心が弱くても勝てます 作:七件
イカロスは海に落ちた
ギリシャ神話には、憎悪や嫉妬を含んだ話が多く存在する。
『イカロスの翼』を耳にしたことはないだろうか。簡単な概要はこうだ。
かつてギリシャには、ダイダロスという偉大な発明家がいた。
ミノス王の傲慢により神の逆鱗に触れて、狂わされた后は牛に欲情してしまい、ミノス王はダイダロスを頼る。彼の機転で彼女は思いを遂げ、怪物ミノタウロスは産み出された。
だがミノタウロスは成長するに従い乱暴になり、手に負えなくなる。ミノス王はダイダロスに命じて迷宮を建造し、そこに彼を閉じ込めた。
しかしある時、生贄として捧げていた少年少女がミノタウロスを倒し、迷宮を脱出してしまったことから、息子のイカロスと共に、ダイダロスは自らが作った迷宮に閉じ込められてしまったのだ。
ダイダロスたちは迷宮から逃げ出すために、鳥の羽を集めて大きな翼を作りあげた。大きな羽を糸でとめ、小さな羽は蝋でとめた。やがて翼が完成し自由を求めて飛び立とうとした時、父であるダイダロスは息子にこんな忠告をする。
「あまり高く飛ぶと、蝋で固めた翼が太陽に焼かれ溶けてしまう。気を付けろ」
空を飛んだイカロスは、世界の広さに感激した。
イカロスは初めて手にした自由に魅入られ、そして、忠告を破り太陽に近付き過ぎてしまった。作り上げた偽りの天使の翼は、太陽に焼かれ瞬く間に溶け出してしまう。
やがて偽りの翼は全て焼き尽くされ、イカロスは大海に落ちて死んでしまった。
ダイダロスはこの時、どう思ったのだろう。
私は一人の少年を前にして、『イカロスの翼』を連想してしまっていた。
いや、正確には、イカロスの翼に出てくる、父ダイダロスを、思い出したのだ。
ダイダロスはミノタウロスを産み出すきっかけを作りながら、彼を屠った少年少女の手助けをした。その罪に、息子であるイカロスは巻き込まれて、そして海に落ちた。
ダイダロスは後悔したはずだ。
もし、ミノタウロスを産み出す手助けをしなければ。
もし、恋に焦がれたアリアドネに脱出方法を教えていなければ。
もし、イカロスの勇気と傲慢さえ、翼に捧げてしまえたなら。
迷宮の中に取り残されて、思ったはずだ。
己はこんな惨めな思いをせずに済んだのに、と。
□
「茶柱先生。オレに一体何の用ですか?」
蝉が忙しく鳴く、七月の中旬。
終業式も終わり、校舎内はいつもの騒がしさを忘れ、部活生の掛け声が廊下に響く。
指導室のクーラーは不健康な冷たさを吐き出し、髪を撫でる。
「まずは携帯を机の上に置いてもらおうか」
茶柱は自身の端末を取り出し、黒い画面をわざわざ見せてから机の上に置く。
彼女の湯呑みの中のお茶は半分ほど既に減っていた。
先客でもいたのだろうか。
オレも彼女に倣ってわざわざ録音機能を切ったことを見せる。
「この部屋には生徒のプライバシーを守るために監視カメラがない。実に都合の良い場所だとは思わないか?」
「パワハラが横行しそうですね」
「そうかもしれないな」
茶柱は否定せず、口の端を上げる。
彼女の狙いが手に取るように分かった。だが、それを回避する方法は封じられてしまっている。
「なに、ただの個別面談だ。そう固くなるな」
「はあ。そうですか」
「どうだ。勉強はついていけているか」
「期末テストを見て頂ければ分かるかと」
「そうだな。全ての教科が満点。担当の先生方もお前を褒めていたよ。そして不思議がっていた。何故お前のような優秀な生徒がDクラスなのか、とな」
「学校側のミスじゃないですかね」
「そうだな。我々が決めたことだ」
茶柱の目線は鋭くなる。
「どうだ、綾小路。本気を出してみないか」
「出しているじゃないですか。全教科満点。これ以上何をすればクラスに貢献したことになるのか。オレにはさっぱり分かりませんね」
「いいや、分かっているはずだ」
「運動はちょっぴり苦手ですね」
「須藤の起こした暴力事件」
挑発的な笑み。
「お前が動けばもっと迅速に、もしくはCクラスに大きな打撃を与えられたんじゃないか?」
「それは買い被り過ぎです。オレに出来ることはなかった。オレ以上に堀北は有能だった」
「そうだな。私はお前の能力を測りかねている。だが、二人で力を合わせることもできた。そうは思わないか?」
「意味が分かりません」
「20万ポイントを支払ってお前は堀北をクラスの中心人物に仕立て上げた。だが私の目は誤魔化せないぞ。何もしないと言うのなら、こちらにも考えはある」
「あんたは欲張り過ぎている」
「自覚はある。だが目の前に宝石が転がっていて、手を伸ばさないバカはいるか?」
「あんたがバカなだけだろ。大方、バカンスとは名ばかりの試験があるから、それで成果を出せといった所か。わざわざ言うまでもないが、堀北一人で充分だ。オレの出る幕はない」
そもそも、オレはバカンスに行くつもりはない。
ドクターストップがかかっているのもあるし、本心で、今の堀北なら大きくクラスポイントを落とすことはない、と考えているからだ。Cクラスも恐らくDに一々かまっている暇はないし、元々落ち目のDに集中攻撃をするようなメリットも少ない。
あの医者に偽の診断書を書かせて、バカンスをばっくれて、温度調整がされている図書館で毎日暇を潰す。
完璧な夏休みではないか。
「これで話は終わりだな」
そう言って端末をポケットに入れようと手を伸ばすと、茶柱に制止される。
オレの失礼な態度に茶柱は咎めることはなく、余裕は保たれたまま。
嫌な予感がした。
いや、懸念材料として考えたことはある。
「私は教師だ」
茶柱は唐突に当たり前の事を言い放つ。
だが、それだけでオレには充分だった。
「数日前、ある男が学校に接触してきた」
機械的に並べられた文字列の書かれた紙に広がる黒い染み。
理路整然とした思考は汚されていく。
論理的な言葉が解体され、意味を持たない文字が頭の中を蹂躙する。
ぐしゃぐしゃと髪を握りしめる。
茶柱が続けて何かを言っている。
だが、それらの言葉もまた、膜が覆われているみたいに、何も聴こえない。
甲高い音が耳をつんざき、息ができなくなる。
視界が、白い。
狭い部屋。
茶柱の目。
そして、あの男の話。
脳内は悲鳴を上げているらしい。
戻りたくない。
恐らくそういった類いのものだ。
『さっさと動け』
だが、オレの中には、自分の姿を客観的に観察して、この状況の解決方法を冷静に思案している部分がある。異常事態の要因を理解していながら、普段は沈黙を貫いているが。
それは席を立ち、俯瞰的に、茶柱の話の内容や反応もしっかり見届けている。
そして、茶柱が訝しむような目を向けたことを、淡々と告げた。
『試験の内容をできるだけ聞き出せ』
まるでパイロットのようだ。
壊れた機体をガンガン叩き、無理矢理動かす。
スーッと体が何者かに支配されるような感覚。いや、取り戻した、と言った方が正しいか。
「どうだ。やる気になったか」
「たとえAクラスに上がれたとして、それはあんたの成果じゃない。虚しいとは思わないのか」
無駄なことを言った。
オレは心の中で舌打ちをする。
案の定茶柱の表情は変わる。
「今すぐにでもお前を退学にすることなど容易い。それに、教師をあまり舐めるなよ」
「それは失礼しました。試験に参加したい気持ちはありますけどね」
すぐに軌道修正を行う。
「これだけ言ってもまだ渋るのか?」
「渋っている訳ではないですよ。試験が楽なものであれば、モチベーションも上がるのに、と。そう思っただけです」
「残念だったな。詳しくは言えないが、そう楽なものではない。サバイバルとでも思っておいた方がいいな」
「……そうですか」
マズいな。
未だ正常に動作しない脳に、あの医者を説得する術を後で考えることを刻んだ。
「まさか二回ほど試験が行われたりはしないでしょうね」
「勘がいいな。そのまさかだ」
「分かりました。必ず成果を出すことを約束します。ですが今回きりですよ」
「それは無理な相談だ。今後全ての試験で本気を出して貰わないと困る」
「先生の期待通りには難しいと思いますがね」
「大きくポイントを落とすようなことがあったら……ということだ。死に物狂いでやれ」
「……それで先生の自尊心が満たされるなら」
「嫌味な生徒だな」
茶柱は苦笑いする。
また不用意な言葉を発してしまったが、むしろ抑えた方だった。これ以上この部屋にいれば茶柱を殺してしまいそうだ。
さっきから、彼女を殺す方法、それらを隠蔽する方法が頭の中でグルグル回っている。恐らく最も簡単な排除の仕方を考えることで、オレは気を保っているのだろう。
一瞬、茶柱に自分の今現在置かれている状況を説明するのはどうだろうか、と閃いたが、すぐに却下された。
一番この情報を利用できる立場の人間に与えるのは愚策だ。
信用に値しない。
「か弱い生徒を脅すような先生に、敬意なんて持てませんよ。オレは聖人じゃないんで」
「か弱い……か。お前が言うと滑稽だな」
「オレの何を知っているんですかね」
「ふん。私から何か情報を引き出そうとしても無駄だぞ」
「あんたが垂らした糸に釣られてやっただけなんだがな。教師という立場でありながら、生徒の優位に立ててさぞ楽しいらしい」
オレはもういいだろう、と茶柱を睨み、立ち上がった。
彼女は脚を組んだまま余裕綽々な態度でオレを見上げる。
だが、その内側に潜む、怯えは見逃さなかった。
失礼しました、といよりは、失礼されました、だな。
何も言わずに、オレは指導室から逃げるように外に出た。
早く切り替えないとな。
オレは手持ちのポイントを確認してから、冷たいココアを自販機で買う。
茶柱の発言内容の精査と、辞職に追い込む手立て。
そして医者を黙らせる方法。
甘い砂糖の塊を脳にぶち込み、先程働かなかった分回転させる。
どうすればいい。
どう動けばいい。
誰か、……。
オレは途方に暮れた。
そして、一瞬でも意味のない弱音を吐きかけた自分に、確かに絶望していた。
□
海の上に、白い入道雲が浮いていた。
そよぐ潮風は優しく身体を包み込み、真夏の猛暑を感じさせない太平洋のど真ん中に、オレたちはいる。
「うおおおお!最高だああああああ!」
豪華客船のデッキから高らかに手を挙げ、池寛治は雄叫びを上げた。
デッキにいた数名から白い目を向けられていたが、そうはしゃいでしまう気持ちも分からなくはない。
一般人からしたら規格外の旅行だからだ。
オレたちが乗り込んだ客船は外見は言うに及ばず、施設も非常に充実。一流の有名レストランから演劇が楽しめるシアター、高級スパまで完備されている。
そんな贅の限りを尽くした旅行。
予定では明日の昼間に無人島に到着し、そこで一週間ペンションで夏を満喫し、その後の約一週間は客船内での宿泊となる。
だが、茶柱から試験がある、と先に言われてしまったオレからすれば、憂鬱そのものだ。今日という日が永遠に続けばいいのに、と、この旅行がはじまる前に何度祈ったか分からない。流れ星に願い事を届けると願いが叶う、という迷信も信じて実践してみたが、やはり神はいなかった。ガガーリンの言葉を盲信した方が有意義だったらしい。
オレの心情が態度に出てしまったのだろうか。
隣に座っていたひよりが、首を傾げる。
「その本、つまらなかったですか?」
どうやら心配させてしまったようだ。
「いや。つまらなくはないぞ」
それは良かった、と彼女は微笑む。
客室に引きこもろうと思っていたが、同室は平田、高円寺、幸村、と個性派揃い。変人二人を押しつけられた、と幸村は嘆いていた。だが平田は変人じゃあないと思う。まあ、感じ方は人それぞれなんだろうか。
ちょっとした誤算は、三人とも意外とアクティブで、部屋に残る人間がおらず、オレも船内を徘徊する羽目になったこと。そこで偶然ひよりとバッタリ出会した。彼女は旅行中でも本を読みたい超が付くほどの本好き。行くあてもなかったので、彼女の最近のお気に入りを借りて、デッキの日陰で一緒に読ませてもらっている。
「先ほどから読む手が止まっているので、面白くないのかと」
ひよりは人差し指を頬に当て、少し寂しげに言う。
面白いとは一言も言っていないが。
ただ最近、ひよりはオレの細かな態度や仕草で、その本が面白いと思っているかどうか分かるようになったそうだ。「つまらなくはない」という評価しかしていなかったので、もはやオレの言葉は判断基準にはならないらしい。
「この本のキャッチコピーが、『あなたも必ず騙される』だったからな。叙述トリックと踏んで色々考えながら読んでいるんだ」
「一度騙されてみては?私もやられた!となりましたし。二週目が捗りましたよ」
「作者に負けた気がするだろ」
「負けず嫌いなんですね」
「この世に勝てない勝負はないからな」
「叙述トリックは意図的に重要な部分が隠されているわけです。騙されている感覚も、意外とワクワクしますよ」
「叙述トリックでもオレは見破れる……へえ、なるほどな」
「分かったんですか?」
ひよりは自身の本を閉じて、オレの方を向く。
彼女でも解けなかったトリックだ。悔しかろう。
「まあな。時間を誤認させていたわけだ」
オレの完璧な解答に、ひよりは「おおー」と感嘆の声を上げて拍手した。
逆に気恥ずかしくなる。
「こういうタイプの小説は初めて読んだな。邦書も侮れない」
「面白かったですか?」
「つまらなくはないな」
するとひよりの口元が緩む。
「綾小路くん」
「な、なんだ」
「ちょっと口角上がってますよ」
彼女の鋭い観察眼は、こういった時にばかり発揮される。
オレは顔下半分を本で隠し、膝に肘をついた。
「その本面白かったんですね」
「やめてくれ」
「謎が解けて嬉しかったんですか?」
「あー今日は天気がいいなー」
「他にも叙述トリック型の小説をお教えしましょうか?」
キラキラとした瞳。
「……お願いします」
逆らえるわけがない。
オレは彼女に今のところ全敗している。
「ところで、」
ひよりは一旦言葉を切り、階段の方にそっと目線を動かす。
先ほどから違和感があった方向だ。
「あれ。放置して大丈夫でしょうか」
勘付かれない程度に、オレはそちらに目を向ける。
明らかに、いる。
なんならさっきシャッター音が漏れ聞こえていた。
一ヶ月ほど前くらいだ。
学校などで誰かから写真を撮られているな、という気配を感じて、オレはその犯人を一度問い詰めたことがある。すると、
「ほほほ他の人も撮りたいんですけど!あ、えっと、慣れなくて!つい綾小路くんを撮っちゃうんですうう!!」
犯人から顔を真っ赤にして何度も頭を下げられた。
そういえば自分と家族以外で人を撮ったことはない、と言っていたな。
慣れるためなら仕方がないか。
ということで、オレは彼女に許可を出した。
つまり盗撮にはならない。
何故かビックリされたが、どうしたんだろうか。
その事をひよりに説明すると、
「綾小路くんって時折ビックリするほど知能指数が下がりますよね」
と、普段物腰柔らかな彼女にダイレクトアタックで悪口を言われた。
そりゃもちろん、もっと真剣に佐倉に対して何か手立てを打った方が良いのは分かる。たまに捨てたはずのゼリーのカップを佐倉が持ってたりしていたし。
本人に聞くと「綾小路くんのことをもっと知りたいから」とのこと。
まあ、あれだ。
難しいことは時には考えなくたっていい。
無為なことに頭を回す必要はない。
「いずれ飽きるだろうさ」
自分らしくない楽観的な意見。
ひよりには信じられないものを見るような目を向けられてしまった。
□
この豪華客船。どんな施設も取り揃えているらしい。
ゲームコーナーの隅で、
「うがあああああ!」
須藤は膝から崩れ落ちた。
別にカジノで有金を全部溶かした、とかそう言うのではない。
普通こういった所のゲームコーナーと言われれば、カジノなどを連想するが、そこにあったのはゲームセンターに置かれているようなクレーンゲームや音ゲー、プリクラなどだった。
流石に高校生に賭け事は許されなかったのだろうか。
山内にはどうしても欲しい人形があるらしい。
幸村がいることで客室で惰眠を貪っていたオレは、三人にほぼ拉致られた形で今、ここに立っている。
あまりの騒がしさに気絶しかけたが、慣れればどうということは、なくはない。
こんな所に長時間居たら胃に穴が開きそうだ。
そして、典型的なクレーンゲームの前に連れてこられた。
一番のボタンを押しっぱなしにするとアームはX軸方向に動き続け、ボタンを離すとアームは止まる。二番は一番と同様の手順を踏み、Z軸方向に動くのだ。
空間把握能力など、色々な人間の限界を試してくる、悪魔のゲーム。
しかも手頃な価格で挑戦できるために、このゲームを前に膝を折った人間は後を絶たないとか何とか。
「クレーンゲームなんてオレはやった事がないんだが」
「でも春樹が清隆はゲームが上手いって言ってたぜ」
出番が回ってきた池がケースに張り付き距離を測りながら言う。
当の山内はお願いしますと祈っている。
「ま、ポイントは全部春樹持ちだし、気負うことねえだろ」
失敗した須藤は豪快に笑った。
そもそもどうして男子高校生がこんな人形ごときに本気になっているのか。
「確かネズミーランドの犬だったか?山内もメルヘンな趣味持ってんだな」
「俺じゃねえよ。雫ちゃんがすきなの!この前ブログにアップしてた写真の後ろに写ってたんだ」
「お近づきの印にプレゼントするんだってよ」
「だってまさかクラスに雫ちゃんがいるとは思わねえだろ?アタックするっきゃねえだろ!」
佐倉が眼鏡をとって登校するようになってから、段々と彼女の正体に気付く人が増え始めた。グループチャットでも大きく話題になった所で、騒ぎにならないよう平田が「本人から明かさない限り、わざと触れるようなことはしないこと」とルールを定め、鎮静化されたようだ。櫛田から聞いた。
佐倉も眼鏡をとってからは以前に比べればだが、積極的にクラスメイトと関わるようなっており、井の頭などの大人しめの女子と仲良くなっている。
活動のことを話して拒絶されないか、とオレや櫛田は何度も相談され、その度に背中を押し、佐倉は仲良くなった数人には打ち明けることもできたのだ。その友人たちも今は彼女の活動を応援してくれているらしい。何故かオレへの盗撮も応援しているらしいが。なんで?
まあ、あのストーカー事件から立ち直れたようで、取り敢えず一安心だ。
「俺には雫ちゃんしかいない!」
「でもお前結構前に雫ちゃんは卒業したとか何とか言ってただろ」
池がそう指摘すると、山内は顔色を変えた。
「なっ、ばっか!お前、それはあれだよ。一周回っただけだし」
そんな山内の様子に、池は乾いた笑いを漏らす。
「ま、桔梗ちゃん一筋の俺からすれば、ライバル減ってラッキーって感じ」
「このクラスに可愛い子が多すぎる!」
「それな!」
下世話な会話だが、その意見には同意かもしれない。
「健は堀北だもんなー」
「別に良いだろ」
「俺は無理だなあ。可愛いけど話すとドキツいし」
「へ、お前ら趣味悪いな」
無理無理、と首を振る山内に、何故か得意げになる須藤。
「清隆。堀北の下の名前って、なんだっけか。なあ」
そして、オレが知っていることが当たり前だと言わんばかりに聞いてくる。
あんなことがあった後でも普通に接してくる須藤の肝の座り具合は凄まじい。
「下の名前?」
「俺さ、櫛田ちゃんのこと桔梗ちゃんって呼ばしてもらえるようになったんだよ」
羨ましいだろうと池は自慢してくる。
だがその余所見が命取り、ミスったらしく奇声を上げた。
櫛田の呪いに違いない。
次は山内のターンだ。
「だから健も名前で呼びたいんだと」
「コンパスで刺されかねんぞ」
「構わねえ!」
一応そう忠告するも、鋼の意志は変わらない。
審議の件で本格的に惚れ込んだようだ。
「富子だ、富子」
「富子か……俺の予想通りだぜ。フィーリングバッチリだな」
「あーいや、間違えた。サム。堀北サムだ」
「……清隆」
「堀北鈴音」
「サムの数億倍フィーリングを感じるぜ」
貞子くらいなら騙せそうだったな、と勝手にフィーリングを感じて「鈴音か……いい名前じゃねえか」と呟く須藤を見て思った。
「なあ。試しに練習させてくれよ。鈴音って呼ぶ練習をよ」
名前を呼ぶ練習に本人なしでやる意味はなさそうだが。
というかオレの名前は呼び捨てに出来てどうして堀北には出来ないんだ。オレの方が絶対ハードル高いだろ。
「池でやれよ」
「俺より清隆の方が堀北と一緒にいるし、適役じゃね?」
「くっそ、羨ましいぜ」
池の言葉に勝手にダメージを受ける須藤。
だがすぐに切り替えて、オレに真剣な眼差しを向けてくる。
どうやらオレも本気で演技をしなければならないらしい。
「なあ、堀北。ちょっといいか?話があるんだけどよ」
イタコになった気分で、ツンドラ少女堀北を降ろす。
「いやよ。耳が腐るわ」
「おお!っぽいぽい」
「ちょっとだけでいいんだ!頼む!」
「知ってる?IQが20違うと人って話が合わないらしいわ。それが答えじゃないかしら」
「それでも、聞いて欲しい話があんだよ!」
「単細胞には単細胞がお似合いよ」
「少しだけ、ほんの少しだけでいい!」
「……先っぽだけ?あなたはいつもそう」
「先っぽだけ!先っぽだけだから!頼む!鈴音!!」
「……言えたじゃねえか」
「「「よっしゃあああ!!!」」」
最低なことをしている自覚はある。
真剣にクレーンを動かしていた山内が「うるせえ!」と嘆いていたが、知ったことではない。
そうこうしている内に、俺の手番が回ってきてしまった。
「パスはないのか?」
「ここまで来てやらないはないぜ」
「お前が本命なんだよ綾小路大先生!」
山内が悲惨なポイント残高を見せてくる。
まあ、上手くいけば実際買うより確実に安く手に入れることはできるしな。
苦肉の策というやつだろうか。
「失敗しても文句は言うなよ」
一応三人がやっていたため所感は掴めたが、実際触ると結構違う。
アームは人形のリボン部分を引っ掛けたが、すぐに落としてしまった。
動作的にアームが弱いわけでも、人形が重すぎるわけでもなさそうだ。
「そっかー。やっぱ清隆でもこいつは無理かー」
池は残念そうに肩を落とした。
「まあ、清隆にも勝てないものはあるよな」
と、山内も同調する。
「……この人形の実際の値段は幾らだ?」
オレは人形の正確な位置を確認をしながらそう尋ねた。
原作と同じ部分は削るから文量は減るぜ(キリッ
とか書く前は思ってました
増えたよね