心が弱くても勝てます   作:七件

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ネタバラし回
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パントマイム

 事件が起きた日の夜。

 須藤はオレの部屋にやって来て、助けを求めた。

 Cクラスの連中と喧嘩したこと。

 そして、口論の末堀北を突き飛ばしてしまったということ。

 藁にもすがる思いだったのだろう。

 堀北同様英語の点数を下げていたように思えたオレに、頼って来たのだ。

 

「な、なあ綾小路。確かに誰にも聞かれたくない話だけどよ、わざわざ外に出なくたってよくねえか?部屋の方がいいだろ」

「念のため、だ。気にするな。ここには監視カメラもなければ人の目にもつかない」

「ま、いいけどよ」

 

 オレは須藤を連れて、監視カメラのない道外れの雑木林へと足を運ぶ。

 夜も更けて、人っ子一人いなかった。

 外灯には小蝿が群がり、じんわりとした暑さが肌を覆う。

 

「なあ須藤。お前は何をどうしたいんだ」

「どうしたいって……分かんねえけど、兎に角やべえってのは分かってんよ」

「堀北も失望しただろうな」

「そ、それなんだよ!明日、どう謝ればいいか、わっかんねえし……」

「堀北の言い分を、今冷静に考えてみて、どう思うんだ」

「……堀北は、俺に全責任があるって言ってきたんだ。でもよ、あ、あいつらが先にガチャガチャ言ってきて、小突いてきたんだ。正当防衛だろ!」

「先に手を出したのはCクラスの連中だって言いたいのか?お前は過剰防衛って言葉も知らないのか」

「相手は三人だぞ!?不利だ不利!オレじゃなけりゃ怪我してたって!」

「堀北は正しい。お前は間違っている。だからお前は明日堀北に謝る。クラスに迷惑をかけたので、クラス全員にも謝る。簡単な話だろう」

「俺は悪くねえのに、んでクラス連中にまで謝んなきゃいけねえんだよ!」

 

 オレはわざとらしくため息を吐いた。

 

「須藤。みぃんな思ってるよ。あの時、さっさと退学してくれれば良かったのにってな」

「……んだと」

「ちょっとは成長したと思ったらこれだ。お前の脳みその海馬は腐っているのか?ああ、海馬って言ってもバカなお前には分からないか。堀北もこんな奴に好かれてかわいそうにな」

「んでお前にんなこと言われなきゃなんねぇんだ!ああ!?」

 

 須藤はオレの胸ぐらを掴む。

 目は血走り、鼻息は荒い。

 振りかぶった拳は震えている。

 だが、それ以上はやってこない。

 オレはこの切迫した状況下で須藤という人間を改めて分析し直す。

 

「いや、堀北もその程度の女ってことだな。平均点のミスは茶柱の温情で、見捨てて正解だったのに、わざわざ救っちまったわけだし。優等生の偽物。バカはバカ同士、お前とお似合いだよあの女は」

「テメェ……!」

 

 その言葉に、ついに我慢ならなくなったらしい。

 握り締めた拳が飛んでくる。

 オレはそれを冷静に左手で受け止めた。

 まさか止められるとは思っていなかった須藤は驚いたように、シャツから手を離す。

 その一瞬を突く。

 須藤の肩を掴み、そして、腹に膝蹴りを繰り出した。

 

「がはっ」

 

 手加減はしたので意識はまさか飛んでいないだろう。

 オレは手を離す。

 須藤はフラフラと後退した。

 

「て、テメェ……」

 

「粋がるなよ雑魚が。暴力さえ中途半端じゃ、お前の価値は一体なんなんだろうな。この程度だったらバスケだって、大したことなさそうだ」

 

 須藤は咆哮をあげ、オレへと掴みかかった。

 オレはそれを軽くいなす。

 これが本来の喧嘩なら、体力を考えて短期決戦を挑むが、今回はそうもいかない。

 須藤の拳を避けつつ、ジワジワと倒れない程度に軽いジャブを加えていく。

 敵を作りやすい性格の須藤は今まで多くの喧嘩をこなしてきたかもしれない。

 バスケットで磨かれてきた身体能力と体格で、これまでほぼ敵なしだっただろう。

 だが、付け入る隙などいくらでもある。

 その余裕が透けて見えたのだろうか、須藤は顔を赤くする。

 

「なんなんだよテメェはよ!!」

 

 そろそろいいか。

 と、その時。

 

「うらあああ!!」

 

 須藤のなり振り構わないタックルに、完全に虚を衝かれた。

 渾身の頭突きが腹に入り、オレはバランスを崩した。

 体格差では勝てない。

 須藤はオレに馬乗りになる。

 そして顔面目掛けて拳を振り上げた。

 

「なっ」

 

 オレは咄嗟に引きちぎった草を撒き、目眩しにする。

 空いた隙、胸の真ん中に拳を突き上げた。

 肺を突かれて「はっ」と声を漏らす。

 一瞬動きを止める須藤に、気絶しない程度に顎に一発入れ、完全に力が抜けたのを確認してから退ける。

 これで決着はついただろう。

 

 

 顎に受けた一撃ですぐには起き上がれないのか、須藤は仰向けになった。

 そして何度も拳を地面に叩きつける。

 

「くそがっ!くそ!くそぉ!!」

 

 声は震えている。

 涙を堪えているのだろう。

 

 オレは立ち上がり、須藤を見下ろす。

 彼は赤くなった目をギロリとこちらに向けた。

 

「悔しいか?」

 

 ただの煽り言葉に聞こえたはずだ。

 

「ああ!?」

「その涙に何の意味がある」

「泣いてねえよ!!!」

「何が悔しいんだ」

「それはっ……!」

 

 須藤の言葉が詰まる。

 

 オレに軽くいなされたことか。

 はたまた、堀北に、オレに、叱責され見下される自分の情けない姿か。

 段々と頭も冷えてきたのだろう。

 オレの涼しい態度に一つ舌打ちをしてから、須藤は固く握り締めていた拳をゆっくり解き、自分の目に押し当てた。

 

「……分かってんだよっ。ついカッとなっちまう性格も、すぐ手が出ちまうことも」

「本当に分かっているなら、どうしてオレに煽られて止められなかった」

「そん時は……曲げらんねえプライドがあるって思っちまうんだ。それがバカらしいことだって、分かってる……分かってんだよ俺はっ!」

 

 世の中は正論に溢れている。

 どんな励ましの言葉も、誰かの真似事に過ぎない。

 今の須藤の悩みだって、既に先人達が経験し、何度も頽れ、挫折を味わっている。

 だからこそ、オレは言う。

 須藤に、事実を突きつける。

 

「次また同じことが起これば、必ずお前は過ちを繰り返す。分かってる、なんて言葉はただの自己弁護だ」

 

 須藤は指の間からオレを一度強く睨み、それから顔を背ける。

 

「……どうせ俺は、クズの親から生まれたただのクズだ。もう、放っておいてくれよ」

「そうやってまた逃げるのか」

「逃げてねえ!」

 

 聞き捨てならない言葉だったのか、須藤は起き上がった。

 

「俺だって、あいつらなんかみたいになりたくねえって思ってたんだ!なのに……だってのに。段々似てきやがる。遺伝って奴なんだろ?だったらよお、しょうがねえじゃねえか……」

「クズから生まれた人間がクズとは限らない。親のせいにするな」

「お前には分かんねえよ。勉強も運動も出来て、なんか知らねえけど喧嘩も強え。こんな惨めな気持ち、味わったことねえんだろ」

「ああ、ないな」

 

 ここで嘘でも同情を示すべきなんだろうが、あえて突き放した態度を取る。

 

「じゃあ、もういいだろ!」

「お前が今欲しい言葉は慰めか?オレだったらそんな施しこそ惨めだ。プライドが許さないな」

「てめえのことなんざ、知るかよ」

「お前はどうなんだよ須藤。お前のそのご立派なプライドは、この状況を良しとしているのか?喧嘩でボコボコにされて、説教の真似事をされて、挙句、何も言い返せないんだもんな」

 

 チッ

 須藤は舌打ちし、必死で何かを堪えるように目を瞑る。

 先の言葉はどうやら効いているらしい。流石に三秒で忘れる阿呆ではないようだ。

 

「本当にプライドを守りたいなら、自分に向き合ってみろ、須藤」

 

 須藤の最初の拳には迷いがあった。

 だからオレでも止められた。

 それは成長への兆し。

 だが、須藤の成長を本当の意味で促せるのはオレじゃない。

 気付きは与えた。

 あとは本物の理解者が現れればいい。

 願わくば、その役目は堀北なら尚良いが。

 

 

 

「さて」

 

 オレはしゃがみ、須藤と目線を合わせる。

 

「ここからが本題だ」

「は、はあ?」

 

 急に態度を変えたオレに、須藤は間抜けな声を上げる。

 

「オレとお前は喧嘩した。そうだな?」

「あ、ああ」

「どうだ。どこか動かないところはあるか?もしくは、バスケの練習に響きそうなところは?」

 

 状況を理解できない須藤は、とりあえず自分の身体を確認し、「いや、ねえけど」と呟く。

 

「それは良かった。手加減できるかどうか不安だったからな」

「なっ、お、お前、あれでも手加減してたのかよ!」

「本気でヤったら今頃お前は地面に這い蹲って死のカウントダウンが始まってるだろうな。ま。そんなことはどうでも良いんだ」

「どうでも良くねえよ……」

「そういや須藤、お前は最近第二ボタンを閉めていたな」

「え?あ、ああ」

「今日から開けろ」

「はあ?」

「今日、お前は二度も喧嘩をした。一度目は石崎達と、二度目はオレと。一度目はどこにも目立った怪我を負わなかったが、二度目は違う。それを利用するぞ」

「……お前、もしかして」

 

 意外と察しが良いようだ。

 

「その怪我を、石崎達に負わされたと言えばいい」

「そのためにオレに喧嘩吹っ掛けたのかよ!」

「堀北のためだ。そう思えば安くないか?」

「いや、そ、それは」

 

 堀北にはやはり弱いらしい。

 今後も使えそうだ。

 

「で、でもよ。確かに訴えてやるとか何とか言われたけどよ……冷静になって考えてみると、んな大事になるのか?」

「龍園を知ってるか?」

「聞いたことはあんな」

「奴が一枚噛んでいる可能性がある。そもそもおかしいと思わなかったか?いくらお前が強いとはいえ、相手は三人。怪我をしないわけがない」

「た、たしかに。石崎とかいう奴は、なんか違ったな」

「だろ?確実に何か仕組んでくる。もしDクラスに損害を与えてくるなら、その際堀北は抵抗するだろうな。その怪我は切り札になり得る」

「お、おお。でもなんかズルくねえか」

「先に仕掛けてきたのはあっちだ。それに、お前がオレの安い挑発に乗りさえしなければ、別の方法を考えてたさ」

 

 ぐうの音も出ないのか、須藤は押し黙る。

 

「お前は今日から第二ボタンを開けて、そして喧嘩についてはそもそもやってない、と主張しろ。下手に見せびらかすな。もちろん、堀北にも今すぐには言わず、言われた通りに動け」

「え、言わなくていいのか?」

「お前が血迷って喧嘩してないだのなんだの堀北に主張したんだろ?いきなり主張を変えてみろ。嫌われるぞ」

「うっ確かに、そりゃそうか……」

「だが、全てが終わった後に怪我の本当の理由を話せ。そしてその時に、お前はもう一度この事について真剣に向き合ってみろ。自分の過ちを、堀北に告白しろ。これは強制じゃないからやらなくても良い。あとは、まあお前次第だな」

 

 伝えるべきことは伝えた。

 この後どう転ぶかは、二人にかかっている。

 最悪クラスポイントが全てなくなってしまう可能性もあるので、尻拭いの準備くらいはするが。

 オレは腰を上げる。

 

「最後に。堀北以外にこの話は誰にもするな。もしバラせば、オレはお前に報復の限りを尽くす」

 

 見下ろし、須藤に釘を刺す。

 なんとなく、いつかの櫛田を思い出した。

 須藤はゴクリと唾を呑み込んだ。

 

 立ち上がれない須藤を置き去りにして、寮へ戻るため歩き出す。

 

「なあ、一つ聞かせろ」

 

 オレはその言葉に立ち止まった。

 

「お前、何もんだよ」

 

 人間は理解できないものを忌避する。

 おそらく、今後須藤はオレと関わりを持とうとは思わないだろう。

 

「さあな」

 

 

 振り返らず、闇に紛れる。

 

 

 

 ーー闇に紛れ…いや、立ち去ろうとしたその時。

 唐突に不快感が喉元にこみ上げた。

 

 

 そういや、腹に一発貰ってたな。

 

 

 結局どうすることもできず、須藤が目の前にいるにも関わらず、オレはやらかした。

 須藤が心配して駆け寄ってくる。

 

 え?オレ狙ってないのに本当に残念な奴になってないか?

 

 その後、何故かボコボコにした相手に介抱されながら、部屋に戻ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーとある録音記録

 

 

「メールでも良かったんだがな」

「文章として残るのはマズいので」

「俺がそんなことをするとでも?」

「他人に見られる可能性もありますからね。ただ、録音はしても良いですよ?しっかり管理して下さるなら」

「……お前の敬語は白々しくて好かん。普通に話せ」

「ならお言葉に甘えて」

「で、用件を聞こうか」

「ただの雑談だ。随分疲れた声をしている。この時期は生徒会も忙しいのか?」

「ああそうだな。夏休みが終われば体育祭が控えているし、詳しくは言えないが、特別試験の精査もある。暇な時間は中々取れないな」

「じゃあ、もしその間に他クラスの生徒同士のいざこざがあったとすれば、それはもう迷惑極まりない話だろうな」

「……審議にまで発展するとなった場合は、生徒会も介入せざるを得ないだろう。そうなれば、早急に片をつけたい」

「へえ。……やっぱり生徒会って大変そうだな」

「興味でも持ったか」

「来週で暇な時間ってありますかね」

「放課後で生徒会が開けられる時間があるとすれば、月曜か木曜、だな」

「早急に片付けたいなら、月曜日の方が良さそうだ」

「……なんの話だ」

 

 

『須藤もちょろいな、あんな挑発に引っかかるなんてよ!』

『これでDはクラスポイントをおとして、阿鼻叫喚ってやつだな』

『でもちぃっとばかし怪我が足んねえな。龍園さんに追加で殴られるかもしんねえ』

『ええ!?マジかよ!!』

『あの人なら右頬にストレート入れてきそうだよな』

『小宮、俺が殴ってやろうか?』

『お、おう。龍園さんよりかはマシだぜ……。手加減してくれよ』

『分かってる分かってる』

 

 

「……この音声は」

「今、不良映画観てたんすよ。間違って流しちゃいました」

「そうか」

「雑談の続きだが、もし、Dクラスが審議に参加するなら、あんたの妹が出張ってくるはずだ」

「興味ないな」

「妹の成長を間近で見たくはないか?」

「……ほう。だが、まだ期待はできない」

「期待はしなくて結構だ。むしろ、彼女は失敗する。オレはそう確信している」

「お前は何もしないつもりなのか?」

「こうやって雑談するくらいはできるな」

「……分かった。どうするかはオレが決める。そういうことで良いんだな?」

「もしダメだったら見限れば良い。決定権は兄であるまな……あんたが持っている」

「ふっ、名前で呼んでもいいんだぞ?」

「……いや、いい」

 

 

 

 

ーーここで音声は途切れている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく……」

「須藤の審議の無事成功を祝って、かんぱーい」

「目玉もぎ取るよ?」

「ごめんなさい」

 

 審議が無事終わったその日の夜のことである。オレは鍵をかけ、U字ロックをして、万全の体勢で襲いくるゾンビを待ち構えていた。だが、合鍵とペンチには流石のオレでも勝てまい。ペンチでチェーンを切ってしまう前にオレは顔を青くしてドアを開け、彼女は慣れた手つきで後ろ手でドアを閉めた瞬間、胸倉を掴まれ怒声を浴びせられた。

 今はベッドの上で枕の中身を引きちぎるという大変迷惑極まりない行動を取っているが、オレは正座をして彼女の機嫌が直ることを待つことしかできない。

 

 いや合鍵ってマジか。

 聞いてない。欠陥住宅かここは。

 

 そう文句も言いたくなる。

 だが待つことに段々飽きてきたので、外村から借りたゲームを始めた。

 櫛田は苛立ちで一杯なのか、気にしてないようだった。

 

「……あんたが失敗するとか言うから乗ってあげた」

 

 某ネズミー作品の魔女だって青ざめるくらいの低く恐ろしい声。

 

「ほら、序盤は面白かっただろ?」

「そうだね。でもどっかの漫画の覚醒シーンみたいになったよね。なにあれ」

「さあ……」

 

 審議が成功してしまい、櫛田を宥める、というのはそもそも作戦の内だった。

 堀北の兄に決定的な証拠を持たせていたのもあるし、たとえもし兄が見限って審議が延長しても、堀北は一之瀬にポイントを立て替えて貰うだろう。どう足掻いてもこの計画は失敗していた。

 

 だが、唯一の誤算は、堀北がふっつうに審議に勝利してしまったこと。

 櫛田の怒りを抑えられる自信が一気になくなった。

 味方に背中を刺された気分だ。

 最初に刺すフリをしたのはオレだけど。

 

「あと須藤やっぱ喧嘩してんじゃん」

「そう簡単に人は変わらないだろ」

「あんたどこまで知ってたの?」

「堀北の作戦は全て」

「じゃ、成功するって分かるでしょ」

「あの生徒会長は堀北の兄だ。兄を目の前に力を発揮できないとオレは踏んでいた。かなり緻密な作戦で、Cクラスの言動を少しでも制御しきれなかったら失敗する確率が格段に上がるからな。事実、最初の方は殆ど発言していなかっただろ」

「震えて俯いてて面白かったよ」

「だろ?」

「でも成功した」

 

 若干涙目になっている。

 やるからには全力投球の櫛田さんには今回のことは結構堪えたらしい。

 女の涙に操作キャラは動揺したのか、回避のベクトルを誤り、空を飛ぶでっかい龍が放つ即死ビームを前に呆気なく膝を折った。あと二回は死ねるな。

 

「なんで堀北は須藤が喧嘩してたことを知ってたの?あとあのバスケ部の先輩なに。意味わかんない……」

「順を追って説明するとだな」

 

 オレはそのまま第二ラウンドに突入しながら、とうとうシーツまで裂こうとしている櫛田に、事の顛末を説明した。

 

 

 須藤がクラス全員の前で謝った際、第二ボタンが開いていたことで須藤の怪我が目の前にいた堀北にチラ見えし、両者は殴り合いをした、と堀北は確信を得たそうだ。また、クラスメイトへの歩み寄りが行われていたため、須藤がバスケに対しては真面目だったことを彼女は知っていた。この二点から、今回の作戦を思いついたらしい。金曜日の放課後に作戦の詳細内容は聞かされていた。

 

 バスケ部の証人が必要だ、という所を偶然Bクラスの一之瀬に盗み聴かれるというハプニングもあったが、堀北一人で頼むより、同じバスケ部の後輩と共に、責任ある立場の人と頼み込んだ方が良いと提案されて、堀北は了承。一之瀬はオレ達にBクラスのバスケ部の生徒を紹介してくれた。

 

 平田と櫛田の尽力で見つけた美術部の生徒は、堀北の作戦をより強固にした。この作戦は堀北とオレのみが詳細を知っており、Dクラスの全員、須藤は本当に喧嘩をしていない、と信じている。

 

 

「ま、といったところだな……あ、死んだ」

 

 動かしていたキャラがそう時間を置かずに猫に回収されていく。

 櫛田は大きくため息を吐いて、膝を抱いた。

 

「目撃者探しやんなきゃ良かった」

「でも櫛田はクラスメイトのためにちゃんと頑張ったんだろ?偉い偉い」

「微妙そうな証言だったからだよ」

 

 漏れ出る舌打ち。

 褒め称え作戦は効かなさそうだ。

 

「まっじ最悪。あれだけできる感出してたくせに」

「悪かったと思ってるさ。オレも人間だ。間違うことくらいある」

「そんな所で人間味出さなくて良いから腹立つ」

「堀北の痴態はただの寄り道のはずだ。龍園とのコネクションは今後大きなアドバンテージになる。手元に大金も残ったし、どこに失敗した要素があるんだ」

「あんたは見たわけ?チャットグループの盛り上がり具合。また祝勝会やるって騒いでるし。みんな堀北堀北堀北堀北堀北堀北堀北……」

 

 ぶつぶつ呪詛のような言葉を吐く。

 チャットグループの話で抉れたオレの心も相乗効果で、この部屋に充満する負の感情だけで怨霊が生まれそうな勢いだ。

 

「落ち着け。こういう奴らは一度失敗を見せればすぐに手のひらを返す。むしろ今の内に上げておけば、今後醜態を晒した時のダメージはより大きくなる」

「ほんと……?」

 

 褒めるより相手を貶す方が櫛田には慰めになるらしい。

 相変わらず素晴らしい性格をしていらっしゃる。

 

「積み木は高く積み上げてから壊した方が、爽快感あるだろ?積み上げる時のワクワク感を今の内に味わえばいいさ」

 

 オレの話に納得がいったのか、はたまた妥協する点を見つけたのか。

 櫛田はうんともすんとも言わなくなった。

 代わりにどこからともなく取り出したハサミでシーツを切り刻んでいる。

 オレは三ヶ月間お世話になった寝具に黙祷を捧げた。

 

「てかいつまでゲームしてんだよ!」

「あ」

 

 突然、櫛田に上からゲーム機を奪われ、操作キャラは龍の尻尾に当たって無様に死んだ。

 初期装備なので即死ビーム関係なしに一撃喰らったらほぼ死ぬ。いや、死んではいないのか?まあどうでもいいか。

 

「それが謝る人間の態度?」

「石崎たちも煽るようなことを言いつつ実は謝っていたのかもしれない。言語って凄いよな」

「綾小路くんにゲーム感覚でレイプされたって噂流すよ?」

「ごめんなさい」

 

 オレは人生で初めて土下座をした。

 また初めてを奪われてしまったが、櫛田は漸くいつもの元気を取り戻したようだ。

 

「というか、今日中にその龍を倒せば外村から臨時報酬が貰えるんだ。返してくれ」

「なに?小銭集め?」

「暇潰しだ」

「本格的に陰キャオタク化してんじゃん」

「部屋にいることが多いからな。必然的にインドアな趣味が増える」

 

 少しだけ興味を持ったらしい、櫛田は牧場を探索し始めた。

 

「ハンター・ウォッチ、だっけ?」

「ああ」

「ゲームとかやったことあったんだ」

「いや、初めて触ったな。最初は山内に押し付けられたんだ」

「上手いの?」

「見るか?」

「いやいい。そういう自慢飽きるほどされてきたし。大抵雑魚そうだし」

「興味のない自慢話ほどつまらないものはないよな」

 

 このゲームを始めたキッカケも、山内の自慢話からだった。

 なんでも超級クエストの一番強いモンスターまで倒すのを、三日で終わらせたとか。

 その間に勉強でもすれば良いのにと呆れたが、それは凄いことのようで、いまいち実感が湧いておらず微妙な反応をするオレに、だったらお前もやってみろよ、と貸し出されたのが最初。

 超級クエストの次はアルティメットモードというのが存在する、というのも教えられ、山内が三日で終わらすなら五日でいいか、と超級まで終わらせたが、アルティメットモードが出てこず、そもそも級の次にモードっておかしくないか?と思いつつ山内に説明を求めると、「綾小路大先生」と外村含めた数人に慕われることになった。

 ほぼ初期装備で一番強いとされていたモンスターを倒したことに感服したらしい。

 山内が少ない時間でボスまで行ったことを自慢していたから、タイムアタック的な楽しみ方のゲームと勘違いしていたのが原因だ。

 そして山内の言葉の殆どが嘘であり、騙されていた事に気付いた時には屋上から飛び降りたくなった。

 

 その後、他のゲームでの詰んだポイントや対戦ゲームなどを報酬込みでやらされるようになった。断るか、適当に流せばいいと思うだろうが、そういうわけにもいかない。

 

『力を持っていながら、それを使わないのは愚か者のすることだ』

 

 この言葉がオレを縛るせいだ。

 出る場所を完全に間違えている。

 いい加減にして欲しい。

 

 まあ、こういった経緯のおかげで少しだけ得したこともある。

 それは、ゲームをプレイする対価に、他人に軽い用件を頼むことができること。

 決定的な証拠となった、山内が須藤と撮った写真もこれのおかげだ。

 

 レースゲームで一位を取りレートを上げ、先延ばしにしていた報酬で、山内に、いずれ退学者が出た時に写真がないと寂しいから、と今日中にクラス全員と写真を撮ることを頼んだ。

 恥ずかしいから自分ではできない、と説得すると、山内に哀れみの目を向けられた。ないと思っていた感情は、その時だけ妙に「は?」を連呼していた気がする。櫛田の影響だ、多分。

 

 山内がこの関連性に気付くかどうかは……

 

 まあ、山内だし。

 

 

 櫛田は色々見て回っていたが、飽きたのか、オレにゲーム機を返す。

 

「でも、ちょっと見てみたいかも。小さな画面に必死に齧り付いてるあんたとか爆笑もの」

「オレのプレイじゃなくてオレの痴態が見たいだけだろそれ」

「あんたに拒否権あると思ってる?」

 

 堀北のこともあるので何も言い返せない。

 

 長々見せるわけにもいかないので、食事も充分に摂り、温泉に入り、最強装備に着替えた。なんで女の子がこんなに重そうな防具を着てあんな動きをできるかは甚だ疑問だ。

 それほど時間もかけず、雷雨の中の龍を倒す。

 

「やっぱよく分かんないや。やってて面白い?」

 

 嘘つけ。途中「おお!」とか何とか言ってただろが。

 勝利した瞬間も手を上げてたし。

 まあ機嫌も格段に良くなったので、結果オーライか。

 

「さあ。面白いんじゃないか?」

「なんであんたが疑問形なんだよ」

 

 ゲームをしている最中は、見ている皆もゲーム画面に注視しているので、楽という点もあるが。自分の思い通りに動ける、というのはやはり気分が良い。

 

「櫛田もやってみるか?」

「オタクが感染る」

「モンスターを一方的にいたぶるのは楽しいぞ?」

「……へえ」

 

 興味を持ち始める櫛田。

 ということで操作方法をレクチャーしてあげた。

 ストレス発散法は増やしておいた方が今後良さそうだ、という思惑だ。決して自慢したいからじゃない。他人のデータだが、まあ良いだろう。

 最強装備で弱くてデカいモンスターのクエストを受けさせる。

 色々アドバイスをしていたら「うっざ」と吐き捨てられたので、ちょっと傷付いた。

 

「あ、そういえば。私のお願い一つ聞いてよ。失敗した詫びね」

 

 暫くやっていた櫛田だったが、勝利BGM的に倒したのか、思わず万歳をしていたので、拍手をしてやると、オレにメンチを切ってからゲーム機をベッドに投げ捨て、思いついたように言った。

 照れ隠しにしては横暴だし、あと他人の借り物をぞんざいに扱うな。

 

「佐倉とデートすんのそういや断るって言ってたよね」

「デートじゃない。一緒に修理に出したカメラを取りに行くだけだ」

「あれちゃんと行けよ」

「……そんな事でいいのか?お前には関係ない話のように思えるが」

 

 巻き込んでしまった佐倉への罪滅ぼし的なサムシングだろうか。

 親近感は持たれているだろうが、罪滅ぼしにしては弱いだろうに。

 

「私だって悪魔じゃないから」

「そうだな。櫛田は天使だもんな」

「今度棒読み発言したらささくれ剥がす」

 

 なんて地味な嫌がらせなんだ。

 というか棒読み一回でそれなら、一日でオレの指の皮は全部剥かれる気がする。

 想像してしまい自分の手を思わず庇っていると、

 

「絶対行けよ?」

「はい」

 

 胸倉を掴まれ脅された。

 ベッドの惨状には今日は目を瞑ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 綾小路くん。万歳しなさい。

 

 唐突な命令に、オレは考えなしに素直に応じた。

 

 そして、堀北はオレのシャツを捲り上げた。

 ここは教室だ。

 もう一度言おうか。

 ここは教室だ。

 堀北の奇行に、キャアと黄色い声が上がった。

 

「事後報告はなし。いいわね?」

 

 頼むから誤解を招くようなこと言わないでくれ。

 オレは呆れながらもシャツを下ろす。

 相当怒っている、と思ったが、堀北の顔にその感情は見受けられなかった。

 凪いだような瞳を、オレに向ける。

 

「私と須藤くんは似ていた。相容れないようで、きっと。本質は一緒なんじゃないかって。最近そう思えるようになってきたの」

 

 どうやら須藤の罪の告白を聞いたらしい。

 そして、偽物の和解ではなく、本物の歩み寄りが行われ、仲直りした。

 ただ、一応本当にオレ達が喧嘩をしたのかどうかを確かめたかったようだ。

 

「独りで何でも出来ることは、決して偉いことではない。私は、そのことをずっと勘違いしていたダメな人間だったし、須藤くんも同じだった。でも、私は諦めないと決めた。なら、彼だって、同じように頑張ろうという意志を持つ可能性がある。その可能性を、私はすぐに切り捨てて、諦めていた」

「でも、最後は諦めなかったろ?」

「ええ、そうね。それが私の長所だと思いたい」

「立派な美点だ。誇っていい」

 

「クズから生まれた人間はクズかどうか。あなたは私にそう尋ねたわね。今なら答えることができるわ」

 

 一呼吸置いて、堀北は言う。

 

「この説を本物にするか偽物にするかは、私が決めること。そして、きっと死んでも納得の行く回答を得ることはできない」

「神のみぞ知る、てことか」

 

 

「いいえ。神なんかに決めさせはしないわ。

 

 最後まで私が決めることよ」

 

 

 堀北は勝気に笑った。

 傲慢な物言いは、彼女の得意としていることだ。

 

「その通りだな」

 

 満足したのか、堀北は踵を返し、教室を出て行く。

 その迷いのない後ろ姿に、もう、孤独は感じられなかった。

 

 

 ……ただ一点、一応この教室内の空気だけはどうにかして欲しかった。

 

 

 

 

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