心が弱くても勝てます   作:七件

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蛮勇誘導

 

 

 土曜日のお昼前、オレはショッピングモールへとやって来ていた。監視カメラの位置を確認するために歩き回った、四月頃以来のため、少し緊張する。

 

 二つ連なったベンチの片方には、一人の先客が座っていた。同じ待ち合わせだろうか……。と、現実逃避を一度してから、おいおい、と呆れる。

 

 隣に座っていたのは佐倉だった。

 だが、夏だというのに帽子とマスクをしており、どこのお忍び芸能人だよ、と逆に突っ込んで欲しいのかと思った。

 まあオレも人のことは言えないんだが。

 実際、今日のために帽子とマスクを購入しようと検討していたのだ。櫛田に、そんな不審者に隣を歩いて欲しくないからマジでやめろ、と何度も脅され泣く泣く諦めた。もしオレが発狂した時には櫛田に全責任を押し付けよう。

 

「な、なあ。もしかして、佐倉か?」

 

 いくら何でも気まず過ぎるので、一応声をかけてみる。

 

「ふぇっ。あ、おはよう、ございます」

「おお、こんにちは」

 

 十一時って、おはようなのか?

 また一つ勉強になったな。

 

「佐倉……、暑くないか、それ」

「え?そ、そうかな」

「風邪でも引いたのか?」

 

 佐倉は、うう、と申し訳なさそうに眉を八の字にする。

 

「やっぱ、変、ですか?」

「変っていうか、不審者っていうか」

「逆に、目立っちゃいますよね……」

 

 確かに逆に目立つな、それ。

 もしオレが忠告を無視して変装セットを身に付けていたら、二人の不審者に纏わり付かれている学園の天使、という図式が完成していたことだろう。

 見てみたい気もするが、櫛田の真心の籠もった良心的なアドバイスに従って正解だったようだ。

 

 佐倉は恥ずかしそうにマスクと帽子を外した。

 眼鏡をかけて俯いているので分かりにくいが、確かによく見れば雫本人だ、と思った。だが、ブログとのテンションの差に、戸惑ってしまう。ブログでの雫は快活で、人好きのする愛嬌がある性格だった。隣に座っている佐倉はお世辞にも明るいとは言えない。

 

 どっちが本物の彼女なのだろうか。

 それとも、どちらとも“本物”なのか。

 とりあえず会話を続けようと言葉を探す。だが、盛り上がりそうな話題が浮かばない。

 よし。この前読んだトークテクニックの本を参考にするか。

 

「なあ佐倉」

「なに、かな」

「良い天気だな」

「……うん」

 

 絶望的な空気感になってしまった。

 誰か、誰か助けてくれ。

 と、大声を上げて叫んでしまうその時、救世主が現れた。

 

「おはよー!」

 

 周囲の喧騒を裂く、満面の笑みを見せる櫛田が近付いてきた。

 

「め、メシアだ……」

「えっと、……何言ってるのかな?」

「いや、忘れてくれ」

 

 最近裏櫛田に慣れすぎていて、逆に物凄い違和感がある。

 

「佐倉さんもおはよっ」

「こ、こんにちは」

 

 先のオレとの挨拶で、逆に佐倉は十一時はこんにちはが正しいと感じたらしい。

 意外と難しい問題だな、これ。

 

「ごめんね、待たせちゃって」

「いや、オレも今来たばかりだ」

「そっか、良かったあ。えへへ、ちょっと昨日夜更かししちゃって」

「へえ、勉強でもしてたのか?」

「私、そんなに真面目じゃないよっ。夜更かしって言うか……寝れなかったって言うか……」

「寝れなかった?枕でも合わなかったのか?」

「……うんっと、ひみつ!」

「秘密にされると逆に気になるなあ」

 

 適当な社交儀礼を吐きつつ、オレは思わず櫛田の上から下まで全身を見てしまう。

 なるほど、こうやって男を落とすわけだな。

 

「それじゃあそろそろ行くか。佐倉は大丈夫か?」

 

 櫛田との白々しい会話に終止符を打ち、勝手にフェードアウトして行く佐倉に声をかけて確認すると、首を激しく縦に振った。櫛田は優しく、「そんな緊張しなくたって大丈夫だよ」と微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校と提携しているのか、全国的にも非常に有名な量販店が設けられている。利用客は限られているためお店そのものの敷居面積は決して広くないが、日常で必要そうなもの、学生達が利用する可能性のある電化製品は充分取り扱われているように思えた。

 

「えっと、確か修理の受け付けは向こうのカウンターでやってたよね」

 

 櫛田は何度か来たことがあるのか、思い出しながら店内の奥へ向かう。その少し後ろを佐倉とオレはついていく。

 

「すぐ直るかな……」

 

 不安げな様子で佐倉はカメラを握り締める。

 

「まあ、一週間は最低でも掛かるんじゃないか?」

「えっ、そ、そんなに!?」

 

 大きく瞳を揺らす佐倉。

 随分動揺しているようだ。

 早くカメラを直したいのだろう、安心させる言葉をかけておく。

 

「い、いや、壊れ具合によっては一日二日で直る可能性もある、んじゃないか?」

「そう、だといいな」

「よっぽど好きなんだな、カメラが」

「うん、変かな……」

「いや全然。むしろ良い趣味じゃないか?好きなものに没頭できるって羨ましいよ」

「あ、綾小路くんは、趣味とか、あるの?」

「あーオレは、」

 

「あったよ、修理受け付けてくれるところ!」

 

 店内は商品が多いため視界は悪かったが、店の一番奥に修理の受付場所があった。

 櫛田のところへ行こうとすると、ピタリと佐倉の足が止まる。

 その横顔は、不快、未知への恐怖、嫌悪感を露骨に表したもののように見えた。

 佐倉の視線の先を追う。

 そこに居たのは、受付場所にいる、店員の男。

 

 ……無理にネットで接触する手間が省けたかもな。

 

「どうしたの?佐倉さん」

 

 オレは櫛田に目配せをする。櫛田は少し困惑した表情を作り、佐倉に声をかけた。

 

「あ、えっと……その……」

 

 何か言いたげな様子だったが、結局首を左右に振り深呼吸をする。

 

「大丈夫か?」

「うん。何でもない、から」

 

 そう言って懸命に笑顔を浮かべ、修理受付の場所へ向かった。

 オレと櫛田は一度顔を見合わせる。櫛田はさりげなく頷き、彼女の後を追った。

 

 櫛田が積極的に店員に話しかけて、カメラの修理を依頼する。

 オレは商品を手持ち無沙汰に物色するフリをしつつ、店員の挙動を窺った。

 可もなく不可もなくこれといって特徴のない顔。

 あからさまに櫛田を意識してデートに誘っているように見えるが、むしろズレたような会話を繰り広げ、話を延ばしたいだけのように思える。時折佐倉に向ける視線は異質だった。男でもゾッとするような目つき。

 ほぼ黒確定か。

 

 確信に変わった丁度その時、櫛田は話を進めるべく、佐倉にデジタルカメラを出すよう促した。

 店員が中を開けて確認したところ、落ちた衝撃でパーツの一部が破損してしまったため、うまく電源が入らないとのことだった。幸いデジカメなどの個人的所有物はこの学校に入学してから買ったものであり、保証書もしっかり保存していたので、無償で修理を受けられるとのことだった。

 

 あとは必要事項を記入して終わり。のはずだが、佐倉の手が用紙を前にして止まる。

 何かに躊躇っているようで、近付いて記入していない部分をチラッと見ると、住所と携帯番号の欄だった。

 

「ちょっといい?」

「え?」

 

 すると櫛田は佐倉のペンを奪い、名前や携帯番号などを書き込む。

 

「電話番号、忘れちゃったんだよね。私は覚えてるよ」

 

 一瞬眉を顰めた店員だったが、佐倉愛里と書かれた名前欄と櫛田の一言で、ホッとしたように息を吐く。

 佐倉だけは、困惑した顔で櫛田を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、佐倉さん。勝手なことしちゃって……」

 

 店を出て、櫛田は昼時だし適当なカフェに行くことを提案した。

 佐倉も安心したからかお腹が空いていたことに気付いたらしく、断ることはなかった。オレはさりげなく端末で時間を確認するフリをする。

 そして、席に着いてから、櫛田は佐倉に謝った。

 

「ううん。あの電話番号とかって、」

「うん、私の。ちょっと気持ち悪い店員だったし、嫌なのかなって思って」

「あ、ありがとう!でも。櫛田さんにたくさん話しかけてたし、危ないんじゃないんですか?」

「あーそれは……」

 

 わざとらしさなど微塵も感じさせない完璧な演技。嘘をつき、共犯者をつい見てしまったという体で、一瞬だけオレの方を盗み見る。

 まさか、こいつ。オレの個人情報書きやがったな。

 案の定佐倉は気付き、「もしかして……」と呟く。

 

「あー、悪い。あれはオレのだ」

「でも、どうして」

「……恥ずかしくてな」

「え?」

「綾小路くん、白馬の王子様よろしくあの店員の前で助けるみたいなことをするのが、恥ずかしかったんだって。だから私に小声でお願いしてきたの。……でも、結局バレちゃったね」

 

 悪戯っ子の笑みで櫛田は俺の脇腹をつつく。

 櫛田は話を合わせてくれる安心感があるので、非常に楽だ。

 いや元々櫛田が勝手にやった事だが。

 

「そんな感じだ。……騙して、悪かった」

「ううん!あ、ありがとう。櫛田さんも、綾小路くんも。凄く、助かった」

 

 佐倉は少しだけ涙ぐむ。

 よほど怖かったのだろう。

 

「あのね、今日、綾小路くんを呼んだのって、あの店員さんが、怖かったからなんです。前に話しかけられたことがあって……。それで、一人で行くのが怖くて」

 

 どうやら入学してすぐにこの家電量販店でカメラを買った時に、会ったらしい。

 その時話しかけられ、以来怖くて店に近付けなかったそうだ。

 

 書き込みが始まった時期と丁度一致する。

 

「……だったら全然オレは役に立てなかったな。怖かっただろ、あの時。オレが代わりに修理の話を付ければ良かった」

「櫛田さんが上手く話を変えてくれたから、あまり話しかけられなかったし、それに、こっちこそ。綾小路くんも、やっぱり、苦手……だったんだね。こういうの。無理させちゃって、ごめんなさい」

 

 申し訳なさそうに頭を下げられた。

 こっちこそ申し訳なくなる。

 オレも頭を下げて謝った。

 丁度その時ウェイターがやって来て、昼食を注文する。

 オレはさっき朝食を取ったばかりだと言って、飲み物だけ頼んだ。

 

「佐倉さんって、写真撮るの好きなの?」

 

 微妙な空気になってしまわないよう、櫛田は極力明るく話題を振った。

 

「うん……。小さい頃は全然だったけど、中学生になる頃かな。お父さんにカメラを買って貰ってからどんどん好きになっちゃって……。って言っても、撮るのが好きなだけで詳しくはないんだけどね」

「カメラに詳しいのと好きなのは別だと思うよ。何かに夢中になれるって素敵なことだよね」

「普段はどんな物を撮ってるんだ?」

「え、っと、景色とか」

「人は撮らないんだね」

「ふぇっ!?」

 

 佐倉は分かりやすいくらいにわたわた動揺し、動かした手が、水の入ったコップに引っかかる。

 オレは咄嗟に倒れそうになったコップを掴み、難を逃れた。

 「あ、あう……」

 佐倉は動揺しながら頭を何度も下げる。

 

 櫛田、結構切り込んだことを聞いたな。

 

「……ひ、秘密」

 

 まだ好感度と信頼度が足りないらしい。

 

「あ、あのね、その、はずかしいから」

 

 言おうか言わないか、迷っているといった顔だ。

 まあここで無理に踏み込む必要は全くない。

 

「人って、隠したい物の一つや二つはあるだろ。オレだってあるし。だから無理して言わなくて大丈夫だ」

「そ、そうなの?」

「嫌なものは嫌だと言っていい。自分のタイミングで、自分のために、打ち明けたらいいさ」

 

 佐倉は慌てて首を横に振った。

 それから俯いて、ジッと水の入ったコップを見つめ、顔を上げる。

 何か、決心がついたような瞳。

 

「あの……!」

 

 

 

「あっ」

 

 そこでオレは遮るように、何か不都合なことを思い出してしまったような声を上げる。

 佐倉は言葉を切り、オレの方を見る。

 

「悪い、二人とも。もう時間だ」

「え、あの」

「ああ、そういえば綾小路くん。今日堀北さんの手伝いするんだっけ?」

「部活生の昼食休憩に合わせるために十二時に集合なんだ」

「え!もう五十分だよっ。間に合う?」

「ほんっと悪いな佐倉」

「え、う、あ。ううん、付き合わせちゃったこっちが悪いし……」

「いや、大丈夫だ。二人でガールズトークに花を咲かせてくれ。じゃあまた学校で」

 

 オレは櫛田にポイントを立て替えてもらい、後で返すことを約束してから、店を出る。

 ケヤキモールで走っていると目立つので、佐倉達のいるカフェからは見えないところで歩きに変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行っちゃった」

 

 髪を二つで縛り眼鏡をかけた少女、佐倉はどこか残念そうに肩を落とす。

 

「約束を忘れちゃうなんて、おっちょこちょいだよね」

 

 あはは、とその対面に座っていた少女、櫛田は困ったような笑みを浮かべた。

 

「ううん、多分、言い出せなかったんだと思います……。悪いこと、しちゃったかな」

「それはないんじゃないかな。綾小路くんもきっと、佐倉さんが心配だったから、今日一緒に来てくれたんだし」

「そう、かな」

「うん。彼、変なところはあるけど、基本優しいから」

 

 佐倉ははにかんだ。

 

「えっと、佐倉さん。良かったら、普通に話してほしいな。同級生に敬語って、なんか、ちょっと寂しいかも」

 

 佐倉は度々敬語を織り混ぜて話している。

 確かにそれは、クラスメイトに向けるものではないのだろう。

 ただ、佐倉にとってはこれは一種の他者に対しての壁のようなものだった。取り払うことは簡単なことではない。

 彼女は戸惑いを顔に滲ませる。

 

「意識、してるつもりはないんですけど……。変……かな?」

「変じゃないけど、私は敬語じゃない方が嬉しいかな」

「あ……うん。頑張って、みるね」

 

 佐倉は知っている。

 知っている、というより、感じ取っている。

 目の前の少女が、何か嘘を吐いていることを。

 でも、きっとそれは仕方がないことなのだ。

 人は、一つや二つ、隠しているものがある。

 それが何かは分からない。

 

 だが、櫛田という少女に今日何度も助けられたことで、少しは心が許せていたのだろう。佐倉は前向きな発言をする。

 

 その言葉に、櫛田は笑顔で「ありがとうっ」と頷いた。

 

「あ、あの。綾小路くんの、用事って、やっぱ須藤くんのこと?」

「うん。明後日が審議だから、色々調べ回ってるみたい」

「櫛田さんは?」

「私は、目撃者探しが役割なんだよね。だから、基本は連絡待ち。でも堀北さんは別々に行動してて、証拠を集めてる。何をしてるかは、具体的には教えてくれないんだけど、多分、大変だと思うんだ」

「そ、そっか……。堀北さんって、何でも出来そうな感じしま……するもんね」

「でも一人で抱え込んじゃうから、ああやって綾小路くんも気にかけてるんじゃないかな。だから、結果的に忙しくなっちゃって……。目撃者がいれば、ちょっとは変わると思うんだけど、ね」

 

 佐倉は肩をびくりと揺らした。

 櫛田は当然気付いていたが、思い詰めた表情で真剣に事件について考えている、と装い、気付かないフリをする。

 丁度その時、注文した料理をウェイターが持って来た。

 瑞々しく新鮮で色とりどりな野菜が綺麗に盛り付けられたサラダを佐倉の前に、

 湯気立ったシンプルなペペロンチーノを櫛田の前に置く。

 綾小路が頼んだアイスティーは、ジャンケンをして勝った佐倉が代わりに飲むことになった。

 

 「いただきまーす」と、櫛田は綺麗にパスタをフォークに巻き、フーッと冷ましてから、口の中に入れた。それから美味しそうに顔を綻ばせた。

 だが、佐倉は俯き、ジッと何かを考え込んでいる。

 

「そういえば、佐倉さん。綾小路くんが居なくなる前に、何か言いかけてたけど……」

 

 思い当たる節がある櫛田は助け舟を出した。

 佐倉は一度目を背け、再び、コップの中の水面を見つめる。  

 

「あの、あのね」

 

 櫛田は焦ったいな、という感情をおくびにも出さず、彼女の決意をジッと待つ。

 それから佐倉は櫛田と目を合わせた。

 あまりに真っ直ぐな瞳に一瞬櫛田はたじろいだが、すぐに仮面を取り繕う。

 

「私、……須藤くんのこと、協力できるかもしれないっ」

 

 そして佐倉はついに、自らが目撃者であったことを口にした。

 櫛田は驚いたように「え」と声を漏らす。

 

「それって、佐倉さんが須藤くん達のいざこざを見ていたってことだよね」

「うん……。私、途中までだけど、見てたの。偶然、なんだけど。信じられない、かな」

「そんなことないよ。だけどどうしてこのタイミングなの?凄く嬉しい話だけど、無理はしないでほしいな。恩を着せるために一緒に修理に行ったわけじゃないよ?」

 

 佐倉は首を横に振る。

 

「あのね、違うの。多分、綾小路くんは、私が目撃者だってこと、知ってた。知ってて、黙っててくれたんだと思う。本当は綾小路くんだって大変なのに。でも、その優しさに寄りかかり続けてたら、きっといつか後悔する。だって、綾小路くんも私と同じように、人の目線が苦手なのに、頑張ってるんだもん。

 ……ごめんなさい。私、目立ちたくなくて、自分勝手でっ」

「ううん。ありがとう。人には苦手なことがあるから、むしろ、こうやって言ってくれて私、嬉しいんだよ?これで、須藤くんを助けられるもん」

「でも……」

 

 そこで佐倉は表情を曇らせる。

 

「喧嘩していたところは見てないけど、須藤くん達は、一触即発って感じで、私の証言は、きっと役に立たないと思う」

「……えっと、佐倉さんは、具体的に何を見たの?」

「制服姿の二人が須藤くんの腕を抑えてて、一人、確か石崎って呼ばれてた男の子が、酷い事ばっか言ってて。須藤くんもどんどん口が悪くなって。それで、怖くなって、逃げ出しちゃったの」

「抑えてたんだね?腕を」

「あ、でも。ただ両脇に立ってただけかもしれない、……かも」

「そ、そっかあ……」

 

 櫛田は浮かない顔を隠しきれずに、佐倉の証言をメモしていく。

 

「役に、立たないよね、これ。だって、須藤くんは喧嘩なんかしてないんだもん。これじゃあ、むしろ逆だし……。あ、須藤くんを疑ってるわけじゃない、んだけど」

「うん。確かに須藤くんは私達にだけ、口喧嘩はしちゃってたって言ってたんだ。だから、佐倉さんはその部分を見てたんだね」

 

 櫛田はうーん、と考え込む。

 この証言をどうすべきか。

 その間、佐倉は居心地悪そうにサラダを食べる。

 緊張で、味はしなかった。

 

「断ってくれても、いいんだけど……」

 

 気まずい沈黙の中で、櫛田が歯切れの悪い声で呟いた。

 

「例えばさ、審議が始まる前に石崎くん達に、現場を見てたって言えば、訴えを取り消してくれるんじゃないかなって、思い付いたんだ」

「えっ!」

「無理強いはしないよ。でも、審議の場では嘘を吐いたらダメだけど、元々Cクラスは嘘の訴えをしてて、やましい気持ちがあると思う。だから、訴えを取り消したら学校側には全部見たことを証言しないって三人に直接言えば、もしかしたら……」

「あ、う、でも」

「……悪い、ことだよね。やっぱり。私、最低なのかも。クラスメイトのためって言っても、こんな方法考え付いちゃうんだもん……。それに、佐倉さんだって、こういうのは苦手なのに……」

 

 櫛田は肩を落とし、しょんぼりと落ち込む。

 

 その様子に、佐倉は、また、コップの中に縮こまる自分を見つめる。

 水面に映る彼女は、いつも自信なさげに、誰とも繋がれない。

 本当にこのままでいいの?

 彼女は問う。

 何もしないで、後悔しない?

 だって、彼は。

 私と同じなのに、立ち向かってる。

 私はいつまでここに蹲ってるの?

 

 

 水面の中の少女は、ついに顔を上げた。

 

 

「櫛田さん。私、その計画、頑張ってみたい」

 

 

 目の前の少女は、微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 




なんか詐欺現場を書いてる気分でした

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