戦果だけ見れば、敵深海棲艦を撃退。勝利と言ってもいいだろう。
しかし電と天龍には勝利を祝える気持ちの余裕はなく、むしろ敗残兵といった雰囲気すら漂っていた。
傷ついた艦船を工廠へと預け、電と天龍も手当を受け、暗い海を二人で眺めていた。
「深海棲艦についちゃあ、俺達はなにも知らねぇ。だけど、噂みたいなもんは知ってる」
「噂……ですか?」
「深海棲艦ってのは、海で死んだ艦娘の成れの果て。恨みを抱えて死んだりしたら、ああなっちまうって」
電は、先ほど遭遇した重巡リ級を思い出す。幽鬼のような白い肌、この世のものとは思えない不吉を孕んだかのような存在感。だが何よりも印象に残ったのが、その眼だ。恨みの塊のような、呪いを具現化したような眼。
「本当かどうかは知らねぇ。だけどよ、本当だろうが嘘だろうが深海棲艦は襲ってくる。戦うしかねぇんだよ」
「……それは、そうですけど」
もし仮に天龍の言う噂が本当なら、艦娘は仲間を殺しているとも言える。
誰かを守るために、仲間を殺せるのだろうか。いや、化け物なら良心の呵責も無く殺せたのだろうか? 答えが出ない自問に、電の心は悲鳴を上げる。
「ま、詳しいことが知りたいなら提督にでも聞くんだな。あれでも少将で、昔は軍の上層部に居たみたいだし、なんか知ってるかもしんねぇぜ」
「はい……」
一二三少将が深海棲艦について、何か知っているのか。
電は心のどこかで、一二三少将が「何も知らないんだ」と言ってくれるように祈った。
「戻ってきたな……」
水平線上に僅かな明かりが見えた。点滅を繰り返す光は、船舶の位置を明確に示してくれる。艦船が鎮守府へと向かってくるのを、電はどこか不安げな顔で見守った。
「とりあえず、工廠に行くか」
「はいなのです」
力の無い足取りで、帰還してくる仲間を出迎えるべく二人は工廠へと向かう。
工廠へと帰ってきた龍田、赤城、加賀の艦隊は、さすがと言うべきか小破すらしていなかった。まさに完全勝利の余韻を纏わせての帰還である。
「天龍ちゃんただいま~」
「おう、龍田。無事だったか」
「ええ。赤城さんと加賀さんが奮戦してくれたからぁ~」
「いえいえ。龍田さんだって凄かったですよ」
と、赤城。
「そうですね。旗艦を撃沈させたのも龍田さんですしね」
加賀も赤城に同意するように、首を縦に振る。
「電ちゃんも天龍ちゃんも、無事……じゃないようだね」
一二三少将は包帯を巻いた二人の姿を見て、痛ましそうに顔を歪める。
「何言ってんだよ。これぐらい掠り傷だ。それより悪かったな。俺は中破、電は大破しちまった」
「気にする必要はないよ。轟沈しなければ、いくらでもやり直せる。よく町と、鎮守府を守ってくれたね。ありがとう」
天龍の肩をポンポンと叩いて、一二三少将は労いの言葉をかける。
「さぁ、しばらくは敵襲も無いはずだ。みんな休養を取って、次の戦いに備えてくれ」
「あの……司令官さん」
「ん? どうしたんだい、電ちゃん」
「お話が、あるのです。その……深海棲艦について」
電の悲壮な顔を見て、一二三少将は電が何を言いたいのかを察したように目を瞑った。
「わかった。電ちゃん以外の者は、休むように。電ちゃん、ついて来て」
「はい」
一二三少将と続いて、工廠を後にする。そしてそのまま鎮守府へと向かう。
「まずは、電ちゃんの考えを聞いておこうか。深海棲艦について、どう思う?」
振り向くことなく投げかけられる言葉に、電はあらかじめ纏めておいた考えを口にする。
「深海棲艦は、沈んだ艦娘……だと思うのです。天龍さんから、そういう噂があるって聞きました。それに実際に深海棲艦を見たら、なんだか他人には思えなくて……」
「じゃあ、艦娘は何だと思う?」
「え?」
深海棲艦の正体にばかり考えが向いて、自分たち艦娘がどういう存在かなんて考えもしなかった。
「私たちの世界、日本の軍艦の魂が人になった存在……ですよね?」
それ以外に答えようがない。事実、電は自分が駆逐艦だった時の記憶を持っている。
「そうだね。じゃあ……」
エレベーターの前にたどり着き、そのまま二人は中へと入る。そして一二三少将はカードをポケットから取り出すと、それをエレベーターの操作盤へと差し込んだ。しかしそんなことをしなくても、エレベーターは動く。微かな浮遊感を搭乗者へと与えながら、エレベーターは下降する。
「あれ?」
おかしい。この鎮守府には地下2階までしかないはずだ。階を示す針はとっくに『2』を示しているが、エレベーターは一向に止まる気配を見せない。
「艦娘はどうやって生まれると思う?」
そんな電の疑問を、一二三少将は質問で塗りつぶす。
「それは……この国の技術で、身体を作った……とかですか?」
「なるほど。じゃあ、深海棲艦はどうやって生まれたと思う?」
「え? それは、艦娘の沈んだ……あ」
電は自分の言葉に違和感を覚え、そしてすぐに違和感に気づいた。
深海棲艦が沈んだ艦娘の成れの果てだというなら、一番最初に生まれたのは艦娘でなくてはならない。
もちろん噂が全て間違っており、深海棲艦は自然発生的に生まれるという可能性もある。
チンッ! と軽快な音がする。エレベーターが目的の階に到着した音だ。
「電ちゃん。知りたいなら教えてあげる。艦娘にはその権利があるからね。だけどね、知るとツラい思いをするよ? 今なら引き返せるけど、どうする?」
「……知りたいです。電は、自分のことを、艦娘のことを、深海棲艦のことを知りたいのです」
「なんで知りたいんだい? しつこいようだけど、知る必要はないよ?」
一二三少将の言うことはもっともだ。世の中には知らない方が良いことも、確かに存在する。この先にある情報は、間違いなくそれなのだろう。
それでも、電は深海棲艦の事が知りたい。それは、
「あの深海棲艦、雷お姉ちゃんかもしれないのです」
「雷お姉ちゃん?」
「はい。あの重巡リ級、雷お姉ちゃんのような気がするのです。なんでかわからないけど、そんな気がして……」
確証は何もない。だが電には、あの重巡リ級が他人には思えなかった。姉妹艦の絆、というものなのだろうか。
「だから、なんで深海棲艦が雷お姉ちゃんに見えたのか……知りたいのです」
「……わかった。この先の部屋にある資料は、軍でも上層部の人間しか知らないことだ。知ってもいい人間は限られている」
それほど重要な機密、ということだろう。だが不可解でもある。
「いいのですか? そんな軍機を知っても……」
「艦娘なら知っても問題はない、誰かに機密を漏らすこともない、というのが上層部の判断だよ。現に今までこの秘密を知った艦娘は、誰にもこの機密を話そうとはしなかったしね」
それほど艦娘を信用している、ということだろうか? それとも、重罰をチラつかせて脅すのだろうか?
エレベーターの扉が完全に開く。そこは一つの部屋になっており、見たところ出入口はエレベーター以外には無さそうだ。
そして部屋を埋め尽くす、大量の書類。そして部屋の隅には木製の机が一つ。
「これを読めば、分かるよ。艦娘と深海棲艦のことがね」
一二三少将は一冊の分厚いファイルを手に取り、それを開いた。
「とりあえず、電ちゃん。立ち話もなんだし、その机に座りなさい」
「あ、はい」
勧められるままに、電は着席する。
「じゃあ、説明しようか。まず、深海棲艦が最初に現れたのは五十年前。どんな攻撃も効かなくてね、多くの人が死んでしまった。世界中の人が協力し合ったけど、勝てなかった」
一二三少将は、悲しげに俯いた。苦い記憶が蘇ってしまったのだろう。
「深海棲艦は海を支配した。海上交通網も、空も深海棲艦の艦載機に支配されて、特に日本は大打撃を受けてしまったんだ」
「はい。他の国と交易が出来るようになるまで、すっごく大変だったって教えてもらったのです」
「うん、本当に大変だったよ。その転機となるのが、謎の軍艦の発見だ。そう、君達の世界からやってきた船だ」
「私たちの……」
「これ自体は報道されたんだがね、一つだけ報道されていないことがあるんだ。軍艦の中にね、女の子が眠っていたんだ」
「それって……」
「うん。後に艦娘と呼ばれる子だ。皇国が作り出した戦神と宣伝されてはいるが、情けないことに君達がどうして生まれてくるのか、まるでわかってないんだ。新しい艦娘を補充したくても、異世界の軍艦を発見しなければどうにもならない」
これだけでも十分すぎるほどの機密だ。世に出せば大スキャンダルだろう。国の要人の首がどれだけ飛ぶか、想像もつかない。
「この時は、軍艦の中にいた少女をどう扱えばいいのか、みんな混乱していたよ」
何しろ国籍や人種どころか、人間かどうかすら謎の存在なのだ。無理もないだろう。
「そして、謎の軍艦が発見されてからしばらくして、あの作戦が決行された。深海棲艦拿捕作戦」
「え!?」
深海棲艦の拿捕。そのような作戦があったなど、聞いたこともない。それに艦娘の存在もない時代、それだけの被害があったのか考えるだけでも恐ろしい。
「被害は甚大だった。全戦力の六割を喪失して、駆逐艦級をようやく一隻だけ捕獲できた」
「六割……」
軍としては壊滅一歩手前だ。だがそれだけの被害を出しても、深海棲艦の拿捕には価値がある。
「そして、拿捕した深海棲艦の研究が始まった。深海棲艦の駆逐艦は生物的な外観だろ?」
「はい。口もあるし、眼もあるし、とっても怖いのです……」
「でもね、あれは外観だけなんだ。中身はね、君達とおなじ駆逐艦だ」
「え……それって、同じって……」
「うん。君たちの世界の駆逐艦だ」
「待ってください! 同じってことは、もしかして」
「うん。中にね、人がいたよ。もっとも、眠っているような状態だったし、目覚めても記憶が全く無かったから、深海棲艦の存在については全くわからなかったけどね」
たしかに深海棲艦には人の姿をした者もいる。駆逐艦の中に人型の存在がいないという理由は無い。
だが問題はそこではない。問題は、深海棲艦の内部に電達と同じ世界の軍艦が使われており、なおかつ電達と同じように人が眠っていたということだ。
これではまるで、
「艦娘、みたいなのです……」
生じた不安を吐き出すように、電は呟いた。
「……ある人は考えた。ひょっとしたら深海棲艦の本体は、この少女なんじゃないかと。そしてもしそうなら、発見された謎の軍艦の中に眠っていた少女も同じ力を持っているはずだと」
一二三少将は電の呟きには答えずに、言葉を紡ぐ。
「その予想は当たっていた。謎の軍艦を修復し、軍は中で眠っていた少女を乗艦させた。予想通り、少女は深海棲艦と同じような障壁を張ることができた」
「そんな……それって」
「しかし船を自由に動かすことはできなかった。そのために、拿捕した深海棲艦を隅々まで、そう隅々まで解体して解析して、君達が身に着ける生体艤装が開発された。これによって、君達は深海棲艦と同じように艦を自在に操れるようになった」
隅々まで。その言葉が持つ意味は、艦体だけではなく中で眠っていた少女も、ということなのだろう。
「それじゃあ……深海棲艦って……艦娘って」
電は理解した。艦娘が深海棲艦になるのではない。艦娘と深海棲艦は、同じ存在なのだ。いや、むしろ深海棲艦の技術が使われているのなら、深海棲艦と同じ存在という表現の方が正しいだろう。
「わかっただろう? これを聞いた艦娘が、この機密を誰にも言わない理由を」
一般市民にはもちろん言えないだろう。迫害の対象にされかねないのだから。
ならば仲間の艦娘には? 言った所で信じてもらえない。いや、誰もそんなことは信じたくない。電だって、資料と一二三少将からの説明でなければ信じなかったはずだ。
「この話を聞いた艦娘はね、大きく分けて三つの道を歩むことになる。一つは、気にせずに深海棲艦と戦い続ける道。二つ目は、深海棲艦と戦わずにすむように輸送任務などの後方支援に志願する道。二つ目の道を選ぶなら、私はそれを叶えよう。そして最後の道は」
一二三少将はそこで言葉を一度切って、電の眼を真っ直ぐに見た。
「鎮守府を去る道だ」
電の頭の中は、真っ白になってしまった。
戦う相手である深海棲艦は、大日本帝国の軍艦として共に戦った仲間なのだ。こんなことを聞いて、正常な思考が働くわけもない。
「あ、あの……深海棲艦を、助けることって、できないのですか? 艦娘にすることって……できないのですか?」
それは微かな希望を賭けた問いかけ。もし深海棲艦を艦娘にすることができるなら、戦うことに迷わずにすむ。
「できる方法があるのかもしれないけど、今の人類にはそんな技術はない。あったとしても、深海棲艦の拿捕には轟沈という大きな危険が伴う。指揮官として、艦娘を轟沈させる危険は冒せない」
しかし一二三少将の言葉は、そんな電の希望を打ち砕く。その言葉は正論で、電には反論できなかった。
「とりあえず、戻ろう。休養を取って、それから自分がどうしたいか考えなさい」
「はい……」
電は幽鬼のような足取りで、ほぼ無意識のままに行動した。部屋へと戻り、一時間だけ眠った。そして目が覚めて、全てが夢で無かったことを認識した電は、一二三少将が言った三つの道を思い出した。あの時は自分がどの道を進むべきなのかわからなかったが、電の身体は自然に動いた。
誰にも何も言わず、夜が明ける前に、電は鎮守府から姿を消した。深海棲艦から逃げる道を選んだのだ。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「あぅ……」
電を目覚めさせたのは、空高く上がった太陽だった。
体が痛む。いつもの柔らかい布団ではなく、固い長椅子で寝てしまい、身体がすっかり固まってしまっている。
太陽の位置からすると、今は正午だろうか。いつも五時起きの身だから、寝坊にもほどがあるという気になってしまう。だが今日からはもうそんなことは関係無い。電は軍から逃げ出した身なのだから。
電が今いる場所は、以前にお使いで来た町にある公園であった。本来ならばもっと遠くに逃げるべきなのだが、鎮守府以外に知っている場所がここしかなかったのだ。それに金銭も持っていない身では、交通網も利用できない。人ごみに紛れて隠れるぐらいしか、電には思いつかなかった。
「よいしょ……」
電はゆっくりと立ち上がって、身体の凝りを解していく。
しかし、思えばよく鎮守府から抜け出せたものだ。仮にも軍属、兵器扱いのはずなのに、拍子抜けするほど簡単に逃げ出すことができた。
「これからどうしよう……」
艦娘である自分には頼るべき身内もいない。それどころか、鎮守府から捜索隊が出されているかもしれない。町から離れるべきか、しかし離れてどこに行けばいいのか。
「はぁ……どうしよう」
ぐぅ~っと小さく電の腹部から自己主張の声がした。
思えば、朝ご飯も食べていない。艦娘であろうと、腹は減ってしまうのだ。
「ご飯の時間ですね!」
「はわわわ!?」
急に後ろから声をかけられ、そしてその聞き覚えのある声に、電の全身は硬直してしまった。後ろを振り向くと、長い黒髪と赤い着物に身を包んだ艦娘、正規空母の赤城が立っていた。
「あ、赤城……さん」
一体何時から居たのだろう。捕まるかもしれないとは考えていたが、こんなにも早いとは予想外だった。
「あの、私……」
「じゃあ行きましょうか」
電は弁解しようとするが、赤城はそれを遮る。そして赤城は電の手を取り、そのまま歩き出した。
このまま鎮守府に連れ戻され、軍法会議にかけられるのだろうか。どういう処分が下るにしても、あまり良い未来は想像できない。
繁華街に入り、しばらく歩く。やがて電はおかしなことに気づく。鎮守府とは方向が逆だ。
「あの、赤城さん。鎮守府に行くんじゃ?」
まさか、逃がしてくれるのだろうか。
「お食事をしに行くんですよ」
「え?」
聞き間違いだっただろうか? お食事に行く、と聞こえたが。
「私のお腹はもう限界なんです!」
凛々しく、この上なく真剣な表情であった。そのあまりの気迫に、電は何も言い返すことが出来なかった。
「なのです……」
やがてたどり着いたのは、一軒の居酒屋であった。暖簾をくぐり、店に入る。
「いらっしゃいませ。あら、赤城さん」
割烹着を来た包容力の高そうな女性が、朗らかな笑顔で出迎える。
「こんにちは。とりあえず、いつもので」
「はい。そちらのお嬢さんは、どうしますか?」
「え、えと……」
答えに窮してしまう。お腹は減っているが、まさか食事ができるとは思ってなかった。
「電ちゃん。ここのお店はトンカツが美味しいんですよ」
後輩を気遣う優しい先輩という風格がある。ただし、口から流れる涎さえなければであるが。
「は、はぁ。じゃあそれで」
「ではあちらのテーブル席でお待ちください」
女将は二人に席を勧め、二人はそのまま席に着く。
「電ちゃん、艦娘やめるの?」
「はわっ!?」
無言の気まずい雰囲気が続くかと思っていた電だったが、赤城はすぐさま切り込んできた。直上から爆撃を受けた気分である。
「えと、それはその……」
「まだ自分でもわからないって感じですね」
お冷をぐびぐびと飲みながら、そして中に入っていた氷をボリボリ食べながら、赤城は思案するように額に皺を寄せた。見かけは大和撫子を体現しているのに、なぜ食べることにはここまで貪欲なのか、電には不思議でならなかった。
「あのこと、知ったんですよね?」
「はい……司令官さんから、聞かされました」
「あ~やっぱり。ビックリしちゃいましたよね?」
ビックリ、ではすまない内容だったと思うが。
「赤城さんも、知ってるのですか?」
「ええ。私だけじゃなくて、この鎮守府の皆も知ってるわ」
「あ、あの! みなさん、なんで……戦えるのですか? 嫌じゃ、ないのですか?」
「そうね……とりあえず、ちょっと食べましょうか」
二人が座る席に、料理が運ばれてきた。運ばれてきたのは、洗濯桶いっぱいのごはん。その上には様々な魚の切り身。大きさは尋常ではないが、内容物は海鮮丼だ。
「私が戦う理由はね、運命を変えたいの」
鋭い眼光で電を射抜き、赤城は言った。
「運命、ですか?」
「私はあの世界で、眼の前で多くの仲間を失った。国を守ることが出来なかった。それも力を発揮させることもできないまま。だから今度は、慢心せずに戦い抜きたい。それが理由」
赤城は日本が誇る空母として、最強の機動部隊を従えていた。しかし戦争ではその力を生かし切ることが出来ずに、海の底に沈んでしまった。その無念たるや、想像を絶するものだろう。今度こそは、自分の力の全てを出しきり、戦いたいということなのだろう。
「って、昔は思ってたわ」
「え?」
とつぜん朗らかに笑った赤城に、電は呆気にとられた。
「提督から、あの話を聞いてね。そんな理由は全部飛んでいっちゃったわ。なんのために戦えばいいのか、わからなくなった。いっぱい悩んで、考えて、ようやくわかったの」
赤城は海鮮丼を指さした。
「艦娘の身体を得て、食べる喜びを知ることが出来た。深海棲艦が人間の土地を脅かしたら、美味しい料理が食べられなくなる。こんな美味しい料理を作ってくれる人達を守りたい。それが私が戦う理由ね。いただきます!」
食前の挨拶をすると、赤城はすさまじい勢いで料理を胃の中に収めていく。
「電ちゃんは、なんのためなら戦えるの?」
「私が戦える理由……」
「おまたせしました。トンカツ定食です。ごゆっくりどうぞ」
悩む稲妻の前に、食事が運ばれてきた。とても美味しそうな匂いで、思わず唾を飲み込んでしまった。
一口かじったトンカツは、とても美味しかった。赤城が食べるために戦うのも、分かるような気がする。
電は考える。なんのためなら、自分は戦えるのだろう。人のため、国のため、仲間のため、色々な言葉が浮かんでは消えていく。
「平和な世界……」
言葉が口をついて出た。
「平和な世界になるように、戦いたいのです」
「大変ですよ? 深海棲艦はどれだけいるかわからない、全部倒すのは」
「違うのです、深海棲艦さんも倒すんじゃなくて助けるのです! この前の重巡リ級、きっと雷おねえちゃんだから」
「助ける方法なんて、無いかもしれませんよ?」
「それでもやるのです!」
電は鼻息も荒く、ご飯を口に運んでいく。そうだ、深海棲艦のままではこんなに美味しいご飯も食べられないのだ。雷だけではなく、他の深海棲艦も助けてみせる。そして平和な世界で、みんなで美味しくご飯を食べるのだ。
電は心に、そう固く誓った。
「ふふ。深海棲艦も助けたいだなんて、そんなこという艦娘は初めてです。でも、そういうの好きですよ」
赤城は朗らかに笑い、海鮮丼を口に運んだ。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「ごちそうさまでした、赤城さん」
ペコリと頭を下げて、電はお礼を言った。
「いいのよ。それより電ちゃんは、これからどうするの? 鎮守府に帰ってくる?」
「それは……あの、私勝手に抜け出しちゃったから……」
今さらおめおめと戻れるのだろうか?
「大丈夫。電ちゃんはね、昨日から休暇ってことになってるんですよ。提督がそうしてあげてって」
脱走、という処分が下らないようにしてくれたのだろう。もしなんの手続きもされていないのであれば、いかに艦娘と言えども重い処罰が下されていたに違いない。
「でも、みんなすっごく心配したんだから、長いお説教は覚悟しててね」
「あぅ……はいなのです……」
お説教は嫌だが、電の心は軽くなっていた。自分が何のために戦うのかがハッキリして、行動の指針が見えたからだ。深海棲艦を救う具体的な方法はこれから考えなければならないが、それでも一歩前進できた。
もうすぐ鎮守府が見える。電はこれからのお説教を耐えるべく、心に気合いを入れようとする。
「あれ? なんなのですか、あの船は」
見慣れない船が三隻、鎮守府へと入港するのが見えた。
「あれは……戦艦長門!?」
赤城は驚愕に目を見開く。
「本部付の艦娘のはずなのに、なんでこの鎮守府に……」
戦艦長門。日本を、いや世界を代表すると言っても過言ではない戦艦である。16インチ、41㎝砲を搭載したビッグ7の一角。並の戦艦よりも遥かに強大な力を持つ戦艦が、なぜこんな辺境の鎮守府に来ているのか。
「ちょっと急ぎましょうか。なんだか、嫌な予感がするわ」
「は、はい」
電も、赤城と同意見だった。
本来なら最前線で力を振るうはずの戦艦が、こんな場所に来ている。その理由がまさかお茶を飲みに来ただけ、というわけではあるまい。
嫌な予感が外れるように祈りながら、電は赤城と一緒に走り出した。