心が弱くても勝てます 作:七件
「櫛田ちゃん、その、話ってなんだ?」
櫛田が石崎たちを呼び出したのは、家電量販店の搬入口の脇道、路地裏のようなところだ。人通りはなく、監視カメラにも見えない位置。
石崎、近藤、小宮がソワソワしながらやってくる。
デートの誘いかあるいは告白か、そんなことを夢見ていたのかもしれない。
櫛田のほかに、もう一人の陰気な女子生徒を見て、首を傾げる。
「えっとね、須藤くんのことで、話があって……」
そこで現実に戻された三人は、明かにガッカリした顔をした。
「あ、あの……」
「なあ、帰っても良いか?須藤のこととか、どうでも良いぜ」
「櫛田ちゃん、この後どっか行かない?俺さ、ボーリング上手いんだよ」
「あ、今度バスケの試合やるから観に来ねえ?練習試合なんだけどさあ」
各々勝手に喋り出し、櫛田は困った笑みを浮かべた。
佐倉も、言いかけていた言葉を止めてしまう。
「ええっとね、すぐ終わると思うから。その後、一緒に遊びに行こっ。だから、お願い!」
櫛田は両手を合わせて、可愛らしく三人に上目遣いをする。
それだけで健全な男子高校生どもは、言葉を詰まらせ、「まあ、ちょっとだけなら」と、妥協する。
「あ、あの……」
だが、佐倉は人前で話すことに慣れていない。
出鼻も挫かれ、完全に萎縮してしまっている。
櫛田はそんな彼女のサポートをするように、
「彼女ね、事件現場に居たんだって」
と説明する。
石崎たちは大きく表情こそ変えなかったが、固唾を呑んだ。
「は、はあ?嘘は、いけないんじゃね?」
小宮はおとぼけた声で、有耶無耶にしようとする。
「ち、違う、嘘じゃない……!」
「だったらさ、証拠見せろよ」
「ねえんだろ?なに、Dの奴らに脅されでもしたわけ?」
「やっぱこの話後にしねえ?」
「あ、あう……」
「佐倉さんっ」
櫛田の声に、佐倉はハッとする。
そうだ。
これは、自分のため。
自分が成長するためだ。
佐倉は一つ大きな深呼吸をしてから、石崎たちを見上げた。
「証拠なら、あります……!」
佐倉はポケットからSDカードを取り出して、掲げた。
石崎の表情が強張る。
「んだよ、それ」
「写真、あの時撮ってたの……。あの現場に、私は、いた」
石崎はSDカードを佐倉からひったくる。
あ、と佐倉が声を上げる前に、
右手でそれを折った。
「へ、これで証拠はねえな。これ以上適当な事吐かすんじゃねえよ」
「あ、ぁあ」
佐倉は声が上手く出せなくなる。
だが、俯いてしまう前に、目を瞑った。
それでも。
私は前を向かなくてはいけない。
何度も自分に言い聞かせる。
「で、でも!い、言ってましたよね?須藤くんに。お前を擁護するようなDクラスに、勝ち目はない。堀北って奴も大したことなかったな、って」
その言葉に、余裕をこいていた石崎は大きく動揺した。
「は、はあ!?んなこと言ってねえし……」
「お願い石崎くん。私ね、こういうのは間違ってると思うの。足の引っ張り合いなんかじゃなくて、正々堂々戦おうよ。取り下げてくれたら、何も言わないから」
「だからっ」
「私、見てた。須藤くんは喧嘩なんか、してなかった!」
「て、てめえ!適当ぶっこいてんじゃねえぞ!!」
身に覚えのない事実に苛立った近藤は、佐倉の胸倉を掴んだ。
「きゃっ」
悲鳴を上げる佐倉。
櫛田も、サッと血の気が引いていく。
それでも佐倉は立ち向かう。
クラスメイトのために。
自分の殻を破るために。
「須藤くんは、喧嘩してない!!」
「だから!嘘言ってんじゃねえ!!」
と、その時。
「雫ちゃんに触るなああああ!!!」
飛び出してきた男に突撃されて、近藤はその身を浮かし、吹っ飛んだ。
突然の乱入者に石崎は身構え、そして、男の手に持つナイフに顔を青くした。
泡を食った小宮は慌てて近藤に近寄る。
幸いナイフは使われていなかったが、気が動転して立ち上がれない。
「な、なんだてめえ!」
「雫ちゃん、た、たた助けにきたよ!」
「ひ、ひい!?」
佐倉は恐ろしいものを見てしまったみたいに体を震わせた。
困惑、嫌悪、恐怖。
だが、男は気付かない。
男は信じている。
自分が今、白馬の王子様であり、結ばれることは、神が決めたことなのだと。
ーー運命、なのだと。
「……ぼ、僕が追い払ってあげるからね」
ぶつぶつと呟き、男の口角は歪に上がっている。
男が腰を抜かしている近藤に近付き、ナイフを振り上げた。
唖然としていた石崎だったが、危険を感じ取り、咄嗟に羽交締めにする。
だが、成人男性の馬鹿力には敵わない。
「だ、誰かっ!」
櫛田が目を覆い悲鳴を上げた。
「君たち!何をしている!」
瞬間。
数名の足音。
状況をひと目見て判断を下した警官らは、迅速に男を取り押さえた。
「違う!違うんだあ!!」
地面に押さえ付けられた男が唾を飛ばし、大声を張り上げた。
佐倉はビクつく。
「雫ちゃんと僕は結ばれる!あの女がっ、そう言ったんだ!!
神様はいる、神様は僕たちを祝福してくれたんだって。
それを邪魔する悪魔を殺そうとしただけだっ!
ね、ねえ、雫ちゃん……
本当の……本物の、君を。僕だけが知ってるんだ」
身の毛がよだつような告白。
男は、神に縋るように左手を佐倉に伸ばす。
佐倉は、そんな男を、盲信に浸かった男を、怯えを閉じこめた瞳で、見下す。
「私、あなたのことなんて、知りません」
そして、言い切った。
男は絶叫した。
その後簡単な事情聴取が行われ、五人は穏便な話し合いを行なっており、そんな中あの男が自分たちに襲い掛かったのだと話を合わせた。石崎達も、話し合いの内容を詳しく聞かれれば不味いということは分かっていたので、事情聴取が終われば、すぐに退散した。
ストーカーについては、佐倉は毎日のように送られ続けていた手紙を提出し、事情を説明した。証拠が集まれば、然るべき罰が下ることだろう。
□
全てが終わり、二人の少女はベンチに座る。
ひと段落ついたことで、佐倉は漸く実感が湧いてきたのか、ポロポロと涙を流した。
櫛田は泣き止まない彼女に付き添い、背中を撫でる。
「大丈夫だったか」
その声に、佐倉は肩を揺らした。
そして、ぐしゃぐしゃになった顔を上げる。
目の前には、普段は無表情に取り繕われた仮面をつける、少年。
「あっ、あや、綾小路くん……?」
「良かった、無事だったか」
綾小路と呼ばれた少年は、二人の姿を見て、強張っていた顔を緩ませた。
そして、しゃがんで二人の目線に合わせる。
心配していたのだろう。
だが、佐倉は分からない。
どうして彼は、ここに居るんだろう。
「綾小路くん。なんでここに?」
言葉が出ない佐倉の代わりに、櫛田が尋ねた。
すると、彼はまた、恥ずかしげに顔を逸らす。
「必要なものがあって、買い物をしてたら、二人が、石崎達を連れて路地裏に入って行ったのが見えたんだ。なにか危ないことが起こるんじゃないかって思って。……だけど、オレじゃあ助けにはならないから、警察を、呼んだ」
「え?」
「悪い、二人とも。オレがもっと先に助けに入ったら、大事にはならなかったんじゃないかと、思ってな。でも、できなかった。自分、勝手だな、オレ」
「ううん。そんなことない。すごく、すごく助かった……」
佐倉は何度も首を横に振る。
「ごめんなさい、佐倉さん。私の、せいだよね。まさか、あんな事になるなんて……」
「どういうことだ?」
綾小路の冷たい声に、櫛田は、後ろめたい感情に顔を曇らせ、俯いた。
「私が、お願いしたの。佐倉さんに」
そして櫛田は声を震わせながら、今までの流れを丁寧に綾小路に説明した。
目撃者が佐倉だったこと。
石崎らを騙して、訴えを取り下げる策を思い付いたこと。
そして、それを佐倉に手伝ってもらい、独断で行ったこと。
それから……。
「どうして、相談してくれなかったんだ」
「だって!……私だって。クラスに、貢献したいから」
「目撃者探しでもう充分クラスの役に立ってる」
「でも、また堀北さんに、……あ」
櫛田は咄嗟に口を塞ぐ。
それから、気まずそうに、顔を逸らした。
佐倉は悟る。
彼女の仮面の裏側を。
承認欲求。
きっと、そういった類いのものだろう、と。
綾小路は既に知っていたのだろうか、額に手を当て、小さく嘆息する。
「だからって、佐倉を危険に晒しちゃダメだろ……。せめてオレに言ってくれれば」
「ごめんなさい、佐倉さん。ごめんなさいっ。私のせいなのっ」
櫛田は目に涙を浮かべて、謝った。
佐倉はそれをしっかり受け止めてから、ううん、と首を横に振る。
「櫛田さんは悪くないよ。私が、決めたんだもん。
……でも、私、間違ってた。勇気を出したいって、そう思ってたけど。身の丈に、あって、なかった。向こう見ずだった。思い立つことと、実際やれる事は違うんだよね。自分が出来る範囲で成長すれば良いって、そう気付けたの」
「佐倉……」
佐倉は涙に濡れて、そして、洗い流された瞳で、まっすぐ前を向く。
「櫛田さんのおかげで、私は自分の弱さに気付けた。
綾小路くんは、思えば、ずっと自分が出来る範囲で私のことを助けてくれた。
二人のおかげで、知ることが出来た。
人はいつでも仮面を身につけていること。
人には出来ないこともあること。
そして、仮面で繋がっているからこそ、出来ることが増えること。
ありがとう、二人とも」
佐倉ははにかんだ。
眼鏡を外し、前を見据えて。
二人の瞳に映った背筋を伸ばした彼女。
そこには、本物の佐倉愛里がいるように思えた。
こうして、二日をかけた計画は、無事終了したのである。
□
「で、どうだった」
櫛田は、しょんぼりしながら三本指を立てた。
「……まいったな」
そう呟くと、ニヤッと笑う。
そして左手で丸を作る。
「三十、か」
「せいか〜い」
「紛らわしいマネをするな」
櫛田は可愛らしいパジャマ姿でベッドに腰掛け、あざとく胸を張った。
オレはといえば、彼女の部屋のふかふかラグマットの上で体育座りをしながら、出された熱々のお汁粉(餅なし)を啜っている。甘いものが良いと駄々を捏ねたのがいけなかった。完全に嫌がらせだ。
あまりに熱過ぎたので、オレは一度飲むのをやめ、山内から借りたゲームを始めようとしていた。
だが始めようとした所で「は?人と話すのにゲームするとか頭いってんの?」とガチ説教されたので大人しくお汁粉を啜ることにする。ゲームをしてても会話に支障はないと主張したが、人を一人殺したような目つきには勝てない。
しかし何故櫛田の部屋が集合場所なのか。
理由は単純。
「なんで私が毎回一々出向かなきゃなんないの?おかしくない?」
とのこと。
それにしても、初めての女子の部屋も櫛田。
間接キス、壁ドン、etc......
どんどん初めてを奪われていく。
このまま、オレは櫛田なしじゃ生きていけなくなるのではないか。
「早めに脱櫛田に着手しなくてはな」
「は?」
「なんでもないです」
土曜、日曜で天使とばかり交流していたから、冷たい視線は心をやられる。
「ま、上手くいってなによりだ」
オレたちの今回の目的は、目撃者の偽りの情報で石崎たちを困惑させ、そしてか弱い目撃者に迫らせて、暴力的な行動を起こそうとする瞬間を、撮影すること。手振れで協力者がいると悟られないよう、携帯の位置は色々苦労したが。この学校内では、カメラ機能と録音機能が最強すぎる。
小心者のバスケ部が二人いるため、流石に殴りかかりはしないだろうが、脅すようなマネはするだろう。
そんな場面を撮られ、逆に訴え返し、学校側に提出されればCクラスも面倒なことになる。
だが、もちろんそんな事はしない。
これは、龍園への少しポイントがかかる手土産に過ぎないからだ。
本題は、櫛田が龍園への信頼を得ること。
龍園好みの方法を自分は取ることができる。
Dクラスよりも自分自身の方が優先順位が高い。
そういった主張をする。
動画を売り込む、という建前。そのポイントの高さで、どれだけ自分を買ってくれたかを判断する。龍園もその狙いに気付くはずだ。
「龍園にはどこまで話したんだ?」
「堀北を退学させたい。理由はムカつくから。その為だったらクラスを売ってもいいって」
「売クラス奴だな、もはや」
「でもまさかあんたがここまで根回ししてくれるとは思わなかった。どういう魂胆?」
「お前の信頼を得るため、と。オレが一々動かなくて済むようにだな。次からは堀北退学の援助は龍園にしてもらえ。聞く限りだとそこまで馬鹿じゃなさそうだ」
というのは建前で。
龍園と櫛田を繋げたのは布石に過ぎないんだがな。
「待って、この関係を切る気?」
「まさか。オレは堀北が退学しようがしまいが心底どうでも良い。だが、お前に無茶振りされるのだけは御免だからな。櫛田被害者の会の会員を増やしたいだけだ」
無言の圧力。
「櫛田大ちゅきファンクラブ会員第一号綾小路清隆です」
オレはスッと目を逸らしお汁粉を啜る。
あっつ。
「じゃあ、5万ポイント。第一号くんに恵んであげる。あんたも頑張ってくれたし」
「櫛田……!」
「その代わり、今後ももっと働いてね?」
「櫛田……」
前払いかよちくしょう。
「にしても、佐倉さんの好意を逆手に取るなんて。結構酷いことするよね、綾小路くん」
櫛田がとぼけたように、オレを詰る。
「好意を利用したわけじゃない。たまたま付随していただけだ」
「私の前でやってた陰キャ童貞の演技は大根役者極まってたけど、今回の陰気な好青年って感じの演技、すっごいうまかったし」
「櫛田をマネたんだ。女は皆、大女優って言うしな」
「えへへ、照れるな」
「おお、参考になる演技だな」
「は?」
「ん?」
「てかさ、私はてっきり綾小路くんがあの場で石崎くん達を追っ払うと思ってたんだよね」
「なんだ。助けて欲しかったのか」
「すっごいビックリしただけ。放っておくのも後味悪いからって、ストーカーの件は後で片付けるんじゃなかったわけ?」
「ついでだ。オレは喧嘩に弱いからな、三人に勝てるわけないだろ」
「ヘぇ〜、そういうことにしとこ」
得意の笑みを浮かべ、櫛田もお汁粉を啜った。
お前も食べるのか、という冗談は置いといて。
「佐倉さんも、これを機に成長できたって言ってたし。荒療治すぎたけど、結果オーライって感じ」
……どうやら櫛田は、オレのことを偽悪者か何かだと思っているらしい。
実害がないと警察は動かない。学校側は対処するかもしれないが、公的には裁かれない可能性もある。
そういう理由で佐倉を助けたと勘違いしているようだ。
まあ、そっちの方が都合が良いか。
Cの誰にもオレの存在を認識させたくなかった。
その一点に尽きるんだがな。
突然頭の奥が痺れるような感覚に襲われる。
有意義とは思えなかったので、今はその事実を無視することにした。
「そういえば、あのストーカー。女に唆されたとか言ってたけど……」
黙り込んでしまったオレに、櫛田は思いついたように言った。
「とんでもない女だな、そいつは。どうせストーカーの妄想だろう」
「綾小路くんを化粧品売り場で見かけたって子がいたんだけど」
「ブラフは醜いぞ」
「ガチだよ?」
「ははは、面白い冗談だな」
「ガチだよ??」
真相は闇の中。
シュレティンガーの猫というのがあってだな。
箱の中の猫が生きているか死んでいるか分からない。
だが、箱の中に入っていたのは実は犬だった、なんてことはない。
同様に、この状況で、その女が本当に存在していたという次元と、男の妄想だったという次元が両立するわけだ。
間違ってもオレの女装だったという次元は存在しない。
つまりはそういうことだ。
因みに森の中に埋めた。
何をとは言わないが。
良い子は絶対真似をしちゃだめだぞ。
二年生編二巻読んで石崎たちをボコボコにして舎弟ルートもいいな、とか考えてました。
でも主人公の心が弱いので断念しました。