心が弱くても勝てます   作:七件

25 / 30
三人称視点


急転直下

 

 

 

 無人島生活も四日目。

 折り返しを迎えると、少しずつ変化が起こり始める。

 順調だった滑り出しから、不便な生活への不満が徐々に蓄積していく。30ポイント消費し船で悠々自適に暮らす高円寺にそれをぶつけようにも、なまじクラスに貢献しているためそれも出来ない。

 

 そして、事件は起こった。

 

 調理班の女子が、悲鳴を上げた。

 何事かと、数名が彼女の元に向かう。

 

 なんと、川で冷やしていた料理用のミネラルウォーターが、無くなっていたのだ。

 

 当然、クラス内で大きな問題として取り上げられる。

 

「また君たちが勝手なことをしたんじゃないか?」

 

 幸村は大きなため息を吐き、篠原たちに敵意を向ける。

 

「はあ?男子のテントの方が川辺に近いんだし、怪しいならそっちでしょ」

「寝てる時とは限んないだろ」

「昨日の夕食の時はあったじゃん」

 

 松下の反論に、男子は焦り出す。

 

「そ、そういや池、お前夜遅くにトイレ行ってたよな!?結構時間かかってただろ?」

「いやいやいや!あれは、その、暗かったから苦労したんだよ!てか南、お前も起きてたなら可能性あるじゃん!」

 

 男子の中で嫌な争いが始まった。

 

「一旦落ち着いて。同じクラスなのに、わざわざ不利なことをするようには思えないよ」

 

 平田はクラスメイトを疑うのを嫌がり、全員を宥める。

 だが、あまり効果はなかった。

 

「川の水が嫌で、こっそり飲んでたってことでしょ?」

 

 篠原がキツく言う。

 

「他クラスがやった可能性もある」

「伊吹さんを疑うってこと?」

 

 全員が伊吹へと目を向けた。

 伊吹は顔色一つ変えず「私じゃない」とハッキリ宣言した。

 

「ミネラルウォーターの位置はリーダー決めの時に一緒に決めただろ?どうやって奪うんだよ!」

 

 山内が前へ出て庇った。

 伊吹を連れてきてしまったことが過失だと思われたくなかったからだろう。

 だが彼の主張は最もで、伊吹だけがミネラルウォーターの正確な位置を知らなかった。

 

「じゃあ、クラス内に泥棒がいるってこと?」

「え?マジ無理なんだけど」

「誰だよ、んなことしたの」

「荷物検査!全員で荷物検査しよ!結構残ってたし、隠し持ってるかもしんないじゃん!」

 

 疑心暗鬼になる中、荷物検査をする、という案が出るのは必然だった。

 男子は平田が、女子は堀北が監督者となり、荷物検査が始まった。

 鞄を持って行き、一人ずつ監督者が確認していく。

 スムーズに進んでいき、ついに綾小路の番になった。

 

 

 平田は彼の鞄のジッパーを開けて、中を確認する。特に問題はないように見えた。が、ふと、何か硬い感触があった。平田はそれを確かめるため、掴んで外に引っ張り出す。

 すると、潰されたペットボトルが出てきた。

 平田は驚いたように、顔を上げる。

 

 彼の喉が引き攣った。

 

 二人に何かあったのか、と潔白が証明され近くで鞄を整理していた男子生徒達が訝しげに目を向ける。

 誰かが言った。

「もしかして、綾小路が?」

 呼応するように増えていく。目。

 女子達も異変に気付き、

「犯人いたの?」

 と問い始める。

 

 

 綾小路の顔色はどんどん悪くなっていく。

 平田は咄嗟に潰されたペットボトルを隠そうとしたが、既に目撃してしまっている人もいる。

 

「あ、綾小路が、ペットボトルを持ってたんだ!」

 

 南が全員に周知させるようにそう叫んだ。

 場は騒然となる。

 全員の目が綾小路へと向いた。

 平田は彼の尋常ならない様子に気付き、疑いの目を晴らそうと口を開こうとしたその時。

 

「少しいいかしら」

 

 少女の凛とした声が、どよめきの中に落とされる。

 

「盗んだ犯人が自分の鞄に隠すなんて、そんなバカな真似はしないはずよ。翌日騒ぎになれば、当然荷物検査が行われることなんて、幾ら慌てていたとしても想定できる。それに、潰されたペットボトルが一本だけ。では残りはどこにやったの?そもそもその潰されたペットボトルが件のモノとは限らない。彼を犯人と決めつけるのは早計よ」

 

 彼女の正論に、各々の反応を見せるクラスメイト。

 

 だが、それはすぐに覆されることになる。

 

「あれ?」

 

 堀北の弁明の最中に、当の容疑者は逃げ出していたのだ。

 

 

「僕は彼を連れ戻してくる!」

 平田はクラス全員にその場で待機を命令し、慌てて彼の後を追った。

 

 呆気に取られていた彼らだったが、すぐに、騒ぎは大きくなった。

 

「逃げたってことはやっぱそうなんじゃん!」

「そういえば綾小路っていつも野宿してたよな……」

「いつでも取りに行くことができたってこと!?」

 

 ミステリアスと言えば聞こえは良いが、彼をよく知らない人からすれば、関わりの一切ない他人でしかない。水泳の時以来体育は全て見学、テストは満点ばかり。いつも孤立しており、高円寺と並べられる程の変人。それが彼の人物像だった。

 クラスメイトとの交流が極端に少なかった。

 しかも、試験に消極的な態度を取っていた。

 だからこそ、都合が良かった。

 集団心理というのはこういう時に、発揮される。

 

 

「あ、あや、綾小路くんじゃないと、思う!」

 

 そんな中、佐倉はそう叫んだ。

 

「え?なにそれ。何であんたそんなこと言えんの」

 

 それに食いついたのは、軽井沢だった。

 イケイケの女子からすれば、おどおどした態度を普段取る佐倉を鬱陶しく感じていた部分もあるのだろう。

 

「綾小路くんは、そんなことする人じゃ、ないから」

「全然答えになってなくない?」

「そ、それに!さっき、堀北さんも違うって言ってた……」

「あんたの意見じゃないじゃん。そんなの誰だって言えるし」

 

 佐倉の擁護に、軽井沢は腕を組んで意地悪そうに笑った。

 軽井沢は、彼氏である平田がリーダー同士だから、という理由で堀北と距離が近くなっていることを良く思っていなかった。

 そんな堀北を盾にしたことで、軽井沢は公開処刑を躊躇しなかった。

 

「あれぇ?もしかして、佐倉さん。綾小路くんのこと好きだったりして」

 

 佐倉はスルーすることができず、顔を赤くする。

 

「そ、そういう問題じゃっ」

「マジで好きなの!?うわあ、よく泥棒のこと好きになれるね」

「お、おい、いい加減にしろよ!」

 

 まるで佐倉を虐めているような構図に、山内が割って入った。

 

「佐倉が清隆を好きとは限んねえじゃねえか!」

「は?」

「あと、犯人かどうかもまだ分かんねえよ!」

「いや犯人でしょどう考えても。だったらなんで逃げたわけ」

「そ、それは。」

「疑いたくないけど、ちょっと無理があるよね……」

「それ以外に誰がいるって話だよな」

 

 軽井沢だけでなく、篠原や櫛田の女子グループ、男子も殆どが彼を疑っている。

 多勢に無勢。

 堀北や彼をよく知る者達の尽力も虚しく、どんどんと犯人に仕立てられ上げていく。

 

 

 暫くすると、平田が帰ってきた。

 

「綾小路くんを見つけたよ。それで、彼をどうするか、決まったのかい?」

 

 そして綾小路の処遇を尋ねる。

 堀北は眉を顰めながら、苦々しく答えた。

 

「ええ。点呼とシャワーの時以外は追放することに決まったわ。食料は点呼の時に渡す。伝えてきてくれる?」

「……わかった」

 

 平田は、どこか失望したような目をクラスメイトに一瞬だけ向け、すぐに視線を外した。

 

 こうして、取り敢えずの解決は図られた。

 

 

 

 三バカや外村、沖谷や佐倉などは、点呼時に綾小路に本当に犯人だったのかどうか詰め寄った。だが、彼は無言を貫いた。誰とも何も話さず、点呼を終えれば居なくなる。「心配してくれる人に対してもあの態度とか」と誰かは呆れたように言った。

 そして次の日、再び事件が起きた。

 軽井沢の下着が盗まれたのだ。

 犯人は結局見つからなかった。

 しかしクラスメイトの大半は、綾小路だろう、と声に出さなかったが、確信していた。

 点呼の際に冷ややかな目を向けられているのを、綾小路は常に感じていた。

 

 

 

 伊吹がクラスの手伝いとして、トウモロコシを運んでいる時だった。

 背後から気配を感じ、彼女は咄嗟に振り向いた。

 そこには、件の容疑者、綾小路が立っていた。

 幽霊のように、顔色は悪かった。

 

「どうして逃げ出したんだ?疑いの目も晴れたかもしんないのに。挙句に下着泥棒にもされてるぞ」

 

 伊吹は時に気にした様子もなく、淡々と彼に問う。

 

「……バカ共のバカみたいな目に、耐え切れなかったんだ」

「堀北はしっかりと反論をして、おまえを守ろうとしてたのにな」

「どうせ信じないでギャーギャー騒ぎ始める。不良品の集まりだしな」

 

 綾小路はため息を吐く。

 

「伊吹は信じてくれるんだな」

 

 伊吹はまあね、と興味なさげに籠を地面に置く。

 だが、クラスメイト全員を敵と見做している綾小路にとっては彼女の肯定は救いに違いなかった。

 

「それで、何か用?」

 

 伊吹は問う。

 わざわざDのクラスメイトがいるかもしれない所に出向いてきたわけだ。

 用がなければ近付こうとも思わない。

 

「あの同盟の話は覚えているか?」

「……ああ」

「謀反を起こしたくはないか?」

「どういうことだ?」

「リーダーを当てたら、50クラスポイント手に入る。それは全て伊吹の手柄になるんだ。伊吹を支持する生徒が増えるかもしれない。そうすれば龍園の独裁政権を揺るがすことができる。あいつだって数には勝てないだろ」

「おまえのメリットは?」

「……分かるだろ」

「復讐?」

「惨めだろ」

 

 綾小路は歪に口の端を上げる。

 

「いや、悪くないな」

 

 伊吹はそんな彼を肯定する。

 

「私も、私を引っ叩いた龍園に泣きっ面かかせてやりたいし。それで、リーダーは誰?」

 

 そしてシニカルな笑みを浮かべた。

 そんな彼女の様子に安堵したのか、綾小路は躊躇うことなく、はっきりと伝える。

 

「堀北がカードを持っているの見た」

 

 伊吹は特に驚いた様子は見せなかった。

 そして冷静に話を進める。

 

「悪いけど、証拠がないと信じきれないな」

「面倒だな」

「完全に信用できるわけじゃない。同盟とはいえ、他クラスだから」

「分かった、オレが堀北からカードを奪う。オレが指示した所に伊吹はいればいい。そこにオレがカードを持っていく」

「できるのか?」

「バカ共を手玉に取るなんて容易い」

 

 綾小路は自嘲的に言い残し、その場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六日目の昼下がり、雲はどんより黒ずんでいる。

 重さに耐えかね、一つ、二つと雫は落ちる。

 雨宿りをするように、伊吹は木に背中を預け、立っていた。

 

 やって来た綾小路は、堀北から奪ったカードを彼女に投げ渡す。

 すると、伊吹は鞄からカメラを取り出し、カードを撮り始めた。

 

「……随分用意周到だな」

 

 綾小路は呆気に取られ、そう呟く。

 

「おまえ、カードに彫ってある名前見たか?」

 

 綾小路は首を捻った。

 

「堀北鈴音、だろ?」

 

 そう言うと、伊吹は腹を抱えて嘲るように笑った。

 そして、用済みになったカードを投げ渡す。

 綾小路はそんな彼女の態度を訝しみながら、彫ってある名前を確認する。

 

「は?」

 

 思わず、彼はそう声を漏らしていた。

 綾小路は困惑を隠しきれず、何度もその文字をなぞった。

 

 

「おまえ、案外信頼されてたんじゃないか?」

 

 カメラを鞄に丁寧にしまいながら、伊吹は鼻で笑う。

 

「だってそうじゃなかったら、リーダー決めの時に私をキャンプ地から離す役割なんて与えられないだろ」

「……それは、オレをハブるためだろ?オレは結局誰がリーダーか知らなかった」

「でもさ、信頼してなかったらスパイの可能性のある私におまえを近付けるか?普通」

 

 伊吹は哀れむような目を彼に向けた。

 雨は次第に強く降り始める。

 

「じゃあミネラルウォーターは誰が盗んだんだ?下着だって、オレじゃなかった。オレを追放したいから、そんな事をしたんだ」

「面白いことを教えてやろうか?ミネラルウォーターの犯人は須藤だった。普段おまえが堀北と一緒にいることに嫉妬したらしくてな、堀北にだけ自首したらしい、須藤と堀北が話しているのを偶然盗み聞いた」

「……はあ?嫉妬?じゃあ、下着も、」

 

 全く関係のない所で因縁をつけられていたことを知った綾小路。

 全員にただただ嫌われている、と考えていた彼にとっては、横から鈍器で殴られたような衝撃だったことだろう。

 そして当然の帰結として、彼は下着泥棒の犯人もそれらに近しい理由で擦りつけられたのではないか、と伊吹を見る。

 しかし、伊吹はそんな様子の彼に、冷酷な真実を振り下ろした。

 

「下着は私がやった」

 

 愕然とした表情を浮かべる綾小路を、彼女はせせら笑った。

 

「おまえは信じる奴を間違ったんだよ。私がCクラスのスパイじゃない?笑わせるね。ならこのカメラはなんだ?ハッキリ言ってやるよ。

 

 私はCクラスのスパイだ。

 

 確かに実力はあったのかもしれないけど、バカなことに使ったな」

 

 

 膝をつき、項垂れる綾小路に伊吹はそう吐き捨て、去って行った。

 雨足は激しく、過信に溺れ、騙された男の慟哭は掻き消されてしまった。

 

 

 

 ペガサスにはこんな逸話がある。

 王子ベレロポンテスは神が存在する証拠に、実の父と噂されるポセイドンのいる海に天馬ペガサスを求めた。願いは届けられて彼はペガサスを手に入れ、数々の困難を乗り越えた。だが、己の理不尽な運命から、いつしか彼は神の存在を疑い始めるようになった。ついにはペガサスの上に跨り、神々の存在を突き止めるために神がいるとされる天の上を目指す。結果、ペガサスに振り落とされ、彼は地に落ちた。

 神を信じ切ることができず、更にはペガサスの力を己の力だと過信した。

 当然の報いを受けたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八月七日。

 長くも短い無人島での生活がついに終わりの時を迎える。

 Dクラスは様々なトラブルはあったものの、程々に楽しみながら過ごすことができた。

 唯一の不満点は、二つの事件の疑いをかけられていた生徒、綾小路清隆が結局リタイアしてしまったこと。無人島生活の不満やヘイトの大半が、彼へと向けられていた。

 生徒は撤収の準備を始める。伊吹はいつの間にかリタイアしていた。

 この時間のうちに、他クラスのリーダーを当てる権利を得られる。

 責任者として平田は茶柱先生にそれらの話を付けた。

 

 撤収作業を終えて浜辺に着く。

 他クラスは既に終わっていたらしく、Dクラスが最後だった。

 Cクラスの生徒は二日目の時点で殆どがリタイアしていため、この場には姿がない。金田もリタイアしたのか、砂浜のどこを見ても見つけられなかった。

 休憩所で、各々寛ぎ始める。

 平田はクラスメイトを労っていく。

 

「お疲れ様。この一週間色々ありがとう。本当に助かったよ」

 

 力自慢の須藤は、率先して誰よりも行動を起こしていた。

 池も、アウトドア経験を生かし、ポイントを多く節約できた。

 

「いやいやいや、平田がクラスをまとめてくれたのもあったし!な、春樹」

「どうやって雫ちゃんにプレゼントを渡すかって話か?俺も考え中なんだよ」

「聞いてねえわこいつ」

「つかよ……あいつ、大丈夫なのか」

 

 須藤は客船を見上げた。

 池と山内も、つられて船を見る。

 突然のリタイアだ。心配もあるのだろう。

 

「スポットの占有ボーナス含まずに170ポイントも残せたんだ。これはクラスにとって大きな前進になる。彼のリタイアは痛かったけど、仕方がなかったかもしれないね」

 

 平田のどこか切り捨てるような態度に、疑問を持つ須藤たち。

 すると、茂みから、ガサガサと何者かが現れた。

 

「……龍園」

 

 誰かが呟いた。

 上半身には所々汚れがあり、ズボンのジャージに至っては泥だらけだ。

 突然の登場に誰もが固唾を呑む。

 彼は緩慢に全員を見回し、そして、ゆっくりとDクラスの方へと距離を詰めてくる。

 クラス内に緊張が走った。

 

 周りの目を全く気にした様子もなく、彼はとある少女の前に立つ。

 

 

「リーダーは誰だ」

 

 

 重く、そして、有無を言わせないプレッシャーを与える。

 少女の顔は歪む。

 そして、リーダーカードを彼へと投げ渡した。

 

 

「ーーよ」

 

 

 その名を聞き、龍園は笑った。

 大口を開けて。

 すべてをバカにするように。

 

 彼は声を上げて笑った。

  

 

 




無人島試験二次創作の様式美
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。