神速リメイク   作:インパラス

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王冠への野望

 

 

 4月。

 神奈川で終業式を終えた青井瞬、阿含、葦人の兄弟は、東京へと居を移して、次なる環境でのサッカーに臨んでいた。

 ここは、東京CEの敷地内。

 日光を浴びた天然の芝がキラキラと光輝いている。手入れされ均されたフィールドには石の一つも落ちていない。

 今日から、この場所で兄2人とサッカーができるのかと、葦人の心臓は高鳴っていた。

 

 「青井瞬です。今日はよろしくお願いします」

 

 瞬の挨拶に、葦人も続く。

 今日は東京エスペリオンジュニアユースへの中途入団の試験日だった。

 本来はそういった制度は設けてはいない。これは発足以降前例はなく、異例の措置であった。

 試験といっても、その内情はスカウトであり、個々の能力をクラブは把握している。つまり、形だけのものだ。

 よって、参加は自由。阿含はそう考えた。

 

 「瞬、阿含のやつは?」

 「すみません、福田監督。阿含は体調不良で…」

 

 ユースの監督ではあるが、顔を出していた福田に、瞬は困ったように答えた。

 朝、瞬が呼びに行った時にはもう、阿含の姿はなかったのだ。メールでも、風邪引いたと一言だけだ。どうしようもなかった。

 

 「アイツ…」

 

 福田は朝を思い返した。こうなることを考えなかった訳ではない。朝も廊下で会ったというのに。

 愛娘に気を取られ過ぎた。だが、後悔するはずがない。

 ぶっちゃけ比べようがねえし。

 阿含が今日来るのと、朝の癒し時間。答えるまでもない。

 しかし、協調性がないのは問題だ。部活サッカーでは指定の時間には練習に出ていたそうだが、アイツはサッカーをしているわけではなかった。部室にトレーニング器具、エアコン、パソコンなどを持ち込んで、そこにいたらしい。語った葦人に、自分の部屋かよって突っ込めば、そうやなー殆ど兄貴の物以外無かったし、と肯定が返ってきた。まあ偶に出てきて参加、いや指導はしていたらしいが。

 能力のある人間は、逸脱した行為をしても、ある程度は周りが許容する。許されてしまうのだ。だが、そういう人間は所詮その域だ。秀才には勝るが、研鑽する天才には勝てなくなる。

 扱いにくいのは、阿含が研鑽する天才だからだ。努力という言葉が、アイツほど似合わない人間に、少なくとも俺は出会ったことはない。

 だが、その人外じみた空気感に、周りは引き摺られる。カリスマとも言い換えられる。大した関係もなくプレーで魅せ信頼させるそれは、崇拝にも近い。

 嫉妬も沸かない、ああコイツはそういうヤツなんだと判断してしまう存在感が阿含にはある。

 そして、それは大小あれど他の2人兄弟にも存在する。

 愉しみで仕方がない。

 頭に浮かんでは上書きし、形になっていくビジョンの数々。可能だ。この段階で、そう思わずにはいられない。

 今ユース監督でいることを悔いてしまう自分がいる。

 早く上がってこい。阿含と葦人なんてあと2年もある。途轍もなく長く感じる。

 コイツらは俺のものだ。誰にもやらねえ。

 決定事項だ。何が起こるかわからないこの世で、これは確信できる。

 俺のチームは世界を制する。

 

 「オッチャン。オカンが昼にアーちゃん連れて見にくるって」

 「…えっ。いやダメだろ今日寒いしまだ紀子さんもアオもダメだ出かけるべきじゃない。でもそうか。昼に電話するか」

 「フ…、福田。お前ももう親の顔だな」

 

 珍しく望が笑っている。

 だが親の顔って、当たり前だろう。親なんだから。

 

 

 話題に出た阿含といえば、自宅に戻っていた。

 

 「ヘビ頭息子、オムツかえてー」

 「今忙しいんだよ、見ればわかるだろうがババア」

 「あたしも今、あんたがしろって言ったからしてんだけど。オムツもあんただと、その蛇にアオちゃん夢中で大人しいからいいでしょ」

 「チッ」

 

 阿含は心底めんどくさそうな顔で、デスクから立ち上がり、カゴを手に取りベビーベッドへと向かった。

 紀子がニヤニヤと見ていることに気づき、阿含はもう一度舌打ちをした。

 

 阿含が素早くオムツ交換を終え、自分の髪で遊んでいる妹をほっといてタブレットに指を走らせていると、インターフォンが鳴った。

 紀子が対応して、間も無く見知った顔が現れた。

 

 「よお花伯母さーん」

 「お邪魔します阿含くん…いい加減伯母さんはやめろ!」

 「事実だろ」

 

 目をこちらに向けずに適当に返事をする阿含。福田花は憤りを見せるが、すぐにキラキラとした顔へと変わった。

 

 「アーちゃん、お姉ちゃんが来たぞ!」

 

 子守りが来た、と阿含は妹の拘束が弱まった瞬間を察知し、瞬間的な速さで抜け出した。

 

 「あ、そうだ!阿含くん、君を連れてくるように兄ィに頼まれたんだ。全く…」

 「行かね」

 「今日は記者も来るって」

 「あー…チッ、可愛い子いるかもしんねえし行ってやるか」

 「君は…まあいい、行こう」

 「行ってらー。花ちゃんよろしく。あたしはパパからお留守番要請でたので」

 「うん、紀子さんはゆっくりしてて。アーちゃんまた来るからな!…って、阿含くん手ぶら!」

 「持ってこいガキ」

 「…あーー!キミはあ!」

 

 

 

 ーー瞬兄。

 ーーああ、こい葦人。

 

 ロングボールの着地点に、相手より先に辿り着きボールをキープした葦人は、相手DFより早くサイドから中央へ切り返している瞬に、クロスパスを放つ。

 オフサイドの判定を取られるには余裕がある。瞬にはスレスレを狙うこともできたが、そこまでは余程の状況ではないと仕掛けない。

 葦人の狙いより若干ブレたボールを、瞬は危なげもなく受ける。

 守備に意識があるのか、他が上がっていた中で残っていたDFがシュートコースを断とうと動く。

 首を振り確認。味方はまだいない。相手の戻りの方が早い。

 1人でいけなくはないが、まだ紅白戦は始まったばかりだ。このポジション、このチームメンバー、考えるに終盤にはガス欠だ。手を抜けば問題ないけど、それは有り得ない。

 ーーあ。

 大丈夫だ。

 まだ見慣れない独特な頭が視界に入った。

 よしーーああ、この瞬間はいつも楽しくて仕方がないんだ。体の筋の全てが、狂ったように喜んでいる。

 あー、すごい気持ちいい。

 

 「ーーえ、はっ…あ?」

 

 キーパーと1対1。

 動揺している。明らかだ。隅を狙う必要はない。

 力を最小限に振り抜く。

 よし、1点。

 ガッツポーズをついでに、阿含に向かって早く来いと手を振る。

 

 

 「兄貴、今日はアンカーか!」

 「見りゃわかんだろ、アフロちゃん。お前、さっきみたいなプレーしたら潰すから」

 「それは兄貴がいなかったせいやろ!」

 「カス相手じゃやる気でねーよなあ〜。さっさとプチっと潰すぞ」

 

 遅刻して来たというのに、当然のようにフィールドに入ってきた。相変わらず口が悪く性格も最悪な兄だが、これは通常運転。口も上手いから、適当に理由はつけてきたのだろう。

 なんにせよやる気になっている。ともすれば、アフロヘッドの中で巡り巡る戦術。

 さて、やろうや。

 栗林だったか?すごいやつや。オッチャンがよく話題に出していたってのもあるけど、実際プレーしてみると、想像以上だった。他の奴らもすげえ。その中でも栗林は抜け出している。

 スピード、視野、思考、特にテクニック。どれだけ持ってんのや。

 だけど、兄貴のほうがもっとだ。

 兄貴にはフィジカルもある。そして、絶対的な反応速度。

 瞬兄の方が速い。

 本気を出せば、誰1人として追いつけない。

 俺の視野。

 中総体の決勝で当たった、北野ってやつが言ってたか。

 俯瞰。全部、見下ろしてやる。

 俺たち3人が負けるはずがねえよ。どんな奴が相手でもだ。

 

 「福田さん、俺こっち入りたいんだけど」

 「おっ。いやー…俺は見学しているだけだし」

 

 「は…?」

 

 オッチャンに断られた栗林が、ジュニアユースの監督と話に行って…なんか栗林がこっちのチームに入ったぞ。なんやこれ。いいんか。

 向こうはレギュラーで固められたチーム。対するこっちは俺らと栗林と、それ以外のメンバー。ついでにオッチャンがこっちのチームの指揮に。

 どっちのメンバーも戸惑っているのが伝わってくる。

 ああほらな、そこらじゅうが、穴だらけ。

 視てるだけで、楽しいなあ。

 

 

 

 「栗、林…」

 

 

 なんだこれは。わかる。

 でも、なんだこれ。そう言わずにはいられない。

 楽しいんだ。

 コイツらとやるサッカーが、一番息が合うと思っていた。何年も一緒にやってきたんだ。癖も、考え方も、プレーも知っている。

 だけどさ。違っていた、のかもしれない。認めたくない自分がいる。仲間だろって。でも不思議なんだ。こんなにも楽しい。お前らにもわかるよな、そうだろう?俺の顔、今さ、笑っているんだ。

 ーーでもそんな顔することはないぜ、高杉。今は敵だけど、チームなんだ。そんな情けない顔しなくていい。

 まあそんなことより。

 お前ら気持ちに引きずられて全員動けてないぜ。もっと戦意を昂らせろ。そうじゃないと、折角のゲームなんだ。勿体無いぜ。

 上がってこい。できるさ。頼むから。

 意識の共有が、この3人とは比べられないんだ。

 俺がいない時、エスペリオンは1度だけこいつらがいた中学と対戦していた。福田さん、俺がいない時に試合組むんだもんな。

 その試合の映像も繰り返し見たが、やはりプレーしないと体感できない。

 面白いのは、3人全員がエゴイストであることだ。

 阿含は典型的。2度目はない。使えないと決まれば、幾らフリーでもボールを回さない。だが、それをやれるんだアイツは。1人で、もしくは瞬と葦人がいれば問題ないのだから。

 葦人はそれがコーチングに変わっただけ。コイツは1度でも自分の言うことを聞かなければ、それ以上の高度な指示はしない。守備の質が下がる分、目に見えて淀んでいるのは、コイツの周りだ。

 瞬はいい奴なんだろう。周りを活かそうと、合わせている。

 だけどな、お前が一番残酷だ。なぜって、明らかだ。使い分けしているんだからな。

 ここにいる奴らはみんな分かっているぜ。手加減されてるって。

 楽しいなあ。

 今、サッカーをしているんだと実感している。

 近くの、青井阿含から感じるひりつくような空気が心地好い。

 あの映像。アレは、3人でサッカーをしていたに過ぎない。言葉通りだ。ああでも、1人だけ食らいついていたっけ。どうでもいいか。

 俺がいるんだ。

 福田さん、この日ほどアンタに感謝した日はないぜ。愛媛だっけ、見つけて来てくれた。

 でもな、言葉にはしない。アンタが、俺より笑ってるから。

 

 だがまだだ。まだ、なんだ。やはり特に、青井瞬。周りを使おうとして、気持ち悪い淀みが。これはみんなが気づいている。味方も敵も、誰もがその事実を突きつけられ、動揺は続いている。

 うーん。

 ………………………あ、そうだ。なにをしていた?いや、チームのみんなは大切だ。

 しかしサッカーを、俺はしていたんだろうか。

 そう、合わせる必要はないんじゃないか?瞬だけじゃなかった、俺もじゃないか。

 ーー付いてこれないなら、もういいんじゃないか?

 いつだったか、化け物の巣窟だと言われた。

 それじゃダメだろ。プロになれば、化け物しかいない。その先でなければならない。

 サッカーは1人ではできなかった。

 しかし、今は4人いる。

 だけどサッカーには最低11人必要なんだ、お前らも早く来いよ。

 サッカーしよう。

 青井、青井、青井。福田さんも。遠慮することはない。

 だって俺は、お前らよりもサッカーが上手いんだぜ。

 さあ。

 サッカーを。今できる、最大のサッカーを。

 満足してはならない。この先達成すべき課題を、際限なく見つけていこう。

 

 サッカーをしよう。

 福田さんの野望のため。

 俺がこの時代の中。世界で、最高の選手になるために。

 

 

 

 

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