心が弱くても勝てます   作:七件

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おまけ回第二弾
副題:ひよりちゃんと一緒
二章終了後の時間軸、ネタバレは全くありません



とびだせ交友関係

 

 

 昼休みになったばかりの図書館は意外な穴場だったりする。

 館内で食事を禁止されているため、昼食場所として利用できないからだ。

 どうしても食事を摂る気になれなかったオレは、いつもの定位置に座る。

 

 図書館という場所は非常に居心地が良い。

 監視カメラの目を避けることもできるし、ここに居る人間は目の前の本にしか興味がない。充分な広さ、まばらな生徒。空調も本の保存のため適度に効いており、不健康な寒さはない。

 

 いつもの定位置、奥まったところにある三人がけのソファ。

 そこには既に馴染みの先客が一人、右端に座っていた。

 

 彼女の定位置。

 居ない日もあれば、居る日もある。

 オレが先にここに座り始めたのか、はたまた彼女が先にここに座り始めたのか。

 今となっては分からない。

 ミステリーがお好きなようで、よく首を捻らせながら、真剣に本を読んでいる。

 互いに名前を知らないが、クラスが違うということだけは知っている。

 

 オレはいつもの通り左端に腰を下ろした。

 そして、ロシア哲学の本を開いた。フランスの啓蒙思潮の影響がなんたらの話。 

 

「哲学、お好きなんですね」

 

 すると、彼女が初めてオレに話しかけてきた。

 オレは一瞬自分に向けられたものとは思わず、二度見して、かなり挙動不審な態度を取ってしまった。

 すぐに外面を取り繕い、答えようと思うが、一瞬躊躇う。

 自分でも分かっているが、どう説明しようにも奇行にしかならないからだ。

 

 彼女は少しだけ緊張した面持ちでオレの答えを待つ。

 もしかしたらこういう機会を実は今まで窺っていたのかもしれない。

 勇気を振り絞って話しかけて無反応なんてされた日には、オレだったら海に飛び込む。堀北にはいつもされているだろ、というツッコミはノーだ。

 

 まあ、ここで無視するのは、流石に、ない、か。

 

「……日本十進分類法って知ってるか?」

「日本の図書館で広く使われている図書分類法ですよね」

「それに合わせてるだけだ。これといって興味もない」

「はい?」

「おすすめコーナーの本は全部読み終えたし、総記も一通り眺めた」

「……もしかして、図書館の本を全て読破するつもりなんですか?」

「結果的にそういうことになるな」

 

 畏敬の念が込められた目を向けられる。

 自分で言っておいてあれだが、かなり変人染みているのは、誤魔化しきれそうにない。だが今ここで嘘を吐いても、結局本の選び方でいずれ気付かれてしまい、心の内でドン引きされることになるだろう。ならば、今打ち明けた方が精神衛生上よろしい。

 

「すごい……目標ですね。見習いたいです」

「いや、見習わなくていいんじゃないか?オレだってできれば早急に文学まで辿り着きたいんだがな」

「なら先に文学から手を出してみては?もしかして好きな物は最後まで取っておくタイプなんですか?」

 

 学生は図書館で本を選ぶとすれば、文学の傾向がある。これは一般論だ。

 

「まあ、ただの暇潰しだからな。時間を浪費することができれば、そこにどんな文字が綴られていても、気にならない」

「えっ」

 

 隣の少女は、ショックを受けたような顔をした。

 明らかに文学少女といった出で立ちだ、酷いことを言ってしまったかもしれない。

 

「あー、いや。もし良ければ、オススメの文学本とかあるか?」

「ひよりです。椎名ひより。名前で呼んでください」

「オレは綾小路清隆だ。よろしくな」

 

 変なタイミングでの自己紹介。

 かなり独特な雰囲気を持つ少女らしい。

 

「ミステリーはどうですか?」

「ミステリー……か」

「例えばローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ とか。ハードボイルドでカッコいいですよ」

「あー悪い。それはもう読んだことがあるな」

「え!?」

 

 ひよりが目を瞬かせ、それから身を乗り出す。

 明らかに先とテンションが違う。

 喩えるなら同族を見つけた一匹狼みたいな。

 なんか違うな。

 

「よ、読んだんですか?」

「ああ。ある人にオススメされてな」

「スカダーのキャラクターも良いんですけど、段々周囲を彩る他キャラの魅力も相まって作品の魅力を惹き立てていますよね。事件の陰鬱さもそうですが、」

「えっと、」

「あ、すいません!つ、つい……」

 

 突然の展開についていけず困惑していると、ひよりは頬を赤らめた。

 

「Cクラスの中には小説を好む人がいなくて、話し相手がいないんです」

 

 そして恥ずかしげに告白する。

 もしかして、友達0人ということだろうか。

 なんとなく親近感が湧いた。

 ただ、彼女の所属クラスには引っ掛かりを覚えた。

 敬語で話しかけてくる、ということは同学年と考えても良さそうだ。

 

「Cクラス……か」

「この前の審議の件はご迷惑お掛けしました。私は反対したんですけどね」

 

 反対?

 Cの実質リーダー的ポジションである龍園に、意見できる立場の生徒なのか?

 そこでオレは彼女の厄介さに気付き、警戒度レベルを一気に引き上げた。

 糖分不足で半分おねんねしている頭を無理矢理叩き起こし、慎重に言葉を並べる。

 

「オレがDクラスってことを知ってたんだな」

「はい。以前お見かけしましたから」

「というか、あれってCクラスの策略的なモノだったのか?」

「審議の内容は共有されていないんですか?」

 

 ひよりはキョトンとする。

 

「……リーダー陣は話してるだろうが、オレレベルの人間までには下りてこないな」

「そう、なんですか。ところで、」

 

 まだ何かあるらしい。

 オレは身構える。

 

「ドロシー・L・レイヤーズの『誰の死体?』をオススメします。ピーター卿シリーズの一作目で、一度読めば続きが気になること必至です」

 

 ……彼女の独特な空気感に呑み込まれそうだ。

 

「ドロシーは読んだことないな」

「是非是非!この図書館にありますよ!」

 

 テンションが、テンションがすごぉい、この子。

 だがオススメしてくれるのは正直助かる。

 あの膨大な本の中で一つを選び取るなんて、想像しただけで息が詰まりそうだ。

 

「綾小路くんは、何か好きな本はありますか?」

 

 彼女は、普段のぽやっとした顔から一転、ワクワクを隠しきれない表情で尋ねてくる。

 

「あー、この本、とか?」

 

 オレは今読んでるロシア哲学の本の背表紙を彼女に向ける。

 明らかに残念そうな顔をした。

 非常に申し訳なくなる。

 松雄に薦められて読んだ本の中で、彼が気に入っていたであろう本の名を思い出す。

 

「『さらば愛しき女よ』とか……」

「綾小路くんって、意外とハードボイルド小説好きなんですか?」

 

 思い返せば彼はそういった類いのものばかりオレに薦めていた気がする。

 なんだか他人の趣味で誤魔化すのも、変な気分になった。

 

 どこが面白かった?

 と問われれば、盛り上がりの部分であろう箇所を抜き出して説明することもできるが、本物の本好きには見抜かれてしまいそうだし、何より面倒だ。

 彼女の、仲間を見つけた!といった嬉しそうな笑みを陰らせたくないから、というのが建前であると考えてしまう自分に辟易しながら、オレは決心する。

 彼女には正直に答えることにした。

 

「……悪い。適当言った。さっきもチラッと言ったが、オレは本を読んでいて面白いと思ったことはない。正確には……いや、まあ。面白いと思える本に出会いたい、という気持ちもあるが、本好き仲間にはなれないな」

 

 ひよりは困惑したように首を傾げた。

 そして、彼女がいつも読んでいるミステリー小説に向ける目を、オレに対して向ける。

 彼女とのコネクションが今後どう繋がるかは正直微妙だが、趣味を共有した仲間ではなく、本に興味がない癖に図書館に入り浸る変な人、という見方の方が面倒は起きないだろう。

 

 オレは、漢字ばかりを多用したがる角張った文字へと視線を落とす。

 すると、ひよりは立ち上がり、何処かへ居なくなってしまった。

 

 まあそうだよな。

 と、納得していると、そう間を置かずに、パタパタと近付いてくる足音が聞こえ、思わず顔を上げた。

 

 

「これ!読んでください!」

 

 

 そこには十冊ほどの本を重そうに抱えた、椎名ひよりの姿。

 厚みのある単行本も多く、今にもバランスを崩しそうだ。

 

「え」

 

 そしてドンっとオレの真横に積み重なった本を置いた。

 呆気に取られ、彼女と本を交互に見る。

 彼女は何故か得意げだ。

 

「綾小路くんが面白いって思える本、探しましょう。せっかく活字好きな人に出会えたんです。読んで、感想を語り合いましょう。文学の面白さを私が伝えますから。人が心を込めて連綿と繋いできた文学という作品は、ただの暇潰しだけではないと、お教えします」

 

 

 ひよりの勢いに圧倒されてしまい、

 

「……ありがとう」

 

 オレは思わず、そう口にしていた。

 

 

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