神速リメイク 作:インパラス
俺には翼がある。
大空を飛ぶ鳥は多分、こんな気分だ。
双子の弟達は、サッカーの天才だ。
1人はサッカーに限らず、なんでもできる。1つ、2つの話じゃない。神様は一体いくつの才を与えたのだろう。
だが、サッカーに関しては、天才だけど実は努力ーー本人は努力とも思ってないけどーーしている。少なくとも俺から見ればそう映る。
もう1人の弟は、双子の兄に追いつこうと足掻き、努力している天才だ。阿含と俺とサッカーがしたい。そんな想いが葦人からは溢れている。けど時折見せる、お前らよりも上手くなってやるという、爛々と昏く欲に満ちた光。そんな目をする時に、葦人は一段階上のプレーをする。
正直今でも、ゲーム中の葦人は見ていて少し心配になる。母は試合後に、いつも俺に葦人は大丈夫なの?と聞いてくる。決まり文句のように、大丈夫と答えている。
1度、葦人は怪我をしたことがある。小さな怪我だ。その時から、葦人は怪我を恐れるようになった。怪我したばかりの頃、夜魘されていたのを覚えている。目に見えて憔悴していた。眠れないことが続き、クマだって酷かった。酷い悪夢だったと、葦人は言った。内容は言わなかった。俺も聞かなかった。それ以来、葦人はウォーミングアップとケアを誰よりもしている。
俺にも才能がある。
だって、この天才2人についていけているのだから。それが何よりの証明だろう?でも、実感すればするほど、焦りも生まれてくる。葦人は、こんな俺を慕ってくれている。だから手本でいたいと思うのが、兄としてのプライドだ。
外側では、涼しい顔でいる自分に笑えてくる。重圧は感じていられない。内心はいつも必死だ。
葦人。本当は、俺の方が追いかけているんだ。
弟達が俺をここまで強くしてくれた。阿含は改善を考えてくれて、葦人はキツイ時励まして寄り添ってくれた。
ここで止まるつもりはない。兄として、仲間として、阿含と葦人に尽くし、フィールドでは対等で無ければならない。
問題のある翼なんて言ったけど、与えてくれ、育ててくれる母には感謝しても仕切れない。
俺は恵まれて、ここにいる。
だから、Jの試合に出る時は3人一緒だ。楽しみにしてくれていた晴久には悪い気はするけど、提案を断ったことに後悔はない。
弟達の力を1番引き出せるのは、俺じゃないと。それだけは、何があろうとも譲れない。
時間が勿体無いんだ。連携はまだまだ磨ける。
俺が、2人の弟を最強にする。そのための努力を惜しむつもりはない。
晴久にそう言ったらつっこまれた。
なんだ、お前だって1番になりたいんじゃないか。だって、お前ら兄弟だろ。
まあ、少し違うが、あながち的外れでもないことに気づいた。
ああ、そうだな晴久。この想いがお前に負けるなんてあり得ないと、確信したよ。
この力は俺だけのものじゃない。
家族のための、チームのための力だ。
だから、使い時を誤ってはならない。
最もチームに必要で、最も相手を絶望させるに適したタイミングを計れ。
本当はいつでも、思い切り走りたい。
1度味わってからは、試合中は頭から離れなくなる。頭の中で叫んでいる。
早く、早く、早くと。
でも焦るなよ。
いつかはわからないけど、そのうち。でも出来るだけ早く。弾数の制限は無くなる。
だから、その時まで。
やれ。瞬。
葦人と阿含が連携して奪ったボールを、瞬は既に見ていない。阿含がボールに触れた瞬間、走り出していた。
絶好のチャンスだ。だが相手は控え中心で構成されているとはいえ、トップチーム。阿含に絶好の信頼を置きプレーする瞬に、僅かに遅れたタイミングで反応したDFがいる。
瞬は1段加速する。
阿含からのパスだとこれが可能。葦人からだと今はまだズレが起きる。全ては、俺の実力不足だ。
トラップに時間は不必要。軌道、強弱、高さ、回転数、全てが揃った芸術のようなロングパスが、初めからそこにあったかの様に足元に収まった。
試合は開始15分。スコアは互いに0。
他DFの到着を待つも、プレッシャーをかけてくる目の前のDFを前に、瞬は更に加速した。
神経を、尖らせ。
前より上を行け。常に最高を更新し続けろ。
このボールは決めなくてはならない。繋いでくれた弟達のために。前を任せてくれるチームのため。応援してくれる、みんなの為。
繋げろ。
一陣の風が、フィールドに吹き込んだ。
DFに隙はない。故に、まっすぐだ。
彼我の距離2、3メートル前。瞬はボールを足元に置いたまま、ステップを連続させた。
ゴースト。
自分が言い始めたわけではない。気づいたらそう呼ばれていた。ただ、何となく気に入って、阿含が珍しく笑っていたから、俺もそう呼ぶことにした。
キーパーと1対1。抜き去ったDFとの距離はある。初見ではすんなりと行くが、相手はプロだ。2度目はこう簡単にはいかないだろう。
決める。
足を振り抜く前に、瞬は左へと首を振った。
左上の枠内をターゲットに、回転を意識して、シュートを撃つ。
ああっ、と外野が声を上げた。キーパーの右手がラインを超える前に弾いたのだ。
されど瞬に焦りはない。首を振った時、見えていたからだ。特徴的なヘアスタイル、末の弟の方の姿を。
ほら、ドンぴしゃり。
拾い玉。葦人が俺の溢れ玉をミスしたことなんて、1度だってないんだ。
前半が終わり、ハーフタイム。といっても試合時間は半分の紅白戦のため、まだ20分。だけども20分。同年代の相手の比ではないスタミナの消費量だ。
だが、試合に出場している面々は、息を荒げながらも口角をつり上げていた。
汗ひとつかいておらず、涼しげな表情でいるのは阿含だけだ。瞬は阿含のスタミナ切れを見たことはない。想像すら出来ない。呼吸を乱した姿さえ目にしたことはない。
この時ばかりは、羨望する。こちらはペース配分が常に頭にあるというのに。
「よくやっている」
福田監督が、セリフとは真逆の声で言った。
「スコアは1ー1。相手が控え中心とはいえ、健闘している」
1点取られたのは、此方のミスだった。自滅したようなものだ。
「だが、健闘している程度では駄目だ。向こうも後半はメンバーを代えてくるはずだ。折角だ、そう願いたい。それにこんな機会、滅多にはない。わかってるだろお前らも。想像を超えてこい。先に行けるのは、それが出来るやつだけだ」
それぞれが自らを鼓舞する声が揃い、心地がいい。
「阿久津、青井。後半は修正しろ。俺が言うまでもないよな」
葦人が返事をした。阿久津は歯を食い締めた。
こうなることを予想をしていなかった訳ではないが、かすかに息が漏れる。
葦人は、フィールドに上がれば普段とは真逆の雰囲気を纏う。変貌ぶりは見事で、余計なもの一切を削ぎ落としたかのように、静かに集中する。
そして、容赦がなくなる。敵にも、味方にもだ。この辺りは、双子だなあと思う。言い方は悪いが、使えないと分かれば切り捨てる。
レベルを落としたコーチングはするが、俺からすれば、無視しているとの同じだ。
阿久津は素晴らしいCBだ。性格以外は完璧といっても過言でない。
だが、完璧の上も存在するんだ。阿含はやろうと思えばいつも、葦人だって越えてくる。
理解できないのはわかる。俺だって弟達の考えがわからなければ理解できなかった。今だって必死に頭を働かせている。
だが、的確に突かれた。相手はプロだ見逃すはずもない。
どちらにも責任はある。だがどっちがと聞かれたら葦人だ。
失点後は修正した。しかしそれでも最低限だ。
阿久津は高校からのスカウト生だ。葦人とは顔を合わせたことはあれど隣でプレーするの今日が初。
急造のチームといえばそうだか、何だろうか、根本的に相性が悪い気がする。
そもそも今日のメンバーも1年の阿含と葦人が入れ替わっただけだ。チーム全体の力は確実に上がっている。
問題があるとすれば、葦人と阿久津の間だ。そこだけだから、余計に目立っている。
けど、たぶん大丈夫。ここからだ。
後半が始まる。勝つぞ、阿含、葦人。