心が弱くても勝てます 作:七件
三人で枝を拾いながら進んでいくと、暫くしてスポットに辿り着いた。
「水源の近くかつ日陰、地ならしされた地面。良い場所だな」
静かに流れる川は幅10メートルほどの立派なものだった。川の周囲は深い森と砂砂利に囲まれているが、この場所は整備されたように開けていた。高円寺が「自然の森とは呼べない」と言っていた意味が段々と分かってくる。
洞窟の内部で見た機械は壁に埋め込まれていたが、この川辺には不自然な大岩が一つあり、そこに装置が埋め込まれていた。
既にテントは組み上がって二つ並んでおり、新たに購入されたのであろう一つが少し離れたところにある。仮設トイレも既に設置されていたので、どうやら話し合いは上手く進んだらしい。
「リーダーはもう決まったのか?」
「いや、まだじゃね?てか多分今話し合ってると思う」
「平田と堀北がか?」
「そうそう。テントの中でみんなに聞こえないようにするとか言ってたし」
「なるほどな。オレは報告することがあるから、二人に会いにいく。佐倉はどうする?」
「も、もう少し木の枝集めてくる!」
木の枝集めにハマったらしい。
山内が変な気を起こさないようもう一人連れていくことを提案しておいて、オレは二人と別れることになった。
平田がいると聞いたテントに入ると、平田と堀北がマニュアルを囲んで何やら話し込んでいた。
「少し良いか」
話を中断してもらい、オレは二人に話しかける。
日陰に置かれてはいるものの、テント内は少し蒸し暑い。
「あら。おかえりなさい。随分遅かったじゃない」
状況が違えば須藤が滾りそうなセリフだな。
「戻ってきたんだね」
「高円寺くんが茶柱先生にリタイアを宣言して船に帰ってしまったわ。手痛い出費よ。ちゃんと統率はとっていなかったわけ?」
「あれはオレが制御できるような人間じゃない」
堀北はため息を吐いた。
「そういえば高円寺くんがこの紙を置いていったんだ。何か分かるかい?」
そう言って平田はオレが高円寺に渡した地図を見せてくる。大まかな地形やスポットの位置、そして、所々赤ペンでマークされている部分がある。
マニュアルにはクラス単位の一食分の食料は6ポイントと書かれていたはず。
しっかり30ポイント以上の働きはしてくれたらしい。
「自由人の気まぐれだろうな。赤でマークされている箇所はおそらく野菜や果物が自生している。いや、自生というか、学校側が管理していたんだろう。高円寺に一つだけ教えてもらった所にトウモロコシがあった。その位置とマークされている箇所は一致している」
平田が感心したように地図を見返す。
「飲み水だけじゃなく、食料問題も大きく改善できるみたいだ。高円寺くんにあとでお礼を言わなくちゃね」
「……確かに、彼が慎ましく無人島生活を送る姿を想像できないわね。こういう形で貢献したということをみんなに伝えておきましょう」
「うん。高円寺くんへのヘイトが大分溜まっているだろうし」
共通の敵を作ることで団体の士気を保つ方法もあるが、まあ、平田がそれを許すとは思えないな。
「飲み水は川の水にするのか?反対意見が出そうなもんだが」
「池くんがOKを出したからね。一応試し飲みで何人かが川の水で今日一日を過ごしてみて、お腹を壊さなかったら明日からみんなで使うつもりだよ。だから今日の夜はミネラルウォーターと栄養食をセットで頼む手立てになっているんだ」
「なるほどな……」
「飲まない数人分のミネラルウォーターは川で冷やしておいて、料理に使う用に取っておくことに決まったわ」
想定していた以上に、Dクラスは平田と堀北と池の三人体制で上手く回っているらしい。池の意見を平田が補強しみんなに合わせて、堀北が上手い使い方を提案する。
話し合いの結果、無理をせず、120ポイントほどを残して試験を終了する、という方針で固まったそうだ。男子の節約派から反対意見は出たが、テントを一つにすることで、彼らに一度野宿を経験させ、無茶をすることの大変さを痛感させる手筈。
取り敢えずオレは、Bクラスから盗んだポイント節約術を二人に伝えておく。
「ウォーターシャワーか……確かにそれは僕たちでも使えるね」
「トイレ用のテントをシャワー室代わりにするなら彼女たちもギャーギャー騒がないでしょうし」
オレはそれらを伝え終えて、テントから出ようとする。
すると、
「待ちなさい綾小路くん」
堀北に呼び止められた。
彼女の雰囲気は先とはガラリと変わっている。
「この試験について、あなたの意見を聞かせて」
オレは平田を一度見てから「ただの一生徒であるオレに聞いても時間の無駄だぞ」と、はぐらかす。
しかし堀北は譲らない。
「契約内容にはアドバイスをする際の状況に対する事項はないはずよ」
「契約内容?なんの話だ」
「私は、平田くんとあなたの橋渡し役になるつもりはない。二度手間は御免だもの」
平田は表情を変えず、オレたちの話を見届けている。
もしかしたら事前に堀北から何か聞いていたのかもしれない。
いずれ平田にはバレるとしても、匂わす程度に留めておきたかった。理由は単純に、彼の性格にある。
恐らく平田という人間は、クラスの平穏の維持のためなら自分を犠牲にする覚悟を持ち合わせている。もし堀北の裏にオレがいると分かれば、間違いなくオレを頼ろうとする場面が増えるだろう。正直クラスポイントに関わらない揉め事は興味がない。堀北が何度か駆り出されているのを見ているのもあって、今後のことを思い、ゲンナリした。
「平田。オレは堀北の聞き役みたいなものだ。言葉にすると物事を整理しやすくなると言うだろう?」
「それは無理があるよ。過去問のこともあるし。それに、高円寺くんに教えてもらった場所を地図で指し示して完全に把握していたからね。君が非凡なことは、なんとなく分かっているつもりさ」
池や山内なら今からでも誤魔化せそうだが、この状況で平田が「やっぱ綾小路くんってただの陰キャだったんだね」とはならない。……う、脳内平田の辛辣な態度で勝手にダメージを受けてしまった。
「僕のことは気にしないで。木か何かだと思ってくれて構わないよ」
平田は曖昧に笑う。
こんなセリフを女子に聞かれたらオレはしばかれそうだ。
居心地の悪さを感じつつ、オレは座り直し、渋々了承した。
「私はこの試験のルールを聞いた時、まずどうやってリーダーを探し当てるか、そしてどうやってリーダーを守り切れるか。その二点を考え抜いた。偵察で得られた情報を聞く限り、私たちではきっと、Bクラスの完全下位互換にしか現状なれないでしょうし」
「Bクラスにはできない戦い方を選ぶことならできる。ということか?」
「ええ。あなたはどう考える?」
オレは目を瞑り、一度今まで得られた情報を整理していく。
「この試験は初動と終盤の動きがかなり重要になってくる。もし動くなら今日の夜までがタイムリミットだ」
「……他クラスと組む、ということね」
察しが良くて助かるな。
「一番楽な方法がある。
一クラスにポイントを集め、あとは三人か四人を残して、その他の生徒が全員リタイアすれば良い。そして残ったポイントを四当分に分配する。差はつかないが、クラスポイントは跳ね上がり、今後も生活は楽になるからな」
「でも現実的ではないわね。得をするのはポイントが困窮しているDと、差を詰められたくないAだけ。挟まれている2クラスは反対する」
「そうだな」
「……つまり、Aクラスとだけ組んで、リーダーを当てられる覚悟で無人島を生活できる三、四人を残す。ということ?」
「ああ。Dの生徒は内心どう思っているかは知らないが表面上お前の指針には首を横に振れない。二回も生徒を救った実績があるからな」
「どちらも須藤くんだけれど」
「だが、頭が回ると思われている。平田が反対しなければ全員が賛同するだろうな」
平田は苦笑いを浮かべる。
「でも私が反対するわ。Aとの差が縮まらないもの」
「BとC、……特にCクラスがAの独走を許すと思うか?何もしなくても勝手に落ちていくさ」
Aクラスは現在派閥争いが起きている、というのは櫛田からの情報だ。
中間テストの過去問を、坂柳派は入手していた。当時、葛城派は十七名に対し、攻撃的な態度の坂柳派はたったの六名。彼女はその六名だけに過去問を渡し、平均点で競い合い、圧倒的な差を見せつけた。日和見していた多くの生徒が一気に坂柳派に流れ込み、場は拮抗することになった。
今では既に、坂柳派が優勢だという情報がある。
が、葛城派が没落するような事態は避けたい。
この試験でAが利益を得れるようにしたい。
Aクラスの全体の平均点はそこまで振るわなかった理由は派閥争いだった。
Cクラスも当時はクラス内で分裂しており、龍園が台頭したのはその後。
内部分裂が長引けば、その分付け入る隙は増えるからな。
「そうね。だから?確かに魅力的な案よ。でも、私はAに上がりたい。他人任せな最初から諦めるような行動を取るつもりはない」
しかし彼女は譲らない。
「ポイントは今後必ず必要になってくる。200近く増えるのはそんなに悪いことじゃない」
「いいえ。そんなことをすればCとBが同盟を組む可能性もある。Dクラスだってまだ統制は取り切れていないわ。内通者が現れればこの作戦の成功確率は一気に下がる。違う?」
彼女は一瞬だけテントの外の方に目線を向ける。
おそらく櫛田のことを言っているのだろう。
「Aと組む、というのは一つの案だ。Bと組むのはどうだ」
「……何も変わらないわよ」
「そういえばオレたちは川の水を飲み水として使うことになったよな」
「ええ、そうね」
「ポイントはおそらく譲渡可能だ。やむを得ない事情でDの全員がリタイアするしかない状況になれば、きっとお人好しがリーダーのBクラスは手助けしてくれるだろう」
「あなたまさか……」
「それは僕としても許せないな」
堀北と平田はオレの言おうとしている作戦に難色を示した。
「実際行うかどうかは今決めることだ。ーーそれに平田。お前は木なんだろ?」
「……そうだね」
「どうする堀北」
「もちろん反対よ。もしバレればタダでは済まされないでしょうし、今後の生活に支障が出る可能性もある。リスクが高過ぎるわ」
彼女は断固として首を横に振った。
「堀北。まだオレに言ってないことがあるだろ」
「……何のことかしら」
「体調が悪いんじゃないか?」
堀北はサッと俯く。
「ええ、そうよ」
「Bの方はともかく、Aクラスと組むというオレの案は、必要のない生徒全員、船の中に帰ることが出来る。今のお前じゃ実力を出し切れない。それに、誰かにこの事は言ったのか?悪いが、今のお前は足手まといだ」
「平田くんにはさっき言ったわ。だから比較的簡単な役割が割り振られてる。作戦立案という点で足手まといになるつもりはないわ」
「……そうか」
堀北はこういう場合強がるのではないか、と思ったが、どうやら前の忠告が効いたようだ。
「なら、お前はこの試験をどう乗り越えるつもりなんだ」
「待って。一つ聞かせて」
「なんだ」
「Aクラスと組むという案。それがもしあなた自身のためだったなら、考えてあげてもいいわ」
「なんの話だ」
「学校にいる時よりも顔色が悪そうだからよ」
「監視カメラがない分幾らかマシなんだがな」
「で?どうなの。あなた自身が足手まといになることを恐れて、さっさとリタイアしたいから。そういう理由なら、考える余地はあると思う」
堀北は真っ直ぐとした目をオレに向ける。
平田の気遣うような視線も体に毒だった。
「……Aクラスのリーダーは弥彦。苗字は知らない」
平田は目を見開いた。
「戸塚弥彦、だと思うよ」
とフルネームを教えてくれる。
「そう。……初めからAと組む気なんてなかったんじゃない」
堀北はオレを睨みつける。
「堀北は驚かないんだな」
「あなたがこの作戦を提案した真意を測りかねているのよ。そう自信満々に言うからには、リーダーも正解なんでしょうし」
「ま、偶然だったけどな」
あれは戸塚弥彦のファインプレーだ。
「それでどうなんだ。この試験は初めと終わりが肝心だ。動くなら今日だぞ」
「悪いけれど、もう一度真剣に考えてみて、クラス全員を巻き込むような案は立てられない、そう思ったわ。Dはそこまで団結力が高くないもの、反対する人間を完全に黙らせることは難しい。私が本調子ではないのもあるし、平田くんはきっと、弾圧することができない」
「まあ役には立たないだろうな」
平田が肩を落とした。
居ないものとして扱っている部分もあるが、ちょっと可哀想だったかもしれない。
「私は自クラスのリーダーを守り抜く。そしてリーダー当ては諦める。これが平田くんと話し合って出した結論だったわ。Aクラスのリーダーを知れたのは朗報ね」
「そうか。なら、他クラスのリーダー当てはオレに完全に任せてくれないか?」
「……どういう風の吹き回し?」
堀北は訝しげに問い返した。
当然だ。
今までのオレだったら、何も動かないか、もしくはヒントを出して堀北の思考を誘導していた。そのやり口を知っている堀北からすれば、不気味そのものだろう。
茶柱さえ居なかったらこんな事にはならなかったんだがな。
「ただし。やり方に文句は言うなよ」
「川の水に細工を仕掛けて食中毒を起こさせようとしていた人間を、信用できるとでも?」
「盤上の駒になってやるという実に魅力的な提案だが?」
「制御下にない駒はただのステージギミックよ」
「お助けアイテムだな。目を瞑ってでもゴールに辿り着くぞ」
「作戦内容を私たちに一切伝えないつもり?」
「お膳立てしてやるんだ。全てお前の手柄になる。どこに悪い要素がある」
「私は、隠れ蓑になるつもりもない」
「隠れ蓑にしては中身がありすぎて使えない」
「褒め言葉として受け取っておくわ、天狗さん」
「二人とも、落ち着いて」
水面下で殴り合いをしているような、淡々と続く言葉の応酬を止めたのは平田だった。
「綾小路くんはリーダーを当てる算段がある、というよりは、状況によってはその作戦がどうなるか分からない、って事じゃないかな。常に戦況は動くだろうし、その都度動き方を変えていく。だから今は何も言えない。そういうことだよね」
そして、オレの言わんとしている事を察してまとめてくれた。
「……ああ」
「それなら先に言って欲しかったものね」
堀北が苦々しげに言う。
「お前が先に噛み付いたんだろう」
「あなたらしくなかったからよ。何か裏があるんじゃないかって勘繰るのは、今までの積み重ねを考えれば当然のことだと思うけれど?」
「オレのことを一々気にするのは時間の無駄だと思うけどな」
「今ので痛感したわ」
「とりあえず。何か動くつもりならその際は僕たちに先に言って欲しい」
平田はそう提案した。
素直に頷くと、堀北は鼻で笑った。
「事後報告の鬼よ、彼は」
元々なかった信用値はいつの間にか地の底まで落ちていたらしい。
その通りなので何も言い返せない。
今のところ頭の中にあるプランは、平田があまり良い顔をしなさそうなものだしな。
平田を同席させなければ明かすことができたんだが。
……いや。
逆に良かったのかもしれない。
知られたのなら、徹底的に利用させてもらおう。
□
話し合いも終わり、二人と共にテントを出ると、何か問題が起きたらしく、数名の生徒が言い争っており、騒がしかった。平田がすかさず仲介役として割り込む。
議論の中心である少女は、少し離れたところにある木の影に座り込んでいた。
どうやら山内がCクラスの女子生徒を連れ込んでしまったらしい。
ん?ちょっと語弊があるな。
佐倉と、おそらく一緒に手伝うことになった井の頭は山内の影に隠れている。
「彼女は、Cクラスの伊吹さんだよね?どうしてここに居るのかな?」
「えっと、なんかクラスでトラブルがあったみたいでさ……」
責め立てられていた山内が、彼女がクラスで孤立しており、頰に腫れた痕があったことなどを慌てて説明する。
「なるほどね。確かに放っておけないな」
「でも平田くん……。スパイかもしれないよ?」
松下という女子生徒が不安げに問う。
「あ、そうか……!」
山内が今更ながらのことに気付き、頭を抱えた。
佐倉の前で優しいところを見せたかったのもあって、連れてきたのだろう。流石山内クオリティ。ついでに佐倉も「あ!」と声を上げていた。
「うん、それを今から確かめてくるよ。堀北さんと、じゃあついでに綾小路くんも。一緒に来て欲しい」
ついでって平田お前……。
イケメン的配慮が雑になってないか?
なんで綾小路?というクラスメイトからの訝しむような目線に耐えながら、三人で伊吹の元へ向かう。
「少し時間いいかな、伊吹さん?詳しく話を聞きたいんだけど」
「邪魔だろ私は。世話になったな」
本人は勝手に結論を下したようで、足早に立ち去ろうと立ち上がった。
「ちょっと待って。何かあったのか聞かせてもらいたい。……力になりたいんだ」
本心からだろう。
平田は語尾を強めて呼び止める。
「そっちの時間をこれ以上無駄にさせたくない。私はおまえらの敵だ」
口調こそ男勝りな感じだったが、やはりどこか元気がないのは明らかだった。
「これは試験だから、君を疑うような生徒が出るのは仕方がないことだと思う。だけど、怪我をして、それもクラスに戻れない君を追い出すような真似はしたくないな。だからちゃんと事情を聞かせて欲しい」
「話してどうにかなる問題じゃないっつーか。てかスパイかもしんないんだよ?」
「本当にあなたがスパイなら、自分から追い出されるようなことは言わない。違う?」
ずっと黙っていた堀北だったが、そっぽを向き歩き出そうとする伊吹を、そう呼び止めた。もうすぐ日が沈み、夜がやってくる。
「この森の中で一人で野宿をするのは無理があるわ」
「無茶でもそうするしかないんだよ。私を助けても、お前らに得なんかないだろ」
痛むのだろう、伊吹は赤く腫れた頬を撫でる。
少量だが、手の爪の間に土が挟まっているのが見えた。
「損とか得とかは関係ない。困っている人を見逃せないだけだ。皆もそう思ってる」
女子がコロッと落ちるような爽やかフェイスを振り撒く平田。残念ながらオレたちには無効だが、伊吹はそんな平田の覚悟を受け止めて、自身も悟ったかのように重い口を開けた。
「クラスのある男と揉めた。それでそいつに叩かれて追い出された。それだけだ」
「ひどいな……女の子に手をあげるなんて」
「これ以上詳しく話すつもりはない。同情を買って匿って欲しいわけでもないし」
「待って。君が本当に困っているのは分かった。少し時間をもらえないかな?クラスメイトに説得してみるよ。綾小路くん、伊吹さんを見ててもらえる?僕らは今から皆に事情を話してくるから」
そう言ってオレを残し、二人は輪の中に戻っていく。
探りを入れてくれ、といったところか。
「マジでお人好しだな、あいつ」
再び腰を下ろして呆れたように言った。
「そうか?ただの偽善者に見えるが」
「随分酷いことを言うんだな」
「今もこうやってパシられているしな。そっちのクラスはどうなんだ」
「全然……。最低な奴らばっかだよ」
「もしかしてだが……ある男って、龍園か?」
伊吹は三角座りをして顔を伏せる。
オレは努めて無能な役を演じてみることにした。
「……そうだよ。よく知ってるな」
「あーいや、ほら。さっき一緒にいた女子生徒、オレと隣の席なんだ。クラスの中心人物的な存在なんだよ。だから、そう言った話を盗み聞きできたりする。隣人の特権だな」
「へえ、意外だね。そんな情報言って良かったわけ?」
「てっきりCは堀北のことを知ってるのかと思ってた」
「龍園の独裁みたいなもん。他クラスの情報とかは私たちに一切流さない」
「それは、酷いな」
「だからこうやって追い出したりできんだよ」
オレは伊吹に堀北の情報を渡しつつ、バレないよう死角から彼女の鞄を触り、中にどんな物が入っているか探る。すると硬い感触があった。成果を得られたため手を離した。
「龍園と揉めたのは、クラスの方針についてか?」
伊吹は少しの間黙っていたが、顔を上げ、オレと目を合わせる。
「……そんなとこ」
色々見当外れな探りを入れた質問をしている内に話し合いは終わり、平田の説得もあり、伊吹をDクラスで面倒見ることに決まった。
あからさま過ぎると、人は逆張りしてしまう性質がある。
それでも反対を強く表明した生徒には、Cクラスが点呼の度にポイントを吐き出すことになる、と堀北は実利になるような話で説得したようだ。
そして万が一リーダーを当てられる可能性を防ぐため、不用意に装置に近付かないことを伊吹に約束させた。
「彼女……」
「ま、十中八九スパイだろうな」
オレは小声で堀北にそう伝えた。
それから茶柱に今晩必要な食べ物と水のセットと、ウォーターシャワー、釣りセットや調理器具などを注文し、購入を決める。
クラス全員に栄養食とミネラルウォーターが均等に配られる。
だが、男子の大半がミネラルウォーターを突っぱねた。オレも同調圧力に負けて、川の水を選択することにした。
「綾小路くん。これ、伊吹さんに渡してくれないかな」
余った高円寺の分を伊吹に配るらしい。
加えて平田に懐中電灯を二本渡される。
「あと、これからリーダーを決めるんだ。だから伊吹さんをなるべく遠ざけて欲しい。お願いできるかな?」
「……三十分くらいでいいか?」
「うん。ありがとう」
女の子と二人で夜の散歩、何も起きないはずもなく……。とはならないだろう。
オレは伊吹に声をかけて、ベースキャンプを離れる。
日は完全に沈み切っており、辺りは真っ暗だった。木々が生い茂り、星空もあまり見えない。足下を照らさないとすぐに転んでしまいそうだ。
伊吹が躓きかけたので、支えてやると、「……余計なことすんな」と突っぱねられた。
それに傷付いて足下を疎かにしたせいでオレが盛大に転ぶと、鼻で笑われた。
一昔前の堀北を思い出す。
池主導で作り上げたキャンプファイヤーもどきの狼煙のお陰で、戻るのに支障はあまりないだろう。
「おまえ、マジでパシられてんだな」
キャンプ地からかなり離れ、一切人の気配を感じない場所に着いたところで、オレたちは腰を下ろした。一息つき、栄養食を頬張りながら伊吹が呟いた。
「ハブられている、という方が近いかもな」
「へえ。意外だな」
「合わないんだ。バカが多くて」
伊吹は鼻で笑った。
「それは気の毒だな」
「その点、伊吹は話し易くて助かる」
「あっそ。ま、悪い気はしないね」
「伊吹はバカには見えないし、龍園も節穴なんだろうな。独裁者はこうやって足下をすくわれるのかもしれない」
「そうかもな」
伊吹の言葉で、会話が途切れる。
何か言いにくいことがあるような、間を持たせる。
それから、意を決したように、オレは言葉にした。
「なあ。組まないか?」
伊吹が身じろぎする音が聞こえる。
「……それは、龍園を完全に裏切れってこと?」
「少し、違う、と思う」
「違う?」
「オレは今のクラスに満足していない。そのことがクラスメイトからは透けて見えるんだろうな。だからハブられているし、何か問題が起こればいつもオレが槍玉にあげられる」
「つまり、裏切る気があるってこと?」
「……現状、伊吹はCクラスに不満を持ってる。オレも、Dクラスに不満を持ってる。一緒だと思ってな。何か互いに手助けできれば……と思ったんだが」
「なにそれ」
伊吹は気が抜けたように、あはは、と笑った。
「嫌か?」
「まあ、嫌じゃないね」
彼女の瞳が光っているように感じた。
恐らく、オレの目を射止めているのだろう。
「そういや名前聞いてなかったな。私は伊吹澪。おまえは?」
「綾小路清隆だ」
二人は手を交わす。
こうして、偽りだらけのボッチ同盟は結成された。
□
就寝の時間になった。
普段より早い時間だが、夜が深まり、光源が少なく出来ることも限られてくるので、こればかりは仕方ないことだ。まあ、慣れない環境で動き回ったこともあり、疲れていたのだろう。意外にテキパキと寝る準備を始める。
男子はテントが一つなため、野宿かテントか分かれることになった。
三バカや幸村、南などが野宿に立候補する。オレも野宿することにした。人数合わせで平田もそれに参加する。風邪を引くと大変なので、ジャージの長袖を着ることが必須条件となっていた。
九人で土の上に寝転がる。
仰向けになると、そこにはザラメをぶちまけてしまったかのような満天の星空が広がっていた。「おお」と皆が感嘆の息を漏らした。
無意識に震える体を抑える。
感動だろうか。
いや、多分違う。
これは畏怖に近い。
絶対に勝てないもの。
自分のあまりの矮小さを実感させられる。
「お、流れ星」
池が呟いた。
皆もその声に、つい目を開けて空を見上げた。
「なあ、いつも思うんだけどよ。流れ星って星が流れてんだろ?もしオリオン座とかの右肩が流れちまったら、オリオン座ってなくなんのか?」
須藤がそんなことを言い始める。
幸村辺りは頭を抱えていそうだ。
数名は笑いを堪えていたが、山内も一緒に首を傾げ始めた。
「……確かにやべえなそれ」
「だろ?」
「織姫と彦星も流れんのかな」
「七夕なくなっちまうじゃねえか」
やべえやべえと騒ぎ出す二人に、平田が「大丈夫だよ」と話に入る。
頑張れ平田。
救いようのないバカ共に、流れ星とは、宇宙空間に漂っている小さな粒子が高速で地球に突入してプラズマ化し発光したものだ、と教えてやれ。
「ほら、星座って不完全な形をしているよね?」
「確かにオリオン座って頭ねえしな」
平田?
あと須藤お前オリオン座しか知らないな。
「昔はもっと完全な形だったんだ。でも、どんどん流れて行ってしまって、今の形に落ち着いているんだ」
「じゃ、じゃあ数百年後にはオリオン自体いなくなってんのか?」
「うん。元々オリオンって人はこの地球上に存在していたんだよ。付き合っていた彼女が誤って彼を殺してしまって、それを可哀想に思った人たちが、天上に居るから安心しなさいって彼女を慰めたことから、オリオン座が定められたんだ」
「死んだ人は星になるってそっから来てたってことか」
「よく分かったね。だからオリオン座自体、なくなってしまう事は折り込み済みなんだ。夜にオリオンと会っていた彼女が同じく死んでしまえば、オリオン座がずっと存在している意味はないからね」
「へえ、すげえな……」
平田が言うからにはそうなんだろう、と二人は納得していた。三バカの内唯一池は、アウトドア経験もあり、星座については詳しいのだろう、笑いを噛み殺していた。
平田も意外と冗談を言うんだな。
凄腕の狩人オリオンと狩猟の神アルテミスは恋に落ちた。
だが、アルテミスの兄アポロンは二人の仲を決して許さなかった。
アポロンはオリオンの元に毒サソリを放つ。驚いたオリオンは海へと逃げた。丁度その頃、アポロンは海の中を頭だけ出して歩くオリオンを示し、「アルテミスよ、弓の達人である君でも、遠くに光るあれを射ち当てることは出来まい」と逃げるオリオンを指差したのである。あまりにも遠く、それがオリオンと認識できなかったアルテミスは「私は確実に狙いを定める弓矢の名人。容易い事です」とアポロンの挑発に乗って、弓を引いた。矢はオリオンに命中し、彼は恋人の手にかかって死んだ。
アルテミスは嘆き悲しみ、全知全能の神ゼウスに彼を空に上げてもらうことを頼んだ。
……というギリシャ神話の逸話がある。
アルテミスって男勝りなところもあるし、伊吹みたいだ。
そんなことを考えている内に、オレはいつの間にか意識を手放していた。