心が弱くても勝てます   作:七件

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おまけ回
副題:高円寺くんといっしょ
時は遡りーー四月中旬頃のお話
高円寺と絡ませると綾小路のキャラが崩壊することに気付くことができました




意外な交友関係

 

 

 昼休み、そわそわとしていた男どもはチャイムが鳴るなり、「よっしゃプールだ!」と欲望あらわにはしゃぎ出す。朝から他人の巨乳で賭けをするなどという最低な行為をしていたくらいだ、騒ぎすぎてそのまま溺れ死ねばいい、と女子の誰もが冷たい目を向けていた。

 

 皆水着に着替え終え、男子は今か今かと女子を待ち構えていた。

 しかし、予想は裏切られることになる。

 半数の女子が見学を希望したのだ。

 項垂れる野郎どもを横目に、見学できるならしとけば良かったかもな、とオレは後悔した。

 

「よーしお前ら集合しろ!」

 

 体育系の文字を背負ったマッチョ体型のおっさんが集合をかけ授業が始まる。

 生徒がどれだけ泳げるか、先に見ておきたい、と準備運動を充分にさせてから泳がせる。

 

 プールの水は澄んでいて綺麗だった。

 温度が調整されているのか、最初は目覚めるような冷たさを感じたが、すぐに馴染んだ。

 屋内のため天気に影響されることもないし、環境は抜群だ。

 さすが金をかけているだけあるな、と感心した。

 

 泳ぎ終えた生徒たちを見て、先生はうんうんと頷く。

 

「よし、だいたい分かった。では早速だが、これから男女別自由形で競争をする。一位になった生徒には俺から特別ボーナス、5000ポイントを支給しよう。面白くなりそうだし、男子の決勝戦は100メートルで競おうか」

 

 生徒たち、主に男どもはどよめき出す。

 競争で優劣をつけることではない、女子の濡れた姿を堪能できるからだ。

 まあ眼福っちゃ眼福だが……。

 それよりオレは、特別ボーナスの方が気になる。

 花より団子と言うだろう。

 

 そう、ここ最近、食費がバカにならないことに気がついた。

 どれがイケてどれがダメか。

 それらを知るために、大丈夫そうなものを片っ端から買っているため、お財布事情に胡座をかいている場合ではないのだ。

 これで来月同じ10万ポイント稼げれば別だが、ーーどうせこのクラスでは難しい。

 最悪0ポイントの可能性も考えなくてはならないため、こういったボーナスは確実に取りに行くべきだ。

 ……目立つかもしれないが、男どもは女子に釘付けだし、女子だって、たかが水泳ができる人間がいたところで、そこまで注目しないだろう。多分。

 

 

 ここで一番考慮に置かなければいけない点は、勝てるかどうか、だ。

 体調が万全なら負ける自信は正直ない。

 だが、このクラスには高円寺がいる。彼の身体能力がどれほど高いかは知らないが、鍛え抜かれた筋肉を見る限り、油断ならない相手だ。高円寺は自分に自信がある。

 だからこそ、逆に油断を誘えるかもしれない。

 

 幸い奴とは別のレースだった。

 隣のコースは須藤。

 運動部だし須藤も速いだろうから、彼の少し後ろを取っていれば、上位五人にいけるだろう。

 

「綾小路くん……。あなた、速いのね」

「そうかもな」

「結構目立っていたけれど平気?」

「そんなことなくないか? ほら、今は皆平田に釘付けだ」

「……まあ、大丈夫ならいいけれど」

 

 花より団子とは言ったが、やはりスク水女子はけしからんな。櫛田を前に股間を抑える男子が続出するのも頷ける。直視を避けて、改めて平田の泳ぎを見る。

 須藤ほどじゃないが中々速い。

 次の第三レース、笛の音と共に、高円寺がお手本のようなフォームで水中へと飛び込んだ。

 

「はっや!」

 

 想像以上のアグレッシブな泳ぎに、須藤が驚きの声をあげた。

 タイムを切った先生が思わずストップウォッチを二度見する。

 

「23秒22……だと!?」

 

 ざばりと上がった高円寺は髪をかきあげ、余裕の笑みを見せた。

 

「いつも通り私の腹筋、背筋、大腰筋は好調のようだ。悪くないねえ」

 

 実に羨ましいことで。

 息が切れている様子もなく、まだまだ本気を出していないらしい。

 予想以上に強敵だな。

 

 ……てかなんであいつだけブリーフ型の水着着てんだ?

 

 そして、選抜五人の決勝戦。

 

 高円寺がどこまで化け物かどうか。

 それは分からないが、基本的にレースというのは追われる身の方が本気の力を出し辛い。前を行く人間が居ないからペースを掴みにくいのもあるし、後ろの競争相手の状態を測れないという点もある。

 

 高円寺も先の戦いで、他の生徒たちの実力をある程度掴んだはずだ。本気を出さずとも一位を取れる、そう感じているだろう。打算的な考えはしないだろうが、余裕を持って挑む可能性が高い。

 そこを突く。

 騙し討ちに近いが、初っ端から飛さず、高円寺が油断した所を追い抜く。短期決戦なため、この作戦がどう転ぶかは正直分からない。だが、決勝戦で残ってしまったため、もう後には引けない。

 

 位置につく。

 右隣に高円寺、左隣には平田。

 

 

 合図の笛が鳴った。

 静寂を保っていた水面に、水しぶきが上がる。

 屋内プールは歓声に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果的にオレは負けた。

 予想以上に高円寺が化け物だったのが敗因だ。

 というか、彼の考え方を理解し切れていなかった。

 まさか初っ端から全力を出すとは思わず、なんとか必死に喰らい付いたが、やはりスタートの差を覆すことができないまま僅差で負けてしまった。

 

 純粋に、オレは負けたのだ。

 脳の裏側がチリッと焼きつく。

 

 歓声が頭の中でガンガンと響く。

 

「ハッハッハ!まさかここまで楽しい勝負ができるとはねぇ、恐れ入ったよ」

 

 ショックでプールサイドに上がれず項垂れているオレに、高円寺は上機嫌に背を叩いた。

 

「ご、5000ポイントが……」

「私を楽しませたお礼に、賞金の半分は綾小路ボーイ、君にあげよう。喜びたまえ」

「え? いや、」

「フッ、どうしても嫌なら次こそ私に勝って、そのポイントを返せばいい。実に美しい話じゃないかね?いつでも挑戦は引き受けよう。まあ、私は負ける気はないがねぇ、ハッハッハ!」

「あ、ああ」

 

 なんか色々話しかけられたが、放心状態だったためあまり聴いていなかった。

 

 その後須藤に「お前さっき本気出してなかったのかよ!」と詰められたので、「一年半ぶりだったから慣らしてた」と答え、クラスメイトから「なんでそんなに速いの?」と問われたため、「中学の時部活でバリバリプロ目指してたんだ」と、大変矛盾したことを言ってのけたことも、放心状態で貧血気味だったせいに違いない。

 どうやら勝手に、怪我をして中体連に出れなかったんだなと納得してくれたらしいが。

 

 次からは絶対見学しようと心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに来てしまった二人一組。

 オレたちは白衣を着て、化学室にいた。

 さすが国が費用を惜しまないだけある、化学準備室には数人の作業員などもおり、器具など揃えられている。

 教室なら二人一組と言われ、隣にいる堀北と組まされることが何度かあったが、今回は難しいだろう。席が元々決められておらず、だがなんとなく左右で男子と女子に分かれていたからだ。

 オレ?

 もちろん一つの机を占領しているが?

 

 平田へと熱い視線を向けたが、もう既にペアが決まっていた。オレと同じように(?)引っ込み思案な男子と組んでいる。平田が二人に分裂してくれれば良かったのに、と心底思ったが、そうなると男子の総数は21人。余るのは多分オレだ。なんの解決にもならない。

 だがキョロキョロして仲間を探すのはダサい気がする。

 女の子と組もうとして必死になっている山内みたいになりそうだし。

 座して待つ。

 これが男ってもんだ。

 

 

「フッ、私とペアになることを光栄に思いたまえ」

 

 

 結局余り物で組まされることになった。

 オレは分かっていた。

 分かっていたはずなのに! と机をガンガン叩いてももう遅い。

 

 こうして実験実習が始まった。

 

 “中和滴定による食酢中の酢酸濃度測定”

 

 やるの早くない?

 この化学の先生、かなりぶっ飛んでいて、とにかく実験が大好きらしい。

 だからといってまだ習っていない範囲の実験を先にやって何になるんだか。

 これでいいのか進学校。

 

 まずこの実験には、ホールピペットで食酢を10mLを測ってメスフラスコに移す作業がある。

 ホールピペットはビーカーよりも測る精度が高い。

 だが使い方に癖があるのだ。

 

 せっかくの実験だからと、原始的な方法を取るらしい。

 ストローと同じ容量で口で吸い上げ、標準の少し上で止め、手で栓をする。それから少しずつ手を緩めて標準に合わせていく方法だ。

 誤飲してしまわないか不安がる生徒に先生は、飲んでも酢だから健康になるだけだ、と笑わせていた。

 まさか飲む奴はいないだろう。

 

 

 高円寺の方をチラリと見ると、どうやら実験を手伝うつもりはないらしい。

「さあ、存分にやりたまえ」

 とか何とか言いやがる。

 

 食酢をまずはビーカーに注ぎ、ホールピペットの先端を浮かして入れる。

 高円寺はメスフラスコに興味があるようで、中を覗き込んでおり、全くこちらを気にしていなかった。

 自分で目張りをするしかなさそうだ。

 酢をある程度の感覚まで吸い上げる。

 

 

 

 だが、ここで悲劇が起こる。

 

「ぎゃははは! それやばすぎ!!」

 

 ふざけていた池だか山内だか知らんがそのグループの誰かの背が、オレの背に強く当たったのだ。

 

 そして思わず息を吸ってしまった。

 細い管を通って、一気に食酢が這い上がる。

 すぐに口を離したが既に遅い。

 ブシャッと顔面に酢がかかり、口の中にも結構入ってしまった。

 気持ち悪さに慌てて水道で吐き出そうとする、が、咄嗟に口を抑える。

 

 そう、オレには吐き癖ができてしまっている。

 もし酢だけ吐こうものなら、多分胃の中身が「俺も俺も」と便乗して全部出る。

 

 ゴクン。

 そのまま呑み込んだ。

 嘔吐感が我慢ならないほど込み上げたが、耐えれると判断したからだ。

 今日ほど他人を憎んだ日はない。

 オレって案外感情あったんだな、でもこんなことで気が付きたくなかったなぁと泣きたくなった。

 

「大丈夫かい? 綾小路ボーイ」

 

 顔を真っ青にして、生理的な涙を浮かべ机に縋り付くオレを見て、タオルを持った高円寺が問う。

 確かに事故とはいえいきなり食酢を飲みだすなんて余程の変態だ。

 なにか、言い訳を考えつかないと……。

 閃いた!

 

 

「オレはピクルスが好きなんだ」

 

 そう答えると、一瞬呆気に取られたような顔をしたが、高円寺は突然大爆笑して、背中をバシバシ叩かれた。

 

「ハッハッハ! それは良かったじゃないか!」

 

 吐きそうになるからその背中を叩くのを切実にやめてくれ。

 

 その後の作業は手伝ってくれたので、おそらくオレに対して何らかの関心を持ったようだ。水泳の件もあるし、これからも縁は続きそうでもある。

 まあ、彼は基本的に自分にしか興味がない。

 視線も気になったことがないので、一緒にいてもストレスは溜まりにくい。

 

 もしかして友人第一号は高円寺なのか……?

 ……いや、それはないか。

 自由人に振り回されつつ、化学の授業は無事終わりを迎えることができた。

 

 

 

 

 

 




いくら器具は消毒されているとはいえ、良い子は絶対真似しないでね。
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