心が弱くても勝てます   作:七件

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三日ぶり二回目

  

 

 

 オレはこう見えて結構順風満帆な学校生活を送ってきた。

 特に目立った行いをせず、悪さも働かず、模範的で善良な一生徒として四月からクラスに貢献してきた。波風も立てず、平穏で、世界平和とはこういう事を言うんじゃないかと錯覚するほどの環境を享受してきた。

 その、はずだった。

 

 そんなオレは今、窮地に立たされていた。

 世界平和を愛する神様に、見放されたのだ。

 

 

 ……バイキング形式、だと?

 

 

 客室ニートライフを満喫する気満々だったオレは、奴らによって綾小路清隆を労う会とか何とかを理由に引き摺り出された。参加者は池山内須藤といういつものメンバーだ。どうやらオレが寝ている間にDクラス全体で祝勝会を行ったらしい。別に気を使わなくても良い、部屋に引きこもりたいと断固として拒否しようとしたが、平田と幸村の生温かい目に、後にも引けなくなって頷いてしまったのだ。

 それが間違いだった。

 

 バイキングに連れてこられて、お腹空いてないを理由に水だけ飲む奴がいるだろうか、いやいない。

 だからと言って端から全てを盛っていけば絶対に食べきれない。二個飛ばし、いや三個飛ばしならいけるのか……? そもそも何種類料理があるかを知るのが先決か。そういうのはどこに書かれているのだろうか。メニュー表か? いや、バイキングにメニュー表もクソもないのだろうか。待て。誰かの真似をすれば良いだけじゃないか。だがその誰かって誰だ? 

 席を立たずそんなことをグルグル考えていると、

 

 

「主役は座ってろよ。俺らが取りに行ってやるぜ。何か好きなもんあるか?」

 

 須藤が当たり前のように尋ねてきた。

 堀北。お前に好意を寄せている奴はめちゃくちゃ気が利くぞ。良物件だ!

 

「胃に優しいやつで」

 

 過去最高のドヤ顔を見せた気がする。

 須藤も意表を突かれたような顔をしていた。

 

 

 

「うひょーー! 生き返るぅぅぅ!!」

 

 席に着いたや否や、肉をバクバク食いながら山内は叫んだ。

 

「お前それ何回言うんだよ」

 

 池は呆れたような顔をする。

 

「いいや何回だって言うね。やっぱタンパク質だよな! 人間生きるためにはタンパク質が大事なんだ!」

 

 だったらプロテインでも飲んどけ、と言いたくなる程の煩さだ。

 まあ、育ち盛りの高校生男子が一週間食事を制限されるというのはキツいものがあったのだろう。おまけに施設や店の料金は全額タダ。ハメを外さない方が無理がある。

 だからといって、肉料理に付属していた温野菜をオレの皿に乗せるのは違うんじゃないか山内。須藤もたまに肉をお裾分けしてくるから、病院食みたいだったオレの皿はすっかりカラフルになっていた。

 

 

「そういや山内。人形は渡せたのか?」

 

 いつぞやのクレーンゲームで取ってやった人形のことを尋ねる。

 すると山内の機嫌は一気に急降下したようで、「聞いてくれよ綾小路大先生〜」と面倒臭そうなモードに入ってしまった。

 

「まだ渡せてないのか」

「ほら、あれだよ、タイミングって大事じゃん?」

「無人島試験も無事終わって、佐倉も今が一番浮かれている時期なんじゃないか?」

「う……いや、でもよ! 健だってまだ堀北のこと名前呼びにしてないし!」

 

 痛いところを突かれて、話題を須藤に無理矢理変えようとする山内。突然のことだったためか、須藤は咳き込んだ。

 

「練習量が足りなかったようだな……」

「あれを練習とは呼ばねえよ! つーか、関係ねえだろ春樹の話と!」

「アリアリなんだな、これが。ほら、俺も抜け駆けは良くないかなって思ってさ。お前らに合わせてやってるわけ」

「嘘つけ。この前、俺がDクラス男子の中で二番目に彼女作るから見とけよとか言ってただろ」

 

 池はフォークの先を山内の方に向けてそう指摘する。

 その話を出されて、山内はウッと顔を顰め、すかさず反撃を繰り出した。

 

「まあ寛治には篠原がいるし、高みの見物だもんなあ」

「はあ!? 誰があんなブスに!」

 

 池は顔を赤くして立ち上がった。世の言う小学生男子のような反応に、聞かなくても察することができる。どうやら無人島試験を通して色恋沙汰も発展しているらしい。

 

「篠原と付き合っちゃえよ」

 

 山内がニヨニヨしながら池脇腹を突く。

 

「俺は桔梗ちゃん一択だし」

「その虚勢、いつまで保つか見ものだな」

「唐突な上から目線」

「龍園のマネだ」

「怖いもの知らず過ぎんだろ清隆。つうかよ、春樹。マジでいつ佐倉に告るわけ? 一ヶ月以上告る告る言ってるよな」

 

 落ち着きを取り戻し、腰を下ろした池。巡り巡って結局話題は山内の告白話に戻った。

 棚に上げ作戦に失敗した山内も色々思う所があるのか、はあ、とため息を吐いた。

 

「なあんかこうさ、背中を押してくれるような一言があればいけそうって言うか」

 

 オレたちは顔を見合わせる。

 そして池がトップバッターを飾った。

 

「春樹ならイケるって。無人島でカッコいいところいっぱい見せたんだろ?」

「そう、だけどよお」

「そうだぜ春樹。むしろイケイケなお前がモテない方がおかしい」

「ほ、ほんとか……?」

「マジマジ。このステーキに賭けてもいいぜ」

「ほら、清隆もなんか言ってやってくれ」

 

 須藤がオレにバトンタッチした。

 

 

「……そもそも転びまくってる奴に一押しもクソもないだろ。また転んで終わりだ」

 

 そして見事オレは、バトンを明後日の方向にぶっ飛ばしてしまった。

 

「し、辛辣過ぎる!」

「春樹だって頑張ってんだぞ! 全部空回りしてたけど!」

「なんか清隆お前、段々鈴音に似てきたな……」

 

 つい本音が溢れてしまい、指をさされてものすごい非難された。最後の須藤評だけは心に刺さった。最初に話題を振ってしまったのはオレだが、まさかこんな面倒臭い展開になるとは思いもしなかった。

 仕方ない。チアリーディング部顔負けの応援してやるか。

 

「フレーフレー山内。頑張れ頑張れ山内。ホワイトホール白い明日が待ってるぜ」

「棒読みをまず治してから出直せ!」

 

 渾身の叱咤激励は全く効かず、山内はすっかりむくれてしまった。

 男がやっても引くほど需要がないぞ山内。視覚の暴力だ、やめておけ。

 

「悪かったって。本気でオレは山内の恋を応援している」

「じゃあお詫びとしてガチャ引いてくれよ〜」

「……ガチャ?」

「10連のSR1枚確定で、URが最高レアなんだよ。んで、四周年記念でSSR以上が出る確率が20%になってて、俺の推しキャラがピックアップでさ!」

 

 端末の画面を見せ、興奮気味に馴染みのない単語を並べ立てて説明してくる山内。

 単純に考えれば、1枚以上はほぼ確実にSSRとやらが出るのだろう。

 しかもピックアップキャラはレア度に限らず出てくる確率が50%であり、そのガチャを引けるチャンスはたったの一度だけ。そのため中々勇気が出ず、未だに引けてないらしい。

 

「俺が出せと?」

「これで良い結果が出れば、今日こそ雫ちゃんに人形渡す!」

「完全運任せなんだろ? 誰が引いても変わらないんじゃないのか」

「こいつ今日の運勢激ヤバらしいぜ」

「朝のニュースの星座占いコーナーで11位だったんだよー! 応援してくれるんだったら頼む!」

 

 まったく調子の良い奴だ。ガチャを引かすためにわざと凹んでいたんじゃなかろうか。

 

「……まあ、押すだけなら」

 

 そうしてガチャガチャした画面を向けられた。

 キラキラの凝られた装飾と際どい衣装を着ている、なんとなく佐倉の面影があるキャラのカードがクルクル回っている。特になにも考えず、指示された通りに画面をタップすると、なにやら長そうな演出に入った。興味もないので、手を前に組んで神様に何かを祈っている山内に端末を返す。

 

 すると返された端末を見て山内は、ぎゃああああ! と醜い断末魔を上げた。

 

 

「なっんだこれ!! クソドブじゃねえか!!!」

 

 

 言葉的に酷い結果だったのだろう。

 池がどれどれ、と画面を見て思いっきり顔を顰めた。

 

「ひでえ……あんまりだ」

「SR1枚のみで、しかも推しキャラが一人もいない。こんなことがあり得て良いのか……?」

「10回の内20%と50%全部をすり抜ける確率の方が凄えんじゃねえか春樹」

 

 あまり興味を示していなかった須藤でさえ、山内を慰め出した。遂には山内は男泣きを始める。

 

「ひでえ、ひでえよお。どんなドブでもレア関係なく3枚はピックアップキャラが来てるってのに……俺が何をしたって言うんだ……」

 

 悲壮感を漂わせる山内があまりに哀れすぎて、須藤は咎めるような視線をオレに向ける。

 

 これって、オレが悪いのか……?

 端末もしくはデータの問題だろ。もしくは乱数とか。

 

「清隆……お前、運に関して言えば、最底辺なんだな。ここまでの奴は流石に初めて見たわ」

 

 池は気まずげに言った。

 ガチャ運とは端末やデータではなく、OKボタンをタップした人間の運による、という文化をこの時初めて知り得た。軽いカルチャーショックだった。

 

「わ、悪かったよ山内」

 

 泣き崩れている山内に、オレは一応謝った。

 運命を他人任せにしたお前が悪い、とは流石に言えなかった。

 だが機嫌が治るわけもない。

 

「今後もお前と佐倉がくっつくように全力でサポートしてやるから、な?」

 

 押し付けられた野菜を返したり何だりして山内を慰めていると、突如として全員の携帯が同時に鳴る。

 キーンと言う高い音。それは学校からの指示であったり、行事の変更などがあった際に送られてくるメールの受信音であった。マナーモード中であっても音が強制的に出ることから、重要度の高さが窺える。

 

 

「お、なんだ?」

 

 三バカが不思議がるのも無理はない。

 入学時に説明は受けていたものではあるが、今日まで使われたことは一度もなかったからだ。

 ほぼ同時に船内アナウンスが入る。

 

『生徒の皆さんにご連絡致します。先程全ての生徒宛に学校から連絡事項を記載したメールを送信致しました。各自携帯を確認し、その指示に従って下さい。また、メールが届いていない場合には、お手数ですが近くの教員まで申し出て下さい。非常に重要な内容となっておりますので、確認漏れのないようお願い致します。繰り返しますーー」

 

「……今届いたメールのことか?」

「多分な」

 

 メールを確認すると、十八時に二階の204号室に行くことが指示されていた。だが、他三人とは指定された時間と場所は全く異なっていた。池と須藤はどうやら同じらしい。特別試験という文言に、三人の顔はいつになく暗い表情になる……と思いきや、「よっしゃやったるぜ!」とやる気満々だ。

 前回の無人島試験で素晴らしい結果を残せたこともあってか、女子に良いところを見せるチャンスが増えたくらいの考えなのだろう。山内の機嫌もいつの間にか浮上していた。

 

 

 昼食を食べ終わり、客室に戻ろうとすると、何やら話し込んでいる堀北と平田とすれ違った。普段なら珍しい組み合わせだが、こと特別試験では案外よく見かける光景になるかもしれない。

 二人に気付いた須藤が、鼓舞するように自らの頬を突然叩き、「よし」と気合を入れる。

 

「よお。す、す、堀北……」

 

 そしてあえなく撃沈。

 頭文字だけで「はい?」と仇でも見るような怪訝な目を向けられれば、確かにそれ以上は出られない。もしかしたら彼女はただ、「す」の後に続く言葉を分かっていないだけかもしれないが。女版鈍感系主人公臭がするし、当然の対応かもしれないな。

 

「メールはしっかり確認した?」

 

 勝手に落ち込んでいる須藤をスルーして、堀北はオレたちにそう尋ねる。

 すり合わせをしたところ、堀北と平田は同じ時間と場所だった。

 

「確か、幸村くんは清隆くんと同じだったはずだよ」

「それは心強いな」

「時間帯が異なるのは気になるわね。綾小路くんはどう思う?」

 

 彼女はオレへの気遣いなど、ごみ箱にダンクシュートしたのだろう、所構わず相談しやがる。

 

「スーパーコンピューターもビックリのオレの頭脳に訊くとは腕を上げたな、堀北」

「そう。で?」

「冗談だ。オレに訊いても時間の無駄だぞ」

「あら、過剰な謙遜は何も生まないわ」

「安寧を生むだろ」

「その安寧の条件は、それを謙遜だと知る人間が周りに居ない場合よ」

 

 須藤と平田は言わずもがな、池と山内は図書館の件もあるし、彼女の的確な指摘にぐうの音も出ない。

 

「……今のところは何も言えないな。先に問題を知る生徒とそうでない生徒の間で差を生むことに、意味があるのかは疑問だが」

「一応クラス全員のメールは確認しておいた方が良さそうだね」

 

 平田が実にありがたい提案してくれた。

 

「頼りになるな」

「それと綾小路くん。解散したら甲板にあるカフェ『ブルーオーシャン』に来て。そこで説明された内容とあなたの意見を教えてもらえるかしら」

「期待はするなよ」

「期待はしていないわ。信頼しているだけ」

 

 堀北はオレがその類いの言葉を嫌がることを分かっていてあえて言っているのだ。あーやだやだと目を背けると、視線の先にはしょぼくれている須藤がいた。段々須藤が哀れに思えてきたと同時に、オレに対して妬みの感情を持っていてもおかしくないだろうに、普通に絡んでくるのは何故だろうな、という疑問が浮かんだ。

 

「くれぐれも指定の時間に遅れないようにね」

 

 堀北は睨みをきかせ、三バカ達に釘を刺す。

 そして堀北は肩で風を切るように先を行き、平田は「じゃあまた後で」と困った顔をしながらついていった。

 四月頃には想像もつかなかったような光景だ。

 

 

 

「あれ」

 

 去っていく二人の後ろ姿を見て、池は首を捻る。

 

「平田ってお前のこと名前呼びしてたっけ」

「池や山内はされてないのか?」

「おう、多分」

 

「……あんな感じで呼び方なんて簡単に変えられるわけだし、堀北のことを鈴音って呼ぶのも案外サラッとやればバレないんじゃないか?」

 

 あまり掘り起こされたくない話なので、未だ肩を落としている須藤にフォローを入れた。

 

「……そうか?」

 

 平田の場合はヌルッとやってきたがな。

 5回目でやっと気付いたくらいヌルッとしていた。

 

「てかさ、先に名前で呼んで良いか訊くのが先だったよな?」

 

 山内は呆れたように言うと、須藤はガシガシと自身の頭を掻く。

 

「ついテンパっちまうだよ」

「台本考えてから言えば焦らないんじゃないか?」

 

 須藤はううんと呻いた。

 

「なんつーか、ダサくねえ?」

「須藤が嫌なら無理には勧めないが」

「だったら俺たちが考えてやるよ! そうだな、最初の一文は『将来の嫁であり永遠を誓い合った堀北様へ』でどうだ健」

「山内、それ佐倉の前でやれよ」

 

 そんなこんなで須藤の反省会をしながら、客室へと向かった。

 

 まあ正直。個人の区別をするために用いられている記号に、意味を持たせる必要なんてないだろう、と思うのだが、それを言うと今度こそボコボコにされそうだったので、やめておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校からの呼び出しメールを受けたオレは、同室の幸村と共に二階フロアに足を踏み入れる。指定の時刻まであと五分ほどのところで、オレたちは目的地に辿り着いた。

 普段生徒がいないはずのフロアに、数人の生徒がウロウロしていた。誰かは確認できなかったが、近くの部屋に入っていくのが見えた。

 

「む、他クラスの生徒か」

 

 幸村が呟いた。

 

「同じ時間帯で違う部屋に呼び出されているらしいな」

「ますます意味が分からん」

 

 お互い首を傾げながら、指定された部屋のドアをノックすると、すぐに返事があった。

 

「入りなさい」

 

 許可を受け、一室に足を踏み入れる。するとそこには、ガッチリとした体格のスーツ姿に身を包んだAクラスの担任真嶋先生が椅子に腰掛けていた。小さなテーブルの資料に目を落としている。

 そして真嶋先生の前にはおどおどした様子で一人の男子生徒が椅子に座っていた。

 

「よよ、綾小路殿ではござりませんか、コポォ!」

 

 奇妙な鳴き声を発したのは、外村という男子生徒で、男子からは博士と呼び慕われている。やや太り気味で眼鏡をかけているtheオタクといった風貌だが、ギャップもクソもなく、オタクを地で行くオタク系男子だ。歴史や機械にどこか偏った方面で詳しく、言語や語尾は理解不能な面も多いが、対戦ゲームの順位上げなどを手伝ったりする過程でかなり話す機会の多い人物でもある。

 

「聞きましたぞ綾小路殿。ガチャでドブ引きしたとか何とか」

「あれは山内の端末のバグだ」

 

「何をしている。早く座りなさい」

 

 顔を上げる事なく真嶋先生に座るよう指示されたため、そそくさと席に着いた。

 

「あと一人、到着を待つ。大人しく待っていなさい」

 

 もう一人が来れば、見えない四人の共通点や理由が明確になるのだろうか。

 少なくともオレたち三人の共通点と言えば、全員Dクラスの真面目な男子生徒である、もしくは、運動神経に難ありくらいしか見当たらない。

 これが仮に特別試験の説明であったとしても、公平を期すために全員一斉に行わない理由が掴めない。

 

 今考えても然程意味はないが、厳格な先生と三人の生徒の間で余計な会話を挟むことも難しく、重たい沈黙が続いていたため、何かに思いを巡らす他なかった。

 

 やがて約束の十八時を回った。微動だにしていなかった真嶋先生が、一瞬だけ時計を見やった。と、ほぼ同時にドアはノックされる。オレたちの時と同じように先生が入りなさいと声をかけると、ゆっくりとドアは開かれた。

 

「失礼しまーす」

 

 程なくして間延びした声を発し、軽井沢が室内に入ってくる。全く予想していなかった相手であったため、戸惑いを隠せなかった。

 

「え。なにこれ。なんで幸村くんたちがいるわけ」

 

 明らかにその声には嫌悪が混じっており、幸村は顔を顰めた。

 

「時間厳守だと伝えておいたはずだ。遅刻だぞ。席に着きなさい」

「はーい」

 

 真嶋先生のお咎めにやや不服そうに返事をして、軽井沢は少しだけ椅子を持ち上げオレから距離を離して腰を下ろした。オレもなけなしの優しさを発揮して彼女から椅子を離してやると、何故か「は?」と睨まれた。なんであんたの方も避けるのよ気に入らない、とでも言いたげな顔だ。

 下着泥棒と近くとかマジ無理! と思われていてもおかしくないので最大限の配慮をしたつもりだったが、余計怒らす結果になったらしい。

 

 ごほん、と真嶋先生は咳払いをする。

 

「Dクラスの綾小路、軽井沢、外村、幸村だな。ではこれより特別試験の説明を行う」

 

 それから先生は、試験の概要を順序立てて説明した。

 

 要約すると、

 試験の目的は『シンキング』であり、一年全員を干支になぞらえて12のグループに分け、そのグループ内で試験を行う。そしてオレたちが配属されたグループは『兎』であり、試験の合否の結果はグループ毎に変わる。

 といった具合だ。

 

 途中、軽井沢と幸村の喧嘩が勃発し更に険悪な仲になったが、触らぬ神に祟りなし、外村とオレは無言を貫き通した。

 

 その後、試験内容が詳しく書かれたプリントを配布される。

 

 

 〈夏季グループ別特別試験説明〉

 

 本試験では各グループに割り当てられた『優待者』を基点とした課題となる。定められた方法で学校に解答することで、4つの結果のうち1つを必ず得ることになる。

 

 ◯試験開始当日午前8時に一斉にメールを送る。『優待者』に選ばれた者には同時にその事実を伝える。

 ◯試験の日程は明日から4日後の午後9時まで(1日の完全自由日を挟む)。

 ◯1日に2度、グループだけで所定の時間と部屋に集まり1時間の話し合いを行うこと。

 ◯話し合いの内容はグループの自主性に全てを委ねるものとする。

 ◯試験の解答は試験終了後、午後9時30分〜午後10時までの間のみ優待者が誰であったかの答えを受け付ける。なお、解答は1人1回までとする。

 ◯解答は自分の携帯電話を使って所定のアドレスに送信することでのみ受け付ける。

 ◯『優待者』にはメールにて答えを送る権利が無い。

 ◯自身が配属された干支グループ以外への解答は全て無効とする。

 ◯試験結果の詳細は最終日の午後11時に全生徒にメールにて伝える。

 

 

 基本的なものとして、細かくルールの説明や禁止事項についても記載されていた。

 そして、ここからが重要な意味を持つ4つの定められた『結果』についてだ。

 

 

 ◯結果1

 グループ内で優待者及び優待者の所属するクラスメイトを除く全員の解答が正解していた場合、グループ全員に50万プライベートポイントを支給する。(優待者の所属するクラスメイトもそれぞれ同様のポイントを得る)また、優待者は結果1を導いた報酬として100万ポイントが支給される。

 

 ◯結果2

 優待者及び所属するクラスメイトを除く全員の答えで、一人でも未解答や不正解があった場合、優待者には50万プライベートポイントを支給する。

 

 

 以下の2つの結果に関してのみ、試験中24時間いつでも解答を受け付けるものとする。

 また、試験終了後30分間は解答を受け付けない。

 

 ◯結果3

 優待者以外の者が、試験終了を待たず答えを学校に告げ正解していた場合。答えた生徒の所属クラスはクラスポイントを50ポイント得ると同時に正解者にプライベートポイントを50万ポイント支給する。また優待者を見抜かれたクラスは逆にマイナス50クラスポイントのペナルティを受ける。及びこの時点でグループの試験は終了となる。なお優待者と同じクラスメイトが正解した場合、答えを無効とし試験は続行となる。

 

 ◯結果4

 優待者以外の者が、試験終了を待たず答えを学校に告げ不正解だった場合。答えを間違えた生徒が所属するクラスはクラスポイントを50ポイント失うペナルティを受け、優待者はプライベートポイントを50万ポイント得ると同時に優待者の所属クラスはクラスポイントを50ポイント得る。答えを間違えた時点でグループの試験は終了となる。なお優待者と同じクラスメイトが不正解した場合、答えを無効とし受け付けない。

 

 

 

「あーちょっと待って。あたしついていけてない」

 

 シンプルな説明だったが、話半分にしか聞いていない軽井沢には理解が及んでいないようだった。地頭が悪い云々ではなく、単純に真剣に取り組むつもりがないためだろう。

 

「もう少し噛み砕いて説明してやろう。君は人狼ゲームをやったことはあるか」

「じんろーげーむ? 一時期流行ったよね、あるある、やったことある」

 

 人狼ゲームとは、味方に扮した嘘つきを会話で見つけ出し、吊り上げていくパーティゲームだ。一般的に広く知られているルールとしては、村人陣営と人狼陣営に分かれたプレイヤーがそれぞれの陣営の勝利を目指して戦うというもの。

 確かに優待者を人狼と喩えると、分かりやすい説明ではある。

 

 人狼ゲームという名称に、外村は、ピコーンとセルフ効果音を入れた。

 

 

「それなら綾小路殿は、百戦百勝歴戦の猛者隻腕の狼ですぞ! ガハハ、勝ったな風呂入ってくる」

 

 相変わらず後半は何を言っているか分からなかったが、軽井沢と幸村はその情報に興味を示した。

 

「え、人狼強いの?」

「外村のいつもの妄言だ」

「それは違うよ! ほら、証拠ならここにあるでござる」

 

 外村はアプリを開き、二人に戦績画面を見せた。

 このアプリはオンラインで知らない人と気軽に人狼が出来るオンラインゲームであり、かなりのユーザー数がいる。

 一応、学校外の人と連絡を取り合う手段としてオンラインのゲームが使われることは禁止されている。端末には学校の内情を文章にして外部に送信した場合、その文章は発信されることなく消されて、更に学校に通知が行くらしい。断定ではないのは、都市伝説扱いされているからだそうだ。だがもし犯せば、オンラインゲーム全面禁止を言い渡される可能性もある。そのためもあってか、ゲーマー達は強い団結力を見せ、ルールを犯す者は未だ出ていないらしい。

 

「59戦31勝、ってまあまあじゃない?」

「それは拙者のデータの戦績でござるよ。直近10戦を見ていただきたい。それが綾小路殿の戦果でっせ」

「え、すご〜い。1回しか負けてないじゃん」

「ぬっふっふ、もうあいつ一人で良いんじゃないかな、というやつでござるよ」

「本当であれば確かにこれは心強いな。因みに1回は何故負けたんだ?」

「アイコンと話し方が胡散臭いから、だとか何とか言われて初日に吊られてそのまま負けた。ただ厳密には人狼ゲームと本質は違うだろうし、あまり期待はするな。それよりも軽井沢。この試験のルールは把握出来たのか?」

「あ、やっべ。全然分かんないや」

 

 勝手にワイワイ盛り上がっている中、真嶋先生は何も注意してこなかった。「はい君たちが黙るまで三分かかりました」みたいなトラップを仕掛けた訳でもなさそうだ。軽井沢が先生に目を向けると、一つ咳払いをしてから説明を再開した。

 

「優待者を狼として考えてみればいい。優待者以外の生徒は、優待者を当てない限り恩恵を得る事はできない」

「同クラスに優待者が居て、その人が優待者だって最後までバレなかったら?」

「その場合は結果2となるな。優待者のみが50万プライベートポイントを得ることになる」

「ええっとじゃあ、優待者がチョー有利ってこと?」

「基本的には。だが逆に当てられればクラスポイントを落とすことになる」

 

 その発言に軽井沢は「うわ、プレッシャーやばそ」と続けて愚痴をこぼした。

 一々言葉を挟むのは彼女の癖なのかもしれない。

 真嶋先生もスルーしている。

 

「具体的な試験のクリア方法をまとめると、

 

 ・グループ全体で優待者を共有してクリアする

 ・最後の解答を誰かが間違え優待者が勝利する

 ・裏切り者が優待者を見つけ出す

 ・裏切り者が優待者の判断を誤る

 

 の、四つだ。それだけ理解しておけば今は良い」

 

 段々と理解できたのか、はたまた諦めたのか、間延びした相槌を打つ軽井沢。外村はメガネを何度もクイッと上げては「完全に理解した」と呟いているので恐らくダメだろう。今まで根気よく説明してくれた真嶋先生だったが、さすがにこれ以上はサービス外なのか、次の話に移ってしまった。

 

「君たちは明日から、午後一時、午後八時に指示された部屋に向かいなさい。当日には部屋の前にそれぞれグループ名が書かれたプレートがかけられている。初顔合わせの際には室内で必ず自己紹介を行うように。室内に入ってから試験時間内の退室は基本認められていない。トイレなどは済ませてくるように。万が一の場合にはすぐに担任に連絡し申し出るようにしなさい」

「部屋に出ちゃいけないっていつまで?」

「説明に書いてあるだろ。一時間だ」

 

 幸村が噛みつく勢いで指摘した。

 理解する努力すらせずさっきから無益な質問ばかりしていた事が、相当頭にキていたらしい。

 彼もクラスメイトをある程度見直したとは言え、男女の溝は未だ埋まりきっていないのだろうか。

 

「マジ? あーあ、もっと楽な試験だったら良かったのに。せめて同じグループの人は平田くんが良かった」

 

 それに対して軽井沢はどこか嫌味ったらしく返す。幸村は彼女を睨み付けたが、どこ吹く風だ。

 

「それから、グループ内の優待者は学校側が公平性を期し、厳正に調整している。優待者に選ばれた、選ばれなかったに関わらず変更の要望などは一切受け付けない。また、学校から送られてくるメールのコピー、削除、転送、改変などの行為を一切禁止とする」

 

 

 

 こうして特別試験の説明は終わった。

 

「なるほどな。そのメールは100%の真実証明となり得るのか」

 

 廊下に出ると、幸村はそう呟いた。そして、

 

「取り敢えず同じグループになった以上、まずは結束を深めることが必要不可欠だ。明日の優待者発表次第だがこれからもう少し四人で話し合いをしたい」

 

 と提案した。

 

「綾小路くんが人狼強いんでしょ? 任せれば良くない?」

 

 しかし軽井沢は軽く拒否し、携帯を手に取り背を向けて歩き出す。恐らく通話の相手は平田だろう。

 幸村は隠すことなく舌打ちをした。

 

「……前途多難だ」

「ああいう性格は二次元まででござるなあ」

「ま、話し合いは明日で良いんじゃないか? 軽井沢も流石に女子一人は気まずいんだろう」

「実は拙者、これからラブラブアライブオーシャンのアニメを視聴する重大な任務があるのでその提案は助かるでござるよ。は! まさか綾小路同志もアニメを見るために!?」

「いや、単に眠いだけだ」

「リアタイこそ正義でござるのに……」

 

 しゅんとする外村。

 そのアニメにそもそも全く興味はないが、この前そのアニメの元となった音ゲーのマスターのフルコンクリアを手伝ったお陰か、オタク特有の早口で宣伝されてしまった。そのためメンバーの名前と顔が一致する程度には覚えてしまうという悲劇に見舞われた。加えて曲も覚えてしまったので多分カラオケで歌える。

 もう櫛田にオタクきっもと罵られても反論できないかもしれない。

 

 そんな調子なオレたちの会話を聞いて、本当にこのグループは大丈夫なのだろうかと心配のなったのか、幸村は盛大なため息を吐いた。

 

 

 




綾小路くんが頑張っていっぱい暗躍しましたの一言で片付けても多分通じる第四章が始まります。三章以上に彼の運動量が跳ね上がっている気がします。「股を開け」は原作でどうぞ。
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