神速リメイク 作:インパラス
点がいっぱい獲れるFWが好きだ。
サッカーを始めた頃からFWだった。好きなようにボールを集めて、好きなだけ点を獲れた。
今もFWが好きだ。でも、1番っていうと、そういう訳でもない。
ここは広い。
全部見える、全員に指示できる、GKを除けば広いフィールドの最後尾。
兄貴にもできない指示ができる。兄貴も、瞬兄も 俺の思った通りに動く。動いてくれる。
守備も、攻撃も、点も。
我慢して、ためてためて、前に上がって全部ぶつける時。すごく気持ちいい点の取り方をするなら、絶対に、この場所しかない。
俺が、俺が、俺が。
全部見えるんだ。全部俺ができるようになる。
点を獲るのも、ボールを奪うのも、俺のものだ。
指示を出せ。出すために常に思考を止めるな。見ろ、見ろ、見ろ。
見直す。繰り返せ。考えろ俺。
兄貴に、テストで勝ったことがある。
数学だけ勉強してしてして、しまくった。他は全く勉強しなかった。あとで結果を見た母ちゃんには、怒られるかと思ったけど、大声出して爆笑された。
担当が同じ教師だったから瞬兄にテストの傾向聞いて、解けるようになった問題も何回も解いて、ミスをしないように。
あの時、阿含は90点。途中式を書かなかったらっていう、答えは全て正解だったけど。でも俺は100点だった。
勝った。
兄貴は天才だ。すぐになんでもできる。勉強も、スポーツもできなかったことはない。
俺は最初からはできない。どれだけやっても出来ないことの方が多い。最初から間違ってばかりいる。兄貴みたいな才能が、俺にはない。
だけどな。
スタートは違っても、最後は俺でも勝てることがある。同じこともできたりする。
だから繰り返せ。追いつけ俺。
考えた。自分ができることを。どれだけ何が出来ないかを思い知った。でも、出来ることもあった。
兄貴にはない力があったんだ。
見つけたその日から、磨き続けた。少しだけ兄貴の背中が見えた気がした。
ぜったい隣に立つ。1つでも多く、兄貴と…いや、追い抜くんだ。それができて、瞬兄と兄貴と対等になれる。
今はまだまだやけど。
だからな、頭がぶっ飛ぶくらい、とにかくやれ俺。
鼻血がなんや、気絶がなんや。むしろ繰り返す度に、自分は毎回毎回少しずつでも、どんどんどんどん良くなっていると実感できる。だからもっと鼻血出せや!
ただ、怪我だけには。怪我だけはもう二度としないように、出来るだけのことをする。
怖い。
あの時が1番怖かった。夢にも、何度も見た。俺は観客席で、瞬兄と兄貴の試合を見ている。
いやだ、いやだ。吐きそうだ、絶対に許せない。
あんなのはもう。置いて行かれたくない。俺だけ、そんなの絶対に嫌だ。
瞬兄みたいな技術もない。兄貴の絶対の反射神経もない。怪我が1番近いのは俺だ。
だから、頭を動かすんだ。リスクが最小限に済むように。確実に、ボールが奪えるように。死ぬ覚悟で目を凝らす。
サッカーだけなんだ。
誰にも、邪魔はさせない。俺のコーチングを聞かないやつは要らない。
俺が1番考えている。瞬兄と兄貴を除いて、俺より上の奴なんていない。
死にたくない。
俺が全部考える。だから、言う通りに動け。指示に従え。
瞬兄と、兄貴と、俺のために。
すごいCBや。今まで一緒にプレーした中で、1番って断言していいくらい。
でも、もう要らん。
「青井…いや、アシト。聞け」
「なんやオッチャン。もう後半始まるんだけど」
フィールドに戻ろうとしたところを、葦人は福田に呼び止められ、足を止めて振り返った。
近づいてきた福田に、顔を寄せられる。
「アシト、阿久津と連携しろ」
「さっきするって言ったけど俺」
「違う。お前がこれからしようとしてるのは、連携じゃない。合わせるな、アシト。コーチングをしろ。お前が阿久津に教えろ。逆も然りだ。お前も阿久津から学ぶこともある」
福田の指摘は、ゾワ、と葦人の肌に悪寒を走らせた。
「悪いな、これは瞬からさっき聞いていた。お前ならそうするかもしれないと。俺はお前が切り捨てるのを見たことがなかったが、当たっていたらしいな」
「なんや、瞬兄からか」
それならば仕方がないと、葦人は納得する。
「アシト、お前が更なる成長を遂げるためには、1番近くにいる阿久津のーー」
「やる」
「成長が結果的に…は?」
「だからやるって。約束する」
「…よし、ならいい。行ってこい」
右腕を回して駆けていく葦人を眺めながら、福田は思った。
面倒くさい性格だけど、扱いやすいよなアイツ。
なんやこれ。
阿久津の実力は、周りより1つ抜け出している。それは前半のプレーからもわかっていた。
けど、それだけじゃない。俺が指示して、周りを動かす。阿久津は、それをサポートしているつもりなのか。すごいやり易い。
ぞわぞわと鳥肌が立った。なんやこれ、楽しい。
阿久津も笑えばいいのに。楽しいよな?なんでそんな苦々しい顔なんだ。汗すごいし、なんでそんな息上がってるんだ?意味わからん。
後半から交代で出てきた、エスペリオン、それどころか代表屈指のFW出口保。
エスペリオン入るまで知らんかったけど、すごい人だというのはわかる。
だけどた。負ける気がしない。
ここは抜かれることはない。確信する。
要には兄貴がいるから、中央はない。その兄貴が右寄りに位置している。
ああ、最高や。ありがとう、兄貴。嘲笑ってるの見えているから、声に出してお礼は言わないけど。
「阿久津、そこや。もう一歩前」
「チッ」
兄貴に指示はいらない。伝わっている。兄貴と阿久津が出口さんを挟み込む。
距離があるからか1度は突破しようと試みるも、兄貴を補助するようにコースを塞ぐ阿久津と、兄貴の速度を察して断念。今、ボールを出す箇所は、2ヶ所。
戻せはしない。避けなければならないMFのダンヴィッチへのコースは兄貴が牽制している。
1つは、逆サイド。だがそれは通らない。既に右SBの山田さんがハンドサインで動いている。
流石は代表FW。出すならもう1つの方だ。こっちの障害は俺だけ。そう。俺も同じ選択をする。
まだ可能性があるから。
阿久津のおかげや。今日はお前がいたからできた。今回は、俺の判断の方が早かった。でもそれだけや。俺はまだまだ。こんなんじゃ駄目だ。
速さ…アジリティには限界がある。俺は兄貴じゃない。だから、もっと早く動かなければ。そうしないと、世界には通用しない。
力もない。誰が見てもわかる体格。フィジカルが圧倒的に足りない。兄貴みたいな体格が、才能が俺にはない。
先読みする。癖の1つまで観察して、相手の見えているものを分析。察知されるギリギリを読んで、接触しないベターなルートを選択。
カットする。ああ、危なかった。だけど奪った。
さあ、もう1点とろうや。