心が弱くても勝てます   作:七件

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暴力至上主義者は屈服する恐怖の夢を見るか

 

 

  

 雨が降り続いている。

 粒は全身を満遍なく濡らし、水を吸ったジャージは少し重たい。

 

 灰色の簾の中で、龍園は首を捻った。

 伊吹の写真には、カードに『綾小路清隆』の名前が確かに刻印されてある。

 だが、裏切り者である櫛田の報告では『堀北鈴音』だった。

 この事実を知っているのは龍園だけだ。

 葛城は何の疑いも持たず、BとDのリーダーカードが写った写真を見て、満足げに帰っていった。

 

 龍園は思考を回す。

 もし櫛田が二重スパイであれば、こんな迂闊な行動には出ない。

 スパイを送っていることに気付いていれば、わざわざバレる可能性のある嘘を吐かないからだ。

 つまり、櫛田の言葉もまた、真実変わりない。

 

 一つ考えられるとすれば、櫛田が裏切っていることに気付いたDの策士が、彼女を騙したということ。

 よって、本当のリーダーは、疑うまでもなく『綾小路清隆』。

 

 

「じゃ、私は船に帰るから」

 

 伊吹は勝利を確信した顔でニヤリと口角を上げ、その場を立ち去った。彼女は充分すぎるほどの働きをした。

 特に引き止めることはしない。

 金田は昨日、Bのリーダーの証拠を撮ることに成功し、常に疑われ続けることに耐えられないとBに訴えて、船に戻った。

 

 龍園は考え続ける。

 

 

 ……待て。

 Bクラスのマニュアルは、なぜ井戸に沈められた?

 

 

 巡る思考の中で、稲妻が走った。

 

 金田はそんな大胆な行動を起こすような人間では無い。

 結果的に優位に動くことができたが、彼は容疑を最後まで否定した。

 ただの事故か、クラス内の分裂か。

 

 もし、そうじゃなかったら?

 

 俺の行動を読んで、わざと金田が動き回れるよう加担した奴がいる。

 その理由はなんだ?

 

 

 伊吹が船に乗り込むところを龍園は遠目に眺めていた。

 眺めながら、何か、自分は重大なことを見落としている。

 そんな、地に足がつかない浮遊感に囚われる。

 マリオネット。人形師に動かされている、薄ら寒さ。

 糸を振り払うように、龍園は自身の体を摩った。

 

 ふと、あの夢を思い出した。

 

 三日目の深夜。

 

 不気味な夢を見た。

 

 

 龍園は「あ」と声を漏らす。

 伊吹が完全に船の中に姿を消したのを確認した。その直後のことだ。

 

 

 汲み上げた勝利が、手の隙間からこぼれ落ちていく。

 棒立ちのまま、その事実を、見逃していた。

 

 

「正当な理由なくリーダーを変えることはできない」

 

 

 龍園は己の手を見つめながら呟く。

 

 

 俺の作戦は、誰かに全て見透かされていた。

 仮にXと呼ぼう。

 Xは、このルールの穴を知っていた。

 俺だけが無人島に残っている。

 だからXはCクラスのリーダーを当てることができる。

 加えて、自クラスのリーダーは既に変えてトラップを仕掛けているに違いない。

 

 

 龍園は笑った。

 声高らかに、全てをバカにするように。

 

 Bクラスか、Dクラスか。

 それは分からない。

 いや、分からなくされたのだ。

 

 Bクラスの生徒が、わざと自分のマニュアルを水没させ、金田を動きやすくした。

 Dクラスの生徒が、わざと事件を起こして復讐者を作り上げ、伊吹にカードを渡させた。

 

 二つの事柄に、Xは絡んでいる。

 

 だが、俺の勘はDクラスの生徒だと、囁いている。

 全ての黒幕Xは、Dクラスにいる、と。

 

 堀北鈴音の裏にいるDの策士。

 そいつが、再び目を覚ました。

 その事実だけを、俺は見逃さなかった。

 Dを指名せず、50ポイントを確実に取りに行く。

 だから、俺は負けていない。

 

「ククク……面白くなってきたじゃあねえか」

 

 

 龍園は浜辺を後にした。

 

 

 

 

 

 

「お前がリーダーだったのか。鈴音」

「ええ、そうよ」

 

 龍園は『堀北鈴音』と刻印されたカードを見て、Dクラスを見渡し、綾小路清隆がここに居ないことを確認した。そして、櫛田の報告が嘘偽りのないモノになったことが偶然か、はたまた故意であるのか。一体どこまで黒幕Xは仕組んでいたのか。……いや、そもそも櫛田はこの作戦を知っていた立ち位置に居たのか。 Cクラスの目がある中で、彼女は小さなサインでリーダーを伝えた。この作戦を伝え切るのは難しい場面だった。櫛田の言葉を信じきれば、勝利していた。

 だが、そうXが見せかけた可能性すらある。

 考えを巡らせば巡らすほど、Xの底知れなさに、龍園は笑わずにはいられない。

 

 丁度その時、キィン、と拡声器のスイッチが入る音が砂浜に走る。

 

「ではこれより、端的にではあるが特別試験の結果を発表したいと思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレが部屋に戻ると、高円寺はパンツ一丁で冷蔵庫を漁っていた。

 床がベチャベチャだ。

 拭けよ。

 と、文句も言ってしまいたくなったが、この男の名は高円寺六助。

 唯我独尊が服を着て歩いているような存在だ。何を言っても無駄だろう。今は服着てないけど。

 

 戻ってくるにしては一日早い。

 だが高円寺は特に気にした様子もなく、尋ねられることはなかった。

 オレは最後の気力を振り絞って、ベッドへとダイブする。

 約一週間ぶりのフカフカは人をダメにする効果があった。

 やっと悪夢は終わったのだと、そう実感させられる。

 

「高円寺、あの地図助かった。ありがとう」

 

 一応礼を伝ると「あー、そんなこともあったねえ」と本気で忘れていたらしい。高円寺はハッハッハと尊大に笑った。

 

「ついでに冷蔵庫の中の水を取ってくれ」

 

 オレは指先一つ動かせなかったので、うつ伏せになりながら彼にお願いした。

 

 高円寺はペットボトルを投げる。

「ぐふっ」

 そしてそれはオレの背中に強かに直撃した。

 

「礼には及ばないよ」

 

 オレが言いたいのは文句だ。

 

 何を言っても無駄な自由人は放っておき、サイドテーブルの引き出しから薬を取り出す。何錠か口に放り込み、貰ったミネラルウォーターで喉の奥に錠剤を押し込んだ。シーツの底に沈み込んでいくような感覚。手に入れた微睡の中で、何か重大な見落としがあるような気がしてならなかったが、その強烈な違和が形になることはなかった。

 

 

 

 

 

 騒がしさに意識が浮上する。

 ゆっくり目蓋を開けると、まだ日は明るい。

 ……いや、違う。

 丸一日経過していたのだ。

 

 平田と幸村の話し声が聞こえた。

 

 寝起きの耳は、その内容を正確には拾ってくれなかった。

 いつの間にか掛けられていた布団をよけて、ゆっくりと起き上がる。

 

「おはよう、綾小路くん」

 

 平田が気付いたようで、声をかけてくれた。

 

「ああ、」

 

 喉は酷く掠れていて、言葉が続かない。

 幸村が水の入ったコップを渡してくれた。

 その殊勝な態度に驚いて顔を上げると、幸村はどこか申し訳なさそうにしていた。

 取り敢えず水で喉を潤す。

 

「すまなかった」

 

 そう言って、幸村は頭を下げた。サイドテーブルに置きっぱなしだった睡眠薬の箱をサッと隠しつつ、オレはその謝罪を黙って受け入れる。

 

「堀北さんから全て聞かされたんだ。伊吹さんはスパイで、二つの事件はどちらもクラスを混乱させようとした彼女が犯人だったこと。綾小路はクラスのためにわざと濡れ衣を被り、そして追放されることで自由に動き、その間に他クラスのリーダーを探っていたこと。無人島試験が始まってからずっと体調が悪かったこと」

 

 ……あれ、オレが指示した内容と若干違くないか?

 オレはバッと平田の方を見るが、彼はニコニコしているだけ。

 やりやがったなお前ら。

 

「堀北からの指示で動いた。ポイントも貰ったしな。オレは特別な事をしてないぞ」

「他クラスのリーダーを当てるのが、特別な事じゃない、と?」

「オレは言われた通り演技しただけだ。中学は演劇部だったんだ」

「水泳部だったと前言ってなかったか?」

 

 そういえばそんな設定あったな。

 

「怪我をしてからは演劇部に入った。弱小校だったから大きな大会には出ていない」

 

 平田が苦笑いをしている。

 

「とにかく、謝らせて欲しかったんだ。俺は君にキツく当たっていたところもあった」

「……そう思われても仕方がない行動は取っていたし、別に気にしてないが」

「いいや、違う。俺は自分の学力が高いことを自負している。だからこそ、どの教科も軽々しく満点を取る君に、多分嫉妬していたんだろう。君が犯人だと知れ渡った時、そらみたことか、と内心ほくそ笑んでいた。真実を知って、そう思っていた自分が醜く思えて、許せなくなったんだ」

 

 幸村の声は震えていた。心の底から、自身の不甲斐なさを痛感しているのだろう。

 何もしなくても勝手に成長しだすクラスメイトに若干引き気味になりつつ、

 

「じゃあ冷蔵庫からコーラを持ってきてくれ。そしたらオレが許す」

 

 と、提案する。

 

「……なんだ、それ」

「自分で自分が許せないんだろ?ならオレが許せばイーブンになるだろ」

「変な奴だな」

「高円寺よりマシだ」

 

 幸村は呆れたように、だが、何か憑き物が落ちた表情で、冷蔵庫からコーラを持ってきてくれた。手渡されたコーラをチビチビ飲みつつ、オレは自分の置かれている立場を冷静に分析する。

 

 幸村のように全てを信じる生徒は多分そこまで居ないだろう。一度は疑ったわけだ。人間、そう簡単に割り切ることはできない。例えば、平田や堀北がこの状況はマズい、と考えた、もしくはオレが泣きついたことで、リーダー当て作戦にオレの存在を組み込んだ。そんな考え方もできる。というか、そっちの方が自然な流れだ。

 

 

「本当にありがとう、綾小路くん」

 

 平田は爽やかなスマイルを振り撒く。

 先程考えていた推察は全くの邪推なのではないか、そう錯覚させるような気分を味わう。

 ……そういや平田は軽井沢と繋がっていたな。

 三バカや外村たち、沖谷がやっぱ犯人じゃなかったんだと騒げば男子も殆どは信じそうだし、佐倉の仲の良い女子達も彼女の純真さに絆されて信じそう。

 あれ?意外と信じそうな奴多いぞ、どうなってんだ。

 

 ま、希望的観測というやつだ。

 コーラ、一口分じゃあまり頭は働かない。

 

「平田はクラスをまとめてくれたし、幸村だって慣れない環境の中率先して動いていた。オレの方こそ、感謝したいくらいだな」

「そう言ってくれて嬉しいよ」

 

「いや、綾小路のお陰で全クラスのリーダーを指名することができて、270ポイントという好成績を収めたんだ。Cクラスに当てられてしまった事は惜しかったが、それは俺たちの責任だ。本当に、感謝してもしきれない」

 

 幸村がめちゃめちゃ恩義に感じてくれている。

 平田もスマイルを崩さない。

 なんだこの空間。

 なんだこの優しい世界は。

 コーラに入っている砂糖以上に甘くて反吐が出る。

 オレは辛い、耐えられない。

 

 

「全て自分のためにやったことだ。気にするな」

 

 ……こういうセリフは堀北のようなツンツン女子にこそ需要があるのであって、間違ってもオレみたいな人間が発言するようなものではないな、と、幸村と平田の表情を見て改めて後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……0だと?」

 

 龍園は唖然としていた。

 ショックを受けたというよりは、事態が理解できなかったのだ。

 龍園はDクラスに策士がいると考えていた。

 だから、Dクラスのリーダーを指名しなかった。

 AクラスとBクラスを当て、Dクラスに当てられることで50ポイントを残す事ができる。そう確信していた。

 だが、実際はどうだ。

 

 そしてこの事態に誰よりも混乱したのは、Dクラスの生徒だった。事情を知る者でさえ、圧倒的な勝利に、半ば信じられないと興奮気味の笑顔を浮かべている。

 

「全然ちげえじゃねえかよ葛城!」

「どういうこと!?なんでこんなに少ないの!?」

 

 AとBの休憩所からそんな声が響く。それぞれの生徒たちが葛城や一之瀬を取り囲んでいた。

 

「何かがおかしい……どういうことだ?」

「みんな、落ち着いて。理由を説明するね……」

 

 

「うおおおおおおおお!!やったぜ!!」

 

 須藤の叫び声と共に、Dクラスの生徒たちは一斉に集まりだす。

 

「ななな、どういうことなんだよコレ!?なあおい!」

 

 興奮と混乱が冷めやらぬ様子の池たちが、平田と堀北に縋るように説明を求める。

 

「ここじゃ暑いでしょ。デッキで話すわ」

 

 堀北は涼しげに言い放ち、龍園を一瞥する。

 彼は絡めとるような蛇の目をよこす。

 

 

「必ず引き摺り出してやる。必ずだ」

 

 

 そう言い残し、去っていく。

 

 龍園は、己の身が震えている事実を受け止める。

 何度、Xに翻弄されたか分からない。

 一体Xはどこまでこの試験の裏を読んでいたのか。

 掴めたと思ったモノが、まるで霧のように溶けていく。

 

 ーー乾いた笑いを漏れ出る。

 

 

 だが、龍園の闘志は瞳から消えていない。

 むしろ、鈍く燃え上がっている。

 あの夢を思い出しても、なお。

 存在していないと思っていた恐怖を思い知らされても、なお。

 彼はその全てを克服し、牙を剥く。

 

 

 Xに今の心境を直接聞いてみたいくらいだ。

 全てが思い通りにいって、さぞ気分が良いだろう。

 今に見てろ。

 つまらなそうに肘をついているお前を、玉座から引き摺り下ろしてやる。

 

 龍園は、諦めない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……0ポイント?

 

 取り落としそうになったコーラを慌てて持ち直す。

 オレへの贖罪にまだ納得いっていなさそうな幸村に、甘いモノを買ってきてくれたらもっと許す、とパシらせて部屋を退出させた後。

 オレは平田に試験の詳細を尋ねた。

 

 

「すまないが、もう一度言ってくれ」

 

 

「Cクラスは0ポイント。Aクラスは70ポイント。Bクラスは90ポイント。

 そして一位はDクラスの270ポイント」

 

 

 圧倒的大差をつけ勝利を収めたDクラス。

 オレはその試験結果に、大きく動揺した。

 何故なら、他クラスのポイントが予想と全く異なっていたからだ。

 え?なんで?

 

 オレの予想では、

 

 A:マイナス100ポイント

 Bを当て、Dを外し、CDに当てられる

 

 B:マイナス150ポイント

 ACDに当てられる

 

 C:プラス50ポイント

 ABを当て、Dに当てられる

 

 D:プラス150ポイント

 ABCを当てる

 

 と、なるはずだった。

 

 まずAクラスの70ポイント。マイナス100ポイントだとすればポイントをあまりに落としすぎている。オレの見立てでは占有ボーナスなしで300近く得ているはず。Dを外した以外に、他の要因が関係しているに違いない。

 

 次にBクラスの90ポイント。元のポイントは、推測でしかないがトラブルもあり200に満たないだろう。50ポイント以下でなければおかしな話だ。オレたちDクラスは指名を誤っていない。だとすれば何故か。

 

 そして最後にCクラスの0ポイント。龍園がAクラスの攻撃をミスしたとは考え辛い。龍園はそこまでバカではない。リーダーを変えられたことに勘付き、Dを指名せず、堅実に50ポイントを取る可能性が高い。

 

 考えられるとすれば。

 

 オレはコーラを煽る。

 体の先から血の気が引いていく感覚。

 

「……平田。Bと何か話したか」

「結果を聞いて一瞬でその結論に辿り着くなんて、流石だね。ずばりその通りだよ」

「堀北、か」

 

 ……やってくれたな。

 コーラで冷えた手のひらを額に当てた。

 

 オレは、自クラスのポイントが高ければそれで良かった。

 葛城派がこの試験で良い結果を残せば残すほど派閥争いが長引き、そこを突けば今後の試験も楽にポイントを稼ぐことが出来る。だから正攻法では崩し辛いBクラスの決定的な証拠を生贄に、Aクラスにポイントを捧げた。

 

 だがそれを、堀北は許さなかった。

 堀北はAクラスに上がりたい。

 どの試験であってもAクラスに旨いところを取らせたくはない。

 オレの作戦を応用しようと考える事くらい、容易に想像できる。

 ……まるで、待てができない狂犬だ。

 あーもうめちゃくちゃだよ。

 

 オレは静かにため息を吐いた。

 平田はベッドに腰掛ける。

 

「Bクラスを脅した。違うか?」

「まあ、言ってしまえばそうなんだろうね。まず僕たちは、君と伊吹さんが会話しているところを撮影した。そして彼女がCクラスのスパイである、と発言した部分を一之瀬さんに見せたんだ」

 

 櫛田と会話していた時もそうだったが、やはりスニーキングがお得意のあの子はこっそり潜んでいたらしい。

 

「なるほどな。当然金田も同じようにスパイだと思い知る。金田は既にリタイアしていた。加えてオレたちはBクラスのリーダーが誰かを知っている」

 

「だからね、僕たちは交渉したんだ。AクラスとCクラスが組んでいる証拠も見せた。君たちは合計で150ポイント失うことになるだろう。でも回避する方法がある。その術を教える代わりに、僕たちはBクラスのリーダーを当てさせて貰う、とね」

 

 一之瀬はもしかしたら、この奇妙な言い回しに、回避する術を思いついたかもしれない。

 

 そこで、堀北は恐らくだが情に訴えかけた。

 自分のクラスのリーダーを守るために色々張っていた網に、彼らはかかった。そのついでに、Bクラスのリーダーも知ってしまった。このまま何も知らずにポイントを大量に失うのを見て見ぬ振りは出来なかった。しかし対価無しでこの情報を渡すほど、自分たちは慈善家ではない、と。

 

 一之瀬は勝負を捨てるつもりはないだろうが、だからといって恩に報いない訳にもいかない。そのため彼女は堀北の提案に了承した。80ポイントを犠牲に、BクラスのリーダーをAとCから守り通した。建前では、AクラスとCクラスのポイントを大きく減らせるから、と考えて。

 

 

「一之瀬さんが信じない可能性もあったけど、上手くいって良かった」

 

 平田はイタズラが成功した子供のように、無邪気に笑う。

 ことは全てオレがリタイアした後に行われていた。

 

「堀北が龍園の居場所を知りたがっていたのも、AクラスとCクラスが組んでいる証拠が欲しかったからか……」

「Dクラスのカードを写した写真を渡すために、必ず龍園くんは葛城くんに接触するって堀北さんは読んでいたみたいだよ」

 

 過去最高に頭が回っていなかった状況で情報を毟り取られていたことに、ショックを受ける。

 龍園の居場所を教えてしまったことが、完全にやらかしだったようだ。極限状態であっても迂闊にも程があったな。オートモードにしていたオレも悪いが、弱い者虐めじゃないかこんなの。本気でオレをお助けアイテム扱いする奴があるか。

 

「……心臓に悪すぎる。先に教えて欲しかった」

「堀北さんが君をビックリさせたいからって譲らなかったんだ」

 

 ぜえったいに堀北は、オレがその策の邪魔をする、と確信していたに違いない。何故なら、オレと堀北の勝利の定義の間に、ズレが生じているからだ。だからこそ平田に黙っているようお願いしたのだ。

 だとしても「ビックリさせたいから」で納得するような人間か平田?

 

「確かに、君の取り乱す姿を見れたのは役得だったね」

 

 そしてこの笑顔である。

 あれえ?おかしいなあ?

 平田はオレの駒だから堀北の動きを何でも教えてくれるって信じてたのになあ?

 

 

「徹底的な、完膚無きまでの勝利。それが、君が望んだことだったから」

 

 

 オレの内心の疑問に、平田は自信満々にそう応えた。

 もしかして、平田の懐柔の仕方をオレは間違ったか?

 

 褒めて貰いたさそうにチラチラ視線をよこす平田を余所にオレは、早急に佐倉をどう剥がすか、そして櫛田になんて弁明しようか、そんな事ばかり現実逃避気味に考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 欠けた月が海に溶けている。

 温い潮風に包まれながら、広大な海を眺める。

 隣で煙草をふかす茶柱に、オレは不機嫌な顔を隠さず話を切り出した。

 

「取り敢えず、これで満足して貰えたと思ってもいいですね」

「……まずは見事だったと言っておこう。素直に感心した」

「じゃあ今すぐ聞かせて下さい。父親がオレに退学を要求していた話は本当ですか」

 

 茶柱は柵に背中を預けると顔を上げて空を見つめた。

 

「もし嘘だとして、お前の心は軽くなるのか?」

「……なんの話ですか」

「このバカンスが始まる数日前。とある人物から接触があった。その人物は私に厚封筒を渡して来た。中身は、カルテだった」

 

 チリ、と後頭部に微かな電気が走るのを感じた。

 

「殆どが白紙だったが、患者の名前とほぼ毎週に渡ってつけられている日付が確認できた。処方箋の欄には常に高カロリー飲料の個数が載せられている。そしてその人物はこう言った。何か問題が起きた際はあなたに全ての責任を取らせる、とな」

 

 

 オレは表情を変えず、平静を保ちながら彼女の言葉を吟味していく。

 

 

 ドクターストップを撤回して貰うために、オレはあの医者に対して何度も説得を試みた。豪華客船には万一のため数名医療スタッフが乗っているが、オレの担当医は諸事情で学校から離れる事はできなかった。もし問題が起きた際に対処できる人間が船の中にいないことを彼は恐れ、バカンスへ行くことを断固として認めなかった。試験の詳細も知っていたのだろう。確かにオレの体質では乗り越えることは難しいと判断されて当然だ。

 

 だからオレは、

 環境を変えることで快復を見込めるかもしれない。担任である茶柱には既に説明してある。

 と、嘯いた。

 彼女に手助けして貰うから心配はいらない。そう、信じ込ませた。

 

 だが、彼は簡単に丸め込まれるような人間ではなかったらしい。

 茶柱に接触し、確認を取った。そしてオレが全くの嘘を吐いていたことを知った。ただ、さすがにあの医者でも茶柱の奥底に秘められた執念には気付かなかったようだ。茶柱にオレの処遇を任せてしまった。

 

 

「ポイントを節約するために、医師を騙した。私はあの時、そう結論を下した」

 

 

 茶柱は苦々しく呟いた。

 今更良心の呵責に苛まれているとすれば、滑稽な話だ。

 カルテを貰った時点で、茶柱は気付いていたはずだ。だが、自分の行いが過ちであったことを信じたくなかった。自分は今、ロクにその生徒を調べもせず、試験で本調子を出せない中、無理に出張らせて無茶な行いをさせようとしている。その事実を、受け入れられなかった。

 幸村の方がよっぽど人として出来ている。

 

 それに、結果を出せたなら、嘘を突き通すべきだった。

 やはり綾小路は医師を騙し、ポイントを節約していた。

 実力を隠していたのだ、と。

 自分に嘘を吐き続けるべきだった。

 

 全てが中途半端なのだ、この女は。

 真実を知られてしまった以上、オレは今後茶柱を利用し尽くす他ないのだから。

 

「……すまなかっ「あんたの話は別にどうでもいいですよ。あの話は嘘だったかどうか。オレが知りたいのはそれだけです」

 

 不要な謝罪を遮りオレは本題に入る。

 だが、茶柱は沈黙を貫いた。

 

「ダンマリか」

 

 まあ、正直ここで何を聞いてもあまり意味はないのだが。

 

 あの男はこの学校に手出しできない。その決定的な裏付けが取れたとしても、悪夢が晴れることはない。パンドラの箱を無理矢理抉じ開けられてしまったようなものだ。無意識に考えないようにしていたモノを、目の前に突き付けられて、意識せざる得なくなった。

 もはや、どうすることもできない。

 

 

「心配する必要はありませんよ。オレはどの試験でも本気を出すつもりです」

 

 ここに居ても無益だと感じ、立ち去ろうと踵を返す。

 すると、茶柱は呼び止めた。

 

「……有名な神話の話をお前も聞いたことがあるだろう。イカロスの翼だ」

「それがどうかしたんですかね」

「イカロスは自由を得るために幽閉された迷宮から飛び立った。だが、それは一人の力ではない。迷宮の外から解決を図るために、ダイダロスが翼を作り、体重の軽い子供に取り付けた」

「意味が分かりません」

「お前の父親はこう言っていた。清隆はいずれ、自ら退学する道を選ぶ、と。太陽に翼を焼かれて、海に落ちるイカロスのように」

 

 それで、イカロスの翼か。

 

「……ただ、私は今のお前を見て、ダイダロスが哀れに思えたんだ。迷宮から脱出するための鍵が、勝手に飛び立ち、太陽を目指して海に落ちたのだからな」

「面白いことを言いますね」

 

 オレは振り返らず、歩き出す。

 

「イカロスは海に落ちて死んだ。だからオレは、イカロスにはなり得ない」

 

 

 

 生憎、太陽を目指すような勇気や傲慢をオレは持ち合わせていない。与えられたのは自らの手で空を飛ぶ翼ではなく、思い通りにならないペガサスだった。

 神の存在を知るために、神から与えられたペガサスに跨り、天を目指した。

 そんな、矛盾を孕んだ存在。

 ペガサスに振り落とされ地に落ちたベレロポンテスは、全身を強く打ち、歩行も困難な障害を抱えたが、それでも命は長らえたという。

 

 オレの物語にダイダロスは登場しない。

 そして、地に落ちても死ぬことはない。

 

 

 

 

 数羽の鳥が、橙色に染まった空の端を旋回していた。

 一匹が逸れ、やがてピタリと体を止めてしまう。

 重力に従って真っ逆さま。

 そのまま青の中に姿を消した。

 

 

 音はなかった。

 

 

 




悲劇と喜劇の違いは人が死ぬか死なないか。

内訳
A:マイナス200ポイント
BDを外し、CDに当てられる

B:マイナス50ポイント
Dに当てられる(トラブルもあり元のポイントは170だが、一名リタイアによりマイナス30ポイント)

C:マイナス50ポイント(元が0ポイントのため変動無し)
Aを当て、Bを外し、Dに当てられる

D:プラス150ポイント
ABCを当てる(スポット占有ボーナス0、高円寺の働きで浮いた食費、ビデオカメラその他、二名のリタイア、より元のポイントは120)



変移
A:1004→1074
B:713→803
C:540→540
D:87→357



後書き
これにて三章はおしまい。
三巻内容は原作が神なので二次創作が死ぬほど難しかったです(小並感)
4章はかなり遅くなると思います。
伏線やらが完結までに色々絡んでくるのもあって気を使うのと、リアルがアホみたいに忙しくなったのが主な理由です。気長にお待ち下さい。
お気に入り、評価、感想、誤字報告等ありがとうございました。
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