所詮は素人小説ですので、過剰な期待はせずに読んでいただけると幸いです。
「海上ニ浮遊スル敵兵ヲ救助スベシ」
その命令に、電はとっても誇らしくなったのです。敵を殺すためではなく、敵を助けるために自分の身体を使える。それがとても、とても嬉しかったのです。
だから電は、後悔なんてしていないのです。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「あ……」
少女が目を覚ました時、最初に目に映ったのは白い天井だった。
「……ここは?」
次に目に映ったのが、小さな子どもの手足。誰の手足だろう? 少女は手足の持ち主を探すが、どこにも人の顔は見えない。
「あれ?」
何かがおかしい。なぜこうも自由に視界を動かせる? これではまるで、人間みたいではないか。
何の気なしに、見えている手足を動かす。動いた。それも自由に。そしてその手を動かして、自分の身体を触る。胴体、手足、顔、そして栗色の髪。間違いない。これは、自分の身体だ。鋼鉄で出来た身体ではなく、柔らかい肉の身体。
「はわわ!? どうして電(いなづま)に人の身体があるのです!?」
少女、電は軽くパニックに陥り、涙目になりながらも必死に状況を把握しようと努めた。
まずは自分の情報から整理しよう。駆逐艦、電。それが自分の名前。鋼鉄の身体を持った、船だったはず。間違っても人間ではなかった。
そして最後は敵の雷撃で海に沈んでしまったはず。なんでこんな場所にいるのか。
「うぅ……頭が壊れてしまいそうなのです」
電は頭を抱えてベッドに潜りこんだ。胎児のように身体を丸めて、「はぅぅ……」と深いため息をつく。
そんな時、ガチャッとドアの開く音が聞こえた。
「よぉ! 起きたか新入り!」
「ふぇ?!」
ドアを開けて入ってきたのは、黒い洋装に身を包んだ少女。左目に眼帯をつけた快活そうなショートカットの少女の頭には、機械で出来た龍の角のようなモノがついている。
「あ、あの……どなたなのです?」
ギラギラした目で見つめられた電は、ぶるぶると身体を震わせる。
「オレの名は天龍。フフフ、怖いか?」
「はわわわ……」
ニヤリと嗤って凄む天龍に、電は身を縮こまらせるしかできない。思わず目に涙まで浮かんでしまう。
「こ、怖いのです……助けて……欲しいのです」
涙ぐんでしゃくりあげて許しを請う姿は、見る者の保護欲を刺激する。
「え、あ、す、すまねぇ!? 怖くない怖くないよー! 冗談だって! そんな泣くなって!」
あたふたと慌てたように
「ふぇ? そうなのです?」
「泣かせて悪かったな。ま、仲良くしようぜ。これから一緒に戦う仲になるんだからよ」
「戦う……ですか? あの、米国さんと……ですか?」
さきほど目覚めたばかりの電には、事情が全く呑み込めていない。
この人間の姿も、ここが本当に大日本帝国なのかもわからない。そもそもこの人の姿でどうやって戦うのか。
「いや。深海棲艦とだ」
「深海……凄艦?」
まるで聞き覚えのない単語。だがどこか不吉な響きを孕んだその言葉に、電はゴクリと唾を飲み込んだ。
「そうか、お前まだ何にも知らねーんだよな」
「は、はい……」
「じゃあ歩きながら説明してやるよ。ほら、この服着ろよ。素っ裸で外うろつくわけにはいかねぇからな」
「はわわ。ありがとうなのです」
電はもそもそと受け取ったセーラー服を着る。
「ちょっと後ろ向きな。髪、留めてやるよ。鬱陶しいだろ」
簡単に髪を結っただけだが、手つきはとても優しく、電は安心することができた。
最初は怖いと思ったけれど、ひょっとしたら物凄くいい人なのかもしれない。電は天龍への評価を改めた。
「わぁ! とっても可愛くなったのです!」
部屋の隅に置いてあった姿見の前に立ち、電は自分の姿を確認する。
「おぅ! 中々似合ってんぞ」
白い歯を見せて、天龍はニカッと笑った。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「艦娘……ですか?」
「おぅ。俺達はそう呼ばれてる」
長い廊下を天龍と歩きながら、電はこの世界の事を色々と聞いていた。
まずは自分たちのこと。電や天龍は『艦娘』と呼ばれる兵器らしい。
この世界の日本、日本皇国と呼ばれる国が作り出した人造兵器。突如この世界に現れた所属不明の朽ち果てた艦を、皇国秘伝の陰陽術と最先端の科学技術とを融合させて、一個の兵器として再生させた。それを、『艦娘』と言う。
当然、作り出されたのには理由がある。その理由が、深海棲艦だ。謎の朽ちた艦と同じく、突如としてこの世界に現れた異形の存在。通常兵器では全く傷を与えられないその存在に唯一対抗できるのが、艦娘なのだ。
「はぁ……なんだか凄い話なのですね」
「だな。まあ深海棲艦のおかげで、人間同士の戦争ってのは無いみたいだけどよ」
「それは、よかったのです」
本当によかった。戦争で人が死ぬのは、もう二度と見たくない。
「あの、でも、深海棲艦と戦うって言っても、その……」
目の前にいる龍田も、そして自分も、普通の人間とそう大差はない。とても人類の脅威となっている道の存在と戦える存在とは思えない。電が言いたいのはその点だ。
「ああ、言いたいことは解るぜ。まあ心配すんな。艤装はちゃーんとあるからよ」
「は、はい。わかったのです」
武器という単語に、電の表情が僅かに曇った。戦争をするのだとはっきりと自覚させられる言葉。
「お前さ、戦いたいか?」
「ふぇ?」
「いやな、直接戦うだけが戦闘じゃねーからよ。もし戦うのが怖いなら、別の仕事もあるってことさ」
「大丈夫、なのです……」
「ふーん、そうか。ほら、着いたぞ」
「ここは……」
司令官室。そう札が掛けられたドアの前に、天龍と電は立った。
「俺達の指揮官がいる。今から挨拶だな」
「はわわ。指揮官さんですか」
電の頭に、知っている限りの司令官の顔が思い浮かぶ。いずれも眼光鋭く、屈強な海の男達であった。鋼鉄の身体を持っていた時ならともかく、子供の身体で会うのはいささか緊張する。
「あーそうだ。提督も悪いヤツじゃねーからよ? あんま嫌わないでやってくれよな?」
「ふぇ? は、はい。わかったのです」
やっぱり怖い人なのだろうか? いきなり怒鳴りつけられたらどうしよう。
電は両の手をぎゅっと握りしめて、気合いを入れて自分を鼓舞する。
「提督ー。新参者連れて着たぜ」
「し、失礼します! 駆逐艦、電なのです! これからよろしくお願いしますなのです!」
気が動転しているせいか、言葉遣いがおかしくなっている気もするが、今の電にはそんなことに気を回している余裕は無かった。
「あ、あれ? 誰もいないのです……」
「おい、電。下だ下」
「下?」
天龍の言葉に従って視線を下に向けると、そこには白い服を着た女性が仰向けに寝そべっていた。
「ふぇええええええええええええええええ!?」
「やぁこんにちは。私は竹内一二三少将。ようこそ、横須賀鎮守府へ。可愛いパンツ穿いてるね」
女性は立ち上がると、整った顔立ちに微笑みを浮かべる。長い髪と相まって、男装の麗人という言葉が似合うが、態度と口から出てくる言葉は中年の下劣な男と大差無い。
「はぅぅ……えと、あの……」
電は顔を真っ赤にしてスカートを押さえると、素早く一二三少将から距離を取った。
「おい、そういう性的嫌がらせはやめろよ。コイツ気が弱いんだから。ほら、泣いちまってるだろ」
「泣き顔も可愛いね。ほーら、お姉ちゃんと遊ぼうか?」
両手の指を嫌らしく蠢かせながら、一二三少将は笑みを浮かべてじりじりと電との間合いを詰める。すでに壁を背にしている電は、これ以上の後退ができずにいる。
「そ、その……」
「だからやめろって。困ってんじゃねーか。また龍田に仕置きされても知らねーぞ?」
「はは、それは怖いな。ではここらでやめておくとしようか」
からかっていただけなのか、一二三少将は意外なほどあっさりと引き下がった。
「では改めて。ようこそ、横須賀鎮守府へ。歓迎するよ、電ちゃん」
「あ、は、はい! よろしくなのです!」
電は深々とお辞儀をして、司令官への敬意を表する。
「じゃあ天龍ちゃん。電ちゃんに鎮守府の案内をしてやってくれるかい?」
「あいよ。じゃあ行くぜ。まずは他のヤツらにお前のこと紹介してやるよ。ついてきな」
「はいなのです! それじゃあ司令官さん、失礼します」
電は再びお辞儀をして、天龍と共に司令室を後にした。
「じゃあまずは食堂に行くか。今日は出撃もないから、何人かいるだろ」
「あ、あの。他の艦娘さんはどれぐらいいるのです?」
「ああ、俺を含めて今は4人いるぜ。他の奴らは龍田、赤城、加賀ってんだ」
「龍田さん、赤城さん、加賀さん。仲良くなりたいのです」
「大丈夫だって。みんな良いヤツばっかだからよ」
それから他愛のない話をしながら数分ほど歩き、天龍と電は食堂に到着した。
「ちーっす。お、いたいた。赤城さん、加賀さん」
「ふぁい?」
「なんですか?」
まず電の目に飛び込んできたのは、机に大量に並べられた大量の料理。
そして料理を前に座っている2人の女性。一人はひざ上までしかない短めの赤い袴を穿いている女性と、同じく青い袴を着ている女性。赤と青という対照的な色合いの二人だが、雰囲気も対照的だ。赤い女性は目の前の料理をとても美味しそうにモリモリ食べ、青い女性は無表情に静かに食べている。共通しているのは、両者共に大量の料理を身体に入れているということだけだ。
「新入り連れてきましたよ。ほら、電。挨拶しな」
「あの、電です。どうか、よろしくお願いいたします」
「ふぁーい。ふぉふぉふぃふふぇ」
「赤城さん。口に食べ物が入っていては、何を言っているのかわからないわ」
栗鼠のように頬を膨らませた赤い女性を、青い女性が窘める。
「航空母艦、加賀です。こっちは赤城さん。私と同じ正規空母よ」
青い女性、加賀は立ち上がって自己紹介をすると、相方の紹介もする。
「よろしくね、電ちゃん」
口の中の料理を飲み込んだ赤城も、軽く手を振ってニッコリ笑う。
「あ、あの。今日は何かのお祭りなのですか? あんなにいっぱいの料理があるなんて」
「あ? いや、あれは二人の昼食だ」
「……いっぱいあるのです」
「いつもあれぐらいは食べてるな。出撃がある日はもっと食うけどな」
「はわ~……」
電は改めて机の上の料理を見る。和洋中、日本料理以外も沢山並べられており、どの皿もとても美味しそうだ。しかし電の身体では、一皿二皿食べれば満腹になってしまいそうである。
「そうだ、加賀さん。龍田どこ行ったか知ってますか?」
「龍田さん? たしか今日は工廠の方で事務仕事をするはずよ」
「あーそういやなんかんなこと言ってやがったな。加賀さん、ありがとうございます。んじゃ行くぞ電」
「はいなのです。赤城さん、加賀さん、これからよろしくお願いします」
最後に深々とお辞儀をして、電は天龍と共に食堂を後にした。
「今の二人が俺達の部隊の主力だ。スゲー強いんだぜ」
「やっぱりご飯をいっぱい食べると強くなるのです?」
「おお。やっぱ強いと一杯食うぜー」
「はわわ! じゃあ天龍さんもいっぱい食べるのです?」
「……ああ、まあまあかな」
「わー! 凄いのです!」
無邪気に笑顔を振りまく電とは対象に、天龍は気まずそうに目を逸らした。
「あの、天龍さん。龍田さんって人はどんな人なのです?」
「龍田? あーそうだな。俺の姉妹艦で、見かけは優しいお姉さんってツラしてるけどよぉ、中身は腹黒だから気ぃつけろ」
「腹黒……なのですか?」
「そうそう。笑っちゃいるけど、いっつも心の中では意地悪いことばっか考えてんだよ」
「あら~。私天龍ちゃん以外には意地悪なんてしないわよ~?」
「うわぁ!?」
「はわわ!?」
突然背中からかけられた声に、天龍と電は身体をビクンッと硬直させた。
「うふふ。電ちゃんね? はじめまして、龍田だよ。天龍ちゃんがご迷惑かけてないかなぁ」
「えとえと、迷惑なんてそんなことないのです。天龍さんにはすっごくお世話になっているのです!」
「うふふ~。いい子ね、電ちゃんは~。お姉さんとも仲良くしてね~?」
「はいなのです!」
電は元気よく笑顔で首を縦に振り、龍田もまた笑顔で電の頭を撫でた。
「さーてとぉ、これでこの鎮守府にいる艦娘は全部だ。んじゃあ鎮守府の中ぶらぶら見て回るか。じゃあ次は工廠辺りにでも行くぜ」
「工廠って……船があるのです?」
「あらぁ? 天龍ちゃん、まだ説明してないのぉ?」
「これからすんだよ、これから。おい、電。俺たちがどうして深海棲艦共と戦えると思う?」
「ふぇ? えと……すっごい武器があるのです?」
「へへ。そういうこった。これから見せてやるよ」
「ねぇねぇ、天龍ちゃん。私もついて行っていい? 天龍ちゃんがどんな説明するのか、すっごく興味あるなぁ」
「あ? まあ、俺は別にいいけどよ。電、いいか?」
「はい。電は大丈夫なのです」
「うふふ。ありがとぉ」
にこ~っと、龍田は笑った。
電達が次に向かった先は、鎮守府の母港。
「わぁ! お船がいっぱいなのです」
電の目の前には、鋼鉄の身体を持つ船が4隻、その巨体を海に浮かべていた。当然、ただの船ではない。
「右から赤城、加賀、天龍、龍田だ」
「皆さんの名前なのです?」
「ああ。アレを俺達が動かすんだよ」
「? 皆さんは、艦長さんなのです?」
電は頭に「?」マークを浮かべ、小首を傾げた。電が知る艦船は、大勢の人間がいて初めて運用できるものだった。艦長を始め、砲術、航海、水雷、様々な役職が存在し、軍艦は動かせる。
「違う違う。俺達一人ひとりがあの船を動かすんだよ」
「……ふぇ!?」
「うふふ。天龍ちゃんったら、説明下手ねぇ」
「あ? 別に間違ってねーだろうがよ」
「も~。どうやって動かすのかって説明が抜けてるでしょ」
「ん? ああ、あー……メンドくせぇ! おい、龍田。説明頼むわ」
「はいはい。こんなことになると思ったわぁ。じゃ、そうねぇ。これから工廠に行きましょうか」
「ああ、そっか。コイツ用の艤装も受け取らねぇとな。おい、電。工廠行くぞ」
天龍も龍田も事情が分かっているようだが、当然電にはなんのことか微塵もわからない。
「あ、はいなのです」
精々、こくりと小さく頷いて、二人の後を追うことしかできない。
そして天龍と龍田の後についてたどり着いた工廠。
扉を開けて目に飛び込んできたのは、動き回る大勢の人と、整備中の一隻の軍艦。大きさは、先ほど港で見た艦より一回り程小さい、駆逐艦級。だが何よりも電を驚かせたのは、
「この船……電なのです……」
電は、その船に見覚えがあった。
「おぅ。俺達の第2の身体だ。おぅ! ちょっと見学させてもらうぜ!」
天龍のその言葉に、動き回っていた工兵達が動きを止めた。
「総員整列! 艦娘の方々がお見えだ!」
屈強な身体をした髭面の男が叫ぶが、
「ああ、いいよいいよ。そのまま続けてくれ」
天龍は軽く手を振ってそれを制する。
「はわわ。天龍さんって凄く偉い人なのです?」
「天龍ちゃんというより、艦娘が偉いって所かなぁ。私達艦娘に階級はないけど、少佐相当の地位と権限が貰えるのよぉ」
「へっ。逆に言やぁ、命がけで戦っても少佐止まりってことだけどな」
「もぅ。天龍ちゃんったら、そんなこと言わないのぉ」
「ま、給金は結構もらえるからいいけどな。おい! 駆逐艦電は今どういう状況だ?」
天龍は号令を取った髭面の工兵を捕まえて、駆逐艦電を指さして言う。
「はっ! 現在艦内の最終調整中です。それが終わりましたら、艦娘の方に生体艤装と艦の同調試験をしていただく予定になっています」
海軍式の敬礼をしながら、若い工兵はそう答えた。
「あの、人体艤装ってなんなのです?」
「実物をご覧になりますか? まだ装着はできませんが、よろしければご説明させていただきます」
「え、あ、あの……それじゃあ、お願いできますか?」
「ではこちらへ。保管庫へご案内します!」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「これ……武器なのですか?」
電達が案内された保管庫の中には、奇妙な武装があった。砲塔と魚雷管がついたそれは、艦船の武装を人が装備するように設計されたようなモノにも見える。
「はい。より正確に言いますと、この生体艤装を介して、外部艤装である艦船を動かす、という流れになります。つまりこの生体艤装は艦と艦娘を繋ぐ役割をしていまして、砲塔や機関部を自分の意思通りに動かせるというわけです」
「……なのですか」
正直、言っていることの半分も理解できない電であった。
「まぁそんな難しく考えるなって。とりあえず、俺達艦娘は船を自由に操れる。それだけ覚えとけ」
「もちろん、最初は上手く操れないわぁ。ちゃぁんと練習しないとねぇ」
「は、はい! 頑張るのです!」
自分だけで艦を動かすということに不安もあるが、それでも電は気合いを入れて返事をした。
「そうだ。おやっさん、俺の船はもう整備完了してんのか?」
「はっ! いつでも出撃可能な状態です」
「よし。電、今から実際に見せてやるよ。艦娘が船を動かす所をな」
ニヤリと犬歯を剥き出しにして、天龍は言った。
「え? いいのですか?」
艦娘がそれなりの地位を持つことは先ほど聞いたが、それでも独断で艦を動かせるとは思えない。それとも、元々演習か何かの予定でもあるのだろうか。
「あ、いや……その、私の一存では。司令部の許可も必要になりますし」
髭面の困り顔を見るに、天龍の独断という可能性の方が高そうだ。
「いいだろ。あとで提督には俺から言っとくからさぁ」
「天龍ちゃ~ん。そういうことしちゃダメでしょぉ」
「うっ……いや、ちょっとした冗談だよ」
「今日中には試験ができるんだから、そんなに慌てないでも大丈夫よぉ」
冷や汗をかく天龍に薄く微笑む龍田。その図式で、電は両者の上下関係をはっきりと把握した。
「お話し中失礼します! 主任、駆逐艦電の最終調整が終了しました」
若い工兵が駆けつけてきて、そう報告した。
「おっしゃ! 龍田、これでいいだろ?」
「しょうがないわね~。司令の許可はもう取ってあるんですか~?」
「司令からは、調整が完了しだい試運転を開始してもよいと了承を受けております。またその際には、護衛として天龍龍田の二隻を随伴させるようにとのお達しです」
「おっしゃあ! 抜錨するぞ!」
「それじゃあ電ちゃん、海に出ましょうか。石田中尉、電ちゃんに生体艤装や操艦の方法、その他諸々の説明お願いしますねぇ~」
「了解しました」
髭面の工兵、石田中尉は背筋を伸ばし、敬礼をする。
「電、俺達は先に行ってるからな」
「分からないことはこの石田中尉に何でも聞いたらいいからね~」
「はいなのです」
天龍と龍田はその場から離れる。少し心細さを感じながら、電はその背を見送った。
「では電擬人艦女史。こちらの方へ。生体艤装の装着、並びに艦の性能と武装の説明を致します」
「え、あ、えと……電でいいのです」
擬人艦女史、などと大層な敬称で呼ばれるのはどうにも恥ずかしい。そもそも電は、自分をそれほど大層な存在だとは認識していない。
「では、電女史……で、よろしいでしょうか?」
「は、はい。じゃあ、それでおねがいします」
本当は呼び捨てなどでも構わなかったが、石田中尉の困り顔が申し訳なく、あっさりと妥協してしまう電であった。
「では、艦の方へ。ご案内します」
「あ、はいなのです」
電と石田中尉はそのままドックへと行き、駆逐艦電に乗艦した。
予め聞かされていたことだが、本当に人がいない。出航前の船ならば、そこかしこに人の姿が見えるはずだが。
「この部屋です。お入りください」
通された部屋は、壁も床も全てが灰色の部屋であった。混凝土のようでもあるが、足元からは僅かな弾力が伝わってくる。
殺風景な部屋だったが、ものがまるでないわけではなかった。まず目に入ったのは、部屋の中央に備え付けられている革張りの椅子。
そして壁に備え付けられた、軍艦の砲と魚雷である。ただしそれは小型化されており、尚且つ人が背負えるような形ではあったが。
「電女史、それに背をつけて装備してください。自動で全て行われます」
「えと、こうなのです?」
電は石田中尉の言う通りに背を壁の機械につける。
するとパシュッと空気が抜ける音と共に、背中に機械が押し付けられる感触を電は感じた。
「あ、結構軽いのです」
クルリとその場で回転するが、背中の装備には見かけほどの重さはない。
「では電女史。そろそろ出航しましょう。艦を自分だと思って、艦が動くように想像してください」
「え? でも」
艦船というものはそう簡単に動くものではない。車などはすぐに動かすことができるが、艦船となると話は別だ。
ボイラーに点火して蒸気圧を出せるようにして、尚且つそれを安定させる。そして蒸気管や蒸気弁などの暖気。そこからさらに試運転。機関の大きさや形式によって時間は変わるが、暖気ですら2~3時間は掛かってしまう。
「大丈夫です。この船は、貴女の知る電とは大きく違います。この日本皇国の技術の粋を注ぎ込んでいるのです」
誇らしげに、石田中尉は言った。
「じゃ、じゃあ……」
まず思い描くのは、機関に火を入れること。するとすぐに低い鳴動が空気を揺らし、艦が産声を上げた。
機関が動いているのがわかる。それだけではなく、艦の内部、外部の詳細が隅々までわかる。そして、感覚的にそれを動かせるということを、電は直感で理解した。
艦と繋がっていると実感できたとき、外の景色、ドックの様子が映った。いや、映ったという表現は的確ではない。性格に表現するなら、今までいた灰色の部屋の全てだ。360度の全てがドックになった、ということだろうか。
そして不思議なことに電が立っている場所は、水面であった。水の感触もちゃんとわかる。ひょっとしたらここは本当に外なのではと思えてしまう程の現実感だった。
「えと……外なのです?」
「いえ。全方向型の外部画面です。戦場の全てを見渡すことが可能となっています。では、次は微速前進をお願いします。水面をそのまま滑る感覚が、動かしやすいそうですよ」
「はいなのです」
電は助言通りに、水面を滑る感覚を意識する。
ゆっくりと、駆逐艦『電』は動き出した。蒼い空と海が、この世界に来た電を出迎えた。