「輸送任務……なのですか?」
電がこの世界に来て、数日が立った。操艦にも慣れ、鎮守府での生活にも少しずつ慣れ始めた矢先の事であった。
「そうだよ。と言っても、遠方というわけじゃない。近くにある町まで、物資を買いに行ってほしいんだ」
笑顔で、一二三少将は言った。
それは輸送任務ではなく「お使い」と言うのではないだろうか? 電は疑問に思ったが、上官の命令は絶対だ。それはどこの世界だろうと一緒なのだ。
「了解です。それで、何を買ってくればいいのです?」
「えっとね、ちょっと待って。メモが……あ、これだ」
メモの内容は、雑貨品やお菓子といった他愛無いものばかり。心のどこかで何か重要な物資を運ぶのだろうかと思っていた電だが、その期待は悪い意味で裏切られた。
「それでだね、まだ電ちゃんはこの鎮守府の外に出たことがないから案内をつけるよ。一人じゃ不安だろう?」
「う……」
認めてしまうのは少し恥ずかしくもあり、電は口ごもってしまう。
「それで、同行してくれる艦娘なんだがね」
「あ、はい」
天龍か龍田のどちらかだろうか。電がこの鎮守府に来てから、何かと面倒を見てもらっている、教官と言ってもいい存在だ。
「加賀さんの手が空いてるから、彼女にお願いしたよ」
「……なのです」
「おや? なんだか不安そうな顔だね? 加賀さんが嫌いかい?」
「嫌いじゃないのですけど……」
苦手であった。
接点が無いわけではないが、終始無口無表情でどう接すればいいのかまるで見当もつかないのだ。
どう説明したものかと電が思案していると、コンコンと執務室のドアが叩かれた。
「入っていいよ」
「失礼します。提督、何かご用でしょうか?」
入ってきたのは、切れ長の眼をした涼しげな女性。噂の渦中にいる、正規空母の加賀であった。
「うん。電ちゃんと買い物に行ってきて欲しいんだ」
「提督、それはお使いというものではないのですか? 正直、艦娘が行く必要性を微塵も感じません」
ニコリともせずに、加賀は言い放った。
「加賀さん可愛い」
「お世辞を言っても駄目です」
「まあそう言わずに。電ちゃん一人で買い物に行かせるのも酷というものだろう?」
「電さんを行かせる必要性も感じません」
「じゃあ、しょうがない。これは提督からの命令です。逆らうことは許されません」
「…………ふぅ。忠告しますが、そのように職権を行使されますといつか背中から撃たれますよ」
「はっはっは。その時は加賀さんが守ってくれるから心配していないよ」
「……善処します」
加賀は軽くため息をついた。
「ですがいいのですか? 短期的とはいえ、この鎮守府の戦力が低下しますが」
「大丈夫だよ。ここ最近敵の大規模な攻勢は無いし、天龍ちゃんと龍田さんが哨戒に出てるから何かあれば早期に対応もできる。安心して行ってきていいよ」
「わかりました。電さん、準備は出来ていますか?」
「え、あ、出来てるのです」
「では行きましょうか。では提督、失礼します」
「失礼します」
「うん。行ってらっしゃ~い。電ちゃん、町をしっかり見ておいで」
「なのです?」
観光をしてこいというわけでもあるまい。電には、一二三少将の言葉の意味が解らなかった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「あ、あの。町までどれくらいなのですか?」
「歩いて20分ほどです」
鎮守府を出て、そんな会話を交わした電と加賀。それから5分ほど歩いたが、その間両者ともに完全に無言。
電は元々お喋りな方でもないし、加賀にどういう話題を振ればいいのかが分からない。
加賀の方は電よりも無口であるし、その凜とした態度ゆえに気安く声をかけづらい雰囲気を作っていた。
しかしこれではまずい。道程はまだまだ長いし、なによりも同じ艦隊で戦う仲間なのだ。このように気まずい関係はよろしくない。
「加賀さん!」
意を決して、電は加賀に声をかけた。
「何かしら?」
「えと……その……」
声をかけたはいいが、何を話すべきだろうか?
真面目な話がいいだろうか? それとも他愛もない雑談?
「あ、昨日のアイスクリーム、美味しかったですね」
電が選んだのは、食事の話題だ。同じ空母の赤城はとても美味しそうにご飯を食べるし、加賀もきっと食事の話題なら気分よく会話してくれるはずだ。
「そうね」
「…………なのです」
何か言葉を投げ返してくるかと期待したが、「そうね」の一言で会話が終わってしまった。
「えっと……加賀さんはご飯は何が好きなのです?」
それでも電はめげずに言葉を投げ続ける。
「何でも好きよ。嫌いなものは無いわ」
取り付く島もないとはまさにこのことである。
ひょっとして嫌われているのだろうか? という疑念すら生まれてしまう。しかし電は加賀に嫌われるようなことをした覚えはない。そもそも会話をしたことすらほとんどないので、嫌われている可能性は低い。
その後も電はあれこれと話題を提供して、何とか会話の糸口を探ろうとする。しかし結果はいつも同じ。電がボールを投げても、加賀はそれを受け止めるだけで投げ返してはくれない。
結局、町に着くまで会話らしい会話は出来なかった。
「ふわぁ……すっごく賑やかなのです」
町についた電は、感嘆の声を上げた。
右を見ても左を見てもたくさんの人が往来しており、町が賑わっているのが一目でわかる。道行く人の服装も洋装和装と色とりどりだ。
建築物は木造の物と、混凝土や鉄で出来た物が入り混じっている。電は自分が知っている世界よりも、この世界の方が進んでいるような印象を受けた。
「2年前は、こうじゃなかったんですよ」
「え? そうなのですか?」
「深海棲艦の侵攻があるので、海岸沿いからは多くの人間が退去してしまいましたから。この場所に鎮守府が出来て、艦娘がいるから、これだけの人が集まっているんです」
「えへへ。なんだか嬉しくなるのです」
自分の存在で多くの人を笑顔にできている。そう思うと、自然と頬が緩んでしまった。
「では買い物をしましょうか」
「はいなのです!」
「甘味ばかりだから、あちこち移動しなくてすむわ。早く終わらせて帰還しましょう」
「あ……はいなのです」
電としてはこの市井を見学していきたかったが、加賀が帰りたいと言うのであればそれに従うしかない。仮に色々な所を見て回りましょうと言っても、「時間の無駄よ」と一蹴される未来が待っているだけだろう。
「まずは…………買い物の品、全部甘味ね。全く、これぐらい個人で買いに出かければいいのに」
脇目もふらずスタスタと歩く加賀の後を、電はまるでお上りさんのようにキョロキョロと視線を飛ばしていく。
すると、あることに気が付いた。
「あの、加賀さん。なんだかみんなこっちを見ているような」
「多分私を見ているんでしょう。艦娘はそう見られるものではありませんから」
「えと、でも……」
群衆のほとんどは、好奇、羨望、期待と言った好意の感情で占められていた。
しかしそれだけではなかった。一部ではあるが、怖れの感情がありありと見える者も、確かにいる。
「私たちが怖いのでしょう」
「怖い、ですか?」
軍属として恥ずべきことかもしれないが、電は自分の容姿で他人が怖がることを微塵も想像できなかった。
「人の姿をしていながら、人ではありませんから」
「えっと……?」
どういう意味だろうか。人の姿をしていれば、愛着がわくというものではないだろうか。
電は疑問に思い聞き返そうと思うが、
「あうっ!? ご、ごめんなさい!」
通行人にぶつかってしまいそれは叶わなかった。
「あの、加賀さんそれってどういう……」
再び加賀に質問しようとするが、目前に加賀の姿は無かった。
「……はわわ!? 加賀さん! 加賀さーん!?」
大声を上げるが、町の喧騒にその声はかき消されてしまい、加賀には届かないようだ。
「ど、どうしよう……」
オロオロと慌てふためく電だが、それで事態が好転するわけでもない。
その時、
「あぅっ!」
ドン! と何かがぶつかった。
「ごめんねお姉ちゃん」
小柄な電よりも、頭二つ分ほど小さな少年だった。しかし何より目を引くのが、その服装がいやにボロボロで、少年自身も薄汚れていることだった。
「大丈夫だよ。気をつけてね」
「うん」
少年は笑って去って行き、電は笑って手を振った。
笑ったことで気分が落ち着いたのか、少し体も軽くなった気がする。
「そうだ、無線機」
鎮守府を出る時に、有事の際にということで手のひらサイズの小型無線機を渡された。無線機といっても、艦娘の脳波を利用したもので艦娘同士の通信しかできないのが難点だが。
「あれ……」
ない。その無線機が。加えて、財布もない。
「なんで……さっきまでちゃんと」
無線機の固い感触も、財布の重みもちゃんとあった。落したりすればすぐにわかるはずだ。
「あ……」
そういえば、あの少年とぶつかった後、身体が軽くなった。気分的なものではなく、物理的なものだったとしたら。
急いで足元を見るが、無線機も財布も落ちていない。ならば考えられることは一つ。
「盗まれちゃったのです!?」
電は慌てて、少年が去って行った方に向けて駆け出した。
・ ・ ・ ・ ・ ・
少年の人相を聞き込みして行きついたのは、古びて薄暗い裏通りの区画だった。
土地勘も無く、慣れない人ごみで、かなり時間が経ってしまった。太陽はすでに傾き始めている。
一目で危険とわかる雰囲気を放っているその場所に、電は足を踏み入れるのを躊躇った。しかしここに先ほどの少年がいるのは、聞き込みからするとほぼ間違いない。
意を決して、電は歩を進めた。
表通りの華やかさとは対照的に、この裏通りはみすぼらしさがそのまま具現化したような場所だった。
隅にはゴミが散乱しており、時折見かける人もボロ布のような服しか来ていない。
そして何よりも目を引くのが、4割近い人が身体の何処かしらを欠損しているということだ。
「へへ。すげぇ! 結構入ってる! あの女トロそうなクセに、結構金持ってたな」
声が聞こえた。間違いなく、先ほどの少年の声だ。
そちらの方へと急いで向かうと、少年が電の財布の中からお金を抜き出していた。
「あ、あの! お財布返してほしいのです」
普通なら盗人相手に激昂する場面なのだろうが、電は返してと懇願してしまう。
だからだろうか、少年の方も慌てるでもなく、逆上するでもなく、しおらしく目に涙を浮かべた。
「ご、ごめんなさいお姉ちゃん。俺、とっても貧乏で何も食べてなくて……だから、つい」
「そうだったのですか。でも、人の物を盗っちゃダメなのです」
「うん。ごめんなさい……」
少年はそのまま電の方へ行き、
「おら!」
「ふにゃあ!?」
財布を投げつけて、電に背を向け駆け出した。その手にはしっかりと紙幣を握りしめて。
「あばよ!」
「はわわわ……」
まずい。このままではまた逃げられてしまう。
「待ってくださいー!」
電もそのまま駆け出す。が、
「はわわわわ!?」
石に躓いてバランスを崩してしまう。しかし勢いがついていたせいで、そのまま前方へと、少年の背中に突撃してしまう。
「ぐぇ!?」
「はうぅ!」
二人して地面に倒れ伏して、数秒間気まずい沈黙が流れる。
「えと……怪我はないのですか?」
「まあ、ないけどさ……」
立ち上がって、二人は服に付いた土を払う。
「あの、お金……」
おずおずと、電は言う。
「ちぇっ。調子狂うな。ほら」
今度は素直に、少年は紙幣を電に差し出した。
「ありがとうなのです!」
「金は返したんだから、警官呼ぶなよ」
「あ、待って!」
「なんだよ?」
「えっと……泥棒はしちゃダメなのです。警察官さんに捕まっちゃうのですよ」
「しょうがねぇだろ。親もいないんだし、自力で稼がないと」
少年の口から出たのは、重い言葉だった。
「な、なんで……」
「あんた俺より年上っぽいのに何も知らないんだな。深海棲艦と、艦娘のせいで、俺みたいなガキはいっぱいいるぜ」
「え?」
人類の天敵である深海棲艦のせいでというならわかる。だが人類を守る艦娘のせいというのはどういうことなのか。
「5年前、深海棲艦と人間の戦いがあっただろ。その時、人がいっぱい死んだ。死ななくても、一生残る怪我をした人も凄いいただろ」
きっとその時に、少年の親も戦死してしまったのだろう。
「でも、傷病兵さんや戦死してしまった人の遺族には、お金が払われるって」
「問題はその後だよ。その後、艦娘ってヤツらが出てきて、深海棲艦と戦い始めたんだ。そうしたら、新聞やテレビはそいつらを英雄みたいに言って、おかげで俺の親父みたいな海軍軍人は役立たずみたいな目で見らちまった。生き残っても手足が無くなった人はそんな人の目が恥ずかしくて軍を辞めたり、離婚したりで一家離散。皆、逃げるように人目につかないこんなところで暮らすようになっちまった」
「大丈夫なのです!」
思わず、電は叫んでいた。
「その……電が知ってる国も、戦争があって……」
かつて電は、こことは違う別の世界で、駆逐艦「電」として戦場を駆けた。どういう結末に至ったかは、誰に聞くでもなく予想は出来た。電が沈んだ時、すでに日本はこれ以上ない劣勢を強いられていた。あそこから逆転できる可能性なんて、無に等しい。
とても聞きにくかったが、鎮守府にいる艦娘に戦争の結末を聞いたことがある。そして電が予想した通りの結果が返ってきた。
しかし戦争の後、平和な世界になったことを知った。敵国とも、あの戦争の後は友好的な関係を築いているようだ。かつて仲間の駆逐艦「雷」と共に敵兵を助けたことも無駄ではなかったと知り、電はそれが無性に嬉しかった。
「皆苦しんで……でも、今は凄く豊かで平和な国になったのです。だから、この国のみんなもきっと、大丈夫になるのです!」
艦娘として守ると言わなかったのは、少年が艦娘にあまり良い感情を抱いていなかったからだ。怖がらせるかもしれない、というよりも嫌われるのを恐れてのことであるが。
「どうだかな。もう何年も深海棲艦と戦ってんだぜ。いつ終わるかなんて」
そんな少年のネガティブな一言を、
「電さん。何をしているのですか」
凜とした声がかき消した。
「加賀さん! どうして」
「通信機よ。私が持っている通信機で、貴女が持っている通信機がどこにあるかがわかるの。それより……」
ちらりと少年の方を見る加賀。
「警官に連絡を取りましょう。留置所で少し反省することね」
「あの、待って欲しいのです加賀さん。この子は、電のお財布を拾ってくれただけなのです。加賀さんの思ってるようなことじゃないのです」
電は加賀の眼を見据えて、ハッキリとした口調で言った。
「……貴女がそう言うならそれでいいわ。買い物はもう終わっているから、帰りましょう」
「あ、はい。えっと……」
電は少年の方を見る。なんと声をかければいいのか、わからない。嫌われてしまっただろうか。
「あんたも、艦娘なの?」
少年の声には、戸惑いの感情が乗せられていた。だが嫌悪の感情は無い。少なくとも、電にはそう感じられた。
「は、はい……黙っててごめんなさいなのです」
「別に良いけどさ……あんた本当に戦えんの? すぐやられちゃいそうだからさっさと辞めた方がいいって!」
笑いながら、少年は背を向けた。
「ふぇぇ!? そんな酷い……」
「でもあんたのことは嫌いじゃないからさ。死なないでくれよな」
少年は振り返らずに、そのまま去って行った。
「うぅ……励まされたのかな」
心中複雑だが、ここは言葉通りに受け取っておいてもよいだろう。
「どうでしたか? 町を見て」
「えと……」
電は今日一日を振り返る。綺麗なモノも、汚れたモノも見てきた。だがそこには人が生きて、生活をしていた。
「守りたいのです……皆を」
深海棲艦を全て倒して、この海が平和になれば、皆が笑顔になるかもしれない。
ひょっとしたら一二三少将は、電にこう思ってもらえるように、今日のお使いを頼んだのかもしれない。
「……その気持ちを忘れないことね。何があっても」
加賀は電から目を背けて、常よりもさらに小さな声でそう言った。
「は、はい!」
電はそれを加賀なりの激励と受け取り、両の手を握りしめて心に誓った。
全ての深海棲艦を、この海から駆逐すると。