心が弱くても勝てます 作:七件
ドッキドキワクワク!
楽しい高校生活に付き物な友達という存在は、終ぞ出来なかった。
まあ目を合わせて会話することにストレスを感じる時点で、むしろいない方が楽まであるし、昼食だっていつも栄養ドリンクかゼリー飲料で済ませているので、ダイエットしていますだけでは誤魔化し通せないだろう。追及されて、実はオレ、自意識過剰で固形物大っ嫌いなんだあっはっは、なんて言って憐みの目を向けられる、もしくは、扱いの難しい人間と思われるのはオレの望む高校生活からは程遠い。卒業まで、目立たず穏やかに過ごしたい。なんて慎ましやかな願いだろうか。神様はこんなちっぽけな願いさえ、叶えてはくれないらしい。
だがいつまでもボッチだと、みんなのトラウマ「はい適当に何人かでグループ作って〜」で惨事が起こり、不名誉な注目を浴びてしまう。どこかに堀北みたいに他人に全く興味がないか、もしくはコミュ障で常に相手を見ないで会話するような奴は居ないだろうか。あ、オレじゃん。というブラックジョークはここまでにしつつ、再びオレは、目の前にある問題用紙をジッと見つめた。
本来であれば今頃、日本史の授業を受けているはずなのに、何をとち狂ったのか、茶柱は抜き打ち小テストを始めた。しかも全科目混同で、殆どが中学生レベルで構成されている。だがその中でも数問、高校三年生で習うような内容が含まれており、あからさまな印象を受けた。
ペンを取り、問題用紙と睨めっこしていると、なんだか文字がフラフラと踊っているように見える。
『力を持っていながら、それを使わないのは愚か者のすることだ』
忌々しい言葉が頭の中で反響する。
あえて間違えた答えを書こうとする手は、自分の体とは思えないくらい震える。監視カメラの視線がまるで生き物みたいに、ジッとオレが失態を犯す様を捉えるために、目を凝らしているような感覚。
何度も何度もあの言葉が脳内で繰り返されて、呪いのようにオレの行動全てを支配しようとする。
こうして体が異常な状態になっているにも関わらず、オレはいつも、頭の中の冷静な部分が、この状況での解決方法を思案していた。幽体離脱したように、自分の姿を客観的に観察して、可能な範囲を見極めていく。
だが、ここで興味深いことに気が付いた。
どうやらその目ですら、オレの体は受け付けないらしい。
思い返してみれば受験の際も、緊張しているだけと言うには何から何まで絶不調だった。目を背け続けていたが、これら全ては繋がっていたのだろう。
数分後、オレは紙を裏返し、そしてチャイムが鳴るまで机にうつ伏せになって惰眠を貪った。隣ではずっとペンを動かす音が聞こえていた。
□
五月が始まる日。
「げっ」
普段は階段を使っていたが、今日は朝から全てにおいて不調続きだったため、久しぶりにエレベーターを使うつもりだった。どう考えても羊羹が悪い。
そしてそういった日に限って、神は偶然というイタズラを付与する。
明らかに顔を顰めた堀北に一応挨拶をすると、「おはよう」と意外にも返ってきた。
一階に着く。
「あなた、もしかして狭い所も苦手なの?」
と訝しむように堀北は尋ねるので、
「天上天下唯我独尊。生まれてこの方苦手と感じたものは一つもないな」
と、適当に答えておいた。
「そんなことより、堀北。ポイントは振り込まれていたか?」
今朝、ポイントを確認しようとチェックしてみたところ、昨日までと全く同じ、変動はなかった。つまり振り込まれていないということだ。自分の学生証カードだけおかしいのかと思ったが、
「いいえ、私もよ」
どうやら堀北も同じらしい。
「あなたの推察が正しければ、朝のSHRで説明されるんじゃないかしら」
と、特に心配した様子もなく、彼女はハッキリ言い切った。
「いや、それはお前の憶測だ」
なので一応補足しておく。
「どういうこと?」
「ほら、言っただろ。概ね正しいって」
「そうだったかしら。でも結局あなたは茶化して教えてくれなかったじゃない」
「証拠がなかったし、まだ一日目だったからな」
「……まあ学校に行けば分かることよ」
答える気がないと判断したのか、堀北は苦虫を噛み潰したような顔で言った。
そして教室に着くと、案の定クラスメイトはポイントのことで騒いでいた。
始業を告げるチャイムが鳴り、程なくして、手にポスターの筒を持った茶柱先生がやってくる。
堀北は澄ました顔でそれらを見届けていた。
ーーしかし。
「……お前らは本当に愚かな生徒たちだな」
茶柱の態度は豹変する。
「遅刻欠席、合わせて98回。授業中の私語や携帯を触った回数391回。ひと月で随分やらかしたようだ」
茶柱は呆れながらも感情のない機械的な言葉で、Dクラスが支給額を身勝手な行為で全て吐き出したことを伝えていく。池や山内などのポイントを散々使った生徒たちは、阿鼻叫喚をきわめていた。
「この学校では、クラスの成績がポイントに反映される」
堀北の表情が大きく強張った。
高円寺ただ一人だけは、システムについて予め気付いていたらしく、不遜に笑っていた。水泳でも一番を取ったし、全てにおいて優秀な人間らしい。どうしてDクラスにいるんだろうな。……まあ、あの性格が百パーセント起因していそうだが。
茶柱は手にしていた筒から白い厚手の紙を取り出し、広げた。それを黒板に貼り付け、磁石で止める。生徒たちは理解が及ばないまま、戸惑いながら呆然とその紙を眺める。
そこには各クラスの成績が載っていた。
Aクラス:940
Bクラス:650
Cクラス:490
そして
Dクラス:0
綺麗に点数順に並んでいた。
「段々分かってきたんじゃないか? お前らがどうしてDクラスに選ばれたのか」
「え、理由なんて適当じゃないのか?」
各々、生徒たちは顔を見合わせている。
そこで今日初めて、茶柱は薄い笑みを見せた。
「この学校では、優秀な生徒たちの順にクラス分けされるようになっている。最も優秀な生徒はAクラスへ、ダメな生徒はDクラスへ、とな。つまりここDクラスは落ちこぼれが集まる最後の砦ということだ。敢えて言わせてもらうが、要はお前たちは、最悪の『不良品』だということだ」
その発言に堀北は俯く。
不良品という言葉が余程ショックなのだろう。
卒業時にAクラス以外には特権が与えられない、という話も続いたが、それどころではなさそうだ。
「しかし、一ヶ月で全てのポイントを吐き出したのは、過去のDクラスでもお前たちが初めてだ。よくもここまで盛大にやったものだと感心しているよ、立派立派」
拍手と共に、茶柱先生はDクラスの面々に賛辞を送る。
しかしそれが最大限の皮肉であることは言うまでもない。
皆が現実に打ちひしがれている中、平田がクラスを率先して質問した。
「このポイントが0である限り、僕たちはずっと0のままということですか......?」
「そうだ。このポイントは卒業まで継続する。だが安心しろ、寮の部屋はタダで使用できるし、食事にも無料のものがあるから死にはしない」
ある程度予想はできていたが、ポイントがカツカツになるとすると、オレ個人としては非常にまずいことになった。普通の食事は難しいため山菜定食は頼めないし、無料コーナーにゼリー飲料などの栄養補給が楽な商品は置いてない。
まあ、あの時点で誰が声がけしたところで、それこそ平田でも、従わない生徒はいただろうし結果は変わらなかった筈だ。このクラスになった時点でどう足掻いても、初手詰みである。
「さて、もう一つお前らに残念なお知らせがある」
既に瀕死状態のクラスに、更なる爆弾を落とす。
新たに黒板に張り出された一枚の紙。
そこにはクラスメイト全員の名前がずらりと並び、その横にはまたしても数字が記載されていた。
「この数字が何を表しているか、バカが多いこのクラスの生徒でも理解できるだろう」
茶柱はそう言って生徒たちを一瞥する。
「先日やった小テストの結果だ。揃いも揃って粒ぞろい。私は嬉しいぞ。お前らは中学で一体何を勉強してきたんだ?」
表に記載されている点数はその殆どが60点前後。高得点を取っているのはごく僅かの限られた生徒だけだった。やはりと言うべきか高円寺は90点以上取っていた。
そして普段の言動通り、須藤は14点、次点が池の24点だ。
このクラスの平均点は恐らく60点台前半だろう。
「良かったな、これが本番であれば少なくとも八人は退学になっていただろう」
「た、退学? どういうことですか!?」
「なんだ、説明していなかったか?この学校では中間、期末のテストで一教科でも赤点を取れば退学だ。今回のテストで言えば、32点未満の八人が対象だ。本当に愚かとしか言い様がない」
「は、はああああああ!?」
該当者の七名の生徒たちは、真先に驚愕の声を上げた。
張り出された紙には赤点のボーダーラインであろう線が引かれており、それより下の生徒は赤点であることを示していた。
いやあ、かわいそうに。
哀れみの目を向けていると、隣から、凄まじい、ほぼ殺意のようなものを感じた。
ギギギとゆっくり横を向けば、案の定、殺意の根源は堀北だった。
「あの点数は、一体どういうことかしら」
須藤の下に、もう一人の名前がある。
その横には、楕円が一つ。
「名前を書き忘れたんだろう」
「綾小路くん、あなた開始してから十分程で解答を終えていたわよね」
「カンニングするほど素晴らしい解答だったなんて、照れるな」
「茶化さないで。もしかしてどの問題も分からなかった、なんてことはないわね?」
「0点って、一回取ってみると癖になるぞ」
堀北は信じられないものを見るような目をオレに向けた。
……点数を貼り出すと分かっていれば、あんな目立つ数字を取りはしなかったのに。と、内心めちゃくちゃ後悔した。
放課後。
クラスのリーダー平田は、今後どうすべきかについて話し合いの場を設けたい、と皆に申し出た。案の定、堀北は意味がないからという理由で断った。
協調性のない生徒は異物扱いを受けやすい。
彼女は全く気にしないだろうが、そういうのに敏感な人もいる。
おそらく平田がそうだ。
以前、堀北がクラスで孤立しないように声をかけてあげてくれないかな、と平田からお願いされた。個人の問題なのだから、そこまで関与する必要はないと感じたが、きっとそれが平田にとっての“正しさ”なのだろう。
何か困っていることがあるなら頼ってほしい、とオレに対しても気にかけている素振りを見せていたので、ある種、病的でもある。
まあそんなこと知ったことではない堀北はすげない態度を取り、平田を困らせていた。何か別の件で気が立っているのだろう。
「話し合いの結果はあとでオレが伝えておく。一人二人いなくても、問題はないだろ」
そう提案すると、「助かるよ」と平田は安堵の笑みを浮かべた。
彼からすれば、こういう問題のある生徒を説得するのにリソースを割く余裕はない。積極的にクラスをまとめようと奮闘するその姿勢に、助けにはならないが、尊敬の念を送っておく。
しかし、話し合いが始ろうとしていたところで、何故か茶柱に校内アナウンスで呼び出さる。
入学してからこの方、模範的な生徒であり続けていた筈なのに、何か悪いことでもしてしまったのだろうか。「0点のせいじゃね?」疑惑となんとなく重い視線を背中に受けつつ、オレは教室を逃げるように抜け出した。
話し合いを断っておけばこんな辱めは受けなかったのに、と本日二度目の後悔がオレを襲った。
茶柱への印象はあまり良いものではない。
0点に関してあの場で言及しなかったことは感謝していたが、アナウンスで大々的に呼び出すなんてことをされてしまえば、好感度グラフは15度の角度をつけて地の底まで落ちた。
職員室に着いても何故か居ないし、チラチラ見られるし、ドアの前で縮こまりながら待っていたら馴れ馴れしすぎる先生に絡まれるし。
オレは一体全体何をやらかしてしまったのだろうか。
やっと来たかと思えば、殆ど説明もないまま、狭い部屋に閉じ込められた。
物音を一つでも立てたら退学だとか。
どうやらオレは、前世で悪逆の限りを尽くしたらしい。
□
程なくして、指導室のドアが開かれる。
入室した少女、堀北鈴音は、「失礼します」と礼儀正しく頭を下げた。
「それで、私に話とはなんだ」
部屋の中で待機していた茶柱は、用意していた茶を出し、座るよう促す。そして堀北は椅子に座り、茶に一瞥もせず、目の前の教師を鋭く見据えた。
「卒直に聞きます。何故私がDクラスに配属されたのでしょうか?」
「本当に率直だな」
「先生は今朝、優秀な生徒はAクラスに、不出来な生徒はDクラスに配属されると仰いました」
「何だ、不服か? お前は自分のことが優秀であると思っているんだな」
「当然です」
迷いのない答えだった。
「実際、入試テストの際も殆どの問題を解けたと自負しています」
そして、驕るような態度ではなく、あくまで事実を述べているかのように、堀北は言った。
「殆どの問題を解けた、か。本来なら入試結果など個人には見せないが、お前には特別に見せてやろう。そう、偶然ここにお前の答案用紙がある」
「随分用意周到なんですね」
「……これでも教師だからな。さて、堀北鈴音。お前は入試結果、ペーパーテストでは同率三位の成績を収めている。一位、二位も僅差の点数。十分に優秀だ」
「では面接が悪かったのだと?」
「いいや? 面接でも特別問題視されてはいない。むしろかなりの高評価だったと担当面接官から話は聞いている」
「ありがとうございます。ではーー何故?」
「質問を質問で返すよう悪いが、どうしてお前はDクラスであることに不服なんだ?」
「正当に評価されていないことに喜ぶ人が居ると思いますか?」
堀北は不満を隠さずハッキリと言った。
「ふっ、お前は随分と、自己評価が高いようだな」
その強気な姿勢に、茶柱は嗤う。
教師といえどあまりに失礼な態度だったが、堀北は気にした様子はない。
彼女の中には絶対的な自信があるからだ。
しかしそれさえ見透かしたように、茶柱は更に笑みを深めた。
「正当に評価されていない、か。では聞くが堀北。その正当な評価とやらの基準は何だ?私は、いや、学校側はその基準値については一言も明言すらしていないはずだ」
「入学試験のような基準ではない、ということですか?」
この学校は日本屈指の進学校であることを謳いながら、あらゆる観点ーー実力で、生徒を測っている。
茶柱はそう言いたいのだろう。
しかし、いやだからこそ、堀北は納得ができない。
「……説明になっていません。私が聞きたいのは、私がDクラスに配属されたのが事実かどうか。学校側の判断基準に間違っていないかどうか。それだけです」
「ふむ、これでも納得できないか。ならば質問に正直に答えよう。ーーこちらに不手際はない。お前はDクラスになるべくしてなった」
堀北は、これ以上茶柱からは有意義な答えを得られない、と判断したのか、落胆を表情に滲ませる。
「……そうですか。なら改めて、学校側に聞いてみます」
「上に何度掛け合っても答えは同じだ。無駄なことはしない方が懸命だぞ。それに、……そう悲観するな。確かに今はDクラスだが、卒業するときにはAクラスになっているかもしれない」
「Dは不良品の寄せ集めだと、先生自身が仰いましたよね?皮肉にしか聞こえません」
「本当にそう思うのか?」
「……どういうことですか」
「お前と違って、正当な評価を受けていないにも関わらず、喜んでいる生徒がいるかもしれない、ということだ」
「意味が分かりません」
茶柱の挑発するような物言いに、堀北は苛立ちを露わにする。
「出てこい、綾小路」
そしておもむろに、茶柱は給湯室に向かってそう呼びかけた。
堀北は訝しむように眉間にシワを寄せる。
「出てこないと退学にするぞ」
ーーしかし物音一つしない。
痺れを切らした茶柱が給湯室のドアを開けた。
すると、暖かな風が彼女を包み込む。
「は……?」
給湯室は、もぬけの空だった。
丁度その瞬間、指導室のドアは無遠慮に開かれた。
現れた突然の来訪者は、堀北の姿を認めると、「失礼しました」と素早くドアを閉める。
茶柱は慌てたように
「待て待て待て!」
と、普段の余裕は何処へやら、取り乱した様子でドアノブを掴み、それを阻止。
「給湯室で大人しく待っていろと言っただろ!」
「オレのことは三歳児の赤ちゃんだと思ってください。先生は赤ちゃんを放置して密室に閉じ込めるんですか? 立派なネグレクトですよ」
「わけの分からないことをっ」
「なら訳の分かる言葉でオレを呼んだ理由を説明してくださいよ」
「分かった! 分かったから勝手に帰ろうとするな!」
こうしてドア越しの攻防は決着がつき、置いてけぼりの堀北は、「……なにこれ」と呆れたように呟くのだった。
□
「それで、この三歳児が間違った評価を受けて、はしゃいでいる生徒なんですか?」
「え、そうなのか?」
「そうらしいわね」
茶柱は頭を抱えながら、堀北との会話を盗み聞きさせて、オレにクラスへの興味を持たせようと画策していた、と正直に答えた。堀北は文句を言いたそうにしていたが、話の腰を折ることを避けて、続きを促す。
「お前は面白い生徒だな、綾小路」
さっきの出来事に対しての恨み辛みも混じっているのか、ドスが効いていた。
「入試の結果のもとに、個別の指導方法を思案していたんだが、お前のテスト結果を見て、興味深いことに気付いてな」
「真面目で良い先生ですね」
「お前の総合点は500点満点中、ピッタリ300点だった」
他生徒の前で点数を平気で言うあたり、この学校には生徒に基本的人権はないらしい。
「六割なんて、実に模範的な生徒じゃないですか」
「内訳を見てみると良い」
そう言って、堀北に見えるように答案用紙を机にゆっくり並べていく。
おいほんとやめろ。
「……どういうこと、かしら」
堀北は点数を見て、驚愕の声を上げた。
英語と社会の答案が、全て無回答だったのだ。
「オレは理系らしいな」
「ふざけているの? 記述式の国語のテストで満点を取るなんて、そうそうできるものじゃないわ」
「国語ができる=コミュ力が高いという方程式が、今のダメな日本を作ったとは思いませんか? オレは思いません」
「黙っててくれる?」
いや、どっちなんだよ。
「国語と数学と理科が満点で、他二つは無回答。遊んでいるようにしか思えない」
「偶然やまが当たっただけだ。逆に社会と英語は何も分からなかった。織田信長は法隆寺で死んだと昨日まで信じていたし、They plays soccer.って平気で言っちゃう人間だよオレは」
堀北は、また始まった、と呆れたようにため息を吐いた。
その様子に茶柱は、ニヤニヤと笑いながら堀北を煽る。
「これで分かったか? 堀北。ひょっとしたらこいつは、お前よりも頭脳明晰かもしれないぞ」
思い当たる節があるのだろう。
堀北は訝しむように、オレに対して痛いほどの視線をよこす。
「オレはDクラスに相応しい、立派な不良品ですよ」
正直、今この瞬間、自分でも驚くくらいハッキリと、茶柱に対して明確な敵意を抱いていた。
確かにこの点数の取り方は迂闊としか言いようがないが、逆に有能な人間が目に留め、こちらに接触してくれればという目論見も……まあ後付けではあるが考えていた。全科目満点ではあからさま過ぎるし、かと言って全てを同じ点数に揃える、ことは、この不良品と化した体が許してはくれなかったので、つまりこの不自然な点の取り方は妥協した結果なのだ。
だが、この目の前の女は、先の星乃宮との会話を聞く限り、高校の時の雪辱を晴らしたいという身勝手な理由で、有能と思われる生徒を利用するために、わざわざ他生徒の前で点数を暴露した。卒直に、やられた、と思った。
堀北には、オレに全く興味もないツンツンな女子高生であり続けて欲しかったんだがな。
視線が絡み合う。
どうやらそれは、今日から難しくなったようだ。
息が浅くなっていることがバレてしまう前に、オレは立ち上がり、部屋から出る。堀北も慌ててついてくる。
「堀北。もしAクラスに上がりたいなら、駒をうまく使え」
茶柱は挑発的に口角を上げ、戸惑いの表情を浮かべながら退出する堀北に、そう忠告した。
星乃宮を使って茶柱の弱みを握ってやろうか、と本気で思った。
□
職員室を出て、堀北の確認を取らず歩き出す。今は一緒に居ない方がいい、そう判断した。
「待って」
堀北はそんなオレを呼び止めたが立ち止まらない。
「さっきの点数について、詳しく教えて欲しいのだけど」
「あの説明以上のことはできない。別に隠れた天才とかじゃないぞ」
「いえ、あなたには不可解な点が多くある。そして私はそれについて聞く権利がある、そうは思わない?」
「思わないな。お前こそ、Aクラスに並々ならない思いを抱いているようだが、聞かれたところで答えるのか?」
「それについて教えたら、しっかりとした説明をしてくれるのね」
「どうせ進学や就職を有利にするとかだろ」
ふと入学式で登壇した生徒会長の名字が頭をよぎる。
堀北学。
確か3年Aクラスと言っていたか。
「もしくは、……まあいい」
「その思わせぶりな態度を二度としないで」
堀北は速度を上げたのか、気が付けば隣に並ばれていた。
そしてオレの脇腹を肘で突く。意外と痛い。
ただ、隣であるために、彼女は前を見据えたままオレの方を向くことはない。
それだけはありがたかった。
「なんだ、やっぱり何かあるらしいな」
「ーーええ、あると言ったら?」
「興味がない。これで話は終わりだな」
「勝手に終わらせないで。私はDクラスに配属されたことに納得していない。でも、たとえ間違いだとしても転属は学校側は許してくれないだろうし、私はこの逆境を乗り越えなくてはならない。私はAクラスを目指すつもりよ」
まだ配属ミスという可能性を諦めていないのか。
逆にその圧倒的な自信を見習いたいくらいだ。
「確かに、今後の試験でクラスポイントが大きく変動することがあるんだろうな」
「Aクラスに上がれるかもしれないわよ。自分の手で、なんとかしようとは考えない?」
「オレにはできない。応援はしてやるさ」
再び彼女はオレの脇腹を突く。
不満を顔で表せられないからって暴力はいけないんじゃないですかね。
「言っておくが、個人でどうこうできる問題じゃないと思うぞ。クラス全体でマイナスなら、声をかけたとして悪目立ちするのが精々だ」
「そこで綾小路くんに協力してもらいたいの」
「協力う?」
「ええ。授業態度についてはクラスメイトも罪悪感が働くでしょうし、平田くんがいるからある程度解決すると思うわ。重要なのは中間テストよ」
「確かに、ポイント変動は起こるだろうな」
「ポイントを大量に獲得するために動くのではなく、赤点組をどうにかする必要がある、……と私は思うの。あなたはどう考える?」
「間違ってはいない。退学者を出した際にペナルティが課せられても不思議じゃないからな。ただ、0ポイントの今だからこそ癌を取り除くことが出来るという考え方もあるが、それはいいのか?」
「もちろん視野に入れてはいる。けれど、狙うようなマネは極力しない。私はまだクラスメイトについて何も知らなすぎるもの。もしかしたらあなたみたいな変人が居るかもしれないから」
変人、か。
堀北にとってオレは、既に高円寺枠に入れられているのかもしれない。
結構心外なんだが。
「分かった。まあ頑張れよ」
「何を言ってるの?協力して貰うって言ってるじゃない」
「断る」
「綾小路くんなら協力してくれるって信じてた。感謝するわ」
「……この一瞬で時間でも飛んだか?」
「私には心の声が聞こえたもの。是非とも協力させてください! って言ってた」
「幻聴だ。病院に行け」
今まで心の声を読まれたような心地に陥ったことはあったが、じつはエスパーなんかじゃなくて、都合のいい解釈してただけなのでは?
将来彼女は傑物になりそうだ。
「お前も分かっていると思うが、オレは茶柱の言っていたような凄い奴じゃないからな。まともに生活もできないポンコツだ。期待されても困る」
「あなたを酷使するつもりはない。喩えるなら将棋の駒の歩。指示に従ってくれればいいだけ」
さっきの茶柱の忠告に引っ張られているらしい。
「いや、酷使するつもり満々じゃん。囮にでも使うつもりか」
「確かにそういう使い方もできるわね」
「オレは歩にすらなれない不良品だぞ。前に進むことすらおぼつかない。適材適所って言葉を知ってるか?」
「……ならあなたは何処だったら自由に動けるのかしら」
「盤上の外」
「私を使うつもり?」
「いや、動かすのはお前だ。オレは、……そうだな。横でぐちぐち文句を言う観戦者ってとこか」
「邪魔よ」
「だから言っただろ。オレはお前の助けになれない。ならないんじゃない、なれないんだ。Aクラスはどうでも良いが、クラスポイントを増やすのには賛成なんだけどな」
わざとらしく期待を持たせるような言葉を使う。
堀北は暫く何も言わなかったが、階段に差し掛かったところで立ち止まった。
数段降りたため、彼女と目線が一致する。
意志を持った、鋭く、そして燃えるような瞳。
逸らされることは、ない。
「……分かった。作戦は私に任せて。あなたはそれに対してアドバイスをしてくれれば良い。ただし、前みたいに思わせぶりなことを言ったら容赦しないから」
そして、手を差し出された。
オレはそれを一旦無視する。
「だが一つだけ条件がある」
「条件? これは互いに利害が一致したことによる協力体制よ」
「いや違うな、これは契約だ。オレは別にクラスポイントをあげる必要性をそこまで感じていない」
「さっきと言っていることが違うのだけど」
「できれば、って話だ。無理と分かればポイントを増やす別の方法を探すことだってできる。だが、お前がオレに契約を持ちかけたんだ。クラスポイントを上げる、と。ならオレから条件を提示することは当然じゃないか? オレは他の手段を捨てて、お前に対して出来得る限りの力を使って協力してやるんだからな」
「随分上から目線ね」
「そう思うならそう思えば良い」
「それで? その条件は何。一応聞いてあげる」
「簡単な話だ」
「たとえ今後どんな事が起こったとしても、オレへの詮索はするな」
その言葉に、堀北の肩がピクリと上がり、彼女は不意に目を逸らした。
「ええ。それくらいなら、のんであげる」
そして強気な口調で、了承する。
「契約成立だな」
オレは堀北の手を取った。
彼女の手のひらは火傷しそうなほど、温かかった。
堀北は自分が先導し、オレを従えたと思っているらしいが、この契約によって立場は逆転した。
死活問題に関わるのでクラスポイントは稼げるなら稼ぎたい。
これは確かな事実であり、オレとしては目立ってでも良いからクラスを先導するプランさえ考えていたほど、追い詰められていたのだ。
だがこれで、オレはほぼノーリスクでクラスに貢献できる。
堀北が表で動いているように見せかけ、裏でそれらをある程度制御できる立場にありつけたわけだから。だが、今の堀北は裸の王様。さっさと服と兵士を身に付けてもらわなければならない。今回の試験で実績を与えて、クラスの切れ者ポジションについてもらおう。
堀北が考えそうな策を推測しながら、今後の展望について、頭を回していく。