心が弱くても勝てます   作:七件

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これを含めてあと三話で一年生編一巻内容は終わります


リスタート

 次の日の昼休み。

 堀北は須藤に誠心誠意謝った。

 そして、あなたが嫌いだ、ということも素直に伝え、それでも自分のためにあなたを諦めない、と一見傲慢にも思える言葉で、須藤を説得した。

 彼もプライドがあるのだろう、初めは渋ったが、池や山内に乗せられて、結局勉強会に参加することに決まった。

 

 堀北は彼らに画期的な勉強方法を伝授していく。

 要は、授業の六時間を有効活用する手だ。

 三バカトリオは「おお!」と感動していた。

 

 沖谷については基礎部分はできているので、無理に参加しなくていいが、授業中分からないことがあったら遠慮せずに聞きに来る、ということになった。放課後の勉強会は平田たちと合流した方がいい、と勧めたが、断られた。どうやらオレの教え方を気に入ったらしい。

 やめろ! 勘違いしそうになるだろ!

 という冗談は置いておいて、

 

「私は須藤くん、櫛田さんは池くんを担当するから、あなたに山内くんと沖谷くんを任せても良いかしら」

 

 と、堀北に頼まれる。

 

「沖谷は頻繁には来ないだろうし、お前が担当すればいいだろ。そもそもオレは、」

「なによ」

「……何でもございません」

 

 もう一人、頭の良い奴がいれば教える役なんてものに就かなくて済んだわけだが。

 

「須藤くんと沖谷くんのレベルは全然違うの。二人同時は無理よ」

「分かってる、分かってるさ。ただなあ……」

 

 堀北の「恥ずかしがり屋さんなのよ」発言で、池と山内に残念な奴認定されてしまったらしく、妙に親しげにしてくる。平田に対しての僻みが理由で勉強を断っていた二人だったため、いずれオレに対してもそういう感情を向けていてもおかしくはない、と思っていたが、とんだ誤算だった。

 「櫛田ちゃんが良かったあ」とぐちぐち言われ、彼女かノートにしか目を向けないレベルを想定していたんだがな。

 これに沖谷も加わるとなると、胃痛案件だ。

 

「オレだって二人同時はちょっと」

「あなたならできる。違う?」

 

 ……まあ、仕方がないか。

 現状とにかく駒が少ない。

 諦めて降参のポーズをしようとする、と、堀北はカバンから何かを取り出し、オレの机へと置いた。

 リンゴの果肉入りヨーグルトだ。

 

「……なんすかこれ」

「報酬よ」

「何の?」

「そもそも私はあなたに対して計画へのアドバイスをお願いしていた。でも実際はこうしてコキを使うのだから、報酬はあってもおかしくないでしょう?」

「……報酬がなくてもやるさ」

「私の気が済まないの」

 

 律儀に袋に入ったプラスチックスプーンまで蓋の上に置きやがる。

 ここで食べろというわけか。

 

「オレ夏風邪なんだ」

「まだ五月よ」

 

 堀北は前を向き直り、次の授業に向けて要点をノートにまとめ始める。

 改めてオレは机の上に置かれたリンゴの果肉入りヨーグルトを見下ろした。

 もともと四つ繋がっている奴を買ってきたのだろう。縦横一組の端がギザギザとしている。

 授業が始まるまで、あと十分以上。

 

 ーー蓋を開け、スプーンでヨーグルトを掬った。

 

 四角く小さなリンゴが二、三個入っている。

 オレは意を決して口に入れた。

 口の中にリンゴの酸味が広がった。

 喉を通り、胃へと落ちていく。

 何度か嘔吐きそうになったが、必死に堪えるほどではなかった。

 

 そして、数分かけて食べ終えることができた。

 

「……なあ、もう三つあるか?」

「ええ、いいわよ」

 

 そう問うと、彼女は口角を上げて得意げに了承した。

 オレの完敗である。

 

 

 

 

□□

 

 

 

 

 再結成した勉強会が始まり、何だかんだ上手く回っていた。

 しかし、そこでとんでもない事実に気付かされる。

 Cクラスとのいざこざで、テスト範囲がガラッと変わったことを知ったのだ。しかも、他クラスには一週間前に伝えられていたらしい。

 当然怒りの矛先は茶柱へ向かったが、彼女は悪びれた様子もなく、「忘れてた」の一言。

 だが、追及する時間など残されていない。

 須藤は諦めてしまうかと思ったが、意外にもやる気を見せていた。どうやら逆境こそ燃え上がるタチの男らしい。心底どうでもいいが。

 

 改めて茶柱から渡された範囲を見る。

 化学基礎には以前実験でやった中和滴定も含まれている。

 あれ意味あったのか。

 だがいくらなんでも横暴だ。

 まるで、学力を測る気が最初からないみたいだ。

 

 小テストに高二、高三範囲があったことを思い出す。

 そして、何としてもAクラスに上がりたい茶柱がわざと教えるのを遅らせた意味を考える。

 視野に入れてはいたが、本当に使う羽目になるとはな。

 

 

「平田。助けて欲しい」

 

 オレは放課後、平田が部活へ行ってしまう前に声をかける。

 テスト前とはいえど、部活はあるらしい。

 さすがに範囲が変わったことで勉強し直さなければいけないため、明日からは休むそうだが。

 

「何かあったのかい?」

「平田は確かサッカー部に入ってたよな」

「うん、そうだよ」

「先輩方から過去問を貰えないか?」

「中間テストの……?」

「ああ、堀北から頼まれたんだが、オレにはどうやら難しくてな」

「確かに有用だと思う。でも、教えてる先生も違うし、さすがに同じ問題は出ないんじゃないかな。範囲だって変わったみたいだから、ズレてるかもしれない」

「そうとも限らない」

「え?」

「あ。いや、そう堀北が言ってたんだ。オレも平田と同じことを思ったんだが、最善は尽くした方がいいだろ?」

「……うん、そうだね。先輩方に今日早速頼んでみるよ」

「もしポイントを請求されたらオレに言ってくれ。全額出す」

 

 ポイントに余裕も出来たしな。

 

「そこは気にしないで。僕は過去問を貰うなんて考え付かなかったんだ。むしろ、これくらいはさせて欲しい」

「平田、お願いだ」

「それを言えば何でも受け入れるわけじゃないからね?」

 

 どうやらバレていたらしい。

 

「じゃあ、僕たち二人で折半しようか。それでいいかい?」

「分かった」

「過去問を貰えたら連絡す……そういえば連絡先、交換してなかったね」

「しよう今すぐしよう」

 

 これで連絡先が二人になった!

 と思ったが、三人目だった。

 どうやら堀北(兄)がアドレスを勝手に登録してくれていたらしい。

 本当に兄妹揃って言葉が足りない。

 というか、この悲惨なアドレス帳を見られたのか。

 

「小テストの過去問もあれば嬉しいんだが……」

「うん、できる範囲で頼んでみるよ」

 

 そう言い残し、平田は爽やかな笑顔で部活へ行ってしまった。

 

 

「……あーいや、まあ、うん」

 

 

 “僕たち二人で”の部分を流したのが、吉と出るが凶と出るか。

 先の長い話になりそうだ。

 

 

 その日の夜。

 平田から先輩から無事過去問を貰えた、と連絡があった。

 しかも小テストの問題は全て一致しており、中間テストの範囲も全く同じだ、と興奮気味に伝えてきた。

 

「堀北のおかげだな」

「うん、これをクラスに配れば赤点を回避できるんじゃないかな」

「それと悪いんだが、この件は平田が一人でやったことにしてくれないか」

「僕が手柄を独り占めするってことかい?さすがにそれは……」

 

 電話越しに、平田の申し訳なさそうな声が聞こえる。

 きっと困った顔をしているんだろうな、と容易に想像がついた。

 

「平田はクラスメイトをまとめる立ち位置にいるだろ? だからこそ、全員を掌握しておいた方が今後上手く回りやすい。須藤たちもこの一件で態度が軟化するかもしれないからな。……まあ、言い方は悪いが、打算的な考えがこっちにもあるんだ」

「うーん、そういう、ことなら」

「ポイントは要求されたか?」

「必要なかったよ」

 

 本当か?

 まあ、手柄を独り占めすることへの罪悪感もありそうだ。

 そんなつもりは、一切、断じて、なかったんだがな。

 彼の好意に甘えておこう。

 

「クラスにいつ配るかは、ーー平田。お前が決めてくれ」

「……堀北さんが決めなくて良いのかい?」

「実際に手に入れたのは平田だ。どうするかは一任する、ってさ」

 

 数秒、間があったが「分かった。僕に任せて」と答える。

 明日にでも配るのか、それとも。

 これは賭けに近かったが、負けるつもりは毛頭ない。

 どこまで信頼できるか、少し意地悪だが試させて貰おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 試験日二日前、帰りのSHRが始まる前に、平田はクラスメイト全員に呼びかけて、過去問を配った。小テストの問題が一致していたことを伝え、この特殊な学校だからこそ、中間テストも全て一致している可能性があることを示唆する。

 皆、目から鱗だったようで、彼を尊敬し、一層クラスの絆は深まった。

 平田を毛嫌いしていた須藤たちも流石にこれには感謝して、素直に「ありがとう」と言葉に出していた。彼らも成長しているのだろう。

 当の平田本人は、少し気まずそうにしていたが。

 

 それら一連の流れを静観していた堀北は、じっと前を見据えながら、怒りを秘めた低い声で問う。

 

「過去問の件。あなたが仕組んだんでしょう」

「何のことだ?」

「しらばっくれないでくれる? 腹立つから」

「悪い。勝手に動かせて貰った。お前も試験対策で大変そうだったから話す時間が取れなかったんだ」

「……事後報告は今後なし。いい?」

 

 キツく睨まれ、オレは「はい」と、メデューサと目を合わせて石になった勇敢だった戦士みたいに、固まる他なかった。

 

「それと、一つお願いがあるのだけど」

 

 まだ問題があるのか、とゲンナリする。

 さすがDクラスだ。

 

「綾小路くん。点数を下げることは可能かしら」

「……無理だ」

 

 平均点を下げたいのだろう。

 小テストと赤点のボーダーの決め方が同様なら、恐らく平均点割る二。そのことに堀北はしっかり気付けていたようだ。

 過去問が手に入ったことで元々のボーダーが一気に引き上がる可能性がある。

 全科目100点が確定している人間がいれば、下げれるだけ下げておきたいはずだ。

 

「お願い。一科目だけでいい」

「教科は?」

「英語よ」

「一番最後、か。理由は何だ……いや誰だ」

「須藤くんが英語をまだ詰められていないの。確かに過去問のおかげで点数は比較的上がると思う。でも、英語はどの科目よりも積み重ねが大事だから、基礎を固めないで答えだけを覚えるのは難しいわ。特に文法の選択肢問題は覚え方によっては大量に点を落とす可能性がある。私は……50点を取るつもり」

「オレたち二人で合わせて最高100点落としたとして、赤点ボーダーは1.2点しか変わらない。やる意味はあるのか?」

「無理を承知で頼んでいることは重々理解しているわ。それでも、出来得る限りのことはしたい。中間テストは過去問が有効だという前提があるからかもしれないけれど、一段と難しくなっている。須藤くんの退学を阻止するためにも、ベストを尽くしたいの」

 

「……分かった」

 

 堀北は目をパチクリとさせる。

 

「意外だったか?」

「ええ」

「オレだって、須藤を退学にさせたくないからな。出来得る限りのことはするさ」

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 

 堀北は恥ずかしそうに前を向き直った。

 「ありがとう」という言葉を聞いたのは初めてかもしれない。

 

 荒治療ではあったが、どうやら彼女は入学当初に比べ、随分素直になった。いや、違うな。彼女はいつだって素直だった。物事を素直に受け入れ、そして、素直に自分を表す。

 つまり、内面が変わった。

 在り方が、変わったのだ。

 

 きっとそれを、人は成長という。

 

 彼女の成長を、無碍にはできない。

 感情論ではない。

 オレのためだ。

 オレのために、彼女に成功経験を味わせておかなければいけない。

 段階を経て、いつかは有能な道具へ育て上げる。

 彼女の内面の成長など、それの付随品に過ぎないのだから。

 

 

 

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