大きな山の横に、南海講師は床に座り込んでいた。スーツ姿のままで。
「来てたのかい。どうぞ、入ってくれ」
南海講師はこちらを振り向くと、にこりと微笑んだ。私は再び「失礼します」と一言告げて入室する。
「審神者徴兵制度の資料を探していたら、他の本に夢中になってしまってね。肥前君がいたら怒られてしまうな」
「確かに沢山の本がありますね……。探してくださってありがとございます」
「適当に、ソファーにでも座っていてくれ」
「あ、はい。お言葉に甘えます」
せっかく許可を頂いたのだから、ふかふかそうなソファーの真中に腰を下ろした。
「気楽にしてくれ、もし気になった本があるなら読んでくれて構わない。私は探しているから」
「はい」
そういった南海講師は本の山に手を伸ばしていく。夕日により照らされて際立つ艶髪。床に座っているだけだというのにスーツを着ていてもしっかりと着こなしてかつ見慣れているはずなのに他の講師教官たちと違い、上品な大人の色気を漂わせている。
私は首を傾げる。
(どうしてこんなことを思ったんだろう?)
異性と二人きりになっているだろうか? 南海講師は美形だ。緊張している? 普段は異性といっても同期と切磋琢磨と訓練に教育としているから慣れているつもりだったのだが。
「……ふむ。そうだ、君は審神者適正者、関係者を誘拐するものの内訳について話していたね」
「はい、今日発表したものですね。」
南海講師は眼鏡の奥でクスリと笑って口元で笑みをつくる。
「続きを聞かせてくれないかい? 次の科目では、発表の続きをとれそうにないからね」
「あ、調べたメモがないので、発表するのはちょっと……暗記をしているわけでもないので」
知識を蓄えるのは好きだけど、発表は苦手なのだ。
南海講師は本に手を伸ばし、タイトルの確認を繰り返し「それで構わないよ。軍出の学生からの考えをきけるのは貴重でね」と目を細めて、どうしてか私はその視線に吸い込まれる。
「審神者適正者、審神者適正見込みの者、審神者関係者が誘拐するのは主に宗教団体と反政府組織といいましたよね。」
気持ちを誤魔化すようにして私は話を切り出す。
「話の途中だったところだね」
「はい、そうです。誘拐の目的は、一般人でしたら身代金、悪戯、人間関係の構築が主にとあります。審神者関係者については主にマインドコントロールとスパイをさせるというものが多いそうです。正直、私としてはわが国でそういうスパイとかマインドコントロールという言葉に耳慣れていないので半身半疑なのですが……」
「そうだね、その単語は映画や小説の創作物でしか聞かないね」
「私もです。でもハニートラップなら軍でも耳にしていたので……あ、私の隣に座る同期も学生時代に他国からのハニートラップに引っかかってしまったことがあるんですよ。だから実はスパイは耳慣れていないわけでもないんです。なので、軍及び審神者関係者に対してのスパイについて話したいと思います」
「ふむ、いいテーマだね」
「ありがとうございます」
南海講師はゆったりと背筋を正した。眼鏡の反射なのかもしれないが南海講師の目は少年のようにきらきらと輝いた。講師が真面目に聞いてくれることに嬉しくなりながら私は話を続ける。
「まず、人がスパイにどうしてなるのか、大まかに四つ。一つ目がお金。この場合は情報料としての面での金額が発生するというものです。スパイにする側にとってもは人選びはとても大事なんです」
「ふむ」
「例えば、単純にお金が欲しいだけの人と多額の借金を抱えている人や親族の莫大な治療費を抱えている人……を対象にするのでしたら、誰が恰好の餌に見えますか? 南海講師でしたら誰にします?」
「そうだね。僕なら後者の二人かな」
「さすが南海講師です。……前者の方の金銭欲がどれほどかわかりませんが、ターゲットに選ばれるのは後者が多いです。
スパイを選ぶ側としては、報酬を小出しにしつつ借金が返済されるまで、病人の治療が完治又は死亡するまでの期間があることによって、相手は継続的にスパイにならざるをえない状況になるので……金が欲しけりゃいい情報をよこせ、という風にです。
なので、そういうった相手の背景はたくさん探られるそうです。調べるのも大変なので、一回で終わらずに継続できるほうがお得ですしね」
一瞬、南海講師と私の目が合った。
「ものは長く大事に扱わなくてはいけないからね」
「? はい、使いつぶすよりは丁寧に使って長持ちさせたほうがいいですよね」
夕日が漏れる中、床に座っている南海講師がどこか神秘的に見えた。私は光の影響かと判断し、続ける。
「二つ目は秘密 ですね。自分の名誉や立場を守るためのものです。偉い方々でしたら汚職をばれないようにするため……とか」
「さっき、君の同期がハニートラップに合ったと言っていたね」
南海講師の相槌に私は頷く。
「そうなんですよ。朝礼のスピーチでハニートラップについて話してくれて、女の子のいない軍学校のときに、外の女の子と仲良くなったんですけどその女の子、実は国外の人で……初めての彼女でうきうきして喜んでいてそれを上司に話したら、放課後呼び出しを受けて……別れて学校を続けるか、学校を辞めるかの二択を突き付けられたそうです」
「それで彼と彼女の関係はどうなったんだい?」
「彼は、彼女を選びました」
「おや、恋をとったのかい?」
目をぱちくりさせて、南海講師は驚いている。それはそうだ、私もそれをきいて驚いたのだ。だったらなぜ彼は軍にいるのか。
「ここがまた面白くてですね。彼が軍学校を退学したことを伝えたらですよ。彼女は軍人の男性が好みだからって別れを告げられたそうです」
「……これはまた」
南海講師は口元を隠すように手をあてて覆う。
「私も皆もきいてびっくりしました。今度、聞いてみるといいですよ。最近はまた別の彼女と別れて元気ないみたいですけど……では三つ目きますね」
「続けてくれ」
「三つ目はエゴイズム だそうです。 正直にいうと、私もエゴイズムはよくわかっていないのですが……」
「構わないよ」
そう言って、南海講師は笑ってくれた。私はそそくさと礼をいいはじめる。
「これについては、個人が所属している組織や周囲からの評価に対して不満があった場合ですね。例えば、あのこよりも私のほうができるのに……あのこだけずるい……という嫉妬などの負の感情でしょうか。そういった対象はプライドが高いので、上手くよいしょよいしょ上げていけば情報を提供してくださるそうです。けど扱うのはとても難しいそうですね」
「ふむふむ、自尊心が高くても大変だね」
「ですね」
南海講師は今確認した本を床に置いて、また山から別の本をとった。
「……四つ目は思想です。……あ、私は軍の人間なので政治に関わる内容を話すのは禁止されていますが、一応勉学としてとご理解くださいね。」
「そんな野暮な考えはしないさ、安心してくれたまえ」
軍の人間は政治に関わることは立場上個人であっても禁止されているのだ。南海講師も理解しているようですぐに応じてくれる。
「はい、ありがとうございます。では、思想については……なんて言えばいいでしょう。歴史を紐解けばわかりやすいのですが……特定の政治思想グループに強い共感を抱いていた場合は、その思想を理想としているわけで現実にしたいと考えているんですよ」
口と尖らせて考える。どうすれば上手くまとまるだろうか。そうやって天井に視線を部屋の色々なところになげてく。
「そのためには、実現するためには他の思想は邪魔なわけでして……元の組織を裏切ってスパイをするんですよね。情報を流したり、内部闘争を起こさせるとか身内切り等戦力を減らさせたりしていました。このスパイの特徴としては、一つ目のお金を求めていない人が多いです。」
「金銭を求めないのかい?」
「はい、例えば審神者の第一世代……初期の審神者では神官職から排出されるだけでしたよね。けど神官の数の少なさから歴史修正主義者との闘いは極めて苛烈すぎてすぐに審神者適正者を民間人から探すことになりましたが……
その間、審神者は神官一択のみでいいという考えの方と、数が足りないから神官以外からも審神者を出そうという二つの勢力があったそうで……
今、調べると神官一択思想グループにその他からも審神者を輩出する勢力のスパイがいたのがわかるんですよ。いつ思想を変えたのか、元々からかがわからないで終わりましたが。その方は、現実的に審神者の今後を考えていたんでしょうね」
上手く言えただろうか。ふらふらと彷徨わせていた視線を南海講師へと戻した。
「ふむ、審神者間でもスパイがねえ」
すると南海講師は言いながら立ち上がり、私の横へと腰を下ろした。腰と腰がくっつきそうで、けど触れていないのに熱がきて、落ち着いた香りがくる。そのまま、じっと私の目をみる。
「すみません。……審神者第一世代はものすごく盛りました。今の審神者の話は、私の憶測というか……一人か二人は鞍替えした審神者はいるだろうなって妄想です。第一世代と第二世代の間を調べてたら考えが広がってしまいました」
「正直にいってよろしい。今の考えとても面白かったよ」
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
と楽しそうに南海講師は笑う。耳の横に南海講師の声が絡みつき、息が私の耳をくすぐる。
「今日は見つからなさそうだから、また明日来てくれたまえ」
「わかりました」
「話の続きを頼むよ」
そう囁いた南海講師は、白い指で眼鏡を持ち上げた。