心が弱くても勝てます 作:七件
終始暗め。
オリキャラというか、ステージギミック的な人が出てきます。
名無しで、物語に深く関わることはありません。
時系列は一章全体を横断してます。
これにて第一章はおしまい。
これは夢だ。
今まで夢を見たことがなかった。
だからこそなのか、そもそも夢ですらないのか。
ここが夢だとすぐに分かった。
明晰夢のようなものなのかもしれない。
白いテーブルの上に置かれた白い皿。
目の前の人間は白い服を身に纏い、背の高い帽子をかぶっていた。
面識はなかったが、彼はそれが料理人であることを知っていた。
皿の上に何かが置かれる。
彼は出されたものをフォークで食べる。
一口サイズだったり、ナイフで切り分ける必要があったりと大きさはまちまちだったが、ただ一つ同じだったのは、それが、全くの無味無臭であったこと。
出されては食べ。
出されては食べ。
そこで彼はふと気付く。
テーブルは、実はとても長いことを。
横を向けばズラリと同じようにそれを食べ続ける子供たち。
自分の体を見下ろすと、背は縮んでおり、彼らと同年代に思えた。
だが、結局それを知ったところで、何ということもない。
出されては食べ。
出されては食べ。
隣の子供が吐き出した。
何人かの子供が席を立ち、逃げ出した。
それでも残っていた子供の中には、はちきれんばかりに膨張していき、ついにはパンッと風船が破裂したみたいに消えてしまった。
その姿に怯えて、食べることを拒否した子供は、どこかへ摘み出されていった。
出されては食べ。
出されては食べ。
いつの間にか周りに子供はいなかった。
目の前の料理人には顔がない。
そして、いつものように彼がそれを口に含んだ瞬間、料理人は忽然と姿を消した。
代わりにやってきたのは、色とりどりの何か。
彼はその存在を理解し切れなかった。
色とりどりの何かは、皿の上に、これまた同じように色とりどりの何かを置く。
これを食べろと言っているのか。彼は問う。
しかし色とりどりの何かは首を横に振る。
「御自由に」
彼が話しかけると、色とりどりの何かは不可解な言葉を吐いてくる。
料理人は何も話さなかったのに。
同じことを聞いても、違うことを聞いても、返ってくる言葉は全く異なる。
理解できない言語。
食べればいいのか。
食べてはいけないのか。
意味が分からない。
意味が分からない。
もう何も食べたくない。
何があっても揺れ動かなかった心が、そう悲鳴を上げていた気がする。
次の瞬間、目が覚めた。
朝。
自分に与えられた部屋での目覚め。
昨日は入学式だった。今日から念願の学校生活が本格的に始まる。
腹が減っては戦ができぬと言うだろう。
コンビニで買ったカップラーメンを消費しようとお湯を入れ、三分経ってから蓋を開ける。
美味しそうな匂いが鼻腔をかすめ、勢い良く麺を啜った。
異変はすぐに起こった。
カップ麺が不味かったわけではない、むしろたった三分でここまで美味しくなるのか、と感心したくらいだ。
だが、胃が、固形物を受け付けなかったのだ。
急いでトイレに駆け込み、胃の中のものを全て戻した。
マーライオンもびっくりの排出量である。
もう出すものはないというのに、何かをせり上げるように内臓は運動する。胃液が喉を焼き、漏れる声は掠れている。嘔吐感が治まったときには、大量の汗でシャツはベチャベチャだった。生命の危機を感じ、這うように冷蔵庫に辿り着き、買っておいたミネラルウォーターをガブ飲みする。
だが、ここで更なる悲劇が起きた。
一気に飲み物を腹の中に入れたため、満腹感が襲う。
その居心地の悪さたるや。
結局水分補給のために入れた水全てをさっきと同じ要領で戻してしまい、一回死を覚悟し、救急車の呼び方が頭の中で何度もリフレインした。
瀕死の状態で、ジュースを水に薄めてスポーツドリンクの代用として、今度は焦らずゆっくり飲み干していくと、段々体は落ち着いていった。
あれは夢だ。
未だ混乱している頭を切り離し、思案する。
あれは、夢だ。
■
「夏風邪を治したいなら、病院に行きなさい」
堀北は真っ直ぐ前を向きながら淡々と言った。それがオレへの言葉だと一瞬気付かず、「え」と情けない声が出る。
それは、美術の授業の後の休み時間のことだった。
あまり詰めすぎても集中力は切れるので、こういった授業の後は勉強会はお休みとなる。池や山内は、束の間の解放に、何故かゴリラの真似事をしていた。
だが、いきなりどうしてそんなことを言い出したのだろう。
「まだ五月だろ」
「五月病の方がいいかしら」
「いや、夏風邪だな」
いつかの適当な返しを思い出し、苦い顔になる。
もっとマシな言い訳を考える必要がありそうだ。
茶柱への出資によりポイントの節約生活が始まったので、ここ数日のご飯事情はひもじいことになっていた。顔色の悪さを誤魔化せなかったのだろう。
「原因は分かっているの? 対処法もネットだけでは、あまり参考にならないんじゃない?」
面倒だな、と内心ため息を吐きつつ、窓の方を見遣る。
堀北は黒板を見据えたまま。
一見、オレ達が会話をしているようには思えない。
「……原因は分かっている。それに病院だって薬を出すくらいしか変わらない。なら薬局でいい」
「あなたに合った薬は売ってないかもしれないわ」
「だいたい夏風邪って何を飲めば治るんだ。精力剤か?」
「警察を呼んでおくわ」
「是非ともそうしてくれ」
「そもそも、何をすれば治るのか。その手の専門家に聞くために、私は病院に行く事を勧めているのだけど」
「オレは病院が嫌いなんだ。アレルギー反応で発狂して備品という備品を壊し回り、最悪学校を追い出されるかもしれない」
「笑えない冗談ね」
「泣いてもいいぞ?」
「夏風邪を理由に栄養剤を貰うか、強引に点滴でも打ってもらいなさい。病院ならポイントもタダのはずよ」
「オレはお前のただの隣人だ。どうでもよくないか、隣人の夏風邪事情なんて」
「……栄養失調で倒れられて、クラスポイントが減っては困るから」
訝しみつつ、いつもの軽口を叩いていたが、なるほど。
彼女の真意はそこにあったらしい。
干渉するな、というのも契約内容に入れておけば良かったな。
「それは、……確かにそうだが。夏風邪でゴリ押そうにも、オレは口下手だからな、上手く言いくるめられるか不安だ」
「私の追及から逃れる時に発揮されるその良くペラペラ回る口を使えば良いじゃない」
「でも、ほら、あれだろ。病院に行ったことが茶柱先生にバレるのは、なんだ。恥ずかしくないか?何度も言うが、他人からどう思われているのか気になるお年頃なんだ」
堀北はわざとらしくため息を吐いた。
何故ならこの問答に、意味が全くないからだ。
「医者には守秘義務があるはずよ。もしただの保健室的役割だったとしても、私たちにはプライベートポイントがあるのだから、秘密を買うことだってできる。違う?」
そう強く出られれば、こちらはもう、「はい」と頷く機械になるしか道はない。
「分かったなら今日すぐにでも行くことをオススメするわ。夏風邪は拗らせると危ないと言うから」
不本意な了解を全く気にした様子のない堀北は、再び本を開き読み始める。
「待ってくれ」
聞かなければいけない事を思い出して、そんな彼女を呼び止めた。
「オレは人一倍丈夫だったから病院に行ったことがない。夏風邪を治すには何科に行けばいいんだ?」
彼女は本から目を離さず、キツく言い放つ。
「精神科よ」
しかしああは言ったものの、はなから病院に行く気などサラサラなく、明日適当に「いやあ点滴も慣れれば快適っすよ。堀北もどうだ? 楽しいぞ」的なことを言うつもりだった。診察室という白く狭々しい部屋もそうだが、医者と対面で話し、ジッと観られるのも居心地が悪い。
普段ならさっさと終われ、と思う授業だが、今日に限って言えばそのまま一生終わらないでくれと何度願ったか分からない。しかしそういう時ほど時計の針は意地悪くもビュンビュン進み、気付いたら放課後になっていた。
堀北から睨まれる……ことはなかったが、代わりに「行きなさい」と書かれたノートの切れ端をちぎっては投げられた。その残骸をそそくさとゴミ箱に捨てながら、「分かった。行く。行くから」と適当なことを言い、学校から逃げ出した。
そして学校を出て、急に身体に力が入らなくなった。
見えない敵から攻撃を受けたのだ。
側から見れば、何もない所で急に転んだ間抜けな奴、と思えるだろう。
手を何度か握っては開き、力が戻ったことを確認し、ゆっくり立ち上がる。
すぐに学校を出たため、帰宅部の中でもエースな奴しか周りにおらず、あまり目立つことはなかった。
見えない敵は自分、と云うとなんかカッコよく聞こえるな。
……腹を括るか。
何事も柔軟な思考が大事だ。
オレはそう決心し、堀北の忠告通り、病院へと向かった。
病院といっても小さな診療所のような所で、駐在している医師は二人、内科と外科で分かれていた。特に待たされることなく、診察室に通される。そう頻繁には外来患者も来ないのだろう。中には医師が一人、何やらパソコンで作業をしていた。
オレが入室した事を知ると、「どうぞ」と丸い小さな椅子に腰掛けるよう促す。
さて、どうアプローチをしようか。
「医療機関は無償だと聞きました。栄養剤かもしくは点滴をお願いできますか?」
「なるほどね。いいよ」
特に驚くこともなく、案外あっさりオーケーが出る。
「ただ義務として、理由を聞かなくてはね」
だいぶ緩い感覚の人らしい。正直助かった。
「いやあ、豪遊していたらポイントがなくなってしまいまして。料理もろくにしたことがないし、友達もいないんでポイントを貸してもらえないんですよ」
「患者のデータベースはこちらが管理しているんだ。私の目が正常なら、君のポイントは2の後ろに数字が四つあるように見える」
「一ヶ月一万円生活絶賛実施中なんですよ」
「ガイドラインには、金欠以外の理由なら無償で施すこと、と書かれているんだがね」
検分するような、目。
前言撤回。
少し面倒な医師に引っかかってしまったかもしれない。
日を改めて違う医師に頼むか、あるいは。
息が無意識的に浅くなる。
夏風邪を、夏風邪が、夏風邪で、
グルグル同じ言葉が廻る。
この場所はやはり難しいらしい。
「……恥ずかしがり屋なんで、あまり見ないでもらっていいですか」
絞り出した言葉に医師は目を瞬かせ、それからパソコンを閉じて立ち上がった。
「私はハードボイルドな医者で有名でね、どうも診察室は堅苦しくてしょうがない。君が良ければ屋上で話を聞こうか、そこにはベンチがある」
「先生とは良い関係を結べそうですね」
その医師にはとりあえず、食事が満足に取れない状態であることを伝えた。
何か言いたげにしていたがそれ以上は聞いてこなかった。
結局ポイントが足りない場合は高カロリー飲料を提供して貰うことになった。
面倒なので毎食それで良いと進言したが、高校を卒業した後も頼りきりだと費用がバカにならないよ?と言われ、何も返せなかった。
「この事を学校側に報告はしますか?」
「……本人が嫌がるようなら伏せることもできるけど」
「ポイントで買われることは?」
医師は「いやだねえ」と空を仰ぐ。
まばらに浮かぶ雲は、いったい何に追われているのだろう、素早く形を変えて流れていく。
「つくづく罪作りな学校だよ。それに、たとえ今ポイントを請求したところで、君は払えないだろう?」
「目安を教えてください」
「まずは百万。それが最低ラインだ。だがね、高校生なんだから遊びに使っちゃいなさい。私が君ぐらいの時なんて、勉強をほっぽり出して、バイクを乗り回していたよ」
「夏休み明けには必ず用意します。それまで待っていただけますか」
「真面目ちゃんだね」
「模範的な生徒ですから」
協力者選びに失敗したかもしれない、と内心後悔しながら、屋上での診察は終わった。
数食分の高カロリー飲料を貰い、病院を出ようとすると。
カツン
杖をついた華奢な少女とすれ違った。
まるで精巧に創られたドールのようだ。
櫛田から聞いてはいたが、彼女が坂柳有栖だろうか。
確かAクラスで葛城と争っているとか何とか。
儚げな印象を受けたが、あれでも攻撃的な性格らしい。
あまり関わり合いたくはないな。
ーーだがオレは見逃さなかった。
いや、無視できなかった、と言うべきか。
ただすれ違っただけ、それだけの筈だ。
あれはなんだ。
あの、“目”はなんだ。
自分の手が震えていることに、暫く気付くことができなかった。
■
用事を済ませて寮に帰る最中、部活で外を走っていた須藤と偶然出会う。「よお」と挨拶されて無碍にできる人間はそうそういない。
「頑張れよ」
と声をかける。
すると、なにやら話があるらしく、彼は立ち止まった。
「綾小路。放課後どっか行ってたのか?」
「まあそんなところだ。で、なんの用だ」
「ちょっと礼したくてよ」
そう言い、須藤は汗だくの顔をタオルで拭いた。
ちょっと来い、と指を指した方向には、部活生用の自販機。
「ほら、この前の英語のテストで、お前50点だったろ? みんなで集まった時はなんか腹下したーとかで納得してたんだ。でもこうやって走り込みしてたら、やっぱり堀北みたいにワザとなんじゃないかって思えてきてよ」
「それでオレがたまたま通りかかったから声をかけたのか?」
「まあ、そんなとこだ」
「深読みしすぎだ」
「けどよ、結果オーライでも嬉しかったんだ。堀北にだっていつかちゃんと礼はしてえ」
「あいつが何か貰って喜ぶ姿は浮かばないけどな」
「言えてるな」
そう須藤が鼻で笑い、自販機に学生証カードをかざし、チョコバーのボタンを押す。ピッと100ポイントが消費される。
「ポイントねえからこんなもんしか奢れねえけど」
恥ずかしげに投げ渡された。
「おお、ありがとな」
気持ちは嬉しいが、ジュースの方が良かった。
チョコバーを受け取りマジマジと眺めていると、急に須藤が黙りこくる。顔を上げると、須藤はジーっとオレの方を見つめていた。
「食わねえの」
表情こそ動かさなかったが、内心ヒヤリとした。
まさか試していたのか。
いや、須藤に限ってわざと、はないだろうから成り行きか。
お礼を最初っから突っぱねとけば良かったかもな。
「……腹は空いてないんだ」
「今日の昼飯リンゴのヨーグルトかなんかだったろ。腹空かしてんじゃねえか?」
「さっき食べてきた。ナポリタン。これは今日の夕飯にでもするさ」
須藤は気まずそうに、頬をかく。
何か言いたげな様子だ。
「……どうしたんだ?」
窺うような目線は良いものじゃない、さっさと話は終わらせたい。
多分そういう雰囲気が漏れ出たのだろう、須藤は意を決して口を開いた。
「祝勝会ん時、お前がトイレに行ってる間に飲みもんが切れてよ、ジュースでもないか冷蔵庫を開けたんだ。……なあ、あんま詳しくねえけど、」
「家主の冷蔵庫を勝手に漁るな」
「悪かったとは思ってるけどよ、でも、おかしくねえか? 確かに俺は、綾小路がちゃんと物を食ってるとこ見たことなかった。今まで気にしちゃいなかったけどな、昼飯はいっつもゼリーか飲みもんだけで済まして、昼は腹が空かねえタチなのかと思ったけどよ、冷蔵庫の中身を見るに、……多分、ちげえんだろ」
「少食なんだ」
「それなら、いいんだけどよ」
「……あー! わっかんねえ!」
突然須藤は頭をがしがしと掻き、唸り声を上げた。
それから何か吹っ切れたようにオレに向き直り、肩を掴んだ。
「おい綾小路! もし、なにか嫌なことがあったら、俺に言ってくれ。ぶっ飛ばしてやるからよ。バカだから、それくらいしか思い浮かばねえけど」
どうやら須藤は勘違いをしているらしい。
いや、勘違いではないが、そういうことにしておこう。
オレは肩に置かれた手を無理矢理剥がす。
「あのな須藤。気遣いは嬉しいが、多分お前が思ってるようなことは起きてない。だから気にするな」
そして、見せつけるように封を切り、オレはそれを一口食べた。
須藤が目を丸くする。
「これも、後で食べ切る。ありがとな」
ごくりと飲み込んでみせる。
身体の中が沸騰しているみたいに熱いのに、手の先は冷たく震えている。
だが、オレはそれらに無視を決め込んだ。
須藤は気まずそうに、口ごもる。
「なんか、俺、だせえな」
「いや、気持ちは嬉しかったよ。ありがとう。勘違いさせるようなマネしてこっちこそ悪かったな」
その後言葉を数度交わしてから、須藤は練習に戻っていく。
見送りながら、内臓は捏ねくり回されるみたいに酷く気持ちが悪かった。
それでも必死に堪えた。
どうして自分は頑なにこの事を隠そうとするのか。
確かに学校側に本格的にバレて休学措置を取られるのは困るから、という大前提はある。
だが、わがままな話。
オレはきっと、不良品であることを望みながら、そのことを周知されるのが嫌なのだ。
憐まれ、弱者として蔑まれることにではない。気を回されて、先の須藤のような態度を取られることに、我慢がならない。
そしてその理由も、この不良品な体に原因がある。
だがオレは、これらの対処法を既に見つけている。
対処法だけではない、解決方法さえもだ。
それらを実行しないのは、単に失敗作として、惨たらしく敗北したいからに過ぎない。
いや、少し違うな。
何もオレはただ何もせずに負けたいわけじゃない。
本気を出して、どこまでいけるのか。
最高傑作と謳われたこの作品は、外の世界に一歩出れば、不良品と化す失敗作なのか。
オレは、それを知りたい。
何度も嘔吐きながら、オレはチョコバーを食べ切っていた。
また不良品が不可解な行動を起こしたらしい。
自分の体だ。
自分が一番熟知している。
今は泳がせているが、答えを知ることができれば、いずれ完治させる。
拭え切れない不安感も、きっとこの体がおかしいからだろう。
クラリと目眩がした。
太陽が眩しいせいだ、と重たい雲にオレは悪態を吐いた。
書き溜めていた分は取り敢えず放出しました。
今後も書き上がり次第一巻内容ごとに投稿していくので、気長に待ってくれると嬉しいです。
評価、お気に入り、感想等本当にありがとうございました!