心が弱くても勝てます   作:七件

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蛇の足を噛む

 

 

「ーー以上のような経緯を踏まえ、どちらの主張が真実であるか確かめさせて頂きたいと思います」

 

 橘書記は、事件の内容を双方に分かりやすく説明していく。

 その隣に座っているのは、堀北生徒会長だ。

 本来であれば、このような話し合いに生徒会が立ち会うことはあっても、わざわざ生徒会長が足を運ぶことはない。

 だが、あくまで偶然にも、彼に時間が空いていたために、彼が仲介人として、そして裁判長のような役割として、ここに出向いた。

 堀北は動揺が隠せなかった。

 須藤はそんな彼女の様子に、頭の上に、はてなマークを浮かべていたが、それ以上に大事なことがある、と前を向く。

 茶柱は鋭い視線を堀北へと向けた。

 直前に「何故綾小路を連れてこなかった」と彼女は堀北に問い詰めた。それに対して堀北は、「必要がなかったから」と答えたのである。茶柱の鋭い視線の中には、心配、不安という感情が含まれている。

 そして櫛田は、緊張した面持ちで席に座っている。

 

「小宮君たちバスケット部二名は、須藤君に呼び出され特別棟に向かった。そこで一方的に喧嘩をふっかけられ殴られたと主張していますが、それは本当ですか?」

 

 説明を終えた橘書記は、Dクラスへと視線を向ける。

 

「そいつらの言ってることは嘘だ……です。俺が呼び出されて特別棟に行ったん……行きました」

 

 須藤は慣れない敬語を使いながらも、反論する。

 

「では須藤君にお聞きします。事実を教えていただけますか?」

「俺はあの日、部活の練習が終わった後に小宮と近藤に呼び出さ……れました。普段からムカついてたっていうか、さっさと決着つけたかったんで、出向きました」

「それは嘘です。僕たちが呼び出されて特別棟に行ったんです」

「あ?」

 

 小宮は腕を組み、ふんっとそっぽを向く。

 明らかに挑発した物言い。

 須藤はグッと何かに堪えるように、睨みつける。

 

「今は双方の話を聞いているだけなので、小宮君は途中で口を挟むような行為は謹んでください。双方共に呼び出されたと主張しており、食い違っているようですが、一つ共通点がありますね。近藤君、小宮君、須藤君のバスケ部三人の中で、揉め事があった。そうですね?」

「揉め事というか、須藤君が僕たちに絡んでくるんです」

「絡む、とは?」

「彼は僕よりバスケが上手い、ということで自尊心を満たしているのか、僕が練習している間に、いつも自慢してくるんです。負けないように頑張っているのに、気持ち良いものではありません」

 

 須藤はその話に青筋を立てる。

 どう考えても作り話だ、そう、主張している。

 堀北は動かない。

 次に橘書記は須藤にも話を聞く。

 

「小宮の話は何一つ正しくね……ありません。二人は俺が黙って練習してるってのに、よく邪魔をしてきました」

 

 当然、どちらの意見も一致することはなく、相手が悪いとしか主張しない。

 

「僕たちは須藤君に一方的に殴られました」

 

 やはりCクラスは怪我を話し合いの中心に持っていくようだ。

 

「少し待ってください。もう一つ確認することがあります。須藤君は呼び出されただけで、暴力行為は互いに行なっていない、と主張していましたが、須藤君はこの主張を変えることはありませんね?」

 

 須藤は気まずそうに頷く。

 

「いいえ。僕たちは現にこうして怪我を負っています。これが何よりの証拠じゃありませんか?」

「んなの俺との話し合いの後で幾らでも違う奴にボコってもらえんだろ」

「でも、そんなことをする意味はありません」

 

 現時点では尤もな言い分だ。

 

 段々とDクラスは不利になっていく。

 櫛田は何か懸命に反論しようとしていたが、介入することができず、結局見守る形になっている。

 須藤はどんどん追い詰められていく。

 

 堀北はジッと俯き、発言できない。

 

「Dクラス側から新たな証言がなければ、このまま進行しますが、よろしいですか?」

 

 生徒会もこのまま沈黙の時間が過ぎれば、容赦ない裁きを下すだろう。

 だが、堀北は顔を上げられない。

 劣等感。

 実力を認められたい。

 でも、想いが伝わるわけがない。

 

 Aクラスの生徒会長の兄。

 Dクラスの出来損ないの妹。

 

 この差に、堀北は、萎縮してしまう。

 

「……どうやら、議論するまでも、なかったか」

 

 ここで初めて、沈黙を貫いていた生徒会長が口を開く。

 早くも結論を出そうとしているのだろう。

 櫛田は動揺を隠せない。

 

「ま、待ってくれ!」

 

 須藤は叫んだ。

 

「これ以上、一体何を話し合うことがある」

「俺は本当にやってないんだ!」

「今のところ彼らの怪我を覆すような証言も証拠も出ていない」

「そ、それは……」

「生徒会も忙しい。無闇に審議を引き延ばすような行為は謹んでもらいたいものだな」

 

 中立の立場であるはずの生徒会長は、須藤に対して鋭い目線を送る。

 これ以上何かを言えば、さらに不利になってしまう。

 須藤は呻く。

 

 

 

「ほ、堀北……!」

 

 

 

 

 

 

 

 縋るような声が、部屋に落とされる。

 須藤は審議中初めて、その名を呼んだ。

 周りは一瞬、彼が生徒会長の名字を呼び捨てしたように聞こえたはずだ。

 だが、須藤が呼んだのは。

 助けを求めたのは。

 

 堀北鈴音、ただ一人。

 

 その声に、堀北はバッと顔を上げた。

 そして、この絶望的な状況を、認識した。

 

 

 パチン。

 

 

 彼女は、両頬を自らの手で挟み込み、叩いた。

 

 パチン。

 パチン。

 

 何度も、何度も。

 

 

 私は、堀北鈴音だ。

 ただの、まだ何者でもない、Dクラスの一生徒。

 

 

 そして、前を見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……失礼しました。私から、質問させてもらってもよろしいですか?」

 

 呆気に取られていた周りだったが、その質問に、生徒会長は、

 

「許可する。だが、次からはもっと早く答えるように」

 

 と答える。

 堀北はゆっくり椅子を引き立ち上がった。

 

「先ほど、あなたたちは須藤くんに呼び出され特別棟に行ったと言っていましたが、須藤くんはいったい誰を、どのような理由で呼び出したんですか?」

 

 今更どうしてそんな質問を、と小宮たちは顔を見合わせる。

 

「答えてください」

 

 堀北は追撃するように一言付け足した。橘書記もそれを認める。

 

「部活が終わって、着替えてる最中に今から顔を貸せって言われて……。また自慢することでもあるのか、と僕たちは思って、逆らえないのでついていきました」

「では石崎くんはどうして居合わせていたのですか?彼はバスケ部じゃなかったはずです」

「それは、用心のためですよ。須藤くんが日頃暴力的な行動を取っていることは知っていましたし……」

「なるほど。須藤くんは自ら呼び出したにも関わらず、石崎くんが同席することを許した。そう言いたいわけですね」

 

 その発言に小宮は堀北から視線を外し、「そうです」と言う。

 

「その証言に、嘘はありませんね?」

「ありません」

 

「ではもう一つ質問があります。事件が起こった時、あなたたちは制服を着ていましたか?」

「はい、着替え終わってから行きましたから」

「須藤くんは制服に着替えず半袖短パンのジャージを着ていた。これも間違いではないですね?」

「そうです。きっと僕たちを殴るために動きやすい服装の方が良かったんですよ」

「この発言に嘘は?」

「ありません」

 

「ではあなたたちは、日頃須藤くんにちょっかいをかけられており、事件当日、部活が終わり着替えている間に須藤くんに呼び出され、石崎くんの同行を許してもらい、ジャージ姿の須藤くんに一方的に殴られた。そう言いたいんですね?」

「だから、そうですって」

 

 念押しするような質問に、小宮たちは段々苛立ってくる。

 

「では、Dクラス側の証人の入室を許可していただけますか」

「許可します」

 

 橘書記は頷いた。

 一人の男子高校生が生徒会室に足を踏み入れた。

 

「バスケ部副部長三年Bクラスの高木です」

 

 その人物に、小宮たちは動揺を隠しきれない様子で顔を見合わせた。

 堀北と、そしてBクラスのバスケ部生徒で、上級生に暴力事件の証人になってもらうようお願いしたのだ。

 

「大きな試合が控えているので、部長に代わり証人として立たせていただきます」

「Cクラスの主張では、須藤くんが小宮くんと近藤くんに絡んでいた、とのことですが、それは事実ですか?」

「違います。普段須藤君は黙々と練習をしており、僕たち上級生の指示を守り、時にはアドバイスを貰ったり、とバスケに対して熱意を持ち、真面目に取り組んでいたように思います。小宮君と近藤君に絡んでいる様子を僕たちは見たことがありません」

「み、見えないところでやられてたんです……。だから、」

「小宮君。今は証人の発言中です。反論の時間は後で設けます。では高木君は、逆に小宮君と近藤君が須藤君に絡んでいたところは見ましたか?」

「はい。三人一組で行う練習があり、適当に組み分けた際、その三人が組むことがあったのですが、小宮君と近藤君は真面目に練習しようという意志が見られないような行動ばかり取っているのを見かけ、今後三人を一緒に組ませないよう決めたのは記憶に新しいです。少なくとも上級生は、そう考えており、注意を行うことも視野に入れていました」

 

 バスケ部の総意。

 そう言われてしまえば、覆すことはできない。

 

「た、確かに、僕たちは、彼の才能が羨ましくて、ついやっかんでいました。ですが、あの日呼び出したのは須藤くんです」

 

 近藤が苦し紛れに、そう反論する。

 論点を変えたいのだろう。

 

「それは、違うと思います」

「どういうことですか?」

 

 橘書記は彼が発言することを許可する。

 

「事件が起こった日は木曜。バスケ部の体育館利用は、他部活との兼ね合いもあり、四時から五時までと決められていました。休養も兼ねてバスケ部自体は早めに切り上げたのですが、練習終わりにランニングをすることを僕を含めた数名で約束していました」

 

 須藤は、「あ」と声を漏らした。

 須藤本人も、事件のことで頭が一杯ですっかり忘れていたのだ。

 小さく高木に対して頭を下げる。

 

「もちろん須藤君も参加する予定でした。しかし練習が終わってから、少し遅れる、と言い残して、彼が来ることはありませんでした」

 

 Cクラスの三人の顔色が悪くなる。

 

「上級生と約束をした須藤くんが、わざわざその日に呼び出しを行わない。私たちDクラスはそう主張します」

「で、でも。須藤くんはそのような常識の通じない行動を常々取っています。約束を反故してもおかしくありません」

「確かに普段の素行は悪いと思えます。ですが高木先輩の話から分かる通り、バスケに対する誠意は本物でした。加えて須藤くんはジャージを着たままだったんですよね?あなたたちはついさっき、そう発言したはずです。ジャージをわざわざ着替えなかったのは、話し合いが終わった後にランニングを行うからとは思いませんか?」

「そ、それは……」

 

 Cクラスは完全に沈黙する。

 

「今までの証言から、呼び出したのは小宮君と近藤君側だった。ということで双方よろしいですか?」

 

 橘書記はそう問う。

 Cクラスの担任の坂上は、苦虫を噛み潰したような顔で、頷いた。

 だが。まだ呼び出しがCクラスだっただけで、須藤が三人に暴力を振るったという点に変わりはない。

 

 高木は礼をしてから退室した。

 

「生徒会側から質問させていただきます。どうして虚偽の申告をしたのですか?」

「そ、それは、」

 

 今まであった台本がなくなった。

 そういった焦り方をする小宮。

 小宮に代わって近藤はしどろもどろに発言する。

 

「あ、あの。あれです。僕たちは確かに須藤くんを羨み、あまり褒められるべき態度は取っていませんでしたが、それに対して須藤くんは苛立っていたのを知っていて、……ぼ、僕たちはあの日謝るつもりでした。で、ですが、そういった経緯をこの場で話すのが恥ずかしくて、嘘を吐いてしまいました。すいません」

「はあ!?」

「須藤くん、今は堪えて」

 

 苦しい言い訳に聞こえなくもないが、あくまで中立的立場からすれば、筋も通っており、嘘と断定できる部分はない。堀北は須藤を一睨みして、彼の怒りを抑える。

 

「つまり、あの日小宮君たちは今までの行為の謝罪のために、須藤君を呼び出したのですね」

「はい。だからこそ石崎を呼びました。怖かったんです。僕たちは誠心誠意謝りました。なのに、殴られたんです。ボコボコに」

 

 小宮が右頬に貼られていた湿布を剥がすと、紫色になった痣が露出する。

 これを覆せなければ、Dクラスに勝機はない。

 

 だが、この証言こそ、反撃の合図。

 

 堀北は、スッと手を挙げる。

 橘書記は「どうぞ」と促す。

 

「三人に質問があります」

 

 またか。

 と呆れた態度を隠さず、小宮は堀北を睨む。

 

「石崎くんは中学時代、喧嘩をよくしていたようですね」

「あ、ああ」

 

 予想外の矛先に、石崎が椅子にしっかり座り直す。

 

「私は多少武術の心得があります。一般的に複数の敵と相対した場合の戦いは乗数的に厳しいものになると思います。加えて石崎くんは喧嘩慣れしている」

「不意打ちもありましたし、須藤くんはとても強かったんです」

「では、三対一で喧嘩したことは認めますね?」

「でも僕たちはボコボコにされました。ほら、こんなに怪我を負っています」

「私が聞いてるのは、三対一で喧嘩したかどうか。それだけです。怪我の度合いは聞いていません」

「いや、だからよ、」

「三対一で、喧嘩をした。そうですね?」

「ま、まあ」

 

 堀北は、ふう、と一度深呼吸をする。

 兄の目線。

 今は、関係ない。

 あれは、兄の目線ではなく。

 事件の真相を公平に判断する生徒会長の目線だ。

 

「念を押すようですが、Cクラスは、喧嘩はなかった、という私たちの主張を受け入れることは、もうありませんか?」

「だからっ、ない。ありません」

 

 小宮は強気に言う。

 堀北は、須藤に目配せをした。

 須藤は、重く頷いた。

 

「少々、お見苦しい所をお見せします。よろしいでしょうか」

 

 生徒会長は、どうぞ、と手で続きを促す。

 

 須藤は立ち上がり、そしてシャツを捲り上げた。

 紫や黄色、赤黒く痛々しい怪我が、シャツの下に隠されていた。

 

 それは、暴行の痕。

 

 石崎は驚きの声を上げた。

 小宮と近藤も愕然としている。

 櫛田も知らなかったらしい、目を見開いた。

 

「なっ、んで」

「あなたたちは一方的にやられたと主張していますが、須藤くんは三人に、言わばリンチのような状況で抵抗したそうです」

「んな怪我、あとで幾らでも付けられるだろ!」

 

 石崎は動揺を隠せないまま、そう声を張り上げた。

 

「証拠はあるんですかね」

 

 担任の坂上も、眼鏡を何度も上げ直しながらそう問う。

 

 

「証拠ならあります」

 

 

 バンっと、堀北はCクラスを睨みつけ、机に手のひらを叩きつけた。

 そこには、数枚の小さな長方形の紙のようなものが置かれている。

 橘書記が小さく断りを入れてから紙に手を伸ばす。

 紙だと思っていたのは、数枚の写真だった。

 

「……会長」

 

 写真を確認した橘書記は、生徒会長にその写真を提出する。

 暫くそれを見ていた彼は、それらを全員に配るように指示する。

 その写真を見たCクラスの生徒は、「はあ?」と声を上げた。

 

「これは、Dクラスの生徒が端末で自撮りをした写真をプリントしたものです。写っている須藤くんの第二ボタンの近くに、まだできたばかりの痣が見えるはずです。撮った日時は、七月一日の朝のSHRが始まる前。また、ここにその自撮りをした男子生徒、山内くんの端末があります。この端末は学校支給のものなので、加工と疑いたいなら、履歴を辿って見ることもできますし、日時を確認したければ、幾らでも調べることはできますが。恐らく何も出ないと思います」

 

 決定的な証拠に、暫く唖然としていたCクラスだったが、ハッと思いついたように、

 

「んなの、俺たちを散々殴った後に色々できる」

 

 と、石崎が反論した。

 

「それはあなたたちも条件が一緒ですよね?あなたたちはSHRが始まる前に先生に訴えを起こした。怪我が発覚した時間はほぼ同時だと私は主張します」

 

 しかし堀北は冷静にその論を斬る。

 腕を組み、黙っていた生徒会長は、口を開いた。

 

「では、Dクラスは、数の暴力に抵抗したために、結果的に喧嘩に繋がったと。そう言いたいのだな」

 

「いえ。これはリンチです。三人に寄ってたかって殴られて、彼は怪我を負った。

 彼はバスケを大事にしています。

 さっき、近藤くんと小宮くんは須藤くんをやっかんでいたと証言していました。理由はそれだけで充分でしょう。今後、この怪我を理由にバスケの活動に悪い影響が出れば、それはCクラスの過失だと考えることができます」

 

「ま、待てよ!俺たちは本当に謝る気で須藤くんを呼び出したんです!なのに許せないからって、殴られて、そんで俺らは抵抗したんです!」

「その証言が信じられるとでも?」

「はあ!?」

 

「落ち着いてください」

 

 橘書記は、平行線を辿るであろう言い合いが始まってしまう前に、一旦待ったをかける。

 そして、中立的な立場として、Cクラスに質問を投げかける。

 

「Cクラスは先ほど、一方的に殴られた、と言っていましたよね。先の証言は、嘘、ということになりますが」

 

 小宮は顔を青くする。

 彼らには、須藤の怪我は身に覚えがない。

 だが、嘘だと主張しても、証拠がある上に、Cクラスの怪我もまた嘘だという説を提唱できてしまう。だからこそ、彼らは一度、互いに怪我を負った喧嘩をしたと頷かなくてはならない。

 

 ただ。

 Cクラスにとっては、須藤が喧嘩を先にけしかけてきたという事実だけでいい。

 最悪痛み分けでも、須藤の評判を落とす。それが最低限の目標。

 それが、龍園の今回の指示である。

 

 小宮は顔を横に振り、龍園の言葉を思い出す。

 そして、橘書記の質問に丁寧に答えた。

 

「須藤くんが、俺らに先に手を出してきました。確かに一方的、ではなかったですが、須藤くんの怪我こそ、俺らの抵抗の証です。一方的というのは言葉の綾でした。それほど、混乱していたのです」

「分かりました。未だ双方の意見は食い違いがっている部分はありますが、一つ確定したことがありますね。四人はあの場で喧嘩をしていた。ではDクラスは何故、喧嘩をしていなかった、と主張していたのですか?」

 

「はい、私たちは虚偽の申告をしていました。ですが、これは仕方のないことでした。

 何故なら、今は須藤くんはバスケ部のレギュラーに選ばれる大事な時期です。たとえ三人に嵌められて正当防衛だったとしても喧嘩したことが公になれば、バスケの活動に影響が出てしまう可能性もある。だから泣き寝入りするつもりでした。それを掘り返し、しかもCクラスは、嘘を交えた訴えを取り止めなかった。

 だからこそ私たちは何度も、喧嘩はなかった、と主張し、妥協を提案していました」

 

 石崎は思わず舌打ちをする。

 橘書記はそれを一瞥してから、可愛いらしい咳払いをした。

 

「では、ここで重要になってくるのは、どちらの主張が正しいか。その一点です。Cクラスは須藤くんに謝罪するために呼び出し、殴られて反撃をした。Dクラスは三人に呼び出されて、暴行を加えられたので抵抗した」

「少し宜しいでしょうか」

 

 そこで坂上先生は手を挙げた。

 

「いつまでの話し合いを続けても平行線のままでしょう。……ですが、喧嘩したことだけは事実。落としどころを作りましょう。喧嘩両成敗、ということで双方の生徒に一週間の停学。それで如何でしょうか?」

「その妥協案を私たちは受け入れるつもりはありません」

「と、言うと?」

「もう一人、証人がいます」

 

 石崎たちは「またか」と項垂れた。

 

 話し合いは、完全に、堀北の手のひらの上だった。

 準備をした者勝ち。

 Cクラスとしては、依然有利な筈なのに、削られていくような感覚を味わっている。

 須藤は、堀北の勇猛果敢な姿に、尊敬の念を抱いていた。

 

「許可します」

 

 橘書記はもう一人の証人の入室を認めた。

 今度は、少しおどおどしながら、生徒会室に入る女子生徒。

 櫛田たち、目撃者探しの班が見つけた生徒だった。

 

「名前は」

「わ、わたしは、美術部二年Cクラスの、三上です」

「三上さんは事件現場に居合わせたんですか?」

「いいえ。美術室は二階にあるので、声だけでした」

「木曜日は美術部はお休みだと聞きましたが、どうして残っていたんですか?」

「ええっと。実は日曜日までに提出しなくてはいけないコンクール作品があって、それを先生の許可を取って描き上げていました。わたしと、あと三名ほど、美術室に残っていたんです」

「分かりました。何を聞いたんですか?」

「トイレに行こうとした時、怒号が聞こえました。殴る音、とかは聞いてません。怖くてすぐに美術室に戻ったので、現場も見ていません。反響で何を言っているか分かりませんでしたが、何か煽るような言葉を使っていたと思います。その声は、ええっと、そこのCクラスの方?の声に似ていたと思います」

 

 三上は石崎の方を見る。

 

「ありがとうございました」

 

 堀北がそう礼を言い、そして三上は退室した。

 

 

 状況によってはあまり意味をなさない証言だが、この場面だからこそ、Cクラスの主張を揺るがす大きな一手となった。

 堀北は今まで、Cクラスの主張の嘘を見つけ、そしてそれを中立の立場である生徒会側に何度も指し示してきた。

 

「私には彼らの主張に嘘が多すぎて、とてもじゃありませんが信用に値するものとは思えません」

 

 堀北は、淡々と、冷静に言う。

 

「石崎くんは煽るような物言いをしていたようですが、それが謝ろうとしていた人たちの態度でしょうか」

 

 Cクラスはもう、何も言い返せない。

 確かに嘘で塗り固められた反論は、幾らでもすることができる。

 だが、今までの積み重ねで、中立の立場である生徒会も、彼らの主張を信用し辛くなっている。

 それを肌で感じ取っていたために、最適な言葉が見当たらない。

 

 そこで堀北は更に畳み掛ける。

 彼らの勝機を徹底的に潰す。

 

「私たちは逆に、Cクラスの三人が、須藤くんに怪我を負わせた、という訴えを起こすことも可能です。そしておそらく、あなたたちの嘘ばかりだった反論は殆ど通らないでしょう。

 ですが、私たちとしては、須藤くんが早く部活に復帰してもらえるように、この審議を引き延ばしたくはありません。

 

 もし、私たちの最初の主張が正しいと認めてくださるなら、私たちは訴えを起こすこともありません。

 どうしますか?」

 

 

 立場は、完全に逆転した。

 

 

「それはつまり、双方の間には何もなかった、ということか?」

「はい。これを踏まえて、私たちは再度、喧嘩はなかったと。そう主張します」

 

 

 Cクラスがここで無闇に引き延ばしを行おうとすれば、それこそ須藤のバスケの活動を邪魔している、と、第三者目線には映ってしまう。

 Cクラスは沈黙する。

 坂上は天井を見上げた。

 勝敗は決したようなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 窓の開いた自室で寛いでいた少年は、イヤホンを抜き、思わず呟く。

 

「……マジか」

 

 彼女は四面楚歌の中、完全勝利をもぎ取ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄さん」

 

 不安に揺れた声が、部屋に響く。

 Cクラスはそそくさと帰り、須藤も三日ぶりの部活へと向かい、生徒会室には橘書記と堀北生徒会長が残っていた。

 まだ何者でもない少女は、生徒会長の前に立つ。

 

「鈴音か」

 

 堀北学は嘆息した。

 橘書記は戸惑いの表情を隠せず、二人の顔を交互に見る。

 

「人前で話しかけることをお許し下さい。でも、どうしても伝えたいことがあって」

「なんだ。言ってみろ」

 

 言葉とは裏腹に、かける声には優しさが含まれている。

 堀北鈴音は、そのことに安堵し、そして決心した。

 

「私は……。私は、この一年間、全力で走り抜けるつもりです。だからどうか、……どうか、見ていて下さい」

 

 

 

「俺を追い抜いてみせろ、鈴音」

「……!はいっ!!」

 

 すれ違いを続けていた兄妹は、この時。

 妹は、兄に向けていたバイアスを取り払い。

 兄は、妹の中に秘められている原石の光を再度見つけて。

 

 やっと互いの本物の姿を知覚した。

 

 

 

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