『クヤシイ』
呪詛に満ちた声で、電は意識を取り戻した。
辺りは暗く、ここがどこかすらわからない。そんな闇の中で、深海棲艦重巡リ級が一人佇んでいた。
「どうして……泣いているのですか?」
海上では強く、恐ろしく、死をもたらす深海棲艦が、電の目にはとても脆く儚い存在に映った。
『ガンバッタノニ テキヲタスケタノニ テキハワタシタチヲコロシタ』
リ級の目から、ボロボロと涙が零れ落ちる。
『タスケナケレバヨカッタ ムダダッタ』
電には、リ級が何を伝えたいかがわかった。電がいた世界で起きた大きな戦争。そこで電と雷の二隻の船は、敵兵を救助した。
しかしそれは、非常に危険な行為であった。その海域は、どこに潜水艦が潜んでいるかわからない危険な場所である。戦場に情けは無用。救助活動を行っていても、攻撃されることは決して珍しくはない。
だがそれでも、雷と電の二隻の駆逐艦は敵兵を救助した。
「……でも、電は助けることができてよかったと思うのです」
敵兵を助けても、何も変わらなかった。戦争も終わらなかった。結局、数百名の乗組員を道連れにして、雷も電も水底へと沈んでしまった。
「人を殺さずに、助けることができて、電はとっても嬉しかったのです。あの時の、『敵兵を救助せよ』って命令に、電はとっても誇らしくなったのです。敵を殺すためじゃなくて、敵を助けるために自分の身体を使える。それがとても、とても嬉しかったのです。だから電は、助けたことを後悔なんてしていないのです。だから」
電はリ級に手を差し伸べた。
「あなたの事も、雷お姉ちゃんのことも、助けたいのです」
『デモ……』
深海棲艦として、何人も人を殺したこともあるだろう。その存在自体が人を恐れさせ、間接的に人に害をなしただろう。
「大丈夫なのです」
電は、リ級を強く抱きしめた。
「これから、みんなを守ればいいのです」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「うぅ……」
「よぉ。目ぇ覚めたか?」
目を覚ました電の目に飛び込んできたのは、白い天井と天龍の顔だった。
「天龍……さん?」
辺りを見ると、そこは鎮守府内の病棟の一室だった。
なぜこんな所で寝ているのか。駆逐艦でリ級に特攻してから、そのあとの記憶がまるでない。
「リ級は……」
「なにも覚えてねーみてぇだな」
天龍は電の枕元にあったガラスの水差しを取り、中の水をコップに注ぐ。
「とりあえず、飲め」
「は、はい。ありがとうございます」
差し出された水を、電は飲む。
「一応聞くけど、お前どこから記憶ねぇんだ?」
「えと……リ級に体当たりして、その後が全然」
「そうか。とりあえずだ……」
天龍は大きく息を吸い込むと、
「この馬鹿! 駆逐艦が重巡に体当たりとか命知らずにも程があるぞ!」
「はぅ!」
大声に、ビクッ! と身を竦ませてしまう電だった。
「とりあえず、お前も気になってるだろうから先に言っておく。リ級は、あの海域にはいなかった。沈んだかもしれねぇが、発見できなかった。駆逐艦『電』の方は大破状態で、下手すりゃ浸水して海の藻屑になってたそうだぜ」
「あぅ……」
「ったく。無茶にも程があるぜ。二度とこんな真似するんじゃねぇぞ」
天龍が怒るのも無理はない。
駆逐艦と重巡洋艦は、大きさはもちろん装甲の厚みもまるで違う。まともにぶつかれば、駆逐艦の方だけが沈むということだって十分にあり得た。
今回電が無事だったのは、二つの要因がある。リ級が中波状態だったこと。そしてバルジの増設、装甲が強化されていたこと。
加えて言うなら、単純に運が良かったということが最も大きい。もし仮にもう一度リ級に体当たりをしても、無事であるという保証はどこにもない。
「で、だな。お前、本当に何も覚えてないんだよな?」
「え? はい。ごめんなさいなのです……」
「……立てるか? ちょっと、見てもらいたいもんがあるんだ」
「見てもらいたいもの……ですか?」
天龍の言葉に従い、電はベッドから降りる。少しふらつくが、問題はなさそうだ。
電と天竜は病室を出て、そのまま病棟の地下へと行く。この地下の病棟は、感染症の恐れがある者や、怪我を押して出撃しようとする艦娘を強制的に閉じ込めたり、つまり上の病棟では手に余る患者のための場所なのだ。
「この部屋だ」
案内された場所は、地下病棟の最も深い場所であった。
「あら~電ちゃん。お目覚め~?」
その部屋の前に、龍田が立っていた。片手には薙刀を持ち、笑顔ながらも物々しい雰囲気をまき散らしている。
「入るぜ。ついてこい電」
部屋の中には、一人の少女が寝ていた。電にとてもよく似ている少女だ。
「この女の子って……」
直感でわかる。この少女は電の姉妹の一人である、雷だ。
「こいつは、駆逐艦『電』の操艦室にいたんだ。お前と一緒に気を失ってて、まったく目覚めねぇ。電、お前何か心当たりもねぇのか?」
一つだけ、心当たりはあった。
どこかわからない闇の中で、リ級に手を差し伸べ、深海棲艦の闇を受け止めた。
あれは、夢だったのかもしれない。
だが夢でなかったなら、きっと自分の苦しみを受け入れてもらえたことで、あのリ級は救われたのだろう。そして救われたからこそ、深海棲艦という呪いから解放され、人の姿に戻れた。
「いえ、わからないのです」
全ては、電の想像でしかない。
電は少女に近づき、その手をそっと握る。暖かい、人の温もりを感じた。
「雷お姉ちゃん、頑張ろう。人をまた助けよう」
返事はなかった。しかし少しだけ、その手が握り返された気がした。
それだけで、電には十分だった。この温もりを守れたことを、素直に喜べた。
『電ノ望世界』
完
終わった!
反省点だらけだけど、ダメな部分は直して、自作につなげていきたいと思います。