電ノ望ム世界   作:砂夜†

6 / 7
第六話

「新しい武装として、五連装酸素魚雷を積んでいます。また、主砲も12.7㎝連装砲に換装しており、戦闘能力は格段に向上しています。またバルジを増設し、装甲を上げていますが、その分機動力が落ちていますので注意してください」

 工兵の石田中尉は書類を読み上げる。

 大破した駆逐艦「電」を修復した際に施した、強化部分の説明だ

「すごいのです。こんな強化を、こんな短時間で」

「突貫工事でしたが、完璧に仕上がっています。ご安心を」

 電としては純粋な驚きだったのが、石田中尉はそれを改修期間の短さからくる不安と感じたようだ。

「もし仮に、この前のように重巡級の深海棲艦が奇襲をかけてきても、迎撃が可能です」

 石田中尉は知らない。もし仮に、ではない。かなり高い確率で、深海棲艦はこの鎮守府に向かう可能性がある。それも、艦娘自身の手によって。艦娘として、いや、軍人として許されない行為だ。そんなことは電もわかっている。だが、誰に何を言われようとも、あの重巡リ級をどうにかしたい。正気に戻せないのなら、世界に災厄をもたらす存在から解放してあげられないなら、自分の手で水底へと帰す。その思いが、電を突き動かしていた。

「あ、あの中尉さん。電は、念のために艦の中に入っているのです」

「そうですか。では、何かありましたらすぐにご連絡します」

「はい。お願いします」

 敬礼をして、石田中尉はその場を去って行った。

 電はそのまま隅の方まで移動して、壁に背を預けて座り込んだ。

 勝てるのだろうか。

 駆逐艦と重巡の差は、あまりにも大きい。速度はこちらが優っているが、それだけでは勝てない。勝てる方法はただ一つ、魚雷を命中させることだ。魚雷の攻撃力なら、いかに重巡と言えども一撃で撃沈させることも不可能ではない。

 問題は、どう当てるかだ。至近距離まで近づけば当てることはできるが、それは相手の射程に入るという意味でもある。駆逐艦の防御力では、重巡の攻撃をまともに受けることはできない。

 必然的に電が取れる戦法は二つ。

 一つは機動力で攪乱しながら距離を詰める戦法。だがいくら機動力で勝ろうと、近づけば近づくほど相手の命中率も上がる。なるべくなら、実行したくない作戦だ。

 もう一つは、待ち伏せをして攻撃をするという戦法だ。相手に見つからなければ最上の方法だろうが、問題は相手の索敵能力。相手の索敵能力が高ければこちらの居場所をいち早く察知されてしまい、逆に先制攻撃を許してしまうことになる。なにしろこちらは駆逐艦の最大の武器である機動力を殺して立ち止まっている状態。回避するのは難しいだろう。

「二つ目の作戦は、多分ダメだよね」

 そう。この作戦を行うには、前提条件として隠れられる地理的要素が必要になってくる。だがその場所が、この鎮守府近海にはない。

「やっぱり、機動力を生かしてなんとか接近戦に持ち込むしかないのです」

 そして近づいて、魚雷を打ち込む。それしか電に勝ち目はない。

 できれば戦わずに済ませたい。話をしたら撤退してくれたり、なにかの拍子に深海棲艦から艦娘になってくれたり、そんな都合のいい奇跡が起こればいい。

 だが電も、そんな奇跡が起こりえないであろうことはわかっている。

 だからこそ、自然と思考も如何にして相手に勝つか、という方向へと向かっているのだ。

 戦いたくない、というのは本音だ。しかし黙って殺される気は毛頭無いし、電が負ければ大勢の人が危険に晒されてしまう。絶対に、負けるわけにはいかない。

 もっとも、件のリ級が無傷でいるとは考えにくい。ある程度の損害は受けているだろうから、勝ち目はかなり高い。もし倒せなくても、足止めさえすれば天龍達がすぐにやってきてくれる。

 そう考えると、電の緊張も少しだけだが解れた。

 その時、

 

『ピー!』

 

 という小さな電子音が、電のポケットから鳴り響いた。

 

「通信機……」

 電は唾を呑み込み、通信機に耳をあてる。

「はい。電なのです」

『電! すまねぇ!』

「天龍さん? どうしたのですか?」

 通信機から聞こえてきたのは、申し訳なさそうな天龍の声だった。

『例の重巡リ級、こっちには現れなかった。目論見が外れちまった』

「現れなかった……のですか」

 姉の雷のように思えるリ級が沈められていないと聞かされ、電はほっとした。

『ああ。ひょっとしたら、また鎮守府の方に向かってるのかもしれねぇ。そっちには現れてねぇか?』

「はい。今のところは、何も」

『そうか。とりあえず、俺たちはこれから引き返す。ひょっとしたら、また鎮守府に奇襲をかけようとしてるのかもしれねぇ』

 天龍の言うことはもっともだ。例え一隻でも、無傷の重巡が相手では駆逐艦の電だけでは荷が重い。鎮守府には通常兵器の艦船も数隻存在しているが、それはあくまでも支援用。その支援用の艦船も、半数以上が天龍達の戦いについて行ってしまっており、残っているのは駆逐艦がたったの3隻だけだ。

 電を含めても4隻、相手が通常の重巡洋艦であるなら、勝てる可能性もあるだろう。しかし相手は深海棲艦だ。通常の兵器では相手にならず、事実上は電一隻で戦うことになる。

 リ級と戦う覚悟はしていたが、それはあくまでも相手が損傷していることが前提。無傷のリ級と一隻だけで戦うことは、無謀にもほどがある。

「なんとかしなきゃ……」

 電は必死に考える。

「……そうだ!」

 電は石田中尉を呼び、自分の考えた作戦内容を伝えた。

「いや、しかしそれは……自分の一存では」

 予想できたことだが、石田中尉は電の作戦に難色を示す。

「お、おねがいするのです! もし深海棲艦が来たら、電一人じゃ守り切れるか不安なのです」

「しかし……」

 なおも渋る石田中尉。

「えと、その。現在の戦闘責任者は電なのです。だから、その、責任は電がとるので、おねがいします」

 深々と、電は頭を下げた。権限を使い、上から押さえつければいいのだろうが、電にはそれができず、結果としては頼み込むような形になってしまう。

「……わかりました。とにかく、準備はします。ただし、責任は私も取らせていただきます」

「ふぇっ!? で、でも……」

「お願いします。艦娘とはいえ、あなたはまだ小さな少女です。女の子一人だけに責任を取らせるわけにはいきません」

 それが石田中尉なりの、けじめのつけ方なのだろう。

「じゃあ、いっしょに司令官さんに怒られてくれますか?」

「はい。怒られましょう。では、失礼します」

 石田中尉は苦笑し、駆け足でその場を離れた。

 そしてその三十分後、鎮守府近海に深海棲艦、重巡リ級が現れたとの報告が入った。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 電は駆逐艦『電』の中に入り、艤装をつけて艦と一つになる。そして頭の中で、遠くにいる加賀を呼ぶ。現在、一二三少々の旗艦となっており、有事の際には加賀と連絡を取ることになっている。

 電は念じると、空間の一部が窓となり、そこに加賀の顔が映し出された。

「加賀さん。電です。至急、ご報告したいことが」

『すでに連絡は受けて聞いています。リ級が現れたそうですね』

「はい。出撃の許可を頂きたいのです」

『一二三少将からすでに指示は受けています。駆逐艦『電』はすぐに出撃、鎮守府に向かうリ級を迎撃せよ、とのことです』

「了解なのです!」

『それからもう一つ。無理はしないように。無事を祈っています』

 思念による通信が切断され、加賀の顔を映した窓が消える。

 加賀はいつもながらの鉄面皮ではあるが、心配してくれているのだろう。その心遣いが、素直に嬉しい。

「……よし! 電、抜錨するのです!」

 スクリューを動かし、工廠から夜の海へと出撃する。そして電の後を追い、三隻の駆逐艦が続く。この駆逐艦には船員は一人も乗り組んでいない、所謂自動操縦状態だ。

 基本的には電の意志で動かせるものの、自由自在に動かせるわけではない。単純な動きしかさせられないし、砲撃や雷撃も行うことはできない。三隻同時に細かい行動をさせるのは不可能だろう。

 だがそれでも、使い道はある。

「この辺り、かな」

 リ級との戦闘予測海域に到着した電は、率いた駆逐艦のうち二隻を左右に動かして、そのまま逆ハの字になるように動かす。そして残りの一隻は『電』の前に配置する。

「きたっ!」

 警告音が操艦室に響く。それと同時に、様々な情報が電の脳裏に送り込まれる。敵艦からの砲撃だ。

 25㎞以上先からの砲撃。こちらの射程外からの攻撃だが、この距離なら直撃する心配はない。向こうも、この砲撃は威嚇の意味で撃っているのだろう。

 そしてこの距離からの砲撃、重巡級の射程だ。電の推測を裏付けるように、敵艦の情報が表示される。

 敵艦は重巡リ級が一隻。ディスプレイから見えるのは、間違いなく「あの」重巡リ級だ。

 電はジグザグに動きながら、敵艦との距離を詰めていく。その間にも敵艦は艦砲射撃を続けて、『電』の周囲には水柱が幾つも生まれた。

 幸運にも、『電』の前に配置した駆逐艦は砲撃の直撃を避けてくれた。

 直撃していないとはいえ、轟音と衝撃は艦内にいる電に伝わる。もし次の砲撃に当たったらどうしよう、動きを読まれているのではないか。そんな恐怖が、確実に電の精神を削り取っていた。

「っ! 射程に入ったのです!」

 射程に入ったと同時に、電は主砲の12.7センチ連装砲を放つ。もちろん、撃沈を期待しているわけではない。相手への威嚇、それと同時に少しでも損傷を与えることが目的だ。

 相手も回避運動と並行して砲撃しているため、電とリ級の攻撃は共に当たらない。

 電の本命は、肉薄しての雷撃。リ級も魚雷を装備しているが、なるべくなら自分に有利な場で電を撃沈させたい。

 近づきたい電と、近づかせたくないリ級。両者は海面を移動しながら、なんとか状況を打破しようと策を練る。

 少しずつ両者の距離は近づき、肉眼で視認できる距離になる。

「ここ!」

 電はタイミングを見計らい、無人の駆逐艦一隻をリ級に向けて突撃させる。

『アアァァァッ!』

 リ級が雄たけびを上げる。それは無謀な突撃に対する嘲りか、駆逐艦の一隻など簡単に撃沈してみせるという自信の表れか。

 リ級の手法が火を噴く。

 瞬間、大きな爆発が暗い海上を照らし、大きな爆炎がリ級を襲う。

 無人の駆逐艦の内部には大量の爆薬が仕込まれており、それに誘爆したのだ。

 爆薬満載の駆逐艦を率いての進撃は正直賭けだったが、結果としてリ級に僅かながらの損傷を与え、怯ませることができた。

「……なのです!」

 一瞬の躊躇。敵を撃沈させることに、深海棲艦といえども命を奪うことに躊躇いを覚える。

 しかし手を抜いて勝てる相手ではない。電は唇を噛みしめ、小さく「ごめんなさい」と言う。

 迷いを振り切り、電は至近距離で主砲を斉射、そしてすかさず五連装酸素魚雷を全発叩き込む。

 大きな水柱が五つ生まれ、全弾命中したということを電に教えてくれた。

『グァァアアアッ!』

「あっ!?」

 リ級は沈んでいなかった。たしかに無傷ではないが、戦闘不能なほどの損傷ではなさそうだ。中破状態、というところだろうか。

 だがそれでも、魚雷を打ち尽くした駆逐艦一隻を仕留めるぐらいの戦力は間違いなくある。

『アアアァァッ!』

 リ級の主砲が、ゆっくりと『電』へと向けられる。

「なんで……人を襲うのですか……」

 ポツリ、と電は呟いた。

「仲良くすれば、みんなきっと平和に過ごせるのです。戦争なんてしなくても、きっとわかり合える世界になるのです!」

『アァッ』

 船首に立つ重巡リ級の本体が、嘲るように口を釣り上げて笑った。まるで、電が望む世界など、夢物語だと言わんばかりに。

「やめて、ください……」

 それは命乞いの言葉ではない。

 それはリ級を撃沈させることを未だ躊躇うために出た言葉。電には、まだ策があった。先ほど別方向へ向かわせた駆逐艦二隻。それを今、全速力でこちらに向かわせている。エンジンが壊れるほどの、後を考えない全力運転をしているため、時速45ノットは出ている。

 すでに、二隻の駆逐艦は向かっており、あと10㎞ほどの距離まで迫っていた。

『アアアアッ!』

 リ級が吠えた。そして速射砲が火を噴き、二隻の駆逐艦を打ち抜き、その動きを止めた。

 こちらに迫っている艦船があるなど、リ級にはわかっていたのだ。リ級の索敵能力なら、それぐらい造作もないだろう。この距離なら、先ほどのような爆発が起こってもリ級に損傷を与えることはできない。

「……ごめんなさい」

 それは、沈めてしまう敵に対する最後の言葉。

 リ級に駆逐艦の位置が察知される。そんなことは電も承知している。だからこそ、罠を仕掛けたのだ。

『クグアァッ!?』

 突如として白い煙が出現し、それは瞬く間に『電』とリ級を飲み込んだ。

 電はすぐさま全速力で動く。回避運動ではない。目標は、重巡リ級。

 いかに中波状態とはいえ、それでもリ級の装甲は厚い。駆逐艦の主砲では打ち抜くことはできないだろう。

 だが『電』をぶつければ。千tを遥かに超える重量を持つこの鉄の塊をぶつければ、リ級とてひとたまりもない。もちろん、『電』自身もただでは済まないだろうが。

「電の本気を! 見るのです!」

 歯を食いしばり、電は衝撃に備えた。

 激しい衝撃が『電』を遅い、操艦室が暗闇に包まれる。そして電の意識もまた、闇の中へと落ちていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。