神速リメイク   作:インパラス

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車運転してるあのシーンでバーンてなってたら


ハジマリのカネ

 

 

 

 

 何点取られても1点でも多く取れば勝つ。

 如何にもカスらしい信条だ。

 ありえねえよ。完璧にだ。攻撃も守備も。

 全員が俺なら、それがベストチーム。

 敗北?

 ありえねえよ。

 

 

 

 3億、3億、3億。

 

 漂う意識の中で、反芻する。

 深く、深く、意識に擦り込まれる。

 

 

 

 カタ、カタ、カターーー。

 白の壁に囲まれた一室。

 チェアに腰を預ける少年の前には、いくつもの画面が展開されている。

 青井阿含、金髪の小学5年生。

 家族構成は、母、兄、弟。

 数奇な人生を進行形で歩む彼は、暇を持て余していた。

 というのも、この世に生を受けてより執着していた3億を超える資産を手にした瞬間、彼はバーンアウトした。

 更に資産を増やすべく、無意識のうちに頭を働かせるものの、熱が冷めてしまった今、彼にとっては惰性でしかなかった。

 そもそも、目的があって3億という金を望んでいた訳ではないことに気づく。

 使おうにも、今の年齢ではそう用途がある訳でもない。書類上の家族は当然知らず、彼が一財産を抱えていると知るのは、資金を稼ぐ伝手となった偶に会う女の1人のみ。

 そもそも、自分の資産から贅沢をするつもりはなかった。女に払わせればいい。前は、それがポリシーだったはすだ。

 

 思い返せばするほど阿呆らしい。しかし、執着心が消えた今だからこそか、とも考える。

 前世においては、楽に3億が手に入る機会があったからこそ、求めたのだから。

 ああ、あのヒル魔のようにセコセコと金を稼いでいる現状。

 この俺様がなんてザマだ。

 しかし、それを承知の阿含であったが、今更手を止めることもしなかった。

 

 

 悪天候が続き、ついには前日の夜雨で、桜が花を散らした日曜日の昼前。

 外泊先から自宅へと帰った阿含を、玄関先で出迎えたのは、沈んだ様子の葦人であった。

 

 「…兄貴、おかえり」

 「…」

 

 睡魔と闘いながら、葦人の様子を気にすることなく横を通り過ぎようとした阿含だったが、横からグラスが差し出される。

 阿含は、反射的にそれを受け取って、何も言うことなく冷水を嚥下した。

 

 「瞬兄が朝飯作ってる。兄貴に食べろって」

 「あ"ー?」

 

 空になったグラスを卓上に置き、再び気怠げに動き出した阿含を、葦人は再度止めた。

 グゥー。

 言葉に反応した瞬間に空腹を訴えてくる胃に、阿含は舌打ちをしようとしたが、思っていたより眠気が強いのさ、吐息だけが口から漏れた。

 空気を読んで見なかったことにした葦人が、ポトフが入った鍋を温めにキッチンへと向かう。

 阿含は、虫唾が走ったような顔でドカッと椅子に腰を下ろした。

 

 「オカンはまだ寝てる、瞬兄は部活や。オレは…」

 

 葦人の話を無視して、阿含はリモコンでテレビの電源を入れる。

 応えたテレビが最初に映したのは、映画放送だった。ジャンルは何かと疑問に思う前に、アップで映った役者がブスだったので、阿含は反射的に電源を落とした。神速のインパルスによって行われた動作により、邪魔な記憶を保存せずに跡形もなく抹消する。

 

 「…昨日、クラブをやめてきた」

 「飯まだかよ」

 「もうちょい。それで…アニキ、オレどうしたらいい…まだ、サッカーやってもいいんかな…」

 「知るか」

 

 そう切り捨てる阿含だったが、何故葦人がサッカークラブを辞めてきたのか、鍋が温まるまでの暇つぶしがてらに考えーー答えは考えるまでもなく秒でわかった。

 自分本位の性格から察するにハブられたのだろう。中途半端に下手な癖に調子に乗った結果である。

 アホめ、と阿含は鼻で笑った。

 

 「オレって、サッカーの才能ないんかな…」

 

 葦人の一言には諦念が込められていた。仮に、阿含が存在しなければ、抱かなかった感情。

 幼い頃より自分が決して敵わない程の才能を間近で見続けてきた葦人は考えずにはいられない。

 双子なのに、なんで。自分にも阿含程の才能があれば。

 ゲームもしないで、ひたすらボールに触れた。朝は走った。授業は寝た。練習のあとも瞬兄とボールを蹴った。

 でも、練習をしている時点で阿含にはなれない。

 阿含だったら、アイツらを黙らせられた。誰も自分のサッカーの邪魔なんてしてこない。

 そう思ったことは、1度や2度のことではない。

 サッカーは楽しい。しかし、いつからだろう。始めた頃の楽しさはなかった。

 がむしゃらにやっていたのは、悔しかったから。

 

 

 「あ"〜?」

 

 俯く葦人の様子に、阿含はかつての双子の兄を思い出した。才能の1つもなく、しかし凡才として足掻き続けていたハゲ。

 それに対して葦人は。

 普段の阿含と比べれば、今日の阿含は賢人のように穏やかだった。理由は言わなくてもわかるだろう。

 だからよくも考えず、思ったことを適当に言った。

 

 「あるだろ。つっても、俺の100に対してお前はあって、半分以下だけどな」

 「そうだよな………え…?」

 

 葦人は、己の耳を疑った。

 だが今、確かに言った筈だ。あの阿含が、自分にも才能があると認めた。

 うるせえねえよカス。雑魚が。

 返事は、絶対にそう言われると思っていたのに、初めて阿含から認められた。今、それこそ出来ないことは何もない程の天才の兄から、何をするにしても最強だと信じて疑わない兄に、褒められたのだ!

 迫り上がる感情に、陰鬱としたものは全て吹っ飛んだ。

 

 「何!?オレの才能ってなんなんや!?」

 

 この阿含の半分もある己の力とは、サッカーの才能とは一体何なのか。葦人は、お玉から手を離して阿含へと詰め寄るーー「寄んな」阿含の足裏とキスしても、葦人は止まらない。グイグイと迫る。

 

 「オレ、オレの!!ッふげっ」

 

 そのまま床に蹴落とされてようやく葦人は沈黙した。

 

 

 「あ〜…で、なんか言ったかよ」

 

 阿含は、5回ほどスプーンを口に運んでから、再び落ち込んだ様子で何やらぶつぶつと呟いている葦人に、虫を見るような目をして、言葉を投げる。

 別に気づかいの欠片もない、ただ鬱陶しかったから声を掛けた。

 

 「サッカークラブやめたけど……どっか別のチームでやる、やろうかな…うん」

 「?へー、精々頑張れよ」

 

 明らかに見下したような声色だ。しかし、葦人の耳は激励の言葉と受け止め、さらに決意を固くする。

 と、そこで阿含は食べる手を止めた。妙案、いや、いい暇つぶしを思いついただけ。

 

 「よし、この俺が教えてやるから、きけ」

 「…え、アニキ、サッカーやるんか…?」

 

 葦人の声が喜色ばむ。練習に付き合ってくれといくら言っても聞いてくれなかった、あの阿含がだ。

 思わず頬をつねる。痛い。

 

 「あ〜、途中で泣き言1つでも吐いたら殺すから」

 「……えっ、あっ、やる!!」

 

 葦人の想いとは対照的に、阿含にとっては単なる暇つぶしだ。

 こんなことは本来ならばありえない。しかし、彼は近頃、2度目の人生そのものに退屈していた。

 金は潤沢、女も望めば楽に手に入る。

 初めに退屈を感じたのはいつの頃だっただろう。己の知る高校やアメフトチームが存在しないと知ったとき?潰すべき対象がいないのを知った時?

 しかしだ。いずれも過去、所詮は終わったことである。サッカーでもするか。そんな軽い気持ちで阿含はトップへと第1歩を飛び越えていった。

 

 「ただいま。お、阿含おかえり」

 「瞬兄!オレ、サッカーやめた!っ間違えたチームを辞めた!」

 「おう、昨日聞いたよ」

 「でもこれからは、アニキとサッカーやるんや!」

 「…!へー、よかったな葦人」

 

 阿含に人を育てた経験はない。基本他人の事情などどうでもいい、寧ろ踏み付けて蹴り落とすことを愉しんでやる。考えたことすらない。

 (ま、ヒル魔にもできたことだ。適当でやれんだろ)

 失敗などあり得ないと、揺るぎない自信があった。

 

 

 

 

 

 

 

 2年後。

 ナイター設備のあるコートで、一つのボールが行き交っていた。

 両チームともに社会人を中心としたフットサルチームであり、試合形式と言えども緊張感はまるでない。

 しかし例外は存在した。

 赤ビブスチームの後方。最後列で声を張り上げる葦人は、まさに鬼気迫った顔をしていた。

 葦人の指示に、腹の出た中年たちが緩やかな動きで従う。

 

 「葦人!」

 「!? 瞬兄ィ!」

 

 伝わるのは、兄の瞬だけ。しかし、葦人にはそれだけでも十分だった。アイコンタクトだけで意思は伝わる。

 それにどれほどの価値があるのか、葦人はまだ知らない。

 喘息持ちなど気にもならない動きを、瞬はやってくれる。無駄なく、自分が望むことをやってくれる。

 瞬が望むことも葦人は理解していた。理解しながらも、瞬についていけない自分の技術の低さが歯がゆかった。

 今はここにいない兄とは、どれだけの差があるのだろう。

 葦人は必死だった。天才の双子の兄に、頼りになる秀才の兄。

 追いつきたくて、一緒にサッカーがしたくて、葦人は必死に力を伸ばそうとしている。

 葦人にとっては、兄弟としても、フットボーラーとしても分かり合える、たった2人のかけがえのない存在なのだから。

 兄2人とサッカーがしたい。道は遠く、ずっと遠い。しかし、いずれそうなることを信じて疑わなかった。

 プロになって、3人でサッカーをする。

 俺たち3人で。

 

 

 

 「そこの…眼鏡の少年。君、何年生だ?」

 

 ゲーム終了後。隅で兄と自分とそれをベンチで眺めている母。クールダウンをしていた葦人の耳に、その声は届いた。

 尋ねられたであろう瞬は、疲労が溜まった脚を入念にケアしているため、声には気づいていなかった。

 

 「瞬兄ぃ」

 「…ん?どうした葦人?ああ、手伝うか」

 「や、そこの…オッチャンが」

 「え?…あ、すみません。何か?……て、え?」

 

 驚きに変わる瞬の表情に、葦人は逆を向いて声をかけてきた男を見た。

 ただのおっさんにしか見えない。

 

 「オッチャン、瞬兄になんか用なんか」

 「俺まだオッチャンって歳じゃねえんだけど…まあ、いいや。眼鏡の少年、君は中学生だよな?」

 

 葦人から見えた瞬の顔は、今まで見たことのないほどに輝いてみえた。

 

 「あ、はい。あの…福田選手ですよね?リーガ、エスパニョーラの…」

 

 瞬の声は震えていた。

 

 「ああ、そうだ。その福田選手。今は選手じゃないけど。今は、こういう者だ…ああ、そうそうこれも。そっちのアフロの、君も」

 

 名刺とともに差し出された書類を、瞬は一息おいてから身を固くして受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ーー、と特待制度の活用で、全体はこのくらいで」

 「はぁ」

 

 葦人はボンヤリした頭で、母と福田との会話を隣の聞いていた。

 

 「あのー、ご丁寧に。でもこの子、いちおう呼吸器疾患もちなんですけど」

 「……え、そうなの」

 「はいそうなんです。あたしはサッカーのことはよくわからないけど、おたくがしっかりされた所だってことはわかります。けど息子がついていける環境なんでしょうか」

 「……えっ、あ、はい」

 「?」

 「すみません。息子さんのプレーを見たのですが、全く気づかなかったので」

 「……」

 

 この人本当にプロなの?そんなん気づくでしょ。

 紀子はうさんうさげな視線を福田へと向ける。

 

 「…あのさ、母さん」

 

 遠慮がちに瞬が言った。

 

 「何?」

 「俺、治ってるっていうか。コントロールできてるんだ、喘息。ほとんどっていうか、全部阿含のおかげでさ」

 「…は?」

 「最近は発作もほとんど起きないし、サッカーも絶対とは言えないけど、加減を間違えなければ、問題ないレベルでできるんだ。それとさ…」

 

 瞬は言葉を詰まらせた。

 なんで?聞いてないんだけど。

 そんな圧力を母親から感じた。

 今ここで言うべきなのか迷う。何れは言おうと思って、先延ばしにしていた。

 瞬は葦人を見た。葦人は知っている。しかし葦人は福田から渡されたパンフレットを、おお〜、すげぇ、とか呟きながら捲っている。こちらの視線に気づいた様子はない。

 そんな時。思いが通じたのだろうか、ガラガラと引き戸が音を立てた。

 一同の視線が玄関へと集まる。

 

 「あ?誰このオッサン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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